ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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CHAPTER1 あゝ絶望は凡人に微笑む
(非)日常編① 共同生活のすゝめ


 

 

 

 

 あ ゝ 絶 望 は

―――――――┐

       │凡

       │人

       |に    CHAPTER1

       │微    【(非)日常編】

       |笑       

       |む

 

 

 

 

 

 

 ついさっきまで、全員の敵意はモノクマに向いていた。俺たちをこんなところに閉じ込めて、コロシアイを強要する絶望的な犯人への強い反感を抱いていた。だが、岩国の発言により、その意識は互いへと移り変わった。

 俺達の視線が、信頼が、疑念が交錯する。もちろん、皆のことを信じたいという気持ちが大部分だ。誰かに唆されたからってそう簡単に人を殺す奴がいるとも思っていない。……それでも、全幅の信頼を寄せることはできない。だって、自分自身すらも信用できていないのだから。

 

「食事スペースでの報告会には参加するが、調査は一人でさせてもらう」

 

 そんな中、岩国はそんな台詞を残してメインプラザを去ってしまった。

 気まずい沈黙が流れる中、口を開いたのは蒼神だった。

 

「みなさん、互いに疑いあうのは仕方ありません。わたくし達はあくまでも初対面……現時点で100%相手を信用するのは難しいでしょう。

 ……ですが、岩国さんの言う通りいつまでも疑い合ってここにとどまっても何も始まりません。頭を冷やす意味も込めて、先ほど言ったようにまずはこの【自然エリア】を調査しましょう」

「……そうだね」

 

 七原が相槌を打つ。

 

「で、でも……こ、この中の誰かが殺人を企んでるかもしれないだろ……! そ、そんな奴がいるなら、だ、誰かと一緒になんていないぞ……!」

「根岸君、それは逆ですよ」

「ぎゃ、逆……? ど、どういうことだよ、杉野……」

「100%信用できないなら、逆に一緒に行動すべきです。二人きりなら確かに危険に感じるかもしれませんが、複数人なら互いを監視することができて、ぐっとリスクが減るはずです。それに、学級裁判の存在が明らかになった以上、今ここではっきりとチーム分けをしておけば誰もよからぬことをしようとは考えないでしょう」

 

 杉野の言うことはつまり、チーム分けした相方を殺せばクロはまるわかりになってしまうから、という事である。他の人に完璧なアリバイもあるしな。

 

「もし本当に変な事を考えてるヤツがいるんなら、全員バラバラに歩き回る方があぶねェしな」

「そういうことです……では、チーム分けは……」

 

 そう言って杉野は少し悩んでから、

 

「そうですね。まだ目を覚まさない明日川さんのもとに残る人を2名。もう岩国さんは行ってしまわれたのでどうしようもありませんが、残った12人は4人ずつ3組に分かれましょう」

「……そ、それなら……」

「何かほかに意見は……」

 

 ぐるっと俺達を見渡す杉野。

 

「なさそうですね」

「では、ここに残る人を決めましょう。立候補なさる方はいらっしゃいますか?」

「あー、じゃあ、俺はここに残るよ。……明日川の記憶のことも気になるしな」

 

 そう言って俺が手を上げると、同時に根岸も手を上げていた。

 

「ぼ、ぼくもここに残る……」

「では、平並君と根岸君はここに残るという事でお願いいたしますわ。明日川さんのこと、よろしくお願いしますね」

「ああ、任された」

「では、後は……」

 

 その後てきぱきとした蒼神の仕切りで皆は3組に分かれた。

 

「では、お二方。明日川さんが目を覚ましたら、少し安静にしてから先に食事スペースに移動していてください」

「わ、わかった……」

「じゃあ、オレ達はとっとと行くぞォ!」

『言われなくてもわかってるって!』

 

 そして、メインプラザには俺と根岸、そして、未だ倒れたままの明日川だけが残された。

 

「……それにしても意外だな」

「な、何がだよ……」

「いや、さっきの話だとなんとなく根岸は4人組になる方に行くと思ったから」

「べ、別に……こ、ここのことは気になるけど……よ、4人になると気を配る方が面倒になりそうだし……こ、ここに残れば気を付ける相手は、ひ、一人だけで済むからな……」

 

 ……なるほど、そういう理屈か。

 

「やっぱり、信用されてないのか」

「し、信用するとかしないとかじゃなくて……! こ、怖いだろ……こ、こんな状況で、み、みんながどう動くかなんてわからないんだし……お、おまえだってぼくのこと、う、疑ってるんだろ……!」

「……まあ、完全に否定は……できない」

 

 俺も、周りのみんなを完全無欠に安全だ、なんて断言することはできない。その点で、俺は根岸と同じだ。

 

「べ、別にいいけどさ……そ、それに、それだけが理由じゃないし……」

「と言うと?」

「お、おまえと一緒で、ぼ、ぼくも気になって仕方がないんだ……も、モノクマがやった記憶消去が……」

 

 やっぱり、気になるよな。さっきの、あれは……。

 

「あ、ああまできっぱりと言い切ってたから、き、記憶消去は多分できるんだと思う……そ、その方法も気になるけど、や、やっぱりその内容の方が知りたいんだ……。

 こ、このドームのことは大体、よ、予想がつくし……だ、だったら、ここに残って明日川から、は、話を聞いた方が良いと思ったんだ……」

「なるほどな……」

 

 そうだ。

 あそこでわざわざ足を止めて、俺達に責められる恐れも踏まえたうえでモノクマは明日川に電流を流した……ように見えた。仮に記憶消去を行ったとすると、モノクマが明日川の記憶から消したかったもの……それはきっと、過去のコロシアイの顛末だ。多分、過去のコロシアイの事を調べることさえできたらなにかヒントが見つかるかもしれないのに……。

 と、そんなことを考えていると、

 

「そ、それにしても……ど、どうしてこうなっちゃったんだろう! た、ただ誘拐されて監禁されるだけだと思ったのに、こ、コロシアイだなんて! あ、ああ、やっぱりぼくの日頃の行いが悪かったのかな!? お、一昨日二度寝しちゃったから神様が怒ったのかな!? あ、ああああ!!!」

 

 根岸が暴走状態になっていた。

 

「……明日川が起きるまで、放っておくか」

 

 

 

 

 

 そして数分が経ち根岸が落ち着いてきたころ、明日川が目を覚ました。

 

「……ううん……」

「明日川!」

「き、気が付いたのかな……?」

「ここは……」

 

 ゆっくりと体を起き上がらせて、周りをきょろきょろと見渡す明日川。

 

「明日川、大丈夫か?」

「平並君……根岸君。なんとか、大丈夫だ……ボクは一体何を……?」

「ね、ねえ、何があったか覚えてる……?」

「確か、モノクマから学級裁判の説明を受けて、それが終わって急にボクの方を向いたと思ったら、バチッって音がして体がしびれて……そこまでだ」

「そうか……」

 

 あの時、明日川が記憶を失う直前まではしっかりと覚えているようだ。という事は、モノクマは記憶消去に失敗した……という事にはならないだろうな。

 

「明日川。あの後、モノクマはあの電撃でお前の記憶の一部を消したと言っていた」

「ボクの記憶を……?」

「た、多分過去にあったコロシアイの話だと思うんだけど……ど、どうかな……?」

「ちょっと待ってくれ……」

 

 そして、手を顎に当てて考え込む明日川。この返答次第で、モノクマの記憶消去の件が解決する……と思った矢先。

 

「う……嘘だ……そんな、まさか……バカな!」

 

 と、急に明日川が声を上げ震え始めた。

 

「どうした……大丈夫か?」

「……思い出せない」

「……!」

「思い出せないんだ! 確かに読んだ、あの本の内容が!」

 

 綺麗な橙の短髪をくしゃくしゃに搔き上げて、怯えを露わにして叫ぶ。

 

「表紙は覚えてる。題名(タイトル)も覚えてる。確実に、あの悪夢(コロシアイ)の内容が記された本だったはずなんだ。なのに……なのに、なんで中身が何も思い出せないんだ!!」

「……やっぱり、モノクマに消されたのか」

「そんな、ボクが、このボクが思い出せないなんて、あり得ない、あり得ないあり得ない!」

 

 明日川は、目を見開き、ガクガクと震えている。

 

「だ、大丈夫……?」

「大丈夫な訳がないだろう! ボクが、ボクの記憶(ストーリー)を忘れてしまうなんて、そんなことあるはずがないのに!

 読んだ……ちゃんと読んだのに……」

 

 頭を抱えて体を丸め、絞り出すように声を出す明日川の瞳からは涙が零れ落ちていた。

 

「……根岸、少しそっとしておいてあげよう」

「そ、そうだね……」

 

 その後、しばらくの間、メインプラザには明日川の嗚咽の声だけが響いていた。

 

 

 

 

 数分後、震えの止まった明日川に声をかける。

 

「落ち着いたか?」

「ああ……とりあえずは、ね……」

 

 その声に、いつものように凛とした覇気といったものが感じ取ることはできなかった。

 

「……隠す気もないから言ってしまうけど、ボクは【完全記憶能力】を持っているんだ」

「完全記憶能力?」

「そ、それって……み、見ただけでなんでも覚えられるっていう、あの……?」

「そうだ。目にしたもの、耳にしたものは瞬時に自分の物語として記録し、しかも忘れることは決してない。……はずだったんだ」

「……だから、思い出せなかったことにそんな慌てていたのか」

「ああ……こんな事、今までなかったのに。忘れるという事が、こんなに不安になる事だとは思わなかったよ」

 

 ……。

 

「正直のところはまだ混乱しているけれど……いつまでもこうしているわけにもいくまい。忘れているのも一時的なショックの可能性がある以上、このことについては後回しにするよ」

「……わかった」

 

 明日川はそういうが、本気で一時的なショックだとは思っていないだろう。

 ……。

 

「それで、二人とも、他の皆は何をしているんだい?」

「さ、3組に分かれてこの【自然エリア】の調査をしているよ……」

「ふむ、調査か……」

「それで、後で食事スペースで報告会をするんだが、俺達は直接食事スペースに向かうことになっている」

「……わかった」

「も、もう歩けるか……?」

「ああ。問題ない。キミ達……いや、他の皆にもそうだが、心配をかけてしまったな。すまなかった」

「お、お前が謝る必要はないだろ……」

「悪いのは、モノクマなんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 《【宿泊エリア】食事スペース》

 

 自然エリアから宿泊エリアに向かうゲートは、『宿泊ゲート』となっていた。俺達三人は宿泊ゲートを抜けて自然エリアの食事スペースへと向かった。

 食事スペースの中では、既に岩国が椅子の一つに腰かけており、机の上で何やらカードのようなものを弄っていた。……早々にここに来たから時間を持て余してるようだな。

 

「お前達か」

「い、岩国さん、ちょ、調査は終わった……?」

「終わったから、ここにいるんだ。少しは頭を使え、化学者」

「わ、わかってたよ……わ、わかったうえで聞いただけだろ……そ、そこまで言う事ないじゃないか……」

「分かってたならわざわざ聞くな」

「まあまあ、二人とも落ち着いて……」

 

 被害妄想が暴走しそうになる根岸をなだめていると、岩国が立ち上がってこちらへと歩いてきた。

 

「おい凡人。さっきこれを渡されたぞ」

 

 そう言いながら岩国が俺に渡してきたのは、先ほどから手で弄っていたカードだった。

 

「渡されたって誰にだ?」

「あのぬいぐるみだ。さっき渡し忘れたから、と言っていたな」

「な、なんなんだそのカード……」

「ダストルームのカードキーだ」

「ダストルーム?」

 

 それって確か……。

 

「それって、宿泊棟にあったあの部屋の事かい?」

 

 俺が思い出す前に、明日川が答えを出した。

 

「ああ。お前達がダストルームを見たかは知らないが、それはあの部屋にある焼却炉を作動させるためのカードキーだ」

「焼却炉……」

 

 確かに、明日川がそんなことを言っていた気がする。後でちゃんと行っておこう。

 

「さっき確認してきたが、そのカードキーは問題なく使えたぞ」

「もう調べてきた、という事か」

「当然。不確定な情報はすぐに確認すべきだからな。その情報の不足が敗北を招くこともある」

 

 敗北……ああ、そういえば岩国は弁論部だったっけ。ということは、ディベート大会とかの話だろうか。

 

「ということは……個室も?」

「ああ。きちんとこの指輪で開くことを確認してきた」

「ちゃ、ちゃんと動くんだな……」

「それ以上はお前達で勝手に調べろ。じゃあな」

 

 そう言って、岩国はさっきまで座っていたイスの方へと戻ろうとする。

 

「ちょ、ちょっと待て岩国。なんでこのカードキーを俺に?」

「あのぬいぐるみが言うには、そのカードキーは一枚しかないそうだ。面倒事を頼まれたくないからお前達が持っていろ。別に、お前じゃなくても誰でもいい」

「……そうか」

 

 確かに、これを持っていると誰かがゴミを燃やすのにいちいち駆り出されることになるからな。岩国はこれを持っているのは嫌だろう。

 しかし、俺もできることならそんな面倒な役回りは避けたい。とりあえずは俺が預かることになったが、誰かが持たなくてもダストルーム置いておけばいいんじゃないか?

 岩国の話を聞いてしばらくした後、他の皆も続々と食事スペースに集まってきた。

 

「明日川さん、もう大丈夫なのですか?」

 

 杉野が明日川を心配して話しかけてくる。

 

「……なんとか、立って歩けるくらいには回復したよ」

「そうですか……記憶の方は?」

「……っ!」

 

 びくりと体を震わせる明日川。

 

「それについては、あとで俺から話す。明日川はだいぶショックを受けているみたいだからな」

「分かりました」

 

 そうこうしているうちに、どうやら全員集まったみたいだ。食事スペースは、16人が集まっても十分な広さを確保できるくらい広かったことに、少しだけ驚く。

 食事スペースに揃った皆を、蒼神はまず見渡して、

 

「では、皆さん揃ったようですので、報告会とまいりましょうか。とりあえずわたくしが進行させていただきますが、よろしいですか?」

 

 そう言いながら俺達に確認をとるが、彼女は【超高校級の生徒会長】だ。こういったまとめ役をするにあたって反論のある人はいないだろう。

 

「それでは、まずはモノクマに集められる前に行った【宿泊エリア】の報告から行いましょう。では、わたくし達の調べたこの『食事スペース』ですが――」

 

 こうして報告会が始まったが、皆が宿泊エリアを調べたのは、俺が皆に自己紹介をしている時だ。ほとんどの人は一つの施設しか見ていないが、俺と火ノ宮は自己紹介の為に一通り確認しており、その報告もすでに知っているものだった。

 あ、でも、補足で付け加えなきゃいけないことがあるな。

 

「――というのが、私達が調べた『宿泊棟』についての情報だよ」

「あ、そのことなんだが、もう一つ加えて宿泊棟には追加された情報(プロフィール)があるんだ」

 

 七原が説明し終えたところを、明日川が補足する。

 

「追加されたもの? 一体何ですか、それは?」

「こっちについては、平並君にお願いするよ」

「ああ、わかった」

 

 俺はそう言いながら立ち上がり、ポケットからさっきもらったカードキーを取り出した。

 

「皆、ちょっとこれを見てくれないか」

「それは?」

「岩国が、モノクマからもらったものなんだが、宿泊棟のダストルームにある焼却炉のカードキーなんだ。動作確認は岩国がちゃんと確認してる」

「焼却炉……ですか」

「ああ。それで、このカードキーは一枚しかないんだけど、これは誰が持っておくべきだろうかとおもったんだが……」

「焼却炉の前に置いておくのはダメなの?」

「……だよな。やっぱりそうするのが一番だと俺も――」

 

 大天のその提案に賛同しようとしたその時、

 

「いえ、それはやめた方が良いでしょう」

 

 と、杉野に否定をされてしまった。

 

「どうしてだ? 誰かが持っていると、焼却炉を使いたいときはわざわざそいつに頼まないといけないだろ」

「だからこそ、ですよ」

「それって、どういう……?」

『もし焼却炉の前に置いちまったら、誰でも簡単に証拠隠滅ができちまうからな!』

「な、なるほど……も、もし犯人が返り血を浴びても、ふ、服ごと燃やせばなかったことにできるのか……」

「ええ。ですが、誰かが持っていた場合は、そういった証拠隠滅は容易にはできなくなりますから」

 

 杉野や露草……じゃない、黒峰達はそう主張するが、それはつまり……。

 

「ちょっと待ってよ! そんな、コロシアイが起こる前提みたいな考え方は……!」

 

 そうだ。今七原が主張した通り、俺達の間で殺人が起こることを仮定している話なのだ。

 

「で、でも、絶対に起こらないなんて、か、確証もないだろ……!」

「……七原さん。気持ちは分かりますが、少しでも、殺人の起こりやすい状況は避けるべきです。つまり、殺人を犯しにくい状況を作ることで事件の発生を防ぐのです」

『逆に言えば、殺しやすい状況になれば誰かが事件を起こすかもしれねえしな!』

 

 ……なるほど。確かにその方がよさそうだが……。

 

「なあ杉野。だからって、誰か一人にカードキーを持たせると、いちいちその人は呼び出されることになるんじゃないか?」

「では、誰か一人が持つことになった場合、その人は一日一回定期的に焼却炉を作動させることにしましょう。これなら、その方の負担も少なくすみますよね。焼却炉に入れたものをすぐさま燃やしたい人はそういません……それこそ、証拠の隠滅を謀る犯人以外は」

「……ああ、じゃあそうしよう」

 

 杉野の案は最大公約数的意見だ。確かにこれなら問題はないだろう。

 

「……それで? 結局、どうするのであるか?」

「理想だけを言えば、誰か一人がその一日一回焼却炉を作動させる役を引き受けるのが一番ですわね」

「でも、ソイツが人を殺したら? 証拠隠滅が簡単にできちゃうんじゃないかしら?」

「それでも、誰もがいつでも使える状況よりはよっぽどましですわ」

「……」

「……では、とりあえず当面の間は誰かにその役をお願いいたしましょうか。何日で交代するかはまた後で決めましょう」

「そ、そんな何日もこんなところに、い、いたくないけどな……」

「どうやって決めるんだァ?」

「公平に、じゃんけんで決めましょう。……岩国さん、あなたもですよ」

 

 杉野にそう言われ、岩国は長い沈黙の後、ちっと舌打ちをしながらもじゃんけんのために手を差し出した。……岩国も、決して悪いやつじゃないんだがなあ……。

 適当に何組かに分かれて負け残りのじゃんけんをした結果、カードキーを持つことになったのは、

 

「あら、負けちゃったわね」

 

 東雲だった。

 

「ま、じゃんけんだし仕方がないわね。わかった、アタシが持ってる」

「ああ、お願いするよ」

 

 東雲にカードキーを渡す。

 

「もしもこれで事件が起きたらアタシが疑われるのよね」

「……そうならないことを祈るしかないさ……あ、それと、岩国はカードキーのほかに個室のカギのことも調べたらしい。ちゃんと『システム』でカギの開け閉めができたんだよな、岩国?」

「ああ」

 

 岩国は、どうでもよさげに短く返答する。

 

「これで、宿泊棟の報告は終わりだ」

「分かりましたわ。では、次の場所を――」

 

 そして、【宿泊エリア】の報告が終わり、【自然エリア】の報告となった。こちらはほとんど把握できてないからきちんと聞く必要があるな。

 最初は火ノ宮からの報告だった。

 

「じゃあ、まずはオレからやらせてもらうぜ。『メインプラザ』のすぐ隣にあった『営火場』だが、ま、簡単に言えばキャンプファイヤーのための場所だな」

「キャンプファイヤー、か」

「あァ? 知らねェのかァ?」

「し、知ってる知ってる。続けてくれ、火ノ宮」

 

 どうして火ノ宮は相槌を打つだけでそんな睨んでくるんだ!

 

「ならいいけどよ。そうやって、大きな火をくべられるところが三つあった。まあここはそれ以上言うことはねェな」

「え、『営火場』の火も『野外炊さん場』と同じで、が、ガスが通ってるのか……?」

「あ? 通ってなかったぜ。ちゃんと燃料も用意しねェとダメだな、ありゃ」

「そ、そうか……」

 

 営火場……こんな状況でさえなければ、キャンンプファイヤーでもして楽しみたかったんだがな。にしても、根岸の疑問ももっともだが……単に、野外炊さん場の方は頻繁に使うから簡単に扱えるようにした、という事だろう。

 続いての報告は杉野からだ。

 

「では、次は僕が。【自然エリア】には宿泊ゲートともう一つのゲートがありましたが、そのもう一つのゲートは開きませんでした。ここのすぐそばにあるゲートと同じく、赤いランプが点灯していましたね」

「つまり、ボク達の生活圏(舞台)は、【宿泊エリア】と【自然エリア】の二つのドームの中だけ、という解釈で大丈夫かな?」

 

 多少回復した様子の明日川が要約する。

 

「そういう事です。そして、その二つのゲートのすぐ近くから森の中に入れる道がありました。その道はどちらも森の中の『展望台』へとつながっていましたよ」

「展望台……」

 

 【自然エリア】にある、唯一の建造物。

 

「ええ。ドームの中とは言え、見晴らしはそれなりの物でした。展望台にはベンチや掃除用具入れなどがありましたね」

 

 一応後で自分の目で確認しておいた方が良いな。

 

「【自然エリア】で報告すべき場所はもうありませんが、一つ注意事項を伝えておきます」

「ちゅ、注意事項……な、なんだよ、それ」

「【自然エリア】の森に物を捨てるのはポイ捨てになるので規則違反となる事はお分かりでしょうが、故意に『湖』に入るのも『自然を汚す』とのことで規則違反になるようです。モノクマ曰く、『事故の場合は十分な反省として見逃す』とのことでしたね」

「それはつまり……」

「モノクマも、そんなつまらないことで吾輩たちの人数を減らしたくないのであるな」

「……」

 

 その遠城の意見は、裏を返せばモノクマは是が非でも俺達にコロシアイをしてもらいたい、という事になる。

 静まりかえった食事スペースで、蒼神が口を開く。

 

「……探索の報告は以上ですわね」

「それじゃあ、明日川の記憶の件について俺から語らせてもらう。明日川は、その件についてはまだ強いショックを受けているみたいだから」

「なるほど。では、平並さん、お願いいたしますわ」

「ああ。……記憶だが、モノクマの言った通り、消去されていた」

「本当に記憶が……」

 

 七原の、消え入りそうな声。

 

「明日川が言うには、過去のコロシアイ……あの時言ってたやつだな、それの内容が書かれた本の内容が全く思い出せないらしい。本の表紙も、タイトルも覚えているのに、だ」

「それ以外は? 他に消えた記憶はねェのか?」

「……とりあえず、今はまだ混乱中なんだ。明日の朝にははっきりすると思うから、しばし待っていてくれ」

「……わかった」

「少なくとも電撃を食らった直前までの記憶もはっきりしていたから、モノクマはかなりピンポイントで記憶を消せると考えておいた方が良い」

「ど、どういう技術なんだろうな、あ、あの電撃は……」

「……さあな」

 

 モノクマの技術力……『システム』をこれだけ用意して資金力やコネと合わせて考えれば、俺達を誘拐した犯人は、もしかするととても大きな組織なのかもしれない。だとすれば……ますますもってその目的が謎だらけだ。

 

「それでは、ひとまず報告も終わりましたようですので、これからの事について話し合いましょうか」

「こ、これからの事……?」

「ええ、そうですわ。とりあえず、探索の結果、出口の類は見つかりませんでした。現状ここから脱出できそうにない以上、ここで生活していくしかありません。食料や宿舎に関しては問題なさそうですから。

 いつになったら助けがくるのか……それは分かりませんが、わたくし達は待ち続けるしかありません。明日かもしれませんし、一週間後、下手をすれば一か月単位という事も考えられるでしょう」

「そんなに待ってられるか!」

 

 蒼神の冷静な物言いに、新家が大声を上げて反論する。

 

「では、あなたは誰かを殺すつもりですか?」

「そんなこと! ……するわけないだろ……」

「……ええ、そうですわね。殺人を犯すことだけはしてはいけません。そうなっては取り返しがつきませんし、犯人の思う壺ですわ。幸いにも、モノクマはわたくし達にコロシアイをさせようとしている……つまり、モノクマからは手を出してくることは無いのです」

「……わかったよ」

 

 蒼神の言う通りだ。

 モノクマの目的を考えれば、俺達はモノクマに殺されるという事は無いだろう。少なくとも、規則を破らない限りは。

 俺達は、待つべきなのだ。外から助けが来るのを、ひたすらに。それが、今俺達ができる唯一の対抗策なのだから。

 

「そこで、わたくし達が共同生活する上で、ルールを決めようかと思いますわ」

「るーる、ですか?」

 

 城咲が聞き返す。

 

「ええ、といっても『規則』のように強制することはありませんし、破ったところで当然罰もありませんが。

 まず一つ目ですが、朝、皆さん全員揃って朝食をとりましょう」

「ちょ、朝食を……み、皆で……?」

「ええ。さしずめ朝食会といったところでしょうか。別に、同じものを食べろなどとは言いませんわ。全員で、集まることが大切なのです」

「……なぜそんなことをしなくてはいけないんだ」

 

 朝食会の提案に反発したのは、案の定岩国だった。

 

「理由としては、交流して絆を深めるためや、監禁生活の中でメリハリをつけるためなどが挙げられますが……あなたを説得するのに一番の理由は、『生存確認のため』でしょうね」

「……」

 

 岩国は無言で蒼神を見つめている。

 

「悲しいですが、おそらくわたくし達はこの生活の中で、常にいるかもわからない殺人犯の影におびえ続けることになると思います。全員が揃って朝を迎えられる、というのは大きな影響がありますわ」

『それと、単純に事件が起こらなかったことの安堵も得られるってのもデカイな』

「ええ。それに……万が一事件が起こってしまったとき、それに気づかず死んでしまった方を何日も放置するのは嫌ですわよね?」

「……そりゃあな」

 

 もし、もしの話だが、もしもそんなことになってしまったとしたら、すぐにでも弔ってやりたいと思う。……まあ、そうならないのが一番だが。

 そして。

 

「もう一つ、生存確認が必要な理由……それは、速やかに学級裁判を行うためですわ。岩国さん、納得していただけましたか?」

「……ああ」

「というわけで、岩国さんにも参加願います、ただそこで朝食を食べるだけでもよろしいので」

「……ちっ」

「ありがとうございます。では……そうですわね、【夜時間】が終わるのが7時ですから、朝食会は8時開始という事でよろしいですか? この食事スペースに8時に揃っていれば構いませんので」

 

 その提案に、反対意見は出なかった。

 

「では、ついでにもう一つ。こちらはルールというよりも心がけなのですが、昼の間はできるだけ個室に近らず外にいるようにいたしましょう」

「なぜだ蒼柳? 俺は【超高校級の帰宅部】……いや、【超高校級の自室愛好家】だ。自分のスペースにいることこそが至上なんだぞ!」

 

 妙なテンションで立ち上がり叫びだしたのは古池だ。

 

「もちろん、どうしても個室から出たくない、というのであれば構いませんわ。ただ、いつまでも狭い空間でいると息が詰まりストレスもかかってしまいます。幸いにもこの施設はドームの中とは言え自然があふれています。せっかくなら、外に出てみるのもいいでしょう」

「確かに、その方がストレスはかかりにくいかもしれねェな」

「なるほどな! それなら構わないぜ!」

 

 そう言って、古池は椅子にドカッと腰かける。なんだこいつ……。

 

「……古池さん。あなた、この意見に反対してたのは嘘ですわね?」

「ん? ああ、そりゃそうだろ。個室にこもってても健康に悪いし」

「……古池さんも嘘をつけるくらいには元気になったという事で水に流しておきますわ……」

 

 あきれるように頭を押さえる蒼神だったが、すぐに表情を戻した。

 

「とにかく、わたくしは、はっきり言ってこの生活は長期間にわたる可能性が高いと考えています。できるだけ気を張らずに過ごしていきましょう」

 

 そう話を切り上げる蒼神だが……こんな状況下で気を張らずに過ごせというのも、難しい話だ……。

 

「では、これにて報告会を終わりにいたしましょう。皆さん、決して忘れないでください。わたくし達は、仲間ですわ」

 

 こうして報告会が終わり、皆席を立ったり、近くの人と話したりしている。壁……というより食事スペースを取り囲む柵にかかっている時計を見ると、時刻はちょうど6時を回ったところだ。ドームの天井に広がっていた青空は、いつの間にか夕暮れの空へと変わっていた。ドームの映像は、時間によって変化する仕組みらしい。

 近くにいた明日川に話しかける。

 

「明日川、もう大丈夫か?」

「ああ、なんとか落ち着いたよ。キミも、根岸君も、すまなかったね」

「ぼ、ぼくはべつに……」

「いいさ、俺だって迷惑かけた……助け合いだろ、仲間なんだから」

「……そうだね」

「俺は、この後もう宿泊棟に戻るけど、お前達はどうする? ……食欲は無いが腹は減ったから、適当に冷蔵庫から果物を取っていくが」

「ボクも……そうさせてもらおうかな。今日はもう疲れてしまったよ」

「ぼ、ぼくも……」

 

 そんなわけで、俺達は冷蔵庫から各々好きな果物を取って、食事スペースを後にした。




日常から(非)日常へ。
とはいっても、まだまだ準備段階ですね。

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