ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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日常編④ さらば愛しき平凡な日々

 奇妙な放送の後、俺達に残されたのは沈黙だった。

 

「……終わった……?」

 

 静かなドームの中で、七原がそうつぶやいた。

 

「何、今の……」

「気分悪い……」

 

 突然流れたあの不快な放送に、誰からともなく自然と俺たちはざわつき始める。

 

「……なあ、皆、どうする?」

「どうするって……」

「どうするもなにも、行くしかねェだろ! 集合かけられてるんだからなァ!」

 

 当然ともいえる問いかけをした俺にそうはっきりと答えたのは、火ノ宮だった。その大ボリュームの声に、全員が耳を傾ける。

 

「で、でも……い、行ったら何か大変なことになるんじゃ……」

 

 震える声をあげながらも、それに根岸が反論する。

 

「だからって号令は守らねェといけねえだろ!」

「こ、こんな状況で何を言ってるんだ……! お、おまえ、もしかしてクソ真面目だろ……!」

「あァん? やんのかてめー!」

「お二人とも、やめて下さい!」

 

 ヒートアップする二人を似合わない大声で杉野が止める。

 

「あァ? てめーもここに残ろうって言うつもりかァ?」

「いえ……とりあえず、僕は火ノ宮君に賛成です」

「な、なんでだよ……」

「いいですか? この状況から見て、僕達が集団誘拐されたことは間違いありません。なら、今の放送は犯人によるものと考えていいでしょう」

「それは……そうでしょうね。このタイミングの放送の主が犯人以外にいるとは思えませんわ」

 

 杉野の推測はもっともであり、蒼神も賛同している。

 

「であれば、ここで犯人の要求に逆らっても無駄に犯人を刺激するだけです」

『ま、逆らうメリットもねーな!』

「そ、それもそうか……」

「そんなことをすれば、ここにいるボク達全員殺されてしまうという、最悪の展開(シナリオ)も考えられるだろうね」

「ころされてしまうのですか!?」

「そういう物語の可能性もある、ということさ」

「……とにかく、行くしかないのか」

「うむ、そうであるな」

 

 全員が口々に意見を出していき、とりあえずは犯人の放送に従って移動することになったようだ。

 犯人が指示したのは、【自然エリア】の『メインプラザ』……ん?

 

「ちょっと待ってくれ、【自然エリア】って、多分あの自然ゲートの先だろ? あのゲートって開かないんじゃなかったか?」

「それなら問題ない。さっき放送が終わったタイミングで、自然ゲートの上のランプが赤から緑に変わっていた」

 

 スコットに言われ目線を自然ゲートの方に移すと、なるほど確かにランプが緑色になっていた。ふと気になって反対側の名称不明のゲートの方を見れば、そちらの方は相変わらず赤いランプが煌々と点いている。

 

「スコット、お前よく気づいたな」

「細かいことが気になる性格なんでな」

「とにかく、あのゲートが通れるようになってるってことだよね?」

「なら、早く行くぞォ!」

「そうですわね。遅れたら何をされるか分かったものではありませんわ」

「……」

 

 すると、ここまで沈黙を保っていた岩国が何も言わぬまま自然ゲートの方へと歩き始めた。その岩国についていくようにして、俺達も歩き始める。

 不安はあるが、このまま何もしないわけにもいかない。虎穴に入らずんば虎児を得ず、という言葉もある。たとえ犯人の罠だろうが、俺達は先に進むしかないのだ。

 

 

 

 

 自然ゲートはすんなりと開いた。その先は50メートルほどのまっすぐな薄暗い通路になっており、人が三人ほど並んで歩けるくらいの幅だ。

 通路の先の扉が開くと、そこに広がっていたのは先ほどまで俺達がいた【宿泊エリア】とさほど変わらないような景色だった。

 

「なんか似たような景色だね」

「でも、こちらのどーむは建物がまるでありませんよ?」

「おそらくまた地図の看板があるはずです。とにかく中央まで行ってみましょう」

 

 杉野の声に従って俺達16人が中央に行くと、そこにはやはり看板があった。

 

『どれどれ?』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 これが自然エリアか。確かに、その名のとおり【宿泊エリア】に比べて露骨に自然が多い。まともな建築物は多分森の中の展望台しかないだろう。

 

「犯人の言っていた『メインプラザ』は……あっちですわね」

「おらァ! 行くぞ!」

「アンタねえ……そんな大声出さなくてもわかるって」

「あァ!?」

「ほら、物語はもう始まってるんだ。早くページをめくらなければいつまでたっても話は進まないものだよ」

『さっきから棗の言ってることがよくわからねえんだよな』

「ふっ……ボクの物語はボクだけが読めれば何も問題ないさ」

「わ、わけわからないこと言ってないで、は、早く行こう……」

「そうですよ。はやくいかないと、なにをされてしまうことか……」

 

 そうやって、各々の胸に不安や焦燥は抱えつつも、ワイワイと騒ぎながら俺達はようやくメインプラザへと移動した。

 後になってから、はっきりと断言できる。この時の俺は……俺達は、危機感が全く足りていなかったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 《メインプラザ》

 

 メインプラザの奥の辺りには、木でできた簡易的なステージがあった。案の定、監視カメラとモニターのセットもおいてある。

 

「で、犯人の指示通りメインプラザに付いたけど、これからどうすればいいんだ?」

「とりあえず、次の指示を待つしかありませんわ。すぐに次の放送が入るはずですから」

「そうだな……」

 

 と、放送が始まるのを待っていた俺達だったが、そこに響いたのはさっきの奇天烈なチャイムどころか、放送ですらなかった。

 

 

 

 

「なんでメインプラザに集まるだけでこんな時間がかかるんだよ! ただでさえ時間が押してるってのに!」

 

 

 

 

 さっき聞いたあのダミ声が、今度は放送ではなくすぐ近くから聞こえてくる。全身を不快感が駆け巡る。

 

「それじゃ、集会をはじめまーーーーっす!!」

 

 その声とともに、ステージ上に白と黒で左右に塗り分けられたぬいぐるみが飛び出した。そのぬいぐるみは、とても見覚えのある……この世に生きる人間なら嫌が応にも目にしたことがあるであろうものだった。

 

「ぬいぐるみが動いて……喋った!?」

「い、いま、どこから……ど、どうやって……!」

「んな事どうでもいい! このクマは、こいつは!」

 

 それは、教科書に載っていた、『絶望の象徴』に他ならなかった。

 

「嘘だろ……嘘だろ、こんなの!」

「そんな、だって、【超高校級の絶望】はもうとっくの昔に滅んだんじゃ……!」

 

 騒然とする俺達を尻目に、そのぬいぐるみはステージの中央へとてとてとと歩いていった。

 

「あーあーあー、やっぱりこうなるよね。まあいいよ。オマエラだけがやるのも不公平だし、ボクも自己紹介をさせてもらうよ」

 

 

 

 高校生なら、いや、小学生でも知ってる世界の常識。

 歴史の教科書を開けば、縄文時代よりも先に習うはずの絶望的な事件。

 50年前、世界最大の希望を奪い去った、最大最悪の絶望。

 

 かつて、全世界を絶望に叩き落した、その象徴が、俺達の目の前にいた。

 その名前は――

 

 

 

「ボクはモノクマ! この【少年少女ゼツボウの家】の施設長なのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モノ……クマ……。

 

「な、なんでコイツがこんなところに……!」

「大丈夫だよ、きっと! 希望ヶ空学園の用意したレクリエーションかなにか、だよ! だって、そうじゃなきゃ……!」

 

 根岸の声に七原が反応する。しかし、

 

「レクリエーションにしたって度が過ぎてるだろ!」

 

 すぐにそんな新家の悲痛な叫びが聞こえてくる。動揺が、どよめきが、恐怖が、俺達の間に広がっていく。

 

「皆さん、落ち着いてください! ……少なくともドッキリの類では無いはずですわね。こんな悪趣味なドッキリ、許されるわけがありませんわ。希望ヶ空が企画したというのであれば、なおさらです」

「おっ さすが蒼神さんは分かってるね! そうだよ、ドッキリなんかじゃないよ!」

 

 そんな俺達をおちょくるように、大きく体を動かしながらモノクマが話しかけてくる。

 

「……【閉鎖空間】……【超高校級の生徒達】……そして【モノクマ】……」

 

 そうした混乱状態のなか、一人だけ明日川がなにやらぶつぶつと呟いている。

 

「っていうかほら! 時間が押してるんだからとっととやることやっちゃわないと!」

「時間が押してる?」

「何言ってんだ! オマエのせいだよオマエの! 自覚ナシか!」

 

 そう言ってモノクマが指さしたのは、紛れもなく俺だった。

 

「お、俺のせい?」

「そうだよ! オマエがいつまでたっても起きないから自己紹介を何回もする羽目になって時間がかかったんだよ! ちゃんと反省しとけ!」

「は、反省って……起きなかったのは俺のせいじゃないだろ!」

「うるさい! 口答えをするな!」

 

 り、理不尽だ……。

 

「それで、僕達を集めたのは自己紹介をするためですか?」

「は? そんなわけないじゃん」

「……まあ、そうですよね」

 

 苦虫をかみつぶしたかのような顔をする杉野。モノクマの目的がそれだけではないと確信しつつも、聞かずにはいられなかったのだろう。

 

「じゃあ、そろそろ本題に入るよ」

 

 本題……か。

 これはつまり、俺達が誘拐された理由、ということになるのだろうか。

 

「えー、知っての通り、オマエラは全員希望ヶ空学園の20期生としてスカウトされました」

「そうですわね」

「そんなオマエラは世界の希望! ……なのですが、世界の希望となるにはオマエラは未熟すぎるとボクは思うのです」

「未熟って……」

「あんだとコラァ!」

 

 突拍子もないことを言うモノクマだが、少しだけなら言っていることもわかる。ここに集められた16人は【超高校級】の才能を持っているが、それでもまだ高校生なのだ。精神的に未熟な面も確かにあるのだろう。それに、俺に至ってはただの一般人だからな。

 

「というわけで、急遽オマエラをこの【少年少女ゼツボウの家】に招待し、強化合宿を開催することに致しました!」

「きょ、強化合宿……?」

「そう! ここで共同生活を送ることによってオマエラのたるんだ精神を叩きなおし、世界の希望として活躍できるよう成長してもらうのです!」

「話だけ聞けば、ずいぶんと立派なことだな」

『モノクマが絡んでる時点でやな予感しかしねーけどな!』

「そんなこと言わないでよ! これはオマエラのための強化合宿なんだから」

 

 スコットの言う通り、話の内容だけは褒められたものだ。だが、俺達のためにやっているという部分はまったく感じることができず、その口調の裏にあるのは紛れもないエゴだ。目の前にいる絶望の象徴は、何を言い出すつもりなのだろうか。

 ともあれ、ここにきてようやく分かったことがある。このドームの……違うな、ドームが複数あることが分かったから、このドーム群の名称が【少年少女ゼツボウの家】であることだ。まあ、モノクマが名付けたのだろうが。

 

「ねえ。その強化合宿とかいうのをやるのはいいとして。期間はどうなってるの?」

「……そうだ。期間だ。二泊三日か? 一週間か? まさか一ヶ月ってことは無いと思うが」

「……はあ~あ。これだからオマエラは未熟って言われるんだよ。強化合宿って、ボクちゃんと言ったよね? 期間なんて、オマエラの成長が見られるまでにきまってるでしょ?」

「え?」

 

 ……つまり、それは。

 

「言い換えると、こういうことになるかな」

 

 バッと大きく両手を広げたモノクマが、大きな声で宣言する。

 

 

 

 

「オマエラは、僕が成長したとみなさない限り、この施設から一歩も出られませーん!!!!」

 

 

 

 

 

「何を……何を言ってるの?」

「なんだよそれ! 成長したかどうかって……そんなのお前の気分次第じゃないか!」

「じゃ、じゃあ、私達、当分ここから出られない……ってことなの?」

「当分どころじゃねェ……こいつは【絶望の象徴】であるモノクマなんだぞ! 脱出の権限がモノクマにある以上、一生オレ達をここに閉じ込める気かもしれねえ!」

「い、いやだ……! ま、まだやり残したことがたくさんあるのに……!」

「失礼な! ちゃんと成長した生徒も家に帰さないほどボクは落ちぶれたクマじゃないぞ!」

「なら、帰せよ! とっととここからだせよ!」

「だーかーらー、オマエラはまだまだひよっこなんだから帰せるわけないでしょ! ……まあでも、そんなオマエラのことだからこうやって駄々をこねることは予想がついてます! そこで、誰でも分かるようなはっきりとした『基準』を決めました!」

「基準じゃと?」

「そう! だって、そうでもしないと青臭いオマエラは今みたいに文句たらたらでしょ?」

 

 そんなことをモノクマは言うが、誰だってそう反応するだろう。成長したら出られるという話だが、『成長』なんて尺度が曖昧すぎてどうとでも言えるわけだ。それを判断するのが【絶望の象徴】たるモノクマなんだから、文句は出て当然だ。

 

「いい? これから言う条件を満たした人物を、ボクは『一人前に成長した』と認めることにします」

「つまり、その条件さえ満たせは俺達は外に出られるということか?」

「ま。そういうことだね」

「だったらその条件はなんだァ!」

それではご期待に応えて発表します! その条件は――」

 

 すると、それまでぶつぶつと呟きながら考え事をしていた明日川が急にはっとした表情になった。

 

「その条件って……!」

 

 

 

 

 

 

「この中の誰かを、殺すことだよ」

 

 

 

 

 

 

 ……は?

 この中の誰かを殺す?

 何を言ってるんだ、こいつは?

 

「やっぱりそうか……!」

 

 戸惑いを見せる俺に耳に届いてきたのは、そんな明日川の声だった。

 

「おい、明日川。やっぱりって、何を……」

「殺すって、どういう意味ですか!」

 

 明日川に言葉の真意を聞こうとしたが、それよりも先に杉野がモノクマに対して啖呵を切っていた。

 

「どういう意味って、そのまんまだけど? 刺殺爆殺毒殺殴殺銃殺絞殺呪殺惨殺撲殺扼殺轢殺圧殺焼殺射殺なんでもござれ! とにかく、オマエラの中の誰かを殺せばここから出してやるって言ってんの! 逆に、何をしようが誰かを殺さない限りここから出してなんてやらないからね!」

「どうしてそれが『成長した』ってことになるんだよ!」

 

 新家もそれに続き異議を唱える。

 

「いい? オマエラはここで共同生活をするうちに、少なからず絆とかいうわけのわからないものを深めていくと思うんだよ。悲しいことにね」

「悲しいことって……」

「でもね! そんなもんは偽物なの! まやかしなの! 幻想なの! 薄っぺらい偽りの絆をぶっ壊してこそ、人は『成長』することができるのです!」

「む、むちゃくちゃだ……!」

「別に殺したくなかったら殺さなくてもいいよ? オマエラがここで一生を過ごすことになるだけだし」

「ですが、食料は? 冷蔵庫には一週間分程度しか備蓄がなかったはずですが」

「そこは心配しなくていいよ! 食料も含め、オマエラがここで生活する上では何の不自由もさせないから!」

「ここに閉じ込められてることがすでに不自由だろうがァ!」

「うるさいなあ、揚げ足を取るんじゃないよ、まったく」

 

 口々に皆がモノクマに反論するが、それをモノクマは飄々とかわしていく。

 何を……何を言ってるんだ。

 さっき、モノクマの言ってることが少しわかる、と言ったが、こうなると話が別だ。モノクマの目的は、なんだ?

 

「つまり、あなたは僕達に殺し合いを強いるために僕達をここに誘拐した、ということですか?」

「は? 何言ってんの? オマエラが自分の足でここまで来たんでしょ?」

「……は?」

 

 無意識に、口から声が出る。なんだ? モノクマは何を言っている?

 

「おい、それってどういう――」

 

 そんな俺の言葉はまたしても遮られた。

 

「もういや! ふざけないでよ!」

 

 大天が悲痛な叫び声を上げる。

 

「ん? どうしたの?」

「私を早く外に出してよ! 私は……こんなところにいる暇なんてないんだから!」

「だから、そのためには誰かを殺せって言ってんの! まったく、理解力がないねー、オマエラは。これだからオマエラはボクに未熟だなんて言われるんだよ!」

 

 ステージを降りて、こちらの方へ歩いてくるモノクマ。

 

「そんなの、いいから、早く……!」

 

 ……大天の様子がおかしい。

 

「お、おい、いったん落ち着けって!」

「落ち着けるわけないでしょ! 急にあんなことを言われて、なんで落ち着けるのよ!」

「だからって興奮したっていい事なんか……!」

 

 すると、モノクマは大天の目の前に来て止まり、こう言った。

 

「まあ、落ち着けないのもわかるけどねー。そんなんだとあっさり死んじゃうよ? 君のお姉さんみたいに」

 

 

 ガッ!!!

 

 

 その瞬間、大天はモノクマを蹴り飛ばしていた。

 

「何で知ってるのよ!!! お姉ちゃんを知った風な口を利かないで!!」

 

 大きく飛んで向こうの草むらに転がったモノクマは、大したこともなさそうにムクリと起き上がった。

 

「そんなくだらない話はどうでもいいんだよ。今、オマエ、ボクのこと蹴ったよね?」

「うん、蹴ったよ! それがどうしたって言うのよ!」

「『施設長への暴力の一切を禁じる』……規則違反は、死刑だよ」

 

 ……は?

 

「死ね」

 

 その不穏な言葉とともに、大天の前方の地面に穴が開き、そこから無数の槍が飛び出した。

 

「大天さん!」

「……え?」

 

 その幾重の槍は、大天を大きく貫いていた……ように見えたが、よく見ればその槍は大天の体を数ミリ単位でよけていた。顔の真横に鎮座する、頬をかすめた槍という凶器に腰を抜かし、大天はその場にへたり込む。

 

「とまあ、本来ならここで大天さんには死んでもらうところだったんだけど、まだ規則も知らせてないからこっちの落ち度ってことで許してあげるよ。無駄に人数減らしたくないしね。うん、ボクってばなんてやさしいんだ!」

「……今、私……」

 

 あくまでも飄々とした態度をとるモノクマ。

 は、はは……なんだよ、これ。いきなりこんなところに誘拐されたと思ったら、監禁されて、ここから出たかったら誰かを殺せって? 馬鹿げてる。こんなの、現実なわけがない……そう、思いたかった。

 だけど、もうわかった。これは、夢でも冗談でもない。今、大天は確かに死にかけた……死ななかったのは、あくまでもモノクマの気分が変わったからだ。下手をすれば、死ぬ。

 

「一つききてェことがあんだけどよォ」

「何、火ノ宮クン?」

「誰かを殺せばってのは、例えば今ここで誰かを殴り殺したらオレはここから出られんのかァ?」

「はぁ!?」

 

 急に物騒なことを言い始めた火ノ宮に、素っ頓狂な声を上げる新家。

 

「火ノ宮君、いったい何を言い出すんですか!」

「例えばの話だ、黙ってろォ! 条件や基準がルールとして定められてんなら、そのルールは確認しとかねェとダメだろうが!」

 

 杉野の異論を一刀両断する火ノ宮。なるほどな。実に【超高校級のクレーマー】の彼らしい発想だ。

 

「……だからって、たとえでもそんなことを言うのはやめてくれ」

 

 新家が呆れたように声を出す。

 

「そんな殺人は認めないよ! 詳しい規則はこれで確認しておいてよね!」

 

 そう言ってモノクマは再び俺達のもとに歩いてくると、俺達一人一人にあるものを渡してきた。これは……指輪か?

 

「それ、起動してみてよ。指にはめてもはめなくてもどっちでもいいからさ」

「起動って言われても……」

「これは……もしや、数年前にグレープ社の開発した簡易映像投影機であるか」

「ああ、空中に画面を表示するヤツだよな」

「うむ。数十年前の文献には『未来の道具』の代名詞ともなっていたものだな。実現可能とはなったが、このサイズのものとなるとコスト面の問題がクリアできずに一般販売はまだされていないはずであるが……」

『そんな高価なもんが16個も用意されてんのか?』

「そ、そんなことより……き、起動スイッチはどこだ……?」

「あ、これかな?」

 

 探ってみると、宝石部分の側面に何やら突起が見つかった。おそらくこれが起動スイッチだろう。それを押すと、目の前に画面が浮き出てきた。

 

「うお……」

 

 指輪の宝石の部分から投影されているようだ。

 まず初めに、【平並 凡一】と自分の名前が表示され、その後いくつかの項目が現れた。

 

「みんなちゃんと自分の名前が出たよね? その指輪は電子指輪『システム』って代物でね、電子生徒手帳を内蔵している上、象が踏んでも壊れないんだ。もちろん、耐火性、耐水性、耐寒性もバッチリだよ!」

「さっき言っていた『規則』とやらは、この『強化合宿のルール』か」

 

 スコットの言う通り、いくつか並んだ項目の中にそんな文字列があった。

 

「そうそう。それ、よく読んでおいてね。今度はもうさっきみたいな温情はないから。読んでないから知りませんでしたーなんてのが許されるのは、受精卵までなんだよ!」

「それじゃ誰も許されないじゃないか……」

「それと、『システム』はそれぞれの個室の鍵にもなってるから絶対に失くすなよ! 失くしても再発行なんてしてやらないからね!」

 

 新家のツッコミをスルーしたモノクマは、再び壇上へと上り、俺達の方を向く。

 

「それでは! ここに、『コロシアイ強化合宿』の開始を宣言いたします! じゃあ皆さん、じゃんじゃか殺っちゃってくださーい!」

 

 そして、そう物騒なフレーズを残したモノクマは、『アディオス!』という掛け声とともにどこかへと消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 …………。

 沈黙が俺達を支配する。あの絶望の象徴は、この短時間で俺達にとてつもなく大きな爆弾を残していった。

 ……へたりこむ大天に近づき、話しかける。

 

「大天……その、大丈夫か?」

「あ、平並……大丈夫……じゃないよ」

「……」

 

 それはそうか。周りで見ていた俺達とは違って、大天だけは死の瀬戸際を実体験してるんだから。

 

「……でも、ありがと。ケガがあるわけじゃないから、その、心配かけてごめん」

「いや、謝ることはないよ。……正直、あのモノクマを蹴飛ばした時はスカッとしたからな」

「……そう? ならよかったかな」

 

 ほんのすこしだけ、大天に笑顔が戻る。

 

「それで……モノクマの言っていたことだけど」

「……お姉ちゃんのことでしょ?」

「……うん」

「ごめん、それは、ちょっと、今は言いたくない」

「……わかった。ごめんな、変な事聞いて」

「いや、あんな言い方したら誰だって気になるもんね……大丈夫だよ、うん」

 

 しまった、話す内容を間違えたか。……どうやら、お姉さんのことは大天にとってタブーらしい。

 バツが悪くなって周囲を見渡すと、どよめきや焦りの声が広がっていた。それを鎮めたのは杉野だった。

 

「とにかく、この自然エリアも先ほどと同じく調査しませんか?」

「そうですわね。手分けして行動して、調べ終わったら食事スペースに集合、という事でいかがでしょうか」

「そうですね。ただ、【自然エリア】はあまり調べるところもなさそうなので、すべて見て回っても構わないとは思いますが」

 

 ……杉野は人をまとめるのが上手なのだろう。先ほどから【超高校級の生徒会長】である蒼神とともに、俺達の行動の指針を立ててくれている。こんな状況下でもこういう風に冷静に行動できる人がいるというのは、とても心強い。

 

「ちょ、調査を始める前に……さ、さっきの『規則』を確認しておかない……?」

「そうだな。知らず知らずのうちに規則違反、なんてこともあるかもしれない。そうなったら今度こそ命はないぞ」

 

 震える声の根岸の提案にスコットが賛同すると、自然と俺達の視線は大天へと集まった。

 

「……」

 

 大天は何も言わず、肩を抱きかかえている。

 ……確認してみよう。

 

 『システム』を起動し、『強化合宿のルール』の項目をタップして選択する。いや、空中に画面が投影されているから触ることはできないんだが。

 そして、すぐにいくつもの文章が表示された。

 

 

=============================

 

  【強化合宿のルール】

 

規則1、生徒達は【少年少女ゼツボウの家】内だけで共同生活を行う。期限は無い。

規則2、【成長完了】と認定された生徒は強化合宿終了となり、この施設からの脱出が可能となる。これを、【卒業】と呼ぶ。

規則3、夜10時から朝7時までを【夜時間】とする。夜時間には【食事スペース】及び【野外炊さん場】は施錠され、立ち入りを禁じる。

規則4、就寝は宿泊棟に設けられた個室でのみ可能とする。その他の場所での故意の就寝は居眠りとみなし、禁じる。

規則5、ポイ捨てをはじめとする、施設内の自然を汚すような行為は全面的に禁じる。

規則6、この施設を含むあらゆる事柄について調べるのは自由とする。特に行動に制限は課せられないが、鍵のかかった扉、施設や監視カメラ等の破壊を禁じる。

規則7、施設長こと【モノクマ】への暴力の一切を禁じる。

規則8、生徒の誰かを殺したクロは【成長完了】と認定され【卒業】となるが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけない。

規則9、規則は順次追加されることがある。

 

=============================

 

 

 これが規則か……。

 

「んー?」

「どうかしましたか、火ノ宮君?」

「ん? いや、蒼神。他の規則はとりあえず置いておくにしてもよォ、さっきモノクマが言ってたのは【規則8】のことだよな?」

 

 規則8……『生徒の誰かを殺したクロは【成長完了】と認定され【卒業】となるが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけない。』……これか。

 

「ごちゃごちゃ回りくどく書いてるけど、前半はさっきモノクマが言ってた通り『誰かを殺せばここから出られる』ってことだ」

「そのようですね」

「問題は後半だ……『自分がクロと他の生徒に知られてはいけない』ってのは、どうやって判断するんだ?」

「……よくわからないね」

「ここでオレが誰かぶっ殺したところで、クロがオレだってのはまるわかりだから、校則違反になっちまう……モノクマが言いたかったのはこういう事なのかァ?」

 

 なるほど、確かに火ノ宮の疑問は納得だ。自分がクロだとばれずに殺す……それ自体の是非はともかくとして、ばれたかばれていないかの判断は誰がするんだ? それすらもモノクマが判断するというなら、いちゃもんをつけられて『あいつはお前のことを疑ってるから【卒業】はさせませーん!』なんて言われる可能性がある。そう考えるなら、いよいよもって脱出の手段が潰えたことになるが……。

 その疑問に答えを出したのは、明日川だった。

 

「……その点について、ボクから一つ小話を語らせてもらおう」

「あァん?」

「キミ達は、50年前の【人類史上最大最悪の絶望的事件】についてどれほど知っている?」

 

 なぜここでその名前が? ……いや、モノクマが現れた以上、それと無関係ではないのか。

 

「それがどうしたってんだよォ!」

「焦ってページをめくるんじゃない。これは大事な質問だ。読み飛ばしてくれるなよ」

 

 案の定妙な言い回しだが、明日川の表情は真剣そのものである。

 

「どれほど、と言われましても……教科書で習う程度の事ですよ」

「希望ヶ峰学園で起きた事件を発端として、世界中を絶望が支配し、暴動やテロが鳴りやまなかった……という程度は常識として知っているが」

 

 杉野とスコットが答える。俺も、その程度なら知っている。

 

「そのすべての首謀者は……江ノ島盾子(エノシマジュンコ)、だったよね。当時、希望ヶ峰学園に通っていたらしいけど……」

「ぜ、絶望に堕ちた連中の間じゃ、か、カリスマだったんだよな……た、確かに顔はよかったみたいだけど、く、狂ってるよ……」

 

 七原と根岸もそれに続く。

 

「……なら、その希望ヶ峰学園の超高校級の生徒達15名が、希望ヶ峰学園の中に閉じ込められてコロシアイを強要されたことは?」

「なっ!?」

 

 新家が驚きの声を上げる。

 コロシアイ……閉じ込められてって、どういうことだ!

 

「んな話、聞いたことねェぞ!」

「当然だろうね。そのことを記した図書はもれなく発禁処分や回収対象になっているし、インターネット上でも固くその情報は閉ざされている」

「……じゃあ、どうしてお前は知っているんだ」

 

 嘘をつく余裕もないのか、古池が低いテンションでそう尋ねる。

 

「幸いボクの通っていた高校の図書館は発禁図書も保管するような規模の大きなものだったからね。以前目を通したことがあるんだ」

『その図書館は大丈夫なのか? 色々と』

「ダメなんじゃないかな?」

「こ、こんな時に一人漫才をするなよ、露草……お、おい明日川……お、お前そうやって変な事を言って、お、俺達を混乱させようとしてるんじゃないだろうな……!」

「で、でも、私も聞いたことあるよ、その話……あくまでも噂だけど」

 

 今もなお肩を震わせている大天が、明日川の話の信憑性を高める。噂好きの大天がこう言っている……噂にだって、その噂が生まれるにはなにかしらのきっかけがあるはずだ。という事は、それに準ずる出来事があった可能性は低くないだろう。

 

「……じゃ、じゃあ、どういうことなんだよ……そ、その話」

「この点に関してボクから説明できることは何もないよ。約50年前、閉鎖空間に閉じ込められて生徒間でコロシアイを強要されていた事実があるというだけさ」

「お待ちください。その状況は、まるで……!」

 

 明日川の回りくどい言い回しに声上げたのは城咲だ。その声に、明日川は神妙な表情でうなずく。

 

「そう。この状況とまるで同じ……つまり、この犯人は、人数と場所の差異はあれど、50年前の再現をしているのさ」

「そうか……だからさっき、『やっぱり』なんてつぶやいたんだな」

「おや、平並君はボクの台詞を聞いていたのか。ああそうさ。モノクマが現れた段階で、その事件のことを思い返していた。まさかここまで模倣するとは思わなかったけどね」

「そんな……どうして……」

「そこまではボクにもわからないさ。犯人の目的までは、ね」

「……その口ぶりから察するに、明日川さんは八番目の規則の詳細をご存じなのですね?」

「そうだ、杉野君。その規則を補足するルール。それは――」

 

 

 

 

 

「――【学級裁判】だ」

 

 

 

 

 

 学級……裁判……。

 

「それは……どのようなものなのですか?」

「……ボクが説明してもいいけど、正確なルールを把握するために、この物語の語り部(ストーリーテラー)、モノクマから聞いた方がいいだろう」

「あいつをよぶの!?」

 

 大天が痛ましい声を上げる。

 

「……確かに、万全を期するためならその方が良いかもしれませんね」

「というわけだァ! でてこいモノクマァ!」

 

 そう火ノ宮が叫ぶと、先ほどと同じようにモノクマがステージ上へと飛び出してきた。

 

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん!」

「ほ、ホントに出てきた……」

「なんなの根岸クン! 人を呼び出しておいてその反応はさ!」

「呼べば来てくださるのですね」

「まあね! 僕ってば誰よりも優しいクマだから、人に呼ばれると断れなくってね!」

 

 ……城咲は若干能天気な反応をしているような気もする。肝が据わっているとも言い換えられるが。

 

「それで、学級裁判の事だけど……まあ今までの話は聞いてたから答えるけどさ、はあ……明日川さん、そのルール知ってたんだね。せっかく初代に倣って隠していこうと思ったんだけどなあ」

「という事は、明日川の言っていたことは本当なのか」

「そうだよ!」

 

 モノクマは、そう言ってあっさりと認めた。

 学級裁判の存在を。

 

「じゃあ説明するけど、先に【強化合宿のルール】を追加するからそっちを確認してね」

 

 ルールの追加……もう一度規則を確認してみよう。すると、確かに規則が増えていた。増えた規則は……。

 

 

=============================

 

【強化合宿のルール】

 

~前略~

 

規則8、生徒の誰かを殺したクロは【成長完了】と認定され、【卒業】となるが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけない。

規則9、規則は順次追加されることがある。

規則10、生徒間で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、生徒全員に参加が義務付けられる【学級裁判】が行われる。

規則11、【学級裁判】で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑される。

規則12、【学級裁判】で正しいクロを指摘できなかった場合は、クロだけが【卒業】となり、残りの生徒は全員処刑される。

 

=============================

 

 

 ……【処刑】?

 そこに並んでいたのは、おおよそ日常生活では見かけないような文字だった。周りの生徒に目をやると、ほとんどの生徒があからさまに動揺を見せていた。動揺していないのは、事前に学級裁判の詳細を知っていた明日川と……岩国だけか。

 

「こ、これ……」

「はい! じゃあ説明します!」

 

 そんな俺達もおかまいなく、モノクマが説明を開始する。

 

「規則8に書いてある通り、殺人を犯した生徒は【卒業】となりますが、それは、自分がクロでないと周りの生徒を欺くことが条件です! 自分の犯行が周囲にばれるような未熟なクロを【成長完了】なんて認めるわけにはいかないからね!」

「欺く……」

 

 新家がぽつりとつぶやく。

 

「クロがしっかりと他の生徒を欺けたのか? それを判定するのが【学級裁判】なのです!

 死体が発見された際、一定時間の捜査時間を設けます。その後、学級裁判にて、『殺人を犯したクロは誰なのか?』をオマエラに議論してもらいます。最終的に、クロを多数決で決定し、その答えが正解ならば、クロだけが処刑。不正解ならクロ以外の全員が処刑となります!」

「処刑って、どういうことなのよ?」

 

 東雲が、一番狂気を感じるフレーズについて質問を飛ばす。

 

「そのままだよ。別の言い方をするなら『オシオキ』だね。電気でビリビリ、毒ガスモクモク、炎でメラメラ……野球ボールでフルボッコでもいいし、プレス機でぺしゃんこ! ってのも譲れないね!」

「そ、そんな……」

 

 モノクマは、嬉しそうに体をくねらせながら【処刑】の詳細を語る。

 

「……要するに、【卒業】するためには自分以外の全員を殺さなきゃならねェってことか」

「そう! さっすが火ノ宮君! 冴えてるねェ!」

「うるせェ! クソみたいなルールじゃねェか!」

「はぅあ!?」

 

 火ノ宮の暴言に、胸を押さえて心を痛めるようなそぶりを見せるモノクマ。どうせそんなことは微塵も思ってないんだろう。

 

「ルールとして定められてる以上、俺はそのルールを破るようなことはしねェ……けどなァ、俺は人殺しなんてしねェぞ!」

「あー、そうやってもう『自分はクロになりませんよー』って周りにアピールしてるのか。うまいねえ~」

「あァん!? んな訳ねェだろうがァ!」

「火ノ宮君! 挑発に乗ってはモノクマの思う壺です。落ち着いてください」

「……チッ」

 

 火ノ宮は杉野に言われてようやく言葉を控えた。火ノ宮は、頭に血が上りやすいわりに、ルールは守るし暴力をふるいはしないから規則に抵触することは無いと思うが……何があるかはわからないから気を付けるに越したことは無い。

 

「杉野クンはそうやって常識人ぶるんだねえ……」

「……何が言いたいのですか?」

「いや別に? じゃあ、【学級裁判】の説明も済んだし、ボクは今度こそ……あ、そうだ」

 

 もうどこかに出ていこうか、という雰囲気を見せて歩いていたモノクマだったが、突如ピタッと動きを止め、くるりと方向を変えた。その視線の先にいたのは……明日川?

 

 

 

 

 

「食らえ! 電気ショック!」

 

 バチィッ!!!

 

「うわあっ!!」

 

 

 

 

 

 その瞬間、明日川の体は悲鳴とともにびくりと跳ね、そしてその場に倒れこんだ。

 

「お、おい!! 明日川!」

「明日川さん!」

 

 俺をはじめとして何人かが明日川のもとへ駆け寄る。抱きかかえてみると、明日川はピクリとも動かないが一応息はあるようだ。

 

「モノクマァ! 明日川に何しやがった!! 明日川はまだ規則違反をしてねェだろうがァ!」

「大丈夫、明日川さんは別に死んじゃいないから。さっきも言ったでしょ? 無駄に人数を減らしたくないって。それに……もし規則違反をしたらこの程度じゃ済まさないよ」

「……ッ!!」

 

 モノクマの言葉をきいたその時、背筋をゾクリと悪寒が走り抜けた。

 蒼神がモノクマに問いかける。

 

「では、明日川さんに何をなさったのですか?」

「明日川さんはこっちにとって都合の悪いことをたくさん覚えてそうだったからね。ちょっと記憶を消させてもらったんだ」

「き、記憶を……!?」

「そんなことできるのかよ!」

「できるよ」

 

 新家の叫び声のような問いかけに、モノクマはこともなげにそう答えた。

 

「明日川さんの記憶はちゃんと厄介なところだけ消したから、それ以外のことはきちんと思えてるよ。それじゃあね!」

 

 その言葉を残して、今度こそモノクマはいなくなった。

 メインプラザに残されたのは、俯く15人と、倒れこむ1人。そして重く暗い沈黙だった。俺達はここにきて、ようやく自分たちの置かれた状況を理解し始めていた。

 

 コロシアイ……学級裁判……処刑……記憶消去……。

 言葉だけ見ればすべてが現実味を帯びていないそれらは、紛れもない現実として、俺の心に刻まれていた。夢ならとっとと覚めてくれと何度も願ったが、その悪夢は依然現実として俺達の前に立ちふさがっている。

 

「……」

 

 誰も動こうとしていなかった中、初めに動いたのは岩国だった。岩国は、無言を保ったまま中央広場へと歩きだした。

 

「あら、岩国さん。どちらへ行かれるんですか?」

 

 蒼神が声をかける。

 

「……この【自然エリア】の探索だ。こんなところでとどまっていても、何も始まらない」

「それは……そうですわね」

「今俺達がすべきなのは、あのぬいぐるみに対抗するための情報の入手だ。人殺し? ばかばかしい。そんなくだらない遊びに付き合う道理など無い」

 

 ……それはその通りだ。

 その通りだが。

 

「もっとも、この中の一人くらいは、犯人の妄言に唆されて殺人を企てているかもしれないがな」

 

 そうなのだ。

 

 こんなくだらないゲームに乗る必要はどこにもない。殺人を犯さなくてもここで過ごすことを選択すればそれでいいし、別の方法での脱出の可能性がついえたわけでもない。犯人の見落とした出口を見つけられるかもしれないし、俺達の誘拐の通報を受けた警察がこのドームを発見して助けてくれるかもしれない。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 しかしだ。

 

 

 

 ここにいる16人のうち、誰か一人でもこの絶望に耐え切れなくなり、今よりももっとひどい悪夢――【学級裁判】がはじまってしまうかもしれない。

 しかも、もしそうなったとき、【卒業】することに決めたクロの標的となるのは俺で、俺は【学級裁判】に参加することすらできないかもしれない。

 

 

 

 

 そして。

 俺が一番恐れているのは。

 

 

 

 

 

 最初にこの絶望に耐え切れなくなるのは、【超高校級の凡人】である、この俺なのかもしれないという事だった。

 

 その可能性を、俺は否定することができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PROLOGUE:【超高校級の凡人は超高校級の夢を見るか?】 END

 

 

 

【生き残りメンバー】 16人

【普通】平並 凡一 

     【手芸部】スコット・ブラウニング 

【化学者】根岸 章   

【発明家】遠城 冬真  

【声優】杉野 悠輔 

【帰宅部】古池 河彦  

【クレーマー】火ノ宮 範太   

【宮大工】新家 柱   

 【幸運】七原 菜々香 

【図書委員】明日川 棗   

【ダイバー】東雲 瑞希   

【生徒会長】蒼神 紫苑   

【弁論部】岩国 琴刃  

【メイド】城咲 かなた 

【運び屋】大天 翔   

【腹話術師】露草 翡翠   

 

 

 

 

     GET!!【白紙のネームプレート】

 

『何者にもなれない未熟者の証。一人前を目指して頑張ろう』

 

 

 

 

 




ようやくプロローグ終了。
参加者名簿を載せた後に本編を開始します。

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