ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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(非)日常編④ 華麗なる晩餐

 【3日目】

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

『オマエラ、おはようございます! 施設長のモノクマが朝7時をお知らせします! 今日も張り切って、一人前目指して頑張りましょう!』

 

 ブツッ!

 

「……ん」

 

 不快な声を聞きながら、ベッドの上で目を覚ます。見渡してみれば、昨日と同じく見慣れない部屋が広がっているだけ。

 覚悟はしていた。今更これが夢だとは思っていなかったし、そう簡単に助けが来るとも思えない。

 この非日常は、今日も変わらず現実だった。

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース》

 

「時に平並君、聞きたいことがある」

 

 まだ食事スペースには数人しか集まっていない。野外炊さん場から聞こえる城咲の調理音を聞きながら明日川と雑談をしていると、明日川は急に神妙な雰囲気を出してそんなことを言い出した。

 

「どうした、わざわざ改まって」

「いや、大したことではないんだが、キミは一体誰を狙っているんだい?」

「……は?」

 

 明日川は、詰まることなく一息で言い切った。

 狙っている? 何の話だ?

 

「狙うとすれば、やはりか弱い乙女たちだろうか……七原君か城咲君辺りじゃないかとボクは踏んでいるけれど。ああでも、城咲君はおおよそのことはできそうだし『か弱い』と評するのは間違っているかな」

「……何を言っているんだ、お前」

 

 狙う……って、まさか、俺が【卒業】の為に誰かを殺そうとしてると思ってるのか?

 そんな訳……そんな訳ないだろ!

 

「おい明日川、言いたいことがあるならもっとはっきり――」

「胸の大きさで見るなら蒼神君と露草君か? キミは知ってるかい? 黒峰君に隠れて見づらいけれど、露草君は案外巨乳だぞ」

「――ん?」

 

 ちょっと待て、今こいつなんて言った?

 

「キミの胸の好みは知らないけれどね。もしかしたら大天君や岩国君みたいに控えめな方が好きなのかな? まあ、岩国君は男装しているし実際のところは分からないけれど」

 

 呆気にとられる俺を無視して、明日川は一人で語り続ける。

 

「胸だけで判断するのは早計か。人当たりの良さで言うと七原君、大天君、東雲君辺りが該当するかな? 蒼神君もその傾向はあると思うけれど、やはり少し恋愛関係には堅そうな印象を受けるね。食事や掃除と言った家事全般において完璧な城咲君も魅力はあるだろうし、話していて楽しくなるのはやはり露草君か。岩国君はあの態度だから近寄りづらいように思えるけど、実際惚れたら一番凄いのは彼女だと――」

「待て待て待て! 明日川、ストップ!」

 

 飛びかけていた意識をようやく捕まえた俺は、暴走する明日川に待ったをかける。

 

「どうしたんだい、平並君。ここからが本番だというのに」

「いやもう十分喋っただろ……じゃなくて、何の話をしてるんだ?」

「何の話って、キミの想い人(パートナー)の話に決まっているだろう」

「……はい?」

 

 さも当然、と言いたげな表情で明日川はそう告げるが、さっぱりピンと来ない。

 

「……キミは、この状況を分かっているのか?」

 

 明日川の真意を図り損ねていると、明日川は眉間にしわを寄せてそんなことを訊いてきた。それ、こっちのセリフなんだが……。

 

「この状況って……当然だろ。俺達はこの施設に閉じ込められて、互いに殺しあうことを要求されている……そうだよな?」

「ああ、そうさ、よくわかってるじゃないか! こんな閉鎖空間で健全な男女が一緒に暮らしてるんだぞ! 間違いが起こるに決まってるじゃないか!」

「…………は?」

 

 俺は、この短時間でもう何度目になるかもわからない間抜けな声を出してしまったが、そんな俺にかまうことなく、明日川はバッと立ち上がり大声で語り始めた。

 

「しかも、ボク達はまだ高校生だ。青春の迸る熱い思いがどう向くかなんて想像に難くない。しかし、しかしだ。大人たちはこれを間違いと言ってしまうが、それこそ間違い(誤植)であるとボクは思うんだ。ボク達は一種の運命共同体とも言える。そんなボク達が絆を深めるために行うのであれば、それはむしろ推奨されるべきだ! そうだろう、平並君?」

「あ、ああ……」

 

 な、なんだ? 明日川は急にどうしたんだ?

 

時間が経過する(ページをめくる)たびに精神は疲弊していくんだ。吊り橋効果という言葉だってあるだろう? 追い詰められた男女は次第に感情を寄せ合い、そして――!」

「明日川! もういい! わかったからそれ以上は言うな!」

 

 次第に他の皆も食事スペースに集まってきているが、当然明日川が視線を集めてしまっているので、自然と俺も注目される。ここまで言われると明日川の言いたいこともなんとなく察してしまうので、俺は真っ赤な顔になりながら明日川を諫める。少なくとも朝からこんなところで話す話題じゃないだろ、これ。

 

「すまない、少々取り乱してしまったようだ」

「どうしたんだ急に……」

 

 乱れた服装をただして腰を下ろす明日川。

 

「で、結局、キミの想い人(パートナー)は誰なんだ?」

「諦めてなかったのかお前……いないよ、別に。というか、いたとしてもこんなところで言うわけないだろ」

「なるほど、つまり雰囲気(ムード)さえ整えれば答えてくれるということか」

「そうじゃなくてだな……」

 

 その後、全員が揃い朝食会が始まったことで俺は明日川の詰問から逃れられた。代わりに犠牲になった根岸はしどろもどろになっていたが。明日川の熱意は気になったがそれを質問するとまた絡まれそうなのでそれはさておくとして、食事中はこの施設にいる女子のことについて考えていた。

 ここに閉じ込められた女子達は皆見た目が良い。明日川はさっきの話の中で自分自身には言及していなかったが、明日川自身も十分その部類に入る。明日川や露草たちと話すのは疲れるが、それが楽しくないわけじゃない。城咲や蒼神は様々なスキルを持っているし、大天や七原、東雲はこんな状況下でも懸命に明るく過ごしている。とは言え、まだたった数日しか過ごしていない。惚れるにはさすがに日が短いし、俺はそこまで軽い男じゃない。

 そこまで考えたところで、

 

「……何考えてるんだろうな、俺」

 

 と、急に我に返った。

 

「どうしたんだい?」

「いや、なんでもない」

 

 明日川に怪訝な顔をされたが、そう言ってごまかした。

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、少々よろしいですか?」

 

 朝食を食べ終える頃、杉野は手を叩いて立ち上がりながらそう言った。

 

「ここでの生活も三日目です。生活の為の最低限の設備は整っているとはいえ、時間をつぶす物もなく、息の詰まる生活に精神的に参ってしまうのも時間の問題でしょう」

 

 確かに杉野の言う通りで、ここから脱出するための術は見つかっていない以上は、どんなに楽しく振舞おうとしても限界が来る。先ほどの明日川としたようなしょうもない話ができる期間はそう長くない。

 絶望に抗うためには、希望がいる。

 

「そこで、親睦会を兼ねて今日の午後に皆さんでカレーを作りませんか?」

「カレー?」

 

 大天が反応する。

 

「ええ。幸いここには材料も道具もそろっています。気を晴らす意味でも悪くないと思いますが、どうでしょうか?」

「私は賛成かな。やっぱりさ、林間学校と言えばカレーだよね!」

 

 真っ先に賛同したのは七原だった。

 

『別に林間学校じゃねえけどな!』

「まあ言いたいことはなんとなく分かるしいいんじゃない? 面白そうだし」

「ふむ、悪くない企画(プロット)だね」

「いいアイデアであるな!」

 

 黒峰と露草が七原にツッコミを入れつつ賛同し、明日川と遠城もそれに続く。俺を含めて、他の人たちも賛成する人は増えていった。

 しかし、異を唱える人がいた。火ノ宮だった。

 

「別に悪かねェけどよ、安全対策はどうなんだァ? こんな状況じゃ、晴れる気も晴れねェだろォが」

「おい火ノ宮、それってつまり……」

「あァ? はっきり言ってやる、平並。誰かが毒を入れるんじゃねェのかってことだ」

 

 一瞬、ピリッとした空気が俺達の中に間に流れる。

 

「城咲が一人だけで作る朝食とはワケが違うだろォ? もしも誰かが悪意を持てば、事件を起こすのは簡単だぞ」

「もちろん、そのあたりの配慮は万全にいたします。皆さんを疑っているわけではないですが、安全が確保されてこその親睦会ですから」

「具体的な案はあんのかよ?」

「ええ、もちろん。そもそもこの施設に毒が存在しないことは皆さんご存知だと思いますが、それでも万一があります。そこで、まず僕と数人で食事スペースと野外炊さん場の中を徹底的に探し、その後、皆さんがこの中に入るときに二人以上でボディチェックを行います。また、カレー鍋にも常に見張りを用意すれば、誰かが毒を入れる隙はありませんよね」

 

 杉野の提示した案はそれなりに窮屈だったが、確実に安全を保障するものでもあった。

 

「チッ、確かにそれなら文句はねェな」

 

 舌打ちすることは無いだろ。

 

「な、なら大丈夫か……」

「さて、できる限り多くの方に参加していただきたいのですが……」

 

 根岸も賛同したのを見て杉野は周りを見渡したが、

 

「俺は参加しない」

 

 と、案の定岩国が不参加の旨を述べた。

 

「えー? 琴刃ちゃんも一緒にカレー作ろうよ」

「そんなことをして何の意味があるんだ」

「ですから、みなさんの親睦を深めようと」

「その『親睦を深める』という行為自体が無意味極まりないんだ」

 

 露草や杉野が引き止めるも、岩国はすげなく拒否する。

 

「またそれか……いいじゃないか、仲良くしようぜ」

 

 と、俺も誘ってみるが、

 

「ふん……別に、俺はお前達が親睦会を開くこと自体は反対しない。やりたいなら俺抜きでやっていろ」

 

 そう言い残して、岩国は食事スペースから出て行ってしまった。

 

『まったく、素直じゃねえなあ!』

「……俺の目には明らかに拒絶しているように見えたんだが」

 

 素直じゃないとか、そういう話ではないだろ、あれは。

 

「本当は、岩国さんも参加していただきたかったのですが……仕方ありませんね。他に参加を拒否する方はいないようですので……では、僕とともに準備や監視をしてくれる方を募ります。城咲さんには話をしていますので、男女それぞれあと2名ずつ、ですね」

 

 話を進めた杉野が再び俺達を見渡す。準備か……なら、朝食は城咲に世話になっているから、そのお礼をする意味でも立候補しようかな、と思い手を上げると、俺のほかに新家、大天、蒼神も立候補していた。

 

「ちょうどですね、ありがとうございます。では、平並君たちはこの後食事スペースに残ってください」

「ああ、わかった」

「他の皆さんは2時頃に食事スペースにいらしてください。岩国さん以外が揃ったらカレー作りを開始しますので、よろしくお願いします」

 

 そして、朝食会は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 食事スペースに残った俺達は、カレー作りのための準備を始めた。

 

「皆さん、ご協力ありがとうございます」

「こんな状況だし、せっかく企画してくれたわけだしな」

「こういったイベントは皆さんの気持ちを一つにするのにうってつけですもの。まあ、全員参加ではありませんが……」

 

 礼を述べる杉野に俺と蒼神が声を返す。七原が言っていたことからもわかる通り、この施設はの設備は林間学校をイメージさせる。カレー作りというのはそういった意味でもぴったりだろう。

 

「じゃあここからは城咲さん、お願いします」

「はい。では、まずはここに怪しいものが何もないことを確認しておきましょうか。もちろん、わたしは何もないことははあくしておりますが、念のためですね」

「まあ、全員で確認しておいた方が良いからな。城咲を疑うわけじゃないけど」

 

 仕切り役を杉野から受け継いだ城咲の説明を、新家が補足する。

 

「そういうことです。では、調理場から確認しましょうか」

 

 城咲の言葉で俺達は調理場へと移動したが、調理場は6人が入るには狭すぎたため、男子は冷蔵庫の中を確認することになった。

 

 

 

 

 

 

 

 《冷蔵庫》

 

 冷蔵庫、と言ってもそれなりの広さがある。少し大きめの物置というのが表現としては正しいのかもしれず、3人程度ならなんとか入れる大きさだ。

 

「やっぱり寒いな……」

 

 冷蔵庫なので当然なのだが、中に入ると体が急速に冷やされていくのを感じる。

 

「早く確認して戻ろう」

「ああ」

 

 新家の声に賛同し、冷蔵庫の中身を確認し始める。

 

「カレーの材料は、まあ大体そろってるな」

 

 ジャガイモや人参などの野菜をはじめとして、牛肉や豚肉などの肉も種類豊富に、人数分しっかりと揃っている。

 

「改めて思うけど、これだけの量の食材をそろえるだけでもかかる費用は尋常じゃないぞ」

「つまり、犯人はそれだけの資金を持っているという事ですね。わかっていたことですが」

「……なんなんだ、いったい」

 

 新家と杉野がそう話し合っている。

 

「今は考えても仕方ないぞ、二人とも」

「そうですね……毒になりそうなものは特になさそうですね」

「ああ。キノコや魚もメジャーな物ばかりだ。真っ当に調理すれば問題ないだろ」

 

 城咲の発言通り、特におかしなものは見当たらない。

 

「あれ? そう言えばカレールウはどうするんだ?」

 

 と、新家が疑問を呈したが、

 

「それなら、昨日倉庫からとってきて調理場の方に準備してあります」

 

 すぐに杉野が返答した。準備の良いやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 《野外炊さん場》

 

 冷蔵庫から出てきた俺達は、調理場を調べていた城咲達女子メンバーと何もないことを報告しあった。

 

「何もないことは確認できましたし、必要な材料もすでにそろっているので問題はないでしょうね」

「そういえば、皆でカレーを作るって言っても調理場に全員入るのは無理だろ? どうするんだ?」

 

 などと疑問に思ったことを訊けば、城咲や杉野がすでに答えを用意してくれている。

 

「そのことなのですが、今日の調理はきほんてきに食事すぺえすで行おうと思います。包丁も5本しかないので全員が同時に調理することはできないかもしれませんが、皮むき器もありますし大丈夫だと思います」

「人数的にも、皆さんが集まってから適当に2グループに分ければちょうどいいでしょう」

 

 杉野は続けて俺達に忠告する。

 

「それと、僕達も一応調理には参加しますが、役割としては調理よりも見張りの方がメインになりますのでよろしくお願いします」

「ああ、わかってる」

 

 その後、食事スペースの方も全員で確認して、これもやはりおかしなものは見当たらなかった。結局、ここにある危険物は包丁だけだったが、包丁は数に限りがある上に犯人はまるわかりになるため、問題はないはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 少し時間が経過したのち、昼になったので昼食をとることになった。せっかくなのでこの6人でチャーハンを作ろうという話でまとまった。

 

「そういえば、皆の料理の腕前はどうなんだ? 城咲は分かってるが」

「わたくしは結構得意ですわよ? 料理が上手ければ学校内での人望にもつながりますから」

 

 と、蒼神。なんというか、蒼神の思考はいちいち打算的な節がある。蒼神に限れば、特別悪い意味ではないんだが。

 続いて答えたのは新家だ。

 

「ボクは味付けは微妙だけど、切ったりするのは得意だな」

「へえ、そうなのか」

「ああ。【宮大工】の仕事だと数ミリ単位で決まってる設計図通りに作らないといけないことも多いから、手先は器用なんだ。飾り包丁とかも簡単な物ならできるぞ」

 

 自信満々な新家に対して、大天は暗い雰囲気で答える。

 

「私はいまいちかな……野菜炒めとか作ると、いっつも焦がしちゃうんだよ」

「もしかしたら、むだに火が強すぎるのかもしれませんね」

「やっぱりそうなのかな……うん、気をつけてみるよ」

「実を言うと僕もあまり得意ではないのです。簡単な作業ならできますが……平並君はどうですか?」

「俺は、【超高校級の普通】の肩書通りだよ。本当に可もなく不可もなくって感じだな」

「そうですか。では、分担して野菜を切りましょうか。最後に炒めるのはわたしがやりましょう」

「それがいいな」

 

 そんなこんなで始まったチャーハン作りだったが、結果的にはおいしくできた。まあ、俺達は材料を準備したり野菜を切ったりしたくらいで、一番大事な痛めて味付けをする役割を城咲が担当したから、おいしいのは当然と言えば当然だが。それだけでも十分楽しかったから、この後のカレー作りも楽しくなりそうだ。

 

「そういえば料理の前に言ってたが、新家の飾り切り、本当にすごかったな」

「だろ? 昔から手先は器用だったからな。テレビでやってたから真似してみたんだけど、ちょっとやってみるとすぐ出来たんだよ」

「殆ど練習しなかったってことか?」

「いや、まったくしなかったな。さすがに宮大工の仕事になるとそうはいかなかったけどさ、それでもそんなに時間はかからなかったな」

 

 さもなげに新家はそう言ってのける。やはり、新家には【超高校級の宮大工】としての才能があるのだろう。

 

「城咲の技術も相変わらずすごいよな」

「ありがとうございます。ですが、この程度、十神財閥に仕えるめいどとしてとうぜんの技術です」

「当然ねえ……その技術って、屋敷にいるときに教えられたのか?」

「はい。お屋敷に仕えるようになってから、前めいど長から様々なことを教えていただきました。それいぜんはこのような技術は持っていなかったのですが……今のわたしがあるのは、前めいど長のおかげです」

「その前メイド長のためにも、ここから早く出ないとな」

 

 すると、城咲はにっこりと笑いながらこう告げた。

 

「ええ。もちろん、ご主人様のためにも」

 

 そうして話を交わすうちに、カレー作りの始まる2時が近づいてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 調理中の見張りの分担は、杉野と城咲、大天は鍋の方で、残った俺達は二班に分かれて調理班に合流することになった。あくまでも俺達はサポートという形になるが、ただ突っ立って監視するよりマシだという話になったらしい。

 洗った野菜や包丁、まな板といった調理器具を食事スペースのテーブルに並べてカレー作りの準備をしていると、一人目の生徒がやってきた。七原だ。

 

「あ、もう準備できてるんだね」

「早いな、七原」

「まあね。私、このカレー作り楽しみにしてたから。全員参加じゃないのは残念だけど、こんな状況だからね、楽しまないと!」

「……ああ、そうだな」

「では、七原さん。申し訳ありませんが、ボディチェックをさせてください。もちろん、女子の三人で行いますが」

「うん、蒼神さん! まあ、危ないものは何も出てこないと思うけどね」

 

 その後、蒼神と城咲、大天の手によって七原のボディチェックが行われた。七原の台詞通り危険物はでてこなかったが……。

 

「なんかいろいろ出てきたな」

 

 この前見せてもらったサイコロをはじめとして、コインや洗濯バサミといった小物が次々とパーカーのポケットから出てきた。マジシャンか、お前。

 

「ははは……ポケットの中でこういうのいじってないと落ち着かないんだよね……」

「気持ちは分からないでもないが……」

「まあ、問題はありませんね」

 

 と、杉野。

 

「じゃあ、皆が来るまで中で待ってるね」

「はい、お願いします」

 

 その後、次々とくる生徒たちにボディチェックを行ったが、特に危険物を持ち込む生徒は現れなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 2時になると、既に岩国を除く15人の生徒が食事スペースに勢ぞろいしていた。杉野が口上を述べる。

 

「皆さん、カレー作りに参加していただき、ありがとうございます。こんな状況下ではありますが、今日は軽くリフレッシュと行きましょう」

「よし、皆、頑張っておいしいカレーを作ろうね!」

「ま、まあ……た、たまにはこういうのもいいよな……」

 

 東雲と根岸が声を出す。

 

「そこで、今日は二班に分かれてカレーを作ろうと思いますが……グループ分けはどういたしましょうか」

「ぐっぱーでいいんじゃない? 男女で分かれてさ」

 

 蒼神の発言を受けてそう反応したのは七原だ。

 

「ぐっぱーって、あれでしょうか? ぐーとぱーでわかれましょ、という」

「うん、それ」

「うむ、それなら平等であるな」

「では、そうしましょうか」

 

 遠城の賛同もあり、七原の案が採用された。

 その結果、火ノ宮、古池、露草、七原がA班、スコット、根岸、遠城、東雲、明日川がB班という風に分かれた。俺達の方は、俺と大天がA班、新家と蒼神はB班に合流することになった。

 

「それでは、後はそれぞれの班にお任せします」

 

 という杉野の台詞で、カレー作りが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

「よしてめーらァ! 文句のつけようのねェ完璧なカレーをつくんぞ!」

『別に張り合うもんでもないけどな』

 

 叫ぶ火ノ宮に黒峰は冷静にツッコミを入れるが、

 

「美味しくできるならなんだっていいよ!」

 

 と七原は元気な声をはさみ、

 

「じゃあ、俺様の【超高校級のカレー職人】としての才能を発揮してやるぜ!」

「河彦ちゃん、また嘘ついてるね!」

 

 古池と露草はそんな会話を繰り広げている。B班の声も聞こえてくるが、皆全体的にテンションが高い。この生活でたまっていたストレスを吐き出してるのだろう。

 

「よし、作り始めるか……そうだ、皆、料理の腕前はどうなんだ?」

 

 昼にも杉野達に聞いたが、役割分担をする上で知っておいた方が良いだろうと思って聞いてみると、古池が真っ先に答えを返してきた。

 

「さっきの【カレー職人】は嘘だが、それなりに得意だぞ。家に帰ってから親の手伝いは良くしていたからな」

『本当は?』

「……皮むきなら何とか」

 

 最後はかなりローテンションの言葉だったので、おそらくこれが本音だろう。

 

「オレは得意だぜェ」

 

 と答えたのは火ノ宮。

 

「確かに火ノ宮君はレシピとかきっちりグラム単位で守って作りそうだよね」

「あァ? その通りだがなんか文句あんのかァ!?」

「ないない、だから落ち着いて」

「お、おう」

 

 火ノ宮は軽く七原にあしらわれている。心なしか、皆が火ノ宮の扱い方を覚えてきたような気もする。

 

「女子二人はどうなんだ?」

 

 そう古池が訪ねると、七原は少し悩んだ後で、

 

「まあ、私は普通かな。あ、でもクッキーとかはたまに作るよ」

 

 と答えた。対する露草は、

 

「んー、翡翠はほとんどしないかな。ほら、こっちの手には琥珀ちゃんがいるから大変だし」

『いやいや、料理するときはオレを外せばいいじゃねえか』

「外す? そんなことしたくないし、そもそも物理的に出来ないよ!」

『いーや、出来るね! オレを手放して翡翠も料理をするべきだぜ!』

「翡翠には無理だよ……そんなこと!」

 

 と、茶番をしだして最終的に泣き真似まで始めてしまった。

 

「あー……盛り上がってるところ悪いが、そろそろ始めるぞ」

「はーい」

 

 止めようと思えばすぐに止まるからいいが……露草はちょっとフリーダムすぎる。

 気を取り直して俺達が囲むテーブルの上に目を落とす。こっちの班に用意された包丁は二本だ。

 

「野菜を切るのはオレと七原でいいかァ?」

「うん、大丈夫」

 

 火ノ宮の提案に七原が乗る。

 

「じゃあ、俺は皮むきするよ……」

 

 ローテンションの古池。

 

「ねえ、翡翠は何をすればいいかな?」

「結局、黒峰はどうするんだ?」

 

 と、俺が尋ねると、

 

「別に外せるよ」

 

 露草はあっさりとそう答えた。

 

「あんだけ騒いで普通に外すのかよ……」

「じゃあ翡翠も皮むきしようかな」

 

 古池のツッコミも無視して翡翠は役割を決めたようだ。

 

「なら、俺は野菜の皮とかゴミをまとめるか」

 

 と、こうして分担が決まり、カレー作りが始まった。

 しかし、開始してすぐに火ノ宮が待ったをかける。

 

「ま、待て! その持ち方はなんだァ!」

「え?」

 

 火ノ宮の視線の先にいるのは、ジャガイモをわしづかみにして今まさに皮むきを始めようとしている露草だ。

 

「あれ? 翡翠の持ち方、何かおかしかった?」

「おかしいというより、その持ち方だと確実のケガすることになんぞォ!」

「そうなの?」

 

 きょとんとした顔の露草。そういえば、さっき黒峰と露草で話していたが、結局露草の料理レベルの話はしていない。

 

「もしかして、露草さんって料理したことないの?」

 

 俺が聞こうとしたことを七原が先に聞くと、返ってきた答えは、

 

「料理してケガしたことはあるよ」

 

 というものだった。……なるほど。

 

「よし分かった、じゃあ露草は俺の代わりにゴミをまとめてくれ。俺が皮むきをしよう」

「その方が良いな……」

「わかったよ。これなら琥珀が一緒でも作業できるね!」

「……とにかく、もう始めんぞ。B班はもうとっくの昔に始めてっからなァ」

 

 火ノ宮の言う通りだ。露草が手を洗いに調理場に向かっている間に、俺達は調理を始めた。

 

「古池、言ってた割には皮むきは上手いな」

 

 皮むきならなんとか、と言った割には古池はかなりスムーズにジャガイモの皮をむいていく。

 

「皮むきにうまいも何もないだろ……まあ、手伝いで皮むきをしていたのは本当だからな」

 

 俺も負けていられないな。

 

「おらァ、皮がむけたやつからこっちによこせ」

「ああ、お願いするよ」

「出たごみはこの袋に入れるから翡翠に頂戴ね!」

『これなら片手でできるからオレもしゃべれるな!』

 

 露草の左手に着いた黒峰はそう楽しそうに話す。

 効率は悪そうだが……役割分担は上手くいったようだ。

 

 その後作業は順調に進み、材料を鍋の方へ持っていく。

 

「野菜を炒めるのは誰がするんだ?」

「あー、どうしようか」

 

 古池に言われて、その役割を失念していたことを思い出す。

 誰にやってもらおうかと考えていると、答えを出す前に火ノ宮が立候補した。

 

「それならオレがやる。こん中だとオレが一番得意みてェだし……少なくとも露草にはやらせらんねェだろ」

「翡翠だと焦がしちゃうからね」

「……ってよりは、火傷しそうだよね」

『ま、否定できねえな』

 

 炒める作業を5人で行うわけにもいかないので、材料炒め以降は火ノ宮と、補佐として七原に任せた。その間、残った俺達は調理器具の片づけや皿の準備をしていた。

 

 そして……。

 

「こんなもんだな」

「いい匂いだね」

 

 調理担当のそんな二人の声が聞こえてきた。

 

「完成したのか?」

「うん、出来たよ」

「向こうの班も完成したみたいだな」

 

 B班の様子をうかがっていた古池もそう言っているし、そろそろ夕食だろう。西の空が……いや、こんなドームの中で方角なんてわからないが、向こうの天井がほんのりオレンジに染まりつつあり、夕方の訪れを感じさせる。

 

「いやーおなかすいちゃったよ! 早く食べよう!」

『翡翠はほとんどなんにもしてねえけどな!』

「むっ、そんなことないよ。翡翠も頑張ったもん」

「……あれ?」

「どうした? 七原」

 

 また一人漫才を繰り広げる露草の横で、七原が何かに気づいたようにぽつりとつぶやいた。

 

「ねえ、今の今まで忘れてたけどさ、ごはんは?」

 

 ……あ。

 しまった。完全に忘れていた。

 

「おい、どうすんだ。もうカレーはできちまってんぞ!」

「どうするも何も、とにかく急いで炊くしか――」

「ごはんなら問題ありませんよ」

 

 慌てふためく俺達に聞こえてきたのは、そんな杉野の声だった。

 

「問題ない?」

 

 どういうことか訊いてみると、城咲が答えてくれた。

 

「ええ。わたしたちは鍋を見張る役割でしたけど、みなさんが鍋をつかいだす前に時間がありましたので、その時間でごはんをたいておきました」

「さっすが城咲さん、準備が良いね!」

「いえ、提案したのは杉野さんでしたから」

 

 七原の褒め言葉にも全く照れる様子も見せず、すっと視線を杉野にむける城咲。

 

「城咲さんの手際の良さのおかげですよ。それでは、夕食にしましょうか」

『だな!』

 

 

 

 

 

 

 

「えー、皆さんカレーが手元に揃ったようですね」

 

 俺達は、城咲が炊いてくれたご飯と各班で作ったカレーを皿に盛り、班ごとに固まって席に着いていた。企画の発案者として食事前に杉野が口上を述べることになったが、杉野は今か今かとそわそわする俺達を見て、

 

「長々と話しても仕方ありませんし、それではいただきましょうか」

 

 と、さっさと切り上げてくれた。

 そして、

 

「「「いただきます!」」」

 

 杉野の号令のもとそんな合唱をした俺達は、次々にカレーを口に運ぶ。

 

「おォ、結構うめェじゃねェか!」

「美味しいね!」

 

 火ノ宮や七原の言う通り、なかなかの出来だ。野菜はきちんと中まで火が通っているし、スープにもコクが出ている。細かい味の違いが分かるような舌でもないが、それでもおいしいと言えるだろう。惜しむらくは、城咲の炊いたご飯が段違いにおいしすぎることだろうか。強いて言えば、だが。

 

「案外作れるもんだな」

『まあ味付けは菜々香と範太にやってもらったけどな!』

「そういうこと言うなよ……」

「古池の言う通りだぞ、こういうのは皆で作るからおいしいんだから」

「分かってるよ、凡一ちゃん」

 

 などと、元も子もないことを言う黒峰を諫めながら向こうの班にも目をやってみる。

 

「ふむ、なかなか悪くない出来ではないかな?」

「いや、カレーが焦げ付いちまってる……ダメだ、こんなもん」

「スコットは理想が高すぎるのよ。充分おいしいからいいじゃない! 根岸もそう思うわよね?」

「な、なんでぼくに訊くんだよ……べ、別に美味しいよ、ふ、普通に……」

「スコット君、鍋の担当、ありがとうございます」

「ふん……」

 

 どうやらスコットだけは出来に満足していないようだが、最終的には褒められてまんざらでもない顔をしているし、他の皆の顔にも笑みが浮かんでいるのが見える。向こうの班も成功と言って差し支えなさそうだ。

 その後、俺達は次々とおかわりをし、すぐにカレーの鍋は空っぽになた。こうして、無事にカレー会は終了した。

 

 

 

 

 

 

 

 片付けを終えた準備メンバーは、食事スペースに集まっていた。作業を終えたのを見て、杉野が口を開く。

 

「今日は皆さんありがとうございました。おかげでカレー作りは無事に終えることができました」

「いや、こっちこそお礼を言うよ。おいしいカレーも食べられたし、元気になったしな」

 

 頭を下げる杉野に対して、俺は率直に思ったことを告げる。カレー作りを企画してくれた杉野と城咲には頭が上がらない。

 

「そうですね。すこしかじょうなほどに事件の対策はおこないましたけど、そのかいもありました」

「みんなリラックスしてたしなあ」

「そうだね。絆も深まったと思うし、やってよかったと思うよ」

 

 城咲達も、俺に続いてカレー会の成功を喜んでいる。

 

「後は岩国さんですが……根気強く話しかけていけばいつかは心を開いてくれると思いますわ」

「そうかなあ?」

「信じて話しかけていけば、きっと心は伝わるはずだ」

 

 と、どこかから聞こえてきた疑問の声に俺がそう帰した瞬間、ふと思い至る。今の声、誰だ!?

 慌てて周りを見渡すと、俺の背後にモノクマが立っていた。

 

「うわあ!」

「ていうか、他の皆だって内心でどう思ってるかなんてわからないけどね! 他人の心が分かるなんて、オマエラ何様のつもりなんだよ! めっちゃウケるんですけど!!」

「……何しに来たんですか、モノクマ」

「何しにって、杉野クン、そりゃあオマエラに説教をしに来たにきまってるだろ!」

 

 説教……?

 

「皆でカレーを作るって言うから黙ってみてたら、なんなのさ、あの体たらくは!」

「体たらくって……どういうことだよ」

「だから、なんで誰も事件を起こさなかったのかって言ってんの!」

 

 新家が聞き返すとモノクマはそんなことを言い出した。

 なんだ……モノクマは何を言っている?

 

「どうしてと言われましても……わたくしたちは断固として殺人をしないために行動していますから。今日のカレー会で、その決意はより強くなったと思いますわ」

「そうだよ!」

「いやさ、チャンスだったじゃんか。色々とさ」

「チャンス……?」

 

 戸惑いながら、俺がそんな声を絞り出すと、モノクマは奇妙な身振りをしながら答え始めた。

 

「毒なんて、根岸クンがいつか行っていたとおりちょちょいと洗剤を弄れば誰にだって作れるんだよ。カレー作りをするってことを決めてたんだったら、昨日のうちにカレールウに仕込むなり鍋に塗るなりしておけばよかったのに!」

「そんなこと、するわけないでしょう」

「うるさいな、そんなんじゃね! オマエラはこれっぽっちも成長なんかできやしないんだよ!」

「……お前に何を言われても、俺達は殺人なんて起こさないぞ」

「ふうん……」

 

 モノクマは、俺の決意表明を聞いて、にやりと笑いながらこっちを見ている……ような気がした。

 

「なんだよ……何か言いたいのか?」

「別に……そんな決意があるならさ、どうしてカレー作りなんてやろうと思ったの? それも、あんなに殺人を警戒してまで」

「どうしてって……より絆を深めるために……」

「それは違うよ」

 

 俺の答えはモノクマに一刀両断される。

 

「結局のところ、誰かが殺人を起こすかもしれないって考えてるのは、ボクじゃなくてオマエラの方じゃん。しかも、それを自分が起こさない保障なんかない……そう思ってるよね?」

「っ!」

 

 ……見透かされている。

 

「そんなことありません!」

 

 城咲が強い口調で否定するが、モノクマは飄々とした態度のままだ。

 

「ま、別にいいけどね。今日事件が起こらなかったのはボクの後押しが足りなかったってだけだし。まあ反省はしてるよ」

「後押し……?」

「オマエラ、明日を楽しみにしてろよ! アディオス!」

「お、おい!」

 

 新家の声もむなしく、モノクマは嵐のようにどこかへと消えていった。俺達は混乱の中、食事スペースに取り残された。

 

「なんだったんだよ、一体……」

 

 新家が、ぽつりとつぶやいた。

 

「明日……と、モノクマは言っていましたわね」

「……明日、ものくまは何をするつもりなのでしょうか」

「それは考えても仕方ありません。僕達にできることは、今まで通り自分自身を、皆さんを信じることしかありません」

 

 戸惑う蒼神や城咲を、杉野が励ます。

 

「……そう……だよね」

「……そうだ。今日の皆の顔を見ただろ? 完全に不安がなくなったとは思わないが、今日のカレー会は絶対にいい影響を与えているはずだ」

 

 俺の言葉に、皆はうなずいている。

 モノクマが何をしてきようが、関係ない。信じる事こそが、俺達にできる唯一の、そして最大の反撃なんだ。

 それさえしていれば、問題はないはずなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 モノクマによって楽しい雰囲気はぶち壊されたものの、カレー作りそのものは成功を収めた。少しでも、気分が楽になればいいのだが……。

 それにしても気になるのは、さっきのモノクマの台詞だ。『後押し』……モノクマは一体何をするつもりなんだろうか。

 色々と考えを巡らせていると、

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 と、例のチャイムが鳴る。もうこんな時間か。

 

『間もなく、午後10時、夜時間になります! 夜時間は一部立ち入り禁止区域となります! 健やかな成長のため、どうか安らかにお眠りください!』

 

ブツッ!

 

「……今日はもう寝るか」

 

 明日のことは明日考えればいいだろうと割り切って、カレー会の思い出を胸に眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐ傍に迫っている絶望に、気付かないふりをして。

 

 

 

 

 

 

 

 




林間学校と言えばカレーですよね。
一応全員と交流できたところで、そろそろ絶望のお時間です。

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