ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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悩乱編 揺れる天秤

 

 

 

 

 

 

 死ねばいい。

 

 ただ息を吸って、吐いて、また、吸って。

 

 その無為な繰り返しに、意味なんか無い。

 

 初めから、何もかもを間違えていた。

 

 俺は、一秒でも早く、死んでしまうべきなのだ。

 

 そうすれば、これ以上、夢を見ずに済むのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《【自然エリア】展望台》

 

 

 三度目の学級裁判を終えて、俺達は地上へと戻って来た。

 解散して宿泊棟に戻る前にいくつか話をしていたようだったが、あまりその内容は覚えていない。覗きをはたらいた火ノ宮の処遇をどうするかとか、そんな話だったような気がする。

 

 

 どうだっていいのだ、そんなことは。

 

 

 いつの間にか、話し合いは終わっていた。裁判場へのエレベーターの前に取り残された俺も、誰かに声をかけられて宿泊棟へと戻った。けれど、胸の奥で燻ぶる苦しみに耐えかねて、俺の足は自然と動き出していた。

 

 

 この行き場のない悲しさが、どうしようもなく俺を締めつける。

 

 

 頭上で、まん丸の月……天井に投影された満月が、昏い自然エリアを青白く照らしている。ちょうど、日が変わった頃なのだろう。シンと静まり返ったドームの中で、俺は焦点も定まらないままにその月を見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死にたい。

 

 

 

 重く、そして確かな声が、俺の全てを支配していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるい月を眺めている内に、ふと、コインの存在を思い出した。ポケットに入れた手の先に、冷たい円盤が触れる。つまみあげて、ちょうど月と並ぶようにかざしてみた。

 

 見知らぬ国章に重なって、中央に50の数字が刻み込まれている。日本ではない、どこかの国の硬貨なのだろう。現存している国であれば、選択肢はそう多くはないけれど。……その答えを知ることは、もうできない。

 このコインの詳細も、コインを手にした経緯も、そして、なぜ執着したのがこのコインだったのかも、そのどれも知ることができないまま、彼女はこの世を去ってしまった。笑顔のまま、それが幸福につながると信じて。

 

 

 おそらく、七原は怖かったのだ。

 

 彼女は言っていた。誰も殺したくなんてなかったと。その上で、殺さなければいけなかった、とも言った。

 彼女はコインを信じていたのではなく、コインを裏切れなかったのだ。コインが示す道を逸れても幸福になれるのか自信を持てなかった。だから、コインを信じて、彼女は殺人という誤った選択肢を選ぶことになってしまったのだ。

 だからこそ、俺がコインの選択を否定した時に揺らいだのだろう。本当に、自分がコインを盲信したのは正しかったのか、と。……尤も、彼女は最期の最期でそれが正しかったと確信したわけだが。俺の、告白を聞いた時に。

 

 結局の所、彼女は幸運を信じているようで、コインに呪われていただけだった。

 本当は、彼女の幸運(才能)にそんなものは必要なかったはずなのに。

 

 

 それを後押ししてしまったのが、俺なのだろう。

 

 そもそも七原が犯行を思いついた事自体、俺が原因であったし、彼女が自分の幸運を信じたのも、俺の言葉に励まされたからだと言っていた。

 ならば、俺が彼女を励まさなければ、彼女は自分の幸運を信じてしまうこともなく、万一の時にコインを否定する事もできたのかもしれない。

 

 ああ、嫌だ。嫌な結論がまた一つ増えた。結局、俺じゃないか。

 

 ただ七原へ想いを馳せただけで、自然と俺への罪に思考が戻ってくる。逃げられない。逃げる気もないから、どうだっていいけれど。

 

 俺は何もできていないし、そればかりか悪い結果ばかりを引き寄せている。【言霊遣いの魔女】の件だってそうだ。俺はヤツの犯行をただの一つも止められていないし、大天の復讐もむしろ助けた形になった。やることなすこと、すべてが裏目に出てしまった。

 

 分かりきっていたことだった。いつもそうだったろうに、どうして今回は出来るだなんて勘違いをしてしまったんだろう。

 

 

 ……それこそ、分かりきっているか。

 

 

 

──《「一人で抱え込んじゃダメだよ。私も、頑張るから」》

 

 

 

 七原がいてくれたから。それしか、理由はない。

 

 ……だと言うのに、俺は、その、七原を。

 

 

 

 そんな経緯で彼女の言葉を思い出して、そこでようやく、ある疑問にたどり着いた。

 

 

 

 七原が持っていた【魔女】のカードはどこへ消えた?

 

 

 

 彼女が見つけた、蒼神と遠城の事件の【言霊遣いの魔女】のカード。あれは確か、学級裁判の前に一度俺に見せた後、七原がそのまま回収した。それ以来俺は一度も見ていないし、【魔女】の事を誰も知らなかったのだから彼女が誰かに渡したこともないはずだ。

 それなのに、七原の持ち物に特筆するものはなかったと明日川は言っていた。そして、七原の部屋は俺自身が捜索して、何も発見できなかった。

 

 おかしい。誰も、あのカードを発見できないなんて。

 

 可能性としてまず考えられるのは、俺と共に七原の部屋を捜索した【魔女】本人が発見して隠したケースだ。けれど、ヤツからはなるべく目を離さなかったし、仮に俺に気づかれずに【魔女】がカードを見つけたとして、ヤツならばそれを俺に報告しないなんてことがあるだろうか。むしろ、嬉々として俺に伝えてくるだろう。カードを見つけたのが俺でなく七原であることも見抜いていたし、その推理を裏付ける証拠を俺に見せつけて高らかに笑うのがヤツらしい。

 

 そうなると、カードはどこへ行ったのだろう。モノクマが処分するはずもないし、この施設のどこかか誰かの手元にあるはずなのだが。しかし、誰かが拾ったのなら、俺が【魔女】の事を話した時に言及しないはずが……。

 

 

 

 と、そこまで考えて、それが既に抱いていた疑問の答えであることに思い至った。

 

 

 大天だ。

 

 ずっと不思議に思っていた。なぜ、大天が俺達の中に【言霊遣いの魔女】が潜んでいる事を知っていたのかを。その謎の答えが、あのカードだったのだ。

 

 

 

 先の学級裁判で、大天が城咲を殺したクロを騙った目的。それは、俺達の中に潜む【言霊遣いの魔女】を学級裁判の誤答の罰によって自分諸共おしおきすることだった。彼女がその正体が杉野であると知ったのは俺の言動によるものだったはずだから、裁判の時点ではその存在しかわからなかったはずだ。

 

 つまり、きっと、七原は犯行時に……おそらくは城咲に抵抗された時に【言霊遣いの魔女】のカードをチェックポイントに落としたのだ。それを、たまたまそこにやってきた、おそらくは大迷宮の中へ入る七原の姿を目撃して追いかけてきた大天が拾い上げ、その惨状が【言霊遣いの魔女】の犯行であると誤認して、クロの乗っ取りを思いついたのだ。だから、その時点で隠し持っていたスタンガンを城咲に当て、クロだと勘違いしてもらえるように大迷宮の中で留まっていた……。

 

 

 

 気づくべきだった! 【魔女】の事をあれほど忌み嫌っていたくせに、どうしてそのカードの存在を意識の外へ追いやっていたんだ!

 

 

 

 

 気づけたはずだ。どこを探しても見つからない【魔女】のカードと、それを落とす可能性のある場所、そしてそれに言及をしない人物。それらを考えれば、大天が【魔女】の存在を知ってしまうと気づくことは決して不可能ではなかったはずなのだ。

 

 

 

 ……けど、まあ。

 

 

 

 興奮した脳の熱が、すっと静かに冷めていく。

 

 

 それに気づいたからと言って、何ができたわけでもないのだ。

 問題はその正体が杉野であると気づかせてしまったことと、その凶行を止められなかったことなのだから、その配慮が欠けていた時点で、どうあがいてもあの惨劇にたどり着いていた。

 

 

 

 

 

 だから、今更何に気づこうと、そんなもの、意味がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガサ

 

 

 どれほど、そうしていただろう。

 

 鈍く澱んだ頭で月を眺めていた俺の耳に、草の擦れる耳障りな音が聞こえてきた。

 

「……ッ!」

 

 力なく顔を向ければ、ちょうど岩国が展望台へとやってきた所だった。まさか人がいるとは思わなかったのか、彼女は一瞬目を見開いていた。すぐにすっと目を細め、俺を睨んだが。俺だって、こんな時間に人が来るなんて思っていない。

 

「ここで何をしている」

 

 冷たい声が、彼女の口から放たれる。

 

「……別に、何も。多分、お前と一緒だよ」

 

 月を見に来たか、気晴らしに来たか。岩国だって、どうせその程度の理由で展望台に来たんだろう。少しばかり、彼女には似合わないとも思うが。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が重なる。

 岩国は俺に話したいことなどないだろうし、俺も彼女に何を話せばいいか分からない。そもそも、誰かと話す気になんてならないから、その方が丁度いい。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙が続く。

 

 ……岩国の様子がおかしい。黙り込んだまま、俺を睨んでいる。

 何故だろう。無能を晒した俺を厭んでいるのだろうか。……いや、彼女は俺に期待などしていない。今更そんな感情を抱くとは思えない。ならば……マッチポンプの学級裁判に付き合わされたことへの恨みか。ああ、その方が、彼女らしい。

 

 …………その、突き刺すような視線から逃げるように、そっぽを向いた。

 責められる事が怖いわけではないけれど、彼女の恨み節に返す言葉を俺は持っていなかった。

 

「…………」

「…………」

 

 けれど、彼女は何も言わない。

 何も言わないくせに、立ち去ろうとはしない。

 

 分からない。彼女が何をしたいのか、彼女が何を思っているのか、俺には到底想像がつかなかった。

 

「……岩国」

「…………なんだ」

 

 どうせ答えてくれないだろうから、今何を考えているのかなんて事を訊くつもりはない。

 けれど、真意不明の不可解なあの言葉の意味は知っておきたいと思った。

 

「どうして、俺を助けたんだ」

 

 

 

──《「――凡人! 押せッ!」》

 

 

 

 モノクマのカウントダウンが響く中、俺は七原への投票を寸前でためらっていた。七原の罪を暴いてまで生きる意味が分からなくて、だったら彼女と共に死んでしまったほうが良いとすら思って、俺は投票を放棄しようとしていた。

 

 けれど、結局俺はモノクマがゼロを告げるより早く彼女の名に触れた。

 その俺の凍りついた指を動かしたのが、岩国の叫びだったのだ。

 

「どうして、あんな声を出してまで、俺を助けたんだ。お前は俺を信用していないはずだし、あんなの、お前らしくないだろ」

 

 そもそも、あれほど皆の叫びを無視していたのに、どうして彼女の声にだけ反応してしまったのか。それは俺自身にもわからない。単に、耳のそばで大声が聞こえたから指が動いてしまっただけかもしれないが。

 それはそれとして、岩国は時に冷酷ではあるが、東雲のように死や殺人を望んでいるわけではない。だから、単に誰かが死ぬのを嫌がったとか、そういう事ではないかと推測はしていた。

 しかし、どうもその推測は外れだったらしい。

 

「助けた?」

 

 その証拠に、彼女は一層眉をひそめて怪訝な声を上げた。

 

「……違う、のか? だって、そうじゃなければ、そういう意図でもなければ、言わないだろ、あんなこと……。あの、お前の、言葉のせいで……俺は、死に損ねたんだぞ……?」

 

 『死に損ねた』なんてことを、よりによって助けてくれた彼女の前で言うべきではない。それはなんとなく気づいていたけれど、その言葉を止めようとは思わないほどに、誰かを気遣う気力は失せていた。

 

「なら、死ねばいい」

 

 フッ、と彼女はそんな俺の声を笑い飛ばして、冷たく言い放つ。

 

「俺がお前を助けた? フン、バカバカしい。どうして俺がお前を助けなければならない。俺がお前を助ける道理など無いし、お前を助けるメリットも無い。お前が生きようが死のうが俺にとって何の関係も無いんだから、あの言葉に何の意味もない。例えお前が死んでも俺は構わなかったんだ」

 

 その目は、俺を見ていない。俺を見ているようで、その視線はどこか遠くを見ている。

 畳み掛けるように放たれた言葉は、俺でなく、彼女自身に告げているように思えた。

 

「お前、何を……」

「俺はお前を助けてなどいない。あれは、あの言葉は……そう、あれはただ単にお前を急かしただけだ。投票先なんて一つしか無いのだから、とっとと投票を終わらせろという意味に過ぎない。お前に投票を促す連中の声があまりに(やかま)しかったから、だから俺もあんな言葉が口をついて出てしまった、ただそれだけの話だ」

 

 早口でまくし立てる岩国に対して、俺はただ閉口するだけだった。初めに黙りこくっていた事も含めてどうにも彼女の様子がおかしいと、気付いてはいてもそれを指摘することはできなかった。

 

「他人が投票放棄で処刑されようが俺の知ったことじゃあないし、それがお前なら尚更だ。仮にお前を助けて恩を売ったのだとして、そこに何の意味がある。お前に売った恩が返ってくることなどないだろう」

「そんな事」

「返せない」

 

 スラリと伸ばした人差し指を、冷たく鋭い視線に乗せて俺の眼前に突き立てる。その迫力に、思わず唾を飲んだ。

 

「いや、返さないんだ、お前は。他人の信頼を信じようともしないで、挙げ句俺達は痛い目を見る。それがお前という人間だ。違うか」

「…………」

 

 ……反論は、できなかった。

 それは、彼女の言葉が嫌というほど見せつけられた俺の無能さを的確に現した言葉であったからでもあるけれど、黙り込んでしまった理由はもう一つあった。

 

「お前を信じて裏切られるのは……もう、うんざりなんだ……」

 

 彼女の瞳が、何かを押し殺すように揺れていた。その真意を俺は推し測ることすらできなかったけれど、この時初めて、俺は彼女の表情に弱さを見た気がした。

 

 

 

──《「俺はもう、お前を信じない」》

 

 

 

 かつて彼女は、一度だけ俺を信じてくれた事があった。それを、俺は、裏切った。

 

「…………」

 

 返す言葉も、それを探す気も見つからないまま黙って彼女の顔を見ていたが、やがて彼女はすっと指を下ろして顔をそむけた。

 

「……余計なことを話した。とにかく、『死に損ねた』と言うのであれば、自分の意志で死ねばいい。誰にも迷惑をかけずに死ぬのなら、それを止める気も理由もない」

「…………」

 

 至極真っ当な事を言う。

 死ねばいいと、死にたいと何度も口にするのなら、悩む前に行動に移せばいいのだ。

 

「……だが、()()()()()()()死ぬことなんかできないだろ。俺が自殺をしても、そのクロを突き止めるための【学級裁判】が起こる。この、()()()()()()()()()だ。それで、もしも、誰かが何かを勘ぐって俺が誰かに殺されたと、そんな結論が出てしまえば……」

 

 その先の言葉は、言いたくなかった。三度……いや、四度と学級裁判を経た上でこの結論が出ることなどあるのだろうかとも思うが、それだけの経験があるからこそ、最悪の末路をたどってしまう可能性も無視はできないとも思った。

 

「ならば、【学級裁判】を起こさなければいい」

 

 そんな俺の思考を、岩国の言葉が切り裂く。

 

「……え?」

「【学級裁判】を起こさずに自発的に死ぬ方法は、ルール上存在する」

 

 それは何だ、とこちらが訊く前に、彼女はポケットから何かを取り出して俺の手のひらに押し付けた。

 

「……飴の殻?」

 

 と、疑問符をあげる俺を無視して、淡々と説明が続く。

 

「死んでも【学級裁判】が発生しないケースが、2つだけある。先の裁判でもぬいぐるみが言及していたはずだ。だからこそ、自殺でも【学級裁判】が発生すると認識したんだろ」

「…………ああ」

 

 そう言われ、冷静にモノクマの言葉を思い出して、納得する。

 

 

 

──《「あのねえ、明日川サン。経緯はどうあれ、死んだのがオシオキでも規則違反でもないのなら、それは殺人扱いになるの」》

 

 

 

 あのモノクマの言葉……言い換えれば、突き止めたクロを処刑するオシオキは当然のこと、規則違反による死刑では殺人にならず、【学級裁判】は発生しない、ということになるはずだ。

 なら、自発的に死ねる方法は……。

 

「……規則違反……」

 

 そうつぶやいて、押し付けられた飴の殻を見る。そして、そのまま視線を展望台の眼下に広がる森へと向けた。

 そして、一つの規則を思い出す。

 

 

──《「規則5、ポイ捨てをはじめとする、施設内の自然を汚すような行為は全面的に禁じる」》

 

 

 ハッキリと、禁止行為として例示されたポイ捨て。意図的に、それをすれば。無駄に人数を減らしたくないらしいモノクマでも、無視はしないだろう。

 

「規則違反による処刑なら、オシオキよりもずっと短い時間で絶命出来る。あるいは、自分で死ぬよりもな」

 

 その言葉で蘇るのは、ここに初めて来た日の光景。モノクマを蹴飛ばした大天に迫った無数の槍だった。あれを全身に受ければ、一瞬の激痛とともに死に至れるはずだ。あるいは意識がしばらく残っても……それはそれで構わない。

 

「…………」

 

 俺の無言をどう受け取ったかはわからないが、彼女は展望台の出口へと歩き出す。そこに、少しの苛立ちを読み取ったのは気のせいだろうか。

 

()()()()、凡人」

 

 そんな、彼女らしくもない別れの言葉を告げて、岩国は森の中へ消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうして、また、展望台に一人になった。

 

 俺の手元には、飴の殻が……死ぬための道具が残されている。

 これを、目の前の森へ投げ捨てれば、それで、死ねる。それだけで、死ねる。

 

 

 

 もう、限界だろ。

 

 

 

 結局何も為せないままに俺が生きてきたのは、いつか何かを為せると夢を見ていたからだ。だから、俺の中の【核】を見つけられなくても、いつかそれが見つかるかもしれないと、そんな夢を見て無様に今日まで生きてきた。

 

 

 

 だから、こんな事態を引き起こしたんだ。

 

 

 

 俺が何もできない事を理解しているくせに、俺が何者でもない事に気付いているくせに、それを受け止めたフリをしてそれを否定しようと必死にあがいてきた。俺でも何かが出来るのだと、今度こそ、望んだ未来を得られるのだと、それを、ずっと、証明したかった。

 

 

 

 それでも、これが、俺という人間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、飴の殻を強く握りしめて、大きく振りかぶる。

 

 

 

 

 

 どうやら俺には、【才能】があるらしい。

 

 けれど、そんなものがあったって、俺が望んだ未来には遠く及ばなかった。

 

 結局【才能】の有無なんて関係がなく、これが俺という人間の【核】だったのだということなのだろう。

 

 

 

 死ねばいいのだ、今、すぐに。

 

 それで、俺も、皆も、幸せになれるのだから。

 

 

 

 散々死にたいと呟いた。

 

 今更、生きたい理由も思いつかない。

 

 

 

 

 

 だから、これで、おしまいだ。

 

 

 

 

 

 死ぬんだ。

 

 

 死んでくれ。

 

 

 

 死ぬだけでいいんだ。

 

 

 

 

 死ねば、それで、いいんだ。

 

 

 

 

 

 死ね。

 

 

 

 

 

 死ね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 死ね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──《「平並君。誰かの嘘を暴いて、皆を救える事。それが、きっと、君の【才能】なんだよ」》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 瞬間、彼女の顔を思い出す。

 

 じっと、真剣な瞳で俺を見つめる、七原の顔を。

 

 

 

 

 

 

「ぐ、うぅうっ!」

 

 うめき声をあげてその場にへたり込む。振り上げた拳は力なく落ちて、封じ込めた飴の殻を両手で抱え込むように握りしめた。

 

「くそぉっ!」

 

 ギュッと閉じた両目から涙がぼろぼろとこぼれ落ちて、コンクリートの地面を濡らす。

 

 俺の情けない声が、みっともなくドームに響く。

 

 

 

 

 

 俺の【才能】を信じて疑わない彼女の顔が、脳裏に貼り付いて離れない。

 

 俺の【才能】で、皆が救えると、彼女はハッキリとそう言った。

 

 俺というくだらない人間の存在価値を、俺以上に彼女は信じていた。

 

 

 

 だから、死ねない。

 

 どれほど俺が死を望んでも、こんな無意味に死ぬことは許されない。

 

 俺が無意味に死んでしまえば、彼女の死こそ無意味になってしまうから。

 

 

 

 

「どうすればいいんだよっ……!」

 

 このまま惨めに生きたって、また皆に迷惑をかけて、どうせ、また、死人を出して、結局皆を苦しめる。

 

 それでも、俺の手で皆を救うことを諦めたら、七原を裏切る事になってしまう。

 

 

「信じろって言うのか……! 俺の【才能】を……この俺を!」

 

 

 どれほど夢に敗れても。

 

 どれほど皆を苦しめても。

 

 どれほど失態を繰り返しても。

 

 

 俺という人間に、生きる価値が見いだせなくても。

 

 

 

 

 

 

 俺はこの【才能】で、皆を救わなければならない。

 

 

 それが、七原菜々香の遺した(呪い)だから。

 

 

 

 

 

 

「何もできなかったんだぞ……! 何も、分からないんだぞ!」

 

 事実として俺は救われてばかりで、誰も救えないままにここにいる。

 この閉じられた施設から脱出する(すべ)やモノクマを打破する方法はおろか、愉快犯の正体すら見当の一つもつけられない。

 

 それでも、やらなくちゃいけないのか。

 

 

「……もう、死なせてくれよ」

 

 

 その、かすれた声の願いを聞く人は、もう、この世にはいない。

 

 

 

 




この【才能】、君のために。




というわけで、短いですが3章の後始末です。

前話後書きのP.S.で触れた範囲選択の件ですが、見えない文字で色々書いてます。範囲選択しただけでは見えなくても、メモ帳などにコピーすると読めるようになると思うので、よろしくお願いします。

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