ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編⑤ 疑わしきを信じよ

 疑心と謀略で幕を開けた学級裁判は、少しずつではあったものの今夜起きた事件を明らかにしていった。

 

 学級裁判の開始が宣言された時、クロの策略によって、皆は俺をクロだと糾弾した。蒼神が所持していた生物室の生首に関する呼び出し状は、俺に罪をなすりつけるための偽装工作だったのだ。その呼び出し状を受けて皆は俺をクロだと断じたが、岩国や杉野、七原のお陰でその流れを脱し、ようやく学級裁判が本当の意味で始まった。

 議論の結果、まず判明したのは蒼神の殺害方法だった。モノモノスイミンヤクで蒼神の意識を奪いボートに寝かせ、そこにバケツで水を注いで蒼神を溺死させたのだ。それにより容疑者は、12時前後に【体験エリア】にいた俺、大天、城咲の三人に絞られた。

 しかし、その後、蒼神は10時半に別の呼び出し状でアトリエに呼び出されていた事が判明した。軟禁されていた俺に蒼神に呼び出し状を出すことは出来ず、俺の無実が証明されたのだった。

 

 残る容疑者は、大天と城咲の二人。

 大天は、『俺を殺そうとしたからこそ』蒼神を殺していないのか。

 城咲は、『俺を救ってくれたからこそ』蒼神を殺していないのか。

 

 その真実は、誰も知らない。蒼神を殺した、クロ以外は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明日川の、呼び出し状の真の意図を話し合う必要があるという台詞を受けて、ひとまず呼び出し状の出されている状況をまとめることになった。

 それぞれが自身に宛てられた呼び出し状を見せあう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「つまり、僕とスコット君、岩国さんの三人以外は、蒼神さんも含めて全員が呼び出し状を受けとっているということになりますね」

「どうして、くろはこれほどのよびだし状をだしたのでしょうか」

「数を出すことに意味があったのか、それとも特定の人物への呼び出し状をごまかすための偽装工作(ミスリード)か……そのどちらかだと思うが」

「少々思ったのであるが」

 

 遠城が、手を上げて発言権を求める。

 

「何でしょうか?」

「先程から、呼び出し状を出したのはすべてクロだという前提で話が進んでおるが、それを疑うべきでは無いのか?」

「この呼び出し状が事件と無関係だって言いてェのか?」

「そうではない。中にはクロが出したものもあろう。しかしだ、見てみよ」

 

 そう言って、遠城は自分のものと隣にいた大天のものを近づけた。

 

「吾輩宛の呼び出し状は倉庫にあったルーズリーフに書かれておるが、大天宛の呼び出し状はノートを切ったものであるぞ」

「あ、ルーズリーフの出処が気になってたが、倉庫だったか」

「む? うむ。以前調べた時に見たことがあるのでな。ノートもルーズリーフも倉庫にあったものである。が、吾輩が話したいのはそこではない。差出人が違うのではないか、という話である」

「た、確かに、ひ、筆跡も違うように見えるけど……」

「そうであろう?」

「皆、ちょっと見せてもらってもいいかしら?」

 

 東雲の声で、互いに呼び出し状を回しあった。何箇所かで、手紙を複数枚見比べている。俺も、右隣の岩国のもとに数枚集まっていたのでそれを見る。

 

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 平並君へ

 

 

 

  緊急事態です。製作場の工作室で待っています。

 

 

 

                     蒼神紫苑

 

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 破り取ったメモ用紙に、丁寧な字。

 

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 蒼神へ

 

  生物室の生首が誰か分かった。きっと黒幕につながるヒントになる。

  12時に生物室で話す。皆で脱出しよう。

 

                     明日川より

 

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 メモ用紙に、丁寧な字。

 

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 七原さんへ

 

  日中、蒼神さんの様子に気になることがありました。

  話したいので、集会室に0時に待ち合わせしましょう。

 

                     城咲かなたより

 

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 メモ用紙に、小さな字。

 

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 城咲さんへ

 

  助けてください。

  12時に展望台で会いましょう。

 

                     蒼神

 

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 メモ用紙に、角ばった字。

 

 岩国の手元にあったのはどれもメモ用紙に書かれたものだが、その筆跡は様々だ。

 

「そもそもが複数人を騙って出された手紙であるが、こうも筆跡がバラけるようでは、呼び出し状を出した人物自体が複数人いると考えるべきなのではないか?」

「確かに、メモ帳、ルーズリーフ、ノート……書かれている紙も色々ありますね」

「だが、クロ以外が手紙を出して何になるって言うんだァ? 何もおこりゃしねェだろ」

「蒼神を殺したクロだけじゃなくて他にも【卒業】を企んだ人がいるんじゃない? それを、何かの理由で諦めたとか」

「なにかのりゆうとは?」

「さあ? 予定外の出来事があったのかもしれないし、それこそ城咲が展望台にいたことが邪魔だったかもしれないわ」

 

 議論が進む。

 確かに遠城の言う通り、ここまでバラバラなのだとしたら差出人はひとりじゃないと考えるべきなのかもしれない。呼び出す場所もバラけているし、時間は12時付近に偏っているが日付の変わる時間は思いつきやすいから重なっても不思議じゃない。何か手紙に共通点があるわけでも……。

 

「……ん?」

 

 手紙を見比べていて、ふとあることに気がついた。これも、これも、これもそうだ。いや、こんなの偶然か……?

 

「東雲、それもちょっと見せてくれ」

「別にいいけど」

 

 少し離れた東雲に声をかけ、数枚の手紙を受け取る。

 

 

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 東雲へ

 

  アトリエに変な物が落ちてた。

  見てほしいから、皆が寝た1時に東雲の部屋に持っていく。

 

                     根岸章

 

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 大天さんへ

 

  大天さんに相談したいことがあります。

  0時丁度に工作室に来てください。

 

                     七原

 

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 火ノ宮君へ

 

  コロシアイを終わらせるため、相談したいことがあります。

  11:30に集会室で話しましょう。

 

                     蒼神紫苑

 

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 明日川へ

 

  記憶のヒントに気になるものがありました。

  相談したいので、0時に製作場まで来て欲しいです。

 

                     蒼神より

 

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 これも……これも、これも! 全部そうだ!

 

「これを書いたのは、一人だ!」

 

 呼び出し状のとある部分を次々とチェックして、最後に俺はそう結論を出した。

 

「……その根拠は何でしょうか?」

「ほら、呼び出し状のここを見てくれ」

 

 その言葉とともに、俺は手紙の書き出しの部分を指さした。

 

「宛て名であるか?」

「それと、本文の先頭だ」

 

 手紙を皆に回しながら、判断の根拠を説明する。

 

「どれもこれも、全部本文が宛て名の一字下げなんだよ。ご丁寧に、差出人の名前の位置もおんなじだ」

「……あっ」

 

 

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 七原さんへ

 

  日中、蒼神さんの様子に気になることがありました。

  話したいので、集会室に0時に待ち合わせしましょう。

 

                     城咲かなたより

 

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 東雲へ

 

  アトリエに変な物が落ちてた。

  見てほしいから、皆が寝た1時に東雲の部屋に持っていく。

 

                     根岸章

 

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「本当ね……」

「確かに一字下げは文章を書く時のルールだ。だが、そこだけじゃない。手紙のフォーマット全体が全部一緒なんだ」

「言われてみれば、確かにその通りだな。他にも……宛て名や差出人に句点をつけていないこと、それらと本文との間を開けていることもすべて一致している」

 

 俺の言葉を聞いて、明日川が更に共通点を見つける。

 

「ああ、もし本当に何人もが呼び出し状を書いたんだとしたら、ここまで書き方が一致するものか?」

「ということは、紙や筆跡がいくつもあるのはクロの偽装工作であった、ということであるか……?」

「そうだと思う、遠城。実際、呼び出した理由や差出人の名前は色んなパターンで書いてあるしな。だが、その内容に気を取られて、手紙のフォーマットにまで気を配るのを忘れたんだ」

 

 一人で10枚近くも手紙を書いて、筆跡や内容に気をつけながら別人が書いたように見せる。……それができる人物は果たしてどれほどいるのだろう。この【超高校級】ばかりが集まる空間といえども、そう簡単なことではなかったはずだ。

 

「それに、こうして見比べれば、筆跡や紙の共通点がバラバラすぎる。『複数人が一度に手紙を出した』なんて風には思えない」

「つまり、クロはすべて計算ずくでこの呼び出し状を書いた、ということになりますか」

「ああそうだ。呼び出す場所、呼び出す時間、そして呼び出す相手。すべてをクロは想定して呼び出し状を皆に出したんだ。もちろん、蒼神にも」

 

 そう言って、例の蒼神宛の本当の呼び出し状を皆に見せる。蒼神が呼び出された10時半から、1時間以上も遅れて俺達が呼び出されたこと。そこには大きな意味があるはずだ。

 

「……ん?」

「あれ?」

 

 そんな事を俺は考えていたが、その思考は皆のざわめきによって中断させられた。

 なんだ?

 

「平並君、それ……」

 

 七原が、俺の手を……正確には手に持っていた蒼神宛の、本当の呼び出し状を指さす。一体何が、と思ってそれを見る。

 

 

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 蒼神さんへ。

 あなたに渡したいものがありますので、

 十時半にアトリエで待っています。

 

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「……え?」

 

 

 おかしい。おかしいぞ、これ!

 

「本文が、一字下げになってないじゃないか!」

「それだけじゃない。宛て名に、句点がついてる」

「……宛て名と本文も離れてねェな」

 

 俺に続いて、スコットと火ノ宮が他の呼び出し状との相違点が指摘する。

 

「ど、どういうことだよ……ぜ、ぜんぶクロが書いたんじゃないのかよ……!」

「俺に聞かれても……」

「お、おまえが言ったんだろ……!」

 

 そう言われても、わからないものはわからない。なんで、よりによって、肝心要のこれだけが……。

 

「平並君」

 

 戸惑う俺に、声がかかる。優しい、七原の声だった。

 

「落ち着いて考えてみて。平並君なら、きっと謎が解けるはずだから」

「俺なら……いや、何言ってる、俺なんかじゃ……」

「……そんな事言わないでさ」

「そうか」

 

 俺に何かを言いかけた七原の言葉を遮って、スコットが呟いた。

 

「簡単なことだ。クロが書いたのは、そのアオガミ宛の呼び出し状だけだったってことだ」

「クロが書いたのは、あれだけ……?」

「そうだ」

 

 疑問符を浮かべる大天に、スコットがそう答えながらうなずく。

 

「こうして比べれば、アオガミ宛の呼び出し状だけが別人によって書かれたものなのは一目瞭然だ。そして、それ以外の手紙を書いたのはすべて同一人物ということになる」

「それは、まあわかるけど」

「なら、アオガミを10時半に呼び出したその手紙を出したのが、アオガミを殺したクロに決まってる」

「じゃ、じゃあ……ぼ、ぼくたちに呼び出し状を出したのは、い、一体誰なんだよ……!」

 

 震えた声で、根岸が叫ぶ。

 

「愉快犯、ということになるのでしょうか」

「……ゆかいはん、ですか?」

「はい。出したのがクロでないのなら、出された呼び出し状には【卒業】以外の意図があったということになります」

 

 愉快犯……その言葉を聞いて、思い浮かぶ人物が一人だけいる。この裁判場に来る直前、七原と交わした会話に出てきた、あの人物。

 

 【言霊遣いの魔女】なら、あるいは。

 

「…………」

 

 だが。

 

「ねえ、愉快犯だったら」

「七原」

 

 何かを喋りかけた七原を、俺は名前を呼んで止めた。

 

「え?」

 

 彼女が、困惑しながらこちらを向く。その顔を見ながら、俺は静かに首を横に振った。

 

 【言霊遣いの魔女】がこの中にいるなんて、そんなことをここで言う訳にはいかない。その内容は皆に衝撃と動揺を与えてしまうだろうし、それに……。

 

 ちらりと、ばれないように大天を見る。

 彼女は、【言霊遣いの魔女】へ復讐するために生きていると語った。事実、そのために【卒業】を企み俺を殺そうとした。……そんな彼女が、この中に【魔女】がいると知ってしまったら。どんな行動を取るか、想像もつかない。

 【魔女】をかばうわけじゃない。しかし、彼女の【魔女】への殺意を暴走させるわけにはいかない。

 

 そういう理由で、俺は【言霊遣いの魔女】の話はしないでほしいと思ったのだ。ただ、それを口に出して説明するわけにもいかず、俺は七原の目を見てそれを訴えた。

 

「…………」

 

 すると彼女は、小さく、コクリとうなずいた。どれほど俺の思いが伝わったのかは知る由もないが、彼女は俺の意図を感じ取ってくれたらしい。

 それでいい。少なくとも、必要に迫られない限りは、【魔女】のことは黙っておくべきだ。

 

「七原さん、今何か言いかけませんでしたか?」

 

 口をつぐんだ彼女に、杉野から追及が入る。

 

「あ、えっと……もしも、愉快犯が呼び出し状を書いたんだったら、名乗り出てほしいって思ったんだけど……」

「だ、そうですが。愉快犯さん、いかがですか?」

 

 彼の呼びかけに、返ってくる声はない。

 

「ま、だろォな。大量に呼び出し状を書くくらい意地の悪いヤツなんだ。素直に名乗り出るワケがねェ」

「そうだよね……」

 

 と、残念そうに撤退する七原。うまく皆をごまかせたようだ。

 

「ゆ、愉快犯なら、ひ、一人、こ、心あたりがあるだろ……!」

 

 今度は、根岸が口を開く。

 

「あら、誰かしら?」

「だ、誰かしらじゃない……! お、おまえのことだよ、し、東雲ぇ……!」

 

 そんな叫び声と共に、彼はビシリと人差し指を突きつける。

 

「アタシ?」

「そ、そうだよ……! こ、こんな事するの、お、おまえ以外にありえないだろ……!」

「どうしてよ。根拠もなしに人を疑うのは良くないわ」

「こ、根拠ならあるだろ……! お、おまえ以外に愉快犯がいてたまるか……!」

「根拠になってないわよ、それ」

 

 興奮する根岸の言葉を、さほど気にする様子もなく躱していく東雲。根岸の弁に理論が伴っていないのは確かなのだが。見ていられず、根岸に助け舟を出す。

 

「だが、お前だったらやりかねないのも事実だろ。学級裁判どころか事件そのものをお前は楽しんでるし、前回は事件が難しくなるように動いたよな」

「それは否定しないけどね」

「ど、どうせ、て、適当に手紙を出しとけば、か、勝手に疑心暗鬼になって事件でも起きるだろうって、そ、そういう意図があったんじゃないのか……?」

「……ハァ、あのねえ」

 

 根岸の言葉を聞いて、東雲はため息をつく。

 

「アタシだったら、もっとうまくやるわ」

「は?」

 

 自信満々に呟いたその言葉をきいて、思わずそんな声が漏れてしまった。

 

「う、うまくやるって……」

「アタシだったら、こんな出し方はしないってことよ。ちょっと貸して」

 

 そう言いながら、東雲は何通かの手紙を手元に集めた。

 

「呼び出す場所と時間が一致してるのは、12時に製作場に呼び出された大天と明日川だけ……まあ、一応平並もだけど。でも、城咲と同時刻に展望台に呼び出されたヤツはいないし、これじゃ何か起こりようにも確率が低すぎるわ」

「遠城君と露草君は? どちらも12時(日付の変わる瞬間)に杉野君の個室(舞台)に呼び出されたはずだが」

「そんなところで何が起こるって言うのよ。この点で言えば、集会室に呼び出された七原もそうね。製作場や展望台とか、前回事件が起きた倉庫ならともかく、いつ誰が個室から出てくるかもわからない宿泊棟の中じゃ人の目が怖すぎるもの」

「……確かに、東雲さんの言うとおりですね」

 

 淡々と情報を羅列する東雲だが、その論理は馬鹿にできない。東雲がやったかはさておき、そもそも『愉快犯』の行動としては疑問の余地がある。

 

「大体、アタシに言わせれば人選も意味不明ね。クソ真面目な火ノ宮は約束を破ることなんかしないでしょうし、前回平並に狙われた根岸も呼び出しに応えたりなんかしないでしょ」

 

 東雲が、手元の呼び出し状を一枚一枚目を通しながらケチをつけていく。

 

「ま、まあ……じ、実際行かなかったし……」

「確かに、スコット君や杉野君のように始めから出さなくても問題はなかったはずだな」

「そうよ。他にも文句のつけようは」

 

 と、呼び出し状の束を見ていた東雲の動きが止まった。

 

「…………」

「東雲?」

「……ねえ、確か、こっちの、皆への呼び出し状を書いたのはクロじゃなかった……そういう話だったわよね?」

「ええ、その通りですが」

「じゃあ、これって……どういうことかしら?」

 

 珍しく戸惑いを見せた東雲が束から引き抜いたのは、二通の呼び出し状。

 

 

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 蒼神へ

 

  生物室の生首が誰か分かった。きっと黒幕につながるヒントになる。

  12時に生物室で話す。皆で脱出しよう。

 

                     明日川より

 

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 平並君へ

 

 

 

  緊急事態です。製作場の工作室で待っています。

 

 

 

                     蒼神紫苑

 

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 蒼神のポケットに入れられていた偽の呼び出し状。

 そして、俺の個室の前に置かれていた俺宛の呼び出し状だった。

 

 ……え? ……あ!

 

「いや、おかしい! これはクロじゃないと書けないぞ!」

 

 その違和感に気づき、思わず叫んだ。

 

「そう、よね!?」

「ちょっと待ってくれ、一旦話を復習する(読み返す)ぞ。その、蒼神君宛の12時の呼び出し状は、平並君にクロをなすりつけるための罠だったはずだ」

「ええ。それに、平並君宛の呼び出し状は、新家君の『システム』を奪い個室のカギを開けなければ意味をなしません」

「ど、どっちも、く、クロが書いた呼び出し状ってことになるよな……!」

 

 それぞれの手紙を検証する明日川達の話を聞いて、戸惑う根岸の声。

 

「待って、それこそ愉快犯の仕業ってことはないの? 例えば、蒼神さんのポケットに捜査中に呼び出し状を入れたとか」

「ありえねェな、大天。そんなヤツがいたらオレらが見つけてる。検死のために何人か立ち会ってもらったし、そんなチャンスはねェ」

機会(チャンス)があるとすれば、城咲君たちが蒼神君をボートから下ろし、心臓マッサージをしているタイミング(ページ)だが」

「それはない。蒼神から目なんて離してないんだから」

 

 それだけは、強く断言できる。どれだけ動揺していても、城咲や大天がポケットに呼び出し状を入れていれば気づく。

 

「ヒラナミの方はどうだ。偶然、ヒラナミのいたアラヤの個室のカギが開いてることに気づいた愉快犯がヒラナミに呼び出し状を出した、とか」

「……いえ、先程も申した通り、今回のクロは偽の呼び出し状を利用して平並君にクロをなすりつけようとしています。そうなると、蒼神さんの死亡時刻に平並君を製作場に呼び出したことも、クロの策略のうちと考えるのが自然です」

「では、こちらもくろがかいたよびだし状、ということになるのでしょうか……」

 

 混乱した、城咲の声。

 

「ああ、犯行時刻に合わせて俺を製作場に呼び出してるからな。これを書いたのはクロだと考えるべきだ」

「一体、どういうことなの……?」

 

 混沌とした裁判場にぽつんと流れる、悲痛な七原の呟き。

 

 呼び出し状を出した人物は、二人いる。蒼神を呼び出した人物と、皆に呼び出し状をばらまいた人物。手紙の書き方から見てそれは間違いない。

 そして、愉快犯が書いたはずの呼び出し状の中で、確実にクロが書いたと言える呼び出し状が二通。

 これが、意味するものは。

 

「…………そうか」

 

 そして、たった一つの結論にたどり着いた。

 

 

「『逆』だったんだ。クロが書いたのは、蒼神を呼び出した10時半の呼び出し状じゃない……()()()()()、皆に出した大量の呼び出し状の方だったんだよ!」

 

 

 そうとしか、考えられない。

 

「ちょ、ちょっと待てよ……!」

 

 俺の出した結論に、根岸が異を唱える。

 

「じゃ、じゃあ、あ、蒼神を呼び出したのは、く、クロじゃないって言いたいのかよ……!」

「……考えにくいが、そういうことになる。きっと、そっちの方が愉快犯だったんだ――」

 

 

 

 

「ちらかった推理は、わたしがきれいにいたしましょう!」

 

 

 

 

 俺の言葉が届くやいなや、城咲が強く俺にそう叫んだ。

 

「はんろんいたします、平並さん」

 

 冷静沈着に、彼女はそう告げる。

 

「たしかに、平並さんや蒼神さんあてのよびだし状はくろが書いたと考えるのがしぜんのようにおもえます。よびだし状を書いたかたが二名いらっしゃることも異論はありません。しかし、やはり、そちらは『ゆかいはん』が書いたと考えるしかないとおもうのです」

「どうして? クロにしか書けない理由はさっき議論したよな」

「なぜなら、蒼神さんをよびだす10時半のよびだし状こそ、くろにしか書けないものだからです」

 

 彼女の中に既に理論が立っているのだろう。よどみなく、彼女は語る。

 

「クロにしか書けない……本当にそうか? アトリエに呼び出す手紙なんか、誰にだって書けるんじゃないのか? 内容だって、何か書き手を特定するものがあるわけじゃない」

「はい、平並さんのおっしゃるとおり、よびだし状を書くことだけならくろでなくてもできるでしょう」

「だったら」

「しかし、蒼神さんはこのよびだしによって殺されているのです。このじじつは、蒼神さんをあとりえによびだした人物がくろであることの、なによりの証拠ではありませんか!」

 

 

「それは違うぞ!」

 

 

 城咲の反論を、撃ち砕く。

 

「……どうしてでしょう? 蒼神さんをあとりえによびだした人物でなければ、蒼神さんを殺すことなどふかのうではありませんか?」

「そんなことはない。蒼神を呼び出した人物でなくても、蒼神を殺してしまう状況は存在する」

「一体、どのような?」

「愉快犯が呼び出したのは、蒼神だけじゃなかったんだよ。()()()、呼び出したんだ」

「……っ!」

 

 声にならない、驚きをあげる。

 

「つまり、キミはこう言いたいのかい? クロも10時半に呼び出され、そこで同時に呼び出された蒼神君を殺害したと」

「ああ、そうだ」

「しかし、そんなことが……?」

「ありえないなんてことはない。だって、一度起こってるんだから」

「……あ」

 

 俺の言葉に、大天が反応した。

 

「それって、私達のこと?」

「ああ。互いの言葉を信じるなら、という前提は必要だが、俺も大天も製作場に呼び出された。そして、互いに互いを差出人だと誤解して、大天は俺を殺そうとした」

「…………」

「もちろん、蒼神やクロが何を考えてアトリエに向かったかはわからない。だが、その結果殺人が起きたことは、現実として有り得る話なんだ」

 

 そんな俺の話を吟味して、城咲はなにかに納得した様子を見せた。

 

「……平並さん、変なことをいってもうしわけありませんでした」

「謝らないでくれ。別に変なことでもないしな」

「しかし、本当にそんな出来事(物語)があったのだろうか」

 

 そうつぶやくのは明日川。

 

「物語が存在しうる可能性は理解した。しかし、できることなら根拠が欲しい」

「根拠なら……挙げられるかもしれねェ」

「ひ、火ノ宮……?」

「一つ引っかかってたことがあった。どォして、クロは10時半の呼び出し状をほったらかしにしたのかだ」

 

 証言台のふちを両手でつかみ、力強く火ノ宮は語る。

 

「平並にクロをなすりつけようとしたのなら、あの10時半の呼び出し状はクロにとって邪魔でしか無かったはずだ」

「確かに、そのせいで平並は無実って話になったんだしね」

「それなのに、クロはあの呼び出し状を放置した……この事が気になってたが、クロは呼び出し状を放置したんじゃねェ。呼び出し状には気づかなかったんだ」

「きっと、クロは蒼神さんも呼び出し状をもらってるなんて思わなかったんだね」

「……そういうことだろうな」

 

 火ノ宮の意見で、仮説がより強固なものになる。七原の意見にも賛同し、意見を総括する。

 

「じゃ、じゃあ、ひ、平並が無実ってのも変わってくるぞ……!」

 

 そんな中、根岸が唐突に叫ぶ。

 

「あ、あの10時半の呼び出し状を出せないから、ひ、平並はクロじゃないって話だったよな……! け、けど、そ、その呼び出し状は愉快犯が出したものだったじゃないか……!」

「だが、愉快犯は蒼神と一緒にクロも呼び出したはずだろ。俺の個室のカギは蒼神が持っていた。蒼神と俺を同時に呼び出すのは無理だ」

「そ、それは分かってる……ほ、他の可能性があるんだよ……」

 

 他の可能性?

 

「ゆ、愉快犯は、あ、蒼神を呼び出した時に蒼神を眠らせたんだ……そ、そして新家の『システム』でカギを開けて、ひ、平並を誘い出して眠らせた蒼神を見つけさせたんだよ……」

「見つけさせた?」

「そ、そう……そ、そして、ひ、平並はそれを見て、こ、今回の犯行を思いついたんだ……だ、だってそうだろ……? じ、自分は自由に動けて周りの皆は部屋にこもっている……こ、こんな都合がいい状況を見逃すはずがないんじゃないのか……?」

 

 

「そんな穴しかねェ推理、捨てちまえ」

 

 

 根岸の絞り出した推理を、その声で火ノ宮がバッサリと切り捨てた。

 

「確かに、てめーの言う通りもしそんな状況だったら、平並にとってはかなり都合がいい。逃さない手はねェだろォな」

「だ、だったら……!」

「けどよォ、蒼神の体に拘束された跡は無かっただろ。蒼神が眠らされた時間と犯行までに時間が開いてたんだから、クロはその間は睡眠薬が効くことを知ってたってことになる」

「……う」

「もし、クロが眠らされた蒼神を発見し犯行に及んだんだとしたら、縛りもしねェのはありえねェ。だから、蒼神を眠らせたのはクロで間違いねェ。愉快犯が蒼神とクロを同時にアトリエに呼び出したのも揺るがねェだろォな」

「…………」

 

 そんな火ノ宮の推理を聞いて、

 

「……ひ、平並は……ほ、本当にクロじゃない……のか……?」

 

 根岸は声を震わせながらそう呟いた。

 

「……ああ」

 

 彼からしたら、認めたくないだろう。クロがいるなら、平並凡一しかありえないだろう。

 けれども、俺はクロではないのだ。

 

「…………」

「話を戻します」

 

 根岸の返事を待たずに、杉野が喋りだす。

 

「クロは、蒼神さんと同じ時刻にアトリエに呼び出されました。そして、蒼神さんを差出人と思い込み、返り討ちの形で蒼神さんを殺害することに決めたのです。

 そして、平並君をクロに仕立て上げる作戦を思いつき、蒼神さんへの偽の呼び出し状や皆さんへの呼び出し状を書いたのでしょう」

「つまり、ボク達に出されたあの手紙は、全て犯人(クロ)計画(プロット)のうち、という話になるね」

「全て……」

「ああ。ボク達にばらまいた手紙も、蒼神君に持たせた偽の手紙も、平並君を製作場へと誘った置き手紙も。その全てを(全ページを)クロが操っていたんだ(綴っていたんだ)

 

 この夜、何通も出された呼び出し状。それはたった一つを除き全てをクロが出したのだ。

 

 誰が、何のために?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かったわ!」

 

 その真相はなんだろう、と考える前に、楽しそうな叫び声が耳に届いた。

 

「何が分かったんだ、東雲。クロの目的か?」

「クロの目的なんて、ハナから分かってるじゃない。【体験エリア】に何人か呼び出して、容疑者を増やすことよ。それ以外は撹乱かカモフラージュね」

「容疑者を増やす……確かに、そのせいでまだクロを絞りきれてないわけだしな」

 

 【体験エリア】に集まったのは、俺を含めて三人。クロの策はあたっていると言える。

 

「でしたら、一体何がわかったというのですか?」

「決まってるじゃない。クロの正体よ!」

「しょ、正体って……ほ、本当に……?」

「もちろん!」

 

 胸を張って、笑顔でそう告げる東雲。何がそんなに楽しいのだろう。……何が、なんてわかりきってるか。彼女は、学級裁判が楽しいのだ。

 それにしても、クロの正体が分かっただって? 今の話の中に、なにかヒントがあっただろうか。

 

「誰なんだ、クロは」

「待って、一つだけ確認したいことがあるわ」

 

 催促した俺に対し、東雲はそう告げる。

 

「アンタ、製作場で大天に襲われたって言ったわよね」

「あ、ああ」

「どんな風に襲われたか、教えてちょうだい」

「どうしてそんなこと」

「いいから」

 

 東雲の意図が読めないまま、あの時の事を思い出す。

 

「ええと、置き手紙のとおりに製作場に向かったんだが、工作室に入る時は一応警戒して、一度ドアを開けて飛び退いたんだよ。それでも反応がなかったから誰もいないのかと思って工作室に入ろうとしたら、中にいた大天に腹を……蹴られたのか、あれは? まあ、攻撃されたんだよ」

「蹴ったよ」

「もう十分だわ、平並。背後から攻撃されたなら微妙に話は変わってくるけど、そうじゃないなら確定ね」

「……それで、一体誰なのであるか。蒼神を殺したクロとは」

 

 一人で納得した様子の東雲にしびれを切らした様子の遠城。

 その声を聞いて、東雲はニヤリと笑って息を吸い込む。

 

 

 

 

「ズバリ、クロは城咲よ」

 

 そして彼女は、ピンと張った指を、メイド服姿の彼女へ突きつけた。

 

 

 

 

 

「……シロサキがクロ、だと?」

「そんな、わたしじゃ」

 

 反論を口にしかけた城咲を、杉野が右手で制した。

 

「まずはお話を聞きましょう。東雲さん、根拠は何でしょうか」

「あの10時半の手紙以外はクロが出したものだったのよね。その中でも、肝心なのは平並に出された手紙だったのよ」

「俺の手紙?」

「ええ。容疑者の片割れの大天には、アンタに手紙を出すことが……アンタを製作場に誘い出すことそのものが出来ないのよ」

「……どういうことでしょう」

 

 今度は冷静に、城咲は東雲に続きを促す。

 

「クロは、平並を呼び出すために平並のいた新家の個室のドアチャイムを鳴らしたんだったわよね?」

「……ええ」

「もし仮にクロが大天だとすれば……大天は、平並を起こしてから工作室に向かったことになるわね。大天は平並を工作室で待ち伏せしてたはずなのに」

「それがどうしたっていうんだ。ヒラナミが個室を出る前に工作室に向かえば済む話――ッ!」

 

 そんな反論を言いかけ、なにかに気づいたように城咲を見るスコット。

 

「自己解決したかしら? 無理なのよ。そんな事は」

「そうか! 城咲の見張りがあるのか!」

 

 その様子を見て、俺も気づく。大天がクロでない理由。

 

「そうよ。確かに平並より先に宿泊棟を出れば、工作室に先回りすることなんか余裕でできるわ。けど、城咲は確か、平並以外は誰も見てなかったはずよね? 工作室に行くには、城咲の見張る【自然エリア】を通らなきゃいけないはずなのに」

「…………」

 

 城咲が目撃したのは、製作場へ駆ける俺だけ。彼女はそう証言したはずだ。

 

「城咲が平並以外見てないってことは、大天が【体験エリア】に向かったのは城咲より前なのよ。つまり、平並を叩き起こしたり手紙を出したりなんてのは、大天には不可能ってこと! だから、クロは城咲――」

 

「み、みました……」

 

 蚊の鳴くような、小さな声。

 

「城咲さん?」

 

 

 

「みました! 【体験えりあ】に向けて、大天さんがはしっていくのを!」

 

 杉野に促され、今度ははっきりと、彼女はそう告げた。

 

 

 

「ちょっと! 嘘つかないでよ、城咲さん! 私、ずっと工作室にいたんだけど!」

「そちらこそ、うそをつかないでください! 深刻なかおで、はしっていたではありませんか!」

「城咲君。本当に目撃した(読んだ)というのか? 【体験エリア】に向かう大天君を」

「はい! この両目で、しっかりとみました! 平並さんがやってくるほんの少し前に、大天さんも【自然えりあ】を通って【体験】エリアへはしっていったのです」

「ならば、どうしてそれを隠していた(語らなかった)? キミはハッキリと証言した(台詞にした)はずだ。平並君以外は目撃していない、とね」

 

 

――《「わたしは展望台についてからさしだし人がいらっしゃるのを待っていました。展望台からは、中央広場もみえますし、平並さんいがいはだれもとおりませんでした」》

 

 

 明日川の言う通り、城咲は確かにそう証言していた。

 

「かくしていたのではありません。たったいま、思い出したのです」

「忘れてたって言うつもりか? 信じらんねェな」

「信じられないのもむりはありませんが……ほんとうのことなのです。どうか、信じてください」

 

 城咲はそう語る。しかし、その証言はとても信じられるものではない。その内容が問題なのではない。証言を変えたタイミングと、その強引さが問題なのだ。先程まで、何かにつけて城咲をかばっていたスコットも、今度は彼女をじっと見て黙り込んでいる。

 

「そのような妄言、信じられるわけが無いであろう!」

「え、遠城の言うとおりだ……! お、大天を見たのを忘れたのも、こ、こんな都合のいいタイミングで思い出すのも、ぜ、全部ありえないだろ……!」

「ありえないなんてことこそ、ありえないのではありませんか? まさに今、わたしがたいけんしているのですから!」

「クロであることがバレて、なんとかごまかそうと嘘をついている……アタシにはそんなふうに見えるけど?」

「そんなことはありません! 平並さんをよびだし、蒼神さんをころすために【体験えりあ】へとむかった、大天さんがくろなのです!」

 

 断固として、証言の正しさを主張する城咲。

 

 

 

 

「本当の声を、聴かせてください」

 

 そんな彼女に、優しく強く、杉野は言葉を突き刺した。

 

 

 

 

「杉野さん、いったいなにを……」

「嘘はいけません、城咲さん。まだあなたがクロと確定しているわけではありません。焦って嘘をついてしまえば、真相には決してたどり着けなくなってしまいます」

「わたしはうそなどついておりません!」

「いいえ、あなたは嘘をついています」

 

 城咲の目を見て、ハッキリと断言する杉野。

 

「アタシも城咲の言ってることは嘘だと思うけど。そこまで断言するってことは、何か根拠でもあるわけ?」

「ええ、もちろん」

「……教えろ、スギノ」

「もし仮に大天さんがクロだとしても、城咲さんの証言はありえないのです。だって、クロは平並さんより後に宿泊棟を出たのですから」

「俺より後に?」

「はい」

 

 クロが俺より後に宿泊棟を出た……そう言える根拠は何だ? クロは、宿泊棟に残って何かをしたのか?

 

「……ああ、なるほど」

 

 少し考えて、すぐに答えにたどり着く。

 

「俺が個室を出て【体験エリア】に向かった時、新家の個室のドアは開け放して行ったんだ。だが、皆が廊下に出た時は閉まっていたらしい。そうだったよな、遠城?」

「うむ。開いていれば流石に気づくのである」

「それは僕達も確認していましたよね」

 

 杉野の声に、大半がうなずく。早々に廊下に出てきた人たちだろうか。

 

「ということは、クロがドアを閉めたんだ。呼び出し状で廊下に出た人たち……遠城や七原が、非常事態だと思わないように」

「これが、クロが平並君より後に宿泊棟を出た理由です。おわかりいただけたでしょうか、城咲さん」

 

 杉野に名を呼ばれた彼女は。

 

「…………」

 

 メイド服を握りしめて、無言で床を見つめていた。

 

「あなたの、『平並君の前に大天さんが【自然エリア】を通過した』という証言はありえないのです。たとえあなたが無実であってもね」

「…………」

「これで、決まりね。クロは、城咲よ」

「……ちがいます。わたしじゃありません」

「どの口が言うのよ。証拠も、アンタの言動も、全てがアンタがクロだと示しているわ」

「…………」

 

 城咲は黙り込む。

 

「どうして、嘘をついたんだ」

 

 わずかに怒りのこもった、スコットの声。

 

「……このままでは、くろにされてしまうと思ったからです」

「『クロにされてしまう』? 『クロだとバレてしまう』の間違いであろう」

「そんなこと、ありません。わたしはほんとうに、蒼神さんを、ころしてなんか、いません」

 

 語るごとに、弱々しくなっていく城咲の声。

 

「だったら胸を張れ、シロサキ」

「スコット、さん……?」

「オマエが無実だというのなら、嘘なんかつかずに堂々としていろ。本当に清廉潔白なら、間違いなくそれが証明されるはずだ」

「…………」

「城咲をかばう気? どう考えてもソイツがクロだと思うけど」

 

 無言を返した城咲に代わり、東雲がスコットにそう語りかけた。

 

「蒼神を殺せるのは【体験エリア】にいた三人だけ。そのうち、平並は蒼神に呼び出し状を出せないし、大天は平並を叩き起こせない。残った容疑者は、城咲だけよ」

 

 東雲が語るロジックそのものに異論はない。結論は出た。クロは、城咲かなたである。

 ……それでも、そう簡単に、彼女がクロであるとは認めたくない。

 

 

 

――《「ばかなことはやめてください、大天さん!」》

 

 

 

 城咲は、俺を命がけで助けてくれた。文字通り、命の恩人だ。そんな彼女を、そう簡単に見限るような真似はしたくない。あの行為が、自己保身のための計画の一部だったなんて、思いたくないだけかもしれないが。

 

「それに、さっき城咲は苦し紛れの嘘をついたわ。これこそが、何よりの証拠じゃない?」

「自分がクロでないからこそ、なりふり構わず嘘をついてしまった。そう考えることもできるんじゃないのか」

 

 スコットは尚も食い下がる。

 

「もっとハッキリとした反論をちょうだい。城咲がクロじゃないって言うなら、その証拠を見せなさいよ」

「証拠か。証拠なら、ある」

「え?」

 

 自信満々に告げるスコットの様子に、戸惑ったのは東雲の方だった。

 

 

「シロサキは、ずっと展望台にいただろ。だからこそ、【体験エリア】に向かうヒラナミを目撃できたはずだ」

「そ、そんなの、ひ、平並を起こした後で向かえば……」

「いえ、それは出来ないはずです」

 

 根岸の意見を、杉野が否定する。

 

「展望台へ向かうには、あの森の中を登らなくてはなりません。平並君が通過する前に展望台へ到達するには、どう考えても時間が足りません」

「なにより、クロが宿泊棟を出たのはヒラナミの後だ。だから、シロサキがヒラナミを目撃出来たことが、シロサキがクロでない証明になるはずだ」

「いやいや、何言ってるのよ。そんなの何の証明にもなってないわ」

 

 その意見を、更に東雲が反論する。

 

「展望台になんか行く必要がないじゃない。そんなところまで登らなくても、自分が平並を起こして製作場に誘い出したんだから、平並の行動なんかわかるはずよ」

「ぐっ……」

 

 東雲の反論に、言葉が詰まるスコット。

 

「城咲が証言したのは、【体験エリア】に向かう平並を見たってだけ。そんなの、本当に見なくたって証言できるわ!」

 

 ……本当に、そうか? 思い出せ、城咲の証言を。

 いや、それだけじゃない!

 

「それは違うぞ!」

 

 その事に気づいた瞬間、ほとんど反射的に俺はそう叫んでいた。

 

「違うって、何がよ」

「城咲は、本当に展望台にいたんだよ。そうじゃないと、あんな証言は出来ないからだ」

「あ、あんな証言……?」

「ああ。城咲はハッキリと口にした。『【自然エリア】の中央広場で転ぶ俺を見た』とな」

 

 蒼神の死体を発見する直前、城咲に個室の外にいる理由を尋ねた時に、城咲は確かにそう告げた。

 

 

――《城咲も、手紙を……。》

――《差出人は、俺のものと同じく蒼神になっている。けれど、こっちのメモは少し角ばった字で書いてある。》

 

――《「それが、個室に入れられていたのです。それで、展望台でてがみの差出人をまっていたときに、中央広場で平並さんがころんでいるのをみかけたのです」》

――《「見てたのか」》

 

 

「大天も、聞いてたよな」

「……そうだね」

「ほら。それに、確かこの事はお前達にも伝わってるはずだ」

「確かに、捜査に入る直前にキミたちから死体発見に至る物語を語ってもらった際に、城咲君は述べていた。『中央広場で転ぶ平並君を目撃し、後を追った』と」

「そうか。ヒラナミが転んだと言えるのは、シロサキがその瞬間を目撃していたから。そういうことだな」

「ああ」

 

 スコットのまとめにうなずく。城咲は、俺が転んだことを知っていた。それはつまり、俺のことを展望台から目撃していた事を示している。

 

「そんなの、本当に目撃したかどうかわからないじゃない。転んだせいで、アンタの服は汚れているわ。城咲はそれを見てその事を付け加えたのかもしれないじゃない」

「ああ、確かに服の汚れを見れば転んだ事自体はわかるかもしれない。だが、城咲は俺が【自然エリア】の中央広場で転んでいたことまで言い当てていた。これは、目撃していないと不可能だ」

「……わかったわ、城咲がアンタが転んだことを目撃したのは認めるわ。けど、それは展望台にいた証拠にはならないんじゃないかしら」

 

 俺の言葉を聞いて尚、反論を打ち出す東雲。

 

「城咲は、アンタをすぐに追いかけたのよ」

「追いかけた?」

「ええ。アンタを後ろから見てたのね。だから、アンタが中央広場で転んだことを城咲は知ってたのよ」

「……いや、それは無理だ」

 

 俺が転んだ、あの瞬間を思い出す。この推理は、俺にしか論破できない。

 

「あの時、俺は周囲を見渡したが、誰も見かけなかった。【宿泊エリア】からつながるゲートは閉まっていたから後をつけられていたってことはない」

「……周囲を見て誰も見かけなかったなら、展望台にも誰もいなかったんじゃないの?」

「いや、俺が誰も見てないことが、城咲が展望台にいた証明になる」

「どういうことでしょうか」

「城咲が俺が転んだことを目撃したのなら、城咲が【自然エリア】の中にいたのは間違いない。けど、俺は城咲を目撃していない。つまり、中央広場を目撃できるのに、中央広場からは目撃できない場所に城咲はいた事になる」

 

 そんな場所、一つしか無い。

 

「城咲がいたのは、展望台しかありえない。展望台は、中央広場よりもずっと高い位置にある。中央広場で周りを見渡しただけじゃ、そこに誰かがいても気づけないだろ」

 

 その俺の論理を聞いて、城咲がクロであると主張していた東雲は。

 

「……降参ね」

 

 そう告げて、両手を上げた。

 

「アンタの方が正しいわ。城咲は、クロじゃなさそうね」

「……わかっていただけてよかったです。ほんとうに」

 

 東雲の言葉を聞いて、胸をなでおろす城咲。無実なのにクロだと断定される事がどれだけ恐ろしいことか、俺は身をもって知っている。

 

「ちょっと待ってよ」

 

 その城咲の様子を見てか、大天が声を上げる。

 

「じゃあ、一体誰なの? 蒼神さんを殺したのは」

「それなのよね」

 

 東雲が反応する。

 

「それぞれのクロの可能性は、それぞれの理由で否定できるわ。なら、一体誰がクロなのかしら」

 

 議論を重ねて、推理を否定して、真相を暴いて、そして、俺達はここにたどり着いた。

 

「容疑者が、誰もいない……?」

 

 全員が無実であるという、歪んだ真実に。

 そんなわけがない。何かがおかしいと、全員が気づいていた。

 

 俺達は、何を間違えた?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なァ。こんな可能性はねェのか」

 

 皆が黙り込む中、考え込みながら火ノ宮が口を開く。

 

「なんでしょう、火ノ宮君。まさか、またモノクマの仕業だと?」

「ボクはそんなことしないよ!」

「……そうじゃねェ。いつまでも夢見てらんねェことは、もう理解した」

「それでは?」

「本当に、この施設にはオレ達しかいねェのか」

 

 え?

 

「ど、どういうことだよ……」

「17人目がいるんじゃねェのかっつー話だ。全員クロじゃねェなら、それしかねェだろ」

「ですが、そんなかた、どこにいらっしゃるのですか? もしだれか他のかたがいれば、とっくにきづくのでは無いでしょうか」

「まだ開いてねェゲートの奥があるだろ。そこに潜んでた何者かが、蒼神を……」

「あのねえ、火ノ宮クン」

 

 モノクマが、呆れた声で割って入る。

 

「結局まだ、オマエは夢見てるジャン。この【少年少女ゼツボウの家】には、生徒だけしかいないの! 部外者がいたらコロシアイにならないでしょうが! て言うかそれ、ボクが殺したって言ってるのとなにも変わらないじゃん!」

「…………」

「いい? ハッキリ言うけど、蒼神さんを殺したクロはオマエラの中にいるんだよ! いいかげん目を覚ませ! 目覚めの時間だ!」

「…………チッ」

 

 火ノ宮は、強く舌打ちをするだけだった。彼の気持ちも十分にわかる。容疑者がいなくなってしまった以上、俺達の中に蒼神を殺した奴なんかいないと、結論づけてしまえばどれほど楽なのか。

 けれど、逃げてはダメなのだ。

 

「……何でも構いません。何か、事件について思いついたことがある方はいらっしゃいますか?」

 

 真実を探すため、俺達は再び議論を始める。

 

「……であれば、吾輩からひとつ、よろしいであるか?」

「はい、お願いします」

 

 軽く挙手をする遠城に、杉野が手で発言を促す。

 

「確認したいことがあるのである。先程、容疑者が平並、大天、城咲に絞られたタイミングがあったであろう。その理由とは、蒼神の殺害やボートが流された12時付近に【体験エリア】に一人でいたから……そうであったよな?」

「ええ、その通りですが」

「……なら、彼ら以外にもいるのではないか? その時刻、【体験エリア】に一人でいることができる人物が」

「え?」

 

 容疑者が、もうひとりいるってことか?

 そんな困惑の声を聞いて、遠城が説明を続ける。

 

「さっき……容疑者がお主ら三人に絞られたときであるな。お主ら三人が皆製作場の中にいる時なら、他の人間にも犯行は可能であるという話が上がったであろう」

「大天が話したやつか? それは、誰も宿泊棟に出入りしてなかったってことで決着がついただろ。だからこそ、俺達三人だけが容疑者になったはずじゃなかったのかよ」

 

 

「……そのシナリオは、推敲の余地がある」

 

 

 苦しそうに、明日川が告げた。

 

「明日川? なんだ、今の話が間違ってるっていうのか」

「平並君。たった一人だけ、犯行が可能な人物(キャラクター)がいるんだ。これをキミに告げるのは、心苦しいが」

 

 心苦しい?

 

「いや、だから、死体発見アナウンスのときには他の皆は宿泊棟に揃ってたんだろ。宿泊棟に誰も出入りしなかった以上、犯行が可能なやつはいないだろ」

「『彼女』が嘘をついているとすれば?」

 

 そして明日川は、視線を俺から外してそのすぐ隣へと移す。

 

「どうして彼女の証言が真実であると断言できる? 『【自然エリア】にいたが誰も宿泊棟を出ていない』という証言をなぜ信用できる?」

「……おい」

「犯行が行われたあの時刻。宿泊棟の外にいた彼女なら。【体験エリア】まで向かい、誰にもその様子を見つかる(読まれる)事なく宿泊棟へ帰ってくる事が可能だろう」

「待て、待て、待て! ……明日川お前、何を言おうとしてる!」

 

 とっさに、俺はそう叫ぶ。その後に続く明日川の台詞なんか、わかりきってるのに。

 

 

 

 

「七原菜々香君。蒼神君を殺したのは、キミじゃないのか」

 

 

 

 

「そんなわけないだろ! 七原が蒼神を殺すはずなんかない!」

 

 その台詞を無かったことにするかのように、俺はその言葉を明日川にぶつける。

 

「……一応、理由を聞いておこうか」

「だって、七原は俺が【卒業】のために根岸を殺そうとしてるのを止めてくれたんだぞ! 自分が殺される可能性すらあったのに、それでも俺を説得してくれたんだ!」

 

 

――《「じゃあ、平並君は今の、この日常が壊れたっていいって言うの!?」》

――《「たった数日だったかもしれないけど、狂ったルールがあったかもしれないけど、不安でいっぱいだったかもしれないけど! このドームで過ごした時間だって、大事な日常なんじゃないの!?」》

――《「平並君にとって家族がかけがえのない物なのは分かるよ。きっと、モノクマもだからこそそれを平並君の【動機】にしたんだと思う。……でも、人の命なんて、比べちゃいけないんだよ」》

 

 

 七原は、俺に日常の尊さを、命の気高さを教えてくれた。 

 だから。

 

「そんな七原が、クロになんかなるはずがない!」

「平並。そんなの理由になってないわ」

 

 分かってる。そんなこと、東雲に言われるまでもなく、分かってる。

 

「証明すればいいんだろ。七原が無実だってことを!」

「そうは言うが、平並。もう、クロ候補は七原以外に残ってはおらぬぞ」

「どうしてそう言い切れる。まだ見落としがあるかもしれないだろ」

「け、けど……」

「七原。てめー自身の話だ。てめーはどォなんだ」

「……私は、蒼神さんを殺してなんかないよ」

「ほら、七原もこう言ってるだろ」

「何が『ほら』よ。クロがバカ正直に認めるわけないじゃない」

「……検討しましょう。七原さんに、犯行が可能だったかどうか」

 

 ヒートアップする言い合いを見かねて、杉野が告げる。

 そうだ、議論だ。真実のために、議論をする。やることは何も変わらない。

 

「…………」

「七原……」

 

 俺を見つめる渦中の彼女に、不安げな表情はない。自分の幸運によって、冤罪が晴れることを信じているからだろうか。

 それなら、それでもいい。彼女の幸運が、彼女を救わないわけがないんだから。

 

「まず、七原さんがクロだった場合、どのような行動になるかという話ですが」

「その場合、こんな経緯になるはずだ」

 

 火ノ宮が語り始める。

 皆の話をよく聞け。きっと、ここが正念場だ。

 

「平並を叩き起こすために新家の個室のドアチャイムを連打したあと、ダストルームあたりに隠れて製作場へ向かう平並をやり過ごす。そして、平並が開け放した個室のドアを閉めてから自分も【体験エリア】に向かったんだ。

 その頃にはもう、城咲も平並を見つけて後を追ってる頃だろォな。クロは城咲を展望台に呼び出してるワケだから、それを警戒しながら城咲が森を抜ける前か後か、ともかく城咲に見つからねェように【体験エリア】にたどり着く。

 そして、三人が制作場の中で一悶着してるのを尻目に、蒼神を殺してボートを流し、とっとと宿泊棟へ引き返す。そして、杉野の個室の前にいた遠城と何食わぬ顔で合流した……こういう流れになるよなァ?」

「……ええ、間違いないでしょう」

 

 火ノ宮が語った犯行に、反論を突きつけることは出来ない。

 改めて思えば、その犯人の行動に違和感が無いわけじゃない。だが、それは七原がクロであるという間違った推理を撃ち抜く突破口にはならない。

 

「しょうしょう、じかん的にかのうかどうかが気になるところですが……」

「不可能だ、と断じる事ができない以上、出来たと考えても構わないはずだ。他に選択肢の残っていないこの状況(場面)においてはね」

「ナナハラがやったっていう、積極的な証拠はないのか」

「そ、それはないけど……ほ、他の皆に犯行ができないっていう反証が、な、七原がクロっていう証拠になるんじゃないか……?」

 

 思い出せ。何かを思い出せ。

 きっと何か見落としてることがあるはずなんだ。

 

 あの夜、城咲達の目を盗んで犯行は行えたのか? いや、三人が制作場の中にいた瞬間がある以上、そこは疑えない。犯行はあの瞬間に行われたと考えるべきか……?

 あの時、犯行に使える時間はどれほどの余裕があっただろうか。俺達がすぐに蒼神を探し始める可能性もあった。なら、犯行時間はなるべく短くしていたはずだ。蒼神を実験棟前のボートに寝かせ、なんなら水も汲んでおいたのかもしれない。それなら水を蒼神に駆けるだけで犯行が終わる。

 そうだ、犯行を一瞬で行うのなら、犯行の準備を蒼神を眠らせたその時にもう終えていたんだ。10時半に愉快犯に呼び出され、蒼神を差出人と勘違いして彼女を襲った時に――

 

「ああッ!!」

 

 俺の脳内で、点がつながった。

 

「何か、わかったんですか」

「ああ。これで証明できる」

「……先程、火ノ宮くんが証明しただろう。七原君になら、七原君にだけ、犯行が可能であることを(殺戮劇を演じれることを)

 

 

 腹に力を込めて、大きく息を吸い込んで。

 

 

「それは違うぞ!」

 

 

 その言葉を、裁判場に響かせた。

 

「七原には、アリバイがある!」

現場不在証明(アリバイ)……犯行時刻(惨殺の章)、【自然エリア】に彼女が留まっていたという証拠があるというのか?」

「七原にアリバイがあるのは、その時間帯じゃない。クロが【自然エリア】に向かったのは、12時だけじゃなかっただろ」

「蒼神さんを眠らせた、10時半のことでしょうか」

「ああそうだ。その時刻、七原にはアリバイがあるんだよ」

「その時刻は、夜時間であるぞ。全員が個室に閉じ籠っていた時間帯に、アリバイなんかあるはずないであろう」

「いや、あるんだ。クロが蒼神とアトリエで鉢合わせたその時刻、宿泊棟でも動いた人物がいる」

 

 七原の証言を思い出す。

 

「10時半ごろ、七原の個室を訪ねたやつがいるんだ。そうだったよな、七原」

「うん。個室にいたら、いきなりドアチャイムが鳴ったんだ。約束もあるから無視したんだけど、もう何度か鳴ったらそれ以降は鳴らなかったよ」

「ほら、こうやって証言できるのは、個室の中にいたからだ。アトリエに呼び出されていたら、そんな事わかりっこないだろ」

「待ちなさいよ。納得出来ないわ」

 

 東雲が、異を唱える。

 

「ドアチャイム? そんなの、適当にでっち上げればいいじゃない。逆に、そんな都合のいいタイミングで誰かが訪ねてきたなんて、ソッチのほうが嘘くさいわ」

「でっちあげなんかじゃない。他にも、10時半にドアチャイムを聞いてる奴はいるんだからな。だよな、根岸」

「え、ぼ、ぼく……? そ、そうだけど……ど、どうして知ってるんだよ……!」

「露草から聞いたんだ。露草も、ドアチャイムを聞いたって言ってたぞ」

「あ、あいつ……か、勝手にぼくの話を……」

 

 東雲が言った都合のいいタイミングというのは、きっと七原の才能が関係しているのだと思う。【超高校級の幸運】という、彼女の才能が。

 

「そう。なら、本当のようね」

「……誰が、そんな時間に何の用事で鳴らしやがったんだァ? まるで、七原達を殺しに来たみてェじゃねェか」

「まるで、じゃないよ」

「はァ?」

「七原さん達を殺すつもりで、個室を訪ねたんだから」

 

 淡々とそう告げたのは、俺を殺しかけた、大天だった。

 

「てめー……!」

「その時間帯を選んだのは、夜時間になるまで食事スペースを見張っていた蒼神さん達と鉢合わせたくなかったから。格闘なら自信があったから、ドアさえ開けてもらえば殺せると思ったんだよ。誰も開けてくれなかったから、結局無駄足だったけどね」

 

 ……そういえば、大天は確かにそんな事を言っていた。

 

 

――《「私は、記憶のヒントを見て、誰かを殺そうと思って、でも、殺そうとしても誰も部屋から出てきてくれなくて……そんなときに、私の個室に手紙が届いてたんだよ」》

 

 

 大天は、呼び出し状を見る前から殺意を抱いていたと。

 

「……ホントは黙ってるつもりだったけど、七原さんのアリバイを証明するには名乗り出るしか無かったから」

「大天さん! ありがとう!」

「別に……私も、こんな所で死にたくないだけだよ」

「ちょ、ちょっとまてよ……! や、やっぱり、お、お前も、ぼ、ぼくを殺そうとしたのかよ……!」

「うん。弱そうだったし」

「……!」

 

 恐怖と驚愕と怒気が同時に表情に出た。

 

「東雲さんとかはドアを開けてくれそうだと思ったけど……運動神経良さそうだったし、相手にしたくなかったんだよね」

「うーん、正直アタシは喧嘩になれてるわけじゃないからなんとも言えないわね。火事場の馬鹿力ってこともあるし、いい勝負になった可能性はあるわ」

「ちなみに聞くが、てめーが殺そうとしたのは七原と露草、根岸だけなのかァ?」

「いや、明日川さんの個室も行ったけど」

「ボクもかい?」

「……明日川は寝てたみてェだからな。呼び出し状も気づかなかったっつってるし、ドアチャイムを鳴らされても気づかず寝てたんだろ」

「ああ、今晩は夢物語を堪能していたからね」

「『ゆめものがたり』って、そういう言い方をするといわかんがあるのですが……」

「とにかくだ」

 

 好き勝手に話し始めた皆に介入して議論をまとめる。

 

「七原は、無実だ。それで間違いないよな」

「……ああ。ボクの語った推理(物語)の方が間違っていた(推敲すべきだった)ようだ」

 

 はあ……良かった。

 明日川の台詞に、胸をなでおろす。

 

「ありがとう、平並君」

「たまたまうまく行っただけだ」

 

 それでも、七原を助けられて、良かった。

 

「だ、だったら……」

 

 そんな中、小さく、根岸が声を漏らす。

 

「だ、誰なんだよ……あ、蒼神を殺したのは……!」

 

 それに答える声は、誰からも上がらない。

 容疑者は、ゼロ。再びこの結論に戻ってくる。

 

 何度も何度も議論を重ねた先で、俺達の学級裁判は完全に停止した。




進んでいるのか、戻っているのか。
クロの姿は、どこに。

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