ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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CHAPTER3 絶望に立ち向かう100の方法
(非)日常編① 十二人のいさかう子どもたち


 俺はずっと、才能さえあれば、人生が幸せで溢れてくれると思っていた。

 才能に恵まれた個性溢れる皆が、とても幸せそうに思えたから。

 

 

 けれども、才能を持った彼らが次々と死んでいく。

 それどころか、殺人は彼らのその才能故に発生した。

 

 

 

 超高校級の彼らでさえ幸せになれないのなら。

 

 才能すらない俺は、どうすれば幸せを手に入れられるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶                  

 望                  

 に       CHAPTER3       

 立                  

 ち                  

 向      【(非)日常編】     

 か                  

 う                  

 ▅█  ▅▀▀▅ ▅▀▀▅      

 ▀█  █  █ █  █      

  █  █  █ █  █      

  ▅█▅ ▀▅▅▀ ▀▅▅▀  の 方 法  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【10日目】

 

 《宿泊棟/ロビー》

 

 宿泊棟は、朝特有の冷たい静けさに包まれていた。

 

 現在時刻は、間もなく夜時間の終わる6時40分。俺は、腕を組んでロビーの壁に寄りかかりながら、男子側の通路をただ見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 昨日、【言霊遣いの魔女】と邂逅した後は、宿泊棟へと戻ってひたすらに眠っていた。事件が起こる直前まで『モノモノスイミンヤク』で十分に睡眠をとったはずだったのに、ベッドに潜ってすぐに気を失うように眠りについた。

 あの夜は、色々なことが起こりすぎた。多くの人が、その心に傷を負った。たった一日程度の時間は、その傷を癒やすには短すぎる。

 

 それでも、心に傷跡を残したまま、新しい日々が幕を開ける。

 これまでと何も変わらない──いや、これまで以上に、絶望的な日々が。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……平並さん。おはようございます」

 

 これから、どう動くべきか。それを悩んでいた俺の耳に、弱々しい声が届く。城咲だ。

 

「……ああ、おはよう」

 

 一度思考を止め、彼女にそう挨拶を返す。

 

「昨日は何もなかったか?」

「……はい。何名か食事にいらっしゃったいがいは、ほとんどのみなさんは個室で休んでいたようです」

 

 と、彼女が語れるのは、裁判明けの休憩としてなっていた昨日も、彼女は食事スペースにいたからだ。今度は、スコットと共に。

 昨日、七原と共に生物室から宿泊棟へと戻った時、スコットと城咲が宿泊棟のロビーで話していた。夜時間が空けるまでの時間つぶしをしていたようだったが、話を聞くと、彼らは昨日の日中も食材に毒を入れられる事を警戒して食事スペースで見張りをすることにしたという事だった。

 正直、城咲に言われるまでその警戒はすっかり失念していた。裁判が、そしてオシオキがあった直後に殺人を企むやつが居る可能性を、無意識に排除してしまっていた。殺人が起こることを、あれほど恐れたと言うのに。

 裁判の直後だからこそ警戒すべきだったのだ。ただでさえ、俺達の間には不穏な空気が漂っていたのだから。

 

「ほとんどってのは?」

「東雲さんだけは、としょかんにでかけていきましたから。あの方は、いつもどおりのようすでした」

「……ああ、まあそうだよな」

 

 東雲は、このコロシアイを純粋無垢に楽しんでいる。誰かが殺されたことを気になどしない。図書館……そう言えば、学級裁判の時にもっとミステリ小説を読んでおけばとかなんとか言っていたな。次の学級裁判を見据えて動いてるのか。……殺人が、起こると信じて。

 

「…………」

 

 【魔女】とは全く違った意味で、彼女の純粋性を恐ろしく感じる。

 

「ほかのみなさんは……いちように元気のない様子でした。……しかたありませんが」

「……わかった。ありがとう」

「……いえ。それで平並さんはこんな所でどうされたのですか? 平並さんは、たしかとくべつ早起きをするほうではなかったように思うのですが」

「ちょっと、人を待ってるんだ。それに、最近は深く眠れなくてな」

「あ……すみません、むしんけいなことを……」

「いや、謝ることじゃ……」

 

 どうにも、会話のリズムが悪い。お互いメンタルが万全じゃないせいか。ともかく、そんな会話の後に城咲は食事スペースに向かっていった。

 7時になり、モノクマの時報アナウンスが流れてから更に暫し待つ。早起きの明日川とぽつぽつと挨拶を交わしていると、待ち人が現れた。

 

 【言霊遣いの魔女】という本性を隠し持つ、杉野だ。

 

「杉野、おはよう」

「……おはよう、杉野君」

 

 先んじて、俺達がそう声を投げる。

 

「……おはようございます、お二方」

 

 いつもと変わらぬように彼は挨拶を返す。優等生の、杉野悠輔として。

 

「昨日は眠れたか?」

「……いえ、あまり。やはり、色々と堪えますね」

「そうか」

 

 友人の体調を気遣うように、会話を交わす。

 

「……仕方あるまい。ボク達は絶望という物語の真っ只中に居る。特に、キミは亡くなった(退場した)蒼神君の遺志を継いでリーダー役を買っていた。物語を比べる事自体がナンセンスだが……杉野君の精神的負担は軽くは無いだろう」

「……ええ。しかし、誰かが引き受けなくてはならないことです。リーダーが居ない状況でモノクマに……モノクマに与えられる絶望に立ち向かうことは困難ですから」

「あまり無理するなよ。それでお前まで潰れたらどうしようもない。だから」

 

 一呼吸入れて、彼に告げる。

 

「俺が手伝う。ずっとお前の側についてな」

「……ずっとですか?」

「ああ、ずっとだ。ここを脱出するまで」

 

 暗に、宣言する。これからお前を、ずっと監視すると。

 

「…………!」

 

 少しの沈黙の後、【魔女】はかすかに口を歪ませ、嗤う。その反応を見るに、俺の意図は伝わったらしい。

 

「そうですか。では、お言葉に甘えることにしましょうか。信頼できる人手は多いに越したことありませんからね」

 

 そして、【魔女】はそれを了承した。俺の監視を受けて尚、『犯行』に及ぶ自信があるのか。

 ……実際、俺一人の監視には限界がある。24時間見張っていることはできないし、隙がゼロというわけではない。それでも、やる価値はある。少なくとも、これが今できる精一杯のはずだ。

 

「まあ、皆の前に立って先導するのはお前の方になると思うけどな。俺じゃ力不足だ」

「それでも構いませんよ。気持ちだけでさえ十分ですから」

 

 表面上、当たり障りのない会話を続ける。互いに、本心を隠しながら。

 

「……ずっと側につくというのはできないが、ボクも出来る限りは手伝おう」

 

 そんな会話に、明日川が口を挟む。

 

「よろしいのですか?」

「当然だ。あんな絶望的な物語を読みたくないのはボクも同じだからね。……数日前(数話前)には存在していたキャラクターがいなくなるそのやるせなさは、誰もが感じている」

「……そうだな」

 

 哀傷の表情と共につぶやかれる、明日川の台詞。その想いは、痛いほどに伝わってくる。

 

「それでは、食事スペースに向かいましょうか。ずっと立ち話をするのもよくありませんからね」

 

 と、杉野の先導で俺達は宿泊棟を出る。

 

 

 

 

 

 食事スペースへ向かう道中、【魔女】の背中を睨みつけながら決意を新たにする。

 

 敵は、この【魔女】だけではない。そもそもの元凶である、俺達をここに閉じ込めたモノクマ……それを操る黒幕こそが最大の敵だし、蒼神と遠城を引き合わせて殺人を引き起こした愉快犯の存在も対処すべき問題だ。

 

 

 

 集中しろ、警戒しろ、覚悟しろ。

 

 

 絶望に、立ち向かうために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース》

 

 久しぶりに足を踏み入れた食事スペース。思い返せば、一度目の事件の前以来になる。中央テーブルの入り口側に杉野と共に陣取って、全員が揃うのを待つ。

 少しずつ人がやってくる。それでも、会話はない。当然だ。この狭い空間で立て続けに人が死んだ。たった10日足らずで、4人も死んだ。会話をする気力はもちろんのこと、話のタネもなかった。

 

「……おはよう、皆」

 

 そんな中、また一人食事スペースに人が増える。七原だ。

 

「おはようございます」

「……おはよう」

 

 口々に、気のない挨拶を返す。さっきから、それの繰り返しだった。

 

「……杉野君」

「なんでしょう」

「さっき、宿泊棟で大天さんを呼んでみたんだけど」

 

 その声に、火ノ宮が反応して顔を向ける。

 

「なんとか顔は見せてくれたけど、『朝食会には参加しない』だって」

「まあ、そうですよね」

「……チッ」

 

 小さく舌打ちをする彼は、大天の対処をどうするか悩んだんだろう。殺人未遂に至った、彼女のことを。

 

「それを話してくれた後はまた個室に閉じ籠っちゃって……だから城咲さん、大天さんの分の朝食は要らないと思う」

「わかりました。……それとも、後でおもちしたほうがよろしいでしょうか?」

「……どうでしょう。大天さんはあの態度でしたからね。食事を持っていっても、口にしてくれるとは思えません」

「そう……ですよね」

 

 城咲もまた、彼女の事を心配している。とりわけ、城咲は俺と同じく大天の動機を聞いている。その重みを知ってるからこそ、一人にしておくのが不安なのだろう。

 

「じゃあ、私はこれで」

 

 そう言って、一瞬俺と視線を合わせてから七原は俺達の近くを離れる。そして、他のテーブルの席に座っていた明日川達の方へ移動した。途中で、端に座っていた岩国にも声をかけて。

 ……七原も、作戦通りに行動しているようだ。

 

 

 

 昨日、【魔女】と別れた後、俺と七原は作戦会議をした。色々と懸念事項は多いが、目下【魔女】の存在以外で対処すべきは俺達の間の不和だと結論が出た。愉快犯やモノクマによる次なる【動機】も問題ではあるが、今は手の打ち様がない。だから、今は絆を深めるべきだという事になったのだ。

 そんなわけで、俺は【魔女】である杉野の監視を、七原は皆の不和の解決をする作戦になった。皆の仲を取り持つの事は簡単ではないが、優しい七原ならその役割に適任だと思うし、()()()()の俺ではその役割を負うことはできないからだ。

 

 

 

 そんな事を回想しながら、七原を見る。明日川やスコットにも声をかけたが、その空気はやはり重い。

 仲間の死を嘆いているのか。仲間の殺人を悲しんでいるのか。仲間への投票を悔いているのか。その想いは人それぞれだろうが、明るく振る舞える道理なんて無い。

 

 重苦しい空気が、食事スペースに座る俺達をがんじがらめに支配していた。

 

 

「皆、おはよう!」

『やっぱり朝日を浴びるのは良いもんだな!』

 

 

 そんな鬱屈な空間に、明るい二つの声が風穴を開けた。前回の学級裁判の間、『モノモノスイミンヤク』で眠らされていた露草と黒峰の声だった。

 

「…………」

 

 その後ろから、露草の影に隠れるようにして、根岸も食事スペースの中へと入ってくる。

 

「……露草、おはよう」

「おはよう、凡一ちゃん!」

「具合は大丈夫か?」

『ああ、問題ないぜ!』

「おかげでぐっすり眠れたからね!」

『ま、逆に良かったかもしれねえな。最近は寝不足だったし』

「琥珀ちゃんが寝かせてくれないからね」

『何言ってる。翡翠がお話しようってうるさいんだろ』

「そんな言い方ないでしょ、もう!」

 

 と、怒った素振りを見せてはいるが、その声はかわいらしいものだ。いつも通りの、黒峰との漫才だ。

 

「まあいいや。ほら、(アキラ)ちゃんも挨拶しようよ!」

「…………」

『挨拶ってのは大事だぜ』

「そうだよ。早起きは三文の得って言葉もあるんだから!」

「……い、いや、そ、それは挨拶と関係ないだろ……」

 

 沈黙を保っていた根岸が、露草につられて声を出す。

 

「でも朝の諺だよ」

「じ、時間帯が合ってればなんでも良いのかよ……はあ」

 

 そして、ため息を一つつくと、一瞬俺を睨みつけてから話を続ける。

 

「あ、挨拶なんかするわけないだろ……! だ、大体ぼくは朝食会になんか来たくなかったんだ……そ、それなのに、お、おまえがどうしても行きたいって言うから……!」

『だったら、章は部屋にいれば良かっただろ』

「……そ、それは……」

「そんな言い方しちゃだめだよ、琥珀ちゃん。章ちゃんには章ちゃんの事情があるんだから!」

『だろうけどよ』

「そうだよね、章ちゃん!」

「……し、知ってるくせに……」

「ん?」

「な、なんでもない……!」

 

 そう言って、彼はそっぽを向く。

 ……根岸は、俺達を敵視する一方で、露草とはこうして話をしている。そもそも、眠った露草を押し運んでいたのも根岸だった。なぜ彼は露草に対してだけ好意的なのだろう。

 

「挨拶したくないなら仕方ないけど……でも、せっかくなら何か喋ろうよ!」

『そうだぜ、章。せっかくオレ達以外に会ったんだし』

 

 そんな疑問を打ち消すように、露草と黒峰はさらに言葉を続ける。

 

「……な、何を話せっていうんだよ……こ、こんな奴らと……!」

「そうだなあ、なんでも良いんじゃない? 好きなお菓子の話でも良いし」

「そ、そう言う意味じゃ……!」

「よく聞く音楽の話でも良いかも。 翡翠はあんまり音楽聞かないけど」

『音楽聞いてると、皆と話せねえもんな』

「そうそう! やっぱりお話したいもん!」

『ま、話題なんてなんでも良いんだよ。話すことが大事なんだから』

「そうだね。あ、そう言えば皆寝るときってうつ伏せ派? 仰向け派?」

「騒々しい。静かにしろ、腹話術師ども」

 

 快活に舌を回す露草の声に、岩国が眉をひそめながら苦言を呈した。

 

「琴刃ちゃん! 琴刃ちゃんはどんな体勢で寝るの?」

「俺の話を聞いてなかったのか。静かにしろ、と言ったんだ」

「静かになんかできないよ。せっかくの朝なんだもん!」

「お前は朝だけじゃなくていつでも喧しいだろうが」

『言われてるぞ、翡翠』

「琴刃ちゃんたらひどいなあ」

「そのおどけた顔を今すぐやめろ。俺の言葉を漫才に組み込むな」

「お二方、落ち着いてください」

 

 杉野が仲裁に入る。

 

「…………チッ」

「翡翠は落ち着いてるよ?」

「……ならよろしいですが」

 

 子供の喧嘩に呆れるように、杉野は声を漏らす。

 

「わりィ、露草。ちょっと黙れ。……今は、んな気分じゃねェんだよ」

「範太ちゃんまで……」

「火ノ宮君、その台詞はあまりよろしくない。彼女に悪気があるとは思えない」

「それくらい分かってる」

 

 いつも以上にぶっきらぼうな火ノ宮。

 

「……ほ、ほら、言ったろ……こ、こんなヤツと話さなくていいって……」

「あァん!?」

「お、大きい声だすなよ……! お、おまえが先に話すなって言ったんだろ……!」

「章ちゃん! ケンカしないの!」

「な、なんでぼくが叱られるんだ……」

「火ノ宮君も、大きな声は出さないでさ」

「チッ」

 

 火ノ宮を七原がなだめる。

 

「……はあ。いいですか、露草さん。元気があるのは大変よろしいことです。こんな環境なら尚の事。ですが、あなたもご存知でしょう。僕達が、あなたとは事情が異なるのは」

「……うん」

 

 ためらいがちに、彼女はうなずく。異なる事情……すなわち、二度目の学級裁判を経験したことだ。

 

「露草さんはごぞんじなのですか? その……じけんのてんまつを」

『おう。章に聞いたからな』

「だから、知ってる。学級裁判で起きたことも、冬真ちゃんのことも。……愉快犯の、ことも」

 

 一瞬、空気がひりつく。

 

「だったら分かるだろ。……オレ達がテメーみてェに笑えねェってことくらい」

「……それくらい、最初から分かってるよ」

 

 バツの悪そうな火ノ宮の言葉を聞いて、なおも露草はめげずに語る。

 

『確かにオレと翡翠はこの前の学級裁判には参加してねえし、冬真のオシオキも見てねえ。けど、オマエたちのショックが分からねえわけねえだろ』

「一回目の学級裁判はちゃんと参加した。河彦ちゃんのオシオキも見たから、皆がどう思ったのかだって、考えることはできるよ」

「…………」

「でも、だからって、落ち込んでても何も良いこと無いよ! 元気になるのが難しくても、せめてお話くらいはしないと、いつまでも暗くなったままじゃないかな。そんなの、死んじゃった皆だって悲しむもん!」

「『死んじゃった皆』か。まるで他人事だな」

 

 間髪入れずに、岩国が言葉を突き刺す。

 

「そりゃあ他人事だよな。お前は発明家を処刑台に送る投票はしていないからな」

「投票……そう言えば、確かに露草は参加してなかったな」

 

 言われて、気づく。

 

「あれって、強制参加じゃなかったのか」

「……まあ、寝てる人間に投票は不可能ですからね。そこはモノクマが融通を効かせたのでしょう」

「ぬいぐるみの事情はどうでもいいが、だからお前は他人事で笑ってられるんだな」

「他人事なんかじゃないよ!」

 

 露草が叫ぶ。

 

「何?」

「他人事なんかじゃ、ない」

『翡翠とオレが生きてるのは、章達が謎を問いてくれたおかげだ』

「そして、皆が冬真ちゃんに投票してくれたおかげ。だから、その責任は翡翠も琥珀ちゃんも負ってる。もし翡翠が起きてても、きっと冬真ちゃんに投票したんだし」

『だからこそ、殺された紫苑や冬真の分まで頑張って明るく生きていかなきゃならねえだろ』

「そこまで分かってんなら、なんで分からねェんだよ。岩国が前に言ってただろォが」

 

 と、火ノ宮は口にしてから、俺の顔をちらりと見た。

 

「……あァ、あの時は平並は居なかったな。なら、今度はオレが言ってやる」

 

 力の抜けた様子で椅子に座る火ノ宮は、それでも言葉に強い遺志を灯して語る。俺がいない時……俺が軟禁されていた頃の話だろうか。

 

「古池と遠城は、人を殺した。家に帰るために、アイデアをひけらかすために、新家と蒼神を殺した。そして、オレ達はそんなアイツらを糾弾した。当たり前だ、事故や過失なんかじゃなく、自分の意志で殺人に及んだんだからな。許すことなんかできねェ」

 

 火ノ宮は、誰よりクロを憎んでいた。誰かの命を奪うことを、絶対的に忌避すべきことだと分かっているから。

 

「けど」

 

 だからこそ。

 

「オレ達だって、同じだ」

 

 彼こそ、その結論に至る。

 

「あの二人が処刑台に送られたのは、オレ達がアイツらに投票したからだ。けど、投票なんかやっぱり間違ってたんだ! それでアイツらが死ぬんだから! それでもオレ達は投票した! 生きるために!」

 

 ダン、と、握りこぶしを机に強く振り下ろす。

 

「オレ達は、自分が生きるために古池と遠城を殺した。オレ達も、殺人者なんだ」

 

 沈黙が重なる。

 

「明るく生きる、だなんて。そんな事を言うんじゃねェ、露草。人を殺した自覚があるなら、んな事は言えるワケがねェんだ」

 

 その彼の言葉には、哀しい苛立ちが伴っていた。

 ……彼の、言うとおりだ。俺達は罪にまみれている。殺人を犯したクロを死に追いやって、生き延びる。それを、俺達はもう二回繰り返した。

 

 だと言うのに、露草は。

 

「でも、そうやって自分を傷つけたって意味なんかないよ」

『オレ達は何もアイツらの事を忘れろって言ってるんじゃねえ。責任を負った上で、前を向こうっつってんだよ』

「傷つかなきゃ、いけねェだろ」

 

 すっと、彼は立ち上がって露草に歩み寄る。

 

「前なんか、向けるか。誰かの命を葬り去って生きるってのは、そういうことじゃねェのかよ」

「そんな事無いよ、きっと」

 

 火ノ宮を諭す、七原の声。

 

「罪を背負ってても、前を向くことは出来るんじゃないかな」

「……そんなこと、出来るわけ無ェだろ」

「出来るよ、きっと」

「…………」

「それこそ、前に私言ったよね。私たちは間違ってない。間違ってるのは、モノクマだけなんだよ」

「……幸運。またそれか」

「私、変なこと言ってるかな? 誰よりもモノクマが悪い、そうだよね」

「俺が文句を言いたいのはそこじゃない」

「…………」

 

 視線が、思想が、ぶつかり合う。

 ……きっと、誰の意見も間違ってなんかいないのだ。それぞれの心の奥底に、誰にも譲れない信念がある。それがただ、すれ違っているだけだ。だから、俺は何も声を出せないでいた。

 

 

「ふわぁ……」

 

 

 そんな重い沈黙を、大きなあくびが打ち破る。

 

「学級裁判は楽しいけど、生活リズムがめちゃくちゃね。健康に悪いし、早くもとに戻さないと」

 

 場違いな独り言と共に、東雲が食事スペースに入ってきた。

 

「……チッ」

 

 火ノ宮が硬直を解いて動き出す。

 それを合図にしたかのように、それぞれが無言のまま席に戻る。

 

「え? 何よ、この空気」

 

 その異様な空気を東雲は察知したようだが、その理由までは見当が及ぶことはなかったらしい。

 

「……はあ」

 

 それは誰のため息だったか。少なくとも、俺達の気持ちを代弁していたことだけは確かだった。

 ともかく、これで大天以外の11人が食事スペースに揃った。

 

 

 

 少ない。

 

 率直に、そう感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城咲が、朝食を配膳してくれた。メニューは、白ごはんと味噌汁におかずはベーコンエッグ。香ばしい香りが鼻腔をくすぐる……はずなのに、食欲はわかない。久しぶりのまともな食事だと言うのに、それに魅力を感じないことがひどく悔しく思えた。

 

「メイド。俺の分は要らないと何度も言っているはずだが」

 

 岩国の声が聞こえる。ちょうど、城咲が彼女に配膳をしたときだった。そんな岩国の前には、城咲の料理の他に、倉庫の缶詰や宿泊棟のジュースボックスにあったペットボトルのお茶があった。岩国はそれを食べる気だろう。

 

「ですが、そんな食生活ではいつかからだをこわしてしまいます」

「余計なお世話だ。とにかく、食料の無駄だからやめろ。もったいないだろ」

「あ、琴刃ちゃんそういうの気にするタイプなんだ」

「…………別にそういうわけじゃない。単純に生き残るための話だ。ぬいぐるみからの支給がいつ止まるかも分からないんだぞ。今供給されているものをムダにするのは非合理的だろ」

「そういうことは城咲の料理を食べてから言いやがれ。どうせ食わねェくせに」

「…………ふん」

「大体、食料庫の食料には毒が仕込まれないように最大限警戒しているはずだ。シロサキだけに管理させることでな。シロサキの好意を無下にしてまで、どうしてそう意地を張るんだ」

「意地なんか張ってない。ただ、お前たちと不必要に関わりたくないだけだ。こうして朝食会には顔を出してるんだからそれで十分だろ」

「……チッ」

 

 いいやもっと仲良くしろ、と言い返すこともできず、火ノ宮は舌打ちだけを返した。その会話を聞いて、城咲はどうすればよいか分からずうろたえていた。

 

「ぼ、ぼくもいらない……」

「章ちゃん、好き嫌いしちゃダメだよ」

「そ、そういうことじゃなくて……」

『ま、章の言いてえことも分かるけど、さっき琴刃が言った通り、もう作っちまったんだからしょうがねェだろ』

「…………」

 

 一連のやり取りを見た根岸も城咲の配膳を拒否したが、露草と黒峰に言いくるめられていた。

 ともあれ、岩国以外への配膳も終わった。いただきます、と、小さな声が重なって、朝食会が始まった。

 時折、懲りない露草の喋り声は聞こえるものの、それ以外はカチャカチャと食器のぶつかる音ばかりが響く。さっきの口論を、皆それぞれに反芻しているのか。

 

 しばらくして、それぞれが朝食を食べ終わったのを見て杉野が立ち上がる。

 

「皆さん、おはようございます」

 

 かつて蒼神が担当していた朝食会の仕切りを、杉野が始めた。【魔女】がそんな事をするのは、ある程度の秩序を守るためか自分の信用を高めるためか。ともあれ、化けの皮を被っている時の杉野なら仕切り役に適任ではある。【魔女】の思惑は警戒すべきだが、利用できるところは利用していきたい。……正直、【魔女】に多くの事を喋らせる事はしたくないのだが、ここで杉野を止めて俺が仕切り役をすることもできない。

 

「昨日起こった出来事について、僕から多くを語ることはしません。先程も言い合いがありましたし、おそらく、皆さん心の中で十二分に考えたでしょうから」

「…………」

 

 白々しい。その大きな関係者であるくせに、事件を痛み入る善人のようなことを杉野は平気で口にする。その面の皮の厚さに辟易する。

 

「あの事件へどう向き合うかは、人それぞれです。ですが、僕達は今ここに生きています。生きている以上、これからどうするかを考えなくてはなりません」

「これからどうするか?」

「そうです、スコット君。二度の殺人事件、そして、学級裁判を終えても尚、ここでの生活は続きますから」

「……具体的に、何か案はあんのか」

 

 続きを促す火ノ宮。

 

「具体的、とは言えないかもしれませんが。僕からは改めて、『団結』を提案したいと思います」

「……団結」

「ええ。もう二度と、殺人を起こさないために」

 

 ――ふざけるな!

 

 喉まで出かかったその言葉を、なんとか封じ込める。今俺が杉野にそんな事を言うのは、ありえない。

 しかし、

 

「……ふ、ふざけるなよ……!」

 

 俺の気持ちを代弁するように、根岸が口を開いた。その意図するものは、きっと違うのだが。

 

「だ、団結なんか出来るわけ無いだろ……! こ、こんな連中と……!」

「…………まだ、みなさんを疑っているのですか」

「あ、当たり前だろ……こ、この前そういったじゃないか……! し、信用できるわけ無い……! み、皆殺人を企んでるんだろ!」

「そんなモノローグは誰もしていない……とは断言はできないが、皆がそう考えていると断言する事もできないはずだぞ」

「……う、うるさい!」

『章。別に疑うのをやめろなんて言わねえ。それは仕方ねえからな。……それに、悪いヤツがいねえとも言わねえ』

「でもさ、そんな風に皆が悪いこと考えてるって決めつけたらさ、本当に団結したい人たちの気持ちを踏みにじることになるんじゃないかな」

「…………ほ、本当に団結したい人なんか、い、いるのかよ……」

「章ちゃん!」

「…………」

 

 彼は、それ以上言葉を続けなかった。

 

「根岸みてェに全員を疑うのは論外だけどよ」

 

 代わりに、火ノ宮が口を開いた。

 

「どのみち、この状況じゃ団結なんか無理だろ。愉快犯が潜んでる可能性があるんだ。忘れたわけじゃねェよな」

「……ええ、もちろん」

「だったら、そいつを見つけるか、そんなヤツはいねェって証明しねェと団結はできねェんじゃねえのか?」

「火ノ宮君は、皆さんのことを信用していると思っていましたが」

「あァ? 信用してるに決まってんだろ。信用してっからこういう話をしてんだろォが。……そりゃァ、全員じゃねェけどよ」

 

 ……きっと、彼は大天の事を思い出したんだろう。彼女は、【卒業】しようとしたことを悪びれもしなかったから。

 

「で、どうすんだァ? 愉快犯をどうやって見つける?」

「……見つけません」

「え?」

「少なくとも、今すぐに探すことはしません。『愉快犯が居る前提で』、団結しましょう」

 

 ……何だって?

 

「お前……何を言ってる? 愉快犯を見逃すっていうのか?」

「そうは言っていませんよ、平並君。ただ、愉快犯を躍起になって捜索するのを止めにしようと言っているのです」

「…………」

「確かに愉快犯が僕達の中に潜んでいる可能性はあります。けれども、その正体を暴くことが果たして可能でしょうか? ……不可能でしょう。愉快犯がやったことと言えば、二通の手紙を出しただけ。そこに何のトリックもありません。証拠が、明らかに足りません」

「だからって、愉快犯を見ねェふりした所で愉快犯が野放しになるだけだろォが」

「見ないふりなんかしません。愉快犯はこの人かもしれない……頭の片隅でそう考えながら、団結しようと言っているのです」

「なにをおっしゃるのですか!」

 

 杉野の言葉に、城咲が慌てるように声を上げる。

 

「そのようなもの、だんけつなんてよべないと思います! 100ぱーせんとの信頼をしていないということではありませんか!」

「ええ。ですが、信頼を1パーセントもしないよりはよっぽどマシでしょう」

「……それはそうですが」

「その信頼は、80パーセントでも50パーセントでも構いません。『疑いながら団結をする』。これが、今僕達に取れる最善の戦略でありませんか?」

 

 彼にそう問いかけられ、それぞれがどうするべきかを考える。俺と七原は、そこに別の視点が入る。

 尤もらしい、一見最良の提案に思える。だが、その提案に諸手を挙げて賛同するわけにはいかない。提案者が、あの【魔女】なのだから。

 【魔女】は、なぜこんな事を提案した? この前のアイツの提案には、裏があった。今回の提案はどうだ? 愉快犯を泳がすためか? 愉快犯の存在を認知していたからって、その正体を積極的に暴こうとしないのであれば、結局それは何もしないのと一緒じゃないのか?

 なら、この提案に反対すべきだろうか。……『反対』? 団結なんてやめようと言えば良いのか。言えるわけがない。それで愉快犯を警戒したとしても、バラバラになってしまえば、結局また誰かが殺意を抱くことになる。だから、七原には皆の仲を取り持つように頼んだのだし。

 

 どっちだ。どうすればいい。

 

「くだらないな」

 

 杉野の案を吟味する俺達の中で、いち早く結論を打ち出すヤツが居た。岩国だった。

 

「随分な言い方ですね」

「これでもマシな言葉だ。愉快犯がいる前提で団結? そんなものに何の意味がある」

「信頼や絆を深めるというメリットがありますが」

「一番に出てくる利点がそれか。なら、ますます団結なんか無意味だ」

「……どういう意味です?」

 

 彼女の中には、何か確固たるロジックがあるように思える。

 

「団結は……はじめはそれなりにうまくいくだろ。表面上はな。だが、そんなものいずれほころぶ。愉快犯だけの事を言ってるわけじゃない。他の連中だって、いざという時になれば裏切る可能性がある。いや、裏切るやつは絶対に出てくる。そうなれば、一度団結しようとした分余計に大きく瓦解するはずだ」

 

 それに反論の声が上がらなかったのは、誰しもが、その光景を思い浮かべたからだろう。だって、今まさに、それを実感しているのだから。

 

「それでも構わないんだったら、薄っぺらい団結でもなんでもすればいい。俺の関係のないところでな」

 

 岩国は、最後にそう吐き捨てた。

 ……その言葉を聞いていて、ふと、思ったことがある。その疑問を、杉野が代弁した。

 

「岩国さん……もしかして、僕達の事を心配してくれていうのですか?」

「まさか。お前達が殺し合うのも絶望するのも勝手にすればいい。だが、そう何度も学級裁判を開かれると面倒だ。無駄なリスクと責任を負うことになるからな」

 

 そう言って、彼女は立ち上がる。

 

「朝食会なんてもう十分だろ。変な言いがかりをつけられたくないから探索は待ってやったが、くだらないことを話すだけなら俺はもう行くぞ」

「そうね。団結とか愉快犯とかどうでもいいわ。こんなしょうもない話してるくらいなら、早く探索に行きましょ」

 

 それに東雲も追従した。それを咎める人は居ない。どちらにせよ、話し合いは停滞しているのだ。その流れを受けて、杉野が話をまとめる。

 

「……では、この話はここまでにして探索に行きましょうか。ですが、一言だけ伝えておきます。僕達は、絶望に抗う仲間です。それだけは、忘れないでください」

 

 いつか聞いたようなその言葉で、杉野は朝食会を締めくくった。

 

 ……杉野が【魔女】だと知らない皆には、その声は力強い励みに聴こえたのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《【??エリア】(新エリア)》

 

 厨房の見張りのために城咲を食事スペースに残し、俺達は新しく開放されたドームへと向かう。体験エリアから繋がる通路を歩いていた。

 

「この先に、脱出口があればいいんだけどな」

 

 そうポツリと呟いたのは、スコット。

 

「その可能性は低い……というよりありえないでしょうね。今更そんなものをモノクマが見落とすとは思えません」

「……分かってる。言ってみただけだ」

 

 彼は気落ちしながら、杉野の言葉にそう返した。

 

「アンタ達、何暗い顔してんのよ。せっかくの新しいエリアなんだからワクワクとかしないわけ?」

「ワクワクなんかするわけ無いだろ。そんな呑気なのはお前だけだ」

「そう言われてもね、平並。じゃあなんで探索なんかするわけ? 脱出ができないってわかりきってるんだし、わざわざ来る必要も無いじゃない」

「……脱出口がなくても、危険物はあるかもしれねェだろォが」

 

 火ノ宮が答える。

 

「前回開放された【体験エリア】には毒薬や睡眠薬があったからな。今度のドームにだって何か妙なもんがあってもおかしくねェ。っつか、だからこうして皆で探索してんだろ」

「ま、そうだけど。おかげで一日待たされたわけだし」

「…………」

「範太ちゃん、そんな怖い顔しちゃダメだよ」

『気持ちは分かるけどな!』

 

 そんな言葉を交わしているうちに通路を進み終えて、件の新しいドームへとたどり着いた。そのドームは、妙に広く感じた。

 俺の視界にはいくつかの建物が映る。真っ先に目を引いたのは左側に鎮座する巨大なカマボコ型の建物だった。あれは体育館だろうか?

 一度、俺達は中央広場に移動する。例のごとく監視カメラやモニターに並んでいた立て看板で、このドームの全容を知る。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 運動エリア。まさしく、このドームには運動に関わる施設が集まっているようで、さっき目を引いた建物は思ったとおりに体育館だった。

 

「では、ここで一度解散にいたしましょう」

 

 そう杉野が口を開く。その後報告会の集合時間を彼が告げた辺りで、無言のまま岩国が歩き始める。

 

「待ちやがれ。単独行動は禁止だ」

 

 それを、火ノ宮が諌めた。

 

「…………」

「単独行動は禁止って、どういうことよ。ここまで一緒に来たんだからもう良いじゃない」

 

 岩国は足を止め、無言を貫きながら振り向く。代わりに声を返したのは、不満げな東雲だった。

 

「どういう事も何も、そうじゃねェとわざわざ集団で来た意味がねェだろォが」

『まあそうだな。危険物を知らない内に持ち出されちゃ困るってのがそもそもの発端なわけだし』

「あァ。だから、一人での探索を許すわけにはいかねェ」

 

 それを聞いて。

 

「…………」

 

 何も告げずに、岩国は再び歩き出す。

 

「岩国さん。余計な疑いをかけられたくなければ、協調性を持つべきだと思いますが。一人で探索して危険物を掠め取っただのと言われるのは、あなたにとっても不利益でしょう」

「……別に、異論が有るわけじゃない」

 

 そこでようやく、彼女の言葉が聞こえてきた。

 

「コロシアイの……いや、学級裁判の対策としては合理的だからな」

「では、なぜ一人で探索を始めるのですか?」

「組分けに時間を取られたくないからだ。単独行動を禁止するのなら、誰でもいいから着いてこい」

『だったら最初からそう言えばいいのにな』

「琴刃ちゃん、ちゃんと言わなきゃわからないよ!」

「…………」

 

 露草に正論でツッコまれた岩国は、何も言い返さず再び歩き出した。

 

「オイ、岩国ィ!」

「いいよ、火ノ宮君。私が行く」

 

 そう告げて、一人で更衣棟へ向かう彼女の後を七原が追いかけた。

 

「ま、岩国の言うことも一理あるわね。アタシも組分けめんどくさいから、誰かついてきてよ」

 

 その様子を見ていた東雲も、彼女を真似て一人で体育館へと向かう。

 

「チッ、どいつもこいつも自分勝手しやがって……クソッ! 杉野、後は任せたァ!」

 

 そう叫んで、火ノ宮が彼女の後を追った。すぐに追いついて、文句を大声で叫んでいる。鬱陶しそうに耳を抑える東雲と共に、体育館の中へと消えていった。

 

「ぼ、ぼく達も行くぞ……も、もう十分だろ……!」

『おい! 勝手に動くなって!』

「もう、章ちゃんまで……!」

 

 露草を先導し、彼女と共に根岸が病院へと進んでいく。敵意を撒き散らしながら、彼も建物の中に入っていった。

 

「……まあ、皆で【運動エリア】まで来れただけでも十分ですかね」

 

 そんな、俺達の協調性の無さを見ていた杉野が、そんな事をぼやく。

 

「団結、できればいいのですが」

「……あまり言いたくないが、もう団結なんか無理だろ」

「……スコット君」

「愉快犯の件を除いたって、目に見えてる部分だけでも問題が多すぎる。ここまで10人で固まって来れたのだって、別段絆があるからとかそういう理由じゃない。スギノだってわかるだろ」

「……」

 

 杉野は肯定を意味する沈黙を返す。

 皆でここまでこれただけでも十分な成果だ、というようなことを杉野は言ったが、それは大きな間違いだ。俺達が集団で探索を……特に岩国が、わざわざ朝食会にまで参加して俺達と行動をともにしたのは、単独行動によって悪印象が生まれることを危惧したからだ。

 今まで何度も話してきたことだが、一人で探索すれば容易に危険物を手に入れることができる。それをさせないために、それをしていないと示すために、俺達は集団で探索を行うことにした。すなわち相互監視の意味が強く、それは敵意と言い換える事もできる。コロシアイが非日常ではなく日常にすり替わりつつあるこの状況で、仲良しこよしの探索など行えそうにはない。

 

「もっとも、シノノメやイワクニみたいなヤツらを放っておけば団結もできない話じゃ無いとは思うが……」

「それでは意味がありません」

 

 毅然と、スコットの意見を否定する杉野。

 

「だろうな。オマエならそう言うと思った」

「……どっちにしたって、こんな険悪な状況が続いて良い訳がない」

 

 そこでようやく、俺は口を挟んだ。……ずっと杉野に喋らせているのは得策じゃない。

 

「別に団結しなきゃいけないわけじゃない。12人全員で団結しなくても、孤立さえしなければそう危ないことも無いはずだ。だが、どこかでこんな雰囲気だけはなんとかするべきだ」

 

 杉野の意見を全肯定するのは危険だが、少なくとも、この殺伐さを放って置く訳にはいかない。

 

「では、平並君にはそのなんとかする術があるのですか?」

「……それは無いが」

「そうですか……さて、どうするべきでしょうか」

 

 ………………。

 さもコロシアイを止めるために悩んでるようなふりをするなという俺の怒りと、それがどうしたと言いたげな杉野の挑発が、視線の上でぶつかり合う。

 

「何を見つめ合っているんだキミ達は」

 

 明日川のそんな声でそのいさかいが止む。彼女の目にどう写っていたかは分からないが。

 

「この先のページでどんな文が紡がれるかは分からないが、ただ団結しようという台詞を何度も書き記すだけでは、望む物語を描くことは難しいだろう」

「………………それで?」

 

 スコットの返事に間があったのは、彼女の言葉を解読するのに時間がかかったからだろうか。俺もたまによく分からなくなる。ニュアンスで理解しようとすると少し分かる。

 

「なにか行動を起こさなくてはならないということだ。かつてボク達はカレーを共に作っただろう」

「ああ……あったな、そんな事」

 

 あれは、そう、まだ誰も死んでいない時の話だ。絆を深めるという名目で、俺達は協力してカレーを作った。

 …………あの時居た彼らが、今はもう居ない。

 

「あの時の様になにかイベントを起こせれば、何かが変わる(物語のジャンルを変えられる)かもしれない……というのがボクのモノローグだ」

 

 イベント、か。必ずしも望んだ結果を得られるとは限らない。事実、あのカレー作りは古池の凶行を止めるには至らなかった。俺だって、一度は殺意を抱いた。けれども、ただ理想論を語るよりはきっとマシだろう。

 

「ただ、如何せん具体的な(プロット)は思いついていないし、今はそれを話し合うより先にこなすべき事(書くべきパート)がある」

「……そうですね」

「さあ、ボク達も探索編を始めようじゃないか。彼らには大分(数十行も)遅れを取ったけれどね」

 

 その明日川の言葉で、俺達も話を切り上げた。今ここに残るのはたった4人。俺と杉野、そして明日川とスコットの二組に分かれて、【運動エリア】の探索が始まった。

 

 




こんな感じで三章開幕です。
探索編(書くべきパート)は長くなったので次回。

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