その身体を蝕む。
蒼き深淵の底で眠れ。
立ち上がるその時まで。
前回のエンドレスフロンティアから帰還後、私ことハスミはSTXチームの帰還命令により状況報告を兼ねて伊豆基地へと向かった。
新たな転移者であるピート・ペインの件をレモン博士に伝える為である。
彼の帰還に驚きを隠せなかった彼女だったが産みの親として彼を迎え入れた。
ロサとの出会いで無自覚ながら愛を学んだ事にも喜ばしいと話していた。
スヴァイサーとの戦いでW03としての躯体が予想以上に損傷していた事もあり、稼働していなかった後期型Wシリーズの予備躯体へ意識を移し替える処置が施された。
要はラミア少尉の様に生身の躯体になると言う事である。
最近の研究でWシリーズ間の移し替え自体は可能らしく早々に行われた。
ピート自身は元の躯体を名残惜しいと思っていた様だが、新たな任務の為に致し方ないと受け入れていた。
その後、ピートは本人の希望でSTXチームに少尉として着任する事になった。
正式な手続きはこれからだが、横槍が無い以上はすぐに終わるだろう。
ただ、向こう側のクロスゲートの転移時に共に帰還した筈のコウタやアクセル中尉達が居ないのは原作の流れと同様らしく少し不安である。
無限力はあのフラグでも立ててるつもりか?
そんな考えを他所に私達STXチームはピートの入隊手続きが完了するまで伊豆基地に滞在する事となった。
今の所、大きな戦闘は起こっていないとの事で休暇申請が取りやすくなっている。
私はこの辺で天鳥船島へ帰還する事を決めた。
封印戦争の開始合図は刻々と迫っている。
各々の古傷を今の内に治療して置かないと後々で支障が出るからだ。
******
EFから帰還後の翌週。
私達は伊豆基地の人事部に提出した休暇申請が通った連絡を受けて外出した。
カーウァイお義父さん達はピートの手続きの関係で残っている。
今回、天鳥船島へ向かうのは私とケイロンにハリスさんの三名。
理由は二人が過去に色々とやらかした頃の古傷が予想以上に深手である為だ。
今までは魔法で誤魔化していたが…これ以上は無理がある。
伊豆基地から街郊外へ移動した後、テレポートでランデブーポイントに向かった。
転移後、ランデブーポイントには迎えが到着していたので合流し天鳥船島へと上陸した。
普段は巨大人工島『六角柱』に隣接しつつカモフラージュして停泊しているが、今回はある建造物の調査で移動して貰っていた。
協力者達とエージェントらは出払っており、ブルーロータスと側近が残っている状況だ。
天鳥船島の中枢、立ち入り禁止区画の奥に移動。
その出入り口とも言える場所にブルーロータスが待機していた。
「巫女様、お帰りなさいませ。」
「ブルーロータス、留守番ご苦労様。」
「提示報告通り、癒場の準備は整っています。」
「ありがとう、早速使わせて貰います。」
私はブルーロータスに労いの言葉を伝えた後、二人を案内し立ち入り禁止区画内の医療施設に案内した。
二人の対応は医療施設の管理を行っている看護型ロボットに指示出しをした後、二人と別れた。
私はそのまま最深部の神殿へと向かった。
理由は天鳥船島の基底状態を解除し起動状態に戻す為である。
封印戦争ではこの拠点を利用せざる負えない状況がある以上、不測の事態に対応出来る構えをして置く為だ。
ビアン博士が建設した例の島の基地だけではノードゥスのメンバー全員を受け入れるには少々スペースが足りないと見ている。
半分はこちらで受け入れられる様に態勢を整えておく必要があった。
それと同時にアシュラヤーに小言を貰いに行くのも含まれている。
私は神殿の一角で禊を済ませた後、アシュラヤーの本体が座する玉座の間に向かった。
禊の水が変わらず冷たいのが正直辛い。
例として真冬の滝の水に打たれるのと同じ位に水温が低いのだ。
不浄を清めると言う意味合いでアシュラヤーとの謁見時は毎度の事ながらやっている。
先史文明期の古い因習が残した風習なのかもしれない。
「ハスミ、お帰りなさい。」
「只今戻りました、アシュラヤー。」
玉座の間にてアシュラヤー・ガンエデンの躯体のコアの一部が埋め込まれた玉座にて不鮮明な姿で現れたアシュラヤー。
私達クジョウ家の始祖になる方だけにその姿は亡くなった母さんに似ていた。
「随分と無理をした様ですね。」
「返す言葉もないです…」
早速、釘を打たれた。
L5戦役、空白事件、前回の修羅の乱に置いてかなりの無茶振りをしたのは判っている。
「今までは貴方の無理を見過ごしていましたが…今後は無下に出来ませんよ?」
「判っています。」
「南の極地より沸き上がる邪な気配を感じていますね?」
「はい、今の所は大きな動きはない様子ですが…」
「そしてこの星を護る大剣に澱みを齎す錆がこびり付き始めた事。」
「既に予兆はありました、いずれ大きな傷跡を後に生み出します。」
「今後、貴方はどう動きますか?」
「私は…」
私はアシュラヤーに答えた。
ガンエデンの巫女として表の世界に出る事。
それがどんな影響を齎すのか理解している。
人智を超えた強大な力の出現。
それはより大きな禍を齎すのかもしれない。
それでも止めなければならない存在がいる。
だからこそ私は一族の使命を果たす為に受け入れる。
それが彼らとの別れを意味していても…
ガンエデンと化した私と言う存在は彼らの足枷となってしまうから。
強大な力を持つ存在が遊撃部隊に居る事は不釣り合いなのだ。
もしもあの子が彼らと共に歩む道を選ぶのなら私が枷で繋がれる事位は安いもの。
「私はガンエデンとして彼らを影で支え、導きます。」
「判りました、では…その時が訪れた時は判っていますね?」
「はい。」
これは歴代のクジョウ家の女性達が受け入れた事。
私も一族最後の生き残りとして受け入れる。
例え、私と言う存在が消える可能性があったとしても…
******
数時間後。
天鳥船島・立ち入り禁止区画の医療施設内にて。
「全く、あの子は…母親譲りの無茶をする。」
「ハリス、どうされた?」
治療を終えて医療施設内で休憩を取っていたハリスとケイロン。
ハリスは何かを感じ取ったのか先の言葉を発した。
「…娘がまた無茶をしそうになっていてね。」
「一体何を?」
「…簡単に言えばあの子が受ける試練とでも言って置くよ。」
「試練?」
「そう、あの子の宿命……そしてクジョウの血族に生まれた事による使命かな?」
今は部隊の軍服でなく医療用の検査着姿だった。
ハリスは都合が悪い話をする時は帽子の鍔で目元を隠している。
それが出来ないので目を閉じた状態で話を続けた。
「何故それを?」
「君がスフィアとやらで娘と繋がっているのと同じ様に僕は思念で繋がっている。」
あの時、負傷した際に娘の念を分け与えられた事でより鮮明に娘の考えを読み取れる様になった。
それで君達が成そうとしている事の発端と結末を知った。
「いずれ君と娘が命を賭して戦う未来になる事も……これから何をやらかそうとしているのかもね。」
「…愚かだとお思いか?」
「いや?新地球皇国の皇帝と言う枷を着けられた君にこれ以上は侮辱するつもりはない。」
「では?」
「ハッキリ言えば娘を護る覚悟が君にあるのか?」
「…」
「一応、君のEFでの活躍を含めて及第点はあげているんだよ?」
カーウァイは兎も角テンペストは黙っていないだろうけど?と付け加えた。
「俺はあの時ハスミと契った……必ず約束を果たすと。」
「ならいいけど、少しでも弱音を言ったり揺らいだら僕は君を許さないし許す事は無いよ?」
「承知した。」
「もしも、あの子に何かあったら…僕と応龍皇が君を地の果てまでも追い詰めて八つ裂きにするからね。」
「必ず…約束は果たす。」
笑ってない笑みでハリスはケイロンに告げた。
見た目が推定年齢29歳の二名だが…
片方は先史文明期より生きる古代人、片方はリバイブ・セルによって己の時を捻じ曲げた次元将。
その正体を知る者であれば、この状況が途轍もなく恐ろしい状況であると理解出来るだろう。
二人の話は平行線の様でお互いに理解した様に終わりを迎えた。
>>>>>>
同時刻、北米・デトロイト市内。
市内の大手企業で爆発騒ぎが起こっており、パトカーのサイレンがけたたましく鳴り響いた。
それから遠ざかる普通の一般車の中で一人の男性がため息をついて運転手に話していた。
「いやいや、参りましたよ。」
「危なかったよね、まさかの爆弾テロなんて。」
「君達のお陰で命拾いをしましたよ。」
「当主の命令だからな。」
「そうそう、気にしないでね。」
後部座席の相手に運転席と助手席から話す二人の男性。
話から察するに兄弟らしい。
「例の組織もこちらの介入を疎ましく思っている様ですね。」
「当主の話ではブルーコスモス盟主の盟主替えを目的とした暗殺テロと見ている。」
「あのオカマ君は前から怪しいと思ってましたが、動きが予想以上に早すぎましたよ。」
「兄さんどうする?」
「盟主の身柄の安全確保が第一だ、このまま国際警察機構の北米支部があるフロリダへ向かう。」
「相変わらず遠くない?」
「途中で別の移動方法を利用する。」
「なら、早いか…アレなら早いしね。」
「所で彼女からは何と?」
「当主曰く『窮屈でしょうが、例の存在を社会的に抹殺する勢いで処理するまでお待ちください。』との事だ。」
「ハハハ、相変わらず母君と同様に悪辣が好きな様で…」
「いいんじゃない?面白そうだし。」
「ですね、僕をここまで追い詰めたお礼はさせて貰わないといけませんからね?」
「では、ムルタ・アズラエル氏……反攻までの逃避行の旅を楽しんでください。」
「ええ、彼女が起こす奇想天外な活劇を楽しませて貰うよ。」
後日、ワールドニュースの一覧にムルタ・アズラエル氏の死亡が大々的にピックアップされた。
世界は廻る。
より大きな波となって。
そして季節は美しい紅葉から灰色の雪の季節へと移り変って行こうとしていた。
先の事件から一か月後。
ベルギーの片田舎、こじんまりとした別荘にて。
「さて、我々も動く時が訪れた様だね。」
「男爵…」
「私は止めなければならない、あの終わり無き輪舞曲を。」
「我々もお供します、トレーズ閣下。」
「今の私は閣下ではないよ…」
「ですが、我々にとって閣下は閣下のままです。」
「済まない、今回の件は私は一個人として彼らを止めなければならなかったが…」
木枯らしがうっすらと吹いている別荘のテラスで話し合うトレーズとその部下達。
「私だけでは力不足故に君達の力も借りたい…よろしく頼むよ?」
「「「はっ!」」」
捻じ曲がった革命を止める為に彼女が作り出した布石は動き出す。
=続=