― 斎藤亜夜 ―
今、私はクライドさんとはやてちゃんの家の上空にいる。なぜそんな所に居るのかというとおにいちゃんが、
「今夜あたりはやてを狙って動きがあるかもしれない」
と言われたからだ。でも、結界が張られて結構経つけどまったく動きが無い。
「う~ん、何もこないですね」
私の隣にいいるクライドさんに話しかける。相変らずのゲルマン忍者スタイルだ。
「うむ、見事に何も無いな。しかし、油断は禁物だ警戒を怠ってはいけない」
「は~い」
そう答えたけど、いまいちはやてちゃんが狙われる理由が分からない。何で狙われなきゃいけないんだろ?
「まったく、お兄ちゃんは何も話してくれないんだから」
お兄ちゃんの説明だけじゃ何も分からないし、納得できない。でも、
「はやてちゃんが狙われてるって言うんなら守らなくっちゃね」
「その意気やよし! それにもう退屈しなくて済みそうだ」
「え?」
クライドさんに言われて気がついた。百メートルくらい前に三人が佇んでいた。
一人は大柄で槍を持っている。背丈はおにいちゃんより大きい。
一人はローラーブレードみたいな物をはいていて手の部分がやたらとゴツイ。
一人は他の二人とはすっきりしているけど手にグローブみたいな物をしている。
三人とも目元が大きく開いているマスクをかぶっていて顔は分からないけど、槍の人以外は女の人みたいだ。
そして三人の内の一人、槍を持っている人と目が合う。
ゾクッ!
体が震えて鳥肌が立つ。
《小娘、気をつけろ》
その人達の発する空気を感じたのかアマテラスが注意してくる。
「うん、分かってる。シュバツルさん、あの真ん中の槍の人相当強いよ。もしかするとお兄ちゃんより強いかも」
汗が頬をつたって落ちる。
「確かに、尋常じゃないな」
同じように感じたのかクライドさんものまれ気味だ。
「うん、たぶん私じゃ勝てない」
「ではどうするのだ?」
「シュバルツさん、ヴォルケンリッターと連絡は?」
緊急時の連絡方法があるかどうか聞く。
「いや、念話が通じないところを見るとジャミングされているようだ」
「それ以外は?」
「流石に他の手段を用意する時間が無かった」
「ですよね~、目が覚めてからずっと変装のトレーニングにリハビリでしたもんね」
「すまない」
「良いですよ、私も手段が無いのは一緒ですから。あ~あ、こういうときお兄ちゃんなら何かしら道具を持ってそうなんだけどな~」
何も準備をしていなかった事に後悔する。
「亜夜、どうする?」
「時間を稼ぐ。お兄ちゃんにしろシグナムさん達もこっちの事に気づかないなんて事は無いと思う。だからそれまでの時間稼ぎをしなきゃ。勝利条件ははやてちゃんを渡さないってところかな?」
「厳しいな、向こうは三人、こっちは二人、しかも一樹レベルが一人ときた。さらには時間無制限、一樹達が気がつくかどうか……。シグナム気づいてくれるかな?」
「……おにいちゃんとの模擬戦に熱中してなければ良いけど」
「「………………」」
私とクライドさんが沈黙する。こっちに気づかないで模擬戦をするシグナムさんが目に浮かぶ。……まずいかも。
「シグナムは兎も角、ヴィータにザフィーラ、シャマルもいるんだ。全員が気づかなという事は無いだろう」
クライドさんがフォローをいれる。
「そ、そうですよね。誰か一人ぐらい気づきますよね!」
《愚か者! シグナムと一樹以外が気絶しておったらどうするつもりじゃ!!》
アマテラスの一言に血の気が引く。
あ、ありえる。お兄ちゃんならあの手この手を使って、相手の意表を突いて戦闘不能にしていそうな気もするし、ヴォルケンリッターも強いから最悪相打ちになんてなってたら私とクライドさんでこの人達に勝たなきゃいけない。
「ま、まずいよ!? お兄ちゃん! 聞こえる!? もしもーし!!」
その事に気づいて慌てて念話をする。ジャミングされているから届かないと分かっているけどつい慌ててかけてしまった。そうしたら、
『お掛けになった念話は魔力の届かないところに居るか、電源が入っていないため繋がりません』
「つながってるよね!? 絶対つながってるよねこれ!? 電源が入っていないってどういう事よ!!」
お兄ちゃんの声でこんな返答がきたのだから繋がってるとしか思えなかった。どうなってんのよ!?
「そろそろ良いか?」
三人の内の槍を持った人が聞いてきた。
「そちらも大変そうだな」
なぜか同情された。
「そりゃーね、頼りになるんだけど常にふざけてばっかりいる兄を持つとね……」
ため息をつきそう答える。
「そうか……。それはそうと其処を退いてもらえるか? 我々が用があるのはお前の後ろなのでね」
そういって私の後ろのはやてちゃんの家を指差す。
「はやてちゃんに何の用なのよ?」
「今起きている事件の事情聴取だ。邪魔をするというのなら公務執行妨害で纏めて逮捕するが?」
「何の事情聴取?」
「管理外世界での魔法行使、および管理局員に対する傷害罪ってところね」
槍の人の右隣にいたローラーブレードをはいている女の人が答える。
「はやてちゃんはそんな事してません!」
「そうね、正確には彼女の持っている闇の書の守護騎士、ヴォルケンリッターがした罪状ね」
今度は槍の人の左隣にいたグローブをした人が答えてきた。
「じゃあ、ヴォルケンリッターの方に行ってください。はやてちゃんの罪状じゃないですよね?」
私はそう言ったが、
「いや、違う」
「え?」
隣にいたクライドさんに否定されてしまった。
「ヴォルケンリッターは闇の書から出てきたもので、いくら人の姿形をしていて自分の意思があるといっても正確にはプログラムだ。道具と判断されているんだろう。そうなるとその持ち主に話を聞くのは当然だ。任意同行の範囲を出ないがまあ、闇の書の主である以上、管理局にのこのこと顔を出したらどうなるかは考えるまでも無いな」
「だったらはいそうですかって通す訳には行かないね」
そういって私は腰を落とし左足を引き、アマテラスの柄に手を添え居合いの構えをとる。
「そうか……、では押し通る!」
そういって槍を持っている人が突撃してくる。
(速い!! でも!! 恐れるな、踏み込め!!)
私に突き出されてくる槍を踏み込み身体を沈めて躱す。
躱した際に槍が頬を掠めて髪が数本斬りとられる。
懐に入り左手で舞蹴(まいける)のトリガーを引く。
バシュ!
圧縮空気が吐き出されて、居合いの速度を一瞬で零から最速へ持っていく。
狙うのは相手の右脇腹、肝臓だ。ここに当てればしばらくは動けないはず!
アマテラスが吸い込まれるように進んでいく。タイミングはバッチリ、貰った! そう思った瞬間、
ガキャン!
アマテラスが止められた。中る直前で槍の柄を下げて、攻撃をガードされてしまった。
「え!?」
思わず声を上げる。最高の一撃だ。あれ以上は望めないというほどのものだった。
それをいとも簡単に最小の動きで防がれてしまった。硬直したのは一瞬、その一瞬が悪手につながった。
相手が柄で足を払ってきたのを後ろに跳んで躱して距離を空けてしまった。
その瞬間研ぎ澄まされた殺気と共に連続で攻撃される。
「ッ!!」
ギャン! ガン! ギン! ギン! ギャン!
攻撃を何とかさばく。けど、
ビリビリビリ!
さばいた衝撃で手の感覚がもう無い。たった一合打ち合っただけで。
しかも攻撃をさばいたアマテラスの刃の部分や峰の部分部分が、まるでチーズみたいにはつられていて、それを見て愕然とする。
(嘘でしょ!? レベルが……違いすぎる!! お兄ちゃんとだってここまで差は出ないのに!!)
そう感じながら再び相手に向き直る。
ブォン! ヒュン! ヒュン! ヒュン!
ビタッ―――。
相手は槍を振り回し構えなおした。そこからは途切れる事無く鋭い槍のような殺気が放たれている。
(まずい……お兄ちゃん、みんな! 早く来て! 長く持たない!!)
私はそう必死に願うしかなかった。
― 斎藤一樹 ―
お? どうやら亜夜のほうも戦闘が始まったか。
さて、どこまで対抗できるかな? 首都防衛隊(ウチ)のエースと。
「一樹お兄ちゃん!」
「ん? うおッ!」
なのちゃんが注意してきたので前を見るとヴィータがハンマーを振り下ろしてきたので慌てて回避する。
「チッ!」
「危ねーな!」
そう言いつつ手に魔力を集め魔力弾を作り、オーバースローでブン投げる。
唸りを上げヴィータに迫るが、ザフィーラが割って入ってプロテクションで防がれる。
「ッチ! なのちゃん! ここはいいから亜夜のところに行ってくれ!」
「え? で、でも……」
なのちゃんはチラッとヴォルケンリッターを見て躊躇する。
「ここは俺に任せろ! 後からすぐに追いつく! 俺は良いから亜夜を助けてやってくれ!」
「乱立だよ!? さっきから死亡フラグが満載だよ!?」
「おう、安心しろ。どっかのコーラでサワーな奴みたいにボッキボキにへし折ってやっから」
「絶対の絶対だよ!」
「分かったからさっさと行け、んな事言ってっと亜夜がやられちまうぞ?」
「う~、絶対来てよね!」
なのちゃんはそう言い残して飛び去って行く。その姿を確認して一息つく。
「フフーフ」
「何処の武器商人だよ」
「ヨーロッパとアフリカ周辺?」
「だろうと思ったよ」
俺のネタに反応したのは案の定ヴィータだった。
「先ほどから随分と余裕だな? そこまでの怪我を負いながら一人で勝てるというのか?」
ザッフィーが言ってくる。少し怒っている様な感じだ。
「いや、余裕なんてこれっぽっちもねーよ。ただ勝てない分けじゃないってだけだ」
「強がんなよ。さっきから攻撃が軽いぜ? スピードだって鈍ってきてるし」
「その状態で我らに勝つことなどできるはずが無いであろう?」
ヴィータとシグナムが俺の状態を見て言ってくる。実際この状態はかなり厳しい。
「んな事無いぜ? 切り札はまだ切っちゃいねえからな」
「その状態で使えるのであればな」
「…………」
不意にそう言われ答えられなかった。
「そうなのか? シグナム」
「いや、カマを賭けてみたが当たりだったようだ」
「ガッテム! シグナムに騙された!」
「しかし何故そう思ったのだ?」
「いや、切り札などは使うだけで消耗する物が多いからな。約束された勝利の剣(エクスカリバー)叱り、天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)叱り」
「確かにそうだけど何故にFate?」
いや、ブルーレイではやてと一緒に見てっけからシグナムも知ってるけどさ。
「……私も英霊と戦ってみたいと思ってな」
「んな事だろーと思ったよ!」
「今は多重次元屈折現象(つばめがえし)を練習中だ!」
「やめれ!! ひたすら剣を振り続ければ出来ちゃうから!! 守護騎士だと出来ちゃいそうだから!!」
良い笑顔で言ってくるシグナム。やたらと目が輝いている気がするのは気のせいじゃない気がする。
しかも、佐々木○次郎は「やることが無く燕を斬ろうとしてたら出来た」と言っていた。
つまり、「佐々木小○郎=ニート×(剣術+練習)=シグナム」の式が成り立つので習得に問題はない。
さらに、守護騎士なら何百年も練習できるという利点もあるし、シグナムなら本当に完成させちゃいそうで怖い。
「酷く失礼な事を考えなかったか?」
「ん?! いや、そんな事考えてねーですよ?!」
声が上ずってしまった。
((考えてたな))
ヴィータとザッフィーを見れば呆れたような顔をしている。
やめい、そんな顔したらシグナムにばれる。
「二人の表情を見るに……考えていたな?」
「ああ! ばれた!!」
「「言わなきゃ良いのに」」
あ~あと言う感じでヴィータとザッフィーが声をそろえる。
「では、本気で行くぞ。切り札とやらを使わなければ……死ぬかも知れんぞ?」
そう言うとシグナムがカートリッジをロードする。
ガシャン! ガシャン! ガシャン!
その数三発。レヴァンティンのカートリッジの装填数を考えればかなりの大技が来ると考えていい。
レヴァンティンを炎が覆っている。おそらく技は紫電一閃。さて、どうしたもんか。
「しかし斎藤、良いのか?」
「良いって何が?」
「私だけに集中して」
「大丈夫だ。他の二人も注意しているさ」
「そうか……。斎藤一つ忠告をしておいてやろう」
「何だ?」
「あまりヴォルケンリッターをなめるなよ?」
そういうと同時に俺の両手両足に緑のチェーンが巻きつく。
「な?!」
振りほどこうにもビクともしない。完全に動きを封じられた。相当強固に編まれた術式だ。それをしたのは勿論、
「シャマル先生か!」
完全に意識してなかった。少なくとも戦闘に復帰できるような生易しい攻撃じゃなかったはずなのに。
下を見ると地面に寝ていた筈のシャマル先生が、いつの間にか起き上がって手を突き出している。
手の先には魔方陣が出ていてそこからチェーンが伸びている。巻きつくまでまったく気がつかなかった。
「オオォォォーーーー!」
更にザッフィーのチェーンも巻きついてくる。
「酷いですよ! すっごく痛かったんですからね!!」
若干涙目になりながら言ってくる。どうやらまだ痛むようだ。
「それはそうといつもより強くないか? このチェーン!」
「勿論です! こんな酷い事する一樹さんにはお仕置きが必要です!!」
どうやら先ほどの恨みがこめられているようだ。道理で強いはずである。
「それに、私だってヴォルケンリッターの一人なんですから!!」
その一言を聞いて失敗したと感じる。
確かにシャマル先生もベルカの戦乱時代を戦った「騎士」の一人だ。生半可な手加減をするべき相手ではなかった。そして、
「行くぞレヴァンティン!」
《ヤヴォール! ボーゲンフォルム》
シグナムの声に答えレヴァンティンが姿を変えていく。
鞘と剣を連結させて弓になり、レヴァンティンの刀身を弓に番えこちらに狙いを定める。ギリギリと弦が引かれていく。
「なっ! 紫電一閃じゃねーのかよ!!」
「近づくと何をしてくるか分からんからな」
ごもっとも。近接のカウンター技はいくらかある。練習もしているから問題もない。
接近してきたらチャンスはあったのだが……。これはマジで不味い。
「よし! アイゼン!」
《ギガントフォーム!》
更にヴィータまでアイゼンを変形させ殺る気満々である。
ギガントのと言うだけあってやたらとでかい。それを肩に担いで魔力をためているヴィータ。
これは……本来闇の書の暴走プログラムにやるはずじゃなかったのか?
《警告、今のままでは危険です》
流石に心配したのかスサノオが言ってくる。
「分かってる……開くぞ」
俺がそう答え、
《……三十秒です》
若干ためらう様な間がありスサノオが答える。
「そんだけあれば十分だ!! タイミングはこっちでやる。スサノオはサポートを頼む」
《了解、もとよりそれが私の役目です》
会話を終了したと同時にヴィータが動く。
「轟天爆砕!! ギガントシュラーーーック!!!」
ヴィータは担いでいたアイゼンを一気に振り下ろす。
迫り来るギガントシュラークを冷静に見続けタイミングを計る。ここからは一秒たりとも無駄に出来ない。
そして、手を伸ばせば届く距離まできたとき俺は切り札をきった。