ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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一度広がった絶望は、尚も世界を蝕んでいく。
皆をまとめ率いていた蒼神紫苑が殺された。
果たして、蒼神を殺したクロは誰なのか?
狂気と絶望の潜む学級裁判が、再び始まる。



非日常編④ それでも俺は殺ってない

 《裁判場》

 

 箱の下降が、突如として終了する。

 

 ガコンッ!

 ガラガラガラ……。

 

 その音とともに、入り口とは反対側の壁が左右に開く。前回と同じだ。

 また、薄暗い裁判場が広がっているのだろうと思っていた俺の目は、想像を裏切る明るい光を捉えていた。

 

「あれ、変わってる?」

 

 裁判場は、キャンプファイアーを模した幽々たる空間だったはずだ。だが、今俺の目には、まるで真夏の昼のような鋭い日差しと、それを受ける大きな川が映っていた。裁判場を埋め尽くすほどに幅の広い川の中央にはまるい中洲が存在し、そこまで橋が伸びている。その中州に、前回同様16の証言台で作られた議論場が設置されていた。

 

「せっかくだから、模様替えをしてみました! 今回のテーマはズバリ川! 【体験エリア】と一緒だね!」

 

 模様替え、とモノクマは簡単に言ったが、壁紙やカーペットを張り替えるのとはわけが違う。こんな大きな川、水深もしっかりあるようだし、大規模工事が必要なはずだ。それを、このたった数日で行ったって言うのか?

 

「一種の雰囲気作りのためだよ。毎回新鮮な気持ちで学級裁判に挑んでほしいからさ!」

「なんでもいい」

 

 そう口にして岩国が中洲に向かって歩き出す。それに追従するように、皆も動き出した。

 雰囲気が変わっても、議論場は変わらない。自分の名が刻まれた証言台へ進み、中央を向く。議論場の中は雑草が生い茂っている。

 

「……チッ」

「相変わらず、悪趣味ですね」

 

 火ノ宮の舌打ちに、杉野の声。彼らの視点は、『空席』へと向けられている。

 前回の裁判と比べて、古池と蒼神の二人がここにはいない。そのかわり、例の遺影が証言台に立てられていた。モノクロの写真に赤いバツ。まるでゲームか何かのように、人の死がコミカルに扱われている。

 

「さて、改めて確認(推敲)させてもらうが、今回露草君はこの状態で(眠り姫として)の参加になるということで決定稿なんだな?」

 

 そんな中、明日川がモノクマに問いかける。その議題は、車椅子に乗って首を前にかしげている露草だった。左手にはめた黒峰を膝の上に載せ、かすかに呼吸音と共に肩を上下させている。ご丁寧に、目の高さが俺達と揃うように証言台の床がせり上がっていた。

 

「そうだよ! 根岸クンから話は聞いたでしょ? 少なくとも、露草サンは学級裁判の間は起きないだろうね!」

「命がかかった学級裁判で起こしてもらえないなんて、ちょっと不公平なんじゃない?」

「不公平で結構だよ、東雲サン! 世の中ね、不公平も不平等もどこにでも転がってるもんなの。むしろ、社会は不公平でできてると言ってもいいね! そうでしょ、平並クン!」

 

 ここで俺に話を振る意味なんか、考えるまでもなくわかる。ただ、そんな当たり前の話を、理不尽の象徴にされたくなんかない。

 

「その逆境をオマエラ自身の手で切り開いてこそ未来は掴めるんだよ!」

「言葉だけは立派であるな」

「っていうか、露草サンにだけ肩入れする方が不公平な気がするんだけどね」

「ですが……」

「も、もういいよ……!」

 

 さらに反論しかけた城咲の言葉を、根岸が遮った。

 

「ど、どうせ、け、結論なんか決まってるんだから……!」

 

 そう口にして、根岸は俺を睨む。ただでさえ、根岸は俺を恨む理由も怪しむ理由もある。そこに例のハンカチの件が加われば、その疑惑は決定的なものになるだろう。

 だが、それは真実ではない。なら、必ず俺が無実であることを証明できるはずだ。

 

 そう、思ったのに。

 

「ああ、根岸の言うとおりだ」

「そうね。せっかく楽しみにしてたのに残念だわ」

 

 火ノ宮と東雲がそんな事を話している。俺の方に顔を向けながら。

 まただ。何故か、皆は俺に敵意を向けている。俺の知らない何かが起きている。

 なんなんだよ、一体。

 

「今回のオマエラ、やる気があるんだか無いんだかよくわかんないんだよなあ。これが現代の若者か……」

 

 それを聞こうとしたのに、モノクマが喋りだしてしまう。

 

「ま、学級裁判に前向きなのはいいことだと考えることにします! それでは参りましょう!」

 

 楽しげに、モノクマは叫んだ。

 

 

 

 

 かくして、再び幕は上がる。

 蒼神紫苑は殺された。誰かの記憶を取り戻すための、その代償として。

 そんなことをしてしまった人間がこの中にいるのかなんて、今更疑いようもない。俺が抱いた殺意が、大天が晒した殺意が、それを証明しているからだ。

 

 だから。

 

 彼女の無念を晴らすために、俺達は戦う。

 自分の命を守るために、俺達は戦う。

 誰かの人生を葬るために、俺達は戦う。

 

 

 それが、絶望への道だと気づいていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【第ニ回学級裁判】

 

 

     開 廷 !

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました! ここに第ニ回学級裁判の開廷を宣言いたします!」

 

 誰も待っていない、というツッコミは、今回は誰からも上がらなかった。そんなくだらないことよりも、話すべきことがある。

 

「それでは、学級裁判を始める前に改めてルールを説明いたします。

 学級裁判は、オマエラの中に潜んだクロをオマエラ自身の手で見つけ出してもらうためのものです。議論の後、オマエラの投票による多数決の結果をオマエラの導き出したクロとします」

「その説明、前も聞いたんだけど」

「うるさいなあ、大天サン! いいの、これで! 正しいクロを導き出せたなら、クロだけがオシオキ。逆に、その結論が間違っていたなら、皆を欺いたクロ以外の全員がオシオキとなり、クロは【成長完了】とみなされ、晴れて【卒業】となります!」

 

 ……オシオキ。

 さらりとモノクマが述べたその単語で、俺達の脳裏にあの光景が蘇る。

 古池の頭が弾けた、あの光景が。

 

「…………」

 

 だから、こんなところになんか来たくなかったんだ。ここに来てしまった以上、誰かが、死ぬ。

 自分は死にたくないから。皆が死ぬよりマシだから。そいつは蒼神を殺したから。

 そんな理由を並べあげて、一人に死を押し付ける。

 

 いや、考えるのはよそう。その意味を考えず、ただ暴けばいい。この夜の、真実を。どうせ、することはそれしか無いんだから。

 

「はい! それじゃ、あとはよろしくねー!」

 

 ルールを告げ終えたモノクマは、そう告げて大きな椅子に寝そべった。

 

「……それでは、始めましょうか」

 

 神妙な顔で、杉野が口を開く。

 

「前回と同じく、まずは基本情報の確認から行いましょう。蒼神さんの死体状況や、発見状況を――」

 

 

「く、クロは、ひ、平並だ!」

 

 

 杉野の言葉を遮って、根岸が叫んだ。

 

「……根岸、お前の言いたいことはわかるが、まずは議論を」

「議論なんかいらねェ」

 

 俺にそう反論したのは、根岸ではなく火ノ宮だった。

 

「てめーがクロなのは明白だからなァ!」

「は……え?」

 

 強い口調とともに、俺を睨む火ノ宮。気づけば、周りの皆も、同じような目で俺を見ていた。「お前がクロなんだろ」と、念じられているような気がした。

 

「待ってください、皆さん。まずは議論をするべきです」

「そうだよ! 平並君はクロなんかじゃないよ、きっと!」

「う、うるさい!」

 

 杉野と七原の異論も、根岸は意に介さない。

 

「……証拠はあるのか」

 

 どうしようもなくなって、ひとまず根岸や火ノ宮の話を聞くことにした。その矛盾を指摘できればそれでいいし、そうでなくともまずは俺をクロだと思ったロジックは聞いておくべきだと思ったからだ。

 

「お前の思い込みとか、勝手な決めつけで俺をクロだって言ってるんじゃないだろうな」

「当然ある。無ェわけねェだろ」

 

 それに答えたのは火ノ宮。

 

「蒼神のポケットに入っていた、呼び出し状だ」

「呼び出し状……」

 

 火ノ宮が、それを俺に突きつけた。

 

 

=============================

 

 蒼神へ

 

  生物室の生首が誰か分かった。きっと黒幕につながるヒントになる。

  12時に生物室で話す。皆で脱出しよう。

 

                    明日川より

 

=============================

 

 現場でも見た、蒼神への呼び出し状。

 

「これが、何だって言うんだよ」

「……ありえないんだ。その『手紙』は」

 

 明日川が、ためらいがちにその台詞を口にする。

 

「ありえないって……」

 

 俺も、呼び出し状に違和感は抱いている。蒼神は、呼び出し状を二通もらっていたからだ。しかし、彼らが話しているのは、どうもそういうことではないらしい。

 

「蒼神君は、その手紙で呼び出されるわけがないし、クロがその手紙で呼び出すわけがないからだ」

「どういう、ことだよ」

「アンタだけは知らなかったみたいだけどね。その話はもうとっくにケリが付いてるのよ」

「その話って」

「……平並君」

 

 そして、杉野が語りだす。

 

「生物室の生首は、既に正体が判明しているんですよ」

「……正体が?」

「ええ。昨日(さくじつ)……モノクマにより動機が提示される、その前日の朝食会でのことです。明日川さんから、あの生首が誰のものか、お話があったんですよ」

「そうなのか、明日川」

「ああ。君が知りえない物語だが、確かにボクは皆にその話を語った」

 

 念のために尋ねると、明日川は肯定した。

 

「探索を行ったあの日だが、夜時間になる直前、宿泊棟に戻る前に図書館以外にも目を通しておこうと思ったんだ。まあ、概ね昼に報告を聞いたとおりだったが、一箇所だけ、ボクが情報を追記できそうな箇所があったんだ」

「それが、その生首の正体ってことか?」

「そうさ。皆も顔くらいは知っているはずだが、その表情(装丁)は鬼気迫るものだった。だから、皆がその正体に気づけなくとも無理はない。かく言うボクもホクロや骨格を記憶(ボクの物語)と照らし合わせてようやく本人だと断定できたのだからね」

「確かに言われれば彼だとわかったのであるが、初見ではなかなか気づけぬであるな。仲のいい友人というわけでも無いのであるから」

「ん? その生首の正体って、そんなに有名人だったのか?」

 

 明日川と遠城の言葉を聞いて、そんな事を思う。

 

「ああ、なんせ【超高校級】……それも、ボク達の先輩だからね」

「先輩? 【超高校級】の?」

「彼は、希望ヶ空学園に、第18期生……つまり、ボク達の2期先輩としてスカウトされたんだ。【超高校級のアスリート】としてね」

 

 『2期先輩』、そして『【超高校級のアスリート】』。

 その2つのフレーズから、悪夢的な思い出と予感が脳裏をよぎる。待て、待て! まさか、そいつは!

 

 

 

 

「『月跳走矢(ツキトビ ソウヤ)』……それが彼の名前だ」

 

 

 

 

 俺の願いも虚しく、明日川はその名を口にした。

 

「月跳……なのか!?」

 

 アイツが……もう死んでる? 生首になってる? そんな……そんな、バカな!

 

「中学時代からその名を馳せ、高校一年生にして十種競技の高校生記録を塗り替えた彼だが……残念ながら、生首として生物室に鎮座していたよ。どういう経緯(物語)があったのか、までは計り知ることはできないけれどね。その様子だと、やはり平並君も彼のことを知っていたようだ」

「知っているなんてもんじゃない! 一方的に知ってただけだが、アイツとは中学で同級生だったんだ!」

 

 月跳走矢。

 俺のいた中学校で、誰よりも輝いていた同級生だ。俺が才能を欲してあがく横で、文字通り栄光へと駆け上がっていった人物。

 中二の時点で彼は夢を叶えるために十種競技を始めた。はじめこそその難しさに苦戦したようだったが、すぐに彼は適性を見せると、次々と記録を打ち立てていった。その容姿も相まって、彼は学校の人気者になった。テレビの取材も度々受けていたはずだ。そして、スポーツ強豪校へと進学した彼は、入学したその年に【超高校級のアスリート】として希望ヶ空学園からスカウトを受けたのだった。

 そんな経緯で高校一年生の秋に早々と希望ヶ空学園へと入学した彼のことを、俺はテレビ越しに暗い目で眺めていた。結局、才能が無ければどうにもならないのだと悟った後のことである。

 才能に溢れた彼を三年間ずっと妬み続けていた。月跳走矢は、俺の憧れの存在であったと同時に、暗闇の象徴でもあった。アイツを見ていると、俺が惨めに思えて仕方なかったから。

 

 そんな彼が、もう、死んでいた……?

 

「それは……すまない。キミにどんな台詞を投げかけるべきか、思いつかない(白紙のままだ)

「いや、明日川が気にすることじゃ」

「ん? 同級生?」

 

 俺の話に、東雲がなにか引っかかったような様子を見せた。

 

「でも、その月跳ってヤツはアタシ達の二個上なんじゃないの? なんで平並と同級生なわけ?」

「有り得る話だと思いますよ、東雲さん。希望ヶ空学園は、スカウト対象は『現役高校生』と定めているだけで、その学年は考慮の対象に入っていません。月跳君は一年生でスカウトされ、平並君は三年生でスカウトされた……そういうことでしょう。平並君に留年した経験があれば話は変わってきますが」

「留年なんかしてないぞ」

 

 杉野の推測通り、俺にスカウトの封筒が届いたのは受験を控えた三年の夏のことだった。月跳からは二年遅れで【超高校級】に選ばれたということになる。

 

「そう言えば、アタシ達は同じ希望ヶ空の20期生なワケだけど、学年とか年齢とかは気にしてこなかったわね。皆何年生なの? アタシは二年生なんだけどさ」

「お前、年下だったのか……」

「そんなくだらねェ雑談は後にしろ。今は年齢なんかどうだっていいだろォが」

 

 低いテンションで、しかし熱のこもった火ノ宮の声が遮った。……年齢はともかく月跳の事は気になるが、今はそれよりも大事な話がある。

 

「あの生首は月跳君のものだった。そして、その話を翌日の朝食会で皆に語ったというわけだ」

「つまりだ。全員、生首の正体は知ってたんだよ。てめー以外はなァ。そうなると、これはどう考えてもおかしいんだよ」

 

 火ノ宮は、そう言ってヒラヒラと蒼神が持っていた呼び出し状を揺らす。

 

「こいつは、『生物室の生首』をダシにして蒼神を呼び出す……そんな呼び出し状だ。けどよォ、そんなとっくに判明したことを呼び出しの名目に使うワケねェだろォが」

 

 生首の正体を教えるも何も、蒼神も差出人もその正体を知っていたはず。言われてみれば、確かにおかしい。

 そのことに気づいたと同時に、もう一つの違和感に気づく。

 

「……あれ、杉野。お前、どうして捜査の時に教えてくれなかったんだ?」

 

 杉野も生首の正体が判明していた事を知っていた。なら、捜査の時にそれを俺に教えてくれても良かったのに。

 

「呼び出し状の違和感には気づいたんだよな?」

「ええ、まあ……ですが……」

 

 煮え切らない杉野の反応。

 

「一体何が……」

「オレが止めたんだ。杉野に頼んでな」

 

 杉野に変わって答えてくれたのは、火ノ宮だった。

 

「もしかして、あの耳打ちの時か?」

「……ええ、その通りです。彼に頼まれて、君には黙っていました」

「そうか。だが、どうして?」

「学級裁判までは、言いたくなかったんだ。それが、クロへの決定打となるからなァ」

 

 クロへの、決定打?

 その言葉が何を意味するか、俺が気づく前に根岸が口を開いた。

 

「こ、この呼び出し状、お、おまえが書いたんだろ……! お、おまえ以外は、な、生首の正体を知ってたんだから、そ、そんな呼び出し状を書くわけない……!」

「はあ!?」

 

 根岸が語る『真実』。きっと、火ノ宮が思い至ったのもこれなのだろう。

 

「俺がこの呼び出し状で蒼神を呼び出したっていうのか? 無理だ!」

 

 落ち着け、俺。一つ一つ反論していけば、俺が無実だときっと証明できるはずだ。

 

「俺は新家の個室に軟禁されていたんだぞ! その鍵は、他ならぬ蒼神が持っていた! それでどうやって蒼神に呼び出し状を出すんだよ!」

 

 そう思って、その言葉を撃ち出したのだが、

 

「ち、違う! あ、あの手紙は後からポケットに入れられた、ま、真っ赤な偽物だったんだよ……!」

「偽物?」

「そ、そうだ……! あ、蒼神はただ単に【体験エリア】まで連れてこられただけだったんだ……」

「連れてこられたって、夜時間にか」

「と、当然だろ……! き、きっとおまえは、な、何か適当な理由をつけて、あ、蒼神と約束してたんだ……よ、夜時間に部屋を尋ねてくれって……。そ、それを偽装するために、に、偽の呼び出し状を用意したんだよ!」

「適当な理由、とは何でしょう? そう簡単に蒼神さんが扉を開けるのでしょうか?」

「んなの、どォだっていいだろ、杉野。蒼神が何を思ったかなんて、知りようがねェんだからな。蒼神をどうだまくらかしたのかは、クロだけが知ってることだ」

 

 根岸の推理を擁護したのは、火ノ宮だった。

 

「思えば、蒼神は平並を開放したいと話していた。あいつは、平並を軟禁し続けることに罪悪感を覚えていたんだろォな。平並は、それを利用したってとこだろ」

「そんな……」

「大事なのは、そんな些細なことじゃねェ。蒼神の持っていたあの呼び出し状が偽物だったってことだ。要するに、『蒼神は呼び出し状で呼び出されて【体験エリア】までやってきた』……クロはそう思わせたかったってことになる」

 

 火ノ宮は一旦言葉を区切って、息を吸い込む。そして、痛烈な言葉を撃ち出した。

 

「だからこそ、てめーは『生物室の生首』なんていう、黒幕に繋がりそうで蒼神が興味を持ちそうな名目を選んだんだ! それが、自分の犯行だと証明するとも知らずなァ!」

 

 そんな名目で偽の呼び出し状を作ってしまうのは生首の正体が判明していることを知らなかった俺だけ、という火ノ宮のその理論。

 

「違う……俺じゃない……!」

「お、おまえは、ほ、本当は口約束で蒼神を部屋に呼んだんだ……! そ、そして【体験エリア】まで連れて行って、あ、蒼神を殺したんだよ……! そ、その時に『モノモノスイミンヤク』を使ったんだろ……! お、おまえになんか、渡すんじゃなかった……!」

「そんなの滅茶苦茶だよ!」

 

 根岸の推理にもなっていない話を聞いて我慢できなくなったのか、七原が叫んだ。

 

「蒼神さんを眠らせて【体験エリア】まで運んだっていうの?」

「……平並君を擁護するわけじゃないけど、人間を運ぶのって素人には大変だよ? 腕とか脚が動いて重心がずれるし、単純に重いし。筋力がかなりついてるならともかく、平並君はそうじゃないじゃん」

 

 意外だったが、大天が援護射撃をしてくれた。【超高校級の運び屋】である大天が言えば、そこに説得力が生まれる。

 が。

 

「ち、ちがう……そ、それくらい分かってる……! ひ、平並は蒼神を【体験エリア】まで連れて行ってから、ね、眠らせたんだよ……!」

「待ってください、根岸君。そもそも、どこで眠らせたかなんて関係ないのではありませんか?」

「は、はあ……?」

「だって、どこで蒼神さんを眠らせたにせよ、平並君がクロであれば平並君は蒼神さんと共に【体験エリア】に向かったことになりますよね?」

「あ、当たり前だろ……な、何が言いたいんだよ」

「そうか……そういうことか!」

 

 困惑する根岸に対して、杉野の言葉を聞いて思い至ったことがある。

 

「いいか根岸! そもそも、俺は蒼神を運んだり蒼神と一緒に【体験エリア】に行ったりなんかしてないんだよ! 城咲! 俺を目撃した時は俺一人だったよな!」

「ええ、確かに、あの時平並さんはお一人でした。蒼神さんのことは見かけませんでしたよ」

「ほら!」

 

 と、城咲の証言を借りて根岸の推理を論破した――そう思ったのは一瞬だった。

 

「それが何になるっていうのよ? 城咲が展望台に来る前に済ませておいただけでしょ。実際、城咲は大天のことを見逃してるじゃない」

「ぐっ……」

 

 反論に反論を返されてしまう。東雲の意見が通ってしまった。

 

「よ、呼び出し状をぼくたちに出してた事を考えると、あ、蒼神を眠らせたのは12時よりもずっと前だったんだろ……!」

「確か、アタシが手紙に気づいたのは11時くらいだったかしらね。個室に入れられたのも大体そのくらいだと思うけど」

「ああ、吾輩も同じくらいであるぞ」

「ほ、ほら……お、おまえは、あ、蒼神を眠らせて自由になった後に、み、皆に呼び出し状を配ったんだ!」

「ちょっと待てよ! それじゃあ、蒼神を殺したのは11時前ってことになるだろ! モノクマファイルが嘘だっていうのかよ!」

 

 モノクマファイルに書かれていた死亡時刻は、少なくともそんな早い時刻は書かれていなかったはずだ。

 

(虚構)ではないだろう。ボクも蒼神君が死後(終章から)間もない状況であったと確認(読了)している」

「わたしも、心臓まっさーじをしたときのじっかんですが、蒼神さんが亡くなられたのは直前だとおもいます」

「こ、殺したのは、も、もう一度【体験エリア】に行った時……し、城咲が目撃した直後なんだろ……! そ、そうすれば、し、死亡時刻の矛盾は消える……!」

「それって、最初は蒼神を眠らせただけで、後でもう一回【体験エリア】に行った時に殺したってことだよな。どうしてわざわざそんな事をする必要があるんだよ?」

「そ、それはアリバイづくりのためだろ……! お、おまえは、じゅ、12時に大天達を呼び出して、じ、自分もその時間に【体験エリア】に向かってる……! じゅ、『12時に宿泊棟を飛び出してその直後に大天ともあってるから蒼神を殺す時間なんかない』って主張できるだろ……!」

「……確かに、『その時には一人だけだった』という主張をさっきヒラナミはしていたな。呼び出し状は、自分のアリバイを作るための工作だったと見ることもできるのか」

「ぐぅっ!」

 

 俺達の言い合いを聞いて精査するスコット。俺をクロだと決めつけているのは根岸たちだけのようだが、その他の皆も俺を怪しんではいるらしい。だからこそ、しっかりと反論しないといけないのに。

 

「ついでに言えば、てめーは発見者になる必要があったんだ。殺した蒼神を朝まで放置していたら、発見されたの時はてめーがいた新家の個室のカギは開きっぱなしだ。もし自分が持ち去ってカギをかけたとしても、そのカギである新家の『システム』は部屋の中だ。どうやっても、てめーは疑惑を払拭できない。

 だから、『自分も呼び出し状で呼び出された』ってただの発見者を装ったんだろ。そうするしか、てめーが外にいる理由はつけられねェからなァ」

 

 そう思っているのに、火ノ宮の追撃が入る。

 俺や俺をかばってくれる七原達の反論は間違っていないはずなのに、じわりじわりと追い詰められている気がする。根岸や火ノ宮の心は折れない。尚も俺が犯人であると主張し続けている。

 

「要するに、だ。てめーがばらまいた呼び出し状には、二重三重の意味があった。これでも自分じゃないって言うつもりかァ?」

「当たり前だろ! そんなの、言いがかりじゃないか!」

 

 諦めるな、まだ反論の目はあるはずだ。

 

「じゃ、じゃあ、そもそも、【体験エリア】に蒼神を連れて行ったのはどうなんだよ。蒼神の個室で殺したって良かったんじゃないのか? あそこまで行って蒼神を殺さなきゃいけない理由は何だったんだよ!」

「そんなの、さっきも言っただろォが。城咲や大天に、『自分は一人で【体験エリア】に向かった』って証言させるためだ。犯行現場が宿泊棟じゃ、そういう主張は出来ねェだろ。結局、犯行の全部がてめーのアリバイ工作に繋がってんだ」

 

 またしても火ノ宮に反論される。

 何を言っても、切り返される。

 

「違う! これは罠だ! 本当のクロが、俺をハメるために全部仕組んだんだよ!」

「じゃ、じゃあこれはどういうことなんだよ……!」

 

 その言葉とともに根岸が取り出したのは、例の睡眠薬の染み込んだハンカチだった。

 

「それが、露草を眠らせたハンカチであるか?」

「そ、そうだよ……」

 

 スヤスヤと眠っている露草を一瞥してから遠城はそう尋ね、根岸が肯定する。

 

「ひ、平並……! お、おまえのいた新家の個室のゴミ箱に、も、『モノモノスイミンヤク』の染み込んだハンカチが捨てられてたんだぞ! こ、これが、おまえがクロだっていう何よりの証拠なんじゃないのかよ!」

「それこそ、クロが俺に罪を着せるために捨てたに決まってるだろ! 本当に俺がクロだったら、そんなわかりやすいところに捨てるわけ無いじゃないか!」

「あ、敢えてそうしたんだろ……! そ、そうやって言い訳するために……!」

「『敢えて』なんか言い出したら、どうとでも言えるじゃないか! もっとちゃんとした根拠はないのかよ!」

「だ、だったら、そ、そっちこそクロじゃない証拠を出してみろよ……!」

「証拠って、そんなのいくらでも!」

 

 と、口にしかけて、反論はさっき散々したことを思い出した。そして、そのすべてを切り捨てられたことも。

 

「ほ、ほらみろ、い、言えないじゃないか……!」

「これは……そうじゃなくて!」

「う、うるさい! や、やっぱり、お、おまえが蒼神を殺した犯人だ――」

 

 

 

 

「いい加減にしろ」

 

 

 

 

 凛とした、冷徹な声が裁判場に轟いた。全員が口を閉ざし、ザザザという川音だけが耳に届く。

 

「……岩国?」

「黙って聞いていればうだうだと、お前達は本当に学級裁判をクリアする気があるのか? やけに息巻いているからクロを見つけたのかと思えば、ただただ自分の妄想を思いついたままに垂れ流すだけとはな。本当に頭が痛くなってくる」

「も、妄想ってなんだよ……! ちゃ、ちゃんと証拠から推理して……!」

「妄想だろ、化学者」

「な……!」

「なら、てめーは反論できるのかよ。平並はクロじゃねェって証明できんのか?」

「クロが誰なのか、お前達の話した内容が真実かどうか。俺はそんなことに文句を言ってるわけじゃない」

「じゃ、じゃあ何を……!」

「問題は、事件に対するお前達のスタンスにある」

 

 更に何かを言いかけた根岸の言葉をピシャリと遮って、岩国は冷然と語り始めた。

 

「確かに、化学者達の意見は一理ある。凡人には、前科も動機も十分に存在する。凡人は十分殺人を犯し得る人物だ。そして、多少の不備はあるが、化学者の述べた方法で凡人による生徒会長の殺害は可能だろう。呼び出し状の件もアリバイの件も概ね異論があるわけじゃない。

 だが、その方法が取られたという証拠はどこにもない。お前達は『凡人がクロである』と決めつけ、それが成り立つように証拠を強引に解釈しているだけに過ぎない。だから、妄想だと言ったんだ。そんな下らん思い込みに俺の命は預けられない」

「だ、だったらどうするんだよ……!」

「話し合うに決まってるだろ。4日前、一度目の学級裁判で俺達がやったようにだ。学級裁判は、個人的な感情を押し付ける場では決して無い。全員で議論を尽くして、事実を積み重ねる場だ」

「け、けど…………」

「僕からも、言わせてもらえるならば」

 

 岩国の言葉を聞いて、杉野が口を開く。

 

「主に、根岸君と火ノ宮君。君たちが平並くんに敵意を抱くお気持ちはわかります。ですが、結論ありきで話を進めてしまうのは、【超高校級の化学者】、そして【超高校級のクレーマー】である君たちらしくありませんよ」

「…………」

 

 そして、二人は完全に沈黙した。火ノ宮は、そっぽを向いて舌打ちをしながら頭をガシガシと掻いている。苛立ちを隠す気もないようだ。

 

「あら、一時撤退? んー、そうね。もっと色々推理を立ててみようかしら。せっかくの学級裁判なんだし!」

「東雲さん、静かにしてもらえますか」

「はいはい。そんな怖い顔しなくても黙るわよ」

「……しょ、証明すればいいだけだ」

 

 ポツリと、根岸がつぶやいた。

 

「こ、これからの議論で、お、お前がクロだって証明すればいいんだろ!」

「根岸……」

「……その心構えがダメだと言ったはずだが」

 

 岩国はそう口にしたが、更に言葉を続けることはなかった。これ以上言っても無駄だと思ったのか、それとも一応は根岸が議論をしようとしたことを良しとしたのか、ともあれ、ようやく議論ができる状況が整った。

 

「岩国、助かった」

 

 俺の右に立つ岩国にそう礼をこっそりと伝えると、彼女は大きなため息を1つついて俺をゴミを見るような目で睨んだ。

 

「なにか勘違いをしているようだが、俺は化学者どものやり方を否定しただけで、あいつらの推理を否定したわけじゃないからな。お前が一番の容疑者なのは間違いじゃないし、それに」

 

 そこで言葉を区切って、岩国は一段と声の温度を下げる。

 

「お前なんか、信じられないからな」

 

 鋭い目付きと尖った言葉が俺を突き刺す。それに怯んだ俺だったが、なんとか声を絞り出した。

 

「それでも、助かった。ありがとう」

「……フン」

 

 この言葉を聞いてくれただけで、今は十分だ。あの時の謝罪はまた今度にしよう。それをしているような時間は、なさそうだから。

 

「声優。進行は任せた」

「……わかりました」

 

 岩国がそう言葉を投げかけ、杉野が応えた。進行役は、彼しかいない。

 そして、そのまま杉野は静まった皆に向けて言葉を投げかける。

 

「それでは皆さん。議論を始めます」

 

 その真剣な澄んだ声で、ようやく二度目の学級裁判が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「先程の根岸君や平並君達の言い合いの中で気になる点も見られましたが、まずは基本事項を確認いたしましょう。見落としている事があっては議論になりませんからね」

 

 そう語る杉野に反応する声はない。

 

「蒼神さんが殺されたのは、12時前。厳密に時刻を定めることは出来ませんが、概ねその時間帯でよいでしょう。その時間に、蒼神さんは溺殺されました」

 

 杉野が『モノクマファイル』を見ながらスラスラと語っていく。

 

「そして、その際には『モノモノスイミンヤク』が使用されたと思われます。強力な睡眠薬ですね。睡眠導入剤というより、一定時間無理やり気絶させる、と言ったほうが良いでしょう」

「露草も、その『モノモノスイミンヤク』で眠らされたんだったよなァ?」

「あ、ああ……」

 

 すうすうと寝息を立てる露草に視線が集まった。

 

「だ、だいたい、そ、その『モノモノスイミンヤク』が染み込んだハンカチが、あ、新家の個室のゴミ箱にあったんだから、く、クロは決定的なんじゃないのかよ……」

「その検証は後で行いましょう」

 

 小さな声で愚痴のようにつぶやく根岸を杉野が諌めた。

 

「ねえ、それ以外の薬が使われた可能性は?」

 

 そんなツッコミを入れたのは、大天。

 

「化学室には沢山薬があったじゃん。そのことは考えなくてもいいの?」

「ああ、問題ないだろう。今回のクロは蒼神君を溺死させたわけだが、溺死の場合、呼吸困難になった時点で本人の意志とはかかわらず酸素を求め暴れるんだ。しかし、蒼神君の死体に暴れた跡はなく、服の濡れ方もそれを物語っていた」

「濡れ方?」

「体の前面だけが濡れ、後頭部や背面、足の部分は全く濡れていなかった。城咲君達から話を聞いて判断するに、濡れていたのは水に浸っていた部分だけだな。つまり、蒼神君は溺死させられた際に一切の抵抗をしなかったということになる」

「そ、そんなことができるのは、な、並の睡眠薬じゃ比にならないくらい強力な、も、『モノモノスイミンヤク』しかありえないんだよ……」

 

 あの『モノモノスイミンヤク』が効いているうちは、モノクマの持つ気付け薬がなければ目を覚ますことはない。俺があの薬を飲んだときも、一撃で意識を刈り取られるような、そんな強烈な印象があった。

 車椅子の上で眠る露草を見る。彼女の様子を見ても、その強さは分かるはずだ。

 

「なら、間違いなさそうだね」

「どちらにしても、蒼神さんの体には抵抗した跡も縛られた跡もありませんでした。襲われて尚その綺麗な状態を保ったというのなら、蒼神さんは『モノモノスイミンヤク』で眠らされたと考えて良いと思います」

「となると、クロは『モノモノスイミンヤク』を使えた人物、ということになるのであるよな?」

「……ああ、その通りだな」

 

 遠城の言葉に、苦しそうに明日川が肯定した。

 

「ほ、ほら! だ、だったら、く、クロは平並だろ! こ、コイツはぼくから『モノモノスイミンヤク』を受け取ったんだぞ……!」

 

 ここぞとばかりに、根岸が俺を指さしながら叫ぶ。

 

「だからアレは全部飲んだって言ってるだろ!」

「そ、その証拠はないだろ……!」

「あら? でも、それだったら根岸も十分な容疑者じゃない。薬は全部アンタが持ってたんでしょ?」

「そ、それは……ぼ、ぼくがクロだったら、そ、そんなわかりやすいことしないって……」

「『敢えて』、やった可能性があるじゃない」

「う……!」

 

 言い返せず、黙り込んだ。根岸はさっき俺に似たようなことを言った。反論するすべがなかったのだろう。

 

「東雲さん、そんないじわるな言い方しなくても……」

「別にそんな気は無いわよ、七原。実際、そういう可能性も検討すべきでしょ?」

「それはそうだけど」

「とにかく、薬は根岸さんがかんりしていたのですよね? そして、平並さんはじけんの前に『ものものすいみんやく』をうけとっていたと…。そう考えると、犯人は、お二人のどちらか、ということになるのでしょうか」

「そんなことはない」

 

 城咲の意見を一刀両断したのは、岩国だ。

 

「化学者による薬の管理は万全ではなかった。そうだよな、クレーマー」

「……あァ。根岸に管理を任せたのは、探索の翌日からだ。日中は根岸が化学室にいたようだから持ち出すのは無理だが、探索当日の夜なら持ち出すことができる」

「第一、探索を行う以前から化学室は開放されていた。その時点で持ち出した人物がいれば、そいつにも犯行は可能だ」

「ちょっと待て。もし、ネギシやヒラナミ以外がクロだったら、そのクロはモノクマの動機なんか関係なく犯行を企んでいたってことになるぞ」

「それがどうした? 1つ目の動機はなくなったわけじゃない。帰宅部の処刑を見ても尚、外に出たいという奴がいてもおかしくないだろう」

「それに、最初から殺す気だったとは限りません。もしものために手に入れておいて、そしてそのもしもの時が、来てしまったと考えることもできます」

「……てめー、クロをかばってんのかァ?」

「まさか。ですが、嫌でしょう。そんな、殺意にまみれた人間が僕達の中に潜んでいたなんて」

「だ、だから、平並がクロなんだって……」

「…………」

 

 もしも、根岸がクロでないのなら、今回のクロは用意周到に殺人計画を練っていた可能性がある。

 そんなやつが、いるのか……?

 

「ということは、容疑者は全員ってことになるのか?」

「あくまで薬の面からだけだがな」

「とにかく、蒼神さんは『モノモノスイミンヤク』を用いて殺されたということです」

 

 杉野がそう言って、話を戻す。

 

「睡眠薬を用いて殺されたこと、そして、蒼神さんの発見状況を考えれば、蒼神さんは、あのボートの水で溺死させられたと考えるのが自然でしょう」

「そうね。根拠もあるし」

「こ、根拠……?」

「ええ。物理室のロッカーに、使ったあとのあるバケツと濡れた雑巾があったのよ。勝手にボートに水が入ることなんかないし、犯人はバケツで意図的にボートに水を注いだことになるわ。となると、具体的な犯行が見えてくるわね」

 

 楽しそうに、推理を語る東雲。

 

「まず、蒼神を眠らせたクロは、蒼神をボートにうつ伏せの形で寝かせたのよ。そして、そこにバケツで川からすくった水をザバザバと注ぎ入れた。するとどうなるかしら? 蒼神の口や鼻は、水面下に沈むことになるわ」

「蒼神さんは『モノモノスイミンヤク』で眠らされ、呼吸しか行えない状況になっていました。その状態で顔を水で満たされれば、水を吸い込み、酸素を吸入できなくなり……そして、やがて、死亡することになります」

 

 東雲の推理を、杉野が補足する。

 

「……蒼神は、そんなあっけねェ方法で殺されたっていうのかよ」

「ええ、おそらくは。1つ、幸いに思うことがあるとすれば、蒼神さんは苦しまずに死ねたということだけでしょう。意識を失ったまま、その命を落としたのですから」

 

 沈痛な表情で、杉野が語る。前回、新家はガラスの破片で背中を刺されて殺された。その痛みは、推して測るべきだろう。それがなかっただけでも、良しとするしかない。

 今回のクロの犯行は、静かに、一瞬で、それでいて確実に蒼神の命を奪える方法だ。犯行時刻は12時前。あの時、クロがそんな単純な方法で、蒼神を殺していたのか。

 

「……ん、ちょっと待て」

 

 そう考えていた時、何か引っかかりを覚えた。

 

「どうしましたか、平並さん」

「なあ、今の話だと、クロは12時のちょっと前にバケツを使ったってことだよな?」

「そうね。蒼神が死んだのはそのあたりなわけだし」

「だったら、バケツが乾いてるのはおかしいだろ。あのバケツを調べた時、犯行時刻からそう時間は経っていなかった。多少濡れたり湿ってなきゃいけないはずだ」

 

 乾いてたの? と口にする七原。彼女も含めて、皆にバケツの状況を説明した。

 

「だったら、そのタイミングでバケツは使われていないんじゃないか?」

 

 そして、東雲達の論にそう異を唱えたが、

 

 

 

「ふっ、浅いわね。推理が浅すぎるわよ、平並」

 

 

 

 東雲はあっさりとそう答えた。

 

「さっきも言ったけど、ロッカーには濡れた雑巾があったじゃない。しっかりと濡れていた雑巾が」

「ああ、あったな」

「あの雑巾がどうして濡れたのかってことだけど、そこがクロの隠蔽工作を見破るカギなのよ」

「隠蔽工作?」

「ええ。()()()()()、バケツを」

 

 自信満々に、語る彼女。

 

「きっと、クロはバケツが完全には乾かない事を危惧したのよ。蒼神の死体が見つかって捜査が始まるのも時間の問題だからね。そこで、クロは雑巾で拭いてバケツを使ったとバレないようにしたってわけ。これなら雑巾が湿ってた理由付けにもなるわ」

「もしバケツを使ったまま放置すれば多少は水が残ってしまいますが、雑巾で拭いたのなら数分もあれば乾きます。東雲さんの推理どおりだと思いますよ」

「なるほどな……」

 

 二人の意見が腑に落ちる。確かに、雑巾の問題もあったか。それなら雑巾が濡れていた理由も説明が……いや、だが、だとしたらあんなに濡れてるものなのか? 確かあの雑巾は……。

 

「というわけで、バケツを使ってクロは蒼神を殺したのね。返り血もない、反撃される恐れもない、証拠隠滅も簡単。殺し方としては大分いい案だと思うわ」

 

 まあ、些細な問題か。考えていたことを脇へ置き、杉野の話を聞くことにした。

 

「さて、そうなると、やはり怪しいのは犯行時刻付近に【体験エリア】にいた人物ということになります。犯行を行い、あまつさえボートを川へ流していますからね」

「だ、だったら、ひ、平並が……」

「平並だけではない。城咲と大天も相応に怪しいであろう」

 

 未だ俺をクロと疑っている根岸の発言を途中で遮って、そう述べたのは遠城だった。

 

「話を聞くに、三者三様に【体験エリア】で一人きりの時間はあったのであろう?」

「……まあ、あったけどさ」

 

 そうつぶやく大天も、城咲も、そして俺も。短時間ではあったが、一人になった時間は確かにあった。

 

「さっきの方法なら、少しでも時間があれば犯行は可能のはず。だから、アンタ達の中に、クロがいるはずよ」

「そう言う東雲さん達はどうなの?」

 

 はっきりと考えを述べる彼女に、大天は負けじと切り返す。

 

「【体験エリア】で蒼神さんを溺死させた後は、隙を見て宿泊棟に戻ればいいだけじゃん」

「戻ればいい? その時間帯は【自然エリア】の展望台で城咲が見張ってただろォが。そうだったよな、城咲」

「はい」

 

 火ノ宮に問われ、城咲が肯定する。

 

「わたしは展望台についてからさしだし人がいらっしゃるのを待っていました。展望台からは、中央広場もみえますし、平並さんいがいはだれもとおりませんでした」

「いや、それでも隙はあったはずだよ。私が平並君を殺そうとしたのを城咲さんに邪魔された時、私達は三人とも製作場の中にいたんだから。その瞬間なら、誰にも見られずに宿泊棟まで戻れるんじゃないの?」

 

 一見筋が通ったような、喧嘩腰の大天の論。

 

「それは違うぞ」

 

 しかし、その論は撃ち抜ける。『見張り』は、もう一人いたんだ。

 

「俺の後を追って城咲が展望台を離れた時間帯、宿泊棟の前には七原がいたはずだ」

「七原さんが?」

「ああ、集会室にいた七原は、俺が宿泊棟を飛び出す音を聞いて宿泊棟の外に出たんだ。そうだったよな、七原?」

「うん。時間的にも間違い無いと思う。音が気になったから倉庫とか自然ゲートの方とか調べてたんだけど、誰も来なかったよ」

「……そ」

 

 七原の話を聞いて、大天は短くそう答えるだけだった。

 

「ついでに言えば、オレ達はてめーら三人と蒼神以外の全員が揃ってから宿泊棟を出てる。あの時間帯に【体験エリア】にいたのはてめーらだけだ」

「だから、やっぱりアンタ達しかいないのよ。蒼神を殺せたのはね」

 

 その、東雲の言葉が俺達三人へと突き刺さる。結局、推理はここにたどり着く。

 

 俺と、大天と、城咲。

 

 互いを疑う視線がぶつかり合う。

 

 さあ、糾弾すべきクロは、誰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一つ、確認したいことがある」

 

 容疑者の絞れたこの段階で、スコットが口を開く。

 なんとか早く俺の無実を証明したいが、これまでの俺の行動がそれを妨害している。それなら、今は真実の断片を明らかにしていくほうが先決だろう。そうすれば、自ずと無実も証明できるはずだ。

 

「はい、何でしょう」

「容疑者の三人に聞きたい。アオガミを発見する前……つまり、それぞれが製作場に入る前だ。その時は、アオガミが寝かされていたのボートには気が付かなかったのか?」

 

 製作場に入る前か……。その時の事を思い出してみる。

 

「俺は気が付かなかったな」

「私も何も……」

「わたしも、気が付きませんでしたね」

 

 三人とも、記憶をたどって同じ答えを返した。

 

「見逃した可能性は無いのか? 街灯があるとは言え、真夜中はかなり暗かったはずだが」

「……まあ、そうだな。俺は、あの時は一刻も早く工作室に行かないとと思ってたから、そもそも川のことなんか気にも止めなかったし」

 

 火ノ宮の案を聞いて俺はそう答えた。しかし、残る二人は。

 

「見逃してなんか無いよ。もちろん、一つ一つ見て回ったりちゃんと調べたりなんかしてないけど、呼び出した相手より先に【体験エリア】に来なきゃ行けなかったから、かなり警戒してた。少なくとも、川下にあんなボートは流されてなかったよ」

「わたしも、見逃したなんてありえません。いくらあのくうかんが暗く、平並さんをおっていた途中だとしても、あんなぼーとがあれば気づきます。平並さんを探すために周りも確認しましたし」

 

 はっきりと、ボートなど流されていなかったと主張した。

 

「シロサキが、それを言うのか……」

「少なくとも、城咲の証言は信頼できると思うぞ。製作場から出た時にボートに気づいたのは城咲だからな」

「…………シロサキ、本当に見てないのか?」

「……げんみつに言うのなら、かわの上流、あのぼーとがとまっていたはずのさんばし付近は、かくにんしておりません。ですから、そこに異常があったかのうせいは否定できません」

「まあ、ボートが泊まっていた実験棟前の桟橋は、平並が向かった製作場とは対極の位置にあるであるからな」

「ですが、かわの下流がわにぼーとは浮いてなどおりませんでした。これは確実にもうしあげられます」

 

 くどく、もう一度質問をするスコットは、返ってきた答えを聞いて苦い顔をした。

 

「ともかく、俺達は誰もボートを見てないんだ……え?」

 

 それに引っかかりを覚えながらもまとめた意見を口にして、その違和感に気づく。

 

「おかしい、ですよね」

「……あァ」

「おかしいって、何が?」

 

 他の皆も、次々に気づき始めたらしい。それを聞いて、大天がツッコんだ。

 

「本当に誰もボートを見てないのなら、ボートはアンタ達三人が制作場の中にいた時に流されたことになるわ。となると、クロはアンタ達以外ってことになるわね」

「……あ」

「おかしいじゃない。クロはアンタ達の中にいるはずなのに」

 

 そうだ。こんなことはありえない。

 

「【体験エリア】に向かったのは大天さん、平並君、城咲さんの順番です。もし、大天さんか平並君がクロだとすれば、最後にやってきた城咲さんは流されたボートを見ていなければおかしいのです」

「……そうだな」

「となると、クロは城咲ということになるのであるな」

「そんな……わたしはただ、ほんとうのことを……」

「シロサキがクロなわけ無いだろ!」

 

 うろたえる城咲を、スコットがそう叫んでかばった。

 

「クロじゃない? どうしてそんなことが言えるのよ」

「シロサキがクロなら、ボートは見ていないなんて、そんなことは言わないだろ。……考えにくいが、シロサキはボートを見逃したんだろう。いくら自分で完璧だと思っていても、どこか綻びはあるもんだ。たとえ城咲であってもな」

「しかし、わたしはほんとうに……!」

「シロサキ」

「っ……」

 

 再度自身の証言を主張しようとした城咲を、スコットが名前を呼んで止めた。城咲が、ボートは無かったと証言するほど、自身のクロを証明してしまうのだから。

 

「ま、確かにその可能性は無視できないわね。『敢えて』、城咲がボートなんか無かったって主張した可能性も加味して、結局この情報からクロはわからなそうね」

「……変なことを聞いて悪かったな」

「いえ、真相解明のために、ボートが流されたタイミングは検討する価値がある話題でしたから」

 

 スコットを慰めながら、話題を切り替える杉野。

 

「今度は、蒼神さんの行動について話をしましょうか」

「行動?」

「はい。すなわち、蒼神さんはいつ、どうして【体験エリア】に行ったのか、という問題です」

 

 杉野は、二本の指を立ててそう告げた。

 

「城咲さん。念のために確認したいのですが、食事スペースの見張りを終えたあとはお二人とも個室に戻られたのですよね?」

「はい。そのとおりです」

「となると、やはり蒼神さんは夜時間に【体験エリア】に向かったということになりますね」

 

 蒼神が、なぜそんな行動を取ったのか。その答えを、俺はもう知っているはずだ。

 

「だ、だから、ひ、平並が蒼神を騙して呼び出したんだって……」

「いや、違うんだよ。根岸」

「な、なんだよ……な、何が違うんだよ……!」

「蒼神は、呼び出し状で呼び出されたんだ」

「は、はあ……? お、おまえ話聞いてなかったのかよ……あ、あの呼び出し状は偽物なんだって……な、生首の正体なんかおまえ以外は知ってたんだよ……」

「違う。そっちじゃない」

 

 そう言いながら、俺は一枚の紙を皆に見せる。

 

「蒼神の個室にあった、もう一つの呼び出し状だ。きっと、蒼神はこれで呼び出されたんだ」

 

 

=============================

 

 蒼神さんへ。

 あなたに渡したいものがありますので、

 十時半にアトリエで待っています。

 

=============================

 

 

「10時半にアトリエ……確かに、呼び出し状(死を招く手紙)には違いなさそうだが」

「……それ、本物なのであるか?」

 

 訝しむ遠城の声。

 

「そ、そうだ! ひ、平並のでっちあげだろ……!」

「でっちあげなんかじゃない。蒼神の個室の机の上に置いてあったんだ。杉野と岩国が証人だ」

「ええ、決してでっちあげなんかではありませんよ」

「おい化学者。凡人の言うこと全てにケチを付けるのをいい加減やめろ。議論のテンポが悪い」

「……う、うう」

「あ、いや、吾輩が言ったのはそういうことではないのであるが」

 

 一連の話を聞いて、遠城は手を横に振って流れを否定した。

 

「先程、蒼神のポケットに入れられていた手紙は偽物という話があったであろう。こちらもクロの偽装という可能性を検討したいのであるが」

「……いや、それは無いはずだ。だって、クロは蒼神の個室には入っていないはずだから。そうだったよな、明日川」

「ああ」

 

 俺の呼びかけに、明日川は応える。

 

「蒼神君が指にはめていた『システム』だが、彼女自身のものは持ち出された痕跡がなかった。つまり、クロは蒼神君の個室へは侵入していないわけだ」

「この呼び出し状は、個室に入らないと絶対に置けない机の上に置かれていた。ってことは、蒼神がこれに目を通したのは間違いないってことだろ」

「……いや、しかしだ。そもそもの話、アオガミがこんな呼び出しに応えるのか? 前回の事件のことを忘れたわけじゃないだろ」

 

 眉間にシワを寄せ、そんな疑問をスコットは口にした。前回の事件。犯行現場である倉庫へ新家が向かったのは、呼び出し状が理由だった。

 

「オレだって信じたくねェが、呼び出し状を見て個室を出たやつがこんだけいるんだ。蒼神が呼び出し状に誘い出されたっておかしくねェ」

 

 個室を出た俺達を睨みつけながら、火ノ宮が答える。

 

「蒼神が殺された以上、アイツが個室の外に出たのは間違いねェんだ」

「だが、あのアオガミだぞ。こんな嘘くさい、ワナ同然の呼び出しに応えるものか?」

「……()()()()()()()、応えたのかもしれない」

 

 ぽつりと、俺はそんな声を漏らした。

 

「城咲と、同じだったんだ。殺意を持ったクラスメイトを、蒼神は放っておけなかったんだよ」

 

 同級生を殺して【卒業】しようと企んだ俺を、蒼神はそれでも救おうとした。新家と古池の死に、蒼神は強く心を痛めていた。

 そんな彼女が、殺意を抱いた誰かを無視することなんて出来なかったのだろう。それが、自分の死につながる可能性を孕んでいたとしても。

 

「蒼神は、救おうとしたんだ。殺意を抱いた、誰かを」

「それはどうかしら? 同じだったのは、()()()じゃなくて()()()だったんじゃないの?」

「……どういう意味だよ、東雲」

「蒼神は、自分を呼び出した相手を殺そうとしてアトリエに行ったかもしれないってことよ」

「そんなワケ無いだろ! 蒼神が、誰かを殺そうとなんかするはずがない!」

「どうしてそんなことが言えるのよ。そんなの蒼神本人しかわかりっこないじゃない」

「お前はこの一週間、蒼神の何を見てたんだよ! アイツが俺達を裏切るなんて……!」

「まあ、立派だったとは思うわよ。けど、蒼神だって完璧超人ってわけじゃないんだし、殺意を抱いたっておかしくないと思うけど」

「それは……」

 

 いや、でも。蒼神に限って、そんなことは。

 

「もしそうだとしても、良い人に違いは無いでしょうけどね。なんせ、【動機】になってるのが『見殺しにしたクラスメイト』なんだもの」

「……え?」

「……東雲さん、今なんとおっしゃいました?」

「だから『見殺しに……何、アンタ達、蒼神の【動機】見てないの?」

 

 ざわざわと、皆が小声で話し合っている。

 『見殺しにしたクラスメイト』だって? 蒼神に、そんな記憶が?

 

「お前は、見たのか……!?」

「当然でしょ。情報はできる限り集めたほうがいいに決まってるし」

「だからって、そんなプライバシーの侵害みたいなことしなくてもいいだろ!」

「ああ、そういうのはどうでもいいわ」

「どうでもいいって……!」

「とにかくアタシが言いたいのは、蒼神は失った二年の間にクラスメイトを見殺しにしてるってことよ。我が身可愛さに誰かを助けることを諦めた……蒼神は、そういう選択肢も取ることができる人間なの」

「だからって、俺達を裏切ることにはつながらないだろ」

「確かにつながらないわ。けど、『蒼神は絶対に【卒業】を企んだりしない』なんて言うことも出来ないはずよ」

「…………」

「念の為言うけど、さっきも言ったとおり蒼神が良い人なのは間違いないと思うわよ。そうじゃなきゃ、モノクマだって『見殺しにしたクラスメイト』のことなんて【動機】にしないはずだもの」

 

 ……確かに、そうだ。そんなものを思い出したいと思うのは、皆のことを想っている良い奴しかいないんだから。

 

「蒼神さんが、どのような想いでこの呼び出し状を読んだのかはわかりません。しかし、それに応え、個室を出たのは間違いないでしょう。この呼び出し状を無視して他に個室を出る用事は考えられません」

「だったら!」

 

 杉野が出したその結論を聞いて、思わず叫ぶ。これでようやく、1つの事実を証明できるのだから。

 

「俺は、無実だ!だって、個室に軟禁されていた俺には、蒼神を呼び出す呼び出し状なんか出せるわけないんだから! そうだよな、根岸?」

「う、うう……い、いや、まず部屋に来るように約束して、そのあと部屋に手紙を……あ、いや、て、手紙を直接渡して……ああ、い、意味ないか……う、うう……」

 

 悔しそうに、ぶつぶつと呟く根岸。彼の中で、様々な推理が渦巻き、自分でその荒唐無稽さを否定する。そして、ついに彼は黙り込んだ。

 

「……根岸。何度でも謝る。この前は、本当にすまなかった」

 

 そんな彼に、俺は頭を下げた。

 

「俺を嫌っても構わない。俺を恨んでも構わない。……だが、俺は、蒼神を殺してないんだ。これだけは、信じてくれ」

「…………」

「『信じてくれ』も何も。ここまで証拠が揃えば認めねェわけにはいかねェだろうが」

 

 何も答えない根岸の代わりに、返ってきた言葉があった。

 

「……クロだと決めつけて、悪かった」

「火ノ宮……」

 

 しんみりと、そう告げながら彼は俺に頭を下げた。

 

「だったら、あの、生首の方の呼び出し状はどうなるの?」

 

 そんな疑問を出したのは大天。

 

「生首の事に触れてたから、偽装工作であんな呼び出し状を書くのは平並君しかいない。だって、他の人だったら呼び出す名目としておかしすぎるから。そういう話だったじゃん」

「……おそらく、あれは平並君に罪を着せるための偽装だったのでしょう。『平並君にしか書けない偽装の手紙』という偽装……根岸君が見つけた、睡眠薬の染み込んだハンカチもおそらくは、同じく冤罪のために置かれたもののはずです」

「う……うう……」

 

 そしてまさしく、そのクロの思惑はハマっていた。ついさっきまで、この裁判場が俺をクロとする空気に染まっていたのだから。

 

「さて、平並さんが無実となると、クロは城咲さんと大天さんのどちらか、ということになりますね」

「……私じゃないよ」

「わたしでもありません!」

「ま、二人共そう言うわよね」

 

 残る容疑者は二人。

 

「んー、でも、アタシは城咲の方が怪しいと思うわ。だって、大天は平並を本気で殺しかけてたんでしょ?」

 

 パズルを解くかのように、ためらいもなく俺に尋ねる東雲。

 

「あ、ああ」

 

 あの時、確かに俺は殺されかけた。首に手を当てる。ロープの跡はもう消えていた。

 

「だとしたら、大天が蒼神を殺したとは考えにくいわ。だって、そうだとしたら平並を殺す理由がないもの」

「そうですね。【卒業】するためには、一人殺せば十分のはずですから。二人以上に手をかけるのは、リスクしか発生しません」

「いや、そうとは限らないだろう」

 

 東雲や杉野の意見に異を唱えたのは、明日川だった。

 

「なぜなら、平並君は殺されて(退場させられて)いないからだ」

「ちょっと待てよ、明日川。それは、間一髪で城咲が駆けつけてくれたからなんとか助かったってだけだろ。城咲がいなきゃ、俺は確実に殺されていた」

「ではキミに尋ねよう。なぜ城咲君は製作場に駆けつける事ができた?」

「そんなの、展望台にいたからだろ。展望台にいたから、【体験エリア】に向かう俺を見つけられたんだ」

「ああ、そうだ。何者かによって、城咲君は展望台に呼び出された。そういう経緯(シナリオ)だった」

「……そォか」

 

 なにかに思い至った様子の火ノ宮。

 

「城咲が、大天に殺されかけている平並を助けること……それも、クロの思惑通りだったかもしれねェってことか」

「そんな……」

 

 俺の命が消えかけ、必死に生を取り戻したあの瞬間が、クロの描いた脚本通りだったと言うのか。まさか、そんなバカな。

 

「つまり、殺人未遂の汚名をかぶることで、オオゾラはアオガミを殺したクロ候補からはずれようと企んだ可能性があるってことか」

「そういうことさ、スコット君。もちろん、これは二通りの解釈(読み方)ができる。一つは、今キミが述べたように『大天君は平並君を殺しかけたのだから蒼神君を殺した後ではない』という物語。そしてもう一つは、『城咲君は平並君を救ったのだから蒼神君を殺すはずがない』という物語だ」

「じゃ、じゃあ、ど、どっちが無実とも言えるじゃないか……!」

「ああ、そうだ。片方は本心から行った行為(真実の物語)、そして、もう片方はクロを躱すための行為(虚構の物語)ということになる。

 だからこそ話し合う必要がある。ボク達に届けられた、呼び出し状(偽りの手紙)の、その真の物語を」

 

 明日川は自分宛ての手紙を掲げながら、そう告げた。

 

 学級裁判は、まだ始まったばかりだ。

 

 




どんな暗闇でも、前にさえ進めばいつか光は見えるはず。
推理はまだTwitterとかで受け付けてます。

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