ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~ 作:相川葵
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CHAPTER2
【非日常編】
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|| 川 ||
──《「わたくし、蒼神紫苑と申します。僭越ながら、【超高校級の生徒会長】としてスカウトされましたわ」》
そう名乗った彼女は、絶望的なこのドームの中で、その肩書きの通り俺達を率いてくれた。
不安に襲われる俺達を、纏め上げてくれた。
──《「今、わたくしたちはモノクマに監禁されています。もしも【学級裁判】を無視するのであれば、きっとモノクマはそれなりの対応をとるでしょう。ですから、【学級裁判】のために行動するのが最適のはずですわ」》
新家が殺されたあの夜、【学級裁判】を前に戸惑う俺達を、捜査をするように動かしてくれたのは彼女だった。
いつだって、俺達が前に進めたのは、彼女の存在があったからだ。
──《「平並君。悩んでいることがあれば、わたくしに相談してください。今度こそ、あなたを救ってみせますわ」》
自分だって苦しいはずなのに、それでも他人を救うことを諦めなかった。
そんな彼女の力になれないまま、その心に頼ってしまったまま。
──《「明日の朝を、ここにいる14人で迎えましょう」》
俺達に向かって、そう強く述べた彼女は。
蒼神紫苑は。
死体となって、目の前に現れていた。
「あ、ああ……」
この光景が悪夢だと断じる事ができたなら、どれほど幸せなのだろう。
そんなことを考えてしまうほどに、現実はどうしようもなく立ちはだかっている。
「くぅ……!」
悔しそうに息を漏らしながら、城咲が製作場前の桟橋に泊められていたボートに飛び乗った。
「城咲?」
「蒼神さんを助けましょう!」
「……え?」
返ってきた城咲の声に、大天が反応した。
「あのぼーとは、平並さんを追いかけているときにはありませんでした! となると、わたしたちが製作場のなかにいるときに流されたということになります!」
そう話しながら、城咲はボートにくくりつけられていたロープをはずす。
「ものくまが、何を持って蒼神さんが死んでいると判断したのかは分かりません! 蒼神さんがいつどのようにころされたのかも分かりません! もう、ておくれかもしれません! ですが、蒼神さんは血を流しているようには見えません! もしも、まんがいち、はんこうがたった今行われ、それが見ての通りできしだったのなら! 今すぐ救命措置を行えば、助けられるかもしれません!」
その叫びとともに、城咲は蒼神の乗ったボートへ向けて川をオールで漕ぎ出した。
救命措置。確かに、それができる可能性はある。その可能性がどれほど薄いかなんて考えるまでもないが、それでも、蒼神を助けられるかもしれないという希望はそこに残っている。逆に言えば、そのかすかな希望にすがるしかない。
城咲は、蒼神の姿を前にしても尚、冷静に一瞬でそこまでの判断をしてのけたのか。……いや、あのボートを目にした瞬間、確かに城咲の声は震えていた。そこから、蒼神を救う方法を探すように頭を切り替えたんだ。
「城咲! 俺は何をすればいい!」
城咲が必死に行動しているのに、俺がただ突っ立っているわけには行かない。何か、できることはないか。
「今はそこで待っていてください! ボートになにか紐がくくりつけてあるので、それを使って岸にたぐりよせましょう!」
返ってきたのは、そんな言葉。言われて目を凝らしてみれば、確かにボートの頭に黒い毛糸のようなものが結びつけれられているのが街灯の光に照らされていた。その先は川の中に沈んでいる。よく見つけられたものだ。
少しして、蒼神のボートにたどり着いた城咲が、毛糸を川から引っ張りあげる。予想以上に長かった毛糸に一瞬驚いた様子を見せた。それを持って乗っているボートを少しだけこちらに近づけると、城咲はその毛糸を俺のほうへ投げてきた。
「平並さんと大天さん! おねがいします!」
城咲の鬼気迫る声に促され、俺は毛糸を引っ張る。川の流れに逆らってはいるが無理なものでもない。毛糸が細く手に食い込むが、そんなことは気にしていられない。
「大天、手伝ってくれ!」
ボートを手繰り寄せながらそう声をかけると、呆然と蒼神の乗ったボートを見つめていた大天は、ハッと何かに気づいたような顔になった。
「わ、分かった!」
大天は、そう答えてピンと張った毛糸に手を伸ばした。
しばらく二人でボートを引き寄せる。城咲が桟橋に戻ってきたあたりで、蒼神の乗ったボートも岸にぶつかる。それを城咲が桟橋についてた紐を使って桟橋と結びつけて、ボートは川岸に沿うように固定された。
間近で見る蒼神の体。ボートの中に水がたまっていて、そこに蒼神は顔を突っ伏している。乾いた背中は、波に揺られて静かに上下するだけだった。
ボートは頭のほうに少しだけ下に傾いている。足の方はほとんど濡れていない。
「平並さん、足のほうをお願いします!」
俺にそう指示する城咲は、蒼神の両肩に手を当てている。このまま持ち上げる気だ。あわてて俺も蒼神の足を掴む。
その肌には、まだぬくもりが残っていた。
「せーの!」
と、掛け声を合わせて蒼神を持ち上げる。慎重に陸に寝かせて、城咲はすぐに仰向けに体を転がした。
水に濡れたその顔は、とても死んでいるとは思えないほど、穏やかだった。だが、そこに生気は感じられず、息をする音も心臓の胎動もない。額に、横向きに一本軽い痣のような跡が走っているのが気になった。
「ええと、こういうときは人工呼吸するんだっけ?」
「いえ、それよりも心臓まっさーじの方がよいでしょう」
と、言いながら城咲は蒼神の胸に手を当ててその上に身を乗り出し、蘇生処置の構えを取る。
「蒼神さんの、心臓は、動いて、いません。まずは、心臓を、動かすことが、先決です」
テンポよく蒼神の胸を押しながら、そう答えてくれる城咲。
「それに、どくの、かのうせいも、ありますから、こちらの、方を、優先、しましょう」
毒……そうか、蒼神は毒を飲まされたかも知れないのか。
暗闇にぼんやりと浮かぶ実験棟に目をやる。アレは根岸が管理しているはずだが、万が一、ということもあるかもしれない。
ともかく、今は城咲に託すしかない。ただひたすらに、祈る。蒼神が死んでから、何分経った? まだ間に合うのか。それすら分からない。
「おねがい……」
ポツリと呟くのは大天。両手を組んで目を瞑って必死に祈っている。そうだ、祈るしかない。
城咲が蒼神の胸を押す音が、川の中へと消えていく。
それが、ずっと続いていた。
そして、何分経っただろう。
「オイ! 何があったァ!」
ゲートが開き、ドタドタといくつもの足音とともに皆が【体験エリア】に駆け込んできた。全員が、揃っている。
「……蒼神さん!」
杉野が叫ぶ。城咲が蒼神を心臓マッサージしているのを見つけたようだ。
「ひっ……」
他の皆からも、悲鳴が上がる。
皆、城咲の姿を見て理解したのだろう。発見された『死体』が、一体誰だったのかを。
「うぷぷ……うぷぷぷぷ……」
そして、あのダミ声が耳に届いた。
「ぶひゃひゃひゃひゃ! サイッコーの気分だね!」
案の定、モノクマがそこにいた。
一体何が。何がそんなに面白いのだろう。人が、死んだというのに。
その笑い声を背にしながら、城咲は尚も心臓マッサージを続けている。
「はーい! というわけで、二度目の事件が発生しました! なんか色々悪あがきしたみたいだけど、全然意味なかったね!」
無言を貫く俺達に、モノクマは心底楽しそうに語りかける。
腹立たしいその言い分は、確かに的を射ているだけに何も言い返せない。ただ、自分の無力さを呪うしかない。
「だからほら、城咲サンもいい加減諦めなよ」
「ですがっ!」
「ていうか、もう無理だって分かってるでしょ。そんだけやって生き返らないんだから」
「…………」
……救命方法に詳しいということは、つまり、その逆もしかりなんだろう。きっと、蒼神が生き返る望みが限りなく薄いことなんか、城咲自身がよく分かっているのかもしれない。
けれど、城咲は何も答えない。その手も止めない。
「大体、城咲サンの頑張りを認めて話しかけるのはやめてあげたんだから感謝してよ。蘇生活動に集中できたでしょ? ま、無駄だったけどねー!」
「黙れよ、モノクマ!」
「はいはい、口先だけの人こそ黙ってなよ」
必死に誰かの命を守ろうとする行動を、無駄の一言で片付けるモノクマに怒りが湧いた。けれども、モノクマは簡単にあしらった。
「おい、メイド」
そんな中、岩国が口を開く。
「いい加減手を止めろ。話が進まん」
「てめー……どォしてそんな態度がとれんだよ!」
火ノ宮が、岩国から冷たく言い放たれた言葉に噛み付いた。
「アレを見て、なんとも思わねェのかよ!」
「……鬱陶しい、と言えばいいのか?」
「てめーッ!」
その叫びとともに、ガッと岩国の胸倉を掴む。
「落ち着いてください!」
杉野が必死に取り押さえる。
「内輪もめをして何になるのですか! 今はそんなことをしている場合ではないでしょう!」
「んなこたァ分かってる! 分かってっけどよォ!」
「だったら手を離せ、クレーマー。このままだと捜査できずにクロ以外全滅だ。それでもいいなら構わないが」
「………………チッ!」
岩国の言葉を聞いて、火ノ宮はこれまでで一番大きな舌打ちと共に、岩国を突き飛ばすように手を離す。
……火ノ宮が、誰かに手を出しているのは初めて見た。よほど、岩国の言葉が許せなかったのだろう。
「岩国さんも、わざわざ火に油を注ぐような真似をする必要はないでしょう。対立するつもりはないと仰っていたではありませんか」
「……ふん」
よれた学生服を直しながらそっぽを向く岩国。彼女は、どうして死体を見ても冷静でいられるのだろう。生来の性格の強さがあるのだろうか。
「……そして、城咲さん」
混沌としかけた場を収めた杉野が、更に言葉を続ける。
「城咲さんの、諦めたくないという気持ちは十分に理解できます。蘇生処置が無駄だとも言いません。ですが、僕たちは足を進めなくてはなりません」
「…………」
「この先に待つ学級裁判を乗り切るために、捜査を行わなくてはなりません。ほかならぬ蒼神さんも、きっとそう言うでしょう」
杉野にそう諭されて。
ここで、ようやく城咲はその手を止めた。
「…………」
無言で、蒼神の体を見つめている。
場が、静まった。
「はい、杉野クンお疲れ様! オマエはこの中だとちょっとばかし優秀だよね。あとは蒼神サンも優秀で助かるよ。 ま、死んじゃったけど!」
「……僕は、あなたのために皆さんを落ち着かせたのではありません。話を進めましょう」
「じゃ、ヤル気満々の杉野クンのために、本題に入ろっか!」
楽しげに両手を掲げるモノクマ。
「それでは、この後蒼神サンを殺したクロを見つける学級裁判を執り行います! というわけで、そのための捜査時間をあげるから、頑張って捜査してね! 例によって食事スペースのカギは開けておくから。それじゃ、ファイトだよ!」
ファイト、だなんて明るい言葉をよく使えるものだ。
「あと、死体の検死結果も『システム』に送っておいてあげたよ! 感謝してよね!」
「話すことはそれだけですよね。それでは、早く帰ってください」
「なんだよ、その扱いは! もういいよ! 裁判場で待ってるからな!」
杉野にあしらわれたモノクマは、ぷんすかと音を立てていつものようにどこかへと消えてしまった。
それを確認して、続けて杉野は口を開く。
「……それでは、捜査を始めましょう」
まるで、蒼神がいなくなった穴を埋めるかのように、杉野が場を仕切る。蒼神が生きていた頃だって杉野はこういう役回りだったが、いざこうして杉野が進行役になると、その欠けた穴を強く感じる。
「前回の、新家君が殺されたときと同じように、現場の見張りと検死役を立てたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
「その提案には賛成する。だが、その前に聞いておきたいことがある」
そんな意見を口にしたのは、岩国だった。
「死体を発見したときの状況。それと、発見までの経緯。その二つをこの三人に聞かなければ、捜査は始められない」
そのまま、岩国は俺のいる方を向く。それに釣られるように、他の皆の視線もこちらに集まる。
俺達三人……俺と、城咲と大天へと。
「こんな時間に、こんな所で、どのように死体を発見したのか。それ今この場で話してもらうぞ」
突き刺すような岩国の言葉。
「そォだ。大体、オレ達は個室に閉じこもるっつー約束だったじゃねェか!」
火ノ宮の怒号。
分かってる。その約束を破って、俺達はここで蒼神の死体を発見した。
その経緯を説明すること自体は、たいした問題じゃない。けれど、その中身に一つ問題がある。
「…………」
ちらりと、大天を一瞥すれば、彼女は下を向いて黙り込んでいた。
言うべきなのだろうか。大天が、俺を殺そうとしたことを。
「火ノ宮君、そう憤るな。
どうすべきかを考えていた俺の耳に、そんな明日川の声が届く。
「彼らも、ボク達と同じように『手紙』を受け取った。それしかないはずだ」
「「……え?」」
続いた明日川の台詞を受けて、俺と城咲の声が重なった。
「そりゃァそうだろォけどよ。オレが言いてェのは、何でその誘いに乗ったかって事だァ!」
「ちょっとまってください! まさか、みなさんも、よびだし状をうけとったのですか?」
たまらず、といったように城咲が口を挟む。
「全員ではありませんがね。現に、僕の元には呼び出し状は届いていません」
そう答えたのは杉野。
「他にも、届いていない方が何名かいらっしゃいますが……」
「その情報共有は後にしろ。今は、凡人どもの話を聞く時間だ」
杉野の言葉を岩国が止めた。それ以上は喋らず、こちらが話し出すのを待っていた。
「お前達の言うとおりだ。俺達は、三人とも呼び出し状で呼び出された」
いつまでも皆に時間を取らせるわけに行かない。
まずはじめに俺から経緯を話し始めた。夜中に、部屋のチャイムを鳴らされたこと。ドアが開いていたこと。落ちていた呼び出し状を見て、緊急事態だと思って製作場に向かったこと。
「そうしたら、製作場の工作室に大天がいたんだ」
と、そこまで話して言葉が止まる。
……ここであったことを、話すべきか? 話す必要は、あるのか?
「どうしましたか、平並君?」
杉野が尋ねてくる。
「ああ、いや……」
大天を見る。
俺は大天に殺されかけた。けれど、話を聞けば彼女も呼び出されただけのだという。彼女だって、かつての俺のように追い詰められただけなのだ。
事実、直後に心臓マッサージを受ける蒼神を見ていたときは、必死に彼女の蘇生を祈っていた。
それに。
──《「【言霊遣いの魔女】をこの手で殺す! それが私の人生なの!」》
…………。
「とりあえず、俺が話すのはここまでだ。じゃあ次は大天が……」
「一つ言っておくが」
話を切り上げようとした俺に、岩国の言葉が突き刺さった。
「情報を隠すなよ。自己保身のつもりか何なのか知らないが、言うべきことを言わないのはクロに味方する人間と判断するからな」
「情報って……」
「ぬいぐるみから【動機】を与えられて、こんな夜中に遭遇して、それでも何もなかったと言うつもりか」
「いや……」
見透かされている。
「そうでなくとも、お前はなにかしでかすんじゃないかと思っているが」
「どうなのですか、平並君。僕としては、何事もないというのも十分ありうる話だと思っていますが」
と、言葉を続けるのは杉野。
返答に困って大天を見ると、返ってきたのは、
「……話せばいいじゃん」
という言葉だった。
「……隠して悪かった。大天に、殺されそうになったんだ」
「殺されそうになった?」
「う、嘘だ!」
驚いたような岩国の声を掻き消すように、根岸が叫んだ。
「こ、殺そうとしたのは、お、お前の方だろ! と、というか、あ、蒼神を殺したのもお前なんじゃないのかよ!」
「何を、言って」
「お、お前がここにいるのが何よりの証拠だ!」
ダムが決壊するように、怒りが流れ込んでくる。
「お、お前! す、睡眠薬はどうしたんだよ! お、お前は部屋で朝まで眠ってるはずだろ!」
「睡眠薬、であるか?」
「そ、そうだよ……! ふ、不安で寝れないとか言って、す、睡眠薬をくれって蒼神と一緒に頼んできたんだよ……!」
「睡眠薬って、化学室の? どうして根岸君に?」
「……薬品は、危険なモンもあるだろ。夜中は根岸が管理することにしてたんだ。つっても、開放されて何日かしてからやりだしたから完全な管理にはなってねェんだが、それでも今日平並が薬を得るなら、根岸からもらうしかなかったんだよ」
大天が上げた疑問に、その管理の発案者であるらしい火ノ宮が答えた。
「それで、お前は何も考えず凡人に薬をあげたというわけか」
「な、何も考えてないわけじゃない……! あ、蒼神が、絶対に平並のいる部屋のドアを開けないって、い、言ったから……!」
少し震えながら、岩国に反論する根岸。
「そ、それなのに、こ、こいつは! す、睡眠薬を飲む気なんか最初からなかったんだ! あ、蒼神をだまして、へ、部屋を抜け出した! だ、だからお前はここにいるんだろ!」
「そんなことしてない!」
「睡眠薬……確かに、ありゃァかなり強力な薬だったはずだ。てめーは、なんでこんな時間に起きてられるんだァ?」
「それならちゃんと理由がある! 薬の飲み方を間違えたんだ!」
その言葉に続けて、俺はモノクマから聞いた薬の効果について説明した。二回に分けて飲んでしまったからだと、皆に伝えた。
「う、嘘に決まってるだろ……! で、でっち上げだ……!」
けれども返ってきたのはそんな反応だった。
「嘘じゃない! 後でモノクマにでも聞けば分かる。アイツは、聞けば答えると言っていたから」
「……そ、その効果が本当だとしても、お、お前が薬を飲んだ証拠にはならないだろ……!」
「そ、それは……そうだが」
確かに、それは根岸の言う通りなのだ。俺が睡眠薬を飲んだことは証明できない。もし俺が本当に薬を飲んでいないのなら、もらった二錠の睡眠薬を見せればそれで済む話なのに。
「な、なんだったら、す、睡眠薬は、あ、蒼神を殺すのに利用したんじゃないのかよ!」
「根岸君。今はそこまでにしましょう」
更に憤る根岸を、杉野がいさめた。
「な、なんでだよ杉野! ど、どう考えても、こ、こいつは怪しいだろ!」
「ええ、怪しいです。ただでさえ先日の殺人未遂と【動機】の件がありますし、今の睡眠薬の話を聞けばなおさら怪しいと、僕も思います」
「だ、だったら!」
「ですが、それは一方的に決め付けるべきではありません。この後の学級裁判で、皆で議論して決めることです」
「…………」
「今は、捜査のための時間です。平並さんへの追及は後にして、まずは話を聞きましょう」
「……わ、わかったよ」
根岸は強く俺を睨んだままだが、そう答えて口を閉ざした。
「それで、平並君。殺されかけた、というのは?」
「あ、ああ。そのままの意味だ。置き手紙の通りに工作室に向かったら、そこで大天に襲われた。警戒はしてたんだが……な」
「そうですか。大天さん、本当ですか?」
そんな風に話を振られた大天は、
「……本当だよ」
と、ぶっきらぼうに返した。
そして、そのまま自分が工作室に至った経緯を話した。部屋に戻ってから【動機】の記憶のヒントを見て殺人を決意したこと。試行錯誤してうまく行かなかったが、そんな時に呼び出し状が来ているのに気づいたこと。その相手を返り討ちにするつもりで工作室で待ち伏せし、そしてやってきた俺を殺そうとしたこと。それをぽつぽつと皆に語っていた。
「……ねえ、大天さん。殺人を決意するほど、取り戻したかった記憶って、なんだったの?」
「…………」
七原がそうたずねるが、大天は何も答えなかった。
「それは、まあ色々あったんだろ。それより、最後に城咲から話してくれ」
「あ……はい」
無理矢理話を切り上げて城咲にバトンタッチする。
「えっ?」
「わたしは、展望台に来るようにとよびだし状で呼び出されました」
戸惑う七原だったが、城咲が呼び出し状を見せながらそう説明を始めると追及をやめた。……大天だって、あの過去のことは何度も話したくないだろう。あんな話は、わざわざ皆に伝える話じゃないはずだ。……俺と城咲だけ聞いておいて、勝手なことを言っているかもしれないが。
「わたしもこれがわなであることはわかりましたが、このよびだし状をだしたかたを説得するため、展望台に向かいました。無視したところで、その方のさついを抑えることができなければ、いずれ事件はおこってしまいますから」
「それで、部屋に篭る約束を破った、というわけですか」
「提案していただいた杉野さんには申し訳ないと思ったのですが、なによりも、自分ができることをすべきだと思いましたから」
「……シロサキ、オマエは自分が殺されるとは考えなかったのか?」
「なんども申し上げていますとおり、わたしは身を守るすべを持っています。足の速さにもじしんがありますし。それに、じぶんが殺されることよりも、みなさんを救えないことのほうがずっといやでしたから」
「…………」
「心配しなくても大丈夫だよ、スコット君。城咲さん、すごい強かったから。私も荒事にはなれてるつもりだったけどさ」
ふてくされるように、大天がそう告げる。
「…………」
「はなしをつづけますね。そういった経緯で、やくそくの時間から……そうですね、20分ほど前から展望台で待っていました」
その後、中央広場で転ぶ俺を見かけて、異常事態と判断してそれを追いかけたら俺に襲い掛かる大天を見つけたので止めに入ったこと。それぞれが呼び出し状に呼び出されたことを知り、蒼神を探そうと製作場の外に出てすぐに妙なボートを見つけてあのアナウンスがなったこと。それを確認すれば、うつ伏せでボートに倒れ込む蒼神の姿があったこと。そして、蒼神を助けようとしてボートを手繰り寄せ救命活動を行っていたことを、城咲は話した。
「と、わたしから話すことはここまででしょうか」
「ありがとうございます、城咲さん」
「……お前達」
礼を述べる杉野と対照的に、冷たい声色でまたしても口をはさむ岩国。
「いや、この際だから全員に言っておく。死体を見つけたら、現場保存を徹底しろ。少なくとも、全員がそろうまで場を荒らすな」
「ちょっと待ってよ、琴刃ちゃん。そんな言い方はないんじゃない?」
「なんだ、腹話術師」
「かなたちゃん達は、紫苑ちゃんを助けようとしたんだよ? それって悪いことなの?」
「……まだ生きているのならともかく、死体発見アナウンスが鳴った以上、生徒会長はもう死んでいると判断すべきだ。死体を動かすことは、証拠の消失につながる恐れがある」
「紫苑ちゃんを助けられたら、裁判自体がなくなるかもしれないよ。助けられる可能性があったんだから、かなたちゃん達の行動は責められないと思うけど」
「だが、助けられなかっただろう。初めの状況の死体を目撃したのが三人だけというのは、裁判に大きな影響が出る。裁判に影響が出るということは、俺達の命が脅かされるということでもある。『俺達は仲間だ』とかほざくんだったら、学級裁判のことも考慮に入れて行動しろ」
「でもさ」
『もうやめとけ、翡翠。琴刃の言うことだって間違ってねえだろ』
「……分かったよ、琥珀ちゃん」
「自分で話を切り上げるなら最初から口を挟むな」
「今のは琥珀ちゃんが言ったんだもん!」
「そこまでにしてください」
終わりそうにない二人の口論を打ち切って、杉野が強引に話を進める。
「お三方からお話は聞けました。時間もありませんので捜査に移りましょう。現場の見張りは、前回と同じく城咲さんとスコット君にお願いしてもよろしいでしょうか?」
「かまいません」
「オレも問題ない」
「ありがとうございます。では、検死の方ですが……」
杉野は一旦言葉を止めて、火ノ宮の方を見た。見張りとは違って、軽率には頼めないからだろう。
「……かまわねェぜ。今回もオレがやる」
「ありがとうございます」
「その
「なんでしょう、明日川さん」
「
言葉選びこそ相変わらず独特なものの、真剣な表情でそう口にする明日川。確かに、【超高校級の図書委員】の才能を持つ明日川なら、そのくらいの知識は……ん、ちょっと待てよ。
「明日川。お前、この前は『自分が読むのはフィクションだから』とか言ってなかったか?」
「……
「あ……」
そのバツの悪そうな声を聞いて、罪悪感を覚えた。
「……言いてェことは色々あるが、今はそんな場合じゃねェ。その記憶力は頼りにしてっからな」
「ああ。期待していてくれ」
「では、検死役はお二方にお頼みします。それと……大天さん」
その名を呼び、杉野が彼女に目を向ける。
「先程殺人未遂を行ったということで、大天さんもこの現場に残っていただけますか? 捜査をするなとは言いませんが、あなたを自由に動き回らせるわけにはいきません。少なくとも、城咲さんの目の届くところにいてください」
「……分かったよ」
今更、無理に反発する気はなかったのだろう。時間が惜しいのは彼女も同じだ。
「そ、それを言うんだったらそいつはどうなるんだよ……!」
「根岸?」
「ひ、平並だって、ぼ、ぼくたちを殺そうとしたじゃないか……!」
「それは……」
そんな叫びを聞いて、口ごもる。何も言い返せないが、捜査ができなくなるのは困る。
「根岸君の意見も尤もですが、今回に限っては彼は僕達と同じく白とも黒とも言えないグレーの存在と言うべきでしょう。大天さんに殺されかけてもいますしね。それに、前回の学級裁判での彼の貢献を無視するのは些か勿体無いように思います。ですから、そうですね……彼には、僕と一緒に捜査をしてもらう、というのはどうでしょうか? 単独行動は、決して取らせません」
「……け、けど……」
「ネギシ。納得出来ないのはわかるが、このままだといつまで経っても捜査が始まらないぞ」
「…………」
スコットに諭され、根岸は黙り込んだ。
「それでは、捜査に移りましょう。何が証拠となるかは分かりません。何がクロを限定する根拠になるかは分かりません。どんな些細な事でもかまいませんので、とにかく情報を集めましょう」
そう言って、杉野は話を切り上げた。
【学級裁判】の時は近い。また、全員の命を懸けた絶望的な時間が始まってしまうのだ。
蒼神は、もう二度とこんな時間は訪れて欲しくなかっただろう。それはきっと、自分のためなんかではなく、皆のためだったのだ。いくらそこに野望が絡んでいようと、全員でここを脱出することこそが蒼神の願いであったことに間違いはない。
それでも、そんな彼女の死をもって、【学級裁判】は始まってしまう。
瞬間、脳裏に【才能】の二文字が蘇る。
その才能さえ手にしていれば、この惨劇は回避できたのだろうか。俺が凡人でさえなければ、もっと違った
けれど、何を考えたところで、モノクマに奪われた才能はかえってきやしない。蒼神が殺された現実も消え去らない。
だから、必死に、捜査をしよう。死んでしまった蒼神の願いを、せめて少しでも叶えるために。
【才能】のない俺にできるのは、それだけだから。
本年の投稿はこれでラストになります。
本格的な捜査開始は次回です。よいお年を。