ゲルマニア鎮守府、総統執務室内で総統アドルフ・ヒトラーは側近たちと共にいつものように会議をしていた。
クレープスが机の上の資料を指さしながらヒトラーに説明する。
「・・・総統の指示に従い、工廠で新兵器の開発を行いましたが、すべて失敗に終わりました。出てきたものはキャベツ育成装置にジャスタウェイ、クーゲルパンツァーにタピオカパン、TENGA、ジャパリまんと、悲惨な結果に終わりました。なんか変なものばかり出ていますが、そこはいいとしてもうお昼になりました、そろそろ昼食になさいませんか、総統閣下?」
クレープスの問いにヒトラーは答えた。
「そうだな、なんか色々おかしいが後回しにして昼食にするとしよう。確か、鳳翔が特製野菜炒めとケーキを作ってくれていたな、それを食べよう」
ヒトラーは楽しそうな声で側近たちに言った。鳳翔や間宮はヒトラーの料理係を特別に任されていたが、その味は他のものに比べ格別でヒトラーのささやかな毎日の楽しみとなっていたのだ。
が、その言葉を聞いた瞬間、側近たちの表情は気まずくなった。
ブルクドルフがクレープスの顔をちらりと見た。
クレープスがわずかにうろたえた。
「・・・総統閣下・・・本日の昼食メニューですが・・・」
うろたえるクレープスを見てすかさずヨードルがフォローした。
「今日の総統の昼食は私と赤城が間違って食べてしまいました。ごっつぁんです。係の鳳翔と間宮は今日病気で寝込んでいて休みです。なので急遽、戦艦比叡にカレーを作らせました」
間もなくして、ヒトラーの前に件の比叡が作ったというカレーが運ばれてきた。
そう、カレーが運ばれてきたはずだったのだ。
しかしそこにあったのは。
「・・・」
なんというか、全体的に紫がかった、非常に毒々しい色をしたどろどろの「何か」だった。これがカレーですと言われてそうですか、と言うものは赤ん坊でもまずいまい。
なんか終始ぼこぼこ泡が出ているし、匂いもゲロ以下の匂いがする。
ヒトラーの脳が危険信号を発した。これは食べてはだめだ、と。
しかし同時にいや、食べてみたら意外とうまいかもしれんぞ、それに女の子が一生懸命作ってくれたんだ、一口も食べないのは失礼じゃないかという思いも脳内に現れた。
ヒトラーはクレープスに聞いた。
「・・・なあ、これ本当にカレーか?私にはただの物体Xにしか見えが・・・」
「総統閣下。それは確かにカレーです。比叡の特製カレーです。ただ普通とはちょっと違う製法で作っただけです」
「ちょっと違う製法でこうなるか普通?ねえ、他になんか食い物ないの?パンとかないの?お前いつもパン食う?って聞いてくるじゃん」
「ありません。ていうか早く食えよ。折角女の子が作ってくれた食い物を無駄にする気か?ドロップキックするぞ?ちょび髭と違って俺達はいつも艦娘の手料理食えなくてスーパーの食材で我慢してんのに」
周囲の部下に殺意のこもった目で見つめられるヒトラー。
「・・・」
しばらくカレーだといわれた物体Xをじっと見つめた後、ヒトラーは意を決してスプーンを握り、一口すくって口へと運んだ。
そして――
しばらくした後、机からカレーは片づけられていた。
椅子にはヒトラーが項垂れるように座っている。
その様子は非常に疲れ切って衰弱しており、息切れをわずかに起こしていた。
しばらくヒトラーは机を向いて黙っていたが、やがて震える手でメガネをはずして、静かに周りの側近たちに言った。
「さっきの物体がまともなカレーだと思うやつ、作るのを許可した奴、残れ。そして比叡を連れてこい、アンポンタン」
ゲルマニア鎮守府、食堂。
金剛型戦艦2番艦の比叡は台所を片付けながら鼻歌を歌っていた。
「うう~ん、やっぱり料理は疲れるなぁ・・・総統、私のカレー気に入ってくれたでしょうか」
今日は特に訓練も出撃もなく姉の金剛とお茶でもしてゆっくり過ごそうかと考えていた矢先、クレープス達がやってきた。そして、今日の総統の昼食係が病気で休みなので代わりに君がカレーを作ってほしい、と言われたのだ。
金剛に手伝ってもらいながらなんとか完成させることができた。途中で異臭がしたり、完成したとき金剛に「その料理を本当に総統に出すつもりですカ!?今すぐやり直すネー!!」と言われたりしたが、クレープスやブルクドルフに「いいな、これ!仕返しにはもってこいのカレーだ!」「これなら総統も悶絶して気に入ってくれるだろう!」と絶賛、OKが出た。
正直料理はあまりしないが少しはうまくできたつもりだ。今頃、総統は私のカレーに舌鼓を打っていることだろう。
鼻歌を歌いながら台所を片付けていると、ヒトラーの秘書ボルマンがやってきた。
「なんですか、ボルマンさん?」
「・・・総統がお呼びだ。すぐに来なさい」
その表情は厳しいものだった。
さっきのカレーが気に入らなかったのだろうか?
比叡とボルマンは総統執務室へと向かった。
比叡が総統執務室に入るなり、ヒトラーの怒りが爆発した。
「・・・何なんだ、さっきのカレーは!?お前ら私を殺すつもりか!?そもそも、あれはカレーなどではなかった、あれは毒薬や発癌剤を煮込んだようなもんだったぞ!どうやったらあんなカレーになる!?味も臭いもゲロ以下の臭いがしたし、第一、見た目がもう完璧にヤバかったぞ!?あれを人間に食わしてはいけないことは赤ん坊でもわかるわ!!お前ら明らかに嫌がらせで私に出しただろ、そんな奴らなんか大っ嫌いだ!!」
ヒトラーの怒りの声にブルクドルフが反論する。
「じゃあ総統閣下、そのあからさまに食べてはいけない物体Xを食べたんですか!?」
「うるせえ、大っ嫌いだ!腹減ってる上にお前らが殺気こもった目で見てくるからだろバーカ!!」
「ああ、そうだよ、嫌がらせで出したんだよ!!比叡のカレーはまずいからな!!」
ブルクドルフは嫌がらせであったことをあっさりと認めた。
ヒトラーの怒りはさらに増す。
「やっぱり私のへの嫌がらせだったか!!」
そのままヒトラーは持っていた鉛筆とスプーンを机にたたきつけた。鉛筆とスプーンが割れる。
「畜生めぇ!!!」
ヒトラーの怒りはまだ続く。
「そもそも、カレーというの母親の愛情が詰まったお袋の味!そして女の子の手料理もまた愛情が詰まった最高のものだ。比叡はいい子だから、きっと善意から作ってくれたんだろう。ただ単にヘタクソだっただけなんだろう。それを嫌がらせに使うなんて・・・もうちょっと、作るときにフォローしたり、助言したりとかするべきだったのに・・・お前らは、そこら辺の判断力が足らんかった~~同じことをあいつにやってみろ、即粛☆清だぞ、そうスターリン!!」
怒りのあまり、息が切れたのかはぁ、はぁ、と息を切らしてヒトラーは椅子に座った。しかし彼の話はまだ続く。
「ところで話は変わるけどな・・・いつも間宮さんの作る料理を食べさせてもらってるけど間宮さんは本当にエロいよな。何がエロいかって、それはもちろん目に刺さるような!!おっぱいぷるーんぷるん!!」
ヒトラーの言葉に周囲の部下は「うわぁ・・・」となる。
「一度でいいから彼女のおっぱいを揉みたい!!水着姿を拝みたい!!そして、食堂で彼女と二人で手料理食べてるうちに恋が芽生えてくるのだ!!柴田さんもそれを望んでいるはず!!」
クレープスはブルクドルフを見た。
「柴田って誰?」「いやだから俺に聞くなし」
執務室の外ではヒトラーの妻エヴァが呆然と扉を見つめ、秘書のユンゲがすすり泣く潮を慰めていた。
「・・・エロゲーとアニメの見すぎね・・・」
一連の話が終わり、執務室内は重苦しい空気に包まれた。
比叡がすすり泣く声が響く。
「総統・・・私のカレー・・・そんなにひどかったですかぁ・・・なにがいけなかったんですかぁ・・・」
重苦しい雰囲気の中ヒトラーは言った。
「結論を言えば・・・ちゃんとした料理を出してほしいということだ。比叡ちゃん、けなしたり、怒ってすまなかった。君が単純に善意から、愛情からカレーを作ってくれたことは私がよく分かっている。だが・・・もう少し勉強してから作ってほしかった」
ヒトラーは部下たちに向き直った。
「あと、お前ら、今回の件の罰としてお前らにもあのカレー食ってもらうからな。覚悟しろよ」
こうして、ヒトラーの怒りは終わった。
夜、、ゲルマニア鎮守府、ヒトラーの私室にて。
ヒトラーは妻のエヴァ、空母艦娘のグラーフと加賀とともに静かに過ごしていた。
「・・・それで、部下たちの日頃の仕返し、嫌がらせとして今回のカレーがフューラーに供されたと?」
グラーフがヒトラーから聞いたことの顛末をまとめる。
ヒトラーがエヴァの作ったケーキを食べながら答えた。
「ああ。どこで聞いたか分からんが、あいつら比叡のカレーが恐ろしくまずいって言う噂をどこからか聞いていたらしい。実をいうと私もそのうわさは聞いていたんだが・・・まさかあれほどまでとは」
「・・・部下からそんなことされるってあなたにも原因があるのでは?」
加賀がポツリとつぶやくように言った。
「まさか。私は総統だ、きちんと仕事はしている」
「日頃の態度を見ているとそんな感じはしないわね。どう見たって変態よ」
「ひどいこと言うな・・・うん、やっぱりエヴァの作る料理が一番だ。特にケーキがな。」
ヒトラーがエヴァを見て微笑んだ。
エヴァも笑って答える。
「当然よアドルフ。私はあなたの妻よ?これくらい出来なくてどうするの?」
「はっはっ、いつもお前には悪いな。やはり君は素晴らしい女性だ。愛しているよ」
「私も」
ヒトラーとエヴァの様子を見てグラーフは加賀に言った。
「・・・本当に結婚していたんだなフューラーは・・・」
「ええ。あんな変態なのに嫌われないのが不思議ね。もっとも、なかなか放っておけない憎めない男なのだけれど・・・」
「本当だな」
ヒトラーが女性三人と楽しく過ごしている頃、どこからか、比叡カレーを食べている男たちの悲鳴が上がっていたのはまた別の話である。