亜宇酒美津鎮守府、執務室。
そこでかつての親衛隊長官にしてこの鎮守府の提督であるハインリヒ・ヒムラーと国家社会主義ドイツ労働者党副総統ルドルフ・ヘスらは面接を行っていた。
二人の顔を見れば所々アザや絆創膏がある。
理由は簡単で、彼らは鎮守府の門の前で出会った瞬間早速殴り合いを始めたのだ。
なぜケンカをしたのかは事情を察するものならばすぐに分かるだろう。
一人は敗戦直前にヒトラー総統の許可を得ずに勝手に連合国と降伏の交渉を行った裏切り者。
方やもう一人は第二次大戦がはじまるとすぐに勝手にイギリスへと亡命しようとした変人。
そしてどちらもかつては一応総統に忠誠を誓っていた二人である。
これで喧嘩が起きないはずがない。
「何総統閣下裏切ったお前が提督なんじゃ、ふざけんなゴルァ!!」
「お前こそ何勝手にイギリスの亡命してんだこのキ○ガイ、シゴウしたるぞおおお!!」
こんな感じですぐに二人は殴り合いになり、その後時雨や夕立、ヒムラーの秘書艦を名乗る艦娘霧島に何とか抑えられ、とりあえず面接しましょうということになって現在に至るのである。
「・・・それで、鎮守府を脱走したいいが生活費に困り職を探していたらうちの求人広告を見つけてここに来たということかね?」
ヒムラーはいまだに痛む頬の傷をさすりながら、時雨たちに聞き返した。
ヒムラーとヘスが互いのこの世界に来た経緯を語ったのち、時雨たちも自分たちの身の上話を洗いざらい話したのだ。
「うん、なんか面接だけでOKっていうから・・・」
「うむ、その広告に書いてある通りだよ。少なくとも、ユダヤ人でさえなければ問題なく雇おう。なにしろ、我が鎮守府は今現在人手不足に悩まされていてな。猫の手も借りたいぐらいなのだ」
その言葉を聞いて夕立は目を見開いた。
「じゃあ、私達全員ここで雇ってもらえるっぽい?」
「ああ、ユダヤ人じゃないからOKだ。早速ここで働いてもらおう。あ、でもヘスお前はちょっと牢屋にでも・・・」
「なんだとテメェ、ちょっと表出ろ」
「上等だコラ」
ヘスとヒムラーがまた殴り合いを始めそうな雰囲気になり、あわててヘスを時雨が、ヒムラーを隣にいた秘書艦霧島が止めた。
「ちょっと、おじさん落ち着いて・・・何があったのかは分からないけど」
「あの、提督折角ここまで来てくれたんですし人手も不足していますからちゃんと全員雇ってあげたほうが・・・」
二人に抑えられてばつが悪そうにするヒムラーとヘス。
そこへ夕立がヒムラーに質問した。
「ところで人手が足りないって言ってたけど提督と霧島さん以外にはだれがいるっぽい?」
ヒムラーは頷いた。
「うむ、私と霧島のほかに、夕張と千歳に千代田、それから・・・」
「それから?」
「ゲーリングもいる」
「・・・ゲーリング元帥が?」
ヘスは目を見開いた。なんということだ、あの太った鋼鉄までもがこの世界によみがえっていたとは。自分と同じような境遇の人間がもう一人いたとは、すぐにコンタクトをとる必要がある。
「ちょっとまて、国家元帥もいるというのか?ならばすぐに合わせてほしいのだが・・・」
ヘスの当然ともいえる要求に対して霧島は目をそらした。
「あーそれはチョットやめたほうが・・・」
「何故?見られたら都合が悪いものがあるとでも?」
「えっとそれは・・・」
霧島のもったいぶるそぶりを見て首を振りながらヒムラーが言った。
「霧島、三人をゲーリング元帥のところまで案内させたまえ。そのほうがいいだろう」
そしてこう付け加えた。
「薬物中毒者の末路がどういうものか教える必要がある」
霧島が案内した部屋、艦娘用の寮の部屋の前。そこにゲーリングがいるとヘスたちは説明を受けた。
「本当にここが元帥の?」
「はい、元帥閣下はこの部屋で執務に励んでおられます」
ヘスは部屋の扉を見て言った。
「だが、見たところ扉には『千歳・千代田』と書かれているが・・・」
ヘスの疑問にヒムラーが答えた。
「ああ、ゲーリングは千歳や千代田と共に執務を行っているのだ。ただね・・・」
「ただ?」
「いや、言葉で説明するより見るほうがわかりやすいだろう。霧島、ドアを」
「いいんですか?」
霧島がヒムラーの命令にわずかに逡巡を見せる。
どうやらあまり見せたいものではないらしい。
「そのほうがいい、もう何時間も閉め切った部屋の中にいるんだ、換気したほうがいい」
「はい、では・・・」
そして、霧島はノックをするとドアを開けた。
そして次の瞬間。
ヘスや時雨、ヒムラーたちは鼻をつまんだ。
突然、ドアから異臭が放たれたのだ。
甘ったるく、脳に突き刺さりそうで、なんというか中毒性のありそうな匂い。
知っているものならこういうだろう。有機溶剤、シンナーの匂いだと。
「・・・っな!?なんだこの匂いは!?」
ヘスが目を見開きながら部屋を除くとそこには。
散乱するプラモデルのパーツらしきものとニッパーなどの道具。
そして、黒い服を着た二人の少女と一人の白い服を着た太った男が飛行機模型片手に床にぶっ倒れていた。
「・・・おい。なんだこれ。何があったんだ?」
事の異常さに驚くことを忘れたヘスの問いに対して、ヒムラーはまるで慣れたかのように首を振りながら部屋に中に入っていった。
「やれやれ、戦闘機の製造をするときは接着剤を使うからあれほど換気しろと言ったのに・・・」
ヒムラーはヘスや時雨達が唖然とする中、倒れている三人の肩を一人ずつポンポンと叩いて起こしていった。
「おい、ダメだろう、こんな閉め切った部屋の中で作業しちゃあ・・・そのうちシンナー中毒になっちまうぞ・・・いや、もうなりかけているか・・・」
三人が死んだ魚のような眼をしながらうめいた。
「千歳お姉、ゲーリング元帥、この接着剤良いにおいがするよ~~」
「ダメよ千代田・・・くんくん、この匂い、くんくん、嗅いだら・・・くんくん」
「あは~~やめられねぇ~~プラモ作りながらこの匂い嗅ぐのやめられねぇ~~」
ヘスは三人の様子を見て唖然としたままつぶやいた。
「ゲーリング元帥・・・?」
ヘスのその言葉に太った白服の男がヘスの顔見る。
「あ、お前ヘスじゃないか、久しぶりだなぁ、ちょうどいいお前もこのメッサーシュミットの装備を見てくれ、いい出来だろぉ~~あとこの接着剤の匂い、いいもんだぜ~~」
「・・・ゲーリングうううううううううう!?」
ヘスは思わず叫んだ。
プラモの接着剤や塗料の有機溶剤・・・シンナー中毒になりかけの男。(と二人の艦娘)
それがかつての国家元帥ヘルマン・ゲーリングの現在の姿であった。