幻影のエトランゼ   作:宵月颯

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闇夜を切り裂く雷光。

その矢は躊躇いもなく放たれる。

全ては来るべき未来の為に。

その礎となろう。


第九十五話 『射手《シャシュ》後編』

前回、パキスタン・カラチへと向かった鋼龍戦隊のレフィーナ支隊。

 

先程まで滞在していたヒンダン基地の総司令部よりカラチのラマリス集積地帯にデブデダビデが出現したと連絡を受けた。

 

ヒリュウ改は転移準備に入り、カラチへと急行する事となった。

 

ヒンダン基地に出現したスカルナイトの襲撃が陽動であると悟った為である。

 

 

******

 

 

一方その頃。

 

パキスタン・カラチのラマリス密集地帯にて。

 

夜を迎えたカラチの街並み。

 

民間人の避難は終了し、現在街を占領するラマリスとこの地へ封じ込めを行っている連合軍の部隊だけだった。

 

だが、先の通り…デブデダビデが出現した事で状況は変異しつつあった。

 

 

 

「だぁあはっはっは~!!」

 

 

カラチの市街でラマリスを増殖させ、更にその個体数を増やしているデブデダビデ。

 

一方でカラチにラマリスを一点集中させ、被害を食い止めている連合軍の部隊。

 

 

「ハッサンもやられた!」

「イマーズ、く…くそっ!」

「隊長、もう弾が…」

「各機、ここでラマリスを抑えなければ…今まで作戦で散って逝った仲間に申し訳が立たん。」

 

 

現地の部隊がデブデダビデと増殖したラマリスを相手にカラチから逃がさない様に戦い続けていた。

 

 

「皆に悪いが…もう少し付き合ってくれ。」

「隊長…」

 

 

絶望的状況で仲間達を鼓舞し戦いを継続する現地部隊。

 

その様子にデブデダビデは再度攻撃を仕掛けようとするが…

 

 

「その意気、しかと見届けた!!」

「な、なんだぁ!?」

 

 

夜闇を切り裂く蒼き雷撃。

 

その機体の姿を目視したデブデダビデは阿鼻叫喚する事となる。

 

外見は少々変化しているが、紛れもなく奴だとデブデダビデは確信した。

 

 

「き、貴様はぁ!!?」

「セントーの街で仕留めたと思ったが…懲りぬ奴だな?」

 

 

カラチの市街に転移し出現したサイデリアル艦隊。

 

そして先に強制出撃したアウストラリスの蒼雷迅。

 

鋼龍戦隊の跡を追っていたが、カラチで激戦を繰り広げる現地部隊が壊滅するのが先と見通しての行動。

 

実際、連合軍の勢力の低下を妨害する行為である。

 

逆を返せば、サイデリアルにとって不利益な状況な為に…

 

 

「結局…先走るんかい!あの戦闘狂がぁああああ!!?」

 

 

アドラティオのブリッジで頭部を両手で抱えたティグリスが怒りのツッコミを披露。

 

周囲に居たサイデリアル兵達も何とも言えない表情で『ご、ごもっともで。』と心の中で呟いていた。

 

何処の世界でも中間管理職は胃潰瘍予備軍化な光景である。

 

 

「ふん、上司にぃ~恵まれないとはぁ~この事だなぁ?」

 

 

先程の様子を笑い飛ばすデブデダビデだったが…

 

彼の腕輪に潜んでいたサイコクラニウムこと紫の悪霊達は全員一致で『アンタが言える立場かよ。』とため息と遠い眼で見ていた。

 

 

「さて…鋼龍戦隊がこの地へ急行するまで貴様には俺の相手をして貰おう。」

「なっ!?」

「伝えて置くが、逃げると言う選択肢はないぞ?」

「ぐぬぬぬぬ…」

「いや、怖気ついたか?」

「ふざけるなぁ~あの時はぁ~油断しただけだぁ、今度こそぉう~俺様がぁ~貴様を倒してやるぅ!」

「ほう?」

 

 

デブデダビデの発言に対しアウストラリスは口元をニヤリと歪ませた。

 

 

「この俺を倒す…とな?」

 

 

アウストラリスはこの時『戦える口実が出来て好都合だ。』と言う意味で笑みを浮かべたのだ。

 

言い方を変えれば、サイデリアルに戦闘行為を行うと捉えられるものなので…

 

この時点でデブデダビデ…いや、ダークブレイン軍団は本格的にサイデリアルを敵に回したのだ。

 

 

「鋼龍戦隊と拳を交える前だ……精々耐える事だな?」

 

 

アウストラリスが動くと蒼雷迅も同じく構えを取り、戦う態勢へと移行する。

 

 

「ふん、一対一とはぁ言っていないぞぉう?ラマリス共っ~行けぇい!」

 

 

デブデダビデの卑怯とも言える行動。

 

確かに彼の言葉を借りれば一対一とは伝えていない。

 

この戦闘は相手全員対アウストラリスが正論とも言える。

 

だが、こんな状況になっても怯まないのがアウストラリスだ。

 

 

「あのクソデ…ゴホン、肥満体が……余計な事を。」

 

 

ティグリスは先程のやり取りを見ていたが、冷静に『…奴は止めて置くべきだったな。』と思った。

 

理由とすれば、この後に展開される結果である。

 

 

「…」

 

 

アウストラリスは呼吸を一定の流れにすると己の動きをトレースさせた。

 

街に煌めく蒼き閃光。

 

市街の通路に沿ってそれは輝いた。

 

一迅の雷撃が負念の化身を薙ぎ払う。

 

 

「なっ!?」

 

 

一瞬の内にカラチに増殖していたラマリスの大群の一部が消失したのだ。

 

 

雷纏装(ライテンソウ)…俺自身が雷の矢であり全てを貫く。」

 

 

ビリビリと帯電する蒼雷迅の装甲。

 

光速で動くソレに触れれば…相手は動きを封じられた後に消し炭にされ貫かれるのだ。

 

その動きはかつて並行世界で出会った戦友の動きを模したものである事をアウストラリス以外は知らない。

 

但し、その戦友は炎を纏っていたが…

 

 

「そんなっ馬鹿なぁあ!?」

 

 

デブデダビデに最早猶予はない、何故なら…

 

 

「さて、貴様には何時ぞやの礼をせねばならんな?」

 

 

ゴキリとアウストラリスがコックピットで指先を鳴らした。

 

普段よりも低い声と気配の圧もまた尋常ではない。

 

 

「っ!」

 

 

次元将としての気配がそうさせているのか、あるいは…

 

 

「セントーの街で貴様は俺のモノに傷を付けた……その礼を今返させて貰おう?」

 

 

今のアウストラリスは悪い意味で腹癒せと言う八つ当たりをする一歩手前。

 

そしてデブデダビデが傷を付けたモノは誰のモノであるかを知らしめる為に。

 

 

「連合軍の部隊に告ぐ、あの脳…ゴホン、戦闘狂の攻撃に巻き込まれたくなければ街から撤退する事を薦める…これは警告だ。」

 

 

ティグリスは呆れた様子をしつつも厄介事に発展しない様に展開していた連合軍の部隊に即時撤退を促す通信を送った。

 

ちゃっかり脳筋と言いかけたが、何とか呑み込んでいる。

 

但し、戦闘狂という言葉だけは呑み込んではいないが…

 

 

「隊長…」

「各機、街から撤退の準備を。」

「…ですが。」

「俺の感だが……アレは相当拙い状況だ。」

 

 

部隊長はティグリスからの警告を聞き、部下達に市街からの撤退を促した。

 

自らの直観に従い、部下を退けさせた部隊長の判断は正しかっただろう。

 

幸いにもカラチ市街の民間人は全て避難完了している。

 

もしも、これで市街に民間人が残っていたらと…部隊長は冷や汗を流した。

 

それだけの危険を察知したのである。

 

 

>>>>>>

 

 

カラチ市街での戦闘が始まって暫く経過した頃。

 

鋼龍戦隊・レフィーナ支隊はヒンダン基地からカラチへと空間転移し到着した。

 

 

「艦長、カラチへの転移…無事完了しました。」

「現地部隊からの緊急通信ではサイデリアルが現れたと話していましたが…」

「艦長、恐らくはあの艦がそうではないかと?」

 

 

ユンからの報告を聞き、カラチ市街の状況を確認するレフィーナ。

 

未確認の戦艦を確認したショーンより、サイデリアルの部隊を目視する事となった。

 

 

「あの機体は…!?」

「あらま…まさかハスミちゃんのダーリンさんが来てる訳?」

「少尉、その言い方から離れません?」

 

 

転移と同時に出撃したATXチームのキョウスケらの発言。

 

 

「あっ、あれデデデさんです!(お腹周りが前より二センチ増えてますけど…太ったのかな?」

「あんのにゃろう…!」

「でも、何だか様子が変よ?」

 

 

ロサの発言と共にコウタとショウコがその様子を確認。

 

 

「コウタ、トウマ……やっこさんボコボコに捻られとるで!?」

「マジかよ…」

「あのデブデダビデが…」

 

 

ミチルからデブデダビデの有様を聞いたコウタとトウマ。

 

デブデダビデは文字通りダークブレイン軍団の幹部の一人。

 

その実力はロアから聞かされており、卑怯ではあるが独自の魔術を行使した強者である。

 

所が、デブデダビデはアウストラリスが駆る機体の前に指一本触れる事が出来ずに瀕死状態へ陥っていた。

 

言葉で表すならボロ布状態、更に全身殴打から複数の陥没が目立ち血反吐を吐いた後に意識を失いかけていた。

 

 

「ぐふぅ…」

「ふん、口ほどにもない。」

「…(屈辱だぁ…だが、今はぁ撤退するしかない。」

 

 

デブデダビデは転移魔法でカラチより撤退。

 

ラマリス強化の成果を手放した上の無様な敗北でもあった。

 

 

「袋叩き…容赦ねぇとはこの事ですぜ、艦長。」

「…エトランゼファイターのバーサーカーっぷりは相変わらずだな。」

 

 

同じく出撃していたハーケンとアシェンの声に気づいたアウストラリス。

 

 

「その声、アシェンとハーケンか?」

「オッス、ガチムチ君おひさ!」

「ミスター…いや、今はアウストラリスとネーミングを変えた方がいいかな?」

「…どちらでも構わん。」

 

 

エンドレスフロンティアメンバーは相変わらずのテンションで再会の挨拶を交わす。

 

同じくロサも引き気味な感じでアウストラリスに質問を投げかけたが…

 

アウストラリスはその質問の答えを先んじて答えた。

 

 

「ケイロンさん…いえ、アウストラリスさん…あの。」

「ロサか、ハスミの事は案ずるな…身の安全は俺が保証する。」

「…は、はい。」

 

 

ロサがアウストラリスに対してケイロンの名を含めて伝えたのは僅かながら仲間意識がある為だ。

 

理由とすれば、ロサは事の真実をハスミから教えられている。

 

その進行状況は不明のままだが、遠回しに無事である事は伝えられた。

 

 

「さて、鋼龍戦隊……この雑魚共の始末はこちらで済ませた。」

 

 

アウストラリスの言葉通り、デブデダビデは戦闘不能の末に撤退、封じ込めをしていたラマリスの大群は消失。

 

更にカラチ市街への損傷は軽微だった。

 

 

「お久しぶりですね、STXチームのケイロン・ケシェット中尉…今はサイデリアルのアウストラリスと通した方が宜しいですか?」

「それで頼む、レフィーナ艦長。」

 

 

今までのやり取りに対してティグリスが言葉を発しようとしたが、アウストラリスより静止された。

 

現在はアウストラリスが対応を進めている。

 

 

「では、貴方達サイデリアルの目的は何ですか?」

「…シンカの見極めだ。」

「シンカ…封印戦争でも仰っていた?」

「数ある星の中で最もシンカの目覚めに近いのはこの星の者と繋がりを持つ者達だ。」

「…」

「あの時も答えた筈だ、シンカの道を辿った時…真実は明らかになると?」

 

 

アウストラリスは告げる。

 

シンカの道へ辿る事が真実を知る唯一の方法。

 

これに関してはクロノの二つの派閥から鋼龍戦隊…いや、ノードゥスを守る為の処置だ。

 

シンカへ至らずに今の状況でクロノと接触すればどうなるかを知っている為に…

 

 

「更なる真実を知りたければ、お前達もシンカの兆しに目覚める事だな?」

 

 

アウストラリスはティグリスに合図を送るとヒリュウ改と出撃していたヒリュウ隊を含めて何処かへと転移させた。

 

アウストラリスがティグリスに指示を出して発動させたのは次元結界の闘技場。

 

これはバラルが使用していた限仙境を次元力で再現したものである。

 

 

「ここなら被害はあるまい、あるのは……お前達の命だがな?」

 

 

アウストラリスは蒼雷迅で構えを取り戦闘態勢に移行する。

 

 

「戦え!鋼龍戦隊!!お前達が求める答えはここにあるっ!!」

 

 

サイデリアルを纏める当主たる威厳とそれにふさわしい気配。

 

本来の力を引き出していないだけ、手加減をしているのだが…

 

二分された今の鋼龍戦隊には荷が重かった。

 

 

「各機、アウストラリスの動きを止めてください!」

 

 

レフィーナは無理な行動であるが、部隊に指示を出した。

 

アウストラリスは本気であると今までの経験で悟った為だ。

 

 

「キョウスケ、今回の博打は大外れだな?」

「…俺もそう思う。」

 

 

アクセルとキョウスケ達は普段とは異なり冷や汗を流している。

 

アウストラリスの真実の姿とその実力をZ事変に関わった仲間達から事前に知らされていた。

 

彼は地球を事実上征服する事に成功した唯一の存在なのだから…

 

 

そして…

 

 

ハガネ支隊がヒリュウ支隊の壊滅を知らされるのはオペレーション・トリオンフが終了してからの事だった。

 

 

=続=

 









次回、幻影のエトランゼ・第九十六話『再夢《サイム》』


それはある意味でシンカへの目覚め。

恐怖へ立ち向かえ。

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