資料室で少し仮眠をとった後、ヒトラーは執務室に向かった。すでに夜は開けており、窓から日の光が差し込んでいる。
執務室に入ると、すでに大淀が待機していた。
「おはようございます、提督」
「おはよう」
ヒトラーは革張りの椅子にゆっくりと座った。キィと音がした。
「提督、朝食は済ませましたか?」
「いや、まだだ。後で食べるよ。それよりも、今日の予定を聞きたいのだが・・・」
「提督、いけませんよ。ちゃんと食べないと。指揮官が倒れたら困りますし、倒れた時もおなかを鳴らしていましたよね?」
心配する母親のような様子に、ヒトラーの表情が緩んだ。
「そうだね、では予定を聞いたら食べに行こう。コックには私が菜食主義者だということを伝えてくれないか?」
「分かりました。でもその前に提督・・・」
ヒトラーは大淀が鼻をひくひくさせて顔をしかめているのに気が付いた。
いったいどうしたのだろう、と首をかしげていると「あの・・・言いにくいんですが・・・臭いです」
「なに?」
「服。ガソリン臭いです」
ヒトラーは制服のにおいをかいでみた。確かにガソリン臭い。ヒトラーは文献に自分の遺体が自殺後、ガソリンで焼却されたと書いてあったことを思い出した。
仕事の前にやることがあるようだ。
朝食を済ませた二人は工廠に向かった。
目的はガソリン臭いヒトラーの制服をクリーニングに出すことだ。
普通のクリーニング店に出すよりも明石なら素早く仕上げるだろうとのことだった。
「提督の服のクリーニング、お願いします」
「え?建造とか開発とかじゃなくてですか?クリーニング?まぁ、出来なくはないけど・・・」
「私の服がガソリン臭いのだ。総統たるものが身だしなみをしっかりせねば兵を率いることは適うまい」
明石はヒトラーに近づきながら、「確かにこれはきついですよね・・・クリーニングには少し時間かかりそうです。とりあえず、クリーニングの間の着替えはありますよね?」
「着替え?」
ここにきてヒトラーは自分の所持品がこの服だけで、ほかに着替えはおろかお金も、武器も何もないことに気付いた。
ヒトラーの疑問に答えたのは大淀だった。
「提督、大丈夫ですよ。これがあります」
そういって大淀は白い服を出した。それは旧日本海軍の将校の制服だった。
「クリーニングの間、というよりこれからはこれを着てもらいます。」
「これからは?」
ヒトラーは少し驚いた。
「大淀君、言っておくがこの服が私の制服なのだ」
「まぁ、提督にとってはそうかもしれませんけど、ここじゃそれが制服なんです」
「それはたぶん、私には似合わないだろう」
「でも・・・」
と押し問答があったのち、ヒトラーは衣服を明石に渡した後(ちなみに制服だけでなく下着もガソリン臭かったので着ているもんは全部渡した。)、大淀の渡した服に着替えた。結果は・・・
ダサかった。
サイズはあっているのだ。似合っているのだ。似合っているのだがダサい。そういうと何言ってんだコイツ、となるが要はなんかこう、違和感があるのだ。これじゃない感があるのだ。言葉ではうまく説明できないがそんな感じがした。
その場にいた三人全員がそんな風に感じた。
「だから言ったんだ。」
「・・・でもそれがここの制服ですし。」
「申し訳ないがこれは着ない。似合ってもいないものを着ても士気が上がるわけがない。」
明石もうなずいた。
「確かに、さっきの制服のほうが十二分に似合ってますよ。」
「・・・」
大淀も黙った。確かに、制服のほうが似合っている。提督らしい。どういうわけか。
結局、ひと悶着あって、クリーニングもすぐに終わり元の制服を着ることにした。
執務室に戻りながら、大淀はヒトラーに問いかけた。
「あの・・・失礼なことお聞きしますが・・・お名前、改めて教えてくれませんでしょうか?実は書類には提督の顔写真しかのっていなくて名前書いてなかったんですが」
「アドルフ」
「はい?」
「ヒトラー。アドルフ・ヒトラーだ」
「冗談でしょう?」
「この顔が冗談を言っているように見えるかね?」
ヒトラーは廊下で立ち止まった。大淀もそれに合わせて立ち止まる。
「誰が何と言おうと、私という存在はアドルフ・ヒトラーという存在だ。そしてそのことは私自身がよく認識している。私がアドルフ・ヒトラーであるということに変わりも間違いもないのだ。だから君はその事実を受け入れればよい。もう一度言うが私の名はアドルフ・ヒトラーだ。分かったね?」
「・・・はい」
大淀はなぜか断ることができなかった。なぜか目の前の本人の言っていることが正しいように見えたし(実際正しいし容姿もそっくりだ)断れないようなオーラを感じたからだ。
彼は前の世界ではかつてはヨーロッパを征服した独裁者だ。
それはここでも変わらない事実だ。
「それともう一つ。君はさっきから私のことを提督と呼んでいるが今度から私のことは、総統、あるいは総統閣下と呼んでほしい。いいかね、大淀君?」
「え?」
「かつてはそう呼ばれていたのだ」
ヒトラーはそう言って窓の向こうを見つめていた。
「・・・分かりました、総統」
大淀はそう、うなずくだけだった。
執務室に着くと、ヒトラーは今日の予定を聞いた。今日は着任の手続きなどの事務仕事をしたのち、鎮守府を見て回り、艦娘たち着任の挨拶をしたのち演習、ということだった。
その事務手続きの中で、こんなことがあった。
「あの、総統閣下メールアドレスはどうしましょうか?パソコンの」
「めーるあどれす?ぱそこん?」
ヒトラーは当然、そんなもの知らないので一から説明を聞くことになった(大淀は説明するたびに「あの、私こういう風に一から説明しないといけないんですか?冷凍保存されて未来に目覚めた人みたいに?」と言っていた。実際事実だった)。
結局、ヒトラーはパソコンをタイプライター、メルアドを通信用の鍵、及び住所のようなものとしてとらえた。
「タイプなら、私は使わない。口述筆記してもらえればそれでいい」
ヒトラーはそういうことはボルマンやユンゲにまかせきりにしていた。
「でも、いつも私がそうできるとは限りません。自分で使わないといけないときもありますよ。それに仕事上結構頻繁に必要になりますし」
「そうか・・・」
「それで総統閣下、メールアドレスはどうしますか?」
大淀はパソコンを前にして隣に立つヒトラーに聞いた。
「アドルフ・ヒトラーで」
「・・・それ、もう別のいかれた人が確保しちゃってると思いますけど・・・」
「構わんやりたまえ」
大淀はアドレス設定のページにアドルフ・ヒトラーと打ち込んだ。
結果は、「その名前は既に使われています」だった。
「なぜだ!アドルフ・ヒトラーは私だけのはずだ!なぜ私の名前を私が使えないのだ!」
「仕方ありませんよ!もう使われちゃいましたから!」
ヒトラーはなぜだかこう叫びたくなった。
「畜生めー!」と。
結局メールアドレスはひと悶着あって「新総統官邸」に決まった。
これは余談だが、この後ヒトラーはパソコンで「インターネッツ」「ウィキペディア」に感動しかなりドはまりすることになる。
次回は初めての出撃&建造です。近いうちに出します。
ゲッベかアンポンタンもそろそろ出そうかな・・・