いったい、これはどういうことなのだろうか?何故こんなことになっているのだろうか?
ドイツ第三帝国総統アドルフ・ヒトラーは現在の状況に困惑していた。気づいたら、自分は総統地下壕ではなく、見知らぬ砂浜の上でぶっ倒れていたからだ。夢ではないかと、自分の頬を何度か叩いてみたが、痛みを感じたし、第一意識もはっきりしている。ヒトラーは自分が総統地下壕ではなく、見知らぬ砂浜にいることが現実であることを認識した。
訳が分からず、ヒトラーは自分の部下を呼びつけた。
「デーニッツ!デーニッツはどこだ!ボルマンは?ゲッベルス!!」
だがいくら呼んでも人影どころか返事すらない。
とりあえず彼は自らの状況を整理することに決めた。
思い出してみよう。
自分はつい先ほどまでベルリンの総統地下壕にいたはずだ。そこで戦争の指揮を執っていた。時期もはっきり思い出せる。1945年の4月30日のことだ。
あの日はしばし国務を忘れ、妻のエヴァとともに談笑をしていた。そして、古い拳銃を取り出したところまでは覚えているのだがー
自分の記憶はそこでぴったりと切れてしまっている。そして気づいたらこの見知らぬ砂浜の上で寝っ転がっていたのだ。どこをどう考えても、こんな状況になる要素は考えられない。もしかして、戦局の悪化に伴い部下が自分に知らずに亡命をさせたのだろうか?いや、だったらこんなことにはならない。あるいは、総統地下壕が攻撃を受けて気づいたらここに放り出されたのか?それもないだろう。いずれにせよ、辺りは静かで、戦闘とかそういうものは何も起きていないようだ。
こうなれば、自分でこの状況をどうにかするしかない。
立ち上がってあたりを見回してみた。遠くの海では何隻か船が見える。
陸地のほうを見ると、遠目に、レンガ造りの建物が見えた。
あそこに行けば何かわかるだろう。
ヒトラーは建物に向かっていった。
とある鎮守府(の門の前)
「遅いわね・・・。いつになったら来るのかしら」
吹雪型駆逐艦5番艦の叢雲はそばにある時計を見て、苛立った声を出した。
今日はこの鎮守府に新しく、提督が着任する予定のはずだ。それなのにもうとっくに、予定の時間を過ぎている。大本営に何度か連絡したが、「交通渋滞に巻き込まれたか、そこらでトイレにでも行っているんだろう」とまともに取り合ってくれない。
「はぁ・・・こんなに遅れるようじゃ、あんまり期待はできないわね・・・」
叢雲はため息をついた。
「本当ですね・・・いったい何があったんでしょう?」
軽巡洋艦の大淀も首をかしげた。
叢雲は背伸びをしながら「まぁ、遅れって言っても急ぎではないし・・・って、まさかあいつじゃないわよね?」と言い、おもむろに向こう側に指を指した。
「え?」と大淀。
眼鏡をかけなおし、見てみると、確かに海岸から誰かが歩いてきた。
大淀はさらに目を凝らして確認した。
服装は、緑色のコートに帽子、顔にはちょび髭が見て取れた。
慌てて手にあった資料にある顔写真と、こちらに歩いてくる人物の顔を見比べる。
「あ・・・確かにあっていますね。たぶん提督です」
「ようやく来たのね、まったく・・・」
二人は新たに着任してくる提督を迎えるために、その人物の下に走っていった。
レンガ造りの建物に歩いていたヒトラーはそこから二人の少女がこちらに向かって来るのを確かめ、さらにその足を速めた。
二人の少女は髪型は共通しており、腰まで届く髪に前髪を一直線に切っている(ヒトラーはのちにこれを「ぱっつん」というのだということを学んだ)。髪の色は一人は銀髪、もう一人は 黒い髪に眼鏡。二人とも、セーラー服のようなものを着ている。
思えばここに来るまでおかしなことばかりだった。たまにすれ違う人々はアーリア人ではなくアジア人ばかりだったし、誰もが自分を見ても「ハイルヒトラー!」と言わずにくすくす笑うか、そのまま通り過ぎるだけだった。店の看板の文字はドイツ語ではなく日本語だった。
何もかもがおかしいことになっており、早くこの事態をどうにかせねば・・・と思っていたら気づけばレンガ造りの建物の前に来ていた。二人の少女も目の前にいる。
近づいてみると、二人とも美少女だったが・・・やはりアジア系の顔立ちだった。
ヒトラーは意を決して二人に話しかけようとして、先に二人のほうが話しかけてきた。
「あの・・・提督、ですか?」
「は?」
いきなりのわけのわからない質問にヒトラーは困惑した。
「いや、あんた何言ってんの?あんたが此処の新しい司令官じゃないの?ま、せいぜい頑張ることね」
「いや・・・ご婦人たちよ、勘違いをなされているようだが私は司令官ではなく総統なのだが・・・」
「総統って・・・何をおっしゃられているんですか?
どうも話がかみ合わない。
誰も自分を、ドイツ第三帝国の総統として認識していない。
ますます困惑したヒトラーは、ふとそばにあるポストに新聞があることに気付いた。
人と話してもますます混乱するばかりだ。新聞のほうが信頼できるのではないかー。
ヒトラーポストから新聞を取り出した。上中央に青い字で『経産新聞』とある。これも日本語だ。だがヒトラーが注目したのは日にちのほうだった。そこにはこうあった。
2016年4月7日
馬鹿な。今は1945年のはずだ。
もう一度新聞を見てみる。
2016年。2016年。2016年。
もはやヒトラーの頭脳をもってしても事態は収拾のつかないことになった。
突然、ヒトラーの腹から、ぐぅ、という音がして直後目の前がぐらぐらとしてきた。目に見える景色や人がぐにゃぐにゃして見える。睡魔にも似た感覚が襲った。
はたから見れば、ヒトラーが突然酔っ払たように見えただろう。
「あ、あの提督?どうなさってー」
大淀が再度話しかけようとした途端、ヒトラーは二人の目の前にバタッとまたぶっ倒れてしまった。
「あの、提督!?」「ちょっと、あんた大丈夫なの!?」
二人の言葉が耳に入りきらないうちに彼の意識はまた途絶えてしまった。