ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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必死の抵抗も実ることなく、三度目の殺人が発生した。
城咲かなたは大迷宮の中で惨殺され、
七原菜々香は今なお死線をさまよっている。
果たして、城咲と七原を襲ったクロは誰なのか?
出口の見えない学級裁判が、始まる。


非日常編④ 嘘つきが多すぎる

 《裁判場》

 

 そして、ついにエレベーターが静止する。

 

 ガコンッ!

 ガラガラガラ……。

 

 過去二回と同様に、入り口とは反対の壁が開く。そして姿を表した裁判場は、またしても装いを新たにしていた。

 この前裁判場を横断するように流れていた川は見る影もなく、床に敷き詰められた木の板の上をカラフルなラインが無秩序に走っている。それを取り囲む白い壁には、見覚えのある幾何学模様が散りばめられていた。

 これはつまり……

 

「えー、今回の裁判場のモチーフは体育館と大迷宮だよ! 見りゃ分かると思うけど!」

 

 そう、まさしくモノクマの言うとおりだった。要するに、今回は【運動エリア】をテーマにしたということだろう。中央にまるく並べられた16の証言台は、いつもどおりに鎮座していたが。

 それにしても、今度の模様替えも突貫工事にしては早業だ。前回わざわざ作った川を埋め立てているわけだし。前回の裁判が終わってすぐに工事を始めたのだろうか。……いや、だとしても、モノクマ一人で?

 

「…………」

「あ、平並クン! それは適当に壁際に置いといてよ。学級裁判の邪魔になるといけないからね!」

 

 それ、とモノクマが指し示したのは、七原の乗ったストレッチャーである。その扱いにため息をつきつつ、意味もなく逆らうメリットもないので素直に従う。七原の証言台の後方の壁際にストレッチャーを添えた。

 

「……ゆっくり寝ていてくれ。その間に、俺が全部片付ける」

 

 眠り続ける彼女にそう告げて、自分の証言台へと移動する。

 俺が最後だったようで、俺が到着すると七原を除いた15の顔が並んだ。前回のクロである遠城と、今回の被害者である城咲の姿が遺影に変わっていた。

 

「学級裁判が始まる前に一応言っておくと、裁判中に七原サンが死んだらアナウンスを流すからね。誰かしらの視界に入ってるだろうし」

「……ええ、覚悟はしています」

「縁起でもないことを言うな。七原が死ぬわけ無いだろ」

「その自信はどこから湧いてくるんだか……まあいいや。裁判には前向きみたいだしね」

 

 俺を見下すモノクマと視線がぶつかる。……前向きなんかじゃない。後ろを向けないだけだ。

 

「……また、ここへ来てしまったな」

 

 ポツリとつぶやいたのは、明日川だった。

 

殺人者(クロ)の役を演じているのは誰か……それを題目に、皆の本心(カバー下)を探り合うような真似をする場面(シーン)など、参加する(演じる)方からすればたまったものではない」

「まあそう言わないでよ。楽しんでるのはボクだけじゃないんだから」

「そうよ、明日川。勝手に決めつけないでくれる?」

「…………悪かったな、東雲君。訂正(校正)するよ」

 

 頭を痛めたように手を置きながら、明日川はそんな台詞を吐いた。

 

「……いいから始めんぞ」

 

 そしてそう切り出すのは火ノ宮。

 

「学級裁判なんか一分一秒でも早く終わらせて、とっとと地上に戻んだよ」

「おや、火ノ宮君は犯人を処刑する事にためらいは無いのですか?」

「んなわけねェだろ!!」

 

 彼のことを気にかけるような、俺から見れば煽るようなその杉野の言葉に、火ノ宮がいつも以上の声量で吠える。

 

「こんなクソみてェなシステムを認めるわけがねェ! ……けど、どうしようもねェだろォが」

「火ノ宮……」

「杉野。だったらてめーはモノクマに逆らえんのかよ。学級裁判を放棄できんのか? 処刑を妨害できんのか? ……オレだってそうしてェが、んなことしてもモノクマに殺されて(しま)いだろ。それこそ、何の意味があるってんだ」

「……すいません」

 

 沈痛な声で、辛い心情を吐露する火ノ宮。

 

「……前に、露草や七原が言ってただろ。古池達を殺した責任を負って前を向こうって。罪を背負っても前を向けるって。正直言ってまだその感覚は分からねェけどよォ、オレだって、前を向きてェんだよ」

「…………」

「学級裁判なんか認めねェ。けど、こんなところで殺されたら、それこそ、古池達を殺してまで生き残ってる意味が無ェだろォが!」

 

 その火ノ宮の叫びを、皆が黙って聞いている。

 

「……どのみち、殺人を止められなかった時点でオレ達の負けなんだ。正当化なんざしねェ。オレ達が生き残るために、城咲を殺したやつを殺す。それだけだ」

 

 彼の目は、静かに燃えていた。

 この気迫は、本物か、それとも彼の証言と同じく(ブラフ)なのか。その決断を今下すことはできなかった。

 

「良いね良いね、気合入ってるね! 自分のために誰かを蹴落とすことがどういうことか、理解してきてるね! その調子だよ、火ノ宮クン!」

「うるせェ。早くしろ」

「はいよ!」

 

 と、モノクマは明るく返事をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【学級裁判】。

 

 仲間と信じていた者同士で、言葉を疑い、感情を疑い、そして、その本質を疑い合う場。

 

 俺達はそこから必死に逃げようとして、あがき続けていた。

 悪魔を見張り、恐怖を吐露し、絆を紡ぎ、凶器を隠し……。惨劇を止めるべく、持てるすべての力を注いでいた。

 

 

 それでも、俺達はたどり着いてしまった。

 

 城咲かなたの死を持って、【学級裁判】という地獄へ三度舞い戻る。

 

 

 

 

 

 この地獄から脱出する方法は、真実を見つけ出すという明快かつ難解な修羅の道しかあり得ない。

 

 だからこそ、解き明かさねばならない。

 

 

 

 俺のために。城咲のために。

 

 そして、七原のために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第三回学級裁判】

 

 

開 廷 !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました! ここに第三回学級裁判の開廷を宣言いたします!」

 

 いつも通りにモノクマは開廷宣言をすると、これまたいつも通りに言葉を続けた。

 

「それでは、学級裁判を始める前に改めてルールを説明いたします」

「いらねェよ。二回も聞いてんだ。説明が必要なやつなんかいねェ」

「うるさいな! いるんだよ! 良いから黙って聞いてろ! えー、ごほん。学級裁判は、オマエラの中に潜んだクロをオマエラ自身の手で見つけ出してもらうためのものです。議論の後、オマエラの投票による多数決の結果をオマエラの導き出したクロとします」

 

 無駄に大声で叫んで火ノ宮を黙らせると、淡々と説明を開始する。

 

「正しいクロを導き出せたなら、クロだけがオシオキ。逆に、その結論が間違っていたなら、皆を欺いたクロ以外の全員がオシオキとなり、クロは【成長完了】とみなされ、晴れて【卒業】となります!」

 

 そのモノクマの説明は俺の理解と相違するものではなく、わざわざ時間を割いて聞くほどのものではなかった。

 そんな事は疾うに理解している。理解しているからこそ覚悟を決めてここに立っているのだし、クロだってそれを理解せずに城咲を殺してなどいないはずだ。古池と遠城の処刑を忘れられるわけがないのだから。

 

「はい! じゃあ後はよろしく! 張り切っていけよ!」

 

 ドッカと擬音が聞こえるような勢いで、モノクマは大きな玉座のような椅子に腰掛けた。

 

「それでは、始めましょう」

 

 そして口を開いたのは、当然のように杉野だった。

 

「…………」

 

 杉野(魔女)はこの場を仕切るのに最もふさわしくない人間ではあるが、他の人から見れば最もふさわしい人間に映るだろう。それは否定できないし、否定する気もない。何を言っても意味がないだろうし、この裁判場ではクロ以外の人間を糾弾する時間が惜しいからだ。

 

「議論の前に一つ聞いてもいいか」

 

 杉野が議題を探し始めようとして、スコットが待ったをかけた。彼と明日川は七原の手術のために捜査をしていないわけだから、証拠をほぼ何も手に入れずに学級裁判に挑んでいるということになる。一つと言わず、聞きたいことは山ほどあるだろう。

 

「なんでしょう。証拠なら、議論の最中で共有していこうと思っていますが」

「それはそれでいい。だが、これは先に説明してもらうぞ」

 

 そんな言葉とともにスコットが指し示したのは、服を血で染め上げた大天だった。

 

「オオゾラはアナウンスが鳴ってからも姿を表さなかったはずだ。今ここにいるってことはどこかで合流したんだろうが、血で汚れている理由は何だ? オオゾラ、オマエはどこで何をしていたんだ?」

「えっと……」

 

 スコットに詰問されて彼女は口を開いたが、どう説明するべきかを探した挙げ句に黙り込んでしまった。

 

「大天さんは、迷宮の中にいらっしゃいました」

「……は?」

 

 見かねた杉野が口を挟むと、スコットがパッと目を開く。

 

「そいつ、迷宮の行き止まりで縮こまってたのよ。もう洗ったみたいだけど、顔や髪も血だらけだったわ。本人は、チェックポイントで転んで血がついたって言ってるけど」

「なんだ、それ……」

 

 一瞬絶句した後、キッと目を細めた。

 

「そんなの、決定的じゃないのか!」

 

 バン! と証言台を叩く。

 

「スギノ、オマエ言ったよな。事件が発生してすぐに大迷宮に来て、出入り口を見張ってたと。誰も出入りしなかったんだよな!」

「……ええ。七原さんの悲鳴を聞いて大迷宮に入った平並君達以外は」

「それなのに大迷宮の中にいたなんて、クロしかありえないだろ! オオゾラ以外は皆大迷宮の前に集合したんだからな!」

 

 そうだよな、と同意を求めるようにスコットは俺達を見回した。

 

「スコット君。このあたりで話を止めた(本を閉じた)方が良い」

「なぜだ? あの血を見てどうしてクロじゃないなんて言える? 何が転んだだ。シロサキを殺したときの返り血に決まってる!」

 

 激高するスコット。

 実際、大天を見つけたときは俺達も同じような疑いを持った。疑うな、という方が無理があるほどに証拠は揃っているし、実際俺達もそう追求するような真似をした。

 

「違う! 私じゃない!」

「口では何とでも言える! オマエが、オマエがシロサキを殺したんだ!」

 

 

「黙れ、手芸部」

 

 

 しかし、その主張を肯定することはできない。大天をクロだと断じるには、まだ、あまりにも早すぎるのだ。

 

「お前がそう推理する理由は理解できる。が、お前に推理を口にする権利はない」

「なんだと……」

「お前が得ている証拠はこの事件の些事に過ぎず、到底真実にたどり着けるものではない。そんな不十分な証拠しか持っていないのだから、議論を先導するな。学級裁判の邪魔だ」

「ッ……」

 

 岩国に矢継ぎ早に正論を説かれ、反論を飲み込むスコット。

 

「スコット君……今の岩国君の台詞と他の(キャラ)から賛同の台詞が飛んでこない所を見ると、ボク達が不在だったシーンで何かを見つけた(読んだ)のではないか?」

「……そうなのか?」

 

 と、スコットに問われて、岩国がそのまま口を開いた。

 

「ああ。大迷宮から更衣棟に繋がる隠し通路があった。そこを通れば、たとえ大迷宮の中で事件を起こしても外から大迷宮に集合する事が可能だ」

「……!」

「……そういうわけです。ですから、結論を導き出すためには議論が必要なのです」

「…………」

 

 二人の言葉を聞いて、スコットは口元に手を当てて何かを考え始めた。そんな彼に、明日川が語りかける。

 

「スコット君。城咲君が殺されて悔しい気持ちは理解できる。それを承知で七原君の手術を依頼したボクとしては胸が痛むところだが、岩国君の台詞の通り証拠を持たない(捜査パートを読み飛ばした)ボク達には議論に参加する資格がない。ここは身を引く(読者になる)べきだ」

「……クソッ」

 

 そして、彼は小さく言葉をこぼした。明日川の意見を認めたのだろう。

 

「……別に、口を挟むなとまでは言っていない。疑問提起やただアイデアを提案するだけなら捜査をしていないお前達でも可能だろう」

 

 そんなスコットの様子を見て、驚いたことに岩国は励ますような台詞を口にした。

 事実、それなら問題はないだろうが、七原を救うために捜査を放棄した彼らがそういう立場になってしまった事に罪悪感を覚える。何よりまずは情報共有をして、二人との情報の差をなくすべきだ。

 

「琴刃ちゃん、優しいね」

『なんだかんだ言っても、皆の事を気にかけてんだぜ』

「腹話術師。俺に話しかけるな。約束はどうした」

「え? 翡翠は琥珀ちゃんと話してただけだよ?」

『だからあれだ。独り言だ、独り言』

「……」

 

 あ、イラっとしたな。

 

「冗談はともかくとしても」

「冗談じゃないよ!」

「……すいません、露草さん。えー、彼女の言う通り、あなたがそんな事を言うのは不自然ではありませんか? 他人の情など気にする人ではなかったでしょう」

「俺からすればお前のその難癖の方がよっぽど不自然だがな。俺はただ一番合理的な判断をしただけだ。学級裁判ももう三度目で、ただでさえ人数が減ってるんだ。捜査をしていなくとも裁判に参加してもらわないと困る。大体、手芸部の心情を気にするのなら邪魔なんて言葉は使わない」

 

 ……それもそうだな。

 むしろ気になるのは、彼女も触れた杉野の真意だが……考えても分かる気がしないし、強いて言うなら引っ掻き回したいだけだろう。裁判場に来てしまった以上、俺も杉野(魔女)も今更何が出来るわけでもないと思うが。

 

「岩国君。先程(1ページ前)、隠し通路があったと告げたな? それはもしや、例の扉のことか?」

「お前達が探索の時に見つけた扉が一つしかなかったのなら、その扉で間違いない」

 

 回りくどくも思える岩国の台詞。ただ、その言葉は論理的に並べられている。明日川は、探索の時に一通り大迷宮の中を調べていたはずだし。

 

「多分アンタ達が見つけたときには閉まってたんでしょうけど、その扉が開いてて、更衣棟のシャワールームに繋がる地下通路になってたのよ」

「シャワールーム……ちなみに、クロが隠し通路を使った痕跡は?」

「痕跡なんて大アリよ。迷宮の中からシャワールームまで血痕が続いてたし、シャワールームの床も血まみれだったわ。凶器とかも置いてあったわね」

「なんだそれ。シノノメ、詳しく聞かせろ」

「詳しくって言われても……面倒ね。誰かやってくんない?」

 

 自分の推理を話せるわけでもないからか、彼女はつまらなそうな顔をした。こいつ……。

 

「はあ。なら俺がやる」

 

 岩国がするとは思えなかったし、杉野にやらせるのも嫌だったので、俺が名乗り出て隠し通路とシャワールームについての事を話しだした。

 あまり細かく説明する時間はないし、けれども情報を絞るような真似もしたくない。とりあえず何があったかだけでも教えておこう。

 

「地下通路はシャワールームの床板に繋がっていた。東雲達が先に見つけたんだが、扉もその床板も開きっぱなしだったらしい。

 それで、脱衣所の棚に、ブルーシートに覆われて犯行に使われたものが置いてあったんだ。凶器のナイフ、隠し通路のカードキー、白衣とかの遠城の服と目出し帽と……あとは輸血パックか。さっき東雲が血まみれになってるって言っていたが、その輸血パックの血が流れてたんだ」

「……色々と気になることが多いな」

言われてみれば(ページを読み返すと)、七原君が大迷宮の床に血で『白衣』と書き記していたな」

 

 そう告げる明日川の目線は、現在唯一白衣を身につけている根岸に向いていた。

 

「ぼ、ぼくのじゃない……! い、今、え、遠城のだって言っただろ……!」

 

 慌てて叫ぶ根岸。そう俺の言葉に素直に便乗出来るのなら、根岸達もシャワールームを調べたのかもしれない。捜査時間が終了した時も【運動エリア】に残っていたようだし。

 

「ああ、すまない。別に根岸君を疑った訳ではないんだ。ただ視線が向いてしまっただけでね」

「ど、どうだか……」

「多分、クロは遠城の服を着て犯行に及んだのね。そうすれば、返り血を浴びても着替えれば済むわけだし。死んだヤツの部屋は誰でも入れるから、そん中から適当に持ってきたんでしょ」

 

 何か文句を口にしかけた根岸だったが、東雲が所見を述べたのを聞いて黙り込んだ。

 

「ともかく、そういう証拠があったから、クロは犯行後に大迷宮から更衣棟に逃げ出したんだろうという話になったんだ」

 

 そして俺はそう話をまとめた。単に隠し通路があっただけでなく証拠にあふれていたからこそ、容疑者が大天以外へと広がったのだ。

 

「それと、シャワー室の方は使った痕跡があった」

「使った痕跡?」

「ええ。床が濡れていましたし、流れそこねた血も少し残っていましたから、犯人が利用したと見て間違いないかと」

「血が残っていた……血を洗い流したっていうのか?」

「おそらくは」

「……ちょっと待て。クロが犯行後にシャワー室を使ったんだったら、クロは――」

 

 

「そこまでだ。議論を止めろ」

 

 

 何かに思い至ったと思しきスコットを、またも岩国の冷たい声が止めた。怒っているようなわけではなく、むしろ呆れているようだった。

 

「今度は何だ、イワクニ。またオレの考えが間違っていると言いたいのか?」

「違う。俺が危惧しているのはお前の推理の正誤じゃない。お前の推理は大体想像がつくが、俺も同じような考えだからな。俺が言いたいのは、話が進み過ぎているという事だ」

 

 話が進みすぎている……?

 

「な、なんだよ、は、話が進んで何が悪いんだよ……! お、お前がクロだから、そ、そんな事を言うんじゃないのか……!」

「それは話が進むどころじゃないな。妄想は口にせずに飲み込め、化学者」

 

 と、根岸に冷たい言葉を刺してから、彼女は真意を語る。

 

「俺は前回の学級裁判の初めに、お前達のスタンスを批判した。覚えてるか」

「……お、覚えてるよ……」

 

 

──《「だが、その方法が取られたという証拠はどこにもない。お前達は『凡人がクロである』と決めつけ、それが成り立つように証拠を強引に解釈しているだけに過ぎない。だから、妄想だと言ったんだ。そんな下らん思い込みに俺の命は預けられない」》

 

 

 前回、クロである遠城のトリックに誘導され、俺がクロだと皆は思い込まされた。ろくな議論もできずにそれが結論となりかけた時、止めてくれたのが岩国だった。直接批判された根岸が忘れることなどないだろう。

 

「今回は結論ありきの推理はしていないはずだぞ」

「結論ありきではないが、焦りすぎだ。制限時間がぬいぐるみの一存で決まる以上のんびりやれとは言わないが、すべての証拠を先にさらうべきだ。ぬいぐるみがそれすら待てない短気でないことはこれまでの学級裁判で証明済みだ」

「……だが、わざわざ遠回りをする意味が」

「宮大工を殺したのは凡人だったか? 宮大工を殺した凶器は調理場の包丁だったか? 生徒会長の殺害にバケツは使われたか? 発明家は初めから容疑者に上がっていたか?」

 

 台詞を遮って放たれた四つの問いかけに、スコットは黙り込む。その問いの答えがすべてNOで有ることの意味を理解したからこそ黙ったのだし、それを聞いていた俺達も何も口にしなかった。

 

「推理ができているつもりになっててんで見当外れな推理を語っている、という失態を俺達は過去二回の学級裁判の中で経験しただろう。その失態に気づくには、別の証拠や異なる切り口で事件を俯瞰する事が必要になる」

「…………」

「遠回りだというのなら、一つの推理に固執することこそが遠回りだ。死体周りの基礎情報から議論していくのが学級裁判の基本じゃないのか」

 

 これまでの経験から語られる、学級裁判の正しい進め方。

 懸かっているのが俺達の命である以上、勇み足は厳禁ということなのだろう。

 

「……わかった。オマエのやり方に従おう」

 

 少しためらいがちに、スコットはそう告げて黙り込んだ。城咲を殺した人間を突き止めるには、岩国の唱えた方法のほうが確実だと判断したらしい。俺も、そう思った。

 

「別に指揮を執りたいわけじゃ無いがな」

 

 そして、岩国も口を閉ざす。

 

「それでは、議論を始めましょう」

 

 そうなると場を仕切るのはやはり杉野になる。この流れをどうにかするのは無理だろう。

 

 だから今は、それに便乗するしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最初は、城咲さんの死体の状況から確認していきましょう」

 

 岩国の提案に従って、これまでと同様に基本的な情報から検討していくことになった。

 

「城咲さんの死因は失血死。大きな傷は頭部、腹部、背部にありましたが、致命傷になったのは背部の傷だった。そうでしたよね?」

「あァ。腹側の傷は一つしかねェし深くはねェ。別に浅いわけじゃねェが、背中の方は傷も複数あるし内臓も傷つけてる。これだけ刺されりゃまともに動けるワケがねェし、そのまま血を流しての失血死だ」

 

 大迷宮でも告げた、火ノ宮の死体検証。……彼がクロであるならば、この証言自体も疑わしいという事になってしまう。素直にこれを信じても良いのだろうか。

 

「背中の傷が致命傷? 致命傷はどう見てもあの斧だろ」

 

 そうスコットが指摘したのは、捜査中にも俺が抱いた疑問だった。火ノ宮は、あの時と同じように死因が失血死である事を理由の一つとして、頭部の割創が致命傷では無いことを説明した。それが、死後に付けられたものだとの見解と共に。

 

「なん……だそれ……」

 

 愕然と、青ざめるスコット。

 

「オマエの、勘違いじゃ無いのか」

「勘違いじゃねェ。明日川。てめーなら俺の言ってる意味がわかんだろ」

 

 名を呼ばれた彼女は、頭に手を当てて城咲の死体の情景を思い返して(読み返して)いた。彼女が目撃した光景と彼女の持つ知識とを合わせれば、彼女なりの結論が出せるはずだ。

 

「確かに、火ノ宮君の台詞に誤植は見受けられない。あの斧は、城咲君が命を落とした(物語を終えた)後に振るわれている」

「……岩国。お前も同じ考えでいいか。お前、火ノ宮の次に死体をよく見てただろ」

 

 念の為、もう一人証言者が欲しくて岩国に話を振った。

 

「ああ。異論はない」

「…………」

 

 三人がそう言うのなら、少なくとも斧が振るわれたタイミングは信用しても良いはずだ。正直、死因だけでも十分な根拠ではあったが。

 

「……死んだ後に、どうして斧を振るう必要があるっていうんだ」

 

 三人の意見を咀嚼したスコットが、つぶやく。

 

「オレはてっきり、シロサキを確実に殺すために斧を使ったんだと思っていた。腹や背中を刺しただけじゃ、ナナハラのように生き延びる可能性があるから、それを潰すためにな」

「念押しのため、ですか」

「ああ。だが、クロが斧を振るったのがシロサキが死んだ後だとしたら、そんな意図はなかったってことだろ。それじゃまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいじゃないか……!」

 

 自然、そういう発想に思い至る。犯行を終えたらすぐに逃げれば良いはずなのに、犯人はその前にわざわざ斧を振るっているのだから。

 

「……ンなバカな事は考えたくねェけどな」

「だが、少なくとも、何か城咲の頭を割りたかった理由があるのは間違いないだろ。現場にとどまるリスクを負ってでもな」

 

 と、自分を述べてみると。

 

「そ、そうとは限らないんじゃないのか……?」

 

 根岸から反論が飛んでくる。

 

「し、城咲が死んだ後に斧を使ったって話だけど……は、犯人はそんなつもりなかったかもしれないだろ……」

「というと?」

「い、いや、ぼ、ぼくも別にわかんないけど……し、城咲が死んだって気づかないで、そ、それこそ念押しのために頭を割った可能性があるんじゃないか……? さ、最初から斧を使うつもりでさ……」

 

 ふむ、一理はあるなと思った。ただ、そうだとすると違和感が残る。その違和感を東雲が口にした。

 

「いや、それにしたってわざわざ斧を使う必要なんて無いわ。ナイフを持ってるんだから、そのナイフで首を切ったほうがよっぽど楽だし早いもの。斧なんて使えば証拠を増やすことにもなるわけだし」

「そ、そっか……」

「だからアタシは、クロは快楽殺人者(サイコキラー)だって線を押すわ。そう考えるのが一番合理的じゃないかしら」

「合理的、か。そんなキャラクターの存在自体が非合理的だな」

「そうですね。そんな人が僕達の中にいるだなんて思いたくありません」

 

 お前が言うな!

 と、心の中で叫びつつ、城咲に振るわれた斧の真意を考える。やはりどう考えても、斧を使うのは合理的じゃない。そう考えてみると、東雲の考えに賛同せざるを得なくなる。

 少なくとも、【言霊遣いの魔女(イカれたサイコパス)】がそこに一人潜んでいる事を俺だけは知っている。だから、誰かの頭の中身を見たいと願っているような狂った人間がいないだなんて、そんな事は断言できようはずもない。

 

「城咲に何か個人的な恨みがあったのかもしれねェな」

 

 そんな中、火ノ宮はまた違うアイデアを述べた。

 

『何かってなんだ?』

「そうだ。シロサキは誰かの恨みを買うようなヤツじゃない」

「そこまでは知らねェよ! 逆恨みかもしれねェしな。けど、逆恨みだろうがなんだろうが、個人的な感情がねェとあんな事しねェ……っつーかできねェだろ」

「…………」

 

 例え既に息絶えていたとしても、それが自分が手にかけた結果だとしても、その頭を叩き割るだなんてそう簡単に出来ることじゃないはずだ。よほどの覚悟か、熾烈な想いか、あるいは何も感じていないか。そのどれかなのは、間違いない。

 

「ねえ、斧を使った理由ってそんなに重要? 他に話すことがあるんじゃないの?」

 

 悩む皆の顔色をうかがいつつ、大天がそんな事を告げる。そのとおりだ。

 

「……では、一旦保留として話を戻しましょう。どのみち、真意はクロにしか分かりませんし」

「確か、致命傷は背中の傷だって話だったわよね」

「あァ。内臓の損傷による失血死だ。そんでその凶器は……更衣棟にあったっつーナイフだろうな」

 

 火ノ宮本人は更衣棟のシャワールームを調べてはいない。が、さっきもシャワールームの話はしたし、その発想は自然なものだ。

 

「これまでの事件のように、凶器が偽装されている可能性(シナリオ)も検討したい所だな」

「それなら心配はいらないでしょう。火ノ宮君曰く今回の凶器はれっきとした刃物のようです。他にそれらしい刃物や凶器になりうるものは見当たりませんでしたから、十中八九あのサバイバルナイフが凶器でしょう」

「確かに、そういう(あらすじ)のようだが……」

「な、なら、じ、自分で確かめれば良いんじゃないのか……?」

 

 どうやら石橋を叩いて渡りたい様子の明日川の台詞に、そんな根岸の声が割り込んだ。

 

「ほ、ほら、更衣棟にあったサバイバルナイフ……」

「持ってきていたのか」

「……げ、現場保存した方がいいのかと思ったけど、こ、こんな危ないものを放置するのも嫌だったし、ど、どうせ皆捜査した後だと思ったから……」

 

 まあ、妙なことができないように二人組で捜査をしていたのだ。皆が捜査をした後なら、学級裁判のために持ち出しても文句は特に無い。

 明日川は七原の手術をしたし、城咲の傷跡も覚えているはずだ。現物を見れば、傷と矛盾しないかを確かめられるだろう。

 

「……ふむ。このサバイバルナイフが凶器という話で間違い無さそう(推敲は不要みたい)だな」

 

 そして、明日川はそう結論づけた。

 ……もし彼女がクロなら、この確認に意味はないのだが。いや、明日川が城咲を殺したんだとしたら、七原を助ける意味が無い。……それとも、俺がそう思う事も計算づくで?

 

「傷と凶器の話は分かった」

 

 スコットの声で我に返る。

 やめよう。無意味だ。そう判断して一瞬浮かんだその考えを振り払う。明日川は七原を助けてくれた。その彼女を信じないでどうする。

 ……もし明日川を疑うことになるにしても、少なくともそれは今じゃないはずだ。無駄に仲間を疑うなんて、すべきじゃない。

 

「なら、『首筋の火傷』は何なんだ。まさか、火でもつけられたわけじゃないだろ」

「そんなら一応案は出てる。スタンガンだ」

 

 スタンガン? と眉をひそめたスコットに、火ノ宮が捜査中にも告げた推理を語りだした。すなわち、あの位置に焦げ跡のような火傷がつくのなら、スタンガンが使われたと推測すべきだ、という話だ。

 

「まあ、確かに、そう考えるのが自然か……」

「その推理(物語)異論はない(赤ペンは入れない)。ただ、その犯行に使われたと思しき電撃銃(スタンガン)を、捜査中に(捜査編で)見つけたキャラクターはいるのか?」

 

 明日川の質問には互いに目配せをしあって、結局誰も答えなかった。

 

「……見つかっていないのか。まあ、ここまでに発見の報告(台詞)がない時点で察してはいたが」

「オイ、シャワールームに凶器や白衣が棚に押し込まれてたっつー話だったよなァ。そこにスタンガンも紛れ込んでたんじゃねェのか?」

「……いや、なかった」

 

 見落とした? まさか。断言すらして良いはずだ。そうならないように気をつけて捜査をしたし、あのシャワールームを捜査したのは俺だけじゃない。その他の人たちも何も見つけていないのだ。

 

「……そォか」

 

 俺の答えや皆の反応を見て、火ノ宮はガシガシと頭を掻いた。

 

「じゃ、じゃあ、す、スタンガンが使われたって事自体、ま、間違ってるんじゃ……」

「でも、翔ちゃんもあの傷跡はスタンガンの跡だって言ってたよ?」

「あ、あいつの何が信用できるんだよ……!」

「…………」

 

 露草の言葉に、指までさして反論する根岸。大天は唯一の容疑者というわけではなくなったものの、そもそも前科を持っている。根岸からすれば、彼女の言葉は信用に値しなくて当然かも知れない。

 

「……信じてくれなくても別にいいよ。私はちゃんと私の考えを言ったし」

 

 その様子を見て、大天は拗ねるようにそうつぶやく。彼女が嘘をついているかは分からないが、分からないなら分からないで、彼女が本当の事を言っている可能性だって追う必要がある。それを踏まえて、どう考えるべきか。

 

「俺はスタンガンの可能性が高いと思ってるが、仮に火ノ宮や大天の推理が間違ってたとしても、少なくとも何か城咲の首筋に火傷をつけた道具は使われたはずだろ」

「……そォなるな」

『じゃあ、その何かはどこに行ったんだ?』

 

 誰に宛てるでもなく放たれたその問いに、一瞬静まり返る。

 

「……最も考えられるのは、見つからないように隠した、という可能性(シナリオ)か?」

 

 そして口を開いたのは、明日川だった。

 

「隠したって、どこに」

「そこまでは読み解けていない。ただ、キミ達の捜査は四組(四冊)に分かれて行われた(執筆された)。捜査編でこの施設(舞台)を隅から隅まで捜索しきれたわけじゃないはずだ。犯人がそれを、大迷宮かシャワールームか、はたまたまるで関係のない施設(ページ)の隅か……盲点に思えるような場所に巧妙に隠したとしたら、キミ達が見落としてしまった可能性も捨てきれないだろう」

 

 事実、それは否定できない。たったの八人でこの施設を調べきるなんて、不可能だ。

 とはいえ、それだけで済む話でもない。

 

『確かに、オレ達の捜査は十分じゃなかったかもしれねえな。けど、そもそも犯人はどうしてそんな事をする必要があるんだ? ナイフと一緒にシャワールームに置いとけば楽じゃねえか』

「例えば、実は使われたのはスタンガンではなく、正体を暴かれたらまずい代物だった、という(オチ)はどうだ? 無論、これは根拠のないボクの妄想に過ぎないが」

「……根拠がないならあまり話さないほうが良いんじゃないかな。また琴刃ちゃんに怒られちゃうよ? ね、琥珀ちゃん」

『まあそう言うなよ。無理に訊いたのはこっちだ』

「…………」

 

 岩国は無言のまま彼女を睨みつけたが、嬉しそうに露草が顔をほころばせると呆れたように視線を外した。

 

「むー」

「スタンガンでも何でもいいわ」

 

 着地点の見えなそうな話に見切りをつけて、東雲が話をすすめる。

 

「結局、その出所はどこなのよ。他の凶器の斧やサバイバルナイフだって、どこにあったものだか分かってないじゃない」

「それは……そうですね」

「それに、一番気になるのは隠し通路のカードキーよ。斧やナイフは最悪誰かの私物って説明が付けられるかもしれないけど、こればっかりはそうは行かないわ。この施設のカギなんだから、モノクマから配られたものに決まってるもの」

 

 まさに立て板に水といった様子で彼女は自身の考えを語る。その答えを知っているわけでもないのに微かに笑みすら湛えているのは、学級裁判が楽しくて仕方ないからか。

 

「だからあのカードキーは、今回【動機】として配られた【凶器】なのよ。これは断言できるはずよね」

「……確かに、キミの言うとおりだ(推敲の余地はない)な」

「でしょ? でも、アタシ達は全員配られた【凶器】は教えあったはずじゃない。これってどういうことかしら?」

「簡単な話だろ。嘘ついてるヤツがいんだよ。なァ! 大天ァ!」

 

 火ノ宮に吠えられ、大天が肩を震わせる。

 

「どういう意味だ、ヒノミヤ」

「どうもこうもねえ。コイツ以外は全員配られた【凶器】が判明してるし、現物を出したりして確証もある。けど、コイツは口で答えただけで証拠がねェんだよ! 結局写真の破片も見つからなかったしよォ! てめーが嘘をついてんだろ!」

「ちょっと待て、火ノ宮」

 

 熾烈に怒りのボルテージを上げる彼の言葉に待ったをかける。内容にも言いたいことがあるし、感情的になりすぎるのもあまり良くない。

 

「あァ? なんでてめーがコイツをかばうんだ」

「別にかばいたいわけじゃない。けど、その【凶器】の話はもう答えが分かってるんだ」

 

 どういう意味だと言いたげに眉をひそめた彼に、俺はその答えを告げる。

 

「今朝、【動機】として俺達に凶器が配られたよな。その中に、斧やカードキーがあったんだ」

「だから、ウソついてるヤツがいるってことだろォが」

「そうじゃない。……【凶器】を配られたのは、俺達だけじゃなかったんだよ」

「……あァ?」

「新家に、古池、遠城に、蒼神。これまでに死んだ四人にも、【凶器】は配られてたんだ」

「…………!」

 

 目を見開く火ノ宮。他の人も同じように驚愕はしていたが、どこか納得したような表情をしている人もいた。出所不明の【凶器】の多さに、少なからずそうじゃないかと思っていたのだろう。

 

「根拠はあんのかよ」

「新家の個室、お前も調べたはずだよな」

「あァ。斧が新家の私物かどうかを調べるためになァ。結局、違ったみてェだったが」

「なら、お前も見ただろ。机の上に、六法全書が置かれてたんだ」

「知ってるよ。じゃァ、まさか……」

「あの六法全書だが、俺が個室にいた頃はなかったんだ。つまり、誰かがあれをわざわざ置いたって事になる。誰かを殺せるほどに重い、分厚い本をな」

「…………」

「それを見て、気づいたんだ。新家達にも、【凶器】が配られていたということに」

 

 新家に配られていたのなら、当然、他の三人にも配られていたはずだ。

 

「確かに、新家君らしくない本を持ってるなって思ったけど」

「それに、そう考えれば今回の【動機】の真意も見えてきたのです」

 

 そして、杉野は【動機】についての説明を始めた。初めに配られた百億円札がその後に配る【凶器】の布石だった事、本当の【動機】は秘密裏に死者へ【凶器】を配る事だった事、そして、それを証明するモノクマの巧妙な言い回しを説明した。

 

「モノクマは捜査中に、あくまでも自分は誠実だと告げました。僕達を騙す気ではあったかもしれませんが、凶器の出所をこうして推理できるように台詞に気を配っている点に限ってはフェアだと言えます」

「……モノクマ、そうなのか?」

「んー?」

 

 怒りをギリギリで抑え込むような声で、スコットが尋ねる。

 

「何が? ボクが誠実だって話? そうだよ、ボクほど誠実なクマはこの世で他にいないからね。学級裁判もさ、フェアにやりたいし」

「違う。本当に死んだ新家達にも凶器を配ったのかと聞いているんだ」

「え? ボクちゃんとそう言ったじゃん。オマエラ全員に配るって。あ、オマエラって死んだら仲間でもなんでも無いとか言っちゃうタイプなの!? 今の若者はひどいなあ……昔じゃゆとり世代とかさとり世代とか流行ったらしいけど、さしずめオマエラは…………」

 

 生き生きと喋っていたモノクマだったが、急に黙り込んだかと思うと、結局その続きを言わずに椅子に寝そべった。……思いつかないなら最初から言わなきゃ良いのに。

 

「ともかく、モノクマから裏も取れましたね。今回殺人に使われた【凶器】は、死んでしまった彼らの個室から持ち出されたものだったのです」

「…………オイ、平並。新家以外の三人の個室も調べたんだよなァ?」

「ああ。三人とも、机の上は何も乗ってなかった。【凶器】が持ち出されてなかったのは、新家だけだ」

「……そォか」

 

 そしてまた、考え込む火ノ宮。何かを指折り数えている。

 

「どうした、火ノ宮。気になる事でもあるのか?」

「あァ。てめーらの話を聞いても、やっぱりこの状況はおかしいだろォが」

「おかしい? 新家達に凶器を配ったのは今モノクマも認めただろ」

「そォじゃねえよ。そうだとしても数が合わねェっつってんだ」

 

 ……数?

 

「今回の事件で使われた凶器の数だ。斧、サバイバルナイフ、カードキー、それとスタンガンかそれに準ずる何か。四つ使われてるだろ」

「……あ!」

「新家に配られた凶器の六法全書は個室に残ってたんだろ? んなら、クロが自由に使える凶器は古池、遠城、蒼神の分の三つだけだ。一つ足らねェだろ」

 

 言われて気づく。確かにその通りだ。

 

「んなら、やっぱ嘘をついてるやつがいるってことだろォが」

 

 そして、またしても火ノ宮は大天を睨む。その視線の意味する所は彼女も理解しているだろうが、そっぽを向いて黙り込んでいた。

 

「大天ァ! それがてめーだっつってんだよ! 写真が配られたなんて、嘘だったんだろ!」

「嘘じゃない! ホントに写真だったんだって!」

「だったらなんで何も見つからねェんだよ! 残骸の一つも見つからねェなんざありえねェだろォが!」

「それはそっちの問題じゃん! 私のせいにしないでよ!」

 

 火ノ宮の追求を必死に否定する大天。しかしその反論に芯がなく、彼女がそれを口にする度に疑惑が高まっていく。まさか、本当に、大天が……。

 そんな時だった。

 

「ん、おかしいわ」

 

 東雲が何かに気づいて声を上げる。

 

「何がだァ?」

「出所がよくわからないものがもう一個あるじゃない。目出し帽よ」

「目出し帽?」

「多分、顔を隠すのに使ったんでしょうね。それはどこから持ってきたわけ?」

 

 そうか、それもあった!

 

「んなもんどこに……シャワールームか!」

「ええ、そうよ」

「そういえば、さっきヒラナミがシャワールームの説明をした時に出てきたな。……ヒラナミ、シャワールームに何があったか、もう一度教えてくれ」

「ああ、分かった……ええと、棚にあったのは、サバイバルナイフと隠し通路のカードキーに、服や白衣と目出し帽と空の輸血パックが四つ。あと、厳密に言えばブルーシートもそうか」

 

 この中で、出所の分かっているものはいくつあるだろうか。

 

「服や白衣は遠城のものだったよな。輸血パックは病院だし、ブルーシートは倉庫にあったものだ。だから、残りは……」

「サバイバルナイフとカードキー、そして目出し帽。この三つの出所が不明です」

「そうよね。それに、斧とスタンガンか何か……ああもう、めんどくさいわね。とりあえずスタンガンで話をすすめるわよ。斧とスタンガンの二つを加えて、出所がわからないものは全部で五つもあるのよ」

『冬真たちの部屋から持ち出された【凶器】は三つ……』

「だから、大天が自分に配られた【凶器】をごまかして隠し持てたとしても、あと一つ、どこからか調達して来なきゃいけないじゃない」

「…………」

 

 東雲のその指摘に、火ノ宮は答えられなかった。正当な意見だったからだ。

 

「……なんか、私の言ったことが嘘ってのが前提になってるみたいで嫌なんだけど」

「うるせェ。何も証明できねェんだからてめーは黙ってろ」

 

 そう吐き捨てる彼だったが、これ以上大天への追求はしなかった。大天が自身に配られた本当の【凶器】を明かしていないことには確信を持っているようだったが、それを根拠に彼女をクロと決めつけるには壁があることに気づいたようだった。

 ……けれど。

 

「これって、別に大天に限った話じゃないんじゃないか?」

「あァ?」

「もしも大天が無実で、他の誰かがうまく【凶器】をごまかしてたとして、それでも結局【凶器】が一つ足りない問題は解決しないだろ」

「当然、そうなりますね」

「じゃ、じゃあ、ぜ、全員に犯行が不可能ってことになるんじゃ……」

 

 会話のラリーによって導かれた結論を、根岸が震える声で口にする。

 

「……んなこと、ありえねェだろ」

 

 その可能性を否定したのは、火ノ宮だった。

 

「誰かがオレ達を裏切って、城咲を殺したんだ。それだけは間違いねェんだ」

 

 一度目の学級裁判で、そして二度目の学級裁判で、俺達以外に犯人がいる可能性を最後まで捨てていなかったのが、火ノ宮だった。そんな彼が、その可能性を既に破棄していることに、苦しみを覚えた。

 殺人はこれで三度目だし、直前に毒物事件も起きた。今更、犯人がモノクマなどと思うには、あまりにも裏切りが多すぎたのだ。

 

「……そうですね。全員に不可能という事は、ある意味で全員に可能という事です。何かしらのトリックが使われた事には違いないのですから」

『トリック、か……』

「あ、翡翠、一個思いついた事があるんだけど」

 

 と、そんな言葉とともに挙手をした露草。

 

『なんだ?』

「例えばさ、共犯って可能性は無いのかな?」

「……何言ってやがる。共犯したって、クロとして判定されるのは実行犯だけだって、最初の学級裁判の時に言われただろ。忘れたのか」

「あ、ううん。忘れたわけじゃないよ。でも、もしも、かなたちゃんと菜々香ちゃんを襲ったのが、別々の人で、もしもあのまま菜々香ちゃんが死んじゃってたら……」

 

 露草が語ったのは、架空の話。けれども、その嫌な架空の話は妙に鮮明にイメージできた。

 

「クロが、二人いる……!?」

『けどまあ、実際は菜々香はまだ生きてるからそうはなってねえけど』

「でも、元々そういう計画だった……っていうふうには考えられないかな」

 

 突如浮上した共犯説。その可能性は本当にあるのだろうか。

 

「もし誰か二人のキャラクターが結託して犯行に及んだ(事件を執筆した)のなら、先程の【凶器】の個数(冊数)の問題は解決するが……」

「おい、モノクマ。二人がそれぞれ別に殺人を犯した時は、二人ともクロと見なされるのか?」

「あのねえ、平並君。何でもかんでも聞けば答えてくれると思ってるんじゃないよ」

 

 呆れるように喋りだすモノクマ。

 

「でもボクは優しいから答えてあげちゃう! そうそう、その通りなんだよ。学級裁判のルールとしては、誰かを殺した人間は例外なくクロになるからね。ローカルルールも色々あるにはあるんだけど、別に一回の裁判でクロが一人しかいないなんて条件はないから。だから、極論を言っちゃうと、三つ四つの事件が同時に発生したら、その学級裁判ですべてのクロを見つけてもらうことになるね」

「……ん?」

 

 モノクマの言葉を聞いて、一瞬何かに引っかかった。何だ?

 

「クロが複数いる場合は、シロの皆は当然全員を見抜かないとおしおきになるよ。クロは、自分が見抜かれたら、例え他に騙し勝ったクロがいてもおしおきだから。クロは個人戦だって考えるのが一番わかりやすいかな?」

「ともかく、共犯はあり得るのですね」

「ルール上はね」

「……もし共犯がいるんなら、名乗り出やがれ」

 

 その疑問に答えを出す前に、話が進む。

 

「城咲は殺されたが、七原は助かった。七原を刺したヤツは、クロじゃねェんだ。このまま黙り続けていりゃあソイツもまとめて処刑されることくらい分かんだろ」

「名乗り出るわけないじゃない。七原はまだ確実に助かったわけじゃないんでしょ? 名乗り出てから七原が死んだら最悪でしょ」

「……てめーはただ学級裁判がやりたいだけだろうが」

「ま、別に否定はしないわ」

「あー、一応言っておくけど」

 

 彼らのやり取りに、何故かモノクマが割って入る。訊きたいことはもう訊けたから黙っていてほしい、と思っていると、

 

 

「このまま七原サンが死んだら、そのクロはスコットクンだから。そこんとこ、間違えないようにね?」

 

 

 なんて、とんでもないことを言い出した。

 

「……はァ?」

「何を急に……どうしてオレがナナハラを殺したことになるんだ!」

「いやだって、ちゃんと考えてみてよ。例えば平並クンが七原サンを刺してほっときゃ死ぬって時にさ、それを見つけた杉野クンがその前に首を締めて殺したら、クロは誰になると思う? はい、火ノ宮クン!」

「…………そりゃァ、平並と杉野じゃねェのか。共犯者は【卒業】できねェって最初の学級裁判で言ってたけどよォ、そんなもん、二人がかりで殺したも同然だろ」

 

 いきなり指名された火ノ宮は、先の言葉に戸惑いながら自分なりに答えを告げる。

 

「ブーーーッ! 残念不正解! 正解は杉野クンだけだよ! クロってのはねえ、トドメを刺した人間だけなの!」

「……チッ!」

「勝手に問題にされて勝手にクロにされる僕の方がよっぽど不愉快なんですが」

「良かったねえ、これが本番じゃなくて。ま、これは説明不備だから本番になる前に伝えたんだけどさ」

「じゃあ、オレがクロだってのも……」

「正確にルールに当てはめるとそうなっちゃうんだよね。七原サンを最初に刺したのが誰であれ、最後にメスや麻酔で七原サンの体をいじくり回したのはスコットクンでしょ? そうなると、スコットクンをクロって判定せざるを得なくなるんだよ」

「ふざけるなよ……! だったら、手術なんか――!」

 

 と、何かを口走りかけて、とっさにスコットは口を抑えて俺を見た。

 ……彼が言おうとしたことは、何となく分かる。とっさにそう言いかけた彼を責められるはずもないし、それを途中で止めたことこそが、彼の理性と善性を物語っている。

 

「にしても、明日川サンはうまくやったよね。執刀はスコットクンにまかせて自分はクロのリスクを避けるなんて。こんなんで退場とかやってらんないもんね」

「ち、違う! ボクはそんなつもり(伏線)で彼に頼んだわけじゃない! ボクはただ、七原君のためを思って!」

「……アスガワ、大丈夫だ」

 

 叫ぶ彼女を、拳を握りしめながらスコットが止める。

 

「コイツはただ、オレ達を煽りたいだけなんだ。オマエがオレに頼んだことも、オレが執刀したことも、何一つ間違ったことじゃない」

「ふーん、まだそんな事言えるんだ。そういうのを立派だと思ってる時点で未熟なガキンチョなんだよなあ。本質をなんにも理解できてないんだから」

 

 スコットを値踏みするように見下すモノクマ。

 

「まあいいや。ボクはただ、ルールを勘違いしてミスになるのが嫌なんだよ。クロが勝ち抜けるのは別にいいんだけど、そんなオチはそれこそ最悪でしょ。んじゃ、それを踏まえて続きをどうぞ!」

 

 楽しそうなモノクマは、そうやって勝手に話を切り上げた。

 

「つ、続きをどうぞって言われても……」

『なあ、もしも今回の事件に共犯がいるんだったら、今のモノクマの話を聞いて菜々香を襲った方は出てくるんじゃねえか?』

「そうですね。七原さんの生死に関わらず、自分は確実にクロでなくなったわけですから。黙っていれば、自分が処刑されてしまうかもしれませんし」

 

 杉野はそう告げて、しばし誰かが名乗り出るのを待った。

 しかし、誰からも声を上がらない。

 

「…………そうですか」

「チッ。これで出てきてくりゃァ早かったんだがな」

「ま、楽しめそうで何よりよ。これって、そもそも共犯じゃないってことよね」

「いや、まだ共犯のシナリオは潰えたわけじゃない。この極限のシチュエーションで共犯関係を結んだんだ。自分の物語が終焉を迎えるとしても、共犯相手を守る事を選択したとは考えられないか?」

「何バカなこと言ってんのよ。そんな事あるわけ無いでしょ。どこの世界に自分の命より他人を優先するヤツがいるのよ」

 

 明日川の意見を、呆れた声で一笑に付す東雲。俺としても諸手を挙げて賛同できるような意見ではないが、可能性はゼロではないと思うが。

 

「いや、しかしだ」

「う、うん……や、やっぱり共犯はおかしい……!」

 

 さらに反論しようとする明日川だったが、その台詞を根岸が封じた。

 

「何か気づきましたか」

「きょ、共犯になるってことは、そ、それぞれが城咲と七原を殺して二人ともクロになるってことだろ……? だ、だったら、な、七原にもトドメを刺してなきゃおかしいだろ……!」

「……言われてみれば、そうだな」

「そ、それなのに、さ、刺された跡も普通に動けるくらいの傷しか付けてないって……そ、それこそ、あ、あのナイフで襲った後に、く、首を切れば確実に殺せたはずだし……」

 

 根岸の言葉通りだ。確かに、七原は大迷宮の中で襲われて死にかけていた。手術をしなければそのまま息絶えてしまうほどに。けれども、裏を返せば即座に死んでしまうほどではなかったということになる。城咲の方は、斧を振るってすらいるのに。

 となると……。

 

「七原を殺すつもりはなかった?」

 

 そういう結論が導き出される。

 

「そ、そうなるかも……た、たまたま、ふ、深く刺さっちゃって死にかけてるってだけで……」

「……そうなると、共犯の線は薄そうですね」

「うーん、ごめん、時間取っちゃったね」

『いや、どうせ話しておいた方が良かった話だろ。あんま落ち込むな』

「うん、ありがとね、琥珀ちゃん」

「…………」

 

 便利な性格だな、という感想で、全員の感情が一致した気がする。

 

「一回、チェックポイントで何が起きたのかを整理しましょうよ。傷にしろ凶器にしろ、話が散らかりすぎてるわ」

 

 呆れながら、東雲が告げた。それを聞いて、大天が口を開いた。

 

「スタンガンの傷があったってことは、クロは城咲さんの背後から襲いかかったんでしょ? それであのサバイバルナイフでそのまま城咲さんを襲ったんだよね?」

「何言ってやがる。何聞いてたんだてめー」

「な……!」

 

 大天の語ったまとめを火ノ宮が即座に否定した。俺も、その推理は間違っていると思う。

 

「スタンガンなんだから最初に使って気絶させたって考えるのが普通じゃないの!?」

「普通ならな。けどよォ、死体の状況がそうなってねェだろォが」

「え?」

「スタンガンで最初に気絶させたとしたら、城咲の腹と背中に傷が付いてるのはおかしいんじゃないか?」

 

 火ノ宮に便乗するように、彼女の推理のミスを指摘した。

 

「……あ」

「腹の方の傷は一つだけで、最終的にうつ伏せで倒れてた事を踏まえると、多分、城咲は最初に腹を刺されてから、その後に背中を刺されたっていう流れになるはずだ。スタンガンで気絶させられたんだったら、こうはならない」

「じゃあ、スタンガンはいつ使われたの?」

「……腹部を刺した後、逃げられそうになったから、慌てて使ったんじゃないでしょうか」

 

 そんな意見を述べる杉野。

 

「そんな事をするくらいなら最初から使えばいいだろ。どうして途中から使うんだ」

「例えば、出来ることなら使いたくなかった、という線はどうでしょう。傷跡という証拠も残ってしまいますからね」

「それは……」

「それに、元々最初から使う予定だったのかもしれません。それが、彼女に躱されてしまったために途中で使うハメになってしまった、という線も考えられるのではありませんか?」

「…………」

 

 どうにも否定しきれない。述べているのが杉野だからって、無駄に反論しても仕方がないか、と思ったが。

 

「いや、そりゃねェな」

「と、おっしゃいますと?」

「そもそも、あのスタンガンが使われたのは、城咲が死んだ後だ」

 

 火ノ宮が、そんな推理で杉野の考えを否定した。

 

「根拠をお聞かせください」

「火傷の跡が残ってるって事は使われたスタンガンは超強力のはずだっつー話はしたよなァ。城咲がスタンガンを食らったのは腹を刺された後だろ? そんなもんを死にかけの人間に使ったら、それが死因になる」

「……ああ、なるほど。城咲さんの死因は失血死ですからね」

「そういう事だ。死因が失血死である以上、クロは、城咲が死んだ後にスタンガンを使ったんだ。斧とどっちが先かまでは分かんねェけどな」

 

 そして、華麗に論破する。そういう知識が深そうな明日川にも目で裏を取った。

 ……杉野も、【言霊遣いの魔女】である以上、これくらいの話なら知っていてもおかしくないが。たまたま本当に知らなかっただけなのか、それとも知らなかったふりをしているのか。……考えても無意味か。

 

「し、死んだ後にスタンガンって……お、斧以上に意味が分からないんだけど……」

「ですが、意味のないことをする必要はありません。何かクロの意図があるのでしょう。それはまだ不明ですが」

「とにかく、それを踏まえて話をまとめんぞ」

 

 状況を整理して、火ノ宮がもう一度流れを整理する。

 

「迷宮にやってきた城咲は、クロにまず腹を刺される。それで、逃げようとしたのか転んだのか、城咲はクロに背を向けちまう。そこをクロが狙って背中を刺して、城咲が息絶える。その後、順序は分かんねェけどスタンガンと斧を死んだ城咲に向けて使う……こうなるか」

 

 こうして流れを追ってみると、やはり城咲の死後にとったクロの行動が謎だ。その意図を読み解くことは出来るのだろうか。

 

「ねえ、ちょっといい?」

「あァ? なんか文句あんのか」

「文句じゃなくて。でも一つ気になってることがあるのよ」

 

 気になってること?

 

「城咲のダイイングメッセージのことよ」

「ダイイングメッセージ?」

 

 その存在を知らないスコットが声を上げる。

 

「終章に書き遺す最期の言伝だな」

「意味は知ってる。何か残されてたのか」

「厳密にはその痕跡だけどね」

 

 そう前置きして、城咲が迷宮の中でダイイングメッセージを遺した事、そしてそれがクロに血で塗りつぶされてしまった事をスコット達に伝えた。

 

「アンタ達もチェックポイントには行ったんでしょ? 気づかなかったの?」

「……言われて思い出した」

 

 まあ、彼らは一瞬城咲の死体を確認しに行っただけだ。あの衝撃的な光景を前にして、その周囲の証拠に気づけというのは酷な話だ。

 

「それで、何が気になるんです? 内容ですか?」

「内容なんて、クロの名前かそうじゃなくても七原と同じ『白衣』とかでしょ。そうじゃなくて、ダイイングメッセージを残せたこと自体が妙なのよ」

 

 妙、という割には少し誇らしげな表情で、彼女は話を続ける。

 

「あのダイイングメッセージって、どのタイミングで書いたわけ?」

「ど、どのタイミングって、し、死ぬ寸前だろ……お、襲われた直後に決まってる……」

「そうね。でも、クロの身になって考えてみなさいよ。クロは城咲のダイイングメッセージを上から塗りつぶしてるじゃない」

 

 ああそうだ。チェックポイント調べた俺達はよく知っている。

 ……何が言いたいんだ?

 

「当たり前だろ。もしかしたらそれが原因でクロがバレるかもしれないし、消すに決まって」

「そんな事するくらいなら、最初から書かせなきゃ良いじゃない」

 

 俺の言葉を途中で遮って放たれた東雲の言葉。最初から……あ。

 

「普通ダイイングメッセージが残るのって、犯行後に被害者がまだ生きてるのに犯人が先に逃げたケースじゃない。七原がそのケースね。この場合はダイイングメッセージが残るのは納得できるわ。だって、犯人が現場にいないんだもの。

 けど、城咲の場合は違うわ。サバイバルナイフで襲いかかって、その後城咲が死んでから斧とかを使ったんでしょ? 刺されてから死ぬまでにダイイングメッセージを書いたんでしょうけど、殺そうと襲った相手が何かを残そうとしてたら、そもそも書かせないように妨害するはずよ」

「でも、クロはそうしなかった……」

「そう!」

 

 彼女の説明で、その違和感が浮き彫りになる。確かに、妙だ。

 

「どうせ塗りつぶすのにわざと書かせるメリットは無いわ。つまり、クロは城咲がダイイングメッセージを書くのを妨害できなかったってことになるわね」

「ってことは……もしかして、一度現場から離れた、とか?」

 

 そんなアイデアを述べる露草。

 

「そうね。アタシはそう考えてる。例えば、サバイバルナイフで城咲を刺した後、動かなくなった城咲を見て死んだと判断して一度その部屋から離れたとか。その後の行動を考えれば、別のところに隠しておいた斧を取りに行った、とかそういう可能性があるわね」

『けど、ホントはかなたは生きてて、その隙にダイイングメッセージを残したのか』

「ってのがアタシの意見ね」

 

 東雲の話を聞いて、それぞれがその可能性を吟味する。

 

「別に一度部屋を出たとは限んねェよな? 斧を取るために少し目を離しただけかもしんねェ」

「いや、その(シナリオ)は落丁だな。それほどの短い時間(ページ)最期の伝言(ダイイングメッセージ)を遺せるとは思えない。犯人がすぐに気づいて妨害しただろう」

「そ、そうだ……そ、そうなったら、く、クロはスタンガンを使うだろうし……」

 

 けれども、クロがスタンガンを使ったのは城咲の死後だったはずだ。

 

『つまり?』

「……クロは、一度チェックポイントを出たんだ。そして、シロサキがダイイングメッセージを書いて、息絶えた後に戻ってきた……。おそらく、斧を手にして」

 

 スコットがそう結論づけた。その推理が100%当たっているとは断言できないが、きっと、そう外れたものでもないはずだ。

 

「……やはり、クロの動きが妙ですね」

 

 城咲の死因を起点に議論を重ね、おぼろげながらに事件のあらましが見えてきた。

 それでも、白白しく杉野が語る通り、クロの思惑はより不明瞭になっていく一方だった。なぜ、わざわざ一度現場を離れてまで、城咲に斧を振るう必要があったのだろう。

 

 

 真実という名の出口は、まだ見えそうにない。

 

 




いよいよ幕を開けた三度目の学級裁判。
クロの思惑は、果たして。

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