― 斎藤一樹 ―
《状況を説明する。雇主はいつものARF(アルフ)社から、目標は人質とされている御主人の救出任務だ。場所は「時の庭園」、敵さんは「カリウム」と名乗る手練れの「ノーマル」だ。やっこさん「フェイト・テスタロッサ」を殺ろうとしている。そいつが殺られちまう前に救出しろとのお達しだ。「カリウム」の攻撃手段は近接戦闘、恐らくプロテクション等の防御を「抜ける」攻撃手段を持っている。射程内に入ればひとたまりもないだろう。まあ、要は遠距離から弾幕をはれば問題ないって事さ。特に特別な攻撃手段が必要って訳でもないさ。こんなところか? 悪い話ではないと思うぜ。連絡を待っている》
今俺がいるのはアースラの会議室。
そこに座っているのは、リンディさん、クロノ、エイミィ、アルフ、俺の五人に武装隊の面子がそろっている。会議室正面モニターに映し出されていたのは、ACでGAの作戦説明によく似た物だった。
無駄に高画質でCG等が使われていて、「時の庭園」の見取り図や「カリウム」の外見や攻撃手段が分かりやすく説明されている物だ。
製作は意外に簡単、というかスサノオがやってくれた。時間もそんなに掛からないで仕上げるものだから結構驚いた。
つうか、何でこんな事できるんだ? アレか? 家で調子に乗ってインターネットにつないだのが原因か? ちなみに説明している声もスサノオだ。で、そんな力作? の報告をしたんだが…………、クロノとエイミィは頭を抱え、リンディさんはにっこりと笑い、
「一樹君? 真面目に報告してちょうだい」
と許容量を測り間違えて、リンディさんにマジでキレられた。目のハイライトが消えてキレられたのはゾッとした。
よく見ると、クロノとエイミィも「!?」っとして、震(ふる)えてたし、武装隊の連中は「私見てません」というように顔をそらしていた。俺は慌てて直立して敬礼し、
「了解! 説明しなおします!」
と言い、最初から説明しなおした。
「事の発端は、重体だったアルフを保護、治療し本人の証言から発覚しました。詳しく聴取したところ、カリウムと名乗る人物が、プレシア・テスタロッサ、以降プレシアと呼称します。プレシアに対して「娘を殺す」と脅し、「ジュエルシードを集めさせている事」、「プレシアを仲間にしようとしている事」が判明しました。なお、娘にあってはフェイト・テスタロッサで、以降フェイトと呼称します。カリウムの目的は先ほどあげた二点と「ジュエルシードを使用した管理局及びミッドチルダの壊滅」という事が判明しており、この件に関しては、自分の上官である地上本部首都防衛隊所属ゼスト・グランガイツ一等陸尉にエイミィ主任経由で報告済みです。
次にカリウムの戦力ですが、今のところ個人なのか組織なのかは判明していませんが、管理局を標的にしている事と、プレシアを仲間にしようとしている事から、何らかの組織の一員である可能性が高いと推測されます。個人の戦闘能力は自分と同じ近接格闘を主体としているものと思われますが、ミッドチルダで言うシューティング・アーツではなく、ストライク・アーツに近いでしょう。更に言えば、第97管理外世界、以降地球と呼称します。地球の「中国武術」が一番近いと思われます。攻撃されたアルフの証言から、衝撃を内部に与える事が出来る「発勁」や「寸勁」と言われる技を使用していると思われます。この技の注意点として、プロテクション等の防御魔法では恐らく防げないという事です。
カリウムの攻撃の全てにこれが組み合わされているとしたら、遠距離からの狙撃あるいは弾幕を張り接近させない事、中距離、近距離戦闘では「防御」ではなく「回避」する事を前提として戦闘を行う事を推奨します。あと、アルフに対して冥土の土産にと言い自分の目的を話している事から、アルフは死んだものと考えており、管理局に知られているとは知らないと思われます。最後に、現時点でプレシア側に渡っているジュエルシードは七個ですが、本職が接触したとき既にその個数であり、それ以降も回収を行っていた事から、カリウムが必要としている個数は七個以上と推測されます。報告は以上になります」
長い説明が終わり、席に着き一息つく。
「……そう、状況は分かりました」
リンディさんがそう言って会議室の雰囲気がやや硬くなる。
「厄介な奴が出てきましたね」
「まったくだ」
「一樹、過去の事件で「カリウム」ってヤツ聞いたことあるか?」
「いや、無いな」
「エイミィ、管理局のデータベースには?」
「う~ん、ないね~。該当無しだって。身体の特徴とオッドアイでもヒットは無し」
「過去は真っ白か……。新興勢力か? 艦長、管理局を標的にしている組織に動きはありますか?」
「いいえ、反管理局を掲げてる組織に動きは無いみたいね。ここ最近は静かなものよ。こっちに悟られないほど水面下で動いている事も考えられるけど、新興勢力の線が強いかもしれないわね。……一樹君、聞きたい事があるのだけど」
リンディさんが真剣に聞いてくる。
「何ですかリンディ艦長」
「勝算は?」
「よくて五割」
「クロノと一緒なら?」
「六割~七割だけどそれは出来ないっす」
クロノは俺とは別行動をしなければならない。
「他のメンバーなら?」
「連携出来ないからいない方が良い」
「……そう、分かったわ。それじゃあ今後の方針を決めましょう。ジュエルシードが狙われている以上、いくら艦に保管されているといっても油断は出来ないわ。警備は武装隊に担当してもらいます。テスタロッサ側が持っているジュエルシードを確保したら本局に戻ります。本件はジュエルシードの確保を最優先とします」
「何だって?」
リンディさんの言葉にアルフが反応する。
「聞こえなかったかしら? 最優先はジュエルシードと言ったのよ」
「フェイトはどうなるんだい!?」
「落ちつけアルフ、誰も助けないとは言ってない」
「言ってるようなもんだろ!? あの言い方は」
「当たり前の事を言ったんだ」
「クロノ!」
「当然だ。ミッドチルダが狙われているんだ。数千万の命と二人の命、どちらを優先すべきかは一目瞭然だ」
「何だって!」
「だあ! アルフ! おめーはこっちに来い!!」
そう言って俺はクロノに飛びかかろうとしていたアルフの首根っこをガッチリつかんで会議室を出る。
「ちょ、一樹! 放せ! あいつをぶん殴ってやるんだ!」
そういうアルフの抗議を一切受けず俺は会議室を出て行った。通路を少し行った所でアルフを放す。
「くぉーのバカチンがぁーーー!!」
ゴッ!
そう言って俺はアルフの頭に拳骨を落とす。
「痛ゥゥゥーーー、だっ、だってあいつらフェイトの事」
アルフは頭を押さえながら言ってくる。よほど痛かったのか、耳は垂れ、尻尾は元気なくペタンとなっている。
「仕方ないんだよあの二人は。艦長と執務官って立場にいるからああ言わなきゃいけない時もある。いいか、あの二人も本心じゃそんなふうに思ってなんか無い。ただ、上に立ってる人間ってのは、今のアルフみたいな感情を抑えて判断しなきゃならない時があるんだ。今回みたいに数千万の命と二人の命を比べたみたいにな」
「それでも!」
「アルフの気持ちもよくわかる。俺だって赤の他人の命より知り合いや身内の方が大事だ」
「だったら!」
「でもそれを堂々と言えないんだよ。管理局員(おれたち)は身内が人質になっていてもそれは一つの命として考えなきゃならない。それを切り捨てる事で他の何百、何千、何万の命が助かるならそっちを選ばなきゃならないんだ」
「あんたはそれで良いのかい!?」
「いい訳あるか! だから俺は別で動くんだよ」
「……別で?」
「そうだ、どういう状況でプレシアが脅されていて、フェイトがどういう状態で人質になっているのか、それがいつからなのか、戦闘になった際の対処、二人の救出手段、等々、そういうのを調べてそっからまた作戦を立てるんだよ。状況がもっと詳しく分かれば別の作戦も出来るかもしれないからな」
「そ、そうだったのかい。でも、それならそうと言ってくれればいいじゃないか」
「あの時とりあえず静かにしていてくれれば話せたんだけどな」
「う……」
「まあ、いいよそれほど問題ないし。じゃあこれから情報をあt「一樹臨時三等陸士」……なんぞ?」
いきなり目の前に画面が現れてアルフとの会話を中断する。通信の相手はリンディさんだった。
『とってもかわいい彼女から連絡が来たわ。ブリッジに来てもらえるかしら? アルフさんはそのまま客室に行ってもらえる』
「何であたしは行けないんだい?」
「何でって、さっき説明しただろ。少なくともここにアルフがいるって知られたらまずいんだから」
「……わかったよ」
『今そっちにエイミィが行ったわ。後はエイミィに任せてこっちに来てもらえる?』
「了解しました」
『じゃ、よろしくね』
リンディさんはそう言うと通信を切った。それと同時にエイミィが来る。
「お待たせ、待った?」
「いや、今リンディさんから事情を聞いたとこ。じゃ、後はよろしく」
「うん、まかされました。じゃあアルフさんこっちに来てください」
エイミィがそう言ってアルフを連れていく。それを少し見送ってから俺はブリッジに向かった。
― ブリッジ ―
ブリッジに入るとメイン画面には、金髪ツインテールの可愛い女の子、フェイトのアップが映し出されていた。
「艦長、来ましたけど? お、フェイトちゃんじゃんか。トゥットゥルー♪」
俺はそう言ってフェイトに挨拶する。
『あ、はい。こんにちは』
「違う違う、そこは「トゥットゥルー♪」と返すべき。今地球で流行ってる挨拶なんだぞ?」
知らないのか? とばかりにフェイトを見て首をかしげる。
『そ、そうなんですか?』
「おう、マジマジ大マジ。亜夜もなのちゃんもこの挨拶だぞ? ほれ、言ってみ? 出来れば「トゥットゥルー♪」の後に自分の名前をつけるとなおいいぞ」
『……トゥ、……トゥットゥルー、フェ、フェイト……です』
フェイトちゃんがそう言うと、ブリッジに静寂が訪れた。そんな中で俺は声を上げる。
「ランディ管制官! 今のは!?」
「バッチリだ!!」
「よし!」
そう言って二人でグッっとサムズアップする。
照れながらもしっかりと言われた通り挨拶をしてくれた。そんな可愛い映像を残さないなんてもったいない!
「もういいかしら?」
「あ、はい呼び出しってなんで……す……か」
そう言ってリンディさんの方を見るが、見た瞬間声がかすれた。そりゃあ見事に背後には真っ黒いオーラが湧きあがってんだもん。リンディさんの隣にいるクロノは合掌していた。
「要件はフェイトさんが一樹君を呼んでたからなんだけど、不思議ね、もう一つ増えたわ」
「そ、そそそそそそうですか」
「まあ、その件に関してはこの後で構わないわ。それでフェイトさん?一樹君に何の用かしら?」
リンディさんがそう聞くと、フェイトちゃんは少ししてこう答えた。
『私と、ジュエルシードを全部かけて戦ってください』
「だが断る(キリッ」
再びブリッジを沈黙が支配する。
『な、何でですか!?』
再起動したフェイトちゃんが聞いてくる。
「え? だって俺、よほどの事が無い限り女子供とは戦わないし」
『これはよほどの事じゃないんですか?』
「これだったら俺じゃなくてよくね? それにこの間言ったじゃん。容赦しないって……なのちゃんが」
『あの子なら良いんですか?』
「う~ん、どうしますリンディさん?」
「そうね、フェイトさん。申し訳ないのだけれど少し時間をくれるかしら。急に言われても此方にも準備があるわ。そうね、明日またこの時間に連絡くれるかしら?勿論それ以前に何か決まったら此方から連絡するわ。それで良いかしら?」
『……分かりました。それで構いません』
「じゃあ、今日の所は家に帰ってしっかり休んでおけよ」
『はい、連絡を待ってます』
フェイトちゃんがそう言うと画面には何も映らなくなった。
「どう思う一樹君」
「どうもこうも一風変わった人質ですね」
そりゃあそうだろう。人質って言ったらどっかに監禁されてたりして身動きが取れなかったりするもんだ。
「そうね。少なくとも誘拐、監禁されてる訳じゃなさそうね」
「アルフが嘘を言ってる感じじゃないし、瀕死になってたのも事実だし」
「そうね」
「で、どうしましょう。向こうから出された挑戦状は。此方としてもジュエルシードを回収したいってのもありますけど」
「そうなのよね。でもカリウムの動向も気になるのよね。向こうからすればこれはジュエルシードが二十一個全部集まる恰好の機会よ。奇襲でも受けたら対処できるのはクロノと一樹君ぐらいでしょうし、フェイトさんと戦わせる訳にもいかないわ」
「じゃあ、フェイトにはなのはをあてるのが理想的か」
「そうだな、亜夜だとまだ不安が残る」
とクロノの呟きに答える。
「それにフェイトちゃんと対決して勝って保護するのは良いけど、それと同時にプレシアさんにも手をうたないと、次はプレシアさんが消される可能性があるぞ」
「人手が足りないわね」
「なのはがフェイトと対決、一樹が奇襲に備えて待機、武装隊はアースラの警備、となるとプレシアの保護は僕が行くしかないか。艦長、武装隊から何人か連れて行けますか?」
「難しいわね。恐らくカリウムが現れる可能性が一番高いのは、対決の最中にジュエルシードを狙ってくるでしょうし。だからそこに増援という形で送り込みたいのよね。亜夜さんはどうする?」
「亜夜はクロノにつけます。カリウムが出てきたら不味い。俺と一緒に行っても足手まといになりそうですし。それとリンディ艦長、戦力に関してですが、三名程当てがあるんですけど」
「あら、まだ知り合いの魔導師がいるの?」
「いえ、その三名は魔導師じゃないんですよ」
「魔導師じゃない? でもそれじゃあ足手まといにならないかしら?」
「いえ、それは無いですね。多分武装隊と戦っても勝てると思いますよ」
「なっ! そんな戦力ある訳……まさか」
「そのまさかだよクロノ」
どうやらクロノは気付いたらしく驚いている。
「で、一樹君その戦力って言うのは誰なのかしら?」
「高町士郎、高町恭也、高町美由紀、なのちゃんのお父さんとお兄さんとお姉さんですよ。管理局から正式に依頼してみたらどうですか?」
俺はそうリンディさんに尋ねてみた。
― 高町家 ―
「と、言う訳なんですがどうでしょうか」
そう言ってリンディさんの説明が終わる。
リンディさんはテーブルに用意された紅茶を一口すする。今、俺とリンディさんで翠屋の営業時間が終わった後に、高町家にお邪魔した次第である。
勿論事前に電話したので問題は無い(ケーキの確保的な意味で)今はリビングのテーブルをはさんで士郎さん、恭也さん、美由希さん、桃子さんと向かい合って話している。
「なのはにこの事は?」
「まだ言ってないっす」
俺は正直に話す。
「俺達は魔法を使えないぞ?」
「一樹君の推薦があったので問題ないと判断しました。あなた方なら大丈夫だと。もちろん簡単なテストをする予定ですが」
恭也さんの問いにリンディさんが答える。
「一樹、知っているだろ。父さんはもう「仕事」からは足を洗ったんだ。あの病室で母さんにそう言ったんだ。それ以来もう「仕事」はしていないんだ」
「いえ、知りませんよ?」
まあ、知識としては知っているがその会話は聞いてない。事実そんとき恭也さんにぶん殴られて気絶してたし。
「そんなはずは……そうだった」
恭也さんは否定しようとしたが、俺を殴った事を思い出したらしくため息をつく。
「ねえ、お父さんと恭ちゃんは分かるけど何で私も?」
自分がメンバーに入っている事を不思議に思ったのか聞いてきた。
「そうっすね、鍛錬見てて思った事なんで自分の勘違いかもしれないですけど、美由希さんって恭也さんより才能あるんじゃないっすか?」
「ほ、ホントに!?」
美由希さんが俺の言葉にやたらと反応する。テーブルに手をついて身体を乗り出して聞いてくる。
いつもと違う反応に驚きつつ続ける。
「あ、あくまでも自分が何となく感覚的にそう思っただけですよ?」
「ねえ! 何処!? どこらへんが才能ある!?」
「あ~、そうですね……いい子です! あと、……凄くいい子です!!」
「才能関係ないじゃない!!」
勢いよく突っ込んで来た。そんな事言われても困る。こちとら感覚で言ってんだ、確証なんぞ無いんだから。そんな話をしていると桃子さんが話してきた。
「一樹君、どうしても士郎さんの力が必要なの?」
静かに話を聞いていた桃子さんが聞いてくる。その顔は今までみた事の無いほど真剣だった。
「はい」
俺は桃子さんの目をみて答える。沈黙がリビングを支配する。
「ただいま~……って、リ、リンディさん!? 何でいるんですか!?」
そんな中、帰ってきたなのちゃんが「その沈黙をぶち殺す!!」と言わんばかりにリビングに入ってきた。それはそうとなのちゃんは俺がいる事には気付いてないようだ。
「なのは、丁度よかったわ。こっちに来てくれる?」
そう言って桃子さんがなのちゃんを呼び、横になのちゃんを座らせる。
「え? え?」
何が起こってるか分からないなのちゃんは絶賛メダパニ中だ。
「今度の管理局のお手伝い、お父さん達も参加する事になったわ」
「え゛?」
なのちゃんがヒロイン(候補)にあるまじき声をだす。
「ほ、本当なんですか?」
なのちゃんと一緒に帰ってきたユーノも聞いてくる。俺とリンディさんも驚いて桃子さんを見る。
「お願いします士郎さん。なのはを、一樹君を助けてあげて。私達家族の恩人を助けてあげて」
桃子さんは士郎さんにそう言った。その言葉を聞いた士郎さんは、
「分かった、協力しよう」
そう答えるのだった。