ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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暗躍編 そして享楽という名の牙

 《エレベーター》

 

 証言台から足を動かせずにいた俺だったが、モノクマに怒鳴られてエレベーターに駆け込んだ。俺が乗り込んだ瞬間にドアが勢いよく閉まり、上昇が始まる。1人減った12人で、地上へ向かっていく。

 

 根岸は、すばやく瞳を動かしながら、俺達を睨んでいる。

 大天は、バツが悪そうに拗ねつつも、敵意を滲ませている。

 杉野は、自分の選択を悔やむような顔で、床を見つめている。

 岩国は、他人のことなどどうでもいいと言いたげに、白い壁を眺めている。

 

 それぞれが、それぞれの思いを抱えて、日常に戻ろうとしている。

 

「あー、楽しかった! 次の裁判もこれくらいボリュームが有ると良いわね!」

 

 底抜けに明るい東雲の声も、今となっては現実離れして聞こえる。

 

「……チッ」

「何よ。舌打ちするくらいなら何か言いなさいよ」

「言いたいことなら山程あるけどよ、言い出したら上に着くまでに終わんねェからな。後で手紙に書いて押し付けてやる」

「そう。暇があったら読んであげるわ」

 

 はあ、といくつかのため息が聞こえる。

 

「……そうだ」

 

 そんな不毛な会話を打ち切るように、俺は口を開く。

 

「俺、これからどうしたらいい?」

「あァ?」

「いや、ほら。軟禁、って話だっただろ」

 

 一度目の事件の時、俺は皆を裏切って【卒業】を企んだ。その代償として、俺はこの数日間新家の個室に軟禁されていた。

 

「確か、まだ俺が開放されるのに反対の人がいたんだよな」

「……ええまあ」

「あ、当たり前だろ……!」

「と、この様に根岸君が猛反対しておりましたので。他にも反対の方はいらっしゃいましたがね」

 

 ……まあ、それはそうだろうな。

 

「け、けどもうどうでもいい……!」

「え?」

「だ、だって、お、おまえだけじゃなくて、み、みんな殺人を企んでるんだぞ……! お、おまえ一人だけ閉じ込めたところで、な、何にもならないじゃないか……! か、勝手にしろ……!」

「…………」

 

 きっと、彼の中では筋の通ったロジックなのだろう。それを打ち崩すことはできそうにない。

 

「根岸の言い方は気に食わねェが、平並の軟禁はもう終わらせていいだろ。もう十分反省してるのは目に見えるからなァ」

「火ノ宮……」

「それより、軟禁しなきゃならねェのは他にいるだろ。なァ、大天ァ!」

 

 彼の叫びに、名を呼ばれた彼女はビクリと体を震わせる。

 

「てめー、平並を殺しかけたんだよな。城咲が来なきゃ、てめーは間違いなく平並を殺したはずだ。そうだよなァ、平並」

「……ああ」

 

 思わず、首をなぞる。凶器の跡こそ消えたものの、あの痛みと恐怖はまだ俺の心に刻まれている。

 

「どこまで遠城の計画だったかは知らねェが、少なくとも、てめーはてめーの意志で俺達を裏切ったことは間違いねェ。そうだよなァ!」

「……だったらなんなの?」

「あァ!?」

「私がやったことが悪くないなんて言わない。でも、後悔もしてないし反省もしてない。私は、私がやりたい事をやっただけじゃん。火ノ宮君みたいに、のんきに生きてきた人にはわからないだろうけど」

「てめー!」

「抑えてください、火ノ宮君」

 

 詰め寄ろうとした彼を、杉野が止める。

 

「大天さん。いくら理由を並べ立てても、誰かの命を奪っても良いことにはなりませんよ」

「それくらいわかってるよ。でも、どうしても殺さなきゃいけない理由だってあると思うけど」

「……では、軟禁されていただくわけにはいかないと?」

「当たり前でしょ。ふざけないでよ。それって、私の命を誰かに預けろってことじゃん。そんな信頼できる人が、この中にいるっていうの?」

「てめーが信頼できねェっつーんだよ! てめーの許可なんかいるか! 強引にでも軟禁してやる!」

「だめです! ちからづくなんて……!」

「チッ、じゃあこのままほっとくっていうのかァ!? 蒼神だって言ってただろォが! 裏切りには処罰を与えるべきだってよォ!」

 

 

――《「集団生活において、仲間を裏切った人間を放置しておくことは、いずれ秩序の乱れへとつながります。ですから、適切な形で、何らかの処罰を与えるべきなのですわ」》

 

 

「ですが、強引に罰を与えても、軋轢を生むだけです!」

「けどよォ!」

 

 そんな言い合いの最中(さなか)、エレベーターが止まり扉が開く。【宿泊エリア】に帰ってきた。

 大天は、それを見てすぐにエレベーターの外に出る。

 

「言っておくけど、今は誰かを殺そうとなんか思ってないから」

「……一応、理由を伺っておきましょうか」

「もう二番目の動機……記憶の件は無くなったからね。急いで【卒業】する必要はなくなったんだよ」

 

 今回モノクマが提示した記憶を取り戻すという動機は、確か、二度目の殺人に限った話だったはずだ。こうしてその二度目の殺人を解決した今、その動機は無効のはずだ。

 そして、大天が殺人に至った動機は、記憶を取り戻すことだった。そうなると、確かに彼女が殺人を起こす理由は無い。

 

「そんなモン信じられるワケねェだろォが!」

「別に信じてもらわなくてもいいよ。……でも、誰が殺意を抱くかわからないなんて、()()()()()()()()()()。軟禁なんかされて、命を危険に晒したくなんか無い」

 

 そう吐き捨てて、大天は宿泊棟へ駆け出した。

 

「大天さん!」

「てめー、待ちやがれ!」

「火ノ宮君!」

 

 彼女を追って七原と火ノ宮が、そして火ノ宮を止めるために杉野もその後を追った。

 

「…………」

 

 無言のまま、根岸も車椅子に乗った露草を連れて宿泊棟へ歩き出す。岩国や東雲も動き出し、場の空気を見極めていた残りの人々もそれに続く。

 

「……なあ、明日川。ちょっといいか」

 

 そんな中、暗い顔の彼女に俺はそう声をかけた。

 

「うん? どうした、平並君」

「一つだけ、聞きたいことがある」

 

 

 

 そして十数秒後、彼女から想定通りの答えを聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《生物室》

 

 【体験エリア】の中でも一際高さのある実験棟。その最上階に、生物室はあった。部屋の明かりを点けなくとも、ドームの天井の光が部屋の中に差し込んでくる。

 

 その光を、棚に鎮座する生首は受けていた。

 

「…………」

 

 顔面のいたるところにひっかき傷がつき、まさに鬼気迫るという言葉を体現したようにその目は見開かれている。俺では想像もつかないような恐怖を味わった事を、その表情が伝えている。

 

 他の人なら、きっと見たことがないと勘違いしてしまうほどに原形からかけ離れたそれだったが、完全記憶能力を持つ明日川でなくとも、俺には、その正体がすぐに分かる。

 

 忘れるものか。

 俺が妬んだ、彼のことを。

 

 

 

――《「『月跳走矢(ツキトビ ソウヤ)』……それが彼の名前だ」》

 

 

 

 学級裁判で明日川がそう告げた通り、それは月跳に違いなかった。

 

 彼の生首の浮かぶビンに手を伸ばす。その表面を指の腹でなぞる。ひんやりとした感触が、彼の死を俺に突き付けて来るようで嫌になる。

 

「月跳……」

 

 どうして、彼が、こんな所で、こんな姿に。

 謎は尽きない。それに対する解答は思いつかないわけではないが、どれも妄想の域を出ない。その中に正解があるとも限らない。この謎が解ける日は来るのだろうか。

 

 はあ、と自分でも驚くほど大きなため息をついて、彼から目をそらす。

 机の上には、濡れた参考書が二冊。例のボートに置かれていた、そして、遠城の失言を引き出すきっかけになった代物だ。

 

 ここに来る途中、蒼神の死体は見なかった。ボートは4つとも定位置にあったが、一つだけ底が濡れたまま浮かんでいた。俺達が学級裁判をしている間に彼女の死体を回収して、ボートも修繕したのだろう。思い返せば、新家の死体も、彼が死んでいた倉庫も、同じ様に綺麗に処理されていた。

 消えていく。事件の証拠が。狂気の気配が。それなのに日常へ戻ることは出来ない。確かに俺達と一緒にいたはずの4人の存在こそが、とっくにこの世から消え去ってしまっているのだから。

 

「…………」

 

 参考書も本来なら棚に戻されていたはずだ。そうなっていないのは、学級裁判中に乾ききらなかったからだろう。他の参考書まで濡らすわけにはいかない。

 

 川の水を吸い込んだそれに触れようと手を伸ばした瞬間、

 

 ――ガラリ

 

 ドアが開く音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……平並君?」

 

 音の主は、怪訝な表情をした杉野だった。

 

「よう、杉野」

「どうなさったんですか、こんな所で」

 

 そんな質問を投げかけながら、杉野は後ろ手にドアを閉める。

 

「月跳の事を確認しに来たんだ。俺はまだ生物室に来たことがなかったからな」

「ああ。晴れて自由になりましたからね。……それで、彼は?」

「間違いない。やっぱり、月跳の生首だった」

「……そうですか」

 

 哀悼の意を顔に浮かべて杉野は呟く。そんな彼に、今度は俺から問いかける。

 

「杉野は? お前こそ、なんでこんな所に来たんだ?」

「いえ、僕も同じ用件です。どう考えてもこの生首の存在は異様ですからね。眠る前にもう一度調べに来たんですよ」

 

 

 

「嘘をつくなよ、クソ野郎」

 

 

 

 杉野が答えを言い終わるや否や、俺はその言葉を彼に向けて撃ち出した。

 

「……はい?」

「お前が生物室にやってきたのは、これが目的なんだろ」

 

 

 そう言って、俺はバンと参考書を叩く。

 

「誰も自分の存在に言及しなかったもんだから、お前はカードが見つかってないと思った。それで、参考書に残っているはずのカードを放置するわけにもいかず、回収しにここまでやって来た」

 

 それを見越して、俺は生物室で彼を待っていた。そして、思惑通りに彼はやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんだよな、杉野。……いや、【言霊遣いの魔女】!」

 

 大きな声で、ありったけの怒りを込めて、その名を叫ぶ。

 

 今宵起きた事件を裏で操っていた、糾弾すべき殺人鬼の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……話が見えませんね。何の話をしているのですか?」

 

 首を傾けて、冷静にそう言葉を返す杉野。

 

「とぼける気か?」

「とぼけるも何も、本当に分からないのです。カードだって、何のことだか……」

「…………」

「平並君が何を勘違いしているのかわかりませんが、そう思った経緯をお話いただけませんか?」

 

 まあいい。どちらにしても、すぐに認めてくれるなんて思ってなかった。証拠を並べあげて、白状させればいいだけだ。

 

「分かった。教えてやるよ」

「それでは、まずその【言霊遣いの魔女】というのが何なのか説明していただけますか? やけに仰々しい肩書のように思えますが」

 

 白々しい……とは思うが、これを説明しないと杉野は話を前には進めてくれないだろう。

 

「他人をそそのかして、殺人を犯させる殺人鬼だ。自分の手は汚さずに、誰かに殺人という重い罪を着せる。ただ、自分の快楽のために。それが【言霊遣いの魔女】だ」

「……そんな人物がいるのですか?」

「いる。というか、それがお前だって言ってるんだよ」

「…………仮にそのような狡猾な殺人鬼が存在するとして、それがどうして僕になるのか、説明していただきましょうか」

「【魔女】が、遠城をそそのかしたからだ。だから、お前が【魔女】なんだ」

 

 相手に反論を思いつかせないよう、わざと、飛躍したロジックを告げる。

 

「まず、大前提の話をする。【言霊遣いの魔女】が、今回の事件の真の黒幕だ」

「…………」

「蒼神が寝かされていたボートに乗っていた参考書。その中に、カードが挟まっていた。【魔女】が犯行の証拠に必ず残していく、特徴的なカードがな」

「特徴的?」

「ああ。【Witch Of Word-Soul Handler(言霊遣いの魔女)】のサインが書かれた、トランプのジョーカーだ」

「……そんなもの、見つけたのならすぐに教えてくださいよ」

「お前だって、生首の正体の事を俺に黙ってただろ」

「……まあいいでしょう。それで?」

「要するに、今夜の遠城の犯行に、【魔女】が関わってるってことだ。言い換えれば、遠城が蒼神を殺すように、【魔女】がそそのかしたってことになる。俺達の中にいる、誰かがな」

 

 数学の証明問題を解くように、学級裁判でクロを追い詰めるように、ロジックを積み重ねていく。

 

「それはどうでしょう?」

 

 しかし、杉野はそれを止める。止まってたまるか。

 

「……どういう意味だよ」

「【言霊遣いの魔女】なんて、この中にはいないのではありませんか? その【魔女】が残していくというカードの特徴を知っている人物が、【魔女】を騙って僕達を混乱に陥れようとしているのではないでしょうか?」

 

 その可能性は考えた。けれど、それは否定せざるを得ない。

 

「もしも【魔女】を騙ったのなら、もっと盛んにその存在をアピールするはずだ。俺がカードを手に入れたことを黙っていても、学級裁判で触れたはずだ。そうしなかったのは、カードを置いたのが【魔女】本人だったからに決まってる」

「ですが」

「第一、この施設にトランプは無かったはずだ。私物も含めてな。娯楽がないって散々愚痴っただろ。ってことは、あのジョーカーは、【魔女】が犯行現場に残すために隠し持っていた私物って考えるのが自然だ」

「……もしそうだとしても、まだ僕達の中に【魔女】がいるとは限りませんよ」

「…………」

 

 杉野こそが【言霊遣いの魔女】である。俺のその推理を打ち崩すため、杉野は反論を続ける。

 

「【言霊遣いの魔女】というのは、他人に殺人を犯させることを楽しんでいるのでしょう? であれば、僕達にコロシアイを強いるモノクマ……それを操る人物である黒幕こそが、【魔女】なのではありませんか?」

 

 七原も【魔女】の存在を俺に教えてくれたときに同時に語った、【魔女】が黒幕であるという説だ。

 

「さっきも言っただろ。【魔女】は自分の手を下さないのが信条なんだ。俺達を疑心暗鬼にさせるコロシアイはともかく、クロをオシオキするのはあまりにも【魔女】の犯行として妙だ」

「そうは言いますが、あなたは【魔女】の事をどれほど知っているのですか? ああいった殺戮劇も好みである、というだけだと思いますが」

「そうだとしたら、あのカードが一度目の事件……新家の時に無かったのはおかしいだろ。もしも黒幕が【魔女】なら、二度目の事件からカードを置くなんてありえない」

「一度目の時もカードを置いたのですよ。それを、発見した人物が黙っているのです。ちょうど、今のあなたの様に」

 

 その反論だけなら、一応筋は通っている。しかし、やはりそれは違うのだ。

 

「……一度目の時も置いた。それは可能性としては十分考えられる。だが、それでもやっぱり黒幕が置いたとは考えにくい」

「……と、おっしゃいますと?」

「黒幕が置いたなら、死体が発見される前にカードを置けるはずだ。つまり、捜査を始めてからすぐにカードを見つけたはずだ。……二度目の事件はそれでもおかしいところはない。死体をボートから移したから、ボートは捜査の中心からは外れた。だから、最初は誰もカードに気づかなかった……そう考えれば自然だからな」

「…………」

「だが、一度目は違う。新家の死体も捜査の中心も倉庫の中にあった。死体を発見した時点で、カードを見つけたって良かったはずだ」

 

 ……正直、苦しい反論だ。そもそも俺が見つけられなかっただけだ、と言われてしまえばそれ以上の反論は水掛け論にしかならない。

 だが、それ以外の理由で杉野が【魔女】であると確信できる以上、この反論は間違ってはいないはずなのだ。

 

「だから、もし仮に一度目もカードがあったとしても、それは黒幕でない、誰かが捜査中に置いたと考えるべきだ。だから、二度目だって同じだろう。お前が、ボートの調査をした時にこっそり隠し置いたんじゃないのか?」

「……()()()()()()()()、まずはあなたの推理を最後まで聞くことにします」

 

 幸いにも、ロジックの弱点を杉野は見逃した。水掛け論になると、彼も思ったのか。

 

「僕達の中に【言霊遣いの魔女】がいるとして、どうして、僕が【魔女】になるのですか? 【言霊遣いの魔女】……その肩書を聞くに、その人物は女性であるように思えますが」

 

 あくまで冷静に、しかし僅かに苛立ちを孕ませて、杉野は話の続きを促した。

 

「そんなの、肩書一つで断定できるわけないだろ。フェイクのためにわざとそう名乗ってるのかもしれないしな」

「…………」

 

 実際の所、どういう意図があって杉野が【魔女】を名乗っているのかは分からない。しかし、彼はその理由を知っているはずだ。

 

 だって、杉野こそが、【魔女】本人なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【魔女】が俺達の中にいる。そう思えば、その正体が杉野であることには容易にたどり着いた。

 

「……お前、遠城がどうして蒼神を殺したのか、言えるか」

 

 その論拠を突きつけるため、杉野に問いを投げかける。

 

「それは、彼自身がおっしゃっていたではありませんか。……思いついた殺人的なアイデアを、実行せずにはいられなかったからです」

 

 

「――それは違うぞ」

 

 

「……はい?」

「お前、確か言ったよな。蒼神が殺意を抱いたことは、犯行に関係なんか無いって」

 

 

 

――《「ですが、蒼神さんが殺意を抱いていたかどうかなど、関係のないことなのです。あなたが、蒼神さんを殺したこととはね」》

 

 

 

「そんなワケ無いだろ。確かに、遠城が語ったアイデアを披露したいっていう動機もきっとあったんだろう。だが、蒼神のことさえ無かったら、遠城は殺人なんかしなかったはずだ!」

「何を言うかと思えば……蒼神さんの事は、遠城君の嘘でしょう。本当の動機をごまかすためのね」

「違う。少なくとも、遠城は嘘なんかついていないはずだ。だって、アイデアのことを言ってからも、遠城は蒼神に敵意を抱いていただろ」

 

 

 

――《「だからやめろよ! 人の殺し方を、そんなあっさりと喋るなよ……!」》

――《「そうだ。殺されたアオガミの命まで、軽く見えてくる」》

――《「ふん、あやつなどどうでもいいであろう」》

――《「ど、どうでもいいって……」》

 

 

 

 

「もし蒼神のことが完全に口からでまかせだったら、その敵意も嘘だったはずだ」

 

 だから、遠城は確かに聞いて確信していたはずなのだ。蒼神が、殺意を抱いていたことを。

 

「……だとしても、僕の言ったことは間違っていますか? 殺意を抱いた人間のことなら殺してもいいと? ……蒼神さんの殺意と、遠城君が犯行に及んだことは切り離して考えるべきだと思いますが」

「そんな事はない。切り離しちゃダメだ。蒼神のことだって殺人の動機には違いないんだから」

「どうしてそう言い切れるのです!」

「だって、正に遠城が言っていたじゃないか! 蒼神の殺意を知ったことが、殺人に踏み切ったきっかけだって!」

 

 

 

――《「……吾輩だって、ためらいは当然あったのである。リスクは確かに存在するし、何より、殺人なぞ許されない罪であるからな。

 しかし、しかしである!」》

――《「あの蒼神が殺人を企んでいたのであるぞ! 今更吾輩が殺人をためらったところで何になるというのであるか!」》

 

 

 

「遠城だって、きっとアイデアを思いついただけならそれを実行しようなんか思わなかったはずだ!」

「そうとは思いませんね」

 

 そんな言葉で、杉野は俺の推理を否定する。

 

「あなたも見たでしょう。誇らしげに自分のトリックを語る彼の姿を。あの姿こそが、彼の本性です。真実から目を反らしてはいけません」

 

 ……本性、か。

 

「あれが遠城の本性じゃない、なんてことは言わない。人の殺し方を自慢げに語っていたのは、明らかに遠城の意志だ」

「でしたら……」

「だがそれは、ずっと黙っていたアイデアを披露できたからだろ。あれを本性だって言うなら、殺人を許されない罪だとためらっていたことだって遠城の本性だ」

「それはどうでしょうか。殺人を犯した人物の発言など、信用の置けるものではありませんよ。せめて最後に自分を良く見せようと思ったのでしょう」

 

 その杉野の意見も、的外れと断言できるわけじゃない。実に巧妙だ。しかし、遠城が殺人をためらっていたと思える根拠なら、ある。

 

「発言じゃない。アイツの行動を信じればいい。遠城は【超高校級の発明家】なんだ。殺人トリックなら、最初の動機が配られた時点で……もっと言えば、最初にモノクマからコロシアイを宣言されたときから思いついていたっておかしくない。それでも一度目は行動に移らなかったのは、アイツの中で殺人はダメだと、一線を引いていたからじゃないのか」

「…………」

「その一線を、【魔女】がぶち破ったんだ。蒼神の殺意の籠もった声を、遠城に聴かせることでな。だからこそ、遠城は殺人トリックを実行に移したし、手紙の差出人を蒼神だと勘違いしたんだ」

 

 そう、それこそが、【魔女】が遠城に仕掛けた、最大のワナだ。

 

「……ということは、何ですか。【魔女】が、蒼神さんが独り言を呟くように誘導して、それを遠城君に聴かせたというのですか?」

「違う。そもそも、遠城が蒼神の独り言を聞いたっていう話自体おかしいんだよ」

 

 ここが、一番大きな矛盾だった。

 

「遠城は言った。【体験エリア】の探索の日、昼の集まりの直後に図書館で蒼神の呟きを聞いたって」

 

 

 

――《「そうである! 探索をした日、昼の集まりを終えてすぐである……アイデアのために図書館の蔵書を調べていた吾輩の耳に、ハッキリと届いたのである! 蒼神のつぶやきがな!」》

 

 

 

「だが、そんな事はありえないんだ。蒼神はその時間、宿泊棟で俺に【体験エリア】の情報を教えてくれていたんだからな!」

 

 探索があったあの日の昼過ぎ。俺が軟禁されて個室の中で思考の泥沼に嵌っていたあの時、蒼神は七原と共に俺を尋ねて探索の成果を話してくれた。

 

 

 

――《 不意に、ドアチャイムが鳴った。》

――《「……?」》

――《 咄嗟に体を起こして入口の方を向く。俺が何かアクションを起こす前に、ガチャリとカギの開く音がして、続けざまにその扉が開いた。》

――《「平並君。具合はいかがでしょうか?」》

――《 そんな言葉とともに部屋に入ってきたのは、俺達を引っ張ってくれていた蒼神。そして、その後ろにもう一人訪問者がいた。》

――《「平並君、大丈夫?」》

 

 

 

もう遠い昔のことにすら思えるが、遠城が蒼神の声を聞いたというあの時間、蒼神は確かに宿泊棟の新家の個室にいたのだ。

 

 だから、遠城のあの話は、おかしいんだ。

 

「…………」

「さっき明日川に訊いて、あの日遠城が図書館にいた時間を確認した。『蒼神の姿は見なかったが、遠城のことは目撃した』らしいが、その時刻は蒼神が宿泊棟にいた時間帯と重なる。要するに、蒼神にはアリバイがあるんだよ」

 

 厳密に言えば、蒼神が一人になった時間は存在する。七原と俺を二人きりにするために、蒼神は先に廊下に出た。しかし、その僅かな時間に図書館に移動して殺意を呟き、七原の話が終わるまでに宿泊棟に戻ってくる――そんなバカな行動を取る訳がない。ということは、やはり蒼神にはアリバイがあるのだ。

 ロジックの詳細を説明する必要はない。杉野が知りえない情報はバッサリと切り捨ててしまえばいい。

 

「だとすると、遠城が聴いた蒼神の独り言は何だったのか、という話になる。誰かの声を聞き間違えた? それはどうだろう。聞き間違える可能性があるなら口調の似ている城咲の声しか無いが、城咲は野外炊さん場の見張りをしてたんだろ。それを放って図書館になんか行くはずがない」

 

 杉野に遮られないように、早口で一気にまくしたてる。

 

「つまり、誰かが意図的に出した『蒼神の独り言』を、遠城は蒼神本人の独り言だと勘違いしたんだ」

「……まさか」

 

 俺の言葉を聞いて、杉野は何かに思い至る。思い至った、()()()()()

 

 俺だって、信じたくなかった。【言霊遣いの魔女】なんて悪魔的な人物とは、対極の存在だと思っていたからだ。

 

 

 

 

 

 

「お前が、蒼神の声を出したんだろ。【超高校級の声優】である、お前が!」

 

 ――それでも、そんな事ができるヤツは、コイツしかいない。

 

 

 

 

 

 

「……だから、僕が【言霊遣いの魔女】だと言うのですか」

「ああ。お前なら、蒼神の声帯模写くらい出来るだろ」

「……ええ、確かに、それは可能です。『【超高校級の声優】の肩書に恥じない程度には、声帯模写は可能ですわ』」

 

 鮮やかに、杉野は声色を変える。それは紛れもなく、蒼神の声だった。

 

「ですが、ただ僕にそれが可能であるというだけです。声を操るという点で言えば【超高校級の腹話術師】である露草さんも声帯模写くらい出来ても不思議ではありませんし、そうでなくとも一発芸的に声帯模写の技術を隠し持っている人物がいるかもしれません。

 たった、声真似が出来るというだけで僕を【魔女】だと断じるのは、いささか強引なのではありませんか?」

「それだけが理由でお前を【魔女】って言ってるんじゃない。反証ならいくらでも探したさ。だが、やっぱりお前が【魔女】なんだよ」

 

 今杉野にぶつけた声の件は、あくまでも杉野を疑いだしたきっかけに過ぎない。

 しかし、考えれば考えるほどその疑心は確信へと変わっていった。だから、こうして杉野を糾弾しているのだ。

 

「お前、事件が起きるように俺達を誘導してただろ」

「…………」

「今回の【動機】がモノクマから与えられた時、今度は【動機】を見ないでおこうって話になった。そこでお前はこう提案した。『平並()だけが確認しよう』ってな」

 

 

 

――《「この記憶のヒントというのは、すなわち僕達が失った2年間のヒントなのです。それを無視するというのは、(いささ)かもったいないのではないでしょうか。得られる情報はできる限り得ていくべきだと思います」》

 

――《「じゃあ、ヒントを見るべきだっていうのか? それで事件が起きたら本末転倒だ。リスクが高すぎるだろ」》

――《「ええ、その通りです、平並君。ですから、絶対に事件を起こさない人……殺人をしない人だけが確認すればよいのです」》

 

――《「いかに殺意を抱こうと、鍵のかかった個室に閉じ込められてしまえば殺人を行うことはできないでしょう。というわけで、僕からは平並君だけが記憶のヒントを確認することを提案します。いかがでしょうか?」》

 

 

「その提案の理由は確かに筋が通ったものだった。けれど、結局出来上がったのは、俺唯一人が【動機】を知った状況だ。いくら俺が軟禁されていると言っても、殺意を抱いた人間がいることは不和をもたらす。それに何より、俺の軟禁さえ解除させれば、限りなく俺をクロに近い人間にすることが出来る」

 

 事実、遠城は俺をクロに仕立て上げた。

 

「そして、お前はこうも提案した。『これから全員個室に閉じこもろう』と」

 

 

 

――《「僕からは、今日一日、明日の朝まで全員が部屋に閉じこもることを提案します」》

――《「へやに、ですか?」》

――《「そうです、城咲さん。この後解散してから、僕たちはそれぞれの部屋に閉じこもるのです。誰かに呼び出されたとしても、何があっても部屋からは出ないようにするのです。そうすれば、事件は起こりえない。そうですよね?」》

 

 

 

「確かに、全員が個室の中にいれば事件は起こりえない。その()()()をエサにして、お前は殺人を企んだ人物が自由に動けるようにしたんだ。全員を宿泊棟に押し込めて、誰に見られることもなく殺人の練習や実行が出来る環境を作り出した」

 

 事実、遠城は正に殺人トリックのリハーサルを行い、実行した。

 

「事件を起こさないため、俺達を守るため……そんな名目で俺達を誘導した結果、お前はクロにとって最高の環境を作り出したんだ! 遠城が、殺人に踏み切るように仕立て上げたんだ!」

「それが、僕を【魔女】だと思った理由なのですか? ……ふざけないでください!」

 

 俺の推理を聞いていた杉野だったが、ついに彼は憤慨した。突き抜けるような澄んだ声で、鬱憤を俺へと撃ち返す。

 

「あなたの推理は、全部あなたが状況を曲解しているだけではありませんか! 僕の声帯模写を平並君が怪しんだ事を許すとしても、それ以降は到底見逃せません!」

 

 大きな身振りと共に、俺の推理を否定する。

 

「事件を起こさないために、僕がどれほど苦心して頭を悩ませたかあなたなら分かってくれるでしょう! 僕達を絶望に叩き落とすモノクマに対抗するために、どうすれば良いか必死に考えた結果があの作戦なのです! 僕の考えた作戦は、あなたが言うほど的はずれなものだったのですか!?」

 

 蒼神を救えなかった後悔を、俺に信じてもらえない苦悩を、杉野は声に乗せる。悲しみに声を震わせることで、俺の同情を誘う。

 ……これが、【魔女】の悪意か。そうと知っていなければ、それに潜む悪意なんかには気づきようもない。

 杉野の声が俺の耳に届く度に、より一層杉野に向ける目も鋭くなる。

 

「あなたが今おっしゃった僕の誘導というのは、ただの結果論に過ぎません! 僕が遠城君のために用意したのではなく、遠城君がその頭脳をもって僕の作戦を殺人に利用したのです!」

 

 確かに、そう見ることも出来る。それは当然だろう。杉野は俺達の目をごまかすために、狡猾に『有用そうに思える』作戦を提案したのだから。

 

「僕を、信じてくれないのですか」

「…………」

「僕は信じたじゃないですか! 平並君のことを!」

 

 ドラマチックな声色で、彼は告げる。

 

 

 

――《「平並君。僕はあなたを信じています」》

――《 そんな俺に、杉野が声がかけた。》

――《「あの日、あなたは僕に【卒業】の意志はないと言ってくれました」》

――《 いつだったか、たしかに俺はそう言った。そして、それは今でも変わらない。》

――《「まだ事件の全容がつかめているわけではありませんが、それでも、あなたのその言葉を信じたいと思います」》

 

 

 

「あなたに【卒業】の意志がないというあなたの言葉を僕は信じたのです! あなたは、その僕の信頼すら踏みにじるというのですか!?」

「……踏みにじるに決まってるだろ」

「……っ!」

 

 沈痛な声が、彼の喉奥に消える。

 

「だって、お前があんなことを言ったのは、俺の言葉を信用したからじゃないだろ。俺がクロじゃないって事をお前が知っていたからだ。そうだよな?」

「何を言って……」

「お前は最初から、遠城が犯人だって知っていたんじゃないのか」

「…………」

 

 彼は俺の言葉を聞いても表情を変えない。【魔女】は、【超高校級の心理学者】としてのスカウトも検討されていたんだ。心理戦じゃ敵わない。俺の唯一の武器である、ロジックをぶつけろ。

 

「ボートを調べていた時、お前は変なことを呟いた。『どうして、蒼神を殺すことができたのか』って」

 

 

 

――《「気を、引き締めないとな」》

――《「ええ。……とはいっても、今回の事件で使われた仕掛けがどのようなものなのか、見当が付きませんけれどね。ですが、複雑な仕掛けを施しているのかもしれません。どうして、蒼神さんを殺すことができたんでしょうか」》

――《「ん? それは睡眠薬を使ったからだろ」》

――《「え、ああ、それはそうなんですが……蒼神さんがどういう経緯で外に出たにしろ、警戒はするはずじゃないですか。それでも尚なぜ蒼神さんは襲われたのか、ということですよ」》

――《「そうか……」》

 

 

 

 あの時は杉野の説明に納得したが、警戒していても不意打ちを加えることは十分可能のはずだ。そこに別の意味があると考えると、全てが明らかになった今ならその答えが見えてくる。

 

「あれって、遠城にアリバイがあったからだよな。『遠城は宿泊棟にいたのに、どうして【体験エリア】にいた蒼神を殺せたのか』……そう思ったから、ついそんな言葉が出てきたんだろ」

「…………」

「それだけじゃない。学級裁判の最中、容疑者が東雲とお前と遠城に絞られて、東雲が自論を語った時も、お前は変なことを言った」

 

 

 

――《 ……呆れた。》

 

――《「では、あなたの無実を証明する方法はまだ無いと?」》

――《「そうね、杉野。こんなことなら、もっとミステリを読んでおけばよかったわ。明日川、何かオススメない?」》

 

 

 

「東雲に向かって、『お前の無実はまだ証明できないのか』と。おかしいよな。まるで、東雲が無実だってとっくに知ってたみたいじゃないか」

 

 逃がすな。

 

「いや、知ってたんだお前は。遠城が殺人を犯すように、蒼神を殺すように仕向けたのはお前だったんだから」

 

 【魔女】を、追い詰めろ。

 

「遠城は必死に殺人的なアイデアを披露する事を我慢していたはずなんだ! それが許されないことだって分かっていたから! 自分がオシオキされる事以上に、誰かを殺す事を許さなかったはずなんだ!」

 

 

――《 ――《「どうでもよくなどないのである! モノクマに対抗するために一致団結せねばならぬ状況であるぞ! 大体、お主には倫理観というものが欠けているのである!」》 》

 

――《「アレは、演技だったって言うのかよ!」

――《「演技などではない。あれも純然たる吾輩の怒りである。別に矛盾はしないであろう」

 

 

 

 彼が叫んだあの激情が演技じゃなかったのなら、彼は自分勝手な殺人狂なんかでは決してない。信じるべき、共に絶望に抗う仲間だったんだ。

 

 

 それを、この【魔女】がぶち壊した。

 

 

 その内に秘めた創作意欲を彼の外へと引きずり出すことで、遠城をエゴイスティックな殺人鬼に仕立て上げた。俺達を裏切った、非情な狂人であるかのように彼を振る舞わせた。

 それが何より、許せなかった。

 

 

 

 

――《「吾輩達の中に不穏な空気が漂っていたであろう! 誰にも邪魔されずにトリックの練習が出来る環境があったであろう! そして、殺すのに遠慮のいらぬ蒼神(ターゲット)も、冤罪を押し付けられる平並(身代わり)もいた!

 これだけ条件が揃っているというのに、アイデアを留めておくことなど、出来るわけが無いであろう!」》

 

 

 

「つまり、今夜蒼神と遠城をアトリエに呼び出した愉快犯ってのは、お前だったんだよ。蒼神が殺意を抱いているとうそぶき、遠城に殺人を犯させる環境を整え、そして事件の引き金を引いた!

 遠城を善人に押し留めていた倫理観を、甘い囁きで殺人の舞台を整えてお前が取り去ったんだ!

 だから遠城は犯行に及んだ! だから蒼神は殺された!」

 

 二人の仇を伐つために、全身全霊をささげて喉を枯らす。

 

「蒼神は遠城に殺されたんじゃない! 遠城はモノクマに殺されたんじゃない! 二人とも、お前に殺されたんだ!」

 

 怒りを込めて、恨みを込めて、鋭く言葉を撃ち出す。

 

 

 

 

「お前のせいで、遠城も蒼神も死んだんだ! お前が二人を殺したんだ! 違うか! 【言霊遣いの魔女】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クククッ」

 

 声が、聞こえた。

 

「それ以上余を褒めるのはやめるのじゃ。照れるじゃろ」

 

 妖艶で、妖しい、脳をくすぐるような、女の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ?」

 

 耳を、疑った。

 聞こえるはずのない声が、聞こえてきたから。

 

「どうしたのじゃ、平並凡一よ。そなたが見抜いたのじゃろうが。余が【言霊遣いの魔女】であるとな。何をぼけっとしておるのじゃ?」

「え、は……え?」

 

 突然のことに、頭が思いつかない。

 杉野が、初めて聞く口調で、初めて聴く声を出している。姿はついさっきと何も変わっていないはずなのに、そこから聴こえてくる艶やかな声のせいで、蠱惑的な魅力を感じる。その瞳に、五芒星が浮かんでいるようにも見えた。

 

「お前、女だったのか……?」

「まさか。余はれっきとした男じゃ。まあ、この地声は女のものであると自覚はしておるがのう。じゃからこそ【魔女】と名乗っておるのじゃし」

「地声だって?」

「そうじゃ。それがどうしたのじゃ?」

 

 落ち着け、落ち着け。惑わされるな。今、杉野は自分で認めたじゃないか。自分が、【言霊遣いの魔女】であると。その事実だけを、受け止めろ。

 

「……お前が【言霊遣いの魔女】。それでいいんだな」

「うむ! 当初はそなたが何を言ってこようとも冤罪だの思い過ごしだのと言ってシラをを切り通そうと思っていたのじゃが、あまりにそなたが余の事を褒めるものじゃから、つい声を出してしまったのう」

 

 その色気のある声を聴くだけで、頭がクラクラしてくる。おかしくなりそうだ。

 

「……ちょっと待て、褒めてなんかないぞ」

「褒めたじゃろ。余が遠城冬真の殺意を巧みに操り、蒼神紫苑を殺させるように仕向けたと。余のおかげで二人が死んだと。

 余の功績をこうも称賛してもらうと、暗躍した甲斐もあるというものじゃ」

「…………」

 

 開いた口が塞がらない。何を言っているんだ、この悪魔は。

 人を殺したことを、『功績』だって? それを追及したことを、『称賛』だって?

 

「ふざけるな! 人の命を何だと思ってるんだ!」

「む?」

「遠城も、蒼神も、絶望に抗うために必死で生きてたんだ! それを踏みにじって、何が功績だ! 俺達は、お前のおもちゃなんかじゃない!」

「おもちゃじゃない? そんな事、そなたに言われるまでもなくわかっておるのじゃ」

「は……?」

 

 怒りをぶつけても、返ってきたのは想像していた声ではなかった。

 

「おもちゃを壊して何が楽しいのじゃ。積み木をビルに見立てて巨大怪獣のように破壊した所で、それは積み木を崩しただけじゃ。それでは、ただの一人遊びに過ぎんじゃろ」

 

 朗々と、()()はその狂気を語る。

 

「人間は、余の所有物ではない。それぞれが意志と過去を持った独立した存在じゃ。()()()()()、壊す価値があるのではないか。そうじゃろ?」

「そんなわけ……そんなわけないだろ! 壊す価値なんか有るわけがない! 人間を壊しても――人間を殺しても、存在価値をぶっ潰すことになるだけだ!」

「じゃから、その存在価値を壊すことこそが快楽に繋がるのじゃろ。話の通じない(やから)はこれだから困るのじゃ」

 

 共感はおろか理解も出来ない。人間の形をした、まったく別の生き物のように見えてくる。

 こんな、こんなヤツのために、蒼神と遠城は死んだのか。報われない。あまりにも、報われない。

 

「わからない……なんなんだよ、お前!」

「なんなんだと言われてものう。余を指して【言霊遣いの魔女】と言ったのはそなたじゃろうに。わからない、というのならこれ以上余の事を話しても無駄じゃな」

 

 ああ、そうだ。無駄だ。こんな会話、不毛すぎる。

 

「で、そなたは何がしたいのじゃ?」

「あ?」

 

 怒りを隠す気もない。

 

「余が【魔女】であると見抜いて、それを余に伝えて、それがどうしたというのじゃ。よもや、余の事をここで殺す気じゃろうか。はっ、そのような度胸が平並凡一に有るはずなかろう」

「……そんな事」

「そう言うならば余を殺せば良い。あの残虐なオシオキを受けることを承知で、余にナイフでもなんでも突き立てれば良かろう」

 

 両手を大きく開いて、口を歪ませながら【魔女】はがら空きの胸を晒す。

 ……出来るわけがない。どれだけ【魔女】のことを殺したいほど憎悪したとしても、命を弄ぶ処刑を二度も見せつけられて、それを受け入れることなんかできない。俺はまだ死にたくない。それを全部わかった上で、【魔女】は俺を過激な言葉で煽っている。

 

「……クソ野郎」

 

 憎々しげに、俺は【魔女】を睨む。

 復讐なんかダメだと大天に言っておきながら、それでも【魔女】に殺意を抱いてしまう。落ち着け、こいつを殺したところでなんにもならない。それこそ、蒼神や遠城がそんなことを望むだろうか。

 

「では、改めて問おうぞ。平並凡一、そなたは余の正体を暴いて、どうするつもりじゃ?」

「……決まってるだろ。お前の悪事を止めるんだよ」

「ほう?」

「警告だ。お前はもう、影に隠れた存在じゃない。俺がお前が悪魔であることを知っている。お前を自由になんか、させるもんか」

「……ククク、余を止めると言うのか。何の才能もないそなたが、この余を!」

 

 俺の言葉を聞いても、【魔女】はその余裕を崩さない。

 

「そんなことが出来ると思っておるのか?」

「……出来る出来ないじゃない。『やる』しかないんだよ」

「ククク、とんだ夢を見ておるのう。【言霊遣いの魔女】を舐めてもらっては困るのじゃ」

 

 【魔女】の笑みを、怨念を込めて()めつける。

 

「大体、先ほどそなたは遠城冬真の殺人を余のせい(功績)責め立てた(褒め称えた)が、そなただってそれに一役買っておるじゃろう。第一の事件の時、古池河彦以外にも殺人を企む者がいた事も、遠城冬真の背中を押したはずじゃろうし」

「ぐ……それは……」

 

 視線が揺らぐ。

 

「そなたの殺人未遂のおかげで、余としても動きやすくなったのじゃ。それに関しては感謝しておる」

「…………」

「そのようなやつが、余を止めようなどと、身の程知らずも甚だしいのじゃ」

 

 反論は、出来ない。俺がコロシアイに寄与してしまったことは、紛れもない事実だったから。

 

「それに、そなたよりは、余は七原菜々香の幸運の方を警戒したいがな。カードを見つけたのは七原菜々香なのであるから、あやつも【魔女】の存在を知っておるのじゃろ? 正体が余であることまで突き止めているかは知らぬが」

「……な、なんでそれを」

「余がボートの参考書にカードを隠してからそなたはボートに近づいてはおらぬ。それなのにカードのことを知っているとなると、知ったのは学級裁判の直前、七原菜々香と密話を交わした時じゃ。そうじゃろ?」

「…………」

「だんまりか。まあ良い。その沈黙が答えじゃからな」

 

 ……クソ。全部【魔女】の言うとおりだ。

 心の内をすべて見透かされているような、そんな錯覚に陥る。もしかしたら錯覚ではないとすら、思わされる。

 

「それと気になる点はもう一つあるのじゃ」

「……なんだよ」

「どうして秘密裏に余を糾弾するのじゃ? 全員が揃った状態で……まあ、もう12人しかいないのじゃが、その時に余を糾弾すればよかろう。捜査の時に余の存在に気づいたのなら、学級裁判中にその存在を皆に伝えれば良かったじゃろ。よしんば学級裁判に集中したかったとしても、遠城冬真のオシオキの後は格好の機会であったろうに。それをしなかったのは、何故じゃ?」

「…………」

 

 その質問の答えなら、念のために用意しておいた。全部【魔女】に知られてたまるか。

 

「皆をこれ以上混乱させるわけにはいかないだろ。ただでさえ、根岸はアレだけ怯えてたし、【魔女】の存在は知らなくても事件に愉快犯(第三者)が関わってた事は皆が知ってる。その上さらにお前みたいな悪魔の存在を伝えたら、それこそ俺達は崩壊する」

「もう崩壊しているようなものじゃと思うがのう。ま、その無駄な気配りのおかげでまだまだ楽しめそうじゃからよしとしようかの」

 

 事実、この答えは嘘ではない。大天を暴走させないためという理由を隠して、【魔女】に伝えても構わない理由だけをピックアップした。

 

「で、他に何を隠しておる?」

 

 だというのに、【魔女】はそんな台詞を続けた。

 

「……な、何のことだよ」

「右手を強く握る」

 

 急に、【魔女】はそう呟く。

 

「は?」

「目線は僅かに左にずれる。右に口をかすかに寄せる。腰が後ろに下がる。胸を少し反らす」

「な、なんだよ……」

「そなたは気づいていないじゃろうが、そなたの『嘘』の癖じゃ。お望みならもっと列挙してやるぞ?」

 

 ……クソ。

 慌てて、手を開く。体をよじりながら顔をそらす。なにもかも、お見通しなのか。

 

「……嘘ついて悪いかよ」

「悪いとは言わん。現に余も、今嘘をついたのじゃしな。今のは適当に言っただけじゃ」

「は?」

 

 俺のあげた間抜けな声に、【魔女】は嬉しそうに顔を歪ませる。

 

「……お前! ハッタリか!」

「ああ、御しやすい。実に御しやすいのう。流石は【超高校級の凡人】じゃな」

 

 楽しそうな、喜悦を孕んだ声が聞こえる。

 

「ぐ……!」

 

 ギリ、と骨を伝って歯ぎしりの音がする。

 

「ククク、そなたの【才能】に免じて今はその嘘の追及は止めておいてやろうかの。どうせ、これからたっぷり時間は有るのじゃ」

「…………」

 

 煽る【魔女】を、強い敵意を込めて睨みつける。

 

「ま、これでわかったじゃろ。そなたは余には勝てん。所詮そなたも余の手のひらの上じゃ」

「……だからって、お前を野放しにするわけにはいかないだろ!」

「ククク、そなたの悪あがき、楽しみにしておるのじゃ」

 

 【魔女】はそう告げて、翻してドアを開ける。

 ともかく、宣戦布告は出来た。【魔女】の存在をおおっぴらに出来ない以上、きっとこれが今取れる最善策のはずだ。

 ほっ、と一息つこうとしたその時、

 

「あ、そうじゃ」

 

 再び【魔女】の妖しい声が届く。

 

「……なんだよ」

「何、そなたの推理を一つだけ訂正しておいてやろうと思ったのじゃ。余の正体に気づいた褒美としてな」

 

 訂正?

 

「どこが間違ってるんだよ」

「そなたの推理どおり、遠城冬真に蒼神紫苑の声を聴かせたのは余じゃ。あやつが殺人に存分に取り組めるよう皆を誘導したのも推理どおりじゃ。――じゃが、余はあの二人をアトリエに呼び出してなどおらぬ」

「……は?」

 

 今、こいつはなんて言った?

 

「余は遠城冬真の心に疑心のタネを蒔いてそっと背中を押しただけじゃ。直接的には事件の関与などしておらんのじゃ」

「そんなわけないだろ。お前が手紙を二人に出したからこそ、遠城が蒼神を殺したって確信してたんだろ」

「いや? 余はそんな事せずとも遠城冬真がターゲットにするのは蒼神紫苑しかありえぬと思っていたのじゃ。手紙の件で頭を悩ませたのは余もそなたらと同じじゃよ」

 

 二人を呼び出したのは【魔女】じゃない……?

 

「だったら……!」

「そうじゃ。愉快犯は、余以外にいるのじゃよ」

「……!」

 

 死を楽しむやつが、殺人を引き起こそうとするやつが、【魔女】以外にも、いるのか。

 

「嘘だ! 俺に皆を疑わせようと嘘をついてるんだろ!」

「まあ、そう思っても余は構わぬ。そなたが信じようと信じまいと、いい余興になるのじゃからな」

 

 嘘に決まってる。こいつが全部仕組んだに決まってる! それをするのが、【言霊遣いの魔女】じゃないか! 

 

 ……けどもし、もしも【魔女】の言うことが本当なら。愉快犯を野放しにしてしまうのではないか。

 皆を疑わざるを得ない。少なくとも、【魔女】が真実を言っている可能性を切り捨てることが出来ない。【魔女】の一言で、疑心暗鬼という『爆弾』を埋め込まれた。

 

「……クソッ!」

「いい顔じゃな。平並凡一よ」

 

 そう告げて、【魔女】はより一層、笑みを強くする。愉悦に満ちた、艶やかな笑顔を見せる。

 

「では、また明日、朝食会でな」

 

 そして、【言霊遣いの魔女】は、背中越しに俺に手を振りながら生物室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 【魔女】が退室してから少し、間を空けて。

 

「……はあっ」

 

 緊張の糸が切れる。足の力が抜け、どかりと腰を床に落とす。

 

「なんなんだ一体……!」

 

 相応に覚悟は決めて【魔女】と対峙したはずだ。遠城と蒼神を殺したことを徹底的に糾弾するつもりで生物室で杉野を待ち構えていた。

 それなのに、【魔女】が本性を表してからは終始アイツのペースだった。少しでもアイツを上回れるなんて考えちゃいけない。アイツは【超高校級の心理学者】としてスカウトされることすら考慮されていたやつだ。もっと、強く警戒して自分をしっかり持って挑むべきだった。

 

「……けど、上々か」

 

 【魔女】の本性に翻弄されたり、最後に『爆弾』を押し付けられたりはしたが、当初の目標だった【魔女】への警告は出来た。後は、全力で【魔女】の犯行を阻止するだけだ。

 

 ふう、と一つ息をつき、立ち上がって窓の外を見る。ちょうど、杉野が【自然エリア】へと向かうゲートをくぐったところだった。

 

 

 

「もういいぞ、七原」

 

 

 

 俺がそう声を出してすぐ、掃除用具入れのロッカーがギィと音を出す。中から、七原が現れた。

 

「お疲れ、平並君」

 

 杉野が生物室に来る前に、七原にはそこに隠れてもらっていた。杉野が【言霊遣いの魔女】であることの証人になってもらうためだ。本人の自白を聞いてもらうのが一番確実だから。

 七原も、遠城から蒼神の独り言の事を聞いた時から違和感に気づいていたらしい。そして、俺と同じ様に杉野が【魔女】である可能性に思い至っていた。

 

「……それにしても、やっぱり信じられないよ。杉野君が、【言霊遣いの魔女】だったなんて」

「……ああ、俺もまだ信じがたい。だが、そう認めないと、また被害者を出すことになる」

 

 戦わなくてはいけない。モノクマだけでなく、あの【魔女】とも。

 

「それで、平並君が【魔女】のことを皆に黙ってたのって、本当に他に理由があるの?」

 

 他に……とは、俺が【魔女】に追及された時のことを踏まえてそう言ってるのだろう。

 

「ああ。皆を混乱させられないってのも、本心だがな」

 

 と、答えてから考える。言うべきだろうか。七原に、大天の話(本当の事)を。

 

「そっか。わかった」

 

 そう思案していると、七原はそう呟いて話を切り上げた。

 

「訊かないのか?」

「今はいいよ。だって、言いたくないんだよね? ……必要になったら、教えてよ」

「……ありがとう」

 

 ああ、本当に七原には救われる。

 ……救われるついでに、この事も確認しておきたい。

 

「なあ、七原。杉野が言ってた、愉快犯の件、どう思う。本当にアイツは手紙を出してないと思うか?」

「それは……わからない。わからないけど……杉野君は、きっと、嘘はついてないと思う」

「……そうか」

 

 なら、きっと、本当に愉快犯は別にいるのだ。

 

「クソッ……」

 

 問題が、多すぎる。

 

 解散する直前、大天は今は誰かを殺す気は無いと言っていた。彼女にとっては【魔女】を殺すまでは死んでも死にきれないだろうし、殺人未遂をしてしまったこの状況では学級裁判で勝ち抜けるのは容易ではない。だから、その言葉は信用に値すると思う。だが、このまま放っておくわけにもいかない。

 

 俺達全員を疑っている根岸の誤解だって解いておきたいし、東雲の行動だって警戒する必要がある。【魔女】の他に潜んでいるという愉快犯だって、その正体を暴かなくてはならない。

 

 そして何より、その【魔女】の正体が杉野だった以上、もうアイツに頼ってはいられない。また、気づかない内に殺人の舞台を整えさせてしまう可能性がある。……いや、誰かが止めない限り、アイツは絶対にまた同じことをする。そう確信出来るだけの狂気を、【魔女】からは感じた。

 

 俺達を率いてくれた蒼神はもう居ない。誰かが、その代わりをしないといけない。

 

 誰が?

 

 その問いに答えは出せない。

 けれど、なんとかしないと、きっとまた誰かが死ぬ。もう嫌だ、そんなのは。

 

「…………」

 

 昨日の朝に見た、モノクマからの【動機】を思い出した。

 暗闇に浮かぶ【才能】の二文字。モノクマ曰く、どうやら俺には才能があるらしい。

 

 けれど、その正体は皆目見当がつかない。俺が凡人であることは、誰より俺がよく知っている。

 だから、幻想(そんなもの)には頼れない。

 

 『やる』しか無いのは分かってる。

 出来るのか、俺なんかに。皆を助けることが。

 

「平並君」

 

 突如、七原に名を呼ばれる。

 

「一人で抱え込んじゃダメだよ。私も、頑張るから」

「……ああ」

 

 七原の幸運があれば。七原が居てくれれば。

 きっと、なんとかなる。

 

 彼女の優しい声を聞いて、何故かそう思えた。

 

「……ありがとう、七原」

 

 頑張ろう。

 死んでしまった四人の想いを抱えて、生き抜くために。

 




これでホントに二章完結。
大量の問題と爆弾と一緒に、いざ、三章へ。

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