ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編① 死線上のアリア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶                  

 望                  

 に       CHAPTER3       

 立                  

 ち                  

 向       【非日常編】       

 か                  

 う                  

 ▅█  ▅▀▀▅ ▅▀▀▅      

 ▀█  █  █ █  █      

  █  █  █ █  █      

  ▅█▅  ▀▅▅▀ ▀▅▅▀  の 方 法 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──《「七原には、生きていて欲しいんだ」》

 

 

 かつて抱いた、そんな願いを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──《「私、七原菜々香。【超高校級の幸運】として希望ヶ空にスカウトされたんだ」》

 

 

 朗らかな笑顔とともに、彼女はそう告げた。

 幸運の女神に愛された彼女は、その自分の才能をいつだって信じていた。

 

 

──《「私たちは間違ってない。間違ってるのは、モノクマだけなんだよ」》

 

 

 絶望に押しつぶされそうになった俺達に、彼女は毅然と正しさを示してくれた。

 正解の見えない地獄の中で、彼女は自分の進むべき道を揺るぎない瞳で見つめていた。

 

 

──《「じゃあ、平並君は今の、この日常が壊れたっていいって言うの!?」》

──《「たった数日だったかもしれないけど、狂ったルールがあったかもしれないけど、不安でいっぱいだったかもしれないけど! このドームで過ごした時間だって、大事な日常なんじゃないの!?」》

 

 

 絶望的な殺意を抱いた、抱いてしまったあの夜。

 その真っ直ぐな正しさで俺を引き止めてくれたのが、彼女だった。

 彼女のおかげで、俺はここに立っている。あの時からずっと、彼女に救われ続けている。

 

 

──《「自分がどうでもいいなんて、そんな事言わないでよ」》

 

 

 昨晩、彼女はそう俺に語りかけてくれた。その奥に見える優しさが、俺の心臓を掴んで離さない。

 彼女と共に人生を歩めたのなら、それはどんなに素晴らしいことなのかと、俺は今日ようやく気がついたばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな彼女の。

 

 七原菜々香の命の灯火が。

 

 

 

 

 

 

 

 今、まさに目の前で、失われようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「おい! 七原!」

 

 名を呼びながら、赤く染まった床に倒れ込む彼女に駆け寄る。勢いよく踏み込む足が壁に血しぶきを飛ばした。

 その俺の叫び声に呼応しようとするかのように、彼女の首が微かに動く。

 

「よか…………」

 

 吐息のように声が漏れる。俺の姿を見つけた彼女の発したその声は、安堵の情を含んでいるように聞こえた。

 

「大丈夫か、七原!」

 

 彼女の震える右手をとって、両手で包み込む。ヌメリとした感触の先にあったのは、消えかける彼女のぬくもりだった。

 

「平並君、この扉を開けてください!」

 

 俺の声が聞こえたのか、迷宮の外からそんな杉野の声が飛んできた。

 

「うるさい!」

 

 何を企んでるのかは知らないが、あんな奴に構っている余裕なんて無い。

 高鳴る鼓動を抑えながら、床に横たわる彼女を見つめる。焦点の合わない視線とぶつかった。

 

「しろさき……さんが……お……斧で……!」

 

 それは、これまでよりもわずかにはっきりとした声だった。自らが目撃した事実を俺に伝えようと、声を振り絞っている。

 

「ああ、分かってる! 分かってるから喋らなくていい! 無理するな!」

 

 彼女の口からなにかの真実を得たとして、それが彼女の命と引き換えになってしまうのなら、そんな真実なんて要らない。彼女の命より優先されるべきものなど無い。

 

「…………あ」

 

 張り詰めた糸がちぎれるように、突如彼女の体が重力に負ける。それが、彼女に限界が訪れるのがそう遠い未来の話でないと告げている。

 

「おい、七原! しっかりしろ! 死ぬな! 七原!」

 

 願いが口から溢れ出す。生きてくれと、彼女の才能に願う。

 その俺の声が聞こえているのかいないのか。彼女は俺の両手から手を引き抜いて、ずるりと床を這わせた。

 

「七原、どうした……」

 

 その手が、とある箇所で動きを止める。何かを示すために動かされたということを、真っ直ぐに伸びた人差し指が示している。

 彼女の示したその床には、血で描かれた線が何本も走っていた。

 それは、まるで文字のようで。

 

 

 

「……『白衣』?」

 

 

 

 背後から、東雲の声がした。俺達の様子をじっと伺っていた彼女が口にした通り、その文字はそう読むことができた。

 どうしてこんな文字があるのか。きっとこれを書いたのは七原自身だ。ならば、彼女が伝えたいことは。

 いや、そんなことは今はどうでもいい。それが何を意味するかなど必要になったときに考えれば良く、今最優先すべき事は他にある。

 

「七原……!」

 

 秒を読むごとに虚ろになっていく彼女の呼吸。もみ合ったかのようにヨレた緑の服からは、今も尚赤い血が染み出してくる。

 なんだ。どうすれば良い。何をすれば、彼女を死の淵から救い出すことができる。

 その答えを模索して、結局何も見つからない。

 己の無力さを、暴力的なまでに知らしめられる。

 

「シロサキ!」

 

 再び、迷宮の外から声が聞こえてくる。

 

「……じゃ、ないのか?」

 

 その怪訝なスコットの声と共に、いくつかの足音が響く。死体発見アナウンスを聞いて、集まってきたらしい。

 

「平並君。この扉を開けてください」

 

 そして、先ほどと同じ言葉が杉野からかけられる。これ以上無視することもできず、その言葉に従った。

 扉の先には、城咲の名を呼んでいたスコットの他にも何人かがいた。

 

殺されたの(退場者)は、彼女か?」

 

 髪を濡らして雫を垂らす明日川が、七原に近づきながらそんな台詞を口にした。

 

「違う! 七原はまだ生きてる!」

「……そのようだな」

 

 七原の口に手をかざし、その息を確かめる明日川。

 

「殺されたのは……」

 

 と、その名を口にしようとして、同時に脳裏にあの惨状が蘇る。

 

「凡一ちゃん、大丈夫?」

 

 言い淀んだ俺を見て、露草が心配そうに声をあげる。その奥から、睨み付けるような根岸の視線も飛んでくる。

 

「……誰が殺されたんだ」

 

 静かに俺を急かすスコットの表情には、何か確信めいた不安が表れていた。

 

「……っ」

「城咲よ」

 

 その妙な気迫に気圧された俺に代わって、東雲があっさりとその名を告げた。

 

 迷宮の中で事切れていた、彼女の名を。

 

「嘘だ!」

 

 叫び声が耳を貫く。

 

「シロサキが! ……シロサキが死ぬなんて、嘘に、決まってる……」

 

 その強い言葉とは裏腹に、語気はみるみる弱まっていく。彼女の死を必死に否定しようとしても、理性がそれを許してくれないのだ。

 

「スコット君。先程あなたは、七原さんの血を見て城咲さんの名を呼びました。そう勘違いするだけの理由があった、ということですよね」

「……少し前(前話)から、城咲君の姿(書影)が行方知れずになっていたんだ」

「……そうですか」

 

 スコットの代わりに明日川が答えた。その台詞が本当なら、彼らは城咲の姿を追い求めてここまでやって来たはずだ。だからこそ、彼は大迷宮の中で誰が殺されたのかを本能で察してしまっていたのだろう。磨りガラス越しの血を見て、一瞬彼女と勘違いするのも無理はない。

 

「ありえない、そんな……!」

「どこへ行くんですか?」

 

 とっさに駆け出そうとしたスコットだったが、その腕をすれ違い様に杉野が掴んだ。

 

「迷宮の中に決まってるだろ! シロサキが本当に死んだのかどうか、確かめてくるんだ!」

「残念ですが、それは看過できません」

「なんだと……?」

「……事件の詳細はわかりませんが、事件は大迷宮の中で発生したことは間違いありません」

「そんなこと、シノノメ達がそこから出てきたのを見れば分かる。だから行くんだろ!」

「だから止めるのです。詳細はまた後で説明しますが、僕は事件発生の直後からずっとこの大迷宮の出入り口にいます。その間怪しい人物は見ていませんから、この大迷宮の中で依然犯人が潜んでいる可能性があります」

 

 ……犯人が、この中に?

 

『じゃあ、全員集まるまでここで待ってりゃあ、誰が犯人が一発で分かるんじゃねえか?』

「……いえ、僕がここに来るまでに犯人が大迷宮から抜け出してしまった可能性もありますから、必ずしもそうとは限りません。しかし、犯人の動向が掴めない以上、今から大迷宮の中に入るのは避けるべきでしょう。スコット君、そうですよね?」

「それに、まだぬいぐるみから検死結果も送られてきていないんだ。勝手な行動はよせ」

「………………」

 

 そのやり取りを聞いて、スコットは足を止め、悔しそうに拳を握りこんだ。彼がこうも取り乱すのを初めて見た。

 

「……おい、シロサキは本当に死んだのか? 何かの間違いで、本当は」

「いい加減認めろっつーの! 話が進まないだろ!」

 

 スコットのすがるような言葉を遮ったのは、そんな怒号だった。

 

「……モノクマ!」

「現実ってのはさ、思い通りにならないこともたっくさんあるわけ。いや、むしろそんなことしか無いと言っても良いね! だからさ、オマエラは襲い来る現実を受け入れなきゃ何も始まらないんだよ! そうでしょ?」

 

 誰も同意の声など挙げない。

 

「城咲サンは死んだんだよ! その現実を認めてこそ、オマエラは前に進めるんだ!」

「ぐ……」

 

 悔しそうな、歯ぎしりの音が聞こえる。

 

「諦めろ、手芸部。お前だって、本当は分かっているんだろう」

「…………」

 

 死体を目撃していない彼らがそれを信じがたいのも無理はない。俺だってそんなことを認めたくなどないし、この目で生気の欠け落ちた彼女の姿を見ていなければ、俺も同じような反応をしていただろう。

 それでも、そんな感情など関係なく、事件は起こってしまった。皆の力になろうと皆に尽くしていた城咲は、この中の誰かに惨殺されたのだ。

 

 ……事件は起こった?

 

 自分の思考に自分で待ったをかけて、そして一つの結論を出す。

 

「……おい、モノクマ!」

「何何、平並クン?」

 

 わざとらしく耳を傾けるモノクマへの苛立ちを無視して、さらに言葉をぶつける。

 

「七原を助けろ!」

「……ハア?」

 

 言葉が理解できない、とでも言いたげにムカつく声をあげるモノクマ。

 

「出来るだろ、お前なら! こんな巨大な施設を作ったり記憶を消したり妙な薬を作ったりしてるんだから、七原を助けることくらい出来るだろ!?」

「そりゃまあ、ボクって何でも出来ちゃうスーパーベアーだし? 死んでないなら助けるのなんかお茶の子さいさいだよ。ぶっちゃけ色々やりようはあるし。でもさ、何でそんなめんどくさいことをボクがしなきゃいけないわけ?」

「なんでって……七原をこのまま見殺しにする意味がないだろ!」

 

 今、モノクマは七原を助けられると言った。なら、こいつさえ説得できれば、あいつを救える。

 

「事件はもう起きた! 城咲が殺された! 七原がどうなっても学級裁判は開かれるだろ!」

「そうだね。そういう風にさっきアナウンスしたでしょ」

「なら、七原が死ぬ必要はないはずだ! 七原が死んだところで無駄死ににしかならない! お前、確か言ってたよな。無駄に人数減らしたくないって!」

 

 あれはそう、俺達が初めてこの施設にやって来た日。モノクマを蹴り飛ばした大天に無数の槍を突きつけて、モノクマはそんなことを言いながら大天の規則違反を見逃した。

 

「だったら! 今ここで七原を助けた方がお前にとっても都合が良いんじゃないのかよ!」

 

 俺の必死の叫びを聞いて、

 

「…………」

 

 モノクマは黙り込んで俺を見つめた。

 

「……なんだよ。なにか言えよ!」

「じゃあ言わせてもらうけどさあ」

 

 心底どうでもいいという口ぶりで、わがままを叫ぶ子供を諭すように声が届く。

 

「なんでそんなんでボクを説得したつもりになってるの? ボクにとって何が都合がいいかなんて、オマエが勝手に決めるんじゃねーよ!」

 

 ビシリと、短い指を伸ばして俺に向ける。

 

「ぶっちゃけ、都合不都合の話をするんだったら、七原サンにはこのまま死んでもらった方が都合はいいんだよね。事件ももう三回目でしょ? 被害者は二人いる方がむしろ理想的なんだよ」

「どういう意味です? マンネリを回避したいとでも言いたいのですか」

「いや別に? でもいいねそれ! ()()()()()()! オマエラもさ、人が一人死んだくらいじゃもう真新しさもないでしょ?」

「ふざけるなよ……! どこまでオレ達をバカにしたら気が済むんだ!」

 

 城咲の喪失に怒りを燃やすスコットを無視して、更にモノクマは言葉を続ける。

 

「それに、前提からして間違ってるんだよ! 七原サンが無駄死に? 何言ってんの?」

「……え?」

「オマエが絶望するでしょ。それで十分じゃん」

 

 ヒュッ。と、喉の奥が鳴った。気安く差し向けられた禍々しい悪意に悪寒が走る。

 

「大体さあ、こんなことでいちいちボクがでしゃばりたくないんだよね。何度も言ってるでしょ、オマエラの自主性を尊重するって! 今、ここで起きてる現実は、オマエラが自分達で招いたものなワケ。だったらさ、その責任もオマエラで取るのが筋ってもんじゃない?」

「なら、そうさせてもらおう」

 

 突如、そんな台詞が挟み込まれる。七原のそばについていた明日川の台詞だった。

 ブレザーを脱いで七原の腹部……血の流れる傷口に押し当てていた彼女が、続けて台詞を紡ぐ。

 

「平並君。説得は無駄だ。前回(前章)の学級裁判で、モノクマ(管理者)は露草君の眠りを解かなかった(本を開かなかった)捜査時間(捜査編)に睡眠薬を吸い込んだだけの彼女にすら、関わろうとしなかったんだ。それよりも事件への関与が深い七原君への干渉はしないだろう」

「そうそう! 流石は明日川サンだね! ボクのことをバッチリ分かってくれて助かるよ!」

「だから、ボク達で彼女を救う。ボク達が、手術をすればいい」

「……手術? 手術だって!?」

 

 明日川が口にしたその言葉を反芻する。

 

「ああ。この舞台には、場所も道具も揃っていたはずだ。主に傷口の縫合と輸血処理が正しく行えれば……あるいは、彼女の命運(筋書き)を変えられるかもしれない」

「お前、手術なんかできるのか!?」

経験(既刊)は無い。が、必要な知識なら揃っている」

 

 深刻な表情のまま、彼女は自信を漲らせながらそう語る。

 

『知識があれば出来るもんじゃねえと思うが』

「勿論それはボクも承知している。残念だが、ボクが不器用だという設定は誰よりボク自身が熟読しているからね。だから、キミに協力を頼みたい」

 

 その遊びの無い視線の先には。

 

「……オレか?」

 

 瞳を絶望に染めた彼がいた。

 

「ああ、キミだ。スコット君。【超高校級の手芸部】たるキミの技術が、必要なんだ」

「……オレだって、手術なんかしたこと無いぞ」

「その設定は百も承知だ。ただ、キミの手芸の技術は手術へと転用できるだろう。執刀医として、キミ以上の適役はいない」

「……」

「別にやりたきゃやっても良いけどさあ」

 

 スコットが返事をするより先に、モノクマが口を開く。

 

「やるなら捜査時間のうちにやってよね。そんなもんに時間を割く気なんて無いから」

「分かっている。だから、気がかりなのはそれだ」

「と、言いますと?」

 

 杉野の催促を受けて、伏し目がちになって明日川は台詞を繋ぐ。

 

「……ボク達の中で、殺されたという城咲君と最も長い時間(ページ)を同じ空間(シーン)で過ごしたキャラクターは、他ならぬスコット君だろう。彼が彼女にどんな想いを抱いているのか……それをボク達は推察する事しかできないが、その推察はそう外れたものでは無いはずだ」

「……」

「それは……そうでしょう、恐らくは」

「となれば、誰よりもこの謎を解きたがっているのもスコット君に違いないだろう。……その彼を捜査時間(捜査編)から退場させてしまうことに、ボクは負い目を感じている」

 

 妙に婉曲な明日川の表現でも、その言葉の意味するところは俺にも分かる。けれども、そのひどくエゴな頼みが受け入れられなければ、七原は救われない。

 

「頼む、スコット! 捜査は俺が代わりに……いや、俺なんてたかが知れてるかもしれないが、とにかく俺は全力を尽くす! だから、七原を、七原を助けてくれ!」

「…………そんなに叫ばなくてもいい」

 

 ほんのわずかに逡巡した様子を見せたスコットだったが、何かを決意したように、覚悟したように目を閉じた。

 

「ナナハラの手術に協力する」

「本当か!」

「……よろしいのですか?」

「……ああ」

 

 杉野に念を押すように尋ねられて、彼は小さく答えた。

 

「……シロサキなら、そうするだろ」

「スコット……」

 

 その瞳は大迷宮の壁をとらえていた。恐らくは、そこに彼女の姿を幻視しているのだ。

 そしてきっと、彼の言う通りだろう。彼女なら、捜査よりも救命を優先したに違いない。

 

「無駄だと思うけどなあ」

 

 冷めた声でモノクマが喋りだす。

 

「大体、もう気も失ってるし、死んだも同然じゃん。諦めなって」

「……っ!」

 

 その発言につられて七原に視線を飛ばす。モノクマが言い放った通り彼女はすでに意識を手放しているようだった。

 

「……ならば、死体発見アナウンス(絶望のチャイム)を鳴らせば良いだろう。それをしないのは、まだ彼女が死んではいない(彼女の物語が続いている)からではないか?」

「どう解釈するかはオマエラの自由だけどさ、ボクとしては誤報を流したくないだけだよ。ぶっちゃけもう死亡判定してもいいんだけど……ほら、ボクって石橋は叩いて飛び越えるタイプだから」

 

 そんなことどうだっていい。

 

「ま、学級裁判を頑張ってくれるならなんでもいいよ。うまくいくといいね」

 

 そのモノクマの声は、上滑りするような中身のない物だった。

 

「じゃあもう捜査時間始めるよ。城咲さんの検死結果はこれまで通り『システム』に送っておいたから。まったく、全員揃うまで待ってあげようと思ってたのに」

「全員……」

 

 と、その言葉を聞いて露草が辺りを見渡した。つられて俺も見渡す。火ノ宮と大天がまだ集まっていなかった。

 

「何してんのよ、アイツら」

「ま、まさか……」

 

 根岸が顔を青くして、そんな言葉を漏らす。その一言は、彼の想像の中身を察するには十分だった。

 火ノ宮も大天も、個室にいたはずだ。今に至るまで彼らがここに来ていないのであれば、寝ているのか、放送を無視しているのか、それとも、あるいは。

 最悪の光景を脳裏によぎらせた俺達に、モノクマは相変わらず軽い調子で語りかけた。

 

「あー、ほっとけば来るんじゃない? ボクとしては、最終的に例のエレベーターのところに集まってくれればそれでいいから」

 

 ……この反応は、どういう意味だろうか。少なくとも、死んではいないと判断しても良いのか。

 

『そんなテキトーでいいのかよ』

「オマエラがちゃんとやらないからこっちが譲歩してやってんだぞ! 黙って裁判の準備しろ!」

「琥珀ちゃん、余計なこと言っちゃダメだよ」

「オマエが言わせてるんだろ! ほらもう始めるから! つまんねーから証拠不足で議論が止まるのだけはやめろよ! じゃあな!」

 

 そんな捨て台詞を残して、モノクマはどこかへ消えた。

 

「……善は急げだ。七原君に残されたページは少ない。平並君、ストレッチャーを持ってきてくれ」

「分かった! 杉野! ついてこい!」

「そう怒鳴らずとも、手伝いますよ」

 

 念のため声をかけると、杉野は意外にも俺の言葉に素直に従った。もう事件が起きて、満足しているのかもしれない。

 ともあれ、素直に越したことはなく、彼を引き連れて病院へ向けて走り出した。

 

「……ん?」

 

 更衣棟の影から、つまり体験ゲートの方から駆けてくる人物を見つけたのはその時だった。その彼と、中央広場で落ち合う。

 

「……ハァ、ハァ……てめーらは、無事みてェだな……」

 

 ここまで急いで走ってきたのだろう、火ノ宮は派手に息を切らしていた。 

 

「ああ、俺達はなんとか……」

「火ノ宮君は何をされてたんですか? 放送は聞こえてましたよね?」

 

 俺の言葉を遮って、杉野が詰め寄った。明らかに、強い口調になっている。

 

「……別にやましいことなんざなんもしてねェよ」

「僕はただ何をされてたのか訊いただけですが」

「口調がそう言ってんだろォが。宿泊棟の個室……そのシャワールームで、シャワー浴びてただけだ。ほら」

 

 と、告げながら彼は髪を一束つまんで見せた。彼の主張通り、その髪は水分を含んでいる。東雲や明日川と同じだ。

 

「本当にそうでしょうか」

 

 だというのに、杉野は追及をやめない。

 

「あァ? オレが嘘ついてるって言いてェのかァ?」

「心当たりがありそうですが」

「あるわけねェだろ!」

「いい加減にしろ! そんなことやってる場合じゃないだろ!」

 

 妙に噛みつき合う二人の間に割って入る。

 

「何か気になることがあるなら後にしろ! 早くストレッチャーを取ってくるぞ!」

「ストレッチャーだァ?」

「ええ。七原さんの手術のために」

「七原ァ? 城咲じゃねェのかよ」

「違う。城咲は……今更、どうしようもないんだよ」

 

 そこで城咲の名が出るということは、彼もスコット達と同じように彼女の失踪に気づいていたのか。

 

「あ、そうだ。そう言えば、お前手術器具を回収してたよな」

「あァ? あァ、そうだ。個室にある」

 

 やはりそうか、思い出せて良かった。

 

「なら、現場に向かう前にそれを病院に持ってきてくれ。それがないと手術ができないだろうし」

「ああ、確かに必要ですね」

「七原のためなんだ。頼む」

「……わかった」

 

 一瞬視線を大迷宮にやっておおよその事態を把握したのか、火ノ宮は翻して体験ゲートへと駆け出した。俺達も急がないと。

 

 ストレッチャーを引きながら迷宮の出入り口へ戻ると、すぐに明日川の指揮で七原を乗せた。スコットと共に簡易的な止血作業はしたらしいが、もはや息の有無すら分からない。けれども、死体発見アナウンスはまだ鳴っていない。

 

運ぶぞ(場面転換だ)

「手伝おうか?」

「いや、オレ達だけで十分だ。行くぞ」

 

 そして、スコットと明日川が病院へとストレッチャーを引いていった。その様子を、俺は無言のまま見送った。

 

 本音を言えば、彼女に付き添っていたかった。他の誰よりも大切な人が死線を彷徨(さまよ)っているのだ。限りなく近い場所にいたいに決まっている。

 けれども、それで彼女が救われたりはしないのだ。いくら俺が彼女の身を案じたところで、何一つ彼女のためになりはしない。

 だから、俺にできることは、ここに残って捜査をすることだけなのだ。

 

「……いい加減、捜査を始めるぞ」

 

 無言を貫く俺たちにしびれを切らしたようで、『システム』を操作していた岩国がそれを閉じて口を開く。おそらく【モノクマファイル】を確認していたのだろう。そしてそのまま、大迷宮の中へと歩み始めた。

 

「岩国さん、単独行動は」

「控えろと言うんだろう。昨日のように誰かがついてこい。それでいいだろ」

「駄目です。探索の時とは違い、検死や見張りなどを考慮する必要があります。きちんと組分けは検討すべきです」

「……チッ」

 

 舌打ちと共に彼女は振り返る。

 

「なら早くしろ。いつぬいぐるみが捜査を打ち切るかわからないからな」

「ええ、わかっています」

「ねえ、組分けはいいけどさ」

 

 杉野の返答に、東雲が声を被せる。

 

「さっきちらっと見えた火ノ宮はいいけど、大天はほっといていいわけ? どこにいるのかもわからないじゃない。てっきりどこかで殺されてるかモノクマに引っ張り出されるもんだと思ってたけど、モノクマの様子からして生きてはいるんでしょ?」

「放置しておくわけにもいきませんが……今この場にいない以上どうすることもできないでしょう。捜査の際に探すしかありません」

「……ま、やっぱそうするしかないわよね」

 

 そう東雲が相づちを打った辺りで、病院に手術器具を届けてきた火ノ宮が合流した。

 

「ちょうどよかったです。火ノ宮君、今回も検死をお願いしてもよろしいでしょうか?」

「あァ、別に俺は、構わねえ、よ」

 

 息を切らしながら、思っていた通り彼は了承した。

 

「となると、次は現場の見張りになりますが……」

 

 そこで言葉が止まる。これまで、見張りは城咲とスコットに任せていた。しかし今、スコットは七原の手術をしているし、大迷宮で殺された人物こそが城咲だ。誰か代わりを立てなければならない。

 互いに目配せをしあうが、誰も立候補はしない。唯一露草だけが手をあげかけたが、根岸が止めていた。

 そして、しびれを切らした岩国がため息を一つついた。

 

「現場の見張りは不要だろ」

「はい?」

「全員が相互監視する事になるんだ。わざわざ現場に限って見張りを立てる意味がない。ただでさえ捜査する人数を減らしているわけだしな」

『言われてみりゃあそうだな』

「どうせ現場に人が集まるだろ。そいつらがいるならクレーマーが検死する間の見張りも問題ないはずだ」

 

 反論の余地のない正論だった。

 

「じゃあ、早く組み合わせを決めましょうか」

「な、なら、ぼ、ぼくは露草と一緒にやる……そ、それでいいよな……!」

 

 杉野が案を出す前に、根岸が露草の手を取ってそう言った。

 

「ええ。元よりそのつもりです。露草さん、根岸君をお願いします」

「おっけー! 任せてよ!」

「な、なんでぼくがお荷物みたいに言われなきゃいけないんだよ……」

 

 不服そうにしながらも、提案が通った事でそれ以上の文句は言わなかった。俺も根岸に便乗して、先に提案を強引に通すことにした。

 

「じゃあ、俺と杉野は火ノ宮に着いて現場を見る。検死が終わったら、火ノ宮は俺たちと一緒に動く。それでどうだ」

「オレは別にいいけどよォ」

「ええまあ。僕も構いませんが」

 

 そう答える彼らは、残った彼女らに視線を向ける。

 

「え、じゃあアタシがコイツと組むの?」

 

 残されたのは、東雲と岩国だった。……二組決めただけで、もう残りが二人だけになってしまうのか。

 

「俺は誰でもいい」

 

 岩国はそう吐き捨てて、『GOAL』の扉から迷宮の中へと歩き出した。床についた血をじっと見つめながら、それを踏まないように足を進めている。

 

「ちょっと、アタシの意思は? 別にアタシ、一人で捜査してもいいんだけど」

「それでは証拠が信用されないと以前お話したはずですが」

「……だからって、別にアタシがアイツと組む必要はないと思うわ」

 

 と言いつつ、東雲は迷宮に消え行く岩国の後を追った。一度決まってしまったペアを覆す方が面倒に思ったらしい。

 正直、俺と杉野が二人にそれぞれついた方がマシだとは思う。……コイツが、魔女でさえなければ。

 

「あれは良ィのかァ?」

「良いかどうかはわかりませんが……岩国さんは裁判には真面目に取り組んでくださいます。東雲さんの事は彼女に任せておけば大丈夫でしょう」

「……そうかァ?」

 

 杉野の予測に火ノ宮が首をかしげたその時。

 

 

「──よ──アンタ──」

「これは────じゃな──!」

 

 

「あァ?」

 

 大迷宮の中から、言い争う声が聞こえた。

 一際大きく聞こえたその片割れは、事件が発生してから一度も姿を目にしていない大天のものに聞こえた。

 

 

 ──それがどうして、大迷宮の中から?

 

 

「…………」

 

 無言のまま大迷宮へ駆け込む火ノ宮。それに俺や杉野、様子をうかがっていた根岸達も続く。

 血の絨毯に意識を割きながら大迷宮を逆走する。しばし走ったその先には、残念そうな顔の東雲と、腕を組んで行く末を見守る岩国と。

 

 

 

 

「なんだお前……その格好」

「だから、違うって言ってるじゃん!」

 

 そう必死に弁明する、全身を血に染め上げた大天がいた。

 

 

 

 

「違う、とはなんです?」

「なんていうか、そういうんじゃないっていうか……」

 

 服だけじゃない。手にも顔にも、淡い黄色の髪に至るまで、ベッタリと赤い血がついている。そんな異様な姿の彼女は、しどろもどろに目を泳がせていた。

 

「岩国、経緯を聞かせろ」

 

 火ノ宮の指名に、彼女はため息と共に答える。

 

「経緯も何もない。迷宮の中を調べようとしたら、そこの行き止まりに運び屋が潜んでただけだ」

「コイツ、ずっとこの調子なのよ」

「いや、だから、本当に、なんでもなくて……」

 

 彼女の言葉はまったく要領を得ない。どうして、彼女はよりによって大迷宮の中になどいたのだろう。

 

「……なるほど。モノクマが彼女を集めなかったのはこういう理由ですか」

「あァ?」

「他の場所であればいざ知らず、彼女は大迷宮の中にいたのです。大天さんは何らかの形で事件に関わっているかもしれません」

「そんな、私は何も!」

「その可能性は否定できない、という話です。モノクマは、不用意に干渉して事件に……いえ、学級裁判に影響が出ることを避けたのでしょう」

 

 杉野は大天の応答を食い気味に封殺した。

 

「事件に関わっているっていうか、クロそのものでしょ」

 

 直後、やる気のない東雲の声が聞こえてくる。

 

「さっきアンタが言ったんじゃない。クロが大迷宮の中に潜んでるかもって。要は、コイツがそうだったってことなんじゃないの? せっかく発見者になれたってのに、こんなつまんない事件だったなんて最悪よ」

「違う! 私は何もしてない! 私は、ただ……」

 

 弁明しようとして、彼女はその先を言い淀んだ。言えない理由があるのか。

 

「大天さん。今が捜査時間ということは理解しているのですよね?」

「う、うん……」

「でしたら、あなたが今ここにいる経緯を……そうですね、大迷宮に入る前から教えていただけますか。死体発見アナウンスを聞いたタイミングも、お忘れなく」

「……わかった」

 

 乱れる鼓動を抑えるように、彼女は胸に手を当てる。

 そして、彼女は語り出した。

 

「昨日の夜、部屋に戻る時に病院に忘れ物しちゃったんだよ。で、それにさっき気付いて、取りに行ってたんだけど……その帰りに、大迷宮に城咲さんが入っていくのが見えて……」

「城咲が? 一人でか?」

「うん……で、城咲さんって、食事スペースにいるはずじゃん。それなのにこんなところにいるなんて、多分何かあったんだと思って、それで私も大迷宮に入ったんだ」

「……それは何故です? あなたは今更、僕達に何かあったところで心配などしないでしょう。無視して部屋に戻るのが自然なのではないですか?」

 

 大天の独白に、時々こうして疑問を挟み込む。その様子は、既に学級裁判が始まっているようにも思えた。

 

「別に心配とかそんなんじゃないよ。心配なんてするわけないじゃん。……単純に、気になっただけだよ」

「……ふむ。まあ良いでしょう。続けてください」

「えーと、それで、私も大迷宮に入っていったら、真ん中の……小部屋みたいなところ?」

「チェックポイントか」

「ああ、そんなこと書いてあったね。そのチェックポイントで、城咲さんが死んでたんだ」

 

 伏し目がちになる大天。彼女自身も前回殺人を企んだとはいえ、嬉々としてそうした訳じゃない。三度目といえども、死体を目撃したことに少なからずショックを受けている……ようには見える。実際のところは、誰にもわからないが。

 彼女の言葉に嘘はないか。それを判断するためにも、一言一句聞き逃してはいけない。

 

「で、すぐ近くに犯人がいると思ったから、怖くなって逃げようとしたんだけど、足がもつれて転んじゃって……この血は、その時に付いたんだよ。でもほら、血が付いてるのは前だけだし、ね?」

 

 そう言いながら、大天は体を捻って血の染み込んだ服を見せつける。本人の申告通り、血が付着しているのは前面だけで、背中側は綺麗なものだった。

 

「確かにチェックポイントの床は血だらけだったから、前に転べばそうなるでしょうね」

「それがどォした。返り血こそ前しか付かねェだろォが。何の証拠にもなってねェぞ」

「ホントに転んだんだからそう言うしかないじゃん! 嘘じゃないんだって!」

「無駄な主張は要らない」

 

 大天が叫びだそうとして、それを岩国が止めた。

 

「まだ話の途中だろう。証言は最後まで話せ、運び屋」

「そんな言い方しなくても良いじゃん。話すよ。話せばいいんでしょ。転んだあと必死に逃げたんだよ。でも、大迷宮なんて初めて入ったから迷っちゃって……どうしよって思ってるうちに悲鳴が聞こえてきて……多分七原さんの悲鳴だと思うんだけど」

「僕たちが聞いた悲鳴と同じものですかね」

「聞こえてたんなら多分そうじゃないかな。で、その悲鳴がすぐ近くだったから、下手に動いたら犯人と鉢合わせるかもって思って、動けなかったんだよ。そのあとはずっとここで隠れてた。あのアナウンスも、ここで聞いてた」

 

 彼女の言葉の真偽はまだ分からないが、犯人がうろついているのなら大迷宮の中で隠れていようという判断は自然なものに思える。

 

「じゃあアタシ達が来たのにも気づいてたのよね?」

「……足音とかも聞こえたからね。その後にスコット君達が集まってきたのも、なんかモノクマと言い争ってたのも聞こえてた」

「なら出てくれば良かったのに」

「出ていけるわけないじゃん。こんな血だらけで皆の前に出たら、犯人ですって言ってるようなもんでしょ」

「まあ、ぎょっとはするよね」

「そ、それじゃ済まないだろ……」

『少なくとも、真っ先に怪しまれるよな』

「結局こうしてアタシ達に見つかってるんだから、意味なかったけどね」

「分かってるよ……」

 

 正直大天の印象は最悪だ。きっとそれは、自分から俺達の前に姿を表したとしてもそう変わらなかっただろう。

 けれども。

 

「しかし、僕達は第一印象だけですべてを決定付けることの危うさを、身を持って知っています。事実、平並君も最初の事件では服に血をつけていましたし、二度目の事件ではアリバイが完璧に思えた遠城君こそが犯人でした。

 先程、東雲さんは大天さんをクロそのものと評しましたが、まさか、100%そうだと確信してる訳ではないでしょう?」

「……ま、そうね。そうじゃなければ良いとは思ってるわ。もし大天以外がクロなら、きっと逆に面白い裁判になるはずだもの」

「『もし』じゃなくてそうなんだよ! 大体、私が犯人だったらもっとうまくやるって!」

「それを決めるのはてめーじゃねェ。オレ達だ」

「…………」

 

 ともあれ、大天から一連の経緯を聞くことはできた。その内容をすべて信じることは出来なくとも、そう主張した、ということは揺るぎない事実だ。証拠を集めてからまた吟味すれば、なにか新しい真実が見えてくるかもしれない。

 

「……行くぞ、ダイバー」

「なんでアンタが仕切んのよ」

 

 大天がすべて話し終えたと判断すると、岩国が城咲の倒れていたチェックポイントへ向けて歩き出した。根岸達もその後を追う。

 

「では、僕たちも捜査に移りましょう。大天さんは僕たちと一緒に来てください。いいですね」

「……うん」

 

 この前の裁判から自主的に孤立していた大天も、この状況で単独行動するのはあまりに悪手だと判断したらしく、素直に杉野の言葉にうなずいた。

 それを見て、俺達も現場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、ようやく捜査が始まる。

 

 

 大迷宮の中で惨殺された城咲は、献身的に俺達を支え続けてくれていた。

 それは彼女の才能に由来するものだったのか、それとも生来の性格がそうさせていたのか。どちらにしても、この極限状態で今まで俺達が人間的な生活を送ってこれた背景には、彼女の存在がある。皆で揃って脱出するために自分がすべき事を、彼女は十全に理解していた。

 

 そして、大迷宮では皆の平穏を願い続けた七原までもが襲われた。

 彼女の言動は、いつだって皆を希望で照らそうとするものだったはずだ。孤立した大天を案じ、自責する火ノ宮に反論し、苦悩する根岸に日常を取り戻そうと提案した。彼女に救われたのは、俺だけではない。皆だれしも、彼女に救われた瞬間があった。

 

 

 そんな彼女達の想いを踏みにじった、残酷な人間が存在する。絶望に思考を染めてしまった人間は、確かに俺達の中に潜んでいる。これから俺達は、その正体を突き止めて処刑台へと叩き込まなければならない。

 

 もはやそこにためらいなどない。

 倫理観が麻痺したわけではないはずだ。犯人が死ぬべき人間だと思っているわけでもないはずだ。

 ただ、そうする他に俺達の生きる道はないと理解しているだけだ。

 

 

 ……ひとつだけ懸念があるとすれば、それは病院に運ばれていった七原の事だけだ。

 大丈夫だ。俺が心配することなんて、なにもない。そう自分に言い聞かせて、不安と恐怖を唾と共に飲み込む。

 

 

 七原が死んでしまうなんて、そんなことがあり得るはずなどないのだ。

 だって、明日川の知識は疑いようもないし、スコットの技術だって折り紙つきだ。

 

 

 

 それに、何より。

 

 

 彼女は、【超高校級の幸運】なのだから。

 

 

 




短いですが、キリが良いので今回はここまで。
次回、捜査編です。

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