ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編⑦ 才能よ、燦爛と輝け

「なげえよ、オマエラ! 今何時だと思ってるんだ! どうして一人しか死んでないのにこんな時間がかかるんだよ!」

 

 遠城冬真が、蒼神紫苑を殺したクロである。

 その真実にたどり着いた裁判場に、耳障りなだみ声が響いた。

 

「あのさあ! もう上ではとっくに日が昇ってんの! 待たされるボクの気持ちもちょっとは考えたらどうなんだよ!」

 

 モノクマの軽口に応える者は誰もいない。皆、一様に遠城を見つめている。

 彼は、なぜ殺意を抱いたのだろう。その答えは、まだ分からない。

 

「ま、それでも結論が出たみたいだから良しとしましょう! ボクは優しいクマだからね!」

 

 俺達が無視を続けても、モノクマは喋り続ける。

 

「はい! それでは投票タイムに移ります! お手元のウィンドウから、蒼神サンを殺したと思う生徒に投票してください! 最も得票数の多かった生徒をオマエラが導き出したクロとします! 改めて言うけど、投票放棄はオシオキだからね!」

 

 いつかも聞いた、学級裁判を締めくくる投票のルール。

 

「さあ、それでは皆さん! 投票をどうぞ!」

 

 その声と共に、前回同様証言台の手すりの上にウィンドウが浮かび上がる。四角く並んだ16の名前の内、すでに3つがモノクロになっている。

 『遠城 冬真』の文字の寸前まで、右の人差し指を近づける。後少しでその名に触れるといったところで、指が止まる。

 

 思い出したのは、前回、クロとして処刑された古池の事だった。

 暴走するバスに乗せられた古池は、その挙げ句に宙を舞った。そして、壁に激突しその頭は弾けた。比喩ではなく、文字通りに。

 

 それがまた、繰り返される。俺達はこの手で、遠城を処刑台へと送るのだ。

 

「…………」

 

 今更、もう戻れない。絶望はとっくに幕を開けた。

 

 蒼神の敵を討つために。

 自分の命を繋げるために。

 遠城の人生を終わらせるために。

 

 俺は、まっすぐ、指を前へ進めた。古池の時に、そうしたように。

 

 今度は、指は震えなかった。

 

「うぷぷ、全員投票できたようですね! この前より投票時間が短く済んでボクは嬉しいよ……ホロリ」

 

 ウィンドウに表示された『投票完了』の文字。情緒不安定なモノクマの戯言を聞き流す。

 

「ハイ! それでは早速結果発表と参りましょう! 投票の結果クロとなるのは誰なのか! そして、それは正解なのか不正解なのか~っ!」

 

 その不愉快な声に合わせて、けたたましいサイレンと共にモノクマの頭上に巨大なウィンドウが現れる。数秒もしないうちに、ムービーが流れ出した。

 

 

 

 

 

 そのムービーは、前回と同じものだった。三列に並んだ、ドット絵の描かれた豪華なスロットが騒々しいドラムロールと共に回る。やがて動きは緩やかになり、ある一人の顔が並んで停止する。ジャラジャラと吐き出る大量のコインが、俺達の投票が『正解』だったことを示す。

 

 並んだ三つのドット絵が遠城冬真のものであったことだけが、前回との相違点だった。

 

 

 

 

 

「大正解ーーーーーーーーーッッ!! 【超高校級の生徒会長】である蒼神紫苑サンを殺害したクロは、【超高校級の発明家】である遠城冬真クンでしたーーッ!」

「…………」

 

 その不愉快な宣言を聞いて、遠城の顔は青ざめる。自らの末路が確定したこの瞬間、彼は絶望の表情を見せた。

 

「今回は正直どっちに転ぶか分からなかったねえ……もうちょっと楽しみたいからここは頑張ってほしかったけど、クロが勝ち抜けてもおかしくないくらいよく練られてたし。けどさ! オマエラ、裁判に時間かけすぎ! もっと短くしないと! 分かるか!」

「黙ってろ」

 

 好き勝手に喋り散らすモノクマに、そんな言葉をぶつける。

 

「なんだよ、その言い方!」

「遠城」

 

 憤るモノクマを無視して、彼に語りかける。

 

「どうして、こんな事したんだよ」

「…………」

「どうして、殺人なんてバカな真似したんだよ!」

「アンタが言う?」

 

 東雲の軽口も無視して、遠城に詰め寄る。

 

「答えてくれよ、なあ!」

「……吾輩は」

 

 そして、彼は口を開き。

 

 

「吾輩は悪くなどない! 全部、あの女が悪いのであるぞ!」

 

 

 怒りを、吐き出した。

 

「あの女……蒼神さんのことですか?」

「そうである! 吾輩だって、あやつさえいなければこんな事しなかったのである!」

 

 大きく右腕を横に開きながら、遠城はそう主張する。蒼神が、すべての元凶だと。

 蒼神が、()()蒼神が、一体何をしたというのか。

 

「今宵、殺人を企んでおったのは吾輩や大天だけでは無い! 蒼神も、お主らを陥れようとしていたのであるぞ!」

「……は?」

「何、言ってるんだよ、お前……」

「蒼神も、殺人を企んでいたのである!」

 

 蒼神も誰かを殺そうとしていたと、彼はハッキリとそう告げた。

 

「てめー!」

 

 それを聞いて、遠城の様子を伺っていた火ノ宮が烈火のごとく叫ぶ。

 

「言うに事欠いて、蒼神が殺人を企んでいただァ? ふざけんじゃねェ! 蒼神を殺しておいて、その上裏切り者の汚名まで着せるってのかァ!?」

「着せるも何も、それが事実なのである。その証拠に、蒼神は吾輩を呼び出したであろう」

「呼び出した? 10時半のアトリエのことか? あれは、お前がそう勘違いしただけで、あれを出したのは愉快犯だぞ」

「なぜそう言い切れるのであるか? なぜ蒼神が手紙を出していないと言い切れるのである? あの蒼神の個室に残されていた呼び出し状が、なぜ蒼神本人による偽装でないと断言できるのである?」

 

 その強い口調に、思わずひるむ。

 遠城は、あの手紙を出したのが蒼神だと、どういうわけだか確信してしまっている。

 

「……お前は、一体何を勘違いしてるんだよ」

「勘違いなどではない! あやつは、間違いなく殺意を抱いていたのであるぞ!」

「ど、どうしてそんな事が断言できるんだよ……! あ、蒼神を不意打ちで眠らせたんだから、あ、蒼神に襲われたってわけでもないだろ……」

「そんなもの、聞いたからに決まっているであろう!」

 

 あっさりと、彼は告げる。

 

「聞いた?」

「そうである! 探索をした日、昼の集まりを終えてすぐである……アイデアのために図書館の蔵書を調べていた吾輩の耳に、ハッキリと届いたのである! 蒼神のつぶやきがな!」

 

 興奮したままの遠城が、声量を上げながら淀むことなく語っていく。彼が絶望に至ったその理由を。

 

 

「『彼を殺して【卒業】を狙うなら、もう少し待つべきでしょうか』と。『皆さんには、わたくしのために死んでもらいませんと』と! 蒼神は言ったのである!」

 

 

 ……は。

 

 その意味を理解するのに時間を要したせいで、疑問符すら上がらない。

 何を言ってるんだ、遠城は。

 

「蒼神は、吾輩達を出し抜いて殺人を犯すことを考えていたのであるぞ! 吾輩達を導くような真似をしておったが、それも全て自分が【卒業】するための策略だったのである!」

「そんなわけ……そんなわけないだろ!」

 

 そんな事が、あり得るはずがない!

 

「蒼神は、そんな身勝手な人間じゃない! 蒼神は、集団のために行動できる人間だ! だからあいつは率先してリーダーを引き受けたんだ! わかるだろ!?」

 

 コロシアイを告げられた時も、コロシアイが始まってしまった時も、俺達という集団が最善の結果にたどり着けるように蒼神は努めていた。俺達が立ち止まった時は、動き出せるように導いてくれた。それが分からないほど、遠城は盲目じゃないはずなのに。

 

「だから、そんなものは全部まやかしだったと言っているであろう。最後の最後で裏切るために、あやつは信頼をかき集めていたのであるぞ」

 

 全部、まやかしだった……?

 蒼神と交わした会話が、蘇る。

 

 

 

――《「あなたが殺人を決意するほどに追い詰められていたと、わたくしは気づくことができませんでした。本来であれば、【超高校級の生徒会長】であるわたくしが気づくべきだったのです。あなたと、古池君の殺意に」》

――《「わたくしはリーダー失格です」》

――《「平並君。悩んでいることがあれば、わたくしに相談してください。今度こそ、あなたを救ってみせますわ」》

 

 

 

 苦しそうに彼女が語った後悔が、凛々しく彼女が語った決意が、俺達を陥れるための嘘だったというのか。

 

「んなもん、てめーの聞き間違いだろ!」

「聞き間違いなどであるものか。あの殺意を、聞き違えるはずがない」

「だって、そうじゃなかったら……!」

「見苦しいぞ、凡人ども」

 

 遠城の衝撃的な暴露を信じられないでいた俺達に、岩国が冷酷に告げる。

 

「心の奥底で誰が何を考えているかなど、分かりようもない。分かるはずもない。分かろうとすることすらおこがましい。どうして、生徒会長が善人であると信じ込んでいたんだ」

「蒼神の言葉を聞けば分かるだろ! アイツが本心から俺達を救おうとしてたって!」

「エスパーでもないのになぜそんな事が言える。もし言葉を聞いて誰かの心が分かるなら、俺達はそもそも裁判場(こんな所)には来ていない。そうだろ」

「うっ……」

 

 古池も、大天も、そしてまさしく遠城も。皆、外からはその殺意が見えなかった。手遅れになってしまった後に、それはようやく露呈する。殺意を抱いているかどうかが分かりっこないことなんか、重々承知している。

 それでも、蒼神が俺達を裏切ろうとしていたなんて、信じたくない。疑いたくもない。

 

「とにかく、あやつも【卒業】を企んでいたのである! もし蒼神がクロになった時に、誰がそれを追及できるのであるか!? 今のように、蒼神を盲信するのが見えているのである! そうなれば、吾輩達を待ってるのは破滅であるぞ!」

 

 声高に、遠城が叫ぶ。

 

「だから、吾輩は行動に移ったのである。その夜に化学室から睡眠薬を奪い、【卒業】のためのアイデアを練り始めたのであるぞ」

「チッ。やっぱ薬を取ったのはそのタイミングしかねェよな。クソッ!」

 

 苛立ちを露骨にあらわにする火ノ宮。皆が探索をしてから彼が薬の管理を根岸に提案するまでに、一日の猶予があった。結果から見れば、その一日がまさに命取りになってしまった。

 

「見つけた時点でとっとと手を打っておくべきだった!」

「そうなったとしても吾輩は別の方法を取っただけであるがな。まあしかし、睡眠薬を使用できたのは助かったのである」

 

 結局の所、彼は随分前からその殺意を抱えていたのだ。【体験エリア】が開放され、皆が探索をしたあの日から、ずっと。

 ……え。

 

「ちょっと待ってくれ……じゃあ、アレは何だったんだよ」

 

 彼が飛ばした激情を思い出す。

 

「お前が俺を尋ねてくれた時、お前は東雲に怒ったじゃないか!」

「あ、そうじゃない。アンタ、協調性がどうとか色々言ってくれたわよね」

 

 

 

――《「お主には協調性というものが無いのであるか!?」》

 

――《「どうでもよくなどないのである! モノクマに対抗するために一致団結せねばならぬ状況であるぞ! 大体、お主には倫理観というものが欠けているのである!」》

 

 

 

「アレは、演技だったって言うのかよ!」

「演技などではない。あれも純然たる吾輩の怒りである。別に矛盾はしないであろう」

「いや、矛盾するでしょ。アタシにあんなこと言っておいて、よく殺人なんか出来たわね」

「だから、それは全部あの女のせいだと言っておるであろう!」

 

 裁判場を震わせるような大きな声で、顔を真っ赤にして叫ぶ遠城。

 『演技じゃない』。せめて、遠城のあの怒りだけは、信じても良いのか。

 

「吾輩は、ただ生きるために手を打っただけである! 先に仕掛けねば、吾輩が死んでしまうのであるからな! 事実、蒼神は吾輩を呼び出したであろう!」

「やっぱりおかしいよ!」

 

 それに反論するのは、七原。

 

「蒼神さんが遠城君を呼び出すわけないよ、きっと!」

「お主らがどう思おうと勝手であるがな。蒼神は、お主らの思い描くような人間ではないぞ!」

「ま、それに関してはそうね。なんせ、蒼神は他人を見殺しにできる人間だし」

「さっき言ってた、【動機】の記憶のヒントのことか? それだって、積極的に他人を殺したわけじゃない。見殺さざるを得ない事情があったんだろ」

「そういう選択を取れるってだけで、蒼神を疑うきっかけにはなると思うけど?」

「私が言いたいのはそういうことじゃなくて、もっと根本的な……」

「根本的もなにもない! あやつがあんなことを言ったから吾輩は!」

 

 

「ふざけないでください」

 

 

 遠城の熱のこもった叫びを、杉野が一刀両断する。その声には、怒りが灯っていた。

 

「先程岩国さんもおっしゃられた通り、僕達に彼女の心中を知るすべなどありません。僕は蒼神さんを信じていますが、あなたがおっしゃる通りに蒼神さんが僕達を裏切ろうとしていた可能性も、ゼロとは言い切れません」

「ならば!」

「ですが、蒼神さんが殺意を抱いていたかどうかなど、関係のないことなのです。あなたが、蒼神さんを殺したこととはね」

「……っ」

 

 その言葉とともに杉野に強く睨まれ、遠城は息を呑んだ。

 

「もしも蒼神さんが殺意を抱いていたのなら、誰かに相談すれば良かったでしょう。朝食会の時や僕達が集まった時に告発すれば良かったでしょう。あなたの言葉を100パーセント信じることは出来なかったかもしれませんが、それでも僕たちは蒼神さんの裏切りを警戒することは出来ます。そうすれば、もし本当に蒼神さんが【卒業】を企んだとしてもそれを阻止することができたかもしれません。

 あなたの前にはいくつも選択肢があり、その中で最悪のものをあなたは選択したのです」

「…………」

「あなたが蒼神さんを殺したのは、あなた自身の意志によるもののはずです。あなた自身の、罪なのです! その罪を、あまつさえ殺した相手に押し付けるだなんて、あなたはどれほど卑怯な人間なのですか!」

 

 その鮮烈な言葉は、澄んだ声に乗って遠城に刺さっていく。

 

「殺人なんて恐ろしいこと、生半可な決意では出来ないでしょう。なら、せめて、あなたが抱いた決意の理由を、あなた自身の殺意を、教えてはいただけないでしょうか」

 

 それを聞いたところで、今更彼女の惨状も彼の命運も変わらない。それでも、それを聞かずにはいられない。

 川の音が裁判場を支配して、数秒。

 

「……し」

 

 彼はかすかに口を開く。

 

 

「……仕方が、無かったのである」

 

 

 そして、そんな言葉を吐き出した。

 

「仕方が無かっただァ!? てめーはまだふざけてやがんのか! 何が仕方ねェっつーんだよ!」

「仕方が無いであろう! 吾輩のアイデアを、この頭脳の中に閉じ込めておけというのであるか!?」

「……はァ!?」

 

 素っ頓狂な声が響く。

 アイデア、だって?

 

「吾輩の崇高なアイデアを、このちっぽけな脳髄(はこ)の中に封じ込めておけるわけが無いであろう!」

「な、何を言ってんだよ、お、おまえ……!」

「……記憶のヒントのことじゃないの? 遠城君が失った記憶が、『二年間のアイデア』だったとか」

「それはおかしいわ、大天。だって、遠城が今回の計画を始めたのはモノクマから【動機】の発表があった直後からだもの。記憶のヒントを見るまでもなく殺意を抱いたから、すぐに【体験エリア】に移動できたんじゃなかったの?」

「あ」

「東雲の言うとおりである。まあ、後で確認したら記憶のヒントはまさしく『アイデア集』ではあったのであるが、そんなもの人を殺してまで得る価値など無い。吾輩の頭脳ならば、それを再び思い付くのは容易であろう。元々吾輩自身が生み出したアイデアなのであるからな」

 

 二年間のアイデアは動機じゃない?

 

「記憶を取り戻したかったわけじゃないなら、お前は何がしたかったんだよ」

「分からぬのか。あれほど素晴らしいアイデアを披露したというのに」

「は?」

 

 何を、遠城は何を言っている? 遠城は披露した? アイデアを?

 と、悩んだ瞬間に思い至る。

 

 俺達は、目の当たりにしたじゃないか。殺人的な、アイデアを。

 

「お前まさか……あの、遠隔殺人トリックの事を言ってるのか……!?」

「うむ。そのとおりである!」

 

 俺が気づいたことに、どこか満足げな遠城。

 

「ゆっくりと浸水するように仕掛けを施したボート……それとバケツの証拠をわざと作り出すことであたかもその場で蒼神を殺した様に見せた、あの自動殺人のことである!」

「お、おまえ……な、なにを……」

「優れたアイデアであったであろう! 呼び出し状と組み合わせることで、アリバイづくりと容疑者のでっち上げをも成し遂げたのであるからな!」

 

 そんな事を語りながら、遠城はわずかに胸すら張り始める。

 

「この殺人が生活の軸になるコロシアイの中で、必然と殺しのトリックは思い付くものである。図書館の死角の多さを利用したトリックや個室の防音と人間の心理的盲点を活かしたトリックも思いついてはいたのであるが、やはり大掛かりなものほどそのアイデアの根本が活かせると思いあのトリックを実行したのである」

「やめろよ……」

「ちなみに、ボートの浸水の穴の件であるが、アレはボートの裏から開けたのである。開けたと言ってもほぼ貫通はしておらぬがな。薄皮一枚残すように、ギリギリまで穴を開けたのであるぞ。これならボートをひっくり返しでもしない限り穴には気づかれまい」

「やめろって言ってるだろ! 遠城!」

「何を言うか! せっかく趣向を凝らしたアイデアなのであるぞ。お主らに暴かれなかったのだから、吾輩が言ってやらねばアイデアも報われぬであろう!」

 

 遠城の言葉が、理解できない。彼が内に秘めていた狂気にゾッとしてしまう。

 

「だからやめろよ! 人の殺し方を、そんなあっさりと喋るなよ……!」

「そうだ。殺されたアオガミの命まで、軽く見えてくる」

「ふん、あやつなどどうでもいいであろう」

「ど、どうでもいいって……」

「んなことより!」

 

 火ノ宮が吠える。

 

「だったらてめーはなにか? 思いついた殺人トリックを披露したかったから、蒼神を殺したっつーのか?」

「うむ、そういうことになるであるな」

「それこそ、ふざけんじゃねェ!」

 

 ダン、と証言台に両手が振り下ろされる。

 

「んな動機、認められるかァ! んな理由で人を殺すヤツがいるわけねェだろ! 今更嘘なんかついてんじゃねェ!」

「嘘などではない! この頭脳とそれが生み出すアイデアこそが、凡百の命よりも優先されるものであるからな!」

「意味わかんねェこと言ってんじゃねェぞ!」

 

 そんな火ノ宮の怒号も、遠城は気にする様子はない。

 

「まあ、分からぬ奴には分からぬであろうな。正に天啓と言えるアイデアを閃いたことのない奴には、それを脳の内に秘めておく苦しみなど知る由もないであろう」

 

 本当に、それが動機なんだろう。自分がひらめいた、殺人アイデアを公開することが。

 だとしても、理解できない。

 

「どうして……どうしてなんだよ」

「うむ? だから吾輩のアイデアを皆にしろしめすためだと言っているであろう」

「そうじゃない!」

 

 俺が聞きたいのは、そんなことじゃない。

 

「お前が殺人的なアイデアを閃いてしまうのは仕方ないさ。だって、お前は【超高校級の発明家】なんだから。それを黙っておく苦しみは俺には分からないが、それでも、言いたいけど言えないもどかしさくらいなら分かる」

 

 まさに、俺にとって【言霊遣いの魔女】の存在がそれに当たる。

 

「そのようなものとは比べ物にならぬがな。では、なんだというのであるか」

「『秘める苦しみ』なんて言葉を使ったってことは、それが許されないアイデアだってことは分かってるんだろ。人を殺すんだぞ。どうしても披露したかったとしても、どうして実行しちゃったんだよ」

「…………」

「そのアイデアを披露したかったなら、誰かに口で言えばよかったじゃないか。披露する方法だったら、いくらでもあったはずだろ!」

「そんなことしたら、ぎしんあんきの火種になってしまうのでは……」

「そんな事分かってる! 自分は誰かを殺しますって言ってるようなもんだからな! だが、だからって、本当に殺す必要なんか無かったはずだ! お前が東雲に抱いた怒りが本物だったなら、人を殺す罪の重さだって分かってたはずだろ!」

 

 その俺の叫びを聞いて。

 

「……それでは、意味がないであろう」

 

 遠城は、ポツリと漏らす。

 

「『誰かに口で言えば良かった』? こういった方法ならクロとバレずに殺人ができるのではないかと、話せばよかったと? そんな机上の空論にどんな意味があるのであるか?」

 

 彼の、【超高校級の発明家】としてのプライドが、語られる。

 

「机上の空論に意味など無い! 現実に行なってこそ、アイデアは価値が出るのである! 実際にやって、成し遂げてこそ、意味は生まれるのである!」

 

 意味? 価値? ……何だよ、それ。

 

「正直なところ、あのアイデアを形にするには単純に労力がかかりすぎではあった。練習が必要なほど小手先の技術も要求されたのであるしな。しかし、吾輩はこうして現実に! アリバイを確保したまま蒼神を殺すことが出来たのである! 吾輩の生んだアイデアは、現実のものへと昇華したのである!」

 

 遠城は、両手を広げて天を仰ぎ、そう声を荒ぶらせた。

 

「だから、吾輩は蒼神を殺したのである! 【超高校級の発明家】の誇りにかけて、アイデアに命を吹き込むために!」

「なんでだよ……」

 

 思わずそんな言葉が漏れる。何かに向けた言葉じゃない。強いて言うなら、その言葉は運命に向けられていた。

 どうして、才能があるくせに、こんな末路を歩まなければならないんだ。

 

「本当に、んな理由で蒼神を殺したってのかよ……」

「ためらいは、無かったのですか」

 

 杉野が、静かに問いかける。

 

「……吾輩だって、ためらいは当然あったのである。リスクは確かに存在するし、何より、殺人なぞ許されない罪であるからな。

 しかし、しかしである!」

 

 後悔に呑まれそうになりながら、それでも彼は語る。

 

「あの蒼神が殺人を企んでいたのであるぞ! 今更吾輩が殺人をためらったところで何になるというのであるか!」

 

 堰を切ったように、彼から癇癪が溢れ出る。

 

「吾輩達の中に不穏な空気が漂っていたであろう! 誰にも邪魔されずにトリック(アイデア)の練習が出来る環境があったであろう! そして、殺すのに遠慮のいらぬ蒼神(ターゲット)も、冤罪を押し付けられる平並(身代わり)もいた!

 これだけ条件が揃っているというのに、アイデアを留めておくことなど、出来るわけが無いであろう!」

 

 ありったけの感情を乗せた叫びが、裁判場に響き渡る。

 

「……それを我慢すんのが、人間じゃねェのかよ」

 

 小さな、呟き。

 

「どんなに欲望があっても、どんなに叶えたい願いがあっても! それで誰が傷つくなら、必死に耐えなきゃいけねェだろォが! それが人間ってもんだろ!」

「そのような聖人君子の方が、よっぽど人間とは程遠いと思うのであるが」

「アンタ、よくそんな自己中の癖にアタシに協調性がどうのって言えたわね」

「何を言うか。協調性ならお主よりもよほどあったであろう。ただ、それよりも優先すべき事項が出来ただけである」

 

 東雲の文句にも、遠城はあっさりと答えてみせた。

 

「……はあ。ま、アンタのアイデアのおかげで楽しい学級裁判だったから、それだけは礼を言っておくわ。ありがと、遠城」

「フン、お主なんぞに礼を言われても嬉しくないのである」

「素直じゃないわね。アイデアを褒めてやったってのに」

 

 そんなやり取りを最後に、裁判場に静寂が戻る。

 

「……遠城君。もう、話は十分だな」

 

 その沈黙を破ったのは、明日川のそんな台詞だった。

 

「ならば、もうこんなこと(学級裁判編)は終わりにしよう」

 

 終わりにする。それはつまり。

 

「モノクマ。遠城君のオシオキ(終章)を始めてくれ」

「ん? オマエラの事だからまた長くなるって覚悟してたけど、もういいの?」

「……ああ」

「明日川さん、何を……そんな、彼の死を望むようなこと……」

「ボクだって望んでなんかいない!」

 

 沈痛な、悲鳴にも似た叫び。

 

「ボクだって、彼の動機(物語)を理解することは叶わないが、彼が法の下で裁かれるべきだと願っている。だが、ボク達がモノクマ(管理者)の支配からは逃れられない以上、彼の末路(エンディング)はたった一つに確定してしまっている。反論出来る(キャラ)はいるか?」

「…………」

「……彼からは、彼が蒼神君を殺害した(道を違えた)物語をすべて聞くことが出来た。ボク達もまた彼に台詞をぶつけきった。……ならば、もう終わらせるべきだ。もう、これ以上物語は前に進まないのだから」

 

 重く、彼女は台詞を紡ぐ。

 

「………………」

 

 沈黙が重なる。

 誰もが、理解している。蒼神を襲った不条理に決着を付けるには、それしか無いのだと。

 

「……い、嫌である」

 

 そう呟いた、彼以外は。

 

「はァ?」

「死んでたまるものか! 吾輩の脳髄には、まだ明かしていないアイデアが山の如く詰まっているのであるぞ! それを秘めたまま、吾輩にくたばれと言うのであるか!」

 

 やめろ。もう、やめてくれ。俺は、才能に溢れたお前にだって、憧れていたんだぞ。

 もう、これ以上、失望させないでくれ。

 

「そうは言うけどね! これがルールだからね!」

「では、こういう条件はどうであるか!」

 

 真っ青な顔で、彼は叫び続ける。

 

 

「お主の仲間になろう!」

 

 

「……へえ?」

「は?」

「吾輩の頭脳を、絶望のために提供してやるのである!」

 

 何を言っているんだ、遠城は。

 

「吾輩なら、きっと、世界を絶望に陥れるために至高のアイデアをひらめくことができるのである! お主の力になれるであるぞ!」

「チッ! てめー! ふざけたこと言ってんじゃねェぞ!」

「ふうん。ま、確かにそれはあるかもね。【超高校級の発明家】っていう才能は殺すには惜しいところではあるし」

「そうであろう!」

 

 必死のアイデアが実を結んだのか、一瞬彼は安堵の表情を見せる。

 

「お主の望む【成長】とは、すなわち【絶望】であろう? ならば、お主の望み通り【絶望】になったって良いのである! だから、だからどうか、吾輩の頭脳だけは!」

「でもダメです!」

「――え」

 

 遠城が、息を漏らす。

 

「【成長】(イコール)【絶望】ってことに気づいたのは褒めるべきところだけど、そんな薄っぺらい上辺だけの絶望でボクが満足するわけ無いでしょ! 浅い浅い絶望で成長したなんて思ってもらったら困るんだよ! 芯が変わらなかったら本当の成長とは言えないからね! もっと、心の底から絶望してもらわないと!」

「……そん、な」

「そう、今のオマエのようにね! 大体、トリックが見破られて負けてるくせに何が『至高のアイデア』だよ! 寝言は死んでから言いな!」

「……え、あ」

 

 モノクマの暴言に、遠城は言葉を返せない。

 

「じゃ、もういいかな。一通りやることはやったみたいだから、サクッとやっちゃいますか!」

 

 

 

 

 

 

 遠城の当惑を無視して、モノクマはすっと木槌を取り出した。

 

「ま、待つのである!」

 

 その叫びを聞いても、モノクマは止まらない。

 

「さあ、それではまいりましょう!」

「待てと言っているであろう!」

「ワックワクでドッキドキのオシオキターイム!」

 

 モノクマは、目の前の赤いスイッチに木槌を叩きつける。不快な電子音のあとに、ジャラリという金属音が耳に届く。この前と、同じだ。

 

「死にたくなどないのである!」

 

 証言台から駆け下りどこかへと逃げ出そうとした遠城の首を、猛スピードで飛んできた鎖付きの首輪がひっつかむ。遠城の証言台の背後にあった壁の代わりに佇む暗闇へ、首輪は遠城を引きずっていく。

 必死にあがく遠城の悲鳴と叫び声が、その暗闇に飲み込まれていった。

 

 

 ――オシオキが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【超高校級の発明家 遠城冬真 処刑執行】

 

《必要は閃光の母》

 

 

 

 暗闇が、広がっていた。

 

 

 ピカリと円い光が灯る。モノクマが、懐中電灯を点けて辺りを照らした。

 そしてあらわになるのは、うず高く積まれた雑貨、雑貨、雑貨。『ティアラ』の社名とロゴが刻まれた無数のアイデア商品の頂点に、両手両足を縛られた遠城が打ち捨てられていた。

 

 それを見たモノクマは、満足気にうなずいてから懐中電灯を違う方へ向ける。

照らし出されたのは、巨大な電球。そこから伸びる二本の太い銅線が、いかつい様相の発電機へと繋がっている。

 

 発電機へと近づいたモノクマが、そのスイッチを入れた。轟々と、発電機がうなりだす。

 

 

 

 しかし、いつになっても電球に光は灯らない。怪訝に思ったモノクマが、首を傾げて懐中電灯で銅線を追いかける。

 すると、片方の銅線が途中で途絶えていた。欠けているのは、長さにして1メートルと少し。バチバチと、銅線から電流が溢れている。

 

 その、装置の欠陥を見つけたモノクマは、わかりやすく頭を抱えてから周囲を見渡す。

 

 銅線と電球をつなぐ、『代用品』を探し出したのだ。

 

 雑貨を一つ一つ手にとっては、使いものにならないと投げ捨てる。杖を捨てる。手帳を捨てる。ペン立てを捨てる。時計を捨てる。遠城のアイデアの結晶を、捨て続ける。

 

 漁る。

 捨てる。

 漁る。

 捨てる。

 

 漁る。

 

 捨てる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 不意に、モノクマがグイと山のてっぺんを見上げる。ロープをほどこうともがいていた遠城と、目線がぶつかる。

 

 ニヤリと笑ったモノクマを見て、遠城の頭脳は全てを悟る。モノクマが、()を銅線の『代用品』にしようと思い至ったのかを。

 

 

 

 アイデアの結晶を蹴散らしながら、遠城はモノクマから逃げるべく雑貨の山を転げ落ちる。不自由な体をくねらせて、必死に生きるための道を探す。

 

 ある雑貨に取り付けられていた金属片で、遠城の手を縛っていたロープが切れる。ようやく自由になった両手で、更に遠城は死に抗うためにもがき続ける。

 

 

 

 あ、と遠城が歓喜の表情とともに口を開ける。起死回生のアイデアを閃いた――そんな表情で、眼前に転がるある一つの雑貨に勢いよく手を伸ばす。

 

 

 

 その手は、空を切った。

 

 

 

 遠城の足を掴んだモノクマが、遠城を宙へと放り投げたのだ。

 

 高々と上がった遠城の体が、重力に引っ張られて墜ちていく。

 ダン、と床で強くハネたそれは、その勢いのまま横に転がる。

 

 

 そして。

 

 

 その先に、光を放つ銅線があった。

 

 

 

 

 遠城の脳が四肢へ命令を下すより早く、その指が、紫電に触れる。

 

 

 

 

 

 ――バチィッ!

 

 

 

 

 

 まばゆい閃光と共に、巨大な電球が白く輝き部屋中を明るく照らす。

 しかし、その白い光は、一瞬で失われた。

 

 

 

 

 激しい電流を受けた遠城の体が、瞬く間に火を上げる。

 ススで汚れた白衣が、メラメラと燃えていく。

 

 

 電流を受けて麻痺した体で、遠城は必死に生を求めてあがく。炎をその身にまといながら、叫び声と共に床を転がる。

 何かを欲して、どこかへ手を伸ばす。

 

 必然、遠城の炎は雑貨の山へと飛び火する。遠城のアイデアが燃料となり、更に炎は勢いを増していく。

 まるで、遠城の存在すべてを消し去ろうとするかのように。

 

 

 

 

 

 燃えて、燃えて、燃えて。

 赤い質量を持った輝きが、部屋を埋め尽くす。

 

 

 

 

 

 やがて、才能の結晶がただの残骸へと姿を変えた頃、遠城の体は崩れ落ちた。

 

 遠城の誇った頭脳と共に、真っ黒になって、焼け落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 もはや、言葉も出なかった。

 彼は確かに罪を犯した。けれども、その罰として与えられるのは、こんな残虐なものでは無いはずなんだ。

 こんなイカれたルールの中で、俺達はいつまで生きていかなくちゃいけないんだ。

 

「いやっほーーーう!! エックスットリィィィィィィィイイイイイイイムゥゥ!!」

 

 まだ、目の前の光景がまぶたの裏に焼き付いて離れない。その現場を直接見たわけじゃない。宙に浮かぶ大きなウィンドウ越しではあった。けれど、そんな些細なノイズで残酷さが和らぐほど、映し出されていた映像に容赦など存在していなかった。

 

「ああ……そんな……」

「…………」

 

 一度目とは違って、聞こえてくる声は少ない。クロに対して行われるオシオキが凶悪なものであると覚悟していたからだ。その上で、俺達は遠城冬真に投票したのだ。

 けれどもそれは遠城のオシオキを受け入れられるという意味ではない。犯した罪がどれだけ重かろうと、その動機がどれほど自分勝手だろうと、命が弄ばれる瞬間を許容することなど決して出来ない。

 

 だと言うのに。

 

「……サイコーね、ゾクゾクするわ」

 

 残酷なオシオキを目にしてもたった一人明るさを残した東雲が、そんな事をつぶやいた。

 

「……この期に及んで、まだそんな事を言ってるのかよ」

 

 彼女はそういう人間だとわかっていたはずなのに、そんな文句を言わずにはいられなかった。

 

「アレを見て、どうしてそんな感想が出てくるんだよ!」

「どうしても何も、そう感じたんだから仕方ないでしょ」

 

 そう言いつつも、彼女はその理由を語る。

 

「遠城の【超高校級の発明家】っていう才能にかけた処刑……その中で遠城が受けた痛みも苦しみも、嫌というほど伝わってくるわ。ゴミみたいに捨てられた命の扱いだって、全部全部反吐が出るほど最悪ね」

「だったら!」

「――でも、アタシは生きてる。それが何より気持ちいいんじゃない」

 

 陶然と、イカれた笑みすら(たた)えて、彼女は告げた。

 

「……分かりませんね。分かりたくもありませんが。自分が生きていれば、他人はどうなっても構わないと?」

 

 杉野が、苦い顔をしながら問いかける。

 

「そうね。だって、それが人生ってもんじゃない。自分が今ここで生きてることが、何よりの幸福のはずよ」

「…………」

「ていうか、遠城が死んだからって、どうしてアンタ達がそんな顔をする必要があるのよ。アイツの動機、聞いたでしょ? 同情の余地もない自己中心的な理由だったじゃない。皆して、大声でなじるくらいに」

「それは……」

 

 杉野が言葉を渋ったのを見て、東雲は更に言葉を続ける。

 

「モノクマの出してきた【動機】なんか関係なく、アイツのせいで起こった殺人よ」

「だから何だっつーんだよ」

 

 東雲にそう食って掛かったのは、火ノ宮だった。

 

「遠城が悪人かどうかは関係ねェ。人の命が無残に葬られて、それを笑って見てられるもんか。命は誰にだって平等なんだ。遠城が自分勝手に蒼神を殺したクソヤロウだとしてもな」

「そう。難儀な性格してるのね」

 

 火ノ宮の熾烈な反論も、東雲は意に介さない。何を言ったとしても、彼女が聞く耳を持つわけがない。

 

「……チッ」

 

 小さな舌打ち。結局、いつもの通り東雲へ誰かが不満をぶつけて終わった。

 

「ま、またそんな事言ってるのかよ……ひ、火ノ宮……!」

 

 根岸が怒りをこぼすまでは、そう思っていた。

 

「あァ?」

「よ、よくそんな綺麗事が言えるな……な、なんであんなわけの分からない事を言った遠城をかばえるんだよ……え、遠城なんか、し、死んで当然だろ……! あ、あいつのせいでぼく達は命を賭けさせられたんだぞ……!」

「……根岸?」

 

 どうも、様子がおかしい。

 

「チッ。別にかばってるわけじゃねェよ。どんな罪人だろうと、尊厳だけは守られるべきだっつってるだけだ。たとえ死刑が妥当な殺人鬼だとしても、それを娯楽にするような真似を許すわけにはいかねェ」

「り、立派な言葉だな……そ、そうやってぼく達に信用されようとしてるのか……」

「……あァん?」

 

 火ノ宮が、一層強く眉をひそめる。

 そんな彼に向けて、根岸が言い放つ。

 

 

 

「だ、騙されないぞ! お、おまえも、ぼ、ぼくを殺そうとしてるんだろ!」

 

 

 

 怯えながら、怒りながら放たれた言葉は、火ノ宮だけじゃなく議論場を囲む全員にぶち当たる。

 

「何言ってやがる!」

「だ、だってそうだろ……! こ、こんな状況でそんな人格者みたいなことが言えるわけ無いんだからな……! ぜ、全部ぼく達を騙すための演技なんだろ……!」

「あァ!? んなわけねェだろ!」

「根岸君、落ち着いてください。あなたは今混乱しているだけなのです」

 

 証言台の位置によって彼らに挟まれている杉野が、仲裁に入る。

 

「う、うるさい……! お、おまえだってそうだろ、す、杉野……! あ、蒼神が死んでおまえがリーダーみたいになったけど、そ、そうやって信頼を得ながらぼくを殺すタイミングを窺ってるんじゃないのか……!?」

「そんなはず無いじゃないですか。僕はただ、みなさんと一緒に生きて外に出たいだけなのです」

「だ、だったら証拠を見せてみろよ……!」

「証拠と言われましても……」

 

 杉野が何を言おうと、根岸は聞く耳を持たない。

 

「根岸君、一度口を閉ざせ(本を閉じろ)。それ以上台詞を紡いでいても、誰も幸せにはならない。ボク達も、キミ自身も」

「お、おまえだってそうだ……! お、おまえも、お、おまえらだって……!」

 

 順々に、根岸は俺達にピンと伸ばした指を向ける。

 

「あ、あんなわけわかんない理由で人を殺すやつすらいたんだぞ……! も、もう誰も信用できるか……! お、おまえら全員、ぼ、ぼくを殺そうとしてるんだろ!」

 

 かつて俺が【卒業】のためのターゲットに選んだ根岸は、今宵も大天にその命を狙われた。その経験を持って、遠城の動機の告白を聞いた彼には、周りの全員が敵に見えているのだろう。

 

 ……もしも俺が、彼に殺意を抱くことがなければ。彼は被害妄想に囚われずに済んだのだろうか。

 

「根岸ィ! てめーいい加減にしやがれ!」

「ぎゃ、逆に訊くけど、ど、どうしてそんな落ち着いていられるんだよ……! お、おまえたちは、ゆ、『愉快犯』のことを忘れたのかよ……!」

「……!」

「え、遠城は死んだけど、あ、蒼神と遠城をアトリエに呼び出した愉快犯はまだ残ってるじゃないか……! そ、そうだろ……!?」

「……遠城君の言い分では、その正体は蒼神さんだったそうですが」

「そ、そんなのわかんないだろ……! あ、あれが遠城の勘違いだとしたら、ゆ、愉快犯はまだ生き残ってる可能性がある……!」

「だからって、全員を疑ったってどうしようもねェだろォが!」

「……はあ。どうしようも無いのはお前の方だ」

 

 根岸を諭す火ノ宮に、冷たく岩国が告げる。

 

「あァん!?」

「化学者の言うことのほうが正論だろ。妄想が激しいきらいはあるがな」

「どこが正論だァ!」

「他人なんか、信頼できなくて当然だ。殺人を引き起こした愉快犯がまだ潜んでいるかいないか……そんな事を気にするまでもなく、全員敵だと思い込んだ所で別に問題も間違いもない」

「そういやァ、てめーはハナっからんな事言ってるクチだったな。んなワケねェだろ! オレ達は仲間だ!」

「一度ならず二度も事件を目の当たりにしておいて、よくそんな事が言えるな。お前もずっと事件発生をかなり警戒しているだろ。殺人を企むヤツがいるって分かってるじゃないか」

「モノクマが俺達の殺意を煽ったから警戒したんだろォが! 遠城みてェに自分勝手な殺人を犯すクソヤロウが、これ以上いてたまるかっつってんだよ! もし愉快犯がまだ生きてんだったら、ソイツを突き止めてふん縛ればいい!」

「夢を見るのは勝手だがな、それを周囲に押し付けるな、クレーマー。夢を見たまま一人で死んでいけ」

 

 鋭い言葉を、火ノ宮に突き刺していく。

 

「けどよォ!」

「ま、根岸や岩国の言葉も一理あるわよね。愉快犯のこともそうだけど、いくらモノクマに煽られたからと言っても、この場には殺人未遂犯が二人いるのよ? その二人が裁判を起こしてくれる可能性は充分あるわ」

「……本当に、裁判が楽しいんだね」

「当たり前じゃない、七原」

「…………」

「だが、ネギシの言い方はともかく、警戒するに越したことはないだろ。次、誰が裏切るかなんて分かるわけがないんだからな」

「だからって、誰も彼も疑ってたら終わりだろォが!」

「も、もう終わりなんだよ……!」

 

 喧騒が、怒号が、論争が、けたたましくなっていく。そのざわめきを、ヤツはどんな想いで聞いているんだろう。

 

「ああもう、うるさいなあ! オマエラ、いい加減静かにしろよ!」

「……チッ!」

 

 大きな舌打ちと共に、火ノ宮は証言台へドンと強く拳を振り下ろす。その行為すら、根岸は怒気を放ちながら睨みつけていた。

 

「ちょっと! 怒るのは勝手だけど備品は壊さないでよね! 証言台は使い回しなんだから!」

「どうでもいい。それよりお前達、もう地上へ帰るぞ」

「ん? もう解散で良いのかしら」

「いいよ、東雲サン。全員乗ったらエレベーターが動くようになってるから。ていうか帰れ!」

 

 しっしと、俺達を追い払うようなジェスチャーを見せるモノクマ。ふと気づけば、地上へのエレベーターの扉が開いていた。

 

「あのねえ、イベントが終わったら即時撤収が大原則なの! それをオマエラと来たらいつまでもダラダラとしょうもない雑談をして……これだからオマエラは未熟者って言われるんだよ!」

「言ってるのはてめーじゃねェか!」

「うるさいなあ、ボクはオマエラ暇人と違って忙しいんだからな! ほら、帰った帰った!」

 

 そんな言い合いを聞く気もなく、岩国が証言台を降りてエレベーターへと向かう。それに続くように、根岸も動く。俺達を警戒するように睨みながら足早に露草のもとへ向かい、車椅子を押して彼女と共にエレベーターを目指す。

 

「チッ。モノクマ、解散の前に一つ提案をさせろ」

「ん?」

 

 そんな彼らを気にしながら、火ノ宮がモノクマに語りかける。

 

「学級裁判が終わったってことは、次のエリアの開放があるよなァ」

「そうだよ。オマエラへのご褒美としてね!」

「その開放を遅らせろ。明日の朝に開放しろ」

 

 開放を遅らせる?

 

「なんでそんな事しなくちゃ行けないわけ? こっちはもう準備万端なんだけど」

「オレ達が準備万端じゃねェからだ。夜通しで捜査と学級裁判をしたんだ。んな状況で開放されても探索はどうせ明日になる。だから、開放を遅らせた所で問題はねェわけだ」

「でもその提案をボクが受けるメリット無くない? それって、新エリアに前もって誰かが向かうのを防ぐためでしょ? コロシアイが起きやすくなるんだからボクとしてはバンバンザイなんだけど!」

「…………」

 

 ……確かにそうだ。次に開放される新エリアに、今回のように毒薬や睡眠薬があった場合、明日の探索を待たずにして誰かがそれを入手してしまう可能性がある。火ノ宮はそれを危惧したが、そもそもモノクマはむしろそれを望んでいる。

 だから、火ノ宮の提案は受け入れられず、誰か見張りをする必要がありそうだ。

 と、思ったが。

 

「まあでも、今のボクはハチャメチャに機嫌がいいからその提案を受けてあげます!」

「え?」

「お望み通り、新エリアと施設の開放は明日の朝にしてやるよ! あー、なんて懐の広いクマなんだ! バドミントンコートくらいは有るね!」

 

 バドミントンコート、言うほど広いか?

 

「……礼は言わねェぞ」

「よく施設長に向かってそんな態度が言えるね。まあいいよ。それでいいからとっとと上に帰れ!」

「……チッ」

 

 モノクマにあしらわれ、舌打ちを残して火ノ宮はエレベーターへ向かう。他の皆も、東雲以外は暗い表情で、証言台を降りる。先にエレベータに乗り込んだ彼らが、それぞれの表情でこちらを向いている。

 

「…………」

 

 殺人事件。そして、学級裁判。

 二度目の非日常を終えて、仮初めの日常に戻るために、皆歩みを進める。疑心暗鬼に支配された空気を引きずりながら、それを振り払うように足を前へ運ぶ。

 

 もう、日常になんか戻れないと知っていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな中、俺は証言台から動けないままでいた。

 とある幸運な少女が見つけた、一枚のカードのことを思い浮かべていたから。

 

 

 

 遠城は、蒼神を殺害した。彼自身にしか理解できない、彼独自の身勝手な動機で。

 けれども、憎むべきは彼ではない。彼もまた、彼女とはまた違った形の被害者なのだ。学級裁判があれほど長引いたのに、モノクマが上機嫌だったのは、きっとこの事実があったからだ。

 

 

 

 真に憎むべきは、その遠城の殺意を操って今宵の事件を引き起こした、悪意に満ちた殺人鬼だ。

 

 自分の快楽のためだけに二人の人生を葬り去ったその悪魔は、今尚俺達の中に潜んでほくそ笑んでいる。

 再び誰かの殺意を弄ぼうと、その狂気をひた隠しにして俺達を嘲笑っているのだ。

 

 

 

 

 

 そうなんだろ、【言霊遣いの魔女】。

 

 

 

 

 

 

 俺は心中でそう呟いて、その背中を強く睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER2:【あるいは絶望でいっぱいの川】 非日常編 END

 

 

 

【生き残りメンバー】 14人→12人

【普通】平並 凡一 

     【手芸部】スコット・ブラウニング 

【化学者】根岸 章   

【声優】杉野 悠輔 

【クレーマー】火ノ宮 範太   

 【幸運】七原 菜々香 

【図書委員】明日川 棗   

【ダイバー】東雲 瑞希   

【弁論部】岩国 琴刃  

【メイド】城咲 かなた 

【運び屋】大天 翔   

【腹話術師】露草 翡翠   

 

 

《DEAD》

【発明家】遠城 冬真  

【生徒会長】蒼神 紫苑   

【帰宅部】古池 河彦  

【宮大工】新家 柱   

 

 

 

 

     GET!!  【燃えたメモ帳】

 

 『絶望に絡め取られた証。全てのページが焼け焦げ、もうアイデアが書き加えられる事はない』

 

 




かくして、非日常は幕を下ろす。
二人の被害者の、無念と共に。

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