ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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(非)日常編③ あの素晴らしい日々をもう一度

 《食事スペース》

 

「…………」

 

 俺達が食事スペースに到着して数分が経ち、報告会を始める時間になった。しかし、報告会は始まらず、沈黙が続いている。各自、城咲が配ってくれたお茶やコーヒーを啜っていた。

 報告会が始まらないのは、まだ人数が揃っていないからだ。部屋にこもってしまった大天はともかくとしても、まだ三人足りない。

 

「火ノ宮さんたち、どうされたんでしょうか」

「彼が遅刻するとは思えませんが……」

 

 と、城咲達が話す通り、まだ食事スペースに来ていない人物のうちの一人は個室に危険物を置きにいった火ノ宮だった。真面目な彼らしくない。その他に来ていないのは、根岸と露草だ。

 

「私、見てこようか?」

「そうですね、何かあったのかもしれません」

 

 そんな会話をしながら七原が腰を上げた所で、小さくガチャという音がした。音のしたほうに目を向けると、宿泊棟の入り口から火ノ宮が出てくるところだった。その後ろから根岸達もやってくる。

 

「遅い」

 

 そのまま食事スペースにやってきた彼らに対し、開口一番岩国が文句を告げる。信頼を寄せることはなくとも律儀に約束の時間は守っている彼女からすれば、彼らの遅刻は相当苛立たしいことだっただろう。

 

「あァ!? チッ、悪かったよ!」

 

 火ノ宮はぶっきらぼうにそう返して、ドカッと椅子に腰を落とす。返答を受けた岩国は大きく顔をしかめた。謝罪になっていない謝罪やその態度を見る限り、火ノ宮はかなり虫の居所が悪いらしい。

 

「い、いちいちうるさいヤツだな……!」

 

 そして、虫の居所が悪いのは根岸も同じようだった。眉を潜めて火ノ宮を睨みつけながら、トゲトゲしくそんな事を口にする。

 

「チッ! なんか言いてェことでもあんのか!」

「し、静かにしろよ……! み、耳障りなんだよ、い、いつもいつも!」

「あァ!? 何だその言い方はァ!?」

『お前達、喧嘩するなって! これから報告会だろ!』

「そうです。お二方、どうかお気を沈めてください」

「…………チッ!」

「…………」

 

 黒峰と杉野になだめられ、二人共にらみ合いつつも黙り込んだ。

 

「ごめんごめん、琴刃ちゃん。ちょっと探索に時間がかかっちゃって」

 

 そんな彼らとは対象的に、露草は朗らかに岩国にそう告げる。

 

「探索?」

『ああ、宿泊棟の二階の部屋が一つ開放されてたからな』

「……二階、か」

 

 会話を聞いて、そんな事を呟く。そう言えば、前回は集会室が開放されていたらしいし、宿泊棟の中も探索すべきだったか。

 だが、三人が遅れてきたのはきっと探索だけが原因じゃないだろう。火ノ宮達の様子を見れば一悶着あっただろう事は想像がつく。彼らはただでさえ水と油というか火に油というか、とにかく相性が悪い。露草一人で仲を取り持つのも限界があったのかもしれない。

 どちらも、悪いヤツでは無いはずなんだがな……。少なくとも、こんな状況でさえなければこうも不穏な衝突はしなかっただろう。

 

「でも、遅れたって言ってもたかが数分だよ」

「たかが数分なら無駄にしてもいいと?」

「そうは言ってないけど……」

『翡翠、今回は遅れたオレ達が悪い。ちゃんと謝ったほうが良いぜ』

「……そうだね。ごめんね、琴刃ちゃん」

「……揃ったんだから早く始めろ、声優」

 

 岩国は露草の言葉には反応せず、そっぽを向いて杉野にそう声をかける。

 

「それでは岩国さんもこうおっしゃってますし、始めましょうか」

 

 不穏な空気に頭を抱えるフリをしながら杉野がそう告げて、報告会は始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 報告会は、杉野が施設の名をあげて簡単に説明し、俺達がそれを補足するという形式で行われた。と言っても、城咲以外は皆一通り新しく開放された【運動エリア】の施設を調べている。その施設に危険があったかどうかの再確認が実質的な目的だった。その結果を言えば、開放された施設に対する俺の認識は間違っていないようだった。

 

「では、続いて大迷宮について情報共有を行いたいと思いますが……僕と平並君は外観を見ただけでその中までは確認していません。ですので、報告は明日川さんにお願いしてもよろしいですか?」

「ああ。引き受けよう」

 

 軽く手をあげながら、彼女はそんな台詞を吐く。

 

「大迷宮の(本文)だが、ひたすらに真っ白な床と幾何学模様が無数に並んだ壁で構成されていた。天井はなかったが、その代わりに金網が張られていたから、真っ当に出口から抜ける(エンディングまで読み切る)他に脱出する方法は無いだろうな」

「幾何学模様?」

「ああ。白地に様々な色で描かれていた。丸に、三角や四角を始めとする多角形、それに太さがまちまちな直線や曲線も引かれていたよ」

 

 明日川の台詞を聞きながら、頭の中でその光景を思い描く。

 

「ということは、その模様が迷路を抜ける時の目印になるのか?」

「いや、それは無理(空想)だ」

 

 俺の疑問は即座に否定された。

 

「大迷宮としては実に巧妙なことに、似たような模様があらゆる箇所に描かれていたからね。道のつながりを覚えながら進めば良いが、一度迷った時に(場面で)模様を目印にして場所(ページ)を把握しようとすると、逆にひどく迷う可能性がある」

「そうなのか」

「オレも壁の模様には気をつけていたが、何度か勘違いしたな」

「厳密に言えば、全く同じ模様(装丁)が描かれている箇所は存在しない。壁の長さ(サイズ)も異なるしね」

「それでも、その違いもアスガワに言われてようやく気づくレベルだ。アスガワの記憶力がなければ、かなり苦戦すると断言できる」

 

 自分が模様の勘違いに気づけなかった事が悔しかったのか、スコットは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。あえて似たような目印を作り、挑戦者を惑わせているのか。なかなかにいやらしい建物だ。

 

「ふうん。面白そうね。後で行ってみようかしら。ゴールまでたどり着くのにどれくらい時間かかるの?」

「ふむ。ボク達は隅々まで探索していたからかなり時間を要したからね。東雲君がどれほど迷うかによるとしか答えられないな」

「そりゃそうでしょ。そんな事訊いてるんじゃないわよ」

「ただ、道さえわかれば5、6分で抜けられる、とは言っておこう。無論走ればもっと早いけれど」

「あァ? んな短ェ時間で抜けれんのか? 『大迷宮』なんて名前がついてるクセによォ」

「郊外にあるような土地の確保が容易にできる巨大迷路と違い、あれはドームの中に作られた一施設だ。サイズ(ページ数)を大きくするのにも限度があったのだろうね」

 

 モノクマが、どのようにしてこのドーム群を作ったのかわからない。そもそも、ここがどこなのかもわからないし。ただ、モノクマはプールを作るスペースは無かったと言うようなことを東雲に話していたし、どうもドーム有りきの建築のような気がする。明日川の推測は概ね当たっていそうだ。

 

「それと、チェックポイントもあった」

「ちぇっくぽいんと……ですか?」

「大迷宮の中央付近にある、ドア(表紙)の無い小部屋だ。ちょうど、ゴール(エンディング)へ向かう道の中頃にある」

「壁にもチェックポイントと書いてあったからな。恐らく、ここを通らないとゴールには着けない構造になっているんだろう」

「どうしてチェックポイントなんか作ったんだ?」

「あの部屋にはベンチが設置されていたから、休憩所としての機能があるんだろう。景観のためか、スノードロップの鉢植えが壁にかけられていたしね」

 

 明日川は、俺の疑問に簡単に答えてくれた。

 

「……スノードロップ」

 

 告げられた花の名前を反芻する。

 

「平並君。どうかしたの?」

「いや……花言葉が気になったんだ」

「花言葉……すのーどろっぷの花言葉をご存知なのですか?」

「ああ。確か、『希望』って意味だったはずだが」

 

 こんな絶望まみれの空間で、どうしてそんな花が用意されているんだろうか。『希望』なんて、どこにも有りはしないのに。

 

「……そうとは限らないな」

 

 俺の言葉を聞いて、明日川が口を開いた。

 

「花というのは、往々にして複数の花言葉を持っているものだ。そしてそれは、当然スノードロップも例外じゃない」

「……というと?」

先程(数行前に)平並君が述べたように、スノードロップには確かに『希望』という意味がある。ただ、これを用意したのがモノクマ(絶望の象徴)であることを考えれば、そのような回りくどい皮肉めいた意味(暗示)ではなく直接的な意味(メッセージ)が込められているはずだ」

「…………」

 

 無言で、続きを促す。

 

「『あなたの死を望みます』……スノードロップには、そういう意味(ページ)もあるんだ」

「なっ……!」

「……チッ。どっちにしたって趣味が悪ィな」

「まあ、花言葉というのは後から人類がそれぞれの花に設定(記述)しただけに過ぎない。もし警戒するというのなら、花言葉よりもスノードロップの持つ毒性の方を警戒すべきだ」

「毒性……毒があるのですか?」

「ある。とは言ってもスノードロップの毒に致死性は無いし、そもそも大迷宮の中にあった程度の少量では作用しない。あの花は純粋に嫌がらせの名目(題名)で用意されたものと見るべきだろうな」

「ああ。気になることなら他にもあるからな」

「……まだ何か?」

「チェックポイントを越えた先の行き止まりの一つに、真っ白な(表紙)があった」

「それは……でぐちの、ですか?」

「いいや。当然それとは別に、だ」

 

 ……大迷宮の中に、扉?

 

「カギがかかっていたからどこに繋がっているかはわからなかったけれどね。カードかなにかをかざすような装飾(装丁)はあったが、ボクやスコット君の『システム』に反応しなかったから。可能性があるとすれば焼却炉(煉獄)のカードキーだけだが……正直、開けられはしないとボクは思う」

 

 明日川の言う通り、焼却炉のカードキーでその扉が開くとは考えにくい。念のために確認はすべきだろうが、あのカードキーは別にマスターキーでもなんでもないわけだし。

 

「そうですか……大迷宮で迷った時用の緊急脱出口でしょうか?」

「スギノ、それは違うんじゃないか? 大迷宮に救済措置は無かったはずだ。出たかったらゴールまでたどり着けってモノクマが言ってただろ」

「ええ、僕もその言葉は覚えています。ただ、万が一のために脱出口を用意だけしておいた可能性はあります。だからこそ、今は施錠してあるのではありませんか?」

「杉野君の台詞も尤もだが、単に大迷宮の掃除用具入れや、管理室の類いのモノクマ用の部屋の可能性もある。少なくとも、あの(ページ)をボク達に開ける(めくる)すべがない以上、その先の記述を考察しても意味はないだろうね」

 

 その台詞に、杉野を含めて皆がうなずく。扉の事は気になるが、取り立てて危険なものでも無さそうだし深入りする必要はないと思う。

 

「さて、大迷宮の報告は終了(終幕)だ」

「ありがとうございました、お二方。これで一通り【運動エリア】の報告は終わりましたし、他の施設の報告に移りましょうか。露草さん」

「ん、翡翠?」

 

 と、彼女は可愛らしい声で聞き返す。

 

「宿泊棟で開放された部屋を調べていらしたんですよね?」

『ああ。さっきも言ったが、二階の部屋が一つ入れるようになってたぞ』

「章ちゃんと一緒に見てきたんだ」

「よろしければ、その報告をお願いしたいのですが。僕達は確認できていませんからね」

「うん、わかった」

『それくらいお安い御用だぜ!』

 

 そんな会話をして、露草が立ち上がった。

 

「宿泊棟の二階の、真ん中の部屋が開放されてたよ」

 

 露草の声に耳を傾けながら、『システム』を操作して宿泊棟の地図を開く。すると、確かに中央の部屋の名前が明らかになっていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

『その部屋はAVルームって言うんだってよ』

「AVルーム!?」

 

 ガタッと椅子を鳴らして明日川が立ち上がる。

 

「……あ、ああ。視聴覚室(Audio-Visual Room)か。すまない、取り乱した」

 

 そして数秒後、そんな台詞と共に彼女はゆっくりと腰を下ろした。

 

「チッ。何を勘違いしてんだてめー」

 

 冷たい目を向けてそんな言葉を告げる火ノ宮。……まあ、大体分かるが。

 

「何をって、勿論 Ad――」

「露草。続けてくれ」

「わかったよ、凡一ちゃん」

『つっても、わざわざ説明することはねえな。さっき視聴覚室って棗は言ったけど、どっちかっつーと映画館の方が近えぞ』

「と、言いますと?」

「集会室の椅子はパイプ椅子だったけど、AVルームはふかふかのソファーみたいな椅子が並んでたからね。あれなら何十時間でも座ってられるよ!」

『それは言い過ぎだ! けどまあ、観賞用の椅子には間違いねえな』

 

 露草がAVルームの中身を伝えてくれるが、ボケが挟まるのが少し気になる。視界の端で岩国が苛ついているのが見えた。

 

「隅っこに動画を選べる機械があって、それでまとめて再生とか色々操作するみたいだったよ。前の方にでっかいスクリーンがあって、そこに映像が映るんだよ!」

「スクリーン? いつもみたいに空中に投影されるんじゃないのか」

『凡一、『システム』とかはそれでいいだろうけど、映画は向こうが透けたら困るだろ。そもそも透けない前提で作ってんだからよ』

「あ、そうか」

 

 真っ当に論破されてしまった。

 

「なんか、沢山映画があったよ。二年くらい前に出てた『ネイチャーズ37』とかもあったし、古いのだと『磯の香りの消えぬ間に』とか『シン・ノミラ』とか有名なのが揃ってたかな。見たこと無いけど」

『最後の一言は完全に余計だろ』

「そうかな? これから見れば良いんだよ!」

『翡翠がそう言って見たこと無えじゃねえか!』

「これまではね! でも、今は皆が居るし、映画の感想を言い合うのも楽しそうだと思うんだよね。そのためだったら、映画を見るのも良いかなって」

『目的と手段がひっくり返ってねえか?』

「腹話術師。報告はもう終わりか?」

「あ、琴刃ちゃんは映画って見る?」

「…………腹話術師。報告はもう終わりか?」

「琥珀ちゃん。琴刃ちゃんがなんか怒ってるみたい」

『怒るのも当たり前だと思うがな』

「………………」

 

 今にも苛立ちを爆発させそうな顔で、彼女が睨みつけている。

 

「ごめんごめん、琴刃ちゃん。あとひとつだけ報告が残ってる」

「ならとっとと話せ。無駄口を叩くな」

「……うん」

 

 岩国に続きを促されると、露草は露骨にテンションを落とした。その様子を見て、岩国も怪訝な表情になる。

 

「えっと……これを見てほしいんだけど」

 

 そう言って、彼女は一枚の紙を中央のテーブルに差し出した。

 それは、写真のようだった。

 

「……あァ?」

 

 その写真を覗き込んだ火ノ宮が、そんな声を上げる。俺も彼に続いてその写真を覗き込んだ。

 

 監視カメラが覗き込むようなアングルで撮られていたその写真。場所は、本棚が写っているところを見るに恐らくは図書館だろう。

 一つの本棚が倒れ、文字通り本の山が出来ている。しかし、この写真で注目すべき点はその山ではなく、写っている四人の人物にあった。

 

「……え?」

 

 乱雑に積まれてしまった本の山に下半身を埋めて、困ったような表情を見せる彼は、作業着を着て、頭には安全ヘルメットを被っていて。

 

 それは、どう見ても新家柱に違いなかった。俺が死なせてしまった、彼だった。

 

 写真に映る彼以外の人物も、皆見覚えのある顔だった。

 家に帰るために新家を惨殺したはずの古池河彦が、焦った表情で新家の伸ばした手を取って本の山から救出しようとしている。

 川の上で一人静かに息絶えたはずの蒼神紫苑が、新家の上に乗っている本をどけている。

 

 そして、もう一人。

 

「…………?」

 

 その彼の顔を覗えば、彼は無言のまま疑問符を浮かべていた。

 

()()()()()。この写真に心当たりは?」

「……いや、無い」

 

 写真の中で本の山に覆いかぶさる本棚を起こそうとしていたスコットは、神妙な表情でそう答えた。

 

「ツユクサ。この写真はどうしたんだ」

「AVルームで見つけたんだ」

『座席の下に落ちてたのを翡翠が気づいたんだぜ』

「あれ、見つけたのは琥珀ちゃんじゃなかった?」

「……てめーら、ちょっと黙ってろ」

 

 また漫才を始めようとした露草を、静かに火ノ宮が制する。ひどいとは思うが、今はそれどころじゃない。

 

「なんだ? この写真」

 

 無数の本を見て図書館を連想した俺は、一瞬、この写真が俺が軟禁されている間に撮られたものかと思った。だが、それは最初の学級裁判の後……つまり、新家と古池が死んだ後のことだったはずだ。だから、それはありえない。

 となると、考えられるのは。

 

「失った二年間の写真、のようですね」

 

 俺の思考を読むように、杉野が口を開く。そうだ。それしか考えられない。写っているスコット本人が覚えていないと言っているのだし、この写真はモノクマによって奪い去られた二年間の出来事を写しているはずだ。

 そのスコットはしかめっ面をして顎に手を当てて考え込んでいた。誰よりも彼が謎を抱いているだろう。唯一、写真に写った生存者なのだから。

 

「……じゃァ、こういうことか?」

 

 火ノ宮が、杉野の言葉を継ぐ。

 

「写ってるのは、図書館だよなァ。ってことはだ、オレ達は……少なくともコイツら4人は、モノクマに集められるよりも前にこの施設に来てたってのかァ?」

「……そう考えるのが、自然でしょう。思い出してください。そもそも、この施設には僕達が来る以前にも人がいた痕跡が有りました。その人物というのが、彼ら……ひいては、僕達自身なのではないでしょうか」

「いや、そう結論(決定稿)を出すのは早計だ」

「あァ?」

 

 二人の議論に、明日川が口を挟む。

 

「本の量からして、この写真が撮られたのが図書館に準ずる場所(舞台)ではあるはずだが、恐らくはあの【体験エリア】の図書館ではないはずだ」

「……どこか違うところの図書館だって言うのか? 何か、根拠が?」

「新家君が埋まっている本の山の、タイトルを見てほしい」

 

 と、言いながら彼女が写真を指差す。その先をなぞるように明日川が文字を読む。

 

「『月の下の雪の華』、『探偵は聴いているか』、『結晶館の殺人』、『荒野で罪人を殺す方法』、『氷と糸の密室』……」

「……物騒な話が多いな」

「ここまで読み上げれば十分だろう。散らばっている本……すなわち、その倒れている本棚に収まっていたはずの本は、どれもミステリ小説(謎を解明する物語)なんだ」

 

 更にタイトルをいくつか目で追ってみるが、確かに明日川の言うとおりのようだ。

 

「そうみたいだな。それで?」

 

 と、話の続きを促す俺に対して、火ノ宮達はなにか納得したような様子を見せた。

 

「ん?」

「平並君には未読(未知)の情報かもしれないが、あの図書館は本が整理整頓されていないんだ(索引が壊滅しているんだ)。ジャンルもタイトルも、不規則に本棚に詰め込まれている」

「……あー」

 

 言われて図書館の性質の事を思い出す。確か、蒼神が教えてくれたか。

 

「あ、そういう事か」

「気づいたかい? この写真が()()図書館でのシーンを切り取ったの物なら、こうもミステリ(謎解き)ばかりが散乱するはずもない。だから、この写真はボク達の知らない(読めていない)どこか別の場所()の出来事が撮られた(描いている)と考えるべきだ」

 

 確かに、そんな手間をかける必要があるとは思えない。

 

「そうなると、これは希望ヶ空学園のとしょかんなのでしょうか」

「ボクはそう見当をつけている(プロットを立てている)が」

「……アスガワ、断言は出来るか?」

「いや、ボクとしても100%の断言(辞書のような記述)ができるわけではない。可能性(物語)として考えにくいとボクは思うが、この写真が撮られた後にバラバラに入れ直されたというシナリオもある」

「わかった。ありがとう」

 

 そのスコットの言葉で、議論が一段落する。

 

「場所に関して結論は出せませんね。ただ、この写真が撮られたのが僕達がここに集められる以前であることは間違いありません。すなわち、モノクマが僕達の二年間の記憶を消していることの証拠になるのでしょう」

「ふん、記憶が消されたことなんか、今更再確認する必要もない。この期に及んでそれを疑っている奴もいないだろ」

 

 岩国の声に、誰も反論はしなかった。

 俺達は全員大切な人の顔を思い出せないようにされている。このコロシアイ生活が告げられた日、俺達の目の前で明日川の記憶が奪われたし、ハイテク機器や図書館にあるらしい未来の書籍が時間の乖離を示している。

 

「……俺達は、この二年で、何をしていたんだろうな」

 

 ポツリと、俺の口から不安が溢れる。

 

「…………わからない。モノクマに破り取られたページに何が書かれていたのか……それを、ボク達は空想することしか出来ない」

 

 写真に映る彼らは、決して楽しそうには見えない。当然だ、本棚が崩れる事故に新家が巻き込まれているのだから。けれど、彼らの間に敵意や疑心を抱えている様にも見えない。

 俺達が失ってしまった二年間には、不毛な疑心暗鬼など無い、確かな青春があったのだろうか。その真偽すら、俺達は判断するすべを持たなかった。

 

「露草さん。報告は以上ですか?」

「うん」

『もう話すことはねえよ』

 

 杉野が沈黙を破り話を進めた。……【魔女】は、消えた記憶の事はどう思っているのだろう。最終的に脱出のためにモノクマを打破したいとは言っていた。あんなヤツでも、記憶を奪われて不安になったりはするのだろうか。……どうでもいいか。

 

「わかりました。では最後に……七原さん。大浴場の報告をお願いできますか?」

「うん、いいよ」

 

 杉野に話を振られて、今度は七原が立ち上がる。

 

『大浴場?』

「うん。ほら、すぐそこの瓦屋根の建物がずっと閉まってたよね? そこが大浴場として開放されたんだ」

「そうなんだ! 中はどんな感じだったの?」

「ロビーから先は男女別になってて、岩国さんと一緒だったから女子の方しか確認できなかったけど、広めの浴場だったよ。普通の浴槽の他にも、ジェットバスとかサウナとかあったかな」

「まァ大浴場って言うくれェだ。そんくらいの設備はあってもおかしくねェな」

「ゆっくり体を休められそうで良かったね、琥珀ちゃん!」

『そうだな。俺は入らねえけど』

「まあそうだね。いくら琥珀ちゃんでも一緒に入るのは翡翠も恥ずかしいし」

『そういうことじゃねえよ』

 

 気づけば、また露草の一人漫才が始まっていた。大浴場の報告をしていた七原も、あははと苦笑いをしている。

 

「他に話すことは……あんまりないかな。別に危険物もなかったし。だよね、岩国さん?」

「…………ああ」

 

 名を呼ばれた岩国は、そっぽを向きながら答えると更に言葉を続けた。

 

「俺達の他に大浴場を探索したやつはいるか。特に男子」

 

 その言葉を聞いて手を挙げる人はおらず、彼女はため息をついて立ち上がった。

 

「……新しい情報が聞ければと思っていたが、無駄だったか」

 

 そう小さくつぶやきをこぼしながら、そのまま食事スペースの外に向かって歩き出した。彼女が律儀に報告会に参加する理由が気になっていたが、男子側の浴場の情報が欲しかったからのようだ。

 

「岩国さん。どちらへ?」

「報告会はもう終わりだろ。なら、どこに行ったって俺の自由だ。それとも、まだ話す事があるのか?」

「それは……ありませんが」

 

 【運動エリア】のドーム、そしてAVルームと大浴場で、今回開放された施設は全部のはずだ。そのすべての報告が済んだので、報告会も当然終わりになる。

 

「だからって、そんな早く出る必要もないだろ」

「ここにとどまる意味もないだろ、凡人」

 

 冷たく強く睨まれながら、岩国に正論を返される。その奥にある敵意をひしひしと感じた。

 

「……まあ、そうだが」

「ふん」

 

 敵意を振りまきながらこの場から立ち去ろうとする岩国。

  

「待ってよ、琴刃ちゃん!」

 

 露草が岩国に声をかける。が、彼女は返事もしなければ足を止めることも無い。露草が追いすがって手首を掴む。

 

「待ってってば!」

「何の用だ、腹話術師!」

 

 言葉に怒気を含ませながら、露草の手を払う。

 そんな彼女に、明るくのんきな声で露草が告げた。

 

 

「皆でお風呂に入ろうよ!」

「…………はあ?」

 

 

 岩国の、気の抜けた声が食事スペースに響いた。

 

「おふろ、ですか?」

「そう!」

『せっかく大浴場が開放されたんだ。使わねえと損だろ!』

「それはそうかも」

「だよね、菜々香ちゃん!」

『男女別ならますます都合がいい。混浴するわけじゃねえし、これなら皆で入れるだろ』

「ちょ、ちょっと待てよ……!」

 

 慌てたように根岸が口を挟む。

 

「ぼ、ぼく達も入るのかよ……!」

「うん。章ちゃんは男の子だから、範太ちゃん達と一緒にね」

「は、入るわけ無いだろ……! こ、こんなヤツらとなんで風呂なんか入らなきゃいけないんだよ……!」

「チッ。てめーとなんかこっちだって願い下げだァ!」

 

 過激に反応したのはその二人。火ノ宮がこうまで言うなんて、よほど根岸と軋轢があったらしい。

 そんな二人をなだめようとして、言葉に詰まる。根岸の言う『こんなヤツら』には当然俺も含まれているのだし、俺が何を言っても火に油を注ぐ真似にしかならない。

 

『二人共そんな事言うなって! 良いじゃねえか、たかが風呂に入るだけだぜ?』

「な、何がたかがだよ……」

「でもさ、お風呂に入るだけなら、別に命の危険だって無いでしょ? 章ちゃんが心配するようなことは何も無いと思うよ?」

「そ、それはそうだけど……そ、それ以前の問題だ……! ぼ、ぼく達を殺そうとしてる連中と、仲良くなんかできないってことだよ……!」

「てめーはまたそうやって決めつけやがって! オレは誰かを殺そうとなんかしてねェっつってんだろォが!」

 

 ガン、と机を蹴りながら火ノ宮が立ち上がる。

 『また』ということは、報告会の前に宿泊棟で起きた口論の中身が、それだったのだろう。大天の凶行を知り、東雲の狂気に呆れ、愉快犯の存在に頭を悩ます火ノ宮も、かなり余裕が無くなっているのが見て取れた。

 

「お二方、そう熱くならずに」

「す、杉野……な、何他人事みたいな顔してるんだよ……! お、おまえだって……!」

「章ちゃん、喧嘩しないの!」

「腹話術師、何が目的だ?」

 

 根岸をなだめる露草に、岩国が問いかける。

 

『目的って?』

「俺達を大浴場に集めて、何がしたい。何を企んでいる」

「何も企んでなんかないよ」

 

 冷たい視線を受けながら、彼女は間を開けることなくそう答えた。

 

「翡翠はただ、皆でお話したいだけだもん。琴刃ちゃんともっと沢山お話したいし、翔ちゃんだってまだ話し足りないよ」

「……話して、なんになる」

『それは分からねえよ。翡翠は楽しく話すことが目的なんだからな』

「でも、絶対それは悪いことなんかじゃないよ。章ちゃんや範太ちゃんも今は喧嘩ばっかりしてるけど、もっともっとお話すればきっと仲良くなれると思うんだ」

 

 真剣な眼差しで、彼女ははっきりと告げる。話せば分かり合えると、心の底から信じている。

 

 

――《「色々あるかもしれないけど。そんなの全部無視して皆で仲良くなろうよ」》

――《『喧嘩とかしててもよ、無理やり仲良くなっちまえばどうにかなるもんだ。皆で話して、皆で騒いで、それで仲良くなってモノクマに立ち向かえば良いんだ』》

――《「……それができたら、良いんだけどね」》

 

 

 探索の時、彼女はそんな事を口にしていた。それはある種、杉野が提案した愉快犯を無視して強引に団結するようなやり方に似ている。けれど、彼女はおそらく、愉快犯すら巻き込んで仲良くなろうとしている。そう思えるだけの決意の強さが、彼女からはにじみ出ていた。

 

「皆でさ、仲良くお話しようよ。思ってることをちゃんと伝えて、相手がどう思ってるかをちゃんと聞いてさ」

『今みてえに喧嘩しまくって、疑い合って、文句ばっか言って……それこそ、何になるって言うんだよ』

「う、うう……!」

 

 そんな彼女の言葉を聞いて、根岸が唸る。俺達とのわだかまりをそう簡単になくせはしないだろう。けれども、露草の熱意をそう簡単に無碍にすることも出来ないのだろう。

 

「…………もうさ、いがみ合うのはやめようよ」

 

 そんな彼に、七原が語りかける。

 

「根岸君の気持ちは分かるよ。根岸君は何度も命を狙われてるし、そうじゃなくたって二回も事件が起きてるんだから、皆の事が信じられなくても仕方ないと思う」

「…………」

「でもさ、皆と仲良くしたいって気持ちもきっとあるんじゃないかな」

「そ、そんなわけ」

「そうじゃなかったら、こうして悩んだりしてないでしょ?」

「…………」

 

 否定する言葉が、口から出せないようだった。

 

「私達、こんなコロシアイに巻き込まれなかったら、普通に希望ヶ空で学園生活を送ってたはずなんだよ」

 

 そんな根岸に、いや、俺達全員に、七原は更に言葉をぶつける。

 

「というか、モノクマに消された二年間の記憶……それってきっと、希望ヶ空での記憶なんだよね」

 

 誰も口を挟まない。

 

「私達がどんな学園生活を送ってきたのかはわからないけどさ、このドームに来た頃のことを思い出してみてよ。コロシアイなんて滅茶苦茶な事言われても、仲良くやれてたよね。朝は皆でここに集まって、皆で話して、思い思いに過ごしてさ」

 

 最初の惨劇が起こる前。最初の【動機】が配られる前。俺達は共に、『日常』を過ごしていた。

 

「岩国さんは居なかったけど、皆でカレー作りだってやったでしょ。楽しかったよね?」

 

 それぞれが、あの始めの数日間の思い出を振り返る。

 

「仲良くできる、はずなんだよ。モノクマさえ居なかったら……モノクマの【動機】にさえ、惑わされなかったら。きっと私達は、絆を深めることができるはずなんだよ! 根岸君も、岩国さんもそうだよ。古池君達だって、きっとそうだったんだよ!」

 

 力強く、彼女は述べる。 

 

「古池君は、自分以外は皆死ぬだなんて言って、私達をどうでもいいように思ってたみたいだけどさ。でも、さっきの写真に写ってた古池君は、そんな事思ってるようには見えなかったでしょ。そうじゃなかったら、あんな慌てた顔して新家君を助けようとなんてしないじゃない」

 

 自分以外は死ぬと達観していたはずの古池が、必死に本の山から新家を助けようとしていた。まるで、自分の【才能】から新家を守るように。その事実が、彼らの間にあった絆を証明しているはずだ。

 

「だからきっと、モノクマは私達の記憶を消したんだ! 絆があったら、コロシアイの邪魔だから! ……だったら、もう一回絆を作ればいいんだよ! 二年前、初めて出会った私達がきっとそうしたみたいに!」

 

 恐らく彼女は、俺と立てた作戦のためにそんな事を言ってるわけじゃない。本心から、失った絆を取り戻したいと思ってそう皆に語りかけている。

 

「裏切られるのは怖いかもしれないけど。もう、新家君も古池君も、蒼神さんも遠城君も居ないけど」

 

 ゆっくりと、彼女は言葉を紡ぐ。

 

「でも、まだここで、私達は生きてる。まだ、こうして話せてる。……だから、今しか無いと思うんだ。私達が、もう一度絆を結ぶには。きっとね」

「…………」

「露草さんがせっかく提案してくれたんだしさ。ね?」

 

 七原にそう諭されて。

 

「…………わ、わかったよ。は、話すだけ……は、話すだけだからな!」

 

 最大限の譲歩として、根岸が折れた。

 

 わだかまりも、不信も、消えやしない。けれども、それらを消そうとする意思は、彼も持っていた。

 

「ありがとう、章ちゃん!」

「火ノ宮君も、いいでしょ?」

「チッ……あァ」

 

 根岸と言い争って彼を毛嫌いしていた火ノ宮も、七原の言を聞いて思うところがあったらしく反発はしなかった。

 

「くだらないな」

 

 そんな中、岩国だけが反対のスタンスを変えずにいた。

 

「何が絆だ、バカバカしい。裏切られる可能性があるくせにまた信じようなどと、自傷行為にしかならない。俺は抜けるぞ」

「待ってよ、琴刃ちゃん!」

「……別に、お前達が勝手に馴れ合うのは止めない。俺を巻き込むなと言っているだけだ」

「だから、琴刃ちゃんとも話したいって言ってるでしょ!」

「うるさい! 俺にかまうな、腹話術師!」

落ち着いてくれ(本を閉じてくれ)、岩国君」

 

 声を荒げる岩国を、明日川がなだめる。

 

「文句は腹話術師に言え」

「ボクはキミに文句を言いたい(かき連ねたい)わけじゃない。むしろ、ボクとしてはキミと共に湯船に浸かりたい(サービスシーンを描きたい)と思っているんだ。どうだい、岩国君」

「バ、バカな事言うな。というかそう言われて俺が行こうとするわけないだろ」

「……それもそうだな」

「あの、岩国さん」

 

 憤る岩国に、城咲がおそるおそる声を掛けた。

 

「どうか、一緒におふろに入っていただけませんか? わたしには、野外炊さん場をみはる義務があります。岩国さんがおふろにはいらないと言うのであれば、わたしもここを離れるわけにはいかないのです。わたしもおふろにはいりたいのですけど」

「ふん、お前の話には穴が多すぎるな。いちいち指摘するまでも無いが、そんなに入りたいなら男子と交互に入れ。お前が入るときは男子に野外炊さん場の見張りをしてもらえば良いだろ」

「…………」

 

 城咲の論を組み入れた上で岩国は鮮やかに論破した。城咲は岩国の情に訴えたように見えたが、それで岩国が意見を変えることは無いだろう。

 

「せっかくだし、皆おんなじ時間に入りたいんだよ」

「しつこいな。俺はお前達と風呂に入る気は無い!」

『でもよ、琴刃だって足伸ばして湯船に浸かりてえだろ? 個室にはシャワーしかねえし』

「俺は俺のタイミングで一人で入る」

『けどよ』

「もう俺に関わるな!」

「……………………」

 

 岩国の叫びを聞いて、露草はじっくりと考え込む。

 

「……ふん」

 

 それを見て、彼女が観念したと判断したのか、岩国は足を動かして食事スペースの外へと向かう。

 

「じゃあ、こうしようよ!」

 

 その背中に露草が声を掛けるが、彼女はそれを無視する。それでもなお露草は語りかける。

 

「一緒にお風呂に入ってくれたら、その後はもう翡翠は琴刃ちゃんに話しかけない! それでどうかな!」

「…………」

 

 その声を聞いて、岩国はようやく足を止めた。

 

「……露草さん、いいの?」

「良くないけど……でも、こうでもしないと、琴刃ちゃんとお話出来ないから」

「………………」

 

 しゅんとする露草を、吟味するように岩国が見つめている。

 

「どういう意味だ」

「どういう意味も何も、そのまんまだよ。お風呂でたっくさんお話する代わりに、それからはもう翡翠からは話しかけない」

「…………お前、それを交渉材料にしてくるってことは、自分の迷惑さを自覚してるだろ……!」

 

 頭を抑えながら、岩国が苛立ちと共につぶやいた。

 

「何のこと?」

「すっとぼけるなよ………………くそっ」

 

 眉間にシワを寄せて考え込む彼女は、しばらくして一瞬明日川の方を見る。そして。

 

「…………わかった。入ってやる」

「ホント!?」

「ただし、入るからにはお前も約束を守れ。風呂から上がったら金輪際俺に話しかけるな」

「うん! もちろん!」

「『この人形は自分じゃないから』とかいう理由をつけてそっちで話しかけるのも無しだからな」

「……………………………………………………………………………………どうしても?」

「当たり前だ」

 

 ……露草のやつ、黒峰を使って岩国に話しかけるつもりだったな。

 その後しばらく押し問答をしていたが、結局露草は当初の約束を守ることになった。

 

「はあ、仕方ないなあ」

「お前から言い出した事だろ」

「あの、岩国さんが入られるのはよろしいのですけど、まだ全員じゃありませんよね」

『そうだな、かなた。翔も誘わねえと』

「……オオゾラは、来るのか?」

 

 そんな当然の懸念を口にしたのはスコット。彼女は、自分の凶行を正当化し、完全に俺達と敵対した。誘われたとしても、今更皆と一緒に風呂に入ろうなどと思うだろうか。

 

「来るよ、きっと」

 

 一瞬の沈黙は、そんな声で破られる。

 

「大天さんのことは私に任せて。絶対につれてくるから」

 

 七原が、自信を持ってそう答えた。

 

「七原さんがそうおっしゃるのであれば、大天さんのことはおまかせしましょうか」

 

 そんな口ぶりで杉野が話をまとめ始める。

 

「では夕飯の後にでも浴場に集合して……」

「そんなに待ってられないよ、悠輔ちゃん! どうせ午後もやること無いんだから、この後すぐ入ろうよ! 皆もそれでいいよね!」

「いや、別にそんなすぐに入らなくても」

「いいよね! ね!」

 

 風呂なんて夜に入ればいいと思ったが、露草は待ちきれないと言った様子で皆に声を掛ける。よっぽど皆と話したいらしい。

 

「今からでも構わないだろう。露草君もこう言っていることだし」

「まあ、僕としても構いませんが。反対する人も……いらっしゃらないようですね」

 

 当初反対していた根岸や岩国も、ここでわざわざ声を上げる事はなかった。その様子を受けて、杉野が檻のような柵にかかった時計を見て話を続ける。

 

「大天さんを説得する時間や準備の時間もありますし……ニ時に大浴場に集まりましょう。調理場を見張る城咲さんは、皆さんが集まったのを確認してから移動ということで」

『ああ、それで行こう』

「皆、楽しみだね!」

 

 露草が、そんな明るい声を出した。

 




終わらない10日目。
心なしか女子勢の活躍がすごい気がする。

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