ゲルマニア鎮守府総統執務室。
その室内の空気はいつもよりも張りつめていた。
何しろこのゲルマニア鎮守府の航空戦力の大部分を担っている正規空母二隻もとい二人が行方不明になったからだ。
大淀がヒトラーに状況説明をする。
「総統、現時点で分かっている情報です。本日午後1時半ごろ、訓練のため航海に出ていた加賀を旗艦とする第一艦隊が南西諸島沖で敵艦隊と交戦、何らかの攻撃等を受け加賀と赤城が大破。艦隊全体も大きなダメージを負い同日午後2時ごろ近くの島へ退避。その後、暗号機エニグマ改を通して現在の状況を打電。以降通信は途絶えています」
ヒトラーは報告書を覗き込んだ。
「・・・近くの島に逃げ込んだというがどこの島だ?何故通信が途絶えている?第一、攻撃『等』を食らったとはどういうことだ?」
ヒトラーは大淀に矢継早に質問する。
「島の場所は現在のところ不明ですが電波の発信地域等からある程度の割り出しが可能です。今情報部が割り出しを行っています。通信に関しては再度攻撃を食らったのか、電源が切れたのか故障したのか不明です。それから、攻撃等という表現をしたのは通信によると加賀と赤城の体が敵艦隊と交戦中突然大爆発を起こしたということなので完全に攻撃とは言い切れないと判断したからです」
「雷撃か機雷攻撃を受けたか、そうでなければエンジンが爆発したんじゃないのか?情報部はそうにらんでいると聞いたが・・・」
ヒトラーの隣に立っていたゲッベルスがフェーゲラインに聞いた。
フェーゲラインが頷く。
「ああ。何の前兆なしに爆発だなんて機雷攻撃や雷撃、出なければ燃料や弾薬に運悪く引火し誘爆したか・・・いずれにせよ無事では済まないだろうな。暗号文によると二人は意識不明の状態らしい」
ヒトラーは、赤城と加賀が意識不明という言葉に目を見開いた。
「意識不明だと?」
ボルマンがすかさず報告した。
「総統閣下、ご安心ください。死んでいるというわけは」
「いや、安心などできるか。二人はわがゲルマニア鎮守府の、そして日本の貴重な航空戦力なのだぞ。それに二人はまだ若い女性だというのに・・・」
「総統の責任ではありません」
「いや、私の責任だ。全ては私が判断し私が決めたことなのだから」
ヒトラーはしばらく頭を抱えていた。が、すぐに頭を上げると大淀をはじめとする部下達に向き直った。
「いずれにせよ、やるべきことは決まっている。フェーゲラインとゲッベルスはすぐに情報部に戻って更なる情報収集に励んでくれ。それから大淀とボルマンといつものメンバーはここに残れ。すぐに救出作戦を計画する」
「「「ハイル!」」」
ゲルマニア鎮守府全体が第一艦隊救出のために動き出した。
そのころ、その当の第一艦隊が避難してきたニチヤンネル島。
砂浜の木陰で死んだようにぐったりして意識なく倒れている赤城と加賀の二人を摩耶たちが看病していた。遠くの砂浜では島のジャングルの中で出会った超乱暴なパイロットの菅野が禿げ頭のデブ(ムッソリーニ)とコルセットをした少女(ローマ)をこき使いながら薪を集めていた。
ジャングルで彼と出会ったときは、どうして紫電改や日本具の戦闘機パイロットがいるのか混乱したしお互い敵だと思い込んで半ば乱闘になりかけたが、とりあえずの事の次第を説明し途中でムッソリーニとローマを拾って何とか今に至った。
摩耶はいまだに痛む肩を揉みながら改めて二人を見た。
「全く意識がねぇな・・・死んでないよな?」
摩耶が二人を団扇で仰ぎながらつぶやいた。
意識不明になってから全く反応がない。心臓は動いているし呼吸もしているが、油断はできない。あの爆発だ、相当なダメージを食らっていることだろう。このまま死んでしまったりはしないかーー摩耶は不安になった。
「大丈夫よ。あきらめちゃダメ」
そう答えたのは摩耶とともに二人を看病していた人物だった。
ブロンドの髪が特徴の三十代ほどの女性。
「私たちがしっかりしなきゃ誰が看病するの?それにまだ死んだって決まったわけじゃないわ」
そう言いながら彼女は雑巾代わりのぼろ布を絞ると加賀の額に置いた。
「・・・そうだよな。ここであたしたちがオロオロする訳にもいかねぇし・・・ありがとな、えーと」
「ヒトラー夫人と呼んで頂戴。もう結婚してるんだから」
そう言って彼女、エヴァ・ブラウンーー自殺直前にヒトラーと結婚したのでエヴァ・ヒトラーのほうが正しいかもしれないがーーは笑った。
摩耶は改めて彼女を見た。
彼女に初めて会ったのはほんの数時間前のことだ。
菅野らとともにジャングルを出て艦隊のいる砂浜に戻ってきたとき、そこに駆逐艦娘と共に赤城と加賀を看病する彼女がいたのだ。
当然、見知らぬ人物なので摩耶は何者なのか敵ではないかと一瞬警戒したしムッソリーニとローマはともかく菅野に至ってはなんか外国人に恨みでもあるのか「あ、外人だコノヤロウ、鬼畜米英だバカヤロウ」と今にも殴りかからんばかりに気性が荒れだした。
結局、駆逐艦娘に彼女が敵ではなくむしろ二人の看護を手伝ってくれたということと、彼女が「ドイッチュラント!」と言った途端菅野たちが落ち着きその場は収まったのだが、出会ってから数時間ほどにして摩耶たちと彼女はある程度打ち解けていた。
「ヒトラー夫人ね・・・なんか固いからエヴァでいい?」
「別にいいわよ」
「それにいしてもなんでアンタ、こんなところにいるんだ?あたしらと同じように遭難しちゃったのか?」
エヴァは首を振った。
「いいえ。なんだか気づいたら砂浜に倒れていて・・・地下室で夫と話をして小瓶を取り出したところまでは覚えてるけど。いったい何が何だかわからなかったわ。」
摩耶とエヴァは赤城と加賀の看護を一通り終えると並んで座った。
「仕方ないから砂浜を歩いていたらこの可愛い女の子が二人も倒れているじゃない。しかも傷ついた小っちゃい子が四人も。で、看護していたらあなたたちと出会ったてわけよ」
摩耶は目の前に広がる海を見た。あたりは暗くなり始め夕日が美しく輝いている。
ふと、彼女は不安に駆られた。助けは来るのだろうか?自分たちは助かるのだろうか?それとも敵の餌食になるかこのまま永遠にこの島に遭難することになるのかーー
そこまで考えて摩耶は首を振った。そんなことを考えても仕方がない。いまは信じるだけだ。総統を、将軍たちを、そしてゲルマニア鎮守府の仲間たちを。
「摩耶さん」
後ろから声がし振り向くと白雪の姿があった。
「とりあえず、夕食にしましょう。島を捜索していたら乾パンとか食料を色々を見つけたのでそれで」
「そうね、そうしましょう。お腹が減って倒れちゃあ元の子もないわよね、ね?」
エヴァは摩耶を見た。
摩耶はうなずいて遠くいる仲間を呼んだ。
どこかの深海に存在する基地。
その執務室でスターリンは満足げに微笑んでいた。
先ほど、部下の深海棲艦からある報告を受け上機嫌になったのだ。
ゲルマニア鎮守府の航空戦力の中核を担う正規空母二隻もとい二人が大破し、近くの無人島に漂着した。
その報告を受けスターリンは上機嫌になっていたのだ。
もともと、彼はゲルマニア鎮守府を打倒すための準備を進めていた。
「モスクワ作戦」。それがその第一段階のための作戦名だった。
作戦内容は非常にシンプル。
とりあえずまずは敵を進ませるだけ進ませて補給線を拡大させある程度疲弊するまで待ちその後、敵を叩くというものだ。
その一環としてまずは潜水艦を大量に生産し、機雷を予想される進撃ルートや重要ポイントに大量に敷設することを始めていたのだが、作戦というものは当然のことながらその通りに動くものではない。アクシデントもある。
そして今回おこったアクシデントはスターリンにとって幸運なものだった。
敵の航空戦力の中枢を担う正規空母二隻が敷設した機雷に触雷しさらに慌てている隙に潜水艦部隊が強襲しさらなる雷撃を加え大ダメージを与えて無人島に漂着させた。
敵の航空戦力を叩くまたとないチャンス。
漂着した島はまだ完全には人類側の支配地域にはなっていない海域に存在する。今のうちに部隊を送り確実に殲滅すれば敵の航空戦力は大幅に縮小するだろう。
しかも情報によると(これはどこの鎮守府でも共通するが)ゲルマニア鎮守府は資源不足に悩まされているという。つまりうまくいけば大ダメージを与えられること間違いなしだ。
「まったく・・・戦争はどんなことがあるか分かったもんじゃないなアドルフ?」
そう呟きスターリンはただ一人自室で薄く笑った。
その頃ニチヤンネル島
そこでは摩耶たち漂流者が負傷者と共に静かに寝ている・・・はずだった。
「タピオカパン!タピオカパン!」「びゃあうまい!」「粉バナナ!」「ランランルー!」
「うおおおお!?なんだよこの鳴き声はああああああ!?」
「うるせええじゃねぇかコノヤロウバカヤロウ!」
「静かに眠れんぞ!!どうなっとるんだこの島は?!」
「鳴き声がいくらなんでも、おかしすぎるわ!!」
島のジャングルの野生動物の鳴き声に安眠を邪魔されていた。