ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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(非)日常編③ 囚われた才能たち

 【2日目】

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 目を覚ました俺の視界に映ったのは、見慣れない天井だった。ゆっくりと頭が覚醒するにつれて、少しずつ昨日のことが思い出されていく。ここは……?

 昨日……たしか、希望ヶ空学園を訪れた俺は、同じような境遇の火ノ宮たちとともに、この施設に閉じ込められたんだ。そこで、絶望に象徴であるモノクマが現れて……ここから出たければ、誰かを殺すように言われたんだ。

 

 もしかしたら、心のどこかでこれがたちの悪い夢なんじゃないかと思っていた。ひと眠りして目を覚ませば、いつも通りの平凡な日常が始まると願っていた。あの、ひどく退屈で、けれども大切な日常が。

 けれど、この悪夢は嘘偽りのない現実だった。

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 

 ベッドの上で現実を認識しつつある俺の耳に、またしてもあの奇天烈な音が流れてきた。すぐさまモニターにモノクマが映る。

 

 

『オマエラ、おはようございます! 施設長のモノクマが朝7時をお知らせします! 今日も張り切って、一人前目指して頑張りましょう!』

 

 ブツッ!

 

 

「……昨日の夜にもあった時報か」

 

 少なくとも、夜10時と朝7時に流れるらしい。他に流れるとしたら昼の12時くらいなわけだが、まあどうでもいいか。

 それにしても、相変わらずモノクマは悪趣味なヤツだ。モノクマの言う『一人前』とは、すなわち誰かを殺した人間、それも、学級裁判を勝ち抜いた人間のことだ。……そんな成長だったら、する必要なんかない。

 

「朝食会は8時からだったよな……時間はまだあるな」

 

 とはいえ、することも特にない。誰が持ち込んだかもわからないマンガを読む気にもなれなかった俺は、適当に寝癖を直して個室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 《宿泊棟廊下》

 

 廊下に出ると、ロビーの方に歩いていく根岸の姿が見えた。

 

「おはよう、根岸」

「ひ、ひぃ……! な、なんだ、ひ、平並か……お、脅かすなよ……」

 

 ただ単に後ろから声をかけただけだったが、根岸は大きく体を震わせてそう声を返した。

 

「別に脅かしたつもりはないんだが……」

「ま、まあいいや……お、おはよう……」

「いちいちそんなビビるなよ、根岸」

「し、仕方ないだろ……こ、こういう性格なんだから……」

 

 前から思っていたが、根岸はかなり臆病な性格のようだ。誰かが大声を出すたびに驚いているような気もする。

 

「じ、自分でもそんな性分だとは思ってるけどさ、い、今更、直しようもないし……」

 

 まあ、確かに性格なんて直そうと思って直せるものでもない。

 

「でも、化学者って薬品とか扱うんだろ? 危険じゃないのか?」

「そ、そりゃ危険な薬品もあるよ……へ、下手に調合すれば爆発もするし、ゆ、有毒ですぐに気化するものが出来上がることもあるし」

 

 爆発!? 毒!?

 

「危ないじゃないか!」

「で、でも、気を付けて扱えば問題ないし……そ、それに、た、たとえリスクを負ってでも、し、知りたかったから……」

「知りたかった?」

「う、うん……ど、どういう調合で何ができるのかとか、げ、原子の仕組みはどんなものなのかとか……ぼ、ぼくは好奇心を抑えられないんだよ……」

「好奇心……ああ」

 

 そう言えば、昨日根岸が明日川のもとに残ったとき、そんなことを言っていた気がする。

 

 

 

――《「べ、別にいいけどさ……そ、それに、それだけが理由じゃないし……」》

――《「と言うと?」》

――《「お、おまえと一緒で、ぼ、ぼくも気になって仕方がないんだ……も、モノクマがやった記憶消去が……」》

 

 

 

 あの状況下では、記憶消去については誰しもが気になることではあったろうが、根岸の場合は特に、ということだろう。

 

「だ、だからぼくはやりたい研究をしてるだけなんだ……た、たまたま【超高校級の化学者】なんて才能があったんだよ」

「"たまたま才能があった"、か……」

 

 やりたいことがあって、しかもその才能があった……それがどれほど幸せで恵まれたことなのかは、【超高校級の凡人】たる俺には痛いほどよくわかる。

 

「あ、え、えと……ご、ごめん……」

「いや、大丈夫だ。別に気にしてないから」

 

 建前のようだが、これは本心から言っている。この期に及んで、俺が才能のないことを気にすることなんか、あるはずがない。……そんなの、今更過ぎる。

 それに、この施設に閉じ込められて、わずかな時間ながら皆と話して、わかったこともある。皆、ホンモノの【超高校級】だ。俺みたいな凡人とは比べ物にならないほどの才能に溢れている。俺がちょっと足掻いたところで、敵いやしない。

 変になってしまった空気に耐え切れず、無理やり話題を変える。

 

「にしても、根岸は朝は早いんだな」

「べ、別に……よ、よく眠れなかっただけだ……そ、それに、おまえだって人の事言えないだろ……」

「まあ、それはそうだけどさ」

 

 ……明らかに話題の転換に失敗してしまった。

 

「だ、大体、早く起きたからって何もすることないし……な、何かする気分でもないだろ……」

「……全く同じだ」

「そ、そんなもんだろ……」

 

 根岸に言われてよく考えてみれば、そういう発想に至るのは当然だし、いうなれば普通の発想だ。俺が思いつくくらいだからな。

 あまり時間が経たないうちに他の皆も出てくるだろう。そうは言っても、女子は色々と準備があるかもしれないから、やはり8時くらいになるまでは全員が揃うことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース/野外炊さん場》

 

 雑談を交わしながら俺達は食事スペースにやってきた。それなりに早い到着だと思ったがすでに先客が一人、調理場にいた。城咲だ。

 

「おはよう、城咲」

「お、おはよう……」

「おはようございます、お二方」

 

 調理場の方へ向かうと、城咲は返事を返してくれた。

 

「何やってんだ? まだ夜時間が終わってほとんど時間は経ってないのに」

「朝食の準備をさせていただいております」

 

 見れば、調理場には食材がいろいろと並んでいる。

 

「毎朝、朝食会を行うという事で、朝食は皆さんいっせいに取ることになります。夜時間が終わってからたった1時間しかありませんから、皆さん全員が朝食をよういするのは大変でしょうから、わたしが皆さんの朝食をおつくりすることにしたのです」

 

 なるほど……【超高校級のメイド】が作る朝食だ。そのおいしさは保障されているだろう。すくなくとも、俺が作るよりもずっと豪華でおいしいもの……しかも健康的な朝食ができるはずだ。

 ただ……。

 

「確かに全員が個別に調理するのは大変だろうが、だからって城咲一人でやるのも大変だろ。手伝おうか? それに、毎朝班を決めてローテーションで担当するのもいいんじゃないか?」

「いえ、ご主人様のお屋敷にいるさいに毎朝調理しておりましたし、わたしは仮にも【超高校級のめいど】ですよ? たった16人の朝食をつくることなんて、それこそ朝飯前です」

 

 そう言って、城咲は胸を張って見せた。

 たった16人とさらりと言うが……まあ、超高校級であるならこれくらいはできて当然かもしれないな……。

 

「そこまで言うなら、お言葉に甘えて――」

「ちょ、ちょっと待てよ……」

 

 城咲に朝食づくりを任せようとしたところ、根岸から横やりを入れられた。

 

「な、なんでそんな簡単に食事を任せられるんだよ……!」

「なんでって……どういう意味だよ」

「ど、どういう意味って……こ、こんな状況だぞ……し、城咲が毒を入れるかもしれないじゃないか……!」

「そんな、毒だなんて入れるはずがありません!」

「く、口では何とでも言える……! しょ、食事に毒を盛るのは、さ、殺人の常套手段だからな……!」

 

 熱くなる根岸に、きっぱりと返答する城咲。正直城咲が毒を盛るとは思えないが、根岸の言ってることもまるっきり的外れというわけでもない。……ただ、せっかくなら城咲の意図を酌んで、できれば皆で城咲の朝食を食べたいと思う。

 根岸をどう説得しようかと考えていると、

 

「どうされましたか?」

 

 と、後ろから声をかけられた。振り向けば、蒼神がそこに立っていた。

 

「いや、ちょっとな……」

 

 言い争う二人を横目に、蒼神に事情を説明する。すると、

 

「……なるほど、では、わたくしにお任せください」

 

 そう言って、蒼神は二人のもとへ歩み寄る。

 

「根岸君、少々よろしいですか?」

「あ、蒼神……な、なんだよ……」

「事情は先ほど平並君から教えてもらいましたわ。端的に言います。城咲さんが朝食に毒を盛る可能性はありませんわ」

「……ど、どうしてそんなことが言えるんだよ……」

「まず思い返してほしいのは、この施設に毒が存在しなかったことですわ。毒がなければ、毒を盛ることは不可能ですわ」

「け、けど、洗剤はあったよな……ど、毒ってのは、あ、案外簡単に手に入るんだよ……!」

 

 確かに、根岸のいう事にも一理ある……とも思ったが、ここにきてようやく俺は蒼神の言いたいことを理解した。

 

「では、もしも仮に毒が調達できたとして、この状況で城咲さんが毒を入れ死人が出たとして……学級裁判で疑われるのは果たして誰なのでしょうか?」

「……あ」

「つまり、こう言いたいんだろ」

 

 蒼神の求める答えを俺が言ってやる。

 

「もし朝食に毒なんて入れたら、疑われるのは城咲だ」

「ええ、そういう事です。学級裁判というルールがある以上、朝食で城咲さんが毒を盛る可能性はありませんわ」

「……」

 

 無言で蒼神をにらんでいる根岸。しかし、その目に敵意は宿っていない。

 

「ついでに言えば、朝食で死人が出る可能性があるとすれば、城咲さん以外が調理場に出入りして、調理中の料理や食材自体に毒を仕込む可能性ですが……」

「そのあたりは問題ありません。食材は調理前にしっかりと確認いたしますし、調理場にいる限りは、誰かが料理に何かしようとすれば絶対に気づきます」

「だ、そうですわ。根岸君、これでいかがですか?」

「……わ、わかったよ」

 

 そしてついに、根岸が折れた。

 

「じゃあ、城咲、お願いするよ」

「はい。かしこまりました」

 

 そう言って、城咲は調理場の中へと戻っていった。それを見送って、俺達は食事スペースのイスに座る。根岸たちとこの施設のことや記憶のことについて話しながら、他の皆が集まるのを待った。

 

 

 

 

 

 柵にかかった時計が8時を示したころ、既に食事スペースには16人全員が揃っていた。城咲の調理も済んでおり、後は盛り付けを待つばかりという状態だ。しかし、朝食会が始まる様子はなかった。その理由は、

 

「ねえ、城咲さんも忘れてるの?」

「はい……実は……」

 

「根岸、やっぱてめーもかァ」

「あ、ああ……な、なんで……そ、そんな……」

 

 こんな風に、皆のざわめきが止まらないからだ。皆が話す議題はもちろん、『親しい人の顔の記憶について』だ。ここにいる全員が、家族や親友の顔の記憶を消されている。

 

「明日川も、そうだったのか」

「……ああ」

 

 俺がそう声をかけると、隣に座る明日川は力なく声を漏らした。胸に抱えている辞書も落としてしまいそうだ。

 

「……顔が思い出せないんだ……ボクの親友で、同じ図書委員だった子がいて……いつも一緒の物語だったんだけれど……」

「……まあ、大体事情は分かるさ。俺も同じだからな」

「ボクの物語を読み返す度に、思い出せないこと(欠けたページ)が見つかるんだ。もう……もう、ボクの物語なんて、どこにも……」

 

 そこで、明日川は口をつぐんだ。俯いて震える彼女にかける言葉を、俺は持っていなかった。

 どうしようかと迷っていたその時、

 

 

 

「やあやあ、オマエラ。ご機嫌はいかがかな?」

 

 

 

 そんな声とともに、絶望の象徴がどこからともなく現れた。

 

「……ご機嫌良いワケないだろ」

「え、そう? こんな大自然あふれた中にいるのに?」

 

 ぽつりと悪態をついてみたが、モノクマにダメージは無さそうだった。

 

「そういう問題じゃねェだろうがァ! てめーオレ達に何しやがった!!!」

「どういうことなんだよ!」

『ふざけてんじゃねえぞ!』

「なんなのよ、もう!」

 

 大声で啖呵を切る火ノ宮に続いて皆が口々に叫びだした。

 しかし、

 

「あああああーー!!!! うるさああぁぁぁぁぁああああああいいいいい!!!! どうしてオマエラはそうやって文句しか言えないんだよ!!!」

 

 そんなモノクマの声でぴたりと俺達は黙り込んだ。

 

「ま、結局オマエラがまだまだ未熟だからってだけなんだけどね……うぷぷぷぷぷ……」

「用件はなんだ、ぬいぐるみ」

「ぬいぐるみじゃなくて、モノクマ! ボクは施設長なんだぞ!」

「いいから用件だけを伝えろ」

 

 飄々とした態度でくるくると回っていたモノクマだったが、岩国にぶっきらぼうに水を差されるとハァと溜息をついた。

 

「用件って、そりゃあオマエラの置かれた状況を確認してもらいに来たんだよ」

「じょ、状況って……」

「僕達がここの閉じ込められている、という状況のことですか?」

「違うよ、杉野クン。オマエラの記憶の事だね」

 

 俺達の……記憶……。

 

「やはり、奪ったのですね」

 

 城咲が声を漏らす。

 

「そうそう。実を言うとね、昨日明日川さんの記憶を奪ったのは、ボクが記憶を消せるっていうアピールでもあったんだ」

「アピール、であるか……」

「そんな簡単にボクの記憶を……!」

「で、実はオマエラが目を覚ます前に、明日川さんだけじゃなくて全員の記憶も奪ったんだ」

 

 つまり、その全員から奪った記憶というのが、

 

「全員の……大事な人の顔の記憶か」

「いや? それだけじゃないけど?」

「え?」

 

 ほかに何か別の記憶を奪ったってことか?

 けげんな表情の俺達を尻目にモノクマはコホンと一つ咳をした。

 

「ねえ、オマエラさあ。今っていつごろだと思ってる?」

「い、いつごろって……そ、そんなの」

「そう! 答えは、希望ヶ空学園20期生の入学から2年後だよ!」

「ま、まだ答えてないじゃないか……! ……って、え?」

 

 答えを返そうとした根岸が口を挟む暇もなく、モノクマはあっさりとそう告げた。

 希望ヶ空学園20期生って、俺達のことだよな……?

 

「おい! どういうことだ、モノクマァ!」

「さあね、ボクは嘘は絶対に付かない主義だから、後はオマエラで考えな! 考えてこそ、人は成長できるんだよ!」

「お、おい! 待て!」

「待てって言って待つヤツなんかいねーよ! じゃあね!」

 

 俺の静止の声は届くことはなく、モノクマはいつものようにどこかへと姿を消してしまった。

 

「け、結局、ど、どういう意味だったんだ……?」

「オレが知るかよォ!」

「でも、考えてみないと始まらないよね」

「……七原さんの言う通りですね。モノクマの言うことを鵜呑みにすることは危険ですが、完全に無視をするのもまた賢明な判断とは言えません」

 

 ざわつく俺達を止めたのは、案の定杉野だった。確かに、今のモノクマの台詞を無視することはできない。

 とりあえず、思い付いたことを口にしてみる。

 

「今が俺達の入学から2年後とモノクマは言っていたが……そもそも、俺達はいつの間に入学したんだ?」

「入学式はらいしゅうと聞いていたはずですが……」

「まさか、タイムスリップ!?」

 

 俺の言葉に反応した城咲と新家だったが、それに明日川が反論した。

 

「いいや、その物語(ストーリー)を考えることは愚かだろう。過去方向、未来方向に関わらず、時間旅行(タイムスリップ)が紛れもない幻想(フィクション)であることは、10年前にアメリカの論文で99.9パーセント証明されている。残りの可能性は新理論(コロンブスの卵)が生まれることを期待したもので、まず切り捨てていい可能性だ」

「……長々と言ってるけど、結局タイムスリップはありえないってことだよね? ほかに心当たりがあるの?」

「当然さ、大天君。むしろ、心当たりしかないといっても良い。モノクマの言っていたことも考慮すれば、おのずと結末(こたえ)は見えてくるさ」

 

 ここで、明日川は一呼吸おいてから、そのこたえを告げる。

 

「――すなわち、ボク達は2年間の記憶を丸々失っているだけなんだ。入学してから今までのね」

「そんな……!」

 

 明日川が告げたシンプルにして絶望的な仮説。しかし、この仮説を否定するだけの根拠を俺達は持っていないし、むしろ肯定する事実しか思い浮かばない。モノクマの残した言葉や、モノクマが記憶消去の(すべ)を持っていることなどはこの仮説を裏付ける。

 

「さっきのモノクマの言ったことが全くのでたらめである可能性もありますわよね?」

 

 と、蒼神が一応の反論を試みたが、

 

「当然それは否定できない。けれど、そうでない可能性の方が高いとボクは考えている。虚構(フィクション)現実(ノンフィクション)のどちらの方が絶望的かは、語るまでもないだろう?」

「……」

 

 明日川に一蹴されてしまった。

 

「仮に明日川の言う通りだとして、なんでモノクマはそんなことを?」

「……それは分かりませんわ。なにかしらの意図があると思いますが、こうしてわたくし達に不安を抱かせているというだけでも、十分効果はあると思いますわ」

「……」

 

 俺の疑問にそう答える蒼神。

 

「結局また謎が増えただけか」

「……そういうことになりますわね」

 

 …………。

 モノクマの言葉は、その軽さに反して大きな不安と、そして絶望を残していった。

 長い沈黙の後、

 

「……とりあえず、みなさん、朝食にいたしましょうか」

 

 という城咲の言葉で、ひとまず朝食を食べることにした。【超高校級のメイド】が作る料理はとてもおいしかったのだが、俺達の間には終始会話はなく、重苦しい空気のまま解散になった。

 ちなみに、岩国だけは、いつの間にか城咲の料理を食べることなく姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 《展望台》

 

 朝食を終えた俺は、昨日確認できなかった自然エリアの展望台へと向かった。森の中の遊歩道を抜けてたどり着けば、そこには七原、古池、そして大天の三人がいた。

 

「よう」

「お、裏並じゃねえか。どうしたんだ?」

「平並な。昨日来れなかったから、展望台を確認しに来たんだよ」

 

 古池のいつものボケに反応しつつ、周りを見渡す。

 展望台はコンクリートでできた無機質なもので、防波堤のような(へり)の先にはドームの景色が見える。奥にあるメインプラザや中央広場の手前にはさっき抜けてきた森が広がっている。ドームの端に位置する展望台の高さはそれなりのもので、背の高い人がジャンプすれば天井に届いてしまうんじゃないだろうか。

 昨日の報告であった通り、木製のベンチやロッカーがあった。ロッカーの中身は……葉っぱとかを払うような箒かな、これは。

 

「それで、お前達は何をしてたんだ?」

「別に何もしてないよ。ちょっとお話してただけ」

 

 そう七原は答えた。多分三人とも俺と同じような理由でなんとなくここに来たのだろう。

 

「そうそう! 俺様達はこのドームをぶっ壊してやろうって話してたんだぜ!」

 

 と、言い出したのは古池。

 

「……はぁ?」

「いやな、俺っちの部屋を調べたらダイナマイトがたくさん出てきてよお! これでこんなところともおさらばだ!」

「ダイナマイト!?」

 

 一瞬驚くが、ハイテンションの古池を見て思い直す。

 

「……どうせ嘘だろ」

「ああ、嘘嘘。そんなもんあるわけないだろ。それに、もしあったとしてもそんなことしたら例の規則違反とやらでモノクマに殺されるかもしれねえしな」

「本当に何がしたいんだお前……で、実際は?」

「実際? 才能の話だよ」

 

 才能?

 確認するように大天に目線をやると、大天は軽くうなずいた。これはどうやら本当らしい。

 

「私は【幸運】で、古池君は【帰宅部】、大天さんは【運び屋】……ほら、三人ともちょっとピンとこない才能でしょ?」

「まあ、言われてみれば……」

 

 なんとなくのイメージこそできるが、結局どんな才能なのかはいまいち反応できない。

 そんなことを考えていると、

 

「けどさ、一番よくわからないのって平並君の【超高校級の普通】だよね」

 

 と、七原に言われてしまった。確かにその通りだと俺も思う。

 

「なあ平神(ひらかみ)、【普通】ってのは、身長や体重が平均的ってことか?」

「……もう突っ込まないからな」

 

 と、古池のボケへのスルー宣言をしつつ、彼の疑問に答える。

 

「まあそうだな。身長体重は何度測っても、その時の歳の平均になるし、座高とかもそうだ」

「へえ……」

「他には……模擬試験や体力テストもそうだ。自分なりには色々勉強したりして頑張ったんだが、どうしても平均点しか取れないんだ」

 

 さすがに小数点以下まで揃うことは無いが、平均点を四捨五入すればそれが俺の点数になる。

 

「学校関連じゃなくても、趣味の話でもいい。色々と手を出してみたが、結局得意なものは見つからなかったな。まあ……苦手な物もないわけだから器用貧乏と言えるかもしれないがな」

「それは……大変だな」

 

 同情したのか何なのか、古池がそう相槌を打ってくれたが、

 

「いや、別に。大変な人生なんて歩んでないからな」

「……そう」

「とまあ、俺の話はこれくらいだが……俺に言わせてもらえば、古池の【帰宅部】だってよくわからないぞ」

「俺?」

「ああ。【超高校級の帰宅部】って、なんなんだ? 大会とかコンクールのある他の部活ならわかるんだ。剣道部とか吹奏楽部とかなら、そういう実績が残せるからな。だが、【帰宅部】って……」

「それはだな、お前は知らないだろうが、世の中には『全日本帰宅部選手権』が開催されてるんだよ。その選手権で二連覇したのが俺ってわけだな」

 

 は?

 

「『全日本きた』……何?」

「『全日本帰宅部選手権』。簡単に言えば、街中を走りながらいかにアクロバティックに学校から家まで帰ることができるかを競う大会だな。帰るって言っても、参加者は全員スタートとゴールが一緒なんだ。その中で、いかに相手よりも面白いルートを探すのかが勝負だな」

「ふうん、なら、パルクールに近いのかな」

 

 と、口をはさんだのは大天だ。

 パルクール? 名前は聞いたことがあるが……。

 

「ほら、街を自由に走り回るスポーツのことだよ。建物の上を飛び移ったり、塀を飛び越えたり。まあ、正確に言うとスポーツじゃないって意見もあるみたいだけど……」

「へえ」

「あー、確かに似たようなものだな」

「私、パルクール結構やるんだけど、そんな大会があるなんて知らなかったな」

「ま、嘘だからな」

「……だと思った」

 

 あきれた声の七原。俺も気づいてたがな。

 

「俺の話はこれくらいにして、次は大蔵(おおくら)な」

「……大天()のこと? 結局【帰宅部】の理由は言ってないと思うんだけど……まあいいや。私は【運び屋】。仕事は前にも言ったとおり、いろんなものを配達するの」

 

 【運び屋】、ねえ……。

 

「別に大々的に広告出してるわけでもないけどさ、そんな秘密裏の物でもないし、知ってる人がいてもおかしくないんだけどなあ……」

「悪いけど、初耳だったな」

 

 そう言った俺を含めて、この場に大天の仕事の存在を知っている人はいなかった。運び屋なんて完全に映画の世界の話だしなあ……。

 

「……なあ、運び屋に頼む人って、なんで宅配便じゃダメなんだ?」

 

 と、質問するのはテンションの落ちた古池。

 

「んー……一番多いのは、後ろめたいことがある場合かな」

「後ろめたいこと?」

「うん。色々とデータが残る宅配便とか使うと都合が悪い人って案外いるんだよ」

「……それって、犯罪とかそういう類のものなんじゃ……」

「かもね。でも、基本的に中身についてはかかわってないし、別にどうでもいいんじゃない?」

「いやいや! 良くないだろ!」

 

 我慢できずにツッコミを入れる。大天のやつ、自分の知らぬ間に犯罪の片棒を担いでる時もあるんじゃ……。

 

「あ、でも他のパターンもあるよ。人探しとか」

「人探し?」

「うん。ほら、昔の友達とかさ、今どこにいるかわからない人っているじゃん。私、そういう人を探し出して、手紙を届けたりできるの」

「それは……すごいな」

 

 人探しなんて、どういうツテで探してるのかは知らないが、もはや探偵の仕事だろう。

 

「……なんていうか、お前って本当に【運び屋】?」

「失礼な。私はれっきとした【運び屋】だよ!」

 

 少しむっとした表情で大天はそう答える。

 ……まあ、大天が自分でそう言うなら、きっとそうなんだろうな。そもそも運び屋という職業自体がよくわからないわけだし。

 

「私からはこんなもんかな。じゃあ、次は七原さんね!」

 

 才能紹介のバトンは七原へと渡る。

 

「七原は……【超高校級の幸運】だったよな?」

「うん! ……あ、今のはシャレじゃないよ?」

 

 今更確認することでもないが、七原は【超高校級の幸運】として希望ヶ空学園にスカウトされた。この【超高校級の幸運】というのは、毎年一般的な高校生の中から抽選で選ばれているものなので、七原もただの普通の高校生のはず……だが。

 

「七原さ、昨日の自己紹介の時に、『自分が選ばれたのは必然だった』って言ってたよな?」

「そうそう。私って、昔から運が良かったからね。多分今年は私が選ばれるんだろうな、って思ってたらホントに当選したんだ」

「……運がよかったってのは、どういう事なんだ?」

 

 古池がボサボサの髪をかきながら七原にそう質問する。確かに俺もそれが聞きたかった。

 

「そうだね……人生ってさ、選択の連続だよね?」

「まあ、そうだな」

「そこで、私が選んだことって、大体いい結果になるんだよね」

「と、言うと?」

「例えば、今日どんなことをして過ごすか悩んだときに、家にいたらちょうど親戚が訪ねてきておこずかいをもらったりとか、なんとなーく傘を持って出かけたら、たまたま雨が降ってきたりとかね」

「なるほど、それが七原さんの幸運ってなのね!」

「うん……まあ、こういう小さな幸せだけじゃないんだけど」

 

 と、大天に相槌を打った七原は急に顔を曇らせた。

 

「どうしたんだ?」

「……ねえ、三人はさ、【ASA154号墜落事故】って知ってる?」

「……まあ、大体は」

 

 名前と概要だけなら、俺も知っている。詳しいことを思い出そうとしたが、それより前に大天が詳細を語りだした。

 

「確か、8年前……モノクマのいう事を信じるなら10年前だけど、その時に起きた事故だったよね。大型旅客機の【ASA154号】が整備不良で墜落して、乗客のほとんどが亡くなったって……」

「そう、その事故。乗員768人中、助かったのはたったの1人……」

 

 七原が情報を補足する。

 

「助かったのは俺達と同年代で、プライバシー保護のため情報は何も出てこなかったが……」

 

 まさか。

 

「その、助かった一人っていうのが……!」

「いや、違う違う」

 

 早とちりした俺をいさめるように手を振る七原。

 

「そうじゃなくて、私はそもそもその旅客機に乗らずに済んだんだ」

「どういうことだ?」

「あの日、本当だったら私も家族と一緒に【ASA154号】に乗る予定だったの。家族旅行でね。でも、空港で私が迷子になっちゃって……それで、一本飛行機を遅らせることになったの。その時はお母さんたちにすごく迷惑かけちゃって……って思ってたんだけど」

「その、本来乗る予定だった旅客機が、墜落した……」

 

 俺が七原の言いたいことの後を継ぐ。

 

「……そう」

「そんなの……」

 

 そんなの、【幸運】の一言で済ましていいことじゃない。もっと、恐ろしい別の何かだ。

 俺達の間に、少しだけ重い空気が流れる。

 

「ごめん。暗くなっちゃったね。大丈夫だよ、私の幸運はこういう話ばかりじゃないから」

 

 明るい声で七原はそう言いながら、ポケットから3つのサイコロを取り出した。

 

「これ、ちょっと振ってみてよ」

「? 別にいいが」

 

 七原から受け取ったサイコロを何度かコンクリの地面に転がしてみる。大天と古池も転がすが、特に変なところはない。普通のサイコロだ。

 サイコロを七原に返す。

 

「今見た通り、このサイコロ、別に仕掛けはないんだけど……えいっ」

 

 七原が地面にサイコロを転がす。

 すると。

 

「うわっ」

「……出目が全部6だ」

「……昔から、ずっとこうなんだよね」

 

 そういう間もサイコロを振り続けているが、その出目は何度振っても3つともすべて6だ。

 

「怖い怖い怖い!」

 

 さっきの話よりも、このサイコロの方がよっぽど怖いぞ!

 

「これだから、私、すごろくは好きじゃないんだよね」

「もうやめてくれ、六原!」

 

 そんな悲痛な古池の声が、展望台に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース/野外炊さん場》

 

 

 時刻は昼過ぎ。

 展望台を後にした俺は、食事スペースに移動して昼食をとった。適当に蕎麦をゆでてざる蕎麦を作ったが……今度城咲にコツか何かを教えてもらおうか。自分で作るとどうにも味気ないものしかできない。何かおいしいつゆのつくり方を知っているかもしれない。

 そんなことを考えながら食器を片付けて調理場を出ると、言い争いながら食事スペースに入ってくる二人がいた。

 

『まったく、琴刃はすげえ強情だな!』

「その言葉をそっくりそのままお前に帰してやる、腹話術師」

 

 露草と岩国だ。やけに険悪な様子だ。

 心配になって近づくと、俺に気づいた露草が声をかけてきた。

 

「あ、凡一ちゃんだ」

「その呼び方はやめてくれって……で、何やってるんだ」

「今ね、琴刃ちゃんとお話してるんだ」

「違う。こいつが一方的に話しかけてきてるだけだ」

 

 露草の返答を岩国が即座に否定する。

 

『だってよ、琴刃は初めの時からずっと一人で過ごしてるじゃねえか。オレはお前とも仲良くやりたいってのに』

「鬱陶しいからもう話しかけてくるな」

『そんなこと言うなって!』

 

 二人は……いや、黒峰と岩国はそんなことを言い合いながら調理場へと向かっていく。大方昼飯用の食材を取りに来たんだろう。

 そんな喧騒を見ながら考える。

 岩国には悪いが、個人的には黒峰の意見に賛成だ。こんな状況下で一人だけ孤立した人がいるのはいいことじゃないだろうし、俺達は本来同級生になる予定だったんだ。せっかく知り合ったんだから仲良くなりたいのが本音だ。

 

「余計なお世話だ。話がしたかったらお得意の一人しゃべりでもしていろ」

「一人しゃべりってひどいよ、琴刃ちゃん! 琥珀ちゃんだって生きてるのに」

『いや、オレは生粋の人形だぜ』

「琥珀ちゃん! そんなこと言っちゃだめ!」

「ほら、そうやって一生話していればいいじゃないか」

 

 心底どうでもいいといった表情の岩国に、話しかける。

 

「なあ、岩国。そう邪険にしなくてもいいんじゃないか?」

「……はあ、凡人。お前もか」

 

 大きなため息。

 

「昨日言ったはずだ。お前達と無駄な交流はしないとな」

「そうだけど……」

「そんなこと言わずにさ、もっと素直になりなよ、琴刃ちゃん」

 

 素直?

 岩国も、顔をしかめて妙なことを言い出した露草の方を見た。

 

「おい、腹話術師。何を言っている」

「琴刃ちゃん、何か無理してるように見えるんだよね」

「そりゃあ、こんな状況なんだから無理もするだろ」

『いや、そうじゃなくてだな、凡一……』

「丁度いい。凡人、腹話術師の相手は任せた」

 

 黒峰が何やら説明しようとしたとき、岩国はそう言いながら食事スペースの外へ歩き出した。手には総菜パンを携えている。

 

「あ、待ってよ琴刃ちゃん!」

「うるさい。ついてくるな」

「でもさ、琴刃ちゃんって朝のかなたちゃんの作ってくれたご飯も食べてないよね? きちんとご飯食べないと、体壊すよ?」

「問題ない。最低限の食事は取っている」

『それ、本当か? 琴刃がちゃんと食べてるの見たことねえぞ!』

「……うるさい」

「なあ、仲良くしようぜ。俺達、同級生なんだから――」

 

 そう言いながら、岩国の後を追いかけようとした時だった。

 

「うるさい! 黙れ!」

「……っ!」

 

 岩国の叫び声が、俺と露草の動きを止める。

 

「……何も……知らないクセに」

 

 初めて感情を露わにした岩国は、そう言い残して食事スペースを後にした。残された俺達は呆然と彼女の背中を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 《ロビー(宿泊棟)》

 

「まだですか? すこっとさん」

「ぐ……」

 

 午後、適当に施設の中を巡ったのちに宿泊棟に入ると、城咲とスコット、そして遠城がロビーのテーブルを囲んで座っていた。

 近づいてみてみると、城咲とスコットの間には格子状にひかれた線とたくさんのマルとバツが並んだメモ帳が置かれていた。これは……。

 

「五目並べか」

「む、平並か。いや、二人は連珠(れんじゅ)の最中であるぞ」

「……連珠?」

 

 ドリンクボックスからジュースを取って、遠城の向かいに座る。

 

「連珠って、なんだ? 聞いたことないんだが……」

「そうなのですか? 屋敷にいたころはご主人様と連珠をよく嗜んでおりましたけど……」

 

 五目並べなら、中学生の時に休み時間の暇つぶしに友達とやった記憶がある。ちょうど今の城咲達のように、ノートに格子状に線を引いて遊んでいた。

 

「連珠は、五目並べから派生したげーむですね。基本的なるーるは五目並べと同じで先に5つ並べた方が勝ちなのですが、連珠の場合少々禁じ手がございます。例えば、先手は6つ以上並べてはいけない、といったものがありますね」

「へえ……」

 

 それは知らなかったな、と思いつつメモ帳に目を落とす。

 

「どっちがどっちだ?」

「オレが先手のマルで、シロサキが後手のバツだ」

 

 俺としては城咲に質問したつもりだったが、答えを返してくれたのはスコットだった。スコットはそう言い終わると、格子点の一つにマルをつけた。

 

「よし。これでどうだ、シロサキ?」

「甘いですよ、すこっとさん」

「は?」

 

 城咲はそう言うと、そのすぐ隣にサッとバツをつける。

 

「……あ」

「城咲の勝ちであるな」

 

 その結果、斜めにバツが5つ並ぶことになった。決着がついたみたいだ。

 

「……負けたか」

 

 スコットもすぐに気付いたようで、そう呟いた直後にはあー! と言いながら背もたれに大きく背を預けて天を仰いでいた。

 

「くそ……見逃したか……かなり遠回しに作られたリーチとは言え、見抜けないとは……これで25戦25敗か」

「……そんなに負けてるのか?」

 

 と言うよりも、そんなに何度もやってるのか、というところにも驚いているが。

 

「すこっとさんはまだ、初心者ですから、しかたありませんよ」

 

 ぶつぶつと反省をするスコットを城咲がフォローしていた。

 

「初心者?」

「実は、この中で連珠の経験者は城咲一人だけなのであるよ。吾輩とスコットは少し前に城咲にルールを教えてもらったばかりなのである」

 

 と、言いながら遠城はテーブル上の1枚の紙を指差した。遠目から見ても、禁じ手などがまとめられているのが読み取れる。

 

「この施設、確かに自然環境はじゅうじつしておりますが、遊び道具が全くありませんでしたよね? 倉庫のびひんも、実用品ばかりで……」

「確かにな」

 

 城咲に言われなくとも、この2つのドームで半日過ごせばすぐにわかる。この施設には暇をつぶす道具がないのだ。倉庫にスポーツ道具はちらほらとあったような気もするが、少なくとも非運動系の道具はほとんどなかったはずだ。

 

「そこで、道具がなくても遊べるものとしてわたしが連珠を提案いたしました。このメモ帳とペンは個室に備え付けられておりましたので」

「なるほどな」

「吾輩も五目並べしかやったことがなかったのであるから、連珠というものをやってみたかったのであるが……」

 

 ん?

 

「その口ぶりからすると、まだやってないのか? スコットが25戦ってことは、結構長い時間やってるんだろ?」

「いや、それが……」

「おいシロサキ、もう一戦だ」

 

 遠城が言い終わるよりも早く、スコットがそう口をはさんだ。……なるほどな。

 

「ですが、そろそろ遠城さんのお相手をいたしませんと……」

「エンジョウの相手ならヒラナミが来たからいいだろ。それより、勝ち逃げなんかされてたまるか」

 

 そう言いながらスコットはメモ帳を1枚破り線を引いていく。もうすでに次の戦いの準備を始めているようだ。

 

「ずっとこの調子なのである」

「……お前、負けず嫌いなんだな」

「当たり前だ。いくら連珠は初めてだからって、五目並べ自体はやったことがあるからな。それに、オレは完璧主義者なんだ。こんな負けっぱなしで終われるわけないだろ」

 

 スコットの目には闘志の炎が灯っているようにも見える。案外スコットは熱い男なのかもしれない。

 

「なら、俺は遠城とやるから、城咲はまたスコットとやってくれよ。もちろん、城咲と遠城が良いならだけど」

「吾輩は問題ないであるぞ。初心者同士でやれば気も楽であるからな」

「わたしも大丈夫です。誰が相手でも負けることはありませんので」

「……城咲、やけに自信満々だな」

「もちろんです。わたしは、お屋敷にいたころにご主人様に徹底的に鍛え上げられましたから。『常に完璧であれ』がもっとーの十神財閥のお屋敷に仕えるめいどとして、勝負事で負けるわけにはいきません」

「今度こそ勝ってやるからな」

「ですが、はっきり言ってすこっとさんはあまりお強くは……」

「いや、むしろ城咲が強いだけだと吾輩は思うのであるが」

「いいから、やるぞ」

 

 そして、スコット達はすぐに次の勝負を始めてしまった。

 

「じゃあ、俺達もやろうか、遠城」

「うむ。メモ帳は吾輩のを使うとしよう」

「わかった。なら、ペンだけ俺も取ってくるよ」

「では、スコット達の邪魔にならぬよう隣のテーブルでな」

「ああ」

 

 その後、道具をとってきた俺達は、城咲の書いたルールメモを見ながら初めての連珠をした。

 ちなみに初戦はあっさりと負けた。

 

 

 

 

 

 

 

 《倉庫》

 

 食事スペースで夕食をとったあと、俺は倉庫へと向かった。この施設には娯楽がないので、倉庫には何か使えるものがあるかもしれないと思ったからだ。まあ、城咲が倉庫には何もないと言っていたが……。

 倉庫の扉を開けると、そこでは棚を漁る杉野とメモ帳を手にした火ノ宮がいた。

 

「ん? あァ、平並か。どうしたんだァ?」

「いや、何か面白いものでもないかと……お前達は?」

「オレ達は、倉庫の危険物をチェックしてたところだ」

「危険物?」

 

 俺がそう尋ねると、火ノ宮は持っていたメモ帳を俺に見せてくれた。メモ帳には、『小型ナイフ 16本』『ノコギリ 5本』などといった記述がずらりと並んでいる。

 

「こんなに、あるのか」

「あァ。つっても、無理やり凶器に含めてるモンもあるけどな」

「ん?」

 

 ほら、と言いながら火ノ宮はメモ帳を一枚めくる。そこに書かれていたのは、『ロープ 8本』『金属バット 3本』……なるほど、確かにこれらは凶器になり得るが、危険物とは言いがたい。

 

「やるなら徹底的にということで、凶器になりそうなものはできるだけチェックしているんです」

 

 棚から離れて顔を出す杉野がそんなことを言ってきた。

 

「火ノ宮君、ダンベル8つです」

「おォ」

 

 それを聞いて火ノ宮はメモにその旨を書き加える。

 

「そうだ。平並君も手伝ってくれませんか?」

「ああ、わかった」

 

 その後、俺は二人の作業を手伝った……まあ、さっきの杉野のように、棚の中の危険物を確認するだけなんだが。

 

 

 

 

 

「これで一通りチェックできましたね」

「あァ」

「つ、疲れた……」

 

 倉庫の備品は俺が思っているよりも多く、かなりの時間を使ってしまった。とは言え、倉庫の中身を知ることができたのは良かったが。

 それはそうと、メモ帳を確認する火ノ宮に、気になってきたことを聞く。

 

「なあ、この備品のチェックって、どっちが言い出したんだ?」

「ん、それはオレだ」

 

 即答する火ノ宮。

 

「僕が倉庫に入るとちょうどチェックを始めるところだったようで、このように駆り出されてしまったというわけです」

「あァ? 嫌だったら断ればよかったじゃねェか!」

「いえ、全然嫌ではありませんよ。これから生活していく場所の事ですからね」

「ならいいけどよォ……」

 

 怒鳴りつける火ノ宮にも動じず、涼しい顔で返答する杉野。確かに面倒な事ではあるが、火ノ宮は根はまじめなようだし、杉野も人の良いこの性格なら断ることは無いだろう。

 それはそれとして。

 

「火ノ宮はなんでこんなことをしようと思ったんだ?」

「あァ? オレのやる事にケチをつけようってのかァ!?」

「そ、そうじゃないって! 純粋に気になったんだよ」

 

 その後火ノ宮はチッと舌打ちをしたが、若干不機嫌になりながらも火ノ宮は質問に答えてくれた。

 

「……モノクマが、オレ達の生活に不自由はさせねェって言っただろォ? それを聞いて、生活に必要なモンが揃ってなかったらクレームを入れてやろォと思ったんだ。で、このコロシアイのルールがあるんなら、ついでに、危険物がどのぐらいあるか把握してやろォってところだな。やっといて損はねェからなァ」

「確かにな……」

 

 危険物……すなわち凶器。ガラス製の灰皿や電化製品のコードなど、日常に溢れるほとんどの物が凶器になる事は分かっているが、それでも明らかに凶器として危険視すべきものはある。この倉庫にもある小型ナイフはその典型だろう。それがこの施設の中に存在しているのだ、と意識しておくことは決して悪いことではないはずだ。

 

「生活必需品は揃っていましたので、食料が補充されていく事も考えれば、ここで何週間と過ごしていくのは十分に可能だと思いますよ」

「……そうか」

 

 その杉野の台詞は悪い情報ではなかった。モノクマは、本当にコロシアイ以外の点においては俺達の生活を保障するようだ。

 

「けど、遊び道具やその類の物はほとんどねェな。水槽やら地球儀やら、しょうもないモンはいくらでもあるってのに」

 

 そう言いながら倉庫内を見回す火ノ宮の視線を追ってみると、棚の上にまとめられた水槽などのガラス類や、角のスペースに無造作に置かれた雑貨類が目に入る。何でもそろっているように見えて、実際は使い勝手が悪そうだ。

 

「こんなんじゃァ、どのみち長期間過ごすのは危険だ。気が狂っちまう」

「……おそらく、これも僕達に殺し合いをさせようという目的があるんでしょう。『この退屈な世界から出たかったら、誰かを殺せ』という風に」

「…………」

 

 モノクマの底意地の悪さに、俺は溜息をつくことしかできなかった。

 

「んじゃあ、もうすぐ夜時間になっちまうし、解散にすっかァ。二人とも、ありがとな」

「…………」

「あ? なんだァその目は!」

「い、いや! なんでもない! そうだな、この倉庫って埃っぽいし、夜時間になる前に個室でシャワー浴びたいからな!」

「……? 変なヤツだな……」

 

 あのけんか腰の火ノ宮が素直にお礼を言うことに驚いた、なんてとても言えなかった。うん、今ので確信した。火ノ宮はいいやつだ。

 

 

 

 

 

 

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 部屋に付いた俺はシャワーを浴びてからベッドに倒れこみつつ、今日のことを振り返る。

 今朝の朝食会で、モノクマは2年もの時間が経過していると告げた。それが真実かどうかは分からないが、無視することもできない。

 

「…………」

 

 今も記憶の中に家族の顔は思い浮かばないし、ここから出る方法も見つかっていない。

 だが。

 

 古池は今日も元気に嘘をついていた。

 露草と黒峰は昨日と同じく言葉をかけあっていた。

 スコットは城咲に連珠を挑んでいた。

 火ノ宮は、未来の為に危険物の確認をしていた。

 

 大丈夫だ。

 まだ、誰も絶望していない。

 

 

 絶望の象徴(モノクマ)なんかに、負けてたまるか。

 

 

 




仲間のことを知る交流回です。
何人か出てきていない人がいますが……。

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