魔法少女リリカルなのは ~その拳で護る者~   作:不知火 丙

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本編 第二十七話

― クロノ・ハラオウン ―

 

 今、ブリーフィングルームには今回作戦に参加する全員がそろっている。

 高町家、斎藤兄妹、ユーノ、アルフ、武装隊、これだけの人数と戦力で掛かる作戦は最近はお目にかかってない。

 部屋はピリピリと緊張感に包まれ、作戦前の独特の雰囲気がある。

 

「全員そろったかしら?」

 

 そんな中、母さんの声が部屋に響き母さんが入ってくる。

 するとざわざわしていた部屋が一瞬にして静かになり、管理局組全員が立ち上がり母さんに向かって敬礼する。若干遅れて、高町家と亜夜が立ちあがってお辞儀をする。

 

「楽にしてもらって構わないわ」

 

 母さんがそう言うと各自席に着く。

 

「それでは最終ブリーフィングを始めます。クロノ執務官お願いね」

 

「はい艦長、それでは今回の作戦を説明する。今回の作戦目標は、テスタロッサ親子の保護、及びジュエルシードの確保になる。「カリウム」なる人物がジュエルシードを狙っていてプレシア・テスタロッサを脅迫し集めさせている。その為テスタロッサ親子の持つジュエルシードを確保すると同時に、二名を保護する事になる。まず作戦の第一段階として、テスタロッサ側と此方側のジュエルシード全てを賭け戦闘を行う。これによって、ジュエルシードの確保と、フェイト・テスタロッサの保護を同時に行う。しかし、ジュエルシート21個が全てそろう為、高確率で「カリウム」の介入があると予測される。よって、ジュエルシードを預かるのを一樹臨時三等陸士が担当し、フェイト・テスタロッサとの戦闘をなのはに担当してもらう。準備を怠る事の無いように頼む」

 

「「了解だ(はい!)」」

 

「ここが上手くいかなければ作戦自体が破綻する可能性がある。一樹は常に襲撃に備えてくれ。なのはは出来るだけ時間を稼いで戦闘をしてくれ」

 

「え? どうしてですか?」

 

 なのはが首をかしげて聞いてくる。

 

「その理由は、第一段階と並行して行う作戦の第二段階、プレシアの保護の為だ。これは、僕と士郎さん達と亜夜とアルフが「時の庭園」に侵入しプレシアのいる所まで行く時間を稼いでほしいからだ。「庭園」の見取り図とアルフの案内があるといっても最短で十分、最長で十五分程掛かるとシュミレーション結果が出ている」

 

「庭園内部に直接転送って訳にはいかないのですか?」

 

 武装隊の一人が聞いてくる。

 

「ああ、庭園内部に直接転送すると警報が作動してどんな妨害装置が出てくるか分からない。その為、「庭園」上空から通信と探知を妨害しつつ「庭園」に侵入する。侵入後も各種監視装置をジャミングしつつ進む為、進行速度が遅くなる事が予測される時間稼ぎはその為にしてほしいんだ」

 

「はい!」

 

 なのはが元気よく返事をする。

 

「最後に第三段階だが、これは状況によって場所が変わる。これは「カリウム」が襲撃してきた場所に武装隊及び他の所にいる全員を転送して「カリウム」を逮捕する。直接戦闘は一樹臨時三等陸士のみ許可する。他の者は遠距離から一樹を援護、それを全員で行ってくれ。絶対に近付けさせるな。しかし、それでも逮捕できるかどうか分からない程の奴だ。よって今回「カリウム」の逮捕に関しては無理をしないでくれ。出来ないと判断したら深追いはするな。増援が来るまで時間を稼いでくれ」

 

「ちょっと待って下さい。この戦力ですよ? それでも逮捕出来ないんですか?」

 

「ああ、正直戦闘能力に関しては未知数で、実力としては一樹臨時三等陸士並みと思われる」

 

 僕がそう言うと武装隊がざわつく。

 それもそのはず、一樹は地上本部のエース、ゼスト一等陸尉と互角なのだ。それは意外と有名で、一樹を引き抜こうとしている部署も数多くある程なのだ。

 ゼスト一等陸尉の魔導師ランクはS+ 、一樹自身ランク試験を受けていないからランク無しだがそれと同等の実力があるという事になる。しかし「カリウム」はそれ以上の可能性があるのだ。

 

「よって、今回「カリウム」の逮捕に関しては絶対に無理をするな。あくまでの今回の作戦目標はジュエルシードの確保とテスタロッサ親子の保護だ、それを徹底してくれ。他に戦闘可能と思われるものを増援として送る。以上だ。何か質問は?」

 

「ジュエルシードが奪われた場合は?」

 

「僕と士郎さんと恭也さんが突撃する。それでだめなら撤退する」

 

「ちょ、待ってください! 「カリウム」ってやつはジュエルシードを使ってミッドチルダを壊滅させようとしてるんですよね? それをみすみす逃がすって言うんですか!?」

 

「そうだ。これで駄目なら「カリウム」を逮捕する術は無い。他に出来る事はこっちの被害を最小限に抑える事だ」

 

「納得できません!」

 

 武装隊の隊員が声を荒げる。

 それは仕方ない事だろう、武装隊も決して弱くない。部隊として動き連携を駆使すれば強いのだ。

 毎日こういう時のために厳しい訓練をしているのだ、それなのに戦う事すらできない。それは武装隊の隊員からしてみれば侮辱以外の何物でもない。

 

「そこまでにしなさい。事実、先ほど名前の挙がった人達以外が戦えば無駄に死傷者が増えるだけです。よってそれ以外の人が「カリウム」と交戦する事を認めません。これは艦長命令です」

 

「……了解しました」

 

 そう言って隊員は渋々座る。納得いかないのは分かるが今回ばかりは分が悪い。

 相手の実力が未知数なうえ、魔法による防御がほぼ無意味になる可能性が大きいのだから。

そうなると自然と「カリウム」と同等の実力者でなければ相手にすらならないだろう。

 

「では他に質問は無いか?」

 

 僕はそう言って全員を見る。しかし質問は無いようだ。……と思ったが一人が手を上げる。一樹だ。

 

「一樹臨時三等陸士、何かあるのか?」

 

 こういうとき、必ずといっていいほど変な事を言う一樹を警戒ながら質問を待つ。

 

「作戦はこれだけか? 確かに「カリウム」は危険だが見逃すことは無いんじゃないか?」

 

 若干肩すかしをくらった感じではあったが質問に答える。

 

「それはお前に期待しているからだ。正直一対一でお前が負けるとは思えない」

 

 こんな事を言うのは癪だが、実際こいつが負ける所は想像がつかない。

 まあ、勝てないかもしれないがこいつは絶対に負けないのだから。

 

「その評価は嬉しいが、保険は掛けるべきじゃないか?」

 

「それなら僕達が保険になるな」

 

「そうか……」

 

 そう言うと一樹は黙り込んでしまった。どこか何時もの一樹じゃない。何か悪いもんでも食ったのか?

 

「他に質問はあるか? ……無いようなのでこれでブリーフィングは終了する」

 

 各自が席を立ち部屋から出ていく。そんな中僕は一樹に声をかける。

 

「どうしたんだ一樹? らしくないな」

 

「……そうか? 何時も通りだと思うぞ?」

 

「……ならいいんだが。それより一樹、負けるなよ」

 

「当たり前だ」

 

 そう言って一樹はコツンと拳を合わせるとブリーフィングルームから出て行った。そんな後ろ姿を見送って部屋から出るのを確認すると、

 

「ああ、エイミィか? 実はだな……」

 

 気のせいであればそれに越した事は無いと思いながらエイミィに通信するのだった。

 

― 高町なのは ―

 

 そこはとある海上にあった。

 それは大小様々な大きさのビルが建ち並んでいて、どこかの都市が水没したような光景だ。

 そこからは人の営みは感じられない。それもそうだ、これはエイミィさんが海上に設置した戦闘訓練用レイヤー建造物なのだから。

 更に、周囲には上空までもカバーするように二重結界が張られていてそう簡単には破れない、例え私達が全力で戦っても問題ないほどに。

 そんな中の一つのビルの屋上に私とレイジングハートいる。そのビルの屋上は、庭園の様になっていて様々な種類の植物が育てられている。中央には噴水があり水を噴き出している。

 その噴水の縁に私は立っていた。静かに、目を瞑り、瞑想する様に。その隣には一樹お兄ちゃんの姿もある。

 

「ここなら良いよね。出てきてフェイトちゃん」

 

 するとその声に反応するように後から音がした。

 

タッ

 

 ゆっくりと目を開けると水面に映るフェイトちゃんが見えた。

 

「私はフェイトちゃんを助けたい。その気持ちは今も変わらない。でもフェイトちゃんも止まれない。きっかけはこのジュエルシードだったね」

 

『リリース、ジュエルシード』

 

 レイジングハートからジュエルシードが出てくる。出したジュエルシードを一樹お兄ちゃんに預ける。

 

「よし、フェイトも出してもらえるか?」

 

 一樹お兄ちゃんがフェイトちゃんに聞く。

 

「……バルディッシュ」

 

『イエッサー』

 

 一言フェイトちゃんが言うとバルディッシュがジュエルシードを出して一樹お兄ちゃんに渡す。

 

「こっちも確認した。じゃあ最後に確認だ。ルールは非殺傷設定である事以外は自由だ。勝敗は、気絶、若しくはギブアップのみ。こっちから止めるようなことはしない。俺の立場はあくまでの立会人だ。何か質問は?」

 

「ありません」

 

 フェイトちゃんが答える。

 

「なのはは?」

 

 それを聞いて違和感を覚える。何だろうなんか変だ。

 

「……一樹お兄ちゃん、今日は真面目だね」

 

 私がそう言うと一樹お兄ちゃんはため息をつく。

 

「はあ、俺が真面目だとそんなに変か? クロノにも言われたぞ」

 

「うん、いつもの行動見てるとすごく変だよ。それがなんかいつにも増して変な感じ」

 

「……即答なのかよ」

 

「何かあったの?」

 

「いや、緊張しているだけだ。それともなのはは何時もどおりの俺の方がいいのか?」

 

「う! ……今は真面目な方がいいかも」

 

「ならいいだろ。ほらフェイトが待ってるぞ。行って来い。負けるなよ」

 

「うん!」

 

 そう言ってフェイトちゃんの所に行く。

 

「ごめんなさい、待たせちゃって」

 

「別にかまわない。勝つのは私だから」

 

 そう言うとバルディッシュから刃が出る。

 

「それじゃあ始めよう……最初で最後の本気の勝負!」

 

 私はレイジングハートをフェイトちゃんに向ける。一瞬だけ周りが静かになって聞こえるのは噴水の音だけ。

 

「ハアッ!」

 

 フェイトちゃんがその場からジャンプして切りかかってくるけど、それを避けて私は空に逃げる。

 フェイトちゃんが追いかけて攻撃してくるけど、私はビルの間を縫うように飛んでフェイトちゃんの攻撃を避ける。

 攻撃がビルにあたって轟音が響いて土煙が上がる。

 

ドン! ドガン! ドガァーーン!!!

 

『ディバイン・シューター』

 

「シュート!」

 

 私が周りに浮かべた五つのスフィアを発射する、でもそれはビルを盾にされて命中しなかった。

 お互い攻撃が命中する事は無く、そのまま空に上がっていく。上空では雷光色と桜色の魔力が空を彩り、より一層戦いの激しさを増していくのだった。

 

― クロノ・ハラオウン ―

 

「始まったか」

 

「うん」

 

「しかし、二人とも常識外れだな。魔力量しかり、戦闘技術しかり……」

 

「しかもなのはちゃんはまだ魔法を使い始めてまだ一ヶ月もたってないんだからホント信じられないよ」

 

「全くその通りだ」

 

 今、モニターに映し出されているのは、とても魔法を始めたばかりの素人とは思えない動きをしているなのはの戦闘が映し出されている。

 

「でも、クロノ君良かったの? なのはちゃんにプレシアの事教えなくて、それにあの事故の事も……」

 

エイミィが表情を暗くして聞いてくる。

  

「遅かれ早かれ知る事になると思うけど、今知らせる必要なない。余計な事を考えて勝てる相手でもないだろうし。それよりこれからの事頼む。「時の庭園」の警備システムを何とか騙してくれ」

 

「了~解。まあ、任せてよ」

 

「すまない」

 

 そう言ってエイミィの肩をたたく。

 

『あ~、これでいいのかい? クロノ君、此方の準備は整った。何時でも行けるぞ』

 

「分かりました士郎さん、すぐ行きます。じゃあエイミィよろしく頼む」

 

「はいは~い」

 

 僕は部屋を出て転送ポートのある部屋へ急いだ。

 

「すいません、遅れました」

 

「いや、構わないよ僕達はクロノ君がいないとどうしようもないからね」

 

 士郎さんがそう言ってきた。

 

「あの、クロノさん。お兄ちゃん変な事してませんでしたか?」

 

「ああ、今のところ何もしてないで静かに戦闘を観戦してるよ」

 

「……ホントですか?」

 

「ああ、本当だよ」

 

「……変ですね」

 

「やっぱりそう思うか?」

 

「はい、あのお兄ちゃんが静かに観戦? 変ですよ。実況プレイの一つでもしそうなのに。ブリーフィングのときだって静かすぎです。最後に「おやつは300円までですか?」とか聞きそうなのに」

 

「確かにそうだね」

 

 納得と言わんばかりにアルフが答える。

 

「……その光景の方がしっくりくるのは何故だ?」

 

 想像して頭を抱える。

 

「まあ、一樹君も緊張したんじゃないのか? 「カリウム」ってやつはかなりの強敵なんだろ?」

 

 士郎さんがフォローを入れるが、

 

「無いですね」

 

「無いな」

 

「絶対無いですよ」

 

「あり得無いよ」

 

 上から順に、僕、恭也さん、亜夜、アルフの順に言いきった。

 

「で、でも流石に今は確かめようがないんじゃない?」

 

 そう言ってきたのは美由紀さんだった。

 

「……それはそうなんですが」

 

「もし、もし仮に一樹君が別人だとすると、そんな事をする人物は一人しかいない」

 

「「カリウム」ですね」

 

「ああ、そうするとこの状況で一番危険なのはなのはとフェイトちゃんになる」

 

 士郎さんがそう言うと部屋に沈黙が落ちる。

 

「まだ、そうだと決まった訳じゃないが、そうなるとこっちの作戦は全て筒抜け、戦闘終了後か戦闘中か、どのタイミングでジュエルシードを持って逃げるか分からない」

 

「可能性が高いのは戦闘終了後か? なのはとフェイトちゃんはほとんど力は残ってないだろうし」

 

「クロノ君どうする? このままプレシア保護に行くか? それとも一樹を警戒するか?」

 

「正直俺達は一樹の事をそこまで知っている訳じゃない。この中で一番つきあいが長いのはクロノと亜夜になる。こんな事を言うのは無責任かもしれないが判断は二人に任せる。俺はそれが最善だと思うんだが、父さんはどう思う?」

 

「確かに無責任かもしれないけど、それが良いかもしれないな」

 

「ここから二手に分けるのは?」

 

「それはしない方が良いだろう。二手に分かれるとしたらこっちに残るのはクロノ君になりそうだ。そうなるとプレシアの保護は僕達五人になると思うが、亜夜ちゃんとアルフさんに監視装置を無力化しながら進む為の経験があるとは思えない。そして僕達三人も魔法が使われている装置を無力化は出来ない。そうなると行くか行かないかの二択になる」

 

 そう言われ僕は考え始める。今日の一樹はどこかおかしなところは無かったか?

会ってからこれまでを思い出す。言葉づかい、癖、行動、どこか違和感は無かったか?

 そこまで考えて思いだす。一樹じゃないという証拠を。

 

「……じゃない」

 

「何だって?」

 

「あれは一樹じゃない」

 

「何か証拠が?」

 

 恭也さんが聞いてくる。

 

「まず、静かすぎるって言うのも一つです。いつものあいつならこういう時でもふざけているはずです」

 

「それだけか?」

 

「いえ、さっきなのはとの会話を聞いていましたが、いつもは「なのちゃん」と呼ぶのにさっきは「なのは」って呼んでました。そんな急に呼び方を変えるものですか?」

 

「いや、普通変えないだろう」

 

 疑惑がどんどん大きくなる。

 

「それにあいつ「スサノオ」をつけてなかった。作戦中にも拘らずだ」

 

「決まりだね!」

 

「ああ、あそこにいるのは一樹じゃない。「カリウム」だ!」

 

「それならどうする?」

 

「やつがジュエルシードを狙って行動を起こす瞬間、裏をかくにはその瞬間を狙うしかない」

 

「確かに、目標を達成した瞬間が一番無防備になるだろうな」

 

「そこを叩きます」

 

 自分の掌に拳をぶつけパシンと鳴らす。

 

「今はそれしかないか……、プレシアを保護しないとなるとここで絶対に抑えなきゃならない。「カリウム」に立ち直る隙を与える事なく一気に逮捕した方が良いだろう」

 

「そうだな」

 

「よし、じゃあ準備にかかりましょう」

 

 そう言って全員が準備を始める中一人だけ動かない。亜夜だ。

 

「クロノさん、お兄ちゃんはどうなったのかな?」

 

 その声は小声だったにも関わらず全員が動きを止める。みんな気にしていたが考えないようにしていただけかもしれない。よく見れば亜夜の身体は震えていて、顔色も悪くなっている。

 

「分からない」

 

僕はそう答える事しかできなかった。

 

「生きてますよね?」

 

 最悪の状況が頭をよぎる。「カリウム」が変装をしてあの場にいて、今だ一樹からの連絡は無い。どこかに閉じ込められているのか、あるいは……。

 

「当たり前だ。あいつがそう簡単にやられるはずがない」

 

「そうですよね。大丈夫ですよね」

 

「亜夜ちゃん……」

 

 美由希さんが亜夜を優しく抱きしめる。亜夜も美由希さんに抱きついて泣くまいと必死にこらえている。

 

「一樹……無事ならさっさと連絡しろ」

 

僕の呟きは誰にも聞かれる事なく消えていった。

 

 

 

 


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