魔法少女リリカルなのは ~その拳で護る者~   作:不知火 丙

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本編 第三十五話

― 斎藤一樹 ―

 

 プレシアさんの裁判も無事終了し、予定通りに執行猶予ももぎ取る事に成功した。保護観察にリンディさんが付く事になり、十分想定内である。

 四月も終わり現在五月一日、闇の書起動まであと三十四日約一カ月である。それまでに海鳴に拠点を設置完了するのがベストなんだけど……。

 まあ、ちょいちょい時間があるから忍さんあたりにも相談してみよう。研究の件も話さないといけないし。あ、そったらアリサあたりにも話を持っていくか? そうすれば使ってない別宅の貸出位してくれるやもしれん。

 見返りが何になるか分からんが変な事は頼まないだろう。そんな事を考えながら歩いているといつの間にか自分家の前まで歩いて来ていた。

 

「さ~て、久しぶりの我が家だ!」

 

 ここ最近帰ってなかった家を見て何やら色々と懐かしく感じる。

 そう言えば何時から帰ってなかったけ? 「P・T事件」が終わって、いったん帰ったのが最後だったけ? 事後処理や、書類整理、はたまたプレシアさんの護送なんかもあったからミッドにずいぶんいた気がする。

 学校も結構休んでるけど大丈夫かな? ま、今日は家でゆっくりして明日にでも考えっか! そう結論を出して玄関のドアを開け家に入る。

 

「ただいま~っと」

 

 そう言いながら家に上がろうとすると、

 

「おや? 一樹もう学校は終わったのですか?」

 

「は?」

 

 いるはずのない人物から声をかけられた。

 

「「は?」ではないでしょ。学校はどうしたんですか?」

 

「に、兄ちゃん? 何時アメリカから帰ってきたの?」

 

「ついさっきですよ。ん? 一樹は知らなかったのですか? おかしいですね、家には連絡を入れておいたのですが」

 

「あ~、俺しばらく家に帰ってなかったから」

 

「ん? 家に帰ってない? どういう事ですか?」

 

「ミッドに行ってた」

 

「父さんの仕事場にですか?」

 

「違う違う、俺の仕事場」

 

「一樹の? 一樹は労働基準法というのを知っていますか?」

 

「知ってるけどこっちの法律は無意味だよ?」

 

「む、そうでしたね」

 

「つうか兄ちゃんもどうしたんだよ? 大学は? 夏休みはまだ先でしょ?」

 

「ええ、夏休みは六月からなのでまだ先ですが、ちょっと日本に用が出来まして、しばらく日本にいますよ」

 

「ふ~ん、じいちゃんとばあちゃん元気にしてた?」

 

 俺は向こうにいる生物学者の祖父母を思い出し兄ちゃんに聞く。

 

「ええ、元気ですよ。この間も調査に行った島で自給自足してました。とても80過ぎの老人とは思えませんね」

 

「それなんて黄金で伝説な番組?」

 

「全くです。まあ、玄関で話すのもなんですからリビングに行きましょう。色々教えてもらいたい事もありますからね」

 

「あ~、そだね。じゃあ改めて。お帰り兄ちゃん」

 

「ただいま。一樹こそお帰りなさい」

 

「ん、ただいま」

 

 そう言って俺は靴を脱いで家に上がる。

 俺が今話していた人物は斎藤家の長男、斎藤晃(あきら)だ。身長は俺より低いが170ちょいある。髪はちょっと茶色っぽい感じで七三分にしているが、昔のような七三では無く今風? ラフな感じとでも言えばいいのだろうかそんな感じだ。体格は細身、黒ぶちの眼鏡をかけている。

 俺の五つ上で現在大学一年生。専攻は生物学らしい。兄ちゃんも魔法の事は知っているが魔法は使えない。リンカーコアはあるにはあるみたいなのだが、戦闘が出来る程魔力が無いらしい。

 そしてこの兄、それ以外は全ての分野でチート野郎である。

 成績優秀、スポーツ万能、品行方正と三拍子そろっていて、しかも通っている大学は海外、超一流大学のハーバード大学である。

 今の日本人で通っている人数は片手で数えるほどしかいない。兄ちゃんの大学受験の時何処受けるか聞いて吃驚したのと、東大を滑り止めに受けるというのを聞いてさらに吃驚した。つうか東大を滑り止めに受ける輩(やから)を初めてみた。しかもそれが身内だとは思わなかった。

 しかも現役合格したもんだから通ってた高校はお祭り騒ぎ、合格祝賀会に送別会までしてもらったというのだからすごいものだ。

 新聞(地方新聞)にも載ったのだから父さんと母さんもやたらとはしゃいでいた。今も大事にその新聞を取っといてある。

 正直俺が兄ちゃんに勝てる所と言ったら運動面だけで、他は言うまでもなく惨敗である。

 勉強にしたって中学レベルは付いていけるけど高校レベルになったらあっという間に普通レベルになる事間違いなし。

 どっかの世紀末な世界の兄も言ってたしね。「兄より優れた弟などいない!」まさにその通りである。しかも、(おれ)より優れた妹はいるので困ったものである。

 ハッ! 俺って斎藤家ヒエラルキーの最底辺じゃね!? 兄ちゃんは天才、妹は剣術で天才、俺凡人。格闘技は「ラーニング」のおかげだし。それがなかったら単なる局員Aって感じじゃね!?

 驚愕の新事実に気付く俺。どうすれば抜けられるのか? 自分で素早くシュミレーションし18パターン程想定する。そして却下。こうしてネタにまみれている時点で脱出不可能である事に気づく。

 

「ま、あんま関係ないから良いんだけどね」

 

「ん? 何か言いましたか?」

 

「うんにゃ、独り言だから気にせんといて」

 

「そうですか」

 

 兄ちゃんは特に気にした様子はなくリビングに行く。

 

「あら、お帰りなさい。もうひと段落付いたの?」

 

 リビングに行くとそこには母さんがいた。どうやら今日は休みのようだ。

 

「ひとまずはかな? これから色々起こる予定だし」

 

「あら、そうなの?」

 

「下手すると今年いっぱいそれにかかりっきりになるやもしれんのです」

 

 下手するとって言うかほぼ決定事項だけど。

 

「ほんとに?」

 

「うん」

 

「一樹、学校は大丈夫なの?」

 

「う~ん、今のところは」

 

「いくら聖祥がエスカレーター式だからといっても休みすぎると目をつけられるわよ?」

 

「うん、気をつける」

 

「まあ、今のところ学校の方も何も言ってこないから良いけれどね」

 

「一樹はそんなに学校を休んでいるのですか?」

 

「最近はちょっと多めになってきてる」

 

「まあ、母さんが強く言ってないから良いですが学生の本分は学業ですよ?」

 

「それは分かっちゃいるんだけどね。勉強自体おろそかにしたくはないし」

 

「管理局の仕事が警察の仕事と似ているのは理解していますが、いくら腕が立つからと言ってもまだ中学生なんですから無理はいけないですよ?」

 

 母さんと兄ちゃんからお小言をもらう。ある程度二人も理解しているのでそんなに強く言ってこないが。

 

「あ、母さん。そういやぁ、亜夜はどうすんだ? この間なのちゃんフェイトちゃんと一緒に嘱託魔導師試験受けるって意気込んでたけど? 何か聞いてる?」

 

「話しだけなら聞いてるわよ」

 

「む? 亜夜も魔法が使えるのですか?」

 

 兄ちゃんがちょっとうらやましそうに言ってくる。

 

「うん。しかも魔力量で行ったら俺の倍以上あるんだもん」

 

「そう言われても基準を知らないので何とも言えませんがそんなにすごいんですか?」

 

「う~ん、ランクはSSS、SS、S、AAA、AA、A、B、C、D、E、Fって分かれてて、今俺の魔力量が平均A位で、一般的な隊員の魔力量はB~D位、亜夜はAAA前後。これはエースとか隊長とか呼ばれる連中と同レベルの魔力量なんだよね」

 

「それはまた……すごいですね」

 

「これだけ力があるとちゃんと制御できないとかえって危険だからな~」

 

「それじゃあ、一樹と同じように士官学校でしたか? そこに通うのですか?」

 

「まあ、最終的にはそうなると思うけどね」

 

「そうですか。それは兎も角そろそろ事情を説明してほしいのですが」

 

「ん? あ、そうだった」

 

 いかん。忘れとった。母さんもいるし今回の件の報告もしてしまおう。

 兄ちゃんにそう言われると俺は「P・T事件」を話し始めた。もちろん表向きの内容で俺が裏でしていた事は内緒である。

 

「私がいない間にすごい事があったんですね……」

 

「でもよかったわね、フェイトちゃん家族で暮らせるようになったんでしょ?」

 

「うん。プレシアさんに保護観察は付いてるけどそれも知り合いだし、リニスも正式に契約しなおしたしね。何か困った事があれば聞いてくる様にって言ってあるし」

 

 「P・T事件」の後、リニスは再びプレシアと契約しなおした。それはもうあっさりと。もしかしたら感謝の意味も込めて俺の使い魔になってくれるかと思ったけどそんな事はなかったぜ!

 

「今までありがとうございました」

 

 と言ってプレシアさんと再契約。ほんとあっさりしたものである。

 まあ、ご近所さんなのでこれで会えなくなる訳でもないので良いのだが。元からその約束だったしね!

 

「あら? じゃあ、はやてちゃんはしばらく一人?」

 

「うん、リニスもしばらくアリシアに付きっきりになりそうだって」

 

 現在アリシアは体の筋力が低下している為、一人では何もできない状態である。なのでそのリハビリにリニスが付いている状態だ。

 

「はやてちゃん?」

 

「お隣さんよ。八神はやてちゃん」

 

「それで、一人とはどういう事ですか?」

 

「どうも事故で両親を無くしたらしい。それでずっと一人で暮らしてたみたい。しかも下半身に麻痺があって車椅子生活なんだ。流石にヘルパーさん雇ってたみたいだけど」

 

「それはまた……おかしな話ですね」

 

「そうなのよね。一樹が連れてくるまで八神さん家が一人暮らしだなんて知らなかったし。そしたらご両親が亡くなってるって言うじゃない、いい人だったんだけどねぇ~」

 

「ん? 母さんはやての両親知ってるの?」

 

「ええ、少しだけね。ご近所さんなのよ? 町内会の寄り合いで顔ぐらい合わせるわ。最後に会ったのは一樹が士官学校行ってる時だから、四年位前かしら?」

 

「それから俺が連れてくるまで知らなかったの?」

 

「ええ、不思議とね。行く用事もなかったし」

 

「お葬式とかは?」

 

「あら? そう言えばしてないわね?」

 

 今気付いたのか母さんが考え出す。

 

「おかしいですね、お葬式位親戚が行うのでは?」

 

「確かに変ね、はやてちゃんの事といい、ご両親の事といい何か不自然ね……」

 

 まずい、母さんが気にし始めた。あんまり余計な事をされても困るのでごまかさないと。

 

「あ~、母さんそれ以上はちょっと、それ俺が今調べてる別件になる」

 

 まあ、嘘じゃないしな。

 

「そうなの?」

 

「うん、ちょっと気になってはやての家を調べたら魔法が掛けられてた。認識阻害みたいな魔法が」

 

「「認識阻害?」」

 

「簡単に言えばそこにあるものを無い様に見せたりする感じ」

 

 それを言った瞬間母さんが無表情になる。

 

「そんなものをはやてちゃんの家に仕掛けてたの? 信じられないわね。あんな可愛い子を一人にするなんて」

 

「信じられませんね。四年前となると五歳ですか? そんな子供を一人にするなど正気の沙汰とは思えません」

 

 まあ、ふたりの言い分は全面的に正しい。世間一般的に見れば五歳児が一人暮らしなど正気とは思えない。普通はしかるべき施設か、親戚の家で暮らすのが妥当だろう。

 

「一樹、必ず犯人を捕まえなさい。そして必ず豚箱にぶち込んでやるのよ」

 

「同感ですね。こんなことをする人は反省した方が良いでしょう」

 

「あ~、頑張るよ」

 

 適当に返す俺。……グレアム提督を豚箱にぶち込むかぁ~。無理だな。

 階級の関係もあるけど、なにぶん管理局で上げた功績がある。もし逮捕となっても恩赦があるだろうから無理だろうな。結果が分かっている分テンションが上がるはずもない。

 

「あ、それと母さん。しばらくはやての事宜しく頼む。また一人になっちゃうから。リニスもひと段落したらまた来てくれるって言ってたから」

 

「分かったわ。休みの日はこっちに来るように言っておくわ。むしろしばらく家にいてもらった方が良いんじゃないかしら?」

 

「ん、じゃあそれはやてに聞いてみて。でも絶対遠慮しそうだから多少強引じゃないと無理だと思う」

 

「そうね、はやてちゃん結構遠慮しそうだし」

 

「それだったら今呼んだらどうですか?どうせなら夕飯も一緒にした方が良いでしょうし」

 

「あ、そうだね。じゃあ俺ちょっくら行ってくるわ。ついでに夕飯の買い物でもしてこようか?」

 

「あら、お願いしてもいい?」

 

「ん、何買ってくればいい?」

 

「そうね、今日は天ぷらにしようと思ってたからその材料お願い」

 

「エビ、イカ、サツマイモ、かき揚げ、他って感じで良い?」

 

「ええ、その位買ってきてくれれば問題ないわ」

 

「了解、何かあったら携帯にお願い」

 

「じゃあ、お願いね」

 

「アイアイサー」

 

 俺はそう返事をして服を着替えてはやての家に向かう。

 徒歩三十秒といったところか? 門を開けて玄関に行きチャイムを鳴らす。

 

ピンポーン

 

 一度鳴らすが返事はない。

 

ピンポーン、ピンポーン

 

 今度は二回。しかしそれでも家の中からは何の応答もない。

 

ピピピピピピピピピピピピピピピンポーン

 

 今度は連打してみたがやはり応答はなかった。

 

「いねーのか?」

 

 頭をかきつつどうするか考える。

 

「連絡は……とれねーな。そう言えばはやてが携帯持ってるかどうかもしらねーな」

 

 携帯を開こうとしてその事実を思い出しそっとポケットに戻す。

 

「ま、とりあえずは図書館に行きますか。出かけたとしたらそこだろう」

 

 俺は先ず心当たりを探す事にした。

 はやてと言ったら図書館、これはもはや切っても切れないものだろう。

 そんな事を思いつつ図書館に向かっている最中それは起きた。

 

「結界か……はてさてどなたが来るのやら」

 

 そう呟くとまるで聞こえたかのように俺の前に現れる。

 身長は俺と同じくらいで、白くて、眼の下からほほにかけて赤いラインが入っている仮面をつけている。白地の服は青いラインで縁取りされていて、手には白い手袋をしている。

 体格は中肉と言ったところか。距離にしておおよそ10メートル程前に立っている。一瞬でつぶせる距離だ。

 

「さて、あんたが結界を張った人か?」

 

「そうだ」

 

「理由を聞こうか?」

 

「闇の書の修復をやめろ。あれは貴様の手に余る代物だ」

 

「いや、俺が直す訳じゃないので俺の手に余るとか言われても、そんな事は百も承知なのだが?」

 

「そうなのか?」

 

「俺にそんな事出来る訳ねーだろ。俺はどちらかと言えば使いっぱしりだ」

 

「しかし、貴様が中心となって動いているのは変わりないだろう?」

 

「それについては否定しないけどね」

 

「ならば同じ事だ。闇の書の修復をやめろ」

 

「ん、分かった」

 

「……は?」

 

 予想外のことだったのか聞き返してくる。

 

「だから分かったって言ってるじゃん。闇の書の修復をやめればいいんだろ? やめるからさ。もう用事は終わりか? これから夕飯の買い出しに行かなければいけないので結界を解いてくれるとありがたいのだが?」

 

「いや、そこは普通「何者だ!?」とか「何故だ!?」聞くところでは無いのか?」

 

「うんにゃ、俺にとってはそんな事より、夕飯の買い出しに遅れてうちの家族に半殺しにされる方が割と死活問題なので。あんたが何者とか何をしようとしているとか割とどうでもよかったりする」

 

 まあ、知ってるし。

 相手の「氣」を探ってみてもやっぱりあのぬこ姉妹の片方だし。魔力は変えられても「氣」は変えられないようだ。

 

「しかし、貴様が本当にやめるとは思えんな」

 

「……じゃあどうしろと?」

 

「決まっている。少々痛い目に会ってもらうしかあるまい」

 

「いや、そうなるのが嫌だからやめるって返事をしたんだが?」

 

「それを信じられると思っているのか?」

 

「それを言ったら俺をたたきのめした位で、このプロジェクトが止まると思っているのか?」

 

「…………」

 

 その質問で帰って来たのは沈黙だった。

 

「え? マジ? ほんとにそう思ってたの?」

 

「だ、黙れ!」

 

「うわ~、マジ引くわ~。第一あれだけ大々的に発表してんだからそう簡単に止まる訳ないじゃん。ある程度研究して修復不可能って分かるまでやんなきゃ中止にならないぞ?」

 

「そ、そんな事は分かっている! 中止にするのに他の手段だってある!」

 

「例えば?」

 

「た、例えば……関係者全員を襲ってやる!」

 

「……ずいぶん短絡的な発想だな。関係者の中には高ランク魔導師もいるが返り討ちにあわないか?」

 

 プレシアさんあたりならあっさり返り討ちにしそうだ。

 

「じゃあ、他に何があるって言うんだ?!」

 

「関係者で一番身分の高い人の家族を誘拐して脅迫する」

 

「そう! それだ! それをしてやる!」

 

「因みに重要人物保護プログラムに従い現在高ランク魔導師の護衛及び所在地の隠匿がされてるけど?」

 

「………………」

 

 また沈黙してしまった。まあ、保護プログラムについては半分嘘なのだが。

 

「なあ、悪い事は言わない。やめとけ。今ならなんにも罪は犯してないんだから」

 

 知り合いだけになんだか可哀相になってきた。

 

「それに、まだ闇の書だって起動してないんだから。起動してからまたくれば良いじゃねーか」

 

「くっ」

 

 悔しそうな感に呻く仮面男。そこで俺はティン! ときた。

 

「そうだ! 俺は今日ここで会った事は誰にも言わない! むしろ俺は誰とも会わなかった!」

 

「そ、そうか。そこまで言うなら仕方がない。今日のところは引いてやる。いいか? お前は誰とも会わなかった! そうだな!?」

 

「ああ、俺は誰とも会わなかった」

 

「よし。次は覚悟しておけよ!」

 

「おう。首を洗って待っててやる」

 

「覚えてろ!」

 

 そう言うと仮面の男は転移魔法を使ってその場から消えていった。

 それからすぐ結界が解けいつもの街並みが戻ってくる。まあ、仮面の男と会う事は多分もう無いと思うが。って言うか、

 

「覚えてちゃ駄目だろ……一体なんで出てきたんだか」

 

 ため息をつかづにはいられなかった。

 

― 八神はやて ―

 

 今日、うちは図書館に行っとった。

 日長一日やる事もない上に、なのはちゃん達も学校でまだ帰って来てへん。最近まではリニスがおったんやけど、色々あって今はうちの方には来れないみたいや。

 まあ、ひと段落したらまた来てくれる見たいやけど。それまでしばらくまた一人や・・・。そう思うとやっぱり寂しいなぁ~。そこでため息をついて顔をあげるとちょうど時計が目に入った。

 

「あ、もうこんな時間や」

 

 時計は四時を少し過ぎた所やった。読んでいた本を元の位置に戻して、新しく借りる本をカウンターに持っていく。

 

「あら、はやてちゃんもう帰るの?」

 

「はい、もうええ時間になっとるので」

 

「そう、今日借りる本はこれ?」

 

「そうです」

 

「ちょっと待ってね。……はい、これでいいわよ。気をつけて帰ってね」

 

「おおきに。またお願いします」

 

「ええ、また来てね」

 

 そう言ってカウンターのお姉さんといつもの会話をして、図書館を出る。夕暮れ時、いつもと変わらない街並み。一人さびしく家路につく。周りを見てみると買い物帰りの親子が手をつないで歩いとった。

 

「お母さん! 今日のご飯はなぁーに?」

 

「今日は、マー君の好きなカレーにしましょうか」

 

「ほんと!? やったー!」

 

 晩御飯を聞いて喜ぶ男の子。楽しそうに母親と帰っていく。それを見て思う。

 

「あかん。ほんまに美味しいカレーを作るんやったら二、三日前から仕込むべきや」

 

 美味しいカレーを作るならじっくり作らなあかん! 玉ねぎはちょっと多めにきつね色になるまで炒めて、一日目はルーを入れて終了! 後は二日程かけて一時間づつ煮込むんや。

 ここで重要やと思うんはやっぱり寝かせる所やと思うんよ。

 そしてお肉や! 使うお肉によってもちょっと違うんや。豚肉やったらパイナップルを入れた方が相性がええし、牛肉やったら断然筋肉(すじにく)や! コクがでるうえに安い! これは重要や。

 でも煮込むだけで数時間かかるんよ。そこが難点やろか? そして鶏肉やったら、鶏ガラをつこうてだしをとるんや! これも時間がかかるんやけど美味しいカレーが出来るんよ。せやから美味しいカレーは一日にしてならずなんや! そんな事を思っとると声をかけられた。

 

「何ぶつぶつ言ってるんだ? はやて」

 

「何って、美味しいカレーの作り方や。聞いて分からんの?」

 

「いや、何を言ってるかまでは聞こえなかったし」

 

 その声を聞いて反射的にこたえてしもうた。

 

「まあ、それについては後で聞くが、残念な事に家の今日の晩御飯は天ぷらと決まっているのだ」

 

「天ぷらなん? そんじゃうちはなんにしよか?お肉系か、魚系か、何にしよ?」

 

「残念だがはやての晩御飯も天ぷらだ」

 

「へ? なんで?」

 

「もちろん一緒に食べるからに決まってるじゃん。今日兄ちゃんが帰って来ててな。はやてに紹介ついでにみんなでご飯って事なんだがどうする?」

 

 それを聞いてうちは迷わず答えた。

 

「もちろん一緒がええ!」

 

「お? 何かいつもより食い付きが良いな?」

 

 う、あかん。嬉しくてつい大きな声が出てしもた。

 

「そ、そうやろか? いつも通りやけど?」

 

 照れくさくて慌ててごまかす。

 

「それは兎も角一樹兄ちゃん何でここにおるん? 今北産業で答えてみ」

 

「良し北!

・帰って来て家で今回の事を説明。

・はやてを晩飯に誘いに家に行ったが留守。

・図書館方向に探しに来て見つけた。

 ↑今ここ」

 

「なるほど、よう分かったわ」

 

「そうか? 舞弥(まあいいや)。今から買い物に行くんだけどどうする?」

 

「それやったら一緒に付いてったる。食材選びなら任しとき!」

 

「お、それは助かる。買うものは分かるけど、いいものを選ぶとなるとなかなか上手くいかなくてな」

 

「あかんで、一樹兄ちゃん。そんなんやったら一人暮らしした時大変やで?」

 

「まあ、一人暮らしは自分だけ食べるから別に良いんだけどな」

 

「駄目や、駄目駄目や。何時でも安く美味しく食べるのはええもんやで?」

 

「確かにな。それまでにはスキルアップしてみるよ」

 

「それでよし。そう言えば一樹兄ちゃん頑張ったみたいやん。三人とも言っとったで」

 

「へえ、何て?」

 

「何時も邪魔ばっかしたり、敵と入れ替わられたり使えへんけど、最後にええ仕事したって言っとった」

 

「……誉められた気がしない件」

 

「多分誉めてへんよ?」

 

「やっぱり? でもまあ、事件も無事問題なく解決しました。しばらくは通常運転に戻ります。あ、それとはやてはリニスがまた来るようになるまで家に泊まりと言う事になってますので」

 

「……かまへんけど、そう言うのって本人から了解をとってからなんとちゃうん? それに迷惑やあらへん?」

 

「迷惑な訳ないじゃん」

 

「でも、車椅子なんよ? 足動かないんよ? 色々頼む事になるんよ?」

 

「構わないっての。なんだってしてやるよ。ちったあ斎藤家を頼れ。お隣さんで、俺と亜夜の友達なんだから」

 

「ええの? ほんとにええの?」

 

「構いません」

 

「……ホンマに?」

 

「男に二言はねぇ~よ」

 

「そんなら宜しくな。一樹兄ちゃん!」

 

「おう、よろしくなはやて」

 

 そう言うと一樹兄ちゃんは頭をなでてくれた。その手はゴツゴツしてて堅かったんやけど暖かかった。

 

「それはそうと一樹兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「舞弥のネタは分かりずらくあらへんか?」

 

「はやてなら気付いてくれると信じてた(キリッ!」

 

「さよか。それより一樹兄ちゃん! 早よせんとタイムセールが始まってまう!急がんと!」

 

「お? もうそんな時間か? じゃあ、主婦たちの戦場に行きますか。半額弁当を求めに!」

 

「あかん! 今日はウィザードクラスが来るんやで! 」

 

「なん……だと!? 仕方ない。天ぷらの材料だけ買って帰るか」

 

「賛成や」

 

「はやては何か食いたいやつあるか?」

 

「タコ! ゲソ! 豚肉!」

 

「何故酒がすすむ様なラインナップなのか?」

 

 そんな会話をしながらうちと一樹兄ちゃんは買い物に行ったんや。

 二人でした買い物はとても楽しいかった。楽し過ぎてちょっと買い過ぎてしもうたんは仕方のない事やと思うんよ。

 

「買い過ぎちまったな」

 

「でも、このくらいの量なら一樹兄ちゃん食べられるんとちゃうか?」

 

「待て。いくらなんでもこの量の天ぷらは無理だ」

 

 一樹兄ちゃんは両手に持っている袋を持ち上げ言うてきた。

 

「そんなら、何日かに分けて使うしかあらへんな。そうなると二、三日はシーフードづくしになりそうやな」

 

「まあ、バリエーションがあるなら問題ないな」

 

「任しとき。明子さんと一緒に美味いご飯作ったる」

 

「はやてを呼べ! って言われないようにな」

 

「雄山乙」

 

 そんな他愛もない話しをしとるといつの間にか家に着いとった。

 

「はやてちょっと待っててくれ。これ置いてくるから」

 

「かまへんよ。用意位一人で出来るで?」

 

「遠慮すんな。荷物位持ってやる」

 

「う~ん、そんじゃお願いするわ」

 

「おう」

 

 そう言って一樹兄ちゃんは買い物袋を持って家に入るとまたすぐ出てきた。

 

「そんじゃ行くか」

 

「と言っても隣やけどな」

 

「徒歩三十秒ってすごいよな」

 

「せやな。そしたら一樹兄ちゃんはリビングでまっとって。すぐ用意できるし」

 

「了解」

 

 そしてうちは自分の部屋に着替えをとりに行ったんやけど、その時それが起こったんよ。

 着替えとかを用意しとったら後ろの本棚が光り出したんよ。正確に言うとその本棚に置いておいた本が光り出したんよ。

 

「な、何なん!?」

 

 その本はうちが生まれる前からあった本で、本に十の字に鎖がかかっとって、どうやっても開かなかった本や。

 それがいきなり光り出して、本にしてあった鎖がちぎれて、勝手にページがめくられていく。

 

「な、なんなんや!一体!?」

 

 そしたらひときわ強く光ると目を開けてられんかった。少ししてゆっくり眼をあけると部屋の床に漫画でよくある様な円の中に三角形を重ねた六芒星の魔法陣かくるくる回っとってその上には五人の人がおった。

 

「どうしたはやて!」

 

 そう言って部屋に入ってきたんは一樹兄ちゃんやった。

 

「か、一樹兄ちゃん!」

 

 何が起こったのか分からず、入ってきた一樹兄ちゃんに抱きつく。そして一樹兄ちゃんを見ると一樹兄ちゃんも固まっとった。

 

「五人……だと!?」

 

 一樹兄ちゃんがそう言ったのが確かに聞こえた。

 

 

 

 


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