ただ道を外れると戻れない。
現実に。
それを忘れることなかれ。
忘れなければ道は開かれるだろう。
手綱を放さずそして道の先へ向かえ。
そこに新たな障害と奇跡が待ち受けようとも。
心を偽ることなかれ。
ある夜の夢の中で。
私は再度、戦うべき相手である彼に出会った。
******
「随分と早い再会ね。」
「ああ、こうやって再び出逢う事になるとは…」
ここは私の夢の中。
人の夢の中はその人の願望や心象が反映される場所でもある。
以前、リュウセイの夢を除いた事があったがバーンブレイド?などのメカニズムが集結した凄まじい夢の世界だったので割合する。
他者の夢の中に相手や自分自身が渡り歩く事はかなりのリスクが被る。
頻繁に出来ない事は重々承知の上で行っている。
こう言った現象を人は『白河夜船』と言うだろう。
それと似たようなものだ。
「やっぱり戦うしかないの?」
「それを愚かだと思うか?」
「愚かと言うよりは自分なりのけじめを着けたいのでしょう?」
「…」
「相変わらず不器用だね。」
「よく言われる。」
「出来る事なら私も貴方と戦いたくはない。」
「だが、この先の未来でお前は俺と戦わなければならない。」
「それはアカシックレコードに刻まれた一つの未来でしかないの、その結末はいくらでも変えられると教えた筈よ?」
「…」
「もしかして…もう起きてしまったの?」
「ああ、正確には『テンシ』の介入によってだ。」
「そう、貴方が直接手を下した訳じゃないのならそれでいい。」
「済まない。」
「謝る相手が違うわ、それは彼女にしてあげて。」
「解っている。」
私達は話し合いを進めつつ私の夢の中にある蒼い湖を見渡せる丘に座っていた。
昼下がりの春を思わせる陽気と春風。
パステルカラーの蝶や小鳥が草原で飛び交っていた。
「お前はどうなのだ?」
「少しずつ準備は進めているわ。」
「順調と言うべきか?」
「いえ、無限力の介入を避ける為にもう少し時間が掛かる。」
「…」
「ただ…これだけは言える、今から半年後に二人のスフィア・リアクターと接触出来るわ。」
「『獅子』と『乙女』だったな?」
「ええ、必ずこの未来を変えて見せるわ。」
「ああ、だが無理はするな?」
「それ、最近お義父さんにもよく言われる。」
「フッ、そうか。」
この夢の中の彼は普通の人間と変わらない服装をしている。
あの重苦しい甲冑など外してただ一人の人になってしまえば普通に話しも出来る。
こうやって分かり合えるのに。
彼の進む道は険しくそして虚しい。
そんな時に傍に居られない事が悔やまれる。
寄り添える時間がある限り、私は彼の傍で寄り添った。
「もう時間ね。」
「今度はいつ頃に逢えるのか?」
「しばらくは出来そうにないわ。」
「そうか。」
「どうしても声を聴きたい時はいつも通りに。」
「解っている。」
「それじゃあ、またいつか。」
「再会を願って。」
私は彼を見送った後、夢から覚めた。
夢の中で彼の手に触れた感触はまだはっきりと残っている。
彼の包み込むような大きな掌は暖かく心地いい。
「また会えるよ、ケイロン。」
† † † † † †
「またいつか…か。」
夢の中で彼女と語り合った彼は目覚めると静かに呟いた。
「ならば、俺は道化として奴らに立ち向かおう。」
彼は甲冑に備え付けられたマントを翻してその場を去った。
先程まで彼が居た場所には小さな小箱が置かれていた。
蓋が開いており、中はオルゴールの様で静かに主が居なくなった場所で音を刻んだ。
=続=
<今回の用語>
※ケイロン
主人公が彼の真名を露見する事を危惧した為に付けられた愛称。
現時点で彼を象徴する意味も持つ。
※白河夜船
一節では熟睡し過ぎてその間の記憶が曖昧であると言う意味。
ここでは主人公曰く曖昧で一時の様な夢世界の事を指す。
※オルゴール
幼少期、主人公が虐待から来る念能力の暴走で次元の狭間に迷い込んだ時に出遭った男性に送ったもの。
本来の名称は
九浄家に残された一品の一つで特定の相手の夢の中に入り込む事が可能な代物。
しかし、使いすぎると相手の意思と混ざり合ってしまい元に戻れなくなる。