ヒトラーが再び、目を覚ました時最初に目に入ってきたのは、心配そうにこちらの顔を見る少女の顔だった。眼鏡にセーラー服、腰まで伸ばした髪。先ほどあった少女だ。
「気づかれましたか?」
「ここは・・・」
「医務室です、提督。突然倒れて、心配しましたよ」
ヒトラーが無事に目を覚ましたからだろう、少女は安堵の表情を見せた。
だが、彼には確認しなければならないことがあった。
「ここはどの国で・・・今は何年かね?」
「よっぽど疲れていらしてたんですね・・・日本、2016年ですよ」
ヒトラーは言葉に詰まった。
新聞には2016年とあったし、目の前の少女もそういっている。しかもここは日本だという。
思えば、砂浜で覚醒してからこの建物に着くまでおかしいことばかりだった。周りを歩く人物は皆アーリア系ではなくアジア系の人間だったし、建物の看板などはドイツ語ではなく日本語だった。かくいう自分もどういうわけか日本語を理解できる。そして誰も自分を、総統として認識していない。
いったいこれはどういうことだろうか?
忌々しい共産軍どもが自分をひっとらえ、何か情報を得るためにわざわざ巨額の資金や技術を投入してこんなことをしているのだろうか?
いや、連合軍の勝利が確実の今、そんなことをする必要はないだろう。
他にも同盟国の日本に亡命したなどが考えられたが、それも可能性としては低い。
信じがたいことだが、一番考えられるのは自分が約70年後に飛ばされた、ということだ。
人間という生き物は突然の、信じがたいことには慌てて我を見失うが、いったん落ち着けば案外冷静に行動するものだ。
「ご婦人、助けていただいて感謝する。あなたの名前をお聞きしたいのだが・・・」
「ああ、自己紹介が遅れましたね。失礼しました」
少女は立ち上がった。
「私は軽巡洋艦の大淀と申します。いろいろあると思いますが提督、よろしくお願いします」
ヒトラーは少女の自己紹介に一瞬目をぱちぱちとさせた。この子はいま何と言った?自分のことを軽巡だといわなかったか?
「あの、君、軽巡とはいったい・・・」
「え?何かおかしいこと言いましたか?」大淀と名乗った少女はきょとんとした顔を見せた。
「いや、何でもない」これ以上深入りしたらますます混乱することになりそうだ。ヒトラーはもう一つ、疑問に思っていたことを聞いた。
「ところで、君は私のことを提督と呼んでいるが何故なのだ?私は総統なのだが」
「え?あなたはここに提督として着任なさったのではないのですか?ここで私たち艦隊の指揮を執るはずですが・・・」
この言葉を解釈すると、自分はどこかの部隊を指揮するためにここに来たらしい。
「分かった」
ヒトラーは頷くと、「ところで大淀君、すこしいいかね?」
「はい?」
こう、ますます事態が混乱している以上、無理やり人に頼らずに成り行きに任せるべきだ。そして自分で行動せねば。ヒトラーはそう判断した。そしてまず取るべき行動は・・・
「図書館と・・・食事はどこだね?」「あ・・・」
大淀はさっきからヒトラーが腹をぐうぐう鳴らしてそれを手で押さえていたことにようやく気が付いた。
大淀とともに間宮と呼ばれる女性が作った料理(大淀はカレー、ヒトラーは野菜炒めを食べた)に舌鼓を打った後、ヒトラーは建物内にある資料室に一人こもり本をむさぼり読んでいた。
この空白の約70年間何をしていたのか。何があったのか。新たな事実がヒトラーの脳に入るたび、驚愕した。事実をまとめていくと、次のようになった。
・アドルフ・ヒトラー、つまり自分は1945年4月30日に死亡したことになっている。死因は自殺。確かに、信頼できる部下とその可能性について話した記憶がある。そしてあの時拳銃を取り出したのは自殺するためだったのか?だがいずれにせよ、自分はいまこうして生きている。
・ドイツ第三帝国は敗戦。関係者は自殺、もしくは敵の裁判(ニュルンベルク裁判)で死刑になりドイツはアメリカとソ連により東西に分割された。領土も縮小された。ゲルマン民族の生存権を取り上げられた挙句、祖国を分割させられるとは何たる悲劇だろうか!しかも忌々しい共産主義者どもの属国にされるとは!
・中東にユダヤ人によってイスラエルなる国家が建国され、ユダヤ人はそこに定住するようになった。ドイツでもユダヤ人の数は激減し、ユダヤ人問題はある程度肩の荷が下りたわけだ。しかし現在ドイツは移民と、彼らによるテロ問題に悩んでいるらしい。
・ソ連は崩壊(万歳)し、いくつかの国に分裂、ドイツはようやく統一された。そのドイツを率いているのは不格好な女首相(名前は出さない)だ。
・2005年ごろから世界各地の海域で船舶が突然撃沈されるなどの事件が相次いだ。
・2007年ごろにはその攻撃が都市も対象になるなど大規模なものになり、その攻撃者が人類ではなく異形の生物であることが分かる。それは後に深海棲艦と名付けられた。
・2008年、人類と深海棲艦が本格的な全面戦争に。人類側は陸地への侵攻は食い止めたものの、9500~10500万人が死亡・行方不明に。戦力の50%を喪失。海も約7割が奴らに奪われた。同時に人類側もWWⅡで活躍した艦艇の魂を少女化した「艦娘」を開発し、対抗をし始めた。
・その後、人類は全体で5割の海を奪還、2016年現在まで一進一退の状況が続いている。
これで何がどうなっているのか分かった。自分は1945年に死ぬはずだった。だがこうして現代にタイムスリップした。そして自分はここ日本で、彼女たちに司令官、提督として迎え入れられた。彼女たちはその艦娘なのだ。だから自己紹介の時自分を軽巡と言っていたのだ。そして自分は今、提督としてここにいる。
しかし、なぜ自分がこうなったのだろうか?なぜ自分が選ばれたのだろうか?
新たな疑問が渦巻いた。それは新たな世界に突然、導かれたものなら当然持つ疑問だ。
そしてすぐに答えは出た。これは運命なのだと。自分にしかできないのだからと。
思い出せ。
かつて一人の男がいた。その男は一介の伍長に過ぎなかったが、地獄の戦場を奇跡的に生き延びた。敗戦の屈辱を味わいながらも少数政党に入党し、小さな酒場で演説の才能を咲かせ、一大政党に成長させた。そして国民を導き、荒廃した祖国を立て直し、ついには全ヨーロッパを征服した。
その男とはいったい誰だ?
自分、アドルフ・ヒトラーではないか!
何が男にそうさせたのだ?神の垂らした運命の糸を見つけ、辿って行ったからだ。
そしてこれも、またそれだとわかる。
この世界で自分は何をすべきなのだろうか?それも簡単だ。総統としてもう一度人々を率いてこの世界を動かすことだ。ことはゲルマン民族だけではなく、人類全体にかかわることだなのだから。
自分にできるのか?できる!これは運命なのだから!かつて自分は世界を動かしたのだから!
これはチャンスだ!もう一度戦うのだ!民族の、人類のために!
「私はやり遂げてみせるぞ!必ずこの闘争に勝利してみせる!!」
ヒトラーは資料室で一人、大声で叫んだ。
「うるさいわね!!何時だと思ってんのよ!!」
隣から駆逐艦の叢雲の怒鳴り声が響いき、すでに夜になっていたことにようやく気付いたヒトラーだった。
何はともあれ、ヒトラーはこうして新たに鎮守府に提督として着任し、戦うことを決意したのだった。
なんか中二病の文章になってしまった・・・。これから登場させてほしい艦娘&総統一味の名前をコメントしてくれたらうれしいです。
早く総統閣下シリーズのあの名シーンやりたいな・・・