救出部隊が摩耶たちと合流してから数時間後。
「それにしてもこんなに大勢連れて帰ることになるなんてね・・・」
ニチヤンネル島の砂浜で第一艦隊やルーデル、二個二個童画島からやってきた山口達を見て山城はため息をついた。
「無事に脱出できるかしら・・・」
山城がそう言うと摩耶は言った。
「だけどその分戦力が増えたからやりやすくなったんじゃないか?」
「確かにそうかもしれないけど連れて帰るのは艦娘だけじゃなくて生身の人間もよ?私たちみたいな耐久力はないから下手したら死なせちゃうかも・・・うまくやらないと・・・はぁ、不幸だわ・・・」
その傍らでは明石が持ってきた修復機材を使っていまだに意識不明の赤城と加賀の修復を行っていた。
飛龍が心配そうに問いかける。
「明石さん、二人はどうですか?」
「うーん、心肺機能は動いてるし死んでるわけじゃないけどなかなか起きないわね・・・装備も機関も最低限の修復は施したから動けるはずなんだけど・・・私にはどうにもならないわ。医学は専門外だから・・・ヨーゼフ・メンゲレ博士かドクさんがいればいいだけど」
「じゃあ、このまま曳航しながら脱出ということになるんですか?」
「少なくとも今のままでは」
曳航しながらの脱出ということはその分移動速度は遅くなる。敵に襲われた時の危険性が増すということだ。
傍らで二人のやり取りを聞いていた山口は腕を組んだ。
さて、どうやってこの島から脱出するか。
そう考えているとその時どこからか甘い香りが漂ってきた。肉を焼いたようなにおいもしてくる。
山口が見ると山口達から離れたところでエヴァと駆逐艦娘達が火を起こして何か食事を作っているようだった。
デーニッツが聞いた。
「何を作っているんです?」
エヴァは笑いながら言った。
「見ればわかるでしょ?ケーキとチキンステーキ作ってるのよ。島の地下室を探したら小麦粉と砂糖にいろいろあって。敵の攻撃が止んで救出部隊が来たことだしせっかくだから何か作ろうと思ったのよ」
エヴァはそう言いながら溶かしたチョコレートや飴の入った鍋を生地の上にゆっくりとかけた。隣では不知火と潮がおそらく党内で捕獲した野鳥らしき肉を串刺しにして焼いており甘い香りと香ばしい匂いにデーニッツは自分が空腹であることを思い出した。気づけば匂いにつられて山口やルーデル、山城たちも集まっていた。
「しばらく何も食べてないしそろそろ食事にしたほうがいいと思うわ。でしょ?」
エヴァがそういうと駆逐艦娘も笑いながら言った。
「賛成賛成!ちょうど腹が減ってたしな」
「うむ。腹が減っては戦はできぬというしな」
「一旦食事にしてそれから行動しましょう」
皆が食事の前に群がり、砂浜中に料理の匂いが広がる。
そしてその匂いは当然摩耶達の背後で横になっている加賀と赤城のもとにも届く。
香りが赤城の鼻腔に入った瞬間、彼女の指がピクリと動いた。
向こうでは摩耶達が料理の分け方で少し揉めていた。
「参ったな、肉と乾パンはぎりぎり人数分あるがケーキはどうやっても分けられん」
「悪いがケーキは私のものだ。年寄り優先だよ」
「いやふざけんな!」
「何言ってんだあたしの」
「知らないのか?デブは、ケーキを一食抜くと餓死するんだ、私が言うんだから間違いないぞ」
「待・・・て・・・・」
一瞬、正規空母娘の声が聞こえたような気がしたが言い争いの声に交じって誰にも聞こえなかった。
「そのケーキはあたしのもん!!」
「仲良く等分すればいいだけの話では?」
「もう一品作ることができたらな・・・」
「よろしい、ならば戦争(クリーク)だ」
「私・・・にも・・・頂戴・・・」
また正規空母娘の声が確かに聞こえたが、しかしまたも誰の耳にも届かず。
ケーキの分け方で議論が熱くなる中、ついに大声が響いた。
「いつになったら気づくんですか!!私にも分けてください!!」
突然の大声に摩耶やルーデルは声のしたほうを振り向いた。
そこには上半身を上げて物欲しそうにこちらを見つめる赤城の姿があった。どう見たって元気なのは明らかである。
そしてわずかに遅れて隣で倒れていた加賀も「ううん・・・」と起き上った。しばらく目をぱちくりさせて加賀は摩耶達を見て軽く睨みながら言った。
「少しうるさいわ・・・まだ騒ぐ時間ではなくて?」
「「「・・・」」」
彼女もどう見たって元気です。ありがとうございました。
二人の覚醒に摩耶達はしばらく沈黙していたが、次の瞬間、歓声を上げて一気に二人のもとへ駆け寄った。
数十分後
「別に匂いがしたから起きたわけではありません」
「わっ、私も違いますよ、別にケーキが欲しかったからとかそういうのじゃ・・・」
「はいはい」
腹ごしらえを終えた彼女たちは燃料・弾薬の補給など脱出の準備を行っていた。
明石が加賀と赤城の機関を整備しながら言った。
「一応、応急処置は施したけどあまり無理はしないで。結構壊れやすくなってるから・・・」
「慢心、ダメ、ゼッタイ。というわけですね」
「それとはちょっと違うかな・・・」
「この紫電改はもう動かんな、引っ張っていくかここに置いて爆破するしかないな」
「おいちょっとまて、こいつはおれの愛機だぞ、爆破するとかふざけてんのかテメェコノヤロウバカヤロウ」
いつ敵の追撃が来るかわからない。今この瞬間にも迫ってきているかもしれない。
全員が余念なくしかし急いで脱出の準備を行っていた。
エヴァが弾薬と燃料を運びながら摩耶に言った。
「それにしてもあなたの上官が私の夫だなんて聞いた時は驚いたわ・・・」
「アタシだってあのちょび髭が結婚してたなんて信じられねぇよ・・・」
「まぁ、彼ったら昔からそれなりにモテてたし変態だったしね・・・」
「『おっぱいぷるーんぷるん!!』とかセクハラまがいのこと結構してるもんな・・・エヴァさんよく結婚しようと思ったな」
「まぁ、色々あったのよ、色々・・・」
少しエヴァの顔が深刻になったような気がした。
「それにしても生きてまた彼に会えるなんて嬉しいわ・・・神様に感謝しないとね。摩耶ちゃん、頼んだわ」
「おうっ!任せとけって!!」
摩耶がそう言ってトンと胸を叩いた。
「お前ら、準備は済ませたか?」
煙草を咥えながら山口がやってきた。
後ろで山城たちが次々と海面に飛び込んでいるのを見ると、もう皆準備はできたらしい。
「ああ、もうバッチリだ。後はロープでエヴァさんを括り付けて抜錨するだけだぜ」
摩耶はビシッと親指を立てた。
「よし。それなら早く抜錨しろ。どうやら敵さんは待ってくれないらしくてな」
「?まさか・・・」
「さっき偵察機から連絡が入った。敵部隊がこっちに来ている。とどめを刺しにきたようだな」
摩耶と山口はじっと遠い空を見つめた。
空を見ていたのは抜錨し機関を動かし始めていた加賀と赤城も同じだった。
「・・・さっそく戦闘ですか」
「装備も十分ではありませんし苦しいですね」
明石に修復を受けてもらったとはいえあくまで応急処置であり本来の力は出し切れない。これから苦しい戦いになることは目に見えていたが、しかしこの程度でへこたれるような一航戦ではもちろんない。
加賀は弓を構えながら赤城を見た。
「赤城さん、慢心してはいけません」
「分かってますよ。慢心しようにもできません。私たちには帰るべき場所があるんですから」
加賀は静かに笑った。
「・・・そうね。あの人が待っているわ」
加賀は鎮守府にいるヒトラーや仲間達の顔を思い浮かべた。あの騒がしくもかけがえのない暖かい場所を。守るべきもの、帰るべき場所がある限り、ここで沈むわけにはいかない。
加賀はしばらく瞑目しそして瞼を静かにあけて言った。
「一航戦、出撃します」
最後の戦いが始まった。
一航戦遭難編、次回にて終了。
ヘス&時雨&夕立「ところで俺(僕)達の出番は何時なんだ(ぽい)?」
メイトリクス「島がドンパチ賑やかになったらだ(訳:遭難編が終わった直後にやるよ)」
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