総統が鎮守府に着任しました!   作:ジョニー一等陸佐

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58話 番外編5~親衛隊は敵地を進む~

 東京都、小笠原諸島、硫黄島。

 現在、ゲルマニア鎮守府の管理下に置かれ基地、秘密研究施設として使われている島だ。

 島の最高峰の山である擂鉢山の頂点に立てられた観測・防空監視所のテラスに大ドイツ帝国総統アドルフ・ヒトラーの姿があった。傍らには宣伝相ゲッベルスやシュトロハイム、モンティナ・マックスが立っている。秘書艦の加賀とグラーフの姿もあった。

 アドルフ・ヒトラーは現在、部下たちを引き連れて硫黄島の施設の視察を行っていた。

 「お忙しい中、わざわざ本島まで視察に来てくださるとは・・・恐れ多いとはまさにこのことであります総統閣下」

 シュトロハイムがいつものハイテンションな調子と打って変わって丁寧な口調でヒトラーに話しかける。

 「総統としての当然の義務だ。私は日夜ドイツ国民のため身を粉にして働いているつもりだ。最前線の様子を知るのも重要だからな。してシュトロハイム大佐、施設の設備や兵装はどうだ、満足しているかね?」

 「は、それはもう十二分といっても差し支えありません総統閣下。おかげで日夜訓練にはげみ、例の計画を順調に推し進められています。ただ、既に報告を受けているとは思いますが数日前、実験中に事故が発生し決して少なくない損害を負いました・・・我々の、私の失態です・・・」

 ヒトラーの問いにシュトロハイムが申し訳なさそうに答えた。事故とは数日前シュトロハイムらが石仮面を用いた深海棲艦の吸血鬼化実験中に、吸血鬼化した深海棲艦が脱走した事件のことだ。深海棲艦の処分には成功したものの、研究施設が少なくないダメージを負った。一ドイツ軍人としてシュトロハイムはそのことに少なからずの責任を感じていた。

 「だが、被害は決して回復できないほどのものではなかったし、肝心の石仮面や施設の中枢は無事だったのだろう?そう気落ちすることはない。次挽回すれば良い。期待しておるぞ大佐」

 「はっ、必ず総統閣下の期待に応えます」

 ヒトラーの激励の言葉にシュトロハイムは答えた。

 「総統、そろそろ休憩にしましょうか?」

 ゲッベルスが額の汗をぬぐいながら言った。季節はまだ立派に夏だ。人によっては十分暑く感じる。

 ヒトラーが頷いた。

 「そうだな。テーブルに座って風に当たることにしよう」

 ヒトラー達はテラスに備え付けられたテーブルに座った。ゲッベルスや部下にケーキや冷たい紅茶、コーヒーを持ってくる。

 「総統は紅茶なのか」

 アイスティーを片手にチョコレートケーキを食べるヒトラーにグラーフが言った。手には湯気を立てる熱いコーヒーが入ったマグカップがある。

 「私はコーヒーは好まない。紅茶派なのだ。おかげでよく金剛にティータイムに誘われる。イギリス生まれの女性に誘われたり、付き合ったりするとは夢にも思っていなかったのだが・・・」

 「そうか、残念だな・・・うまいコーヒーなのに」

 グラーフがそういって一口コーヒーをすするとどこからか歌声が響いてきた。

 ドイツ語の歌詞がグラーフの耳に入る。メロディも歌詞もグラーフにとってなじみのあるものだった。

 

 

 

 SS marschiert in Feindesland(親衛隊は敵地を進み)

 Und singt ein Teufelstlied(そして悪魔の唄を歌う)

 Ein schütze steht am Oderstland(狙撃兵はオーデルの河畔に立ち)

 Und leise summt er mit(微かに口遊むのだ)

 Wir pfeifen auf Unten und oben(我らはどこでも口笛を吹く)

 Und uns kann die ganze Welt(全世界が我らを呪い)

 Verfluchen oder auch loben(また称えようと)

 Grad wie es ihr wohl gefällt(一抹の慰みに過ぎないのだから)

 

 Wo wir sind da ist immer vorwärts(我らはどこでも常に前進する)

 Und der Teufel der lacht nur dazu(そして悪魔が嘲笑う)

 Ha ha ha ha ha ha!(ハハハハハハ!)

 Wir kämpfen für DeutschlandWir kämpfen für Hitler

 (我らはドイツと ヒトラーの為に戦う)

 Der Gegner kommt niemals zur Ruh'(敵は休まずやってくる)

 

 

 たしか、「親衛隊は敵地を進む」という歌だったはずだ。

 歌声の様子からして大人数が歌っているようだが・・・

 歌のするほうを見てみると、山のふもとでStG44やMG42、パンツァーファウストなどで武装し武装SSの迷彩服を着た集団が歌を歌いながら行軍していた。

 ヒトラーが言った。

 「少佐、あれが例の・・・」

 「ええ。ミレニアム・・・『最後の大隊』」

 少佐が答えた。

 吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団、『最後の大隊』。

 ロンドンを一夜にして死者の街にした不死者たちの軍団。

 吸血鬼であるが故に今までは昼間の作戦行動はできなかったが、シュトロハイムらの研究によってある程度、太陽光線を克服できるようになり、いま昼間の訓練を行っていたのだ。

 少佐が笑う。

 「懐かしい歌だ・・・何度戦地で歌ったことか。我々のような化物の軍団、髑髏の軍団、親衛隊には相応しい歌だ」

 グラーフは彼らの顔をみた。

 長時間の訓練と太陽光線で彼らの顔は疲れ切っているが、しかしその表情はどこか楽しそうでもあった。

 戦場でしか生きられず、戦場でしか生きたくない、ろくでなし達。祖国と一人の指導者のために死を恐れず戦う狂信者ども。

 その眼はギラギラ輝きどこか狂信者のようだった。

 ヒトラーが言った。

 「親衛隊か・・・彼らは頼もしい集団だ。腑抜けの将軍が多かった国防軍に比べ親衛隊は常に頼りになった。彼らは常に家族でもなんでもない、ただの人間の私のために戦い私のために命を落とした・・・それこそ狂信者のように、家畜のように」

 ヒトラーはそういってゲッベルスたちを見渡した。

 「なあ諸君、私はたまに思うんだ。人間はどうしてこうも扱いやすい生き物なのかと。大衆は私の演説に酔い、親衛隊は私に絶対の忠誠を誓い、私は歴史を簡単に動かしてきた・・・なぜ私が大衆を掌握できたと思う?」

 ゲッベルスが口をぬぐいながら答えた。

 「簡単なことです。総統閣下は大衆の望んだ存在であったからです」

 ヒトラーは笑った。

 「その通りだ。私は大衆の望むことを実現した。それだけのことだ。例えばグラーフさん、加賀さん、目の前にいるこの男、私はいったい誰だね?」

 ヒトラーの目は異様に光っていた。催眠術師のようだった。

 不気味さを感じグラーフと加賀は黙った。

 「そう緊張しなくていい。私が君たちを否定することなんてないんだ・・・」

 「・・・鎮守府の提督」

 「大ドイツ帝国の総統。我が総統」

 加賀とグラーフがそれぞれ答える。

 「半分正解であり半分不正解だ。・・・私はね、君たちの幻想だ。君たちの夢、願望意識が実体化した存在なんだよ。1933年に私がドイツ国民に選ばれたのも、国民が、私という存在を総統を望んだからだ。私は常に君たちの中にいる」

 グラーフと加賀は背筋が寒くなるとともにどこか陶酔感も覚えていた。

 この人とならついていけるかもしれない・・・この人なら私をわかってくれるかもしれない・・・言いようのない恐怖とともにどこか安心感があった。

 ヒトラーは親衛隊員を見ながら笑った。

 「そして私が人々の心中にある限り・・・全ては私の手の中だ」

 島にはまだ歌声が響いたままだった。

 

 


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