ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編② 人間万事四面楚歌

 〈《【捜査開始】》〉

 

 《製作場前》

 

「それでは皆さん、よろしくお願いいたします」

 

 杉野の言葉をきっかけに、それぞれが動き出す。

 といっても、この現場を離れた者は少ない。前回新家が殺されていた倉庫と違ってこの空間は開けていてそれなりの広さがあるし、他に調べるべき場所も特に思いつかない。蒼神の死体へ向かっていく人が何人かいるのは……まだ、蒼神の死が信じられないからだろうか。蒼神の体は、とても殺されたとは思えないほどに綺麗だ。検死を行う火ノ宮や明日川は当然だが、岩国や根岸の姿もある。

 

「平並君。勝手に決めてしまいましたが、あなたには僕と一緒に行動していただきます」

「ああ、別に構わないぞ。捜査できるだけで御の字だ」

 

 丁寧にそんなことを言ってきてくれた杉野にそう返答する。

 じゃあ、始めるか。

 

「まずは……モノクマの検死結果を見るか」

「そうですね。明日川さん達もいらっしゃいますが、やはり一つ大きな情報になるものですから」

 

 前回同様、『システム』を操作して検死結果を探す。【モノクマからのプレゼント】の項目の中に、新たに【モノクマファイル2】が追加されていた。これだな。

 選択して内容を確認する。

 

 

=============================

 

 【モノクマファイル2】

 

 被害者は蒼神紫苑。

 死亡推定時刻は深夜11:45~0時過ぎ前後。

 死体発見現場は【体験エリア】の下流側。

 ボートに乗せられ流されていたところを発見された。

 死因は溺死。

 外傷はなく、服薬の痕跡がある。

 

=============================

 

 

「溺死、か」

 

 見ての通りといえば、見ての通りではある。蒼神は水に顔をつけた状態で発見されたのだ。だが、蒼神が川で溺死させられたのか、それともどこかで溺死させられてから川に運ばれたのかまではわからない。どこかに痕跡が残っていないだろうか。

 どちらにしても、城咲の心臓マッサージは無意味なんかじゃなかったんだ。それが、実を結ぶことがなかっただけで。

 

「…………」

 

 それと、気になるのは『服薬』の文字。

 

「服薬ってことは……」

「ええ、蒼神さんはクロに何か薬品を飲まされたということになります。蒼神さんが日常的に何か薬を飲んでいた、というのなら話は別ですが」

「そのようなはなしはきいていませんね。きょうの昼も、なにも飲まれておりませんでしたし」

 

 と、答えてくれたのは城咲。

 

「いきなり口をはさんでもうしわけありません。ですが、しっていることは話したほうがいいとおもいまして」

「ありがとうございます。それでは、やはり蒼神さんはクロに薬品を飲まされたのですね。おそらく、蒼神さんの殺害に利用されたのでしょう」

 

 薬品……そう聞いて思いかべるのは、『モノモノスイミンヤク』と『モノモノサツガイヤク』だ。他にも様々な薬品があったらしいが、素人が扱うのならその2つだろう。

 『モノモノスイミンヤク』は、俺が身をもって体験したとおり、強烈な睡眠効果をもたらす睡眠薬だ。アレを飲めば、一瞬で眠ってしまう。『モノモノサツガイヤク』は……これもまた強烈な効果の毒薬、としか覚えていない。数滴で死に至らせるらしいが……蒼神の死因が溺死であるなら、これは関係なさそうだ。

 

「それと、僕としては気になることがもう一つあります」

「なんだ?」

「この、『死亡推定時刻』のところです」

 

 死亡推定時刻……『深夜11:45~0時過ぎ前後』と書いてある。

 

「この時間帯に、何かあったのか?」

「それも確かに気になるところではありますが、僕が引っかかったのはこの書き方です」

 

 書き方?

 疑問符を頭に浮かべる俺に、杉野は『システム』を操作して【モノクマファイル1】を開いてみせた。

 

「ほら、見てください。前回は、『深夜0時過ぎ』と、ほとんど断定できるような書き方をしています。ですが、今回はどうでしょう、『深夜11:45~0時過ぎ前後』と、妙に幅をもたせた書き方になっています。たかが15分ではありますが、逆に、その短さならもっと端的に表現できたのではありませんか?」

「たしかに……」

「言われてみれば、そんな気もしてくるが」

 

 それは、言われて初めて感じる違和感だ。特に気にならなかった。

 

「何か、意味があるのでしょうか」

「それなんだけどねえ」

 

 突如、降って湧いただみ声。

 

「うお、モノクマ!」

「ボクってば、嘘はつけない性格でしょ? 【モノクマファイル】は正しい情報だけを伝えるのがモットーだから別に嘘を書く気はないんだけどさ」

 

 俺の声にも反応せず、モノクマは話し出す。

 

「そうでなくては困ります」

「それでさ、今回の蒼神サンの死因は溺死でしょ? 溺死ってさ、死んだタイミングがわかりづらいじゃん?」

「『じゃん?』って聞かれても、別に溺死に詳しくないんだが」

「……確か、溺死は水を飲み込んでから死に至るまで多少時間差があったはずです。溺死の本質は、酸素を取り込めなくなることによる窒息ですからね」

「杉野さん、おくわしいですね」

「実は、以前推理モノのアニメで被害者役を演じたことがあるのです。その際の死因がまさしく溺死でしたからね。おかげで、溺死には少し詳しくなってしまいました」

 

 やはり、自分が演じる役についてはしっかり調査を行うのだろう。そのあたりは、【超高校級】というよりも杉野のプロ意識を感じた。

 

「ま、そんなわけで、バイタルチェックを逐一やってるわけでもないし、そこまで正確に死亡時刻を判断できなかったんだよ」

「それで、この曖昧な表現というわけですか」

「そういうこと! ま、ボクの努力の賜物だと思ってちょうだいな! それじゃあね!」

 

 言いたいことを言い終えたのか、モノクマはどこかへと消えてしまった。まあ、こちらとしてもこれ以上用はないので勝手に消えてくれるならありがたい。

 それにしても、溺死ってそういうものだったのか。ドラマとかだと結構激しい死に方をしてたから、死んだ瞬間は分かりやすいと思っていたが。……ん、激しい死に方?

 モノクマファイルに再度目を通す。ちょっと待て、じゃあ、この薬物って……いや、まだ確証は……。

 

「【モノクマファイル】から読み取れる情報はこの程度でしょうか。次は……そうですね。城咲さんにお話を伺っても?」

 

 悩みながら思考をまとめているうちに、杉野が話を進めてしまった。まあ、学級裁判の時に話そう。

 

「ええ、かまいませんよ」

「城咲さんは、日中蒼神さんとご一緒でしたよね? その際、蒼神さんの様子や他になにか気になることはありませんでしたか?」

 

 杉野に問われ、目線を上げて思い出す城咲。

 

「いえ、特にきになることはありませんでしたね。蒼神さんとは、たあいのないお話をしておりました。ぜったいに、事件を起こしてはいけないと、おっしゃっていたのですが……」

「……そうですか」

 

 やるせなさが募っていく。

 

「ついでにお聞きしたいのですが、城咲さんは夜中、展望台にいらっしゃったのですよね?」

「はい、20分ほどですが」

「その間になんか気になる出来事はありましたか?」

「……いえ、こちらも特にありません。平並さんの件いがいは何もありませんでしたし、あればとっくにおつたえしております」

「ああ、それはそうですよね」

 

 こちらも収穫はナシ。いや、何もなかった、ということがわかったのか。

 

「ありがとうございました、城咲さん。それとついでに……大天さん! お話を伺えますか?」

 

 現場の隅っこで、システムをいじっていた大天を呼んだ。モノクマファイルを確認していたのだろうか。

 

「……何?」

 

 しぶしぶ、という様子でこちらに歩いてきた大天。

 

「大天さんは犯行を決意して早めに【体験エリア】にやってきたのですよね?」

「うん、そうだけど」

「その際、何かおかしなことが起きたり、誰かを見かけたりはしませんでしたか?」

「……別に何も。ずっと工作室で返り討ちにするために息を潜めて集中してたから、何かあったらわかると思うけど」

「そうでしたか、ありがとうございます」

 

 ふむ、というように考える素振りをする杉野。

 

「話ってそれだけ?」

「はい。とりあえずですが」

「だったら、俺から杉野に聞いてもいいか? さっき、皆も呼び出し状を受け取ってるって話があったよな。それについて少し詳しく聞きたい」

「ええ、構いませんよ」

 

 今夜の経緯を話す時に、そんな話が上がったはずだ。あの時は岩国に止められてしまったが。

 

「とは言っても、先程申し上げたとおり、僕のもとに呼び出し状は届いていません。全員の呼び出し状を確認したわけではありませんが、確か、スコットさんと岩国さんも呼び出し状は受け取っていなかったようですね」

「逆に言えば、他の人は呼び出し状が届いてるってことか?」

「断言はできませんが、おそらくは」

「……そうか」

「それなら、よびだし状を受け取ったほんにんにお話をうかがったほうがよさそうですね」

「でしたら……」

 

 あたりを見渡して、話を聞けそうな相手を探している。

 

「お三方、少々よろしいですか?」

 

 杉野は、蒼神の死体を遠目に見ながら話していた三人にそう声をかけて、歩み寄った。見張りに戻るという城咲とそれに付く大天と別れ、杉野の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 杉野が話しかけたのは、遠城と露草。それに、

 

「お、おまえ……」

 

 俺をにらみつける根岸だった。

 

「改めて、少々お話を伺いたいのですが」

 

 そう杉野が歩み寄ったが、

 

「こ、こいつに話すことなんか何もない……!」

 

 根岸は俺を指さしてそう言い放つと、俺達から離れていった。向かった先は【自然エリア】につながるゲート。もう現場の捜査は終えたのだろうか。

 

「凡一ちゃん、気を悪くしないでね。(アキラ)ちゃんも気が立ってるだけだから」

「……俺のことを疑うのも嫌うのも当然だからな。別に今更どう思うこともないさ」

 

 それよりも、残ってくれた二人から話を聞こう。

 

「お前達は呼び出し状を受け取ったのか?」

「うむ。いつ届いたのかはわからぬが、吾輩は11時過ぎくらいに見つけたであるな」

『オレ達もだ。そういえば、章ももらったって言ってたな』

「根岸も?」

「うん。11時半に展望台だったかな。無視したみたいだけど」

 

 ……まあ、そりゃそうだよな。根岸は今更呼び出しに応えたりなどしないだろう。

 

「なあ、よかったら呼び出し状を見せてもらえないか?」

『ああ、ほらよ』

「この通りである」

 

 それぞれが、呼び出し状を差し出して見せてくれた。

 

 

=============================

 

 露草さんへ

 

  あなたの秘密を知っています。

  バラされたくなければ、12時に僕の個室まで来てください。

 

                     杉野より

 

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 遠城君へ

 

  あなたの才能を見込んで頼みがあります。

  12時に僕の個室で待っています。

 

                     杉野より

 

=============================

 

 

「……なんだこれ」

 

 二通の呼び出し状を読んだ感想として、真っ先に浮かんだのがそれだった。

 小さめのルーズリーフに丁寧な字で書かれたその呼び出し状は、片や脅迫めいてはいるが、差出人も場所も時間も全く同じ。どう見ても同じ人物が書いたものとしか思えない。

 

「これ、杉野が?」

「まさか。僕は個室への閉じこもりの発案者ですよ? こんな呼び出し状を出すわけがありません。それに、露草さんの秘密とやらも心当たりはありませんしね」

「露草の秘密……」

 

 このコロシアイが始まるまではあまり意識したことはなかったが、他人がどんな秘密を抱えているかは全く推し量れるもんじゃない。古池だって、大天だって、俺の想像の及ばない秘密を抱えていた。この、いつも黒峰と楽しげに漫才を繰り広げている露草がとてつもない秘密を抱えていたとしても、おかしくはないのかもしれない。

 

「でもさ、翡翠には別に秘密なんてないんだよね」

「そうなのか?」

『ああ。オレ達には隠すようなことなんかねえからな!』

「そうそう。翡翠はありのままの自分で生きてるからね」

『ま、大した人生を送ってないってことでもあるんだけどな』

「琥珀ちゃん、言い方が悪いよ!」

 

 また一人漫才が始まった。

 

『とにかく、呼び出し状の意味も分かんねえし、第一部屋にこもる約束だったからな。呼び出し状は無視してずっと翡翠と二人で話してたぜ』

「翡翠は眠かったんだけど、琥珀ちゃんが寝かせてくれなくて」

『おいおい、それはこっちの台詞だぞ、翡翠』

「……まあ、どちらの主張が正しいのかはさておくとして、露草さんが呼び出し状を無視したというのは本当のようですよ。事実、彼女は僕の部屋には来なかったようですし」

「ふうん……ん?」

 

 露草の漫才を聞き流しながら杉野の話を聞いていたが、その言い回しが引っかかった。

 

「どうして、そんな曖昧な言い方をするんだ? お前の部屋の話だろ」

 

 今の言い方だと、まるで誰かから聞いたかのようだ。

 

「誰も来なければそう証言できたのですけどね。口約束というのはひどく脆いものだと改めて思い知らされました」

 

 そういいながら、杉野は遠城へと視線を向けた。その動作を見て察する。

 

「お前は、行ったのか」

「……仕方ないであろう」

 

 俺の言葉を聞いて、バツが悪そうに遠城はそっぽを向いてそう答えた。

 

「吾輩の才能を引き合いに出されては、多少浮かれるのも無理はないのである」

「冬真ちゃん、他人事みたいに言うんだね」

「恥ずかしがってるだけのようにも思えますが」

「それで? 遠城は時間通り杉野の部屋に行ったってことか?」

「うむ……。気がついたら部屋の中に呼び出し状が入っていたのでな。才能のこともそうであるが、杉野からの呼び出し状ならそう悪いことにはならんと思ったのである」

「あんな呼び出し状を信用したのか? この前の事件のこと、忘れたわけじゃないよな」

 

 古池が新家を惨殺した、あの事件。それに使われたのが、偽の呼び出し状だった。

 

「無論、偽物である可能性も考えたのである。しかし、偽物だったとしたら杉野が『そんな呼び出し状は出していない』と否定するであろう。それに、杉野の部屋に行ったところで殺される可能性は低いと思ったのでな。そんなところで殺せば、クロは自分だと宣言するようなものであろう?」

「まあ……それは、確かに」

「そんなわけで、吾輩は杉野の部屋を訪ねてドアチャイムを鳴らしたのである」

「僕としては、かなり驚きましたよ。もう眠りについていたところを、いきなりドアチャイムで叩き起こされたわけですから。それこそ、その呼び出し状に書いてある12時ちょうどですかね」

「正直今となっては申し訳ないことをしたと思っているのである。かなり怖い思いをさせたようであるからな」

「まったくですよ」

 

 ため息をつく杉野。

 

「ともかく、僕の部屋のドアチャイムはそれからしばらく……ニ、三分ほど鳴らされていました。連打されていたわけではありませんでしたがね」

「おそらくそれはすべて吾輩が鳴らしたものであるが、その間露草はやっては来なかったぞ」

「と、遠城君がおっしゃるので、露草さんが個室から出なかったのはホントだろうと思ったのです」

 

 ふうん、そうか。

 

「ねえ、冬真ちゃん。ちょっと聞いてもいい?」

「む、何であるか?」

『冬真、あの呼び出し状が悠輔が出したものだと思ったんだろ? なら、ちょっと鳴らして悠輔が出て来なかった時に、おかしいとは思わなかったのか?』

 

 言われてみれば、確かにそのとおりだ。反応がなくても、遠城はしばらくドアチャイムを鳴らしていたらしいし。

 

「あー……先にも述べたのであるが、あの時吾輩は少々浮かれておったのでな。何度か鳴らしても音沙汰がないので、さすがに妙だとは思ったのであるが、単に寝ているだけかと思い少し粘ってみたのである。本来ならおかしいと思った時点で部屋に引き返すべきだったのであろうが、正直なところ、何を頼られるかワクワクしていたのもあって長居してしまったのである」

 

 ふむ、そうか……まあ、頼りにされれば誰だって嬉しくはなると思う。それにしたって遠城はもう少し危機感を抱くべきだとは思うが。

 それにしても、遠城が杉野の部屋を訪ねた12時は、俺がチャイムで起こされた時間とほぼ同じだ。きっと、俺が宿泊棟を飛び出してすぐに、遠城が杉野を訪ねたのだろう。もう少し宿泊棟で待っていれば、遠城に助けを求められたのかもしれない。結果論だからどうしようもないが。

 ……あれ、待てよ。

 

「遠城、その時は俺がいた新家の個室のドアが空いていたはずなんだが、それは気にならなかったのか?」

 

 と、ふと思い至った疑問を口にすると、

 

「む? ドアなぞ開いてはおらんかったぞ?」

「え?」

「個室のドアがあいていれば、当然気づくし異常事態と判断するのである」

「そんなはずないぞ。確か、ドアは開けっ放しで【体験エリア】に向かったはずだ!」

「ですが、僕もドアがしまっているのを確認しています。カギこそかかってはいませんでしたが」

 

 それはおかしいと反論したが、杉野もそう証言した。

 

『無意識に閉めたんじゃねえのか?』

「かもしれぬな。人間誰しも、そういった基本的な日常動作は体に染み付いてしまっているものであるし」

 

 無意識……? そうなのだろうか。いや、そんなわけ……。

 まあいい、ひとまずこの話は置いておこう。

 

「話の腰を折って悪かった。それで、しばらく粘って結局反応がないから諦めて部屋に戻ったってことか」

「あ、いや。そうではないのである」

「ん? じゃあなんで粘るのをやめたんだ?」

「杉野の反応を待っていた時に七原に話しかけられて、ドアチャイムを鳴らすのを止めたのである。どのみち、何もなくてももうすぐ引き上げようとは思ったのではあるがな」

「七原に?」

 

 急に、遠城の口からその名前が飛び出してきた。

 

「うむ。詳しいことは七原本人に聞いたほうがいいであるが、七原もどうやら呼び出し状で呼び出されたようであるぞ。宿泊棟の外から戻ってきたところで吾輩を見かけたと言っていたのである」

 

 宿泊棟の外から……七原はどこに呼び出されたんだ? それに、七原も閉じこもる約束を破ったってことなのか。彼女なりになにか思うことがあったのかもしれない。これは確かに後で七原に確認したほうが良さそうだ。

 

「それで、七原とお互いに自分が部屋を出ている理由や呼び出し状のことを話し合っているうちに、例のアナウンスが流れたのである」

「例のアナウンス……死体発見アナウンスか」

「うむ」

 

 つまり、俺達が蒼神の死体を発見したあの瞬間だ。

 

「そのアナウンスを聞いて、僕も個室を出ました。事件が発生した以上、個室に閉じこもっていても意味はありませんからね」

「翡翠もおんなじかな。廊下には冬真ちゃん達がいたし、他の皆も出てきたよ」

「皆? 皆、個室にいたのか?」

「ええ。殺された蒼神さんと、【体験エリア】にいたお三方以外は全員宿泊棟に揃っていました。その皆さんは約束通り個室に籠っていたようです。」

「東雲は、出てくるのが異常に早かったであるがな」

『逆に、棗や範太はちょっと出てくるのが遅かったな!』

「どうやら眠っていたり約束を固持していたりしていたようですがね。ともかく、当然全員で行動することにしたのですが、最期に明日川さんが出てきた時点でモノクマに『これで宿泊塔にいるのは全員』だと言われまして、火ノ宮君の主導で残りの皆さんを……いえ、あえてこう言いましょう。死体を探し始めたのです」

「……そうだったのか」

 

 宿泊棟にいた彼らが【体験エリア】にやってきた経緯が判明した。俺達が蒼神の死体を発見した時、彼らは宿泊棟に揃っていた。なんなら、遠城が杉野の部屋を訪ねた12時以降は宿泊棟には七原が戻ってきただけということになる。

 ということは、犯行時刻の時間帯を考えると、もし彼らの中に犯人がいるのなら、【体験エリア】で犯行を終えてすぐさま宿泊棟に戻ったということか。まあ、今夜はほとんど皆個室に閉じこもっていた。人の目を盗んで行動するのはそう難しいことじゃ……。

 

「いや、待てよ」

 

 【体験エリア】から、宿泊棟に戻れるのか? だって、その時間帯は……大天も、城咲も、外にいたんじゃなかったのか? 二人に見つからずに、宿泊棟まで戻ることなんか、できるのか?

 だったら、クロは……。そう考えて、嫌な予感が身を走る。

 

「…………」

「平並君? どうしましたか?」

「……いや、なんでもない。他に、何か気になることはなかったか?」

「むう、吾輩は特に思いつかんな」

『気になること、か』

 

 首をひねってそう答える遠城に対して、露草は思い当たる節があるようだった。

 

「事件と関係があるかはわかんないんだけど、翡翠の部屋に一回誰かがやってきたんだよね」

「やってきた?」

『ああ。アレは10時の……30分くらいだったかな。翡翠と話してる時に、いきなりドアチャイムが鳴ったんだ』

「いきなりだったからびっくりしちゃったよ。約束があるから何回か無視してたら、それで終わっちゃった」

『アレ、誰だったんだろうな』

「名乗り出てくれてもいいのに」

「……それは確かに妙ですね」

「そうだな」

 

 誰かが、事件とは別に動いていたということだろうか。それとも、これもクロが?

 

「なんか、章ちゃんもおんなじこと言ってたよ。翡翠と一緒で、10時半過ぎにドアチャイムが鳴ったんだって」

「根岸君もですか?」

『めちゃくちゃキレながらビビってたぞ。誰かがぼくを殺しに来たーってな』

「章ちゃんが気が立ってるっていうの、このせいもあるんだよ」

 

 根岸はただでさえ俺に狙われた経験がある。それにそのチャイムに呼び出し状と重なれば、確かに冷静ではいられないかもしれない。そして実際、事件は起こっているわけだし。

 

「ふたりとも、ありがとう」

「礼には及ばん」

『大したことじゃねえぜ』

「じゃあ翡翠は章ちゃんを探しに行こうかな」

『ああ、ちょっと心配だな』

 

 そんな会話を交わして、二人と別れた。次はどうするか、と周りを見渡して、死体のそばにいた火ノ宮と明日川が立ち上がったのが見えた。検死が終わったところだろうか。

 杉野も同じく彼らを見つけたようで、一緒に二人に近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

「お二方。検死の結果は出ましたでしょうか?」

「杉野に……平並か」

 

 妙に間の空いた火ノ宮の台詞。心なしか俺のことを睨んでいる気もする。気のせいだろうか。

 

「もしよかったら、色々話を聞いてもいいか?」

「…………」

 

 そう俺が問いかけたが、火ノ宮は何も答えずに俺にその鋭い視線をぶつけるだけだった。

 

「火ノ宮?」

「火ノ宮君。キミの内心(モノローグ)はわかるが、今は結論を出す場(最終章)ではないだろう。捜査が終わって(すべてを読んで)からでも遅くはないはずだ」

「……チッ。どっちにしても杉野には言うべきか」

「なあ、何の話をしてるんだ?」

 

 妙なことを話し合う二人。

 

「……なんでもないさ。ページの端の戯言(いたずら書き)だとでも思ってくれ」

「それでは、検死の結果から教えていただけますか?」

「検死結果は、あのモノクマファイル以上の情報はねェ。死因は溺死に違いねェし、外傷は見当たらなかった。城咲の心臓マッサージ以外は服の乱れや拘束の跡もなかった。一箇所を除いてな」

「一箇所って、あの額の痣か?」

 

 城咲が心臓マッサージを始めたときから、気にはなっていた。蒼神の額に、横一文字の跡が残っているのだ。

 

「あァ。ま、後でボートを調べりゃわかることだ。どうせボートに寝かされた時についた跡だろうからな」

「ああ、だと思う」

「モノクマはこれを『外傷』とは判断しなかったんだろ」

「この程度、普通に生活していても(物語を進めても)つく跡だ。それに、死体には地面との接地面による痣もつくことがあるし、この程度をいちいち取り沙汰してはいられなかったのだろう」

 

 モノクマファイルは、基本的には必要なことしか書かないはずだ。……多分。直接死因に関することでもなさそうだし、現場を見れば直ぐに解決しそうなことでもある。後でボートも捜査するつもりだから、その時に確認しておこう。

 

「蒼神君の死亡時刻(物語が終わった時刻)も、モノクマファイル(悪魔の脚注)より狭く特定することはできそうにない。死後硬直は起きていなかったから、少なくとも蒼神君の死からあまり時間は経っていない(あまりページが流れていない)のは間違いない、という程度だ」

「薬物反応は?」

「根岸君にも協力してもらったが、はっきりとはわからなかった(白黒つけられなかった)。解剖したり本格的な検死を行えれば別な(違った結末になる)のかもしれないが、今は時間(ページ)道具(装丁)もない」

「モノクマファイルを信用するしかない、ということですか」

「そうなるな」

「どうせ、モノクマは監視カメラの映像からアレを書いたんだ。今更嘘を書いたりはしねェだろうよ」

 

 憎々しげにつぶやく火ノ宮。前回もモノクマファイルには本当のことが書いてあったし、検死の結果といいながら結局は自分が犯行を見てモノクマファイルを書いているのだろう。

 ともあれ、今回もモノクマファイル頼りになってしまうことは確かだ。

 他に聞くことは……そうだ。

 

「蒼神のポケットにはなにか入ってたか?」

 

 ふと気になったことを口にすると、

 

「……どォして、そんなことを聞く?」

 

 火ノ宮にそう言い返された。おかしなことを言ってしまっただろうか。

 

「どうしてって、この前の時は呼び出し状が入ってただろ。今回もなにかあるかもって、ちょっと気になっただけなんだが」

 

 前回、死体となった新家のポケットからは呼出状が見つかった。結局、それは古池が明日川に罪を着せるためにわざと残したものだったが、それも真実を暴くのに一役買っていた。犯人の意図が絡んでいるかは知らないが、蒼神の持ち物を気にするのは当然だと思う。それに、俺も皆も呼び出し状を受け取っているから、もしかしたら蒼神も、と思っただけだ。

 

「そうですよ。……先程からどうされたんですか、火ノ宮君」

「なんでもねェ」

 

 なんでもないことはないと思うが……。

 

「平並君の推察どおり、蒼神君のポケットからいくつか気になるもの(証拠のかけら)が見つかったよ。身だしなみの道具を除けば……左ポケットには焼却炉のカードキー(炎の管理者)、右ポケットには呼び出し状が入っていた」

 

 やっぱり、呼び出し状か。

 明日川が見せてくれたその呼び出し状を覗き込む。新家のときと同じ、メモ帳に書かれたものだった。

 

 

=============================

 

 蒼神へ

 

  生物室の生首が誰か分かった。きっと黒幕につながるヒントになる。

  12時に生物室で話す。皆で脱出しよう。

 

                    明日川より

 

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「生首……ああ、そういえばそんなのあったな」

 

 七原と蒼神が【体験エリア】のことを報告してくれた時、そんな話が出たはずだ。ホルマリン漬けされた生首。そんなものがあるとはとても信じられないが。

 それはさておいて、この呼び出し状だってどう考えたって罠だ。明日川という差出人の名前もどうせでっち上げだろう。蒼神も俺達と一緒で、危険を承知で呼び出しに乗ったということか。そして、蒼神だけ、殺された。

 ……蒼神は、何を思って生物室に行ったのだろうか。

 

「とりあえず、これではっきりしたか。蒼神もこれで呼び出されたんだな」

 

 そう言って、杉野達に同意を求めた。

 が。

 

「…………」

 

 返事はなく、俺を見つめる視線とぶつかった。

 

「どうした、杉野」

「いえ……ですが、これって」

「杉野」

 

 何かをいいかけた彼に、火ノ宮がぐいと近寄り耳打ちをした。

 

「それは……しかし……」

 

 話の内容は聞こえてこない。何やら火ノ宮が杉野に頼み込んでいるようだ、という雰囲気がかろうじてわかるだけだ。

 

「……」

「頼むぞ」

「……なんだったんだ?」

「いえ、なんでもありません。ちょっとした野暮用です」

「そうか……じゃあ、さっき言いかけたことは?」

「ああ、それも撤回します。僕の気のせいでしたから」

 

 気のせい、か。どう考えたって何か隠されている気がする……が、追及しても教えて貰えそうにない。まあ、事件に関わることなら、学級裁判の時に嫌でも聞くことになるだろう。

 

「あ、そうだ。一応聞いておくが、焼却炉のカードキーって蒼神が預かることになってたのか?」

「いや、そのような話は聞いていないな」

「僕も存じませんね……平並君の軟禁などに気が取られ、完全に失念していました」

 

 蒼神が持っていたのならそういうことなのかと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 

「……後で東雲に聞いておくか」

「それがいいでしょう」

 

 蒼神が預かるのでないのなら、このカードキーは東雲が持っていたはずだ。彼女に一度聞いておくべきではあるだろう。

 

「他に蒼神君について言及すべきことは、『電子指輪(システム)』のことだな」

「『システム』?」

「ああ、キミも見た(読んだ)と思うが、彼女は左手に2つの『電子指輪(システム)』をしていただろう?」

「蒼神のものと、俺を軟禁するための新家のもの……そうだよな」

「その通りだ。だが、彼女の指には片方……蒼神君本人のものしか残っていなかった」

 

 それはそうだろうな、と思った。

 

「新家の『システム』は、俺を個室から誘い出すために持っていったんだろうな。その後にどうしたかは知らんが」

「……ああ、その可能性が高いとボクは思う」

「他の可能性もあるがな」

「他の可能性って?」

「…………」

 

 まただ。火ノ宮に何を聞いても、答えてくれない。

 

「それと、蒼神君の『電子指輪(システム)』だが、使用された痕跡がなかった」

「使用された痕跡? ログ機能なんかあったか?」

「いや、そうではない。より正確に言えば、指から外された痕跡がなかったんだ。外されて半日や一日と経っているのならともかく、一度外してもう一度指にはめたのなら、指に残された跡が二重になるはずだから見ればわかる」

「なるほど……」

 

 すると、クロは新家の『システム』だけ持ち去ったということになる。……俺のいた、新家の個室にだけ用があったということか?

 ふと、蒼神の『システム』を見つめる。この中には、【動機】として与えられた、大切なものの映像や奪われた記憶のヒントがあるはずだ。見れば、蒼神のことをもっと知れるかもしれない。

 

「…………」

 

 いや、それは違うだろ。

 伸ばしかけた手を、引っ込める。

 あの【動機】は、個人にクリティカルに突き刺さるように出来ている。それさえわかっていれば、捜査に影響はないはずだ。本人が見たかどうかはわからないんだから。

 だから、勝手にそれを覗き見ることは、プライバシーを土足で踏み荒らすことのように思えた。ようにというか、まさにそのとおりだな。

 

「そうか……色々分かったよ、ありがとな」

「それでは、続けてになりますが、お二方に質問しても?」

「……なんだァ?」

「火ノ宮君と明日川さんは、呼び出し状を受け取ったのですよね?」

「受け取った、腹立たしいことにな。ほらよ」

「ボクも受け取っていたらしい。これだ」

 

 そして差し出される二通の呼び出し状。

 

 

=============================

 

 火ノ宮君へ

 

  コロシアイを終わらせるため、相談したいことがあります。

  11:30に集会室で話しましょう。

 

                    蒼神紫苑

 

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 明日川へ

 

  記憶のヒントに気になるものがありました。

  相談したいので、0時に製作場まで来て欲しいです。

 

                    蒼神より

 

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「……まあ、こんなものだよな」

 

 文面は、これまでに見てきたものとだいたい同じ。その文意に大した意味はないだろう。火ノ宮へのものは、ノートを切ったものに丁寧な字。明日川へのものは、小さなルーズリーフにこれまた丁寧な字。どちらも蒼神を騙っているのだ、そのくらいの小細工はするだろう。

 それにしても、ここまで呼び出し状が多いとなると、最終的に情報をまとめたほうがいいかもしれない。時間と場所くらいはメモしておくか。

 

「で、二人は行かなかった、ってことだよな」

「当たり前だろ! そういう約束だろォが!」

 

 呼び出し状を握りしめて、怒り散らす火ノ宮。

 

「蒼神本人か偽物かは知らねェがこんな呼び出し状よこしやがって。怒鳴りつけてェとこだったが、個室にとじこもる約束を破るわけにいかねェからな。けどよォ!」

 

 さらに一際大きくなる怒鳴り声。

 

「蓋を開けて見りゃァ、皆破りまくってるじゃねェか! 結構な人数個室の外に出やがって! ふざけんな、何のための約束だァ!」

「一度落ち着きたまえ(ページから目を離せ)、火ノ宮君。怒ってばかりでは何も伝わらない(物語にならない)

「チッ!」

 

 明日川になだめられ、舌打ちをしながらも少し熱量を下げる火ノ宮。

 

「何より、蒼神が約束を破ったことが信じられねェし許せねェ」

 

 そう言いながら、動かなくなった蒼神を見つめる。

 

「蒼神が死んでるってことは、どんな過程を経たとしても蒼神が個室のドアを開けたってことだ。……もし蒼神をだまくらかしたやつがいるんなら、学級裁判で徹底的に糾弾してやる」

 

 その言葉と共に俺に向けられた視線には、どんな意図があるのだろうか。ただの宣誓なのか、それとも。

 

「…………」

「明日川さん、あなたの方は?」

「ボクは、この呼び出し状は気づかなかった(読み飛ばしていた)よ。存在を知ったのが、それこそ死体発見アナウンス(死を告げる定型文)が流れた後だったからね」

「どういうことだ?」

「ボクは夢という物語を旅していたということさ」

「要するに寝てたのか」

「ああ。不穏な展開のせいでボクにしては珍しく物語に集中できなかったからね。非常に口惜しいが、夜時間になる前に布団の中へ舞台を移したんだ」

「そうか」

「ボクは一度シーンが夢へと移るとなかなか幕を引けない体質のようでね。結局、モノクマに強制的に現実という物語を始めさせられたんだ。だから、実を言うとあのアナウンスもボクは読んでいないんだ」

 

 アナウンスも聞いていない……それほどぐっすり眠っていたということか。寝付きのいいことだ。

 

「ボク達から話せることはここまでだ。ボク達も捜査に取りかかりたい(捜査パートに移りたい)と思うのだが、問題はないか?」

「ああ、大丈夫だ。ありがとう」

 

 と、俺は明日川達にお礼を述べたが、

 

「……明日川。てめー、まだ情報が必要なのか?」

 

 火ノ宮が明日川に噛みついた。

 

「これ以上捜査する意味があんのかよ」

「火ノ宮、どうした……」

「てめーは黙ってろ」

 

 食い気味に制される。これ以上の捜査ってどういうことだ。火ノ宮と明日川は、まだ死体の検死しかやっていないはずだろ。火ノ宮は、もうクロがわかったっていうのか? これだけの情報で?

 

「……火ノ宮君の思い描いている推理(物語)間違っている(虚構である)と断じるつもりは毛頭ないけれどね。しかし、ボクは断片的に小説を読んで感想を結論付けるタイプじゃない。それに、この学級裁判にはボクたちの(物語)がかかっているんだ。慎重に事を進めてしかるべきだろう?」

「…………チッ」

 

 わかるようなわからないような、結局のところ俺には何も伝わらない明日川の台詞は、火ノ宮には伝わったらしい。

 

「なあ、一体さっきから何を」

「なんでもないでしょう、平並君。彼らには彼らの事情があるということです。ありがとうございました、二人共」

「ああ。お互い捜査に励むとしよう」

 

 杉野に強引に連れ出され、二人との話が終わる。二人は、城咲や大天に話を聞きに行ったらしい。

 

「どうしたんだ、杉野。火ノ宮もだが、なんかおかしいぞ」

「いえ、なんでもありません。次はボートを調べましょうか」

「…………」

 

 大きな違和感を抱えながら、俺は例のボートのある桟橋へ向かう杉野の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 川岸に平行に設置されたその桟橋には、腰くらいまでの杭が数本打たれている。普段からボートはその杭とロープで繋がれているようで、もとからここにあるらしい2つのボートがロープで泊まっていた。蒼神が乗せられていたボートは、ついていた毛糸でその杭の一つにくくりつけられていた。

 

「これが蒼神さんが乗っていたボートですか」

「ああ。水も入ってるだろ。ここに顔を伏せて倒れていたんだ」

 

 と、説明してボートを見る。水は前の方に溜まっており、そのせいでボート全体が前に傾いている。

 

「ん?」

 

 ボートの中の水が溜まっているところに、四角いブロックのようなものが置いてあった。蒼神の頭があった位置だ。杉野がしゃがみ、それに手を伸ばす。よく見れば、それは二冊のハードカバーの本が重ねられているものだった。上に乗っている方の参考書の表紙の厚みの分だけ、なんとか水面から顔を出している。

 

「これ、生物室の参考書ですね」

「生物室の?」

 

 杉野が表紙をみて、水に手を入れて中身を少し確認してそうつぶやいた。水に濡れているせいで、力加減を間違えれば破いてしまいそうだ。杉野が参考書から手を離して立ち上がり、水を払う。

 

「なんでこんなところに」

「置いたのは間違いなくクロでしょうが……目的は何でしょうね」

「わからないな。だが、蒼神の痣の原因はこれか」

「ええ。意図はわかりませんが、枕のように置かれています。ここに額を載せていたので、跡が付いたのでしょう」

 

 何の意味もなく参考書をボートに置くとは思えない。けれど、蒼神の死体に枕を用意して、何になるというのか。

 

「わからないと言えば、この毛糸もそうだ」

 

 ボートの頭にくくりつけられていた、黒色の毛糸。

 

「これ、最初からついていたんですよね?」

「ああ。川に流されているときにはもうくくりつけられていた」

 

 それを使って、ボートを岸まで引き寄せたのだ。これのお陰で蒼神を陸にあげることは出来たのだが……。

 その暗い糸を見て思う。こんなもの、普通遠目では気付きようが無いんじゃないのか?

 

「…………」

 

 杉野が、桟橋にくくりつけられたそれを解いて持ち上げた。一旦思考を打ち切り、捜査に集中する。

 

「かなり長いですね」

「……そうだな」

 

 毛糸を持って後ろに下がりながら杉野はそんな感想を口にした。

 

「橋まで……いや、もっとか?」

「ええ、ここから図書館の前ほどまではありそうです」

 

 毛糸には結び目もある。何本かを繋いで意図的にこの長さにしたということだ。……この長さにして、何がしたかったんだ?

 

「それと、これを見てください」

「ん……?」

 

 杉野に見せられたのは、件の毛糸の端。ボートに結ばれている方とは反対側のその端は、結ばれて輪っかになっていた。親指と人差し指で作った輪と大体同じくらいだ。

 

「なんで輪っかになってるんだ?」

「さあ……どこかに引っ掛けるため、ということでしょうか」

 

 輪にする、ということはそうなるだろう。けれど、どこに?

 このボートには、いくつもの証拠が残されている。クロの意図の痕跡も。

 

「……本当に、よくわからないな」

「全くです」

 

 長い長い毛糸をまとめ、桟橋にくくりつける杉野。その様子を見ていて、ふとボートの先頭の違和感に気づいた。

 

「なんかそれ、削られてないか?」

「はい?」

「ほら、そこの、棒のところだよ」

 

 まさに黒い毛糸がくくりつけられていた、ボートの先端部分に突き出ている四角い棒。デザインの一種としてボートの先端から上に生えるように突き出ていて、その根本に毛糸がくくりつけられているのだが、その棒の内側が少し削られていたのだ。ちょうど、辺の角を取るように。

 

「……確かに、そのようですね」

 

 露骨に削られているわけではないが、隣に並ぶ他のボートから突き出ているその棒はそこにしっかりと角ばった辺がある。蒼神のいたボートのものは上に登るに連れてより大きく辺が削り取られている。

 

「ここまで来ると、気持ちが悪いな。なんなんだこれ」

 

 証拠は手に入った。しかし、同時に謎も手に入った。

 

「……これらの証拠が何を指し示しているかは、今はまだわかりません。他に証拠を集めて謎が解けるとも限りません……が、きっと、僕たちはこの謎を解かなければなりません」

「ああ、多分そうだろう」

「この際ですから、平並君に僕の意見を伝えておきます」

 

 毛糸をくくりつけ終わった杉野が、立ち上がって告げる。

 

「クロとして【卒業】を企んだ以上、蒼神さんを殺した人物は、少なくともなにか一つ罪を逃れるための『仕掛け』を用意しているはずです。先日、古池君が明日川さんに罪を着せようとしたように」

「…………」

 

 その、古池の『仕掛け』に俺は嵌ってしまった。明日川を、クロだと思いこんでしまった。

 今回のクロだって何か仕掛けているのは間違いない。クロの方だって、命を賭けているのだから。

 

「気を、引き締めないとな」

「ええ。……とはいっても、今回の事件で使われた仕掛けがどのようなものなのか、見当が付きませんけれどね。複雑な仕掛けを施しているのかもしれません。どうして、蒼神さんを殺すことができたんでしょうか」

「ん? それ、どういう意味だ?」

「え、ああ……蒼神さんがどういう経緯で外に出たにしろ、警戒はするはずじゃないですか。それでも尚なぜ蒼神さんは襲われたのか、ということですよ」

「そうか」

 

 まあ、確かに気になるところではあるか。

 

「ボートはこの程度でしょう。スコットさんに話を聞きに行きますか?」

「ん、ああ。そうするか」

 

 

 

 

 

 

 ボートの捜査を切り上げて、現場の見張り……今は蒼神の死体を見張っているスコットのもとへ向かった。

 

「スコットさん、少々よろしいですか?」

「スギノとヒラナミか。大丈夫だ」

 

 この場に残っている人の中だと、話を聞くのはスコットが最後になる。岩国は気づかないうちにどこかに行ってしまったから、後で探さないとな。

 

「確か、スコットは呼び出し状はもらってないんだったよな?」

「ええ、そう聞いていますが」

「そのとおりだ。オレは呼び出し状をもらってない」

 

 さっき、確か杉野はそんな事を言っていた。

 

「これだけの人数に呼び出し状を出しておいて、どうしてオレには出してないんだ。出すなら全員に出せばいいのに」

「……欲しかったのか?」

「そういうわけじゃないが、中途半端だろ。やるなら徹底的にやれとオレは言いたいんだ」

 

 徹底的に、ねえ。

 まあ確かに、今まで話を聞いていた限りクロはほとんどの人物に呼び出し状を出しているようである。どうして全員に出さなかったんだろう。

 

「じゃあ、スコットは何か気になることはあったか?」

「気になること、か。この辺は捜査したんだよな?」

「ああ。一通りな」

「なら、オレから言えることは特にないな。部屋にいたときだって、あの死体発見アナウンスがなるまで妙なことは何も起きなかった。ずっと編みぐるみを作っていただけだったな」

「編みぐるみか」

「ああ。結局時間がなくて完成しなかったが、完成したら見せてやる。学級裁判をクリアできたら、の話だが」

「……ああ、楽しみにしてるよ」

「まあ、もしそうなっても死んでも完成させるがな。未完の作品を放置して死ねるか」

 

 なにやら息巻いている様子のスコット。中途半端な状態で作品をそのままにしていることが、彼としてはよっぽど堪えることらしい。

 

「ちなみになんだが、あのボートについていた毛糸ってどこにあったかわかるか?」

「それなら、手芸室のはずだ。素材の質が、手芸室にあったものと同じだったからな」

 

 スコットは、製作場の方を指で示した。

 

「だが、見に行ってもよくわからないと思うぞ。歯抜けになってるのは、オレが部屋に持っていったせいだしな」

「そうか。ありがとう、スコット」

「ああ」

 

 そう短く答えた後、スコットは伏し目がちになって動かない蒼神を見る。

 

「……どうして、アオガミが殺されなくちゃならなかったんだろうな」

「それは……」

「アオガミは、殺されるだけのことをしたっていうのか……? この前の、アラヤに関してだってそうだ。人を殺すなんて、どうかしてる。誰かを殺すとか、そう簡単に下していい選択肢じゃないはずだ。……いくらモノクマに唆されたからって、違うやりようはなかったのか」

 

 拳を握りしめ、震えながらそうつぶやいている。

 それに、俺は何も答えることが出来ない。他ならぬ、俺には前科がある。

 

「…………」

「……悪い、オマエ達に言ってもどうしようもなかった」

「いえ、お気になさらず」

 

 ……絶対に、真実を暴かなくてはならない。皆の無念を、晴らすためにも。

 スコットと別れ、現場での捜査を切り上げる。

 さて、他に捜査すべき場所はどこだろうか。

 

 




捜査パートは後編に続きます。
今回の捜査時間、かなり長い。

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