ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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日常編② 偽りの青空の下で

 【1日目】

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 ザザーン……ザザザーン……。

 

 ……木々が揺れて、葉がこすれる音がする……。

 ……俺は希望ヶ空学園に入ろうとして、それで……。

 俺は……どうなったんだ……?

 

 ゆっくりと目を開けると、そこに広がっていたのは雲一つない青空だった。とてもよく澄んだ青空が……いや、違う。空じゃない。わずかな違和感の後によく目をこらしてから、ようやくそれが『空の映像が映し出された天井』であることに気が付いた。

 ……どういうことだ?

 

 身体を起こして周りを見渡せば、俺はどうやら巨大なドームの真ん中に倒れていたらしい、ということが分かった。直径が数百メートルはありそうなドームの中にはいくつかの建物があり、端の方には木々が並んでいた。いったいどこなんだ、ここは。

 と、そこでやっと、少し離れたところにしゃがんでこっちを見ている人がいることに気が付いた。白いベストの制服を着た、真っ赤な髪の男子だ。

 

「起きたみてェだな! いつまで寝てやがんだ!」

 

 彼は、すっと立ち上がるとこちらのほうに近づいてきた。聞きたいことは山ほどあるが、とりあえずはこれを聞いてみよう。

 

「……ここはどこだ?」

「んなもん知るか! わかってんのは、どこかのドームの中ってことだけだ! 詳しいことは皆が戻ってこねェとわからねェな!」

 

 俺の質問に返ってきたのは怒号とも言えるような大声だったが、よく聞けばきちんと質問に答えていることが分かる。でもわざわざ叫ぶ必要はないと思うんだが……それより、気になることがある。

 皆ってことは、他にも人がいるのか?

 そのことを聞こうとしたが、それより先に向こうが口を開いた。

 

「それよりまずは自己紹介だな。オレは、【超高校級のクレーマー】として希望ヶ空学園20期生にスカウトされた火ノ宮範太(ヒノミヤハンタ)だァ! なんか文句でもあんのか!」

 

 

   【超高校級のクレーマー】

     《火ノ宮 範太/ヒノミヤ ハンタ》

 

 

 またしても、火ノ宮が怒号を上げた。いちいち叫ばないでくれ……どうして自己紹介するだけでけんか腰になるんだ。

 

「文句はないが……【クレーマー】?」

「おい、てめー! 今、クレーマーって聞いて『いちゃもんをつけてばっかの悪質な客』って思っただろォ!」

「あ、ああ……」

「オレをあんな奴らと一緒にするんじゃねェ!」

 

 いきり立つ火ノ宮。だんだんこのテンションにも慣れてきたな。

 

「いいか!? オレがクレームをつけるのは商品に欠陥があったときだけだ! 自分のミスすら企業のせいにする『悪質クレーマー』とはまったくもって別物なんだよォ!」

「そ、そうか……すまん」

「フン、わかりゃいいんだ!」

 

 広いドームの中で火ノ宮の声がこだまする。

 クレーマーという肩書で一瞬誤解をしてしまったが、彼は自分の肩書に誇りを持っているようだ。

 

「で、てめーの名前と才能はなんだ? どーせてめーも希望ヶ空の20期生なんだろ?」

 

 っと、今度は俺の番か……ん?

 

「ちょっと待て! どうして俺が希望ヶ空にスカウトされたことを知ってるんだ! しかも、20期生だって!」

「あ? ここに集められてた連中が皆そうだったから、多分そうじゃねーかと思ったんだよ。さっきも言ったがよ、オレも20期生なんだよ」

 

 ……なるほど。

 

「その反応から見るに、当たったみてェだな」

「さっきから気になってるんだが……皆って、他に何人いるんだ」

「オレ達を除いて14人だ」

 

 ということは、全員で16人か。このドームに16人という人数は、案外多い……いや、少ないのか? どうなんだろう。

 

「で? てめーの名前は?」

「あ、ああ。俺は、平並凡一。【超高校級の普通】として希望ヶ空にスカウトされたんだ」

 

 

   【超高校級の普通】

     《平並 凡一/ヒラナミ ボンイチ》

 

 

「【超高校級の普通】? それがてめーの才能なのか?」

「ああ。ざっくりといえば希望ヶ空学園が調べた一番普通な高校生が俺らしい。何の特技も特徴もない、いうなれば【超高校級の凡人】ってところだ」

「【凡人】ねェ……ま、そんなの関係ねェや。仲良くしようぜ!」

「凡人の俺なんかでよければ、よろしく」

「あァん? 仲良くすんのに凡人がどうとか関係ねェだろうが! 変な事言ってんじゃねェぞ!」

「……ああ、すまん」

 

 火ノ宮は、口調は荒いし喧嘩腰なのも気になるが、よく見ればベストやワイシャツはピシッと着ているし、悪い人じゃないみたいだな。その口調でだいぶ損をしているんじゃないか。

 

「んじゃあ、てめーが寝てた時のことを簡単に説明するぜ」

「ああ、頼む」

「多分てめーもそうなんだろうが、オレは身体測定のために希望ヶ空学園に行ったんだ。そんで、敷地の中に入った瞬間に気を失って、気が付いたらここに倒れてたんだ。他の連中と一緒にな」

 

 そう言いながら、火ノ宮は地面を指さした。 

 

「ああそうだ。俺も、身体測定の為に希望ヶ空に行って……!」

「だろうな」

「だろうな……ってことは、まさか全員?」

「おォ。最終的にてめー以外は全員気が付いたから、自己紹介と、どうしてここにいるのかを確認しあったんだが、全員希望ヶ空に20期生としてスカウトされた【超高校級】の奴らでここに来る経緯もおんなじだった」

 

 ……16人全員が、同じ経緯を経てここで気絶していた……? そんなこと、あり得るのか? それに、全員希望ヶ空の20期生……どう考えても、偶然じゃない、よな。

 

「てめーも気づいてる通りここは巨大なドームみてェだから、とりあえず手分けして調査することになった。そんで、オレはここでてめーが起きるのを待ってたってわけだ」

「そうだったのか。ありがとう」

「気にすんな。目を覚まさないからって、一人だけ放っておく訳にもいかねェだろうが」

 

 火ノ宮の気遣いに感謝しつつ現状を改めて整理してみるが、結局のところ、まだ何もわからない。一番可能性が高いのは誘拐だが……それにしたって、人質をこんなところに放置しておく理由はない。ついでに言えば、こんな巨大なドーム施設、見たことも聞いたこともない。一体、ここはどこなんだ?

 

「さて、事情も話したことだし、平並の自己紹介がてらオレ達も調査に行かねえか?」

 

 考え事をしていると、火ノ宮からそんな提案を受けた。

 

「……そうするか」

 

 このドームがなんなのか、それは少なくとも自分の目で確かめてみないことにはわからないだろう。まあ、確かめたからってドームの正体がわかるとも思えないが、他の皆に挨拶はしておいたほうがいいはずだ。俺の肩書を聞いた時の火ノ宮の反応からするに、他の人達は立派に超高校級の才能を持っているみたいだから、純粋に気になるというのもある。えーと、20期生のスカウトには誰がいたっけ……思い出せない。

 

「おら、そこにこのドームの地図があるから見てみろ。どこから行くかはてめーに任せた」

 

 火ノ宮の示す方に顔を向けてみれば、なるほど確かに、木の看板に地図が載っている。地図があるということは、少なくとも利用者を想定した施設ということになる。……とにかく、地図に目を通してみよう。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 地図の上部には『宿泊エリア』との記述がある。こうやって明記するからにはこのドームは宿泊目的の施設なのだろうし、加えて言えば宿泊エリア以外のエリアもある、ということになるだろう。

 今俺達がいる場所……俺が倒れていたのは真ん中の【中央広場】だな。ここから八本の道が伸びていて、看板のほかにあるもの言えば、監視カメラとモニターくらいだけど……。

 

「このモニター、なんだ?」

 

 見た目は普通のモニターだけど、スイッチがどこにもない。リモコンがどこかに落ちているのかとも思ったが、見渡してみてもそんなものはなかった。なんでこんなものがこんなところに?

 

「知らねーよ、そんなもん」

「そりゃそうか」

 

 じゃあ、そうだな……『宿泊棟』から行ってみようか。

 

 

 

 

 《宿泊棟》

 

 宿泊棟とやらの前までやってきた。

 壁が真っ白に塗られた直方体の建物。規則的に並んだ窓や多少の汚れこそあるものの、その姿は豆腐を連想させる。高さからして二階建てのようだ。

 建物の中に入ると、広いロビーの壁に茶色いブレザーを着たオレンジ髪の女子がよっかかっていた。

 

「おや、キミの物語も無事に始まったみたいだね」

 

 彼女はこちらに気づくと、読んでいた分厚い辞書から視線を上げて話しかけてきた。

 

「……はい?」

「ああ、別に気にすることはないさ。これはボクの癖みたいなものだから」

 

 妙な言い回しをする彼女は、そう告げると辞書を閉じてこちらの方に歩いてきた。

 

「さて、自己紹介と行こうか。ボクの名前は明日川棗(アスガワナツメ)。【超高校級の図書委員】という役のしがない女子高生さ」

 

 

   【超高校級の図書委員】

     《明日川 棗/アスガワ ナツメ》

 

 

 若干芝居がかった彼女の台詞からは、きな臭さしか感じ取ることができない。

 

「【図書委員】……『役』ということは【演劇部】とかの肩書も持っているのか?」

「いや、そうじゃない。ボク達はもれなくすべての物語の登場人物(キャラクター)なんだ。キミにはキミの、そしてボクにはボクの物語があるんだ」

 

 要するに、【超高校級の図書委員】という肩書です、ということか。普通に話せばいいものを、とも思ったが、普通な高校生は俺一人で十分なのかもしれない。

 

「なあ、【超高校級の図書委員】だから、さっきから物語に絡めた台詞で話しているのか?」

「いや、それは因果が逆転しているな。正しくは、本好きが高じて【超高校級の図書委員】として認められたんだ」

 

 ……つまり、この中二病のようなしゃべりはただ単に本が好きだからそうしゃべっているわけか。冗談でそういう言葉選びをしているわけでもなさそうだ。

 

「それで? キミは一体、どんな役として物語を紡いでいるのかな?」

「は、はあ?」

 明日川の言葉の真意を図り損ねていると、隣にいた火ノ宮が助け船を出してくる。

 

「とっととてめーも自己紹介しろって言ってんだよ!」

「あ、ああ、なるほど……俺は平並凡一。【超高校級の普通】……いや、【超高校級の凡人】だ」

「【普通】、ね。『普通』とは、いつどこにでもあるような様子を表す言葉だけど、つまり君は一般高校生の代表であるという認識で問題はないかな?」

「ああ、大丈夫だ」

 

 明日川は脇に携えていた辞書を手に取ると一発で『普通』という単語のページを開き、意味を述べる。ただ、明日川がそのページを見ている様子はないから、辞書の中身は頭の中に入っているのかもしれない。ならなんでわざわざ開いたんだ。

 

「で? この施設は何なんだ? ま、名前から大体わかるけどな」

「ふむ、火ノ宮君の予測は間違っていないはずだ。ここは『宿泊するための建物』のようだよ」

「まあ、そりゃそうか」

 

 『宿泊棟』という建物が宿泊のための建物でないなら、日本語の乱れにもほどがあるだろう。ここまではわかりきっている情報だ。

 

「ロビーにはいくつかのテーブルとイス、そしてドリンクボックスがある。地図を見る分だとほかにもランドリーやダストルーム……焼却炉があるようだし、あからさまに生活のための舞台だ」

「地図?」

「ほら、そこにかかっているだろう」

 

 明日川の示す先には、確かに壁に地図がかけられている。近づいて確認してみる。

 どれどれ……。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 なるほど、明日川の言う通り、ランドリーやダストルームの文字が書かれていた。まあ、すぐそこにドラム式洗濯機のある部屋が見えているから、そこがランドリーなんだろうとは思っていたが。

 ただ、それよりも気になることがある。部屋ごとにいくつもの名前が書かれている小部屋だ。俺の名前や火ノ宮、明日川の名前が書いてあるということは、他の名前もおそらくここに集められた人たちの名前だろう。

 たまらず、明日川に質問を飛ばす。

 

「この、名前が書かれているのは?」

「ああ、それは多分――」

「あ、君、ちゃんと目を覚ましたんだね!」

 

 俺の質問に明日川が答えを返そうとしたその時、玄関ホールにそんな朗らかな声が響いた。

 声のする方を向けば、ちょうど緑色のパーカーを着たはねっ毛の女子が階段を下りてくるところだった。

 

「君の名前、ヒラナミ君であってるよね?」

「ああ、合ってるが、なんで俺なんかの名前を?」

「おい、マジで言ってんのかァ? この地図の名前から考えれば、すぐにわかんだろォ?」

 

 ああ、そうか。

 この地図に載っているのがここに集められた人たちの名前なら、すでに自己紹介しているだろう明日川達からすれば最後まで眠りこけていた俺の名前が余っている『ヒラナミ』だということは簡単に予測が付くだろう。

 

「それに、個室の前にかかってたドットのイラスト付きのネームプレートも見てたから間違いはないはずだけどね」

「個室? 明日川、この小部屋って個室なのか?」

「そうさ。おそらくそうだろうという推測の域は出ないけどね」

「推測って、どういう……」

「あくまで推測だ、というのは、カギがかかってて中に入れなかったからさ。だけど、『宿泊棟』にあってそれぞれ割り振られた部屋として考えられるのは個室しかないだろう? 奇妙な事件の起こる独特な名前を冠した館にだって、登場人物(キャラクター)ごとに個室は割り振られているんだから」

 

 後半はよく意味が分からなかったが、そういうことなら個室で間違いはないだろう。カギがかかっているのが気になるが……あとでカギが配られるのだろうか。

 

「あ、そうだ。私だけ名前を知ってるのも不公平だよね。私、七原菜々香(ナナハラナナカ)。【超高校級の幸運】として希望ヶ空にスカウトされたんだ」

 

 

   【超高校級の幸運】

     《七原 菜々香/ナナハラ ナナカ》

 

 

 手をパンと叩いて、笑顔で自己紹介をする七原。

 

「……お前が【幸運】だったのか」

「あれ? 私のこと知ってるの?」

「いや、そういうわけじゃないが、【超高校級の幸運】がどんな人なのか気になっていたからな」

 

 きょとんとする七原に、追加で説明を加える。

 

「俺は平並凡一。【超高校級の普通】としてスカウトされたんだが、【超高校級の幸運】とはあくまでも別枠みたいでな。普通の高校生から抽選で選ばれた【超高校級の幸運】はどんな人なんだろうと思ってたんだ」

「そういうこと……でも、私はただ抽選で選ばれたわけじゃないと思ってるの」

「どういうことだ?」

「私って、昔から運だけはよかったの。だから、私が【超高校級の幸運】としてスカウトされたのは、偶然なんかじゃなくてある意味で必然だったんだよ、きっと」

「……そうか」

 

 もしかしたら、その言葉の通り、七原は抽選で【超高校級の幸運】に選ばれたのではなく、その幸運を買われて希望ヶ空にスカウトされたのかもしれない。詳しいことは本人に聞いてみないとわからないが、七原は幸運の星のもとに生まれていたようだし。そして、例年は抽選枠だったところを新たに【超高校級の普通】という枠として俺をスカウトしたのだと考えれば、俺にスカウトが来た理由も納得がいく……のか?

 

「それで七原君、二階はどうだった?」

「全然ダメだよ。一応地図はあったんだけど、どの部屋も名前が隠されてる上にカギがかかってて何の部屋かもわからなかった。この建物でカギがかかってないのは、扉そのものがないランドリーとダストルームだけだね」

「カギがかかってる部屋にはなんかあんのかァ?」

「さあ、わからないよ」

 

 カギがかかってる部屋と掛かってない部屋がある? カギをかけるならすべての部屋にかければいいのに、どうして? 百歩譲って、個室の方は個人的な空間になるという理由が考えられるが、二階の部屋は……ダストルームと違って、俺達に隠しておきたい部屋ってことか?

 

「気になっていることは他にもある。キミたちも気づいているだろうが、中央広場にも存在していた監視カメラ(見張る者)モニター(映し出す者)だ」

 

 ……またややこしい言い方を……。

 

「モニターって、壁にかかってるアレのことだよな?」

「そうさ。まあ、モニターは娯楽のためのテレビである可能性があるが、それにしてはスイッチもリモコンも見当たらない。加えて言えば、監視カメラ(見張る者)は当然『何かを監視するため』に存在しているものなんだ。別に宿泊棟についていてもおかしいものではないが……何かが引っ掛かる」

 

 ……この分だと、このドームのいたるところに監視カメラとモニターは設置されているだろう。一体、何のために?

 

「あ、二階の地図は階段のところにあるよ。何の意味もないけど」

 

 七原の声を聞いて、階段の方を確認してみる。二階の地図……あれか。

 近づいて確認してみる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……。

 無意味にもほどがあるだろ。

 

「マジでなんもわかんねェじゃねェか!」

「だからそう言ったよね」

「……そろそろ他の人にも挨拶してくるか」

「じゃあ、ボク達はもう少しここを調査してみるよ」

「あまり期待はできないけどね」

 

 そして、俺達は宿泊棟を後にした。

 

 宿泊棟には16人分全員の個室が用意されていた。寝泊りするのに問題はないだけの設備は整っていたようだが、あいかわらずドームの謎が解決しない。むしろ謎が深まっているようにさえ思える。

 少なくとも、あの宿泊棟に何者かの意図が介在していることは間違いない。

 

「火ノ宮、次は……順に、玄関ホールの方へ行ってみよう」

「あァ、わかった」

 

 中央広場で方向を変え、俺達は玄関ホールへと向かう。その道すがら、俺はここで目を覚ました時の事、そして先ほど確認した宿泊施設のことを思い返していた。誰に聞かせるでもなく、ポツリとつぶやく。

 

「……ここは一体、どこなんだ」

 

 その答えは、依然、見つからない。

 

 

 

 

 

 

 

 《玄関ホール》

 

 玄関ホール、と書かれていた場所まで来ると、そこは大きく、そして重厚な鉄の扉で閉ざされていた。見たこともないような扉だ。たとえて言うなら、銀行の巨大な金庫の扉が一番近いだろうか。とにかく、見た目からしてそう簡単には開けられそうにないし、おそらくその推測は当たっている。

 案の定用意されている監視カメラとモニターはさておくとして、ひときわ目を引くのは扉の右上に設置されている立派なマシンガンだ。……え、マシンガン? さすがにおかしいだろ。こんなの、施設の設備としてあまりにも突飛すぎる。

 ……とにかく、その扉の前にいた男女に声をかけようか、と思ったあたりで、どこからか声が聞こえてきた。

 

『おっ、目ぇ覚ましたのか。良かった良かった!』

 

 ……ん?

 誰だ、今の声は。目の前にいる二人は明らかにしゃべっていないし、当然火ノ宮の声でもない。もっと甲高くて子供のような声だった。辺りをキョロキョロと見回す俺の耳に、再びその声が届く。

 

『どこ見てんだ! 真正面だ、真正面! ……そんで、下だ!』

「真正面?」

 

 真正面にいるのは、淡いピンクの髪の女子だ。白いブラウスに白いスカートという格好をしている。ただ、一番目を引くのは決して明るい色のそれらではなく、彼女が左手にはめている黒い人形だ。点のような目が付いていて、かわいらしい印象がある。

 

『おう、やっと気づいたな!』

「え、人形?」

『おうとも、オレは人形さ』

 

 俺の目の前で、人形がしゃべりだした。いや、頭ではわかっている。人形がしゃべっているわけはないと、だからつまり、この人形は、この人形をはめているこの女子は……。

 そんな彼女が口を開く。

 

「この子の名前は黒峰琥珀(クロミネコハク)って言うの。気軽に琥珀ちゃんって呼んでね」

『おいおい、琥珀ちゃんはねえだろうがよ』

「いいの、琥珀ちゃんで」

 

 二人が、喋っている。女子と、黒い人形――黒峰が、軽快に会話を交わしている。俺は、眼前で繰り広げられる奇妙な光景に、ただただ絶句するばかりだった。

 

「えっと……この人形が黒峰……でいいのか?」

『そうそう。そんで、コイツは露草翡翠(ツユクサヒスイ)。もうわかっているだろうが、【超高校級の腹話術師】だ』

 

 

   【超高校級の腹話術師】

     《露草 翡翠/ツユクサ ヒスイ》

 

 

 露草翡翠……その名前を聞いて、ようやく思い出す。メディア露出を極端に嫌うその性格から一般的な認知度こそ低いものの、業界の間では一目置かれている、そんな腹話術師らしい。らしいというのは、あくまでもネット上の噂に過ぎず、俺自身直接見たことがないからだ。人形と本人の軽妙な言葉の掛け合いが人気、とのことだったが……。

 

『ほら、翡翠もなんか喋れって!』

「翡翠は特に言うことは無いからねー」

『そんなこと言わずに自分で自己紹介しろって! いつも腹話術でオレに紹介させてるじゃねえか!』

 

 なるほど、確かに二人の会話は流れるように続いていく。しかも、さっきから黒峰がしゃべっている間は露草の口がピクリとも動いていない。その技術の高さはトップクラスだろう。これが【超高校級の腹話術師】か……。

 

「腹話術なんてとんでもない。翡翠は、自分で喋れない琥珀ちゃんの代わりに声を出してあげてるだけなんだから」

『よく言うぜ! 俺がいないとまともに喋ることさえできないクセに!』

「もう、なんてこと言うの!」

「……てめーら、よくもまあこんなに喋れるよなァ」

『ひでえ言い草だな!』

 

 しかし、火ノ宮の言い分に全面的に賛成だ。掛け値なしに、露草と黒峰だけでいつまでも喋っていられるんじゃないかと思ってしまう。

 

『ところで、お前の名前はなんつーんだ?』

「俺は、平並凡一。一般人代表の、言うれば【超高校級の凡人】だ」

『【凡人】か、希望ヶ空はそんなヤツもスカウトするんだな』

「いや、凡人っていうのはあくまで俺が自分で言ってるだけだ。本当は【超高校級の普通】としてスカウトされたんだが……まあ、その認識で間違いない」

『そういうもんか』

 

 そういうもんだ。

 

「ってことは、凡一ちゃんって呼べばいいね!」

「ぼ、凡一ちゃん!?」

 

 生まれてこの方、そんな呼ばれ方をしたのは初めてだ。

 

『よろしくな、凡一!』

「……黒峰、後で露草にせめてちゃん付けをやめてくれって言っておいてくれ」

『ま、伝えるだけ伝えておいてやるよ』

「やめないよ?」

 

 ……勘弁してくれ。無性に気恥ずかしいから。

 

「次は俺様の番だな!」

 

 露草と会話劇を繰り広げていると、隣に立っていた真っ黒な服装のぼさぼさ髪の男子の自己紹介が始まった。……どうでもいいけど、やけに高圧的な態度だな。彼が、声を張り上げる。

 

「聞いて驚け! 俺様は【超高校級の王様】だ!」

「お、【王様】?」

 

 こんなぼさぼさな髪をした奴が王様なのか? いや、この横柄な態度からはまさに王様という雰囲気が出ているのだが……ううむ。

 

「そうだ! 俺様こそがかのインバスア王国の王様だ!」

「インバスア王国?」

 

 別に世界の国々について詳しいわけではないが、そんな国、聞いたことがない。

 

「インバスア王国を知らないのか? 250年前から続く由緒ある王国なのだぞ?」

「すまん、知らなかった……」

『凡一、知らなくて当然だぜ?』

 

 え?

 

「申し訳なさそうにしてっけどよォ、んな国はねェよ!」

「でも今【超高校級の王様】だって……え、嘘?」

 

 思わず振り向いて、目線で彼に真偽を確認する。すると、彼はへらへらと笑いだして、

 

「ごめんごめん。ちょっとしたジョークだよ。こんな状況だから、ちょっとでも和ませようと思ってさ。正直に言うね。僕は【超高校級の呪術師】なんだ」

「【呪術師】って、呪いか? 五寸釘だとか、そういう」

「そうそう。不幸の手紙から黒魔術までなんでもござれだ」

 

 希望ヶ空学園は、そんなオカルトじみた才能までスカウトしているのか?

 

「それは本当か?」

『嘘だぜ』

「……」

 

 ノータイムで黒峰の声が聞こえてきた。無言で嘘をつく彼をにらみつける。

 

「ちょっと露草っち、早すぎるネタバレは興がそがれるだけだぜ?」

「今のは翡翠じゃなくて琥珀ちゃんだよ?」

「ああ、そうだったな、ごめんごめん」

 

 またしてもへらへらと笑いだした。な、なんだこいつは……。

 

「……で、本当は?」

「わかったっちゃ、わっちの名前は陰陽師……なんだよその目は……わかったよ、正直に言うよ」

 

 すると、彼は右手で髪の毛をガシガシと搔いたかと思うと、へらへらとしていた顔をすっとけだるげな表情へと変えた。

 

「はぁ……俺の名前は古池河彦(フルイケカワヒコ)。【超高校級の帰宅部】だ」

 

 

   【超高校級の帰宅部】

     《古池 河彦/フルイケ カワヒコ》

 

 

 【帰宅部】? 一体どういう才能なんだ、それは。また嘘をついて、俺をからかってるんじゃないだろうな。

 

「あ、お前今『【帰宅部】なんてどうせ嘘だろう』とか思っただろ」

「……よくわかったな」

「思いっきり顔に出てたぜ、平並」

 

 そ、そうか……。そんなにわかりやすい顔のつくりはしてないと思うんだが、まあ、普通の高校生はこういう駆け引きは苦手だろうしな。

 

「本当なんだけどなあ……」

『そりゃ、あれだけ嘘をついてたらそう思うだろうよ。はっきり言ってオレもまだ完全には信じてないからな』

「悪いが、これは本当だぜ。証拠があるわけじゃないから何の証明もできないけどな」

「じゃあ、その【超高校級の帰宅部】ってのはどういう才能なんだ?」

「あー……それはまた今度にするわ。今言っても信じてもらえないだろうからな」

「……ふうん」

 

 まあ、とにかく古池は相当な嘘好きってのは伝わった。揃いも揃って個性的な人達だ、まったく……。

 さっきまでの元気はどこへやら。すっかり無気力になる古池を横目に、俺達の前にそびえたつ巨大な扉について質問する。

 

「それで、この扉は開きそうなのか?」

『てんでダメだな。びくともしねえ』

「それに見えてるだろ、あのマシンガン……下手なことをするのはやめた方がいいな。何があるかわからないからな」

 

 ……確かに。あのマシンガンの意図はなんだ?

 

「閉じ込められたってことかな……他の場所がどうなってるか知らないけど」

 

 マシンガンをまじまじと見上げていると、古池がそう切り出す。

 

「そうじゃない? だって、翡翠達は誘拐されてるんだし」

「やっぱり、誘拐か」

『あったりめえだろ! こんな大人数が同じタイミングで気を失って同じ場所に集められるなんて、誘拐以外ありえねえって!』

「しかも、全員希望ヶ空の新入生みたいだからな……ターゲットは決まってたってことだろ」

「綿密な計画もあっただろうし、そんな犯人が監禁場所に脱出経路を残すかな?」

「ま、残すわけねーな」

 

 つまり、このドームは犯人が用意したものということか。廃墟にはとても見えないし、犯人にはドームを準備するだけの資金があるということになるが……。

 

「まあ、ここはこんなところだ……そろそろ他のところに行ったらどうだ?」

「ああ、そうするよ古池。……そういえば、さっきから気になってるんだが、どうして急に古池はそんな無気力になったんだ?」

「あー……嘘つくとき以外は大体こんな感じなんだ」

「めんどくせェ性格してるよな、てめー」

「余計なお世話だ……とりあえずよろしくな、平田」

「……平並だよ」

 

 わざとだろ、それ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース/野外炊さん場》

 

 玄関ホールを後にした俺たちは食事スペースへと向かった。地図を参考にするなら、この道の先にあるはずなのだが、

 

「……さっきから視界には入っていたが、改めてみるとなんなんだこれ」

 

 食事スペースと野外炊さん場は高い鉄の柵に囲まれており、入り口にもしっかりとした扉が付いていた。三メートルほどの高さを誇るその柵のてっぺんには槍のような装飾が施されており、少なくともよじ登って超えるのは難しそうだ。

 中には三人ほどいる様子で、どうやら向こうも俺たちに気づいたようなので、扉を押し開けて中へと進む。

 

「おお、この扉ちゃんと開くんだな」

「いや、中に人がいるんだからそりゃ開くだろうよ」

「あァ? 文句でもあんのか?」

「め、めっそうもない」

 

 ギギギと音を立てながら中へと入ると、さっきの三人がこちらの方に歩いてきた。声をかけてきたのは、黒いジャケットを着た茶色の男子だ。

 

「おや、無事に起きれたみたいですね」

「おかげさまでな。あ、そうだ」

 

 と、せっかく三人もいるので、このタイミングでまとめて自己紹介を済ませてしまう。

 

「なるほど、【超高校級の普通】ですか。希望ヶ空学園も面白いことをやりますね」

「俺なんかが希望ヶ空なんかに来ていいのかってのは思うがな」

「いえいえ、それも一つの才能だと思いますよ。では、次は僕の番ですかね」

 

 そう言って、彼はコホンと軽く咳払いをした。最初に見たときにも思ったが、なかなかのイケメンだ。

 

「僕は杉野悠輔(スギノユウスケ)と申します。世間の皆さまからは【超高校級の声優】と呼ばれているようです」

 

 

   【超高校級の声優】

     《杉野 悠輔/スギノ ユウスケ》

 

 

「声優か」

「ええ。アニメの声優やバラエティのナレーターを務めさせていただいています。自分で言うのも恐縮ですが、名前だけは売れている方だと思いますが」

 

 はにかみながらさわやかな声でそう告げる杉野。様になっているのが悔しい。

 それはさておき、杉野悠輔という名前には見覚えがある。弟が見ていた夕方のアニメのエンディングでそんな名前を見たことがある気がするのだ。

 

「……ん? 確か渋い声のキャラクターを演じていた気がするんだが」

 

 記憶の中のクレジット欄を思い返してみるが、少なくともこんな明るい声ではなかったはずだ。そんな俺の疑問に、杉野は鮮やかすぎる解答をみせる。

 

「ふむ、それは『こんな感じじゃなかったかのう?』」

「んなっ!?」

 

 一瞬で、杉野の声がさわやかな声から渋い声へと移り変わった。その声は、確かに以前聞いたことのある声だ。

 

「他にも、『こんな声や』『あんな声や』『かわいらしい声も出せるんだから!』」

 

 そう言いながら、杉野は次々と声色を変えていった。す、すごい……。

 

「【超高校級の声優】の呼び名は伊達じゃないということですよ。この技術のおかげで様々な役がいただけるので名前を売るのにも一役買っているのです」

 

 目の前で見せつけられる【超高校級】の才能に、言葉を出すことができない。これが、【超高校級】……。

 そんな風に呆然とする俺だったが、二人目の自己紹介が始まったのを聞いて意識を取り戻す。今度は、セーラー服を着た紺色の長髪の毛の女子だ。襟元にはもともと彼女が通っていたであろう校章のピンバッジが付いている。

 

「わたくし、蒼神紫苑(アオガミシオン)と申します。僭越ながら、【超高校級の生徒会長】としてスカウトされましたわ」

 

 

   【超高校級の生徒会長】

     《蒼神 紫苑/アオガミ シオン》

 

 

 【超高校級の生徒会長】か。ぼんやりとうわさには聞いたことあるが、どんな人だったかな……。

 

「確か、超不良校を短期間で構成させた立役者だったか?」

「あら、お知りになられていたようで、光栄ですわ。そうですわね。以前在籍していた学校では、入学当初から生徒会……まだ一年生でしたから正式な役員でこそありませんでしたが、生徒会役員補佐として色々お手伝いさせていただきましたわ」

「そんで、一年生の時の生徒会選挙で生徒会長に当選したんだよな」

「ええ、その通りですわ、火ノ宮君。わたくしも夢の一つである生徒会長になれたので、あの時は本当にうれしかったですわね」

 

 ……ん?

 

「ちょっと待ってくれ、今の言い方だと、生徒のためを思って立候補したというよりも、むしろ……」

「わたくしのためですわよ?」

「え?」

 

 生徒会長っていうのは、普通は生徒の為に立候補するものじゃないのか……? と、一瞬考えたが、そうじゃない場合も多々あるか。

 

「ってことは、内申点狙いか。そんな荒れた高校とは言え、生徒会長になればだいぶ受験に有利だったろうからな」

「いえいえ、わたくしはそんなちっぽけなものが欲しくて生徒会長になったのではありませんわ」

「……違うのか?」

「ええ、まったく。よろしいですか? わたくしの本当の目的は、全国にわたくしの名をとどろかせることだったのです」

「自分の名前を?」

「自分で言うのは恥ずかしいですが、わたくし、自己顕示欲が他人よりも強いのです。ですから、どうにかしてわたくしの名前を広めようとして、生徒会長という立場にたどりついたのですわ」

 

 懇切丁寧に蒼神は説明してくれるが、まったくぴんと来ない。

 

「わたくしは実際にそれを成し遂げたわけですが、もしも超不良校を更生させる生徒会長が現れたら、マスコミはまず間違いなく取りあげるでしょう? それこそがわたくしの狙いだったのです」

「……ああ、なるほどな」

「勘違いなさって欲しくないのは、生徒会選挙の時にわたくしの目的のことは全校生徒にしっかりとお伝えいたしましたわ。そのうえで、彼らはわたくしに投票してくださったのです。『蒼神なら、この学校を変えられる』と、そう信じて」

「それは……すごいな。そんなこと並大抵の人じゃできないと思うが」

「そうですわね。でも、わたくしにはそれを成し遂げるだけの人望と実力がありましたから」

「自分で言うことか?」

「もちろん。そうでなくては生徒会長は務まりませんし、ましてやわたくしは【超高校級の生徒会長】ですから」

 

 なるほど。

 この確固たる自信こそが蒼神が【超高校級の生徒会長】たる何よりの所以なのだろう。蒼神は、蒼神と生徒たちの間にWin-Winの関係を作り上げたのだ。

 

「じゃあ、自己紹介も終わったことだしここの説明を――」

「ちょっと待った!」

「え?」

 

 突如挟まれた声の方を向けば、そこには黄色い安全ヘルメットをかぶった作業着の男子が立っていた。

 あ、もう一人いるのを忘れていた。

 

「おいおい、何やってんだ! こいつは……あー……てめー、名前なんつったっけ?」

「お前にはさっき説明したよな! 結局こうなるのか!」

「すまねえ! 本当にすまねえ!」

「その……すまん」

「いいんだよ、別に。慣れてるから」

 

 そして、彼はハァと一つ溜息をついてから、自己紹介を始めた。

 

新家柱(アラヤハシラ)だ。【超高校級の宮大工】とは、ボクの事だよ」

 

 

   【超高校級の宮大工】

     《新家 柱/アラヤ ハシラ》

 

 

「新家柱な、よし! もう覚えたァ!」

「嘘くさいなあ……」

 

 【超高校級の宮大工】?

 

「あ、その顔は『【超高校級の宮大工】なんて知らないぞ』って顔だろ!」

「い、いや、そんなことは……ごめん、その通りだ」

 

 やっぱり、俺って顔に出やすいタイプなのだろうか。

 

「まったく……誰でも知ってるところで言うと、そうだな、お前は塔和神宮って知ってるか?」

「あ、ああ。ちょっと前までニュースでやってたからな。建て替えがどうとかって」

「ボクはその建て替えに関わったんだよ」

「ふうん、なるほど……ん、ちょっと待て」

 

 一瞬無意識に納得しかけたが、俺の記憶が待ったをかける。

 

「塔和神宮の建て替えって、確か国家の威信をかけたプロジェクトの一つだが、規模にしては異様な速さで建築が完了した……って話をニュースでやっていたが、まさか、その異様な速さの理由って」

「そう、ボクが頑張ったんだよ。誰も知らないし、誰も覚えててくれないけど」

「それは……」

「あ、慰めとかは別にいらないよ。昔からボクは、えーと、ほらあれだよ」

「『空気』って言いたいのかァ?」

「そう、それ。昔から空気で存在感が薄くて……」

 

 うつむきながらぶつぶつと何かをつぶやいている新家を前にして、俺はハトが豆鉄砲を食らったかのように放心していた。才能に愛され、希望に満ち溢れているような【超高校級】の生徒でさえも、こうやって人並みに悩んでいるだなんて思いもしなかったのだ。当然といえば当然なのかもしれないが、とにかく俺にはそれが衝撃的だった。

 

「……」

「でも、良いんだ。宮大工として仕事ができるなら、その結果はみんなが認めてくれるから。ほら、ちょっと前に完成した希望ツリーってあるだろ?」

「ああ」

 

 希望ツリー。

 一年程前に完成した、完全木造の12階建ての仏塔だ。十二重の塔とでもいう方が、表現的にはあっているのだろうか。先の絶望的事件で失われた建造物に代わり、新たな時代の象徴とも呼べる建物だ。

 

「ボク、希望ツリーの責任者やってたんだぜ」

「それは……すごいな」

 

 俺は、素直に感心させられた。それ以外に言葉が出てこなかったのだ。

 

「さて、それでは自己紹介も済んだところで、食事スペースと野外炊さん場について説明させていただきますね」

「ああ、頼む」

「地図上では二つのエリアに分かれていましたが、実際は二つのエリアを分けるものは無いみたいですね」

「そうみたいだな」

 

 二つのエリアは堅そうな土の地面で地続きになっていた。校庭でよく見るような、あの感じだ。地図上で『食事スペース』とされていたところには、大きな長方形の丸太を模したテーブルが中央付近に二つと、周りに四人掛けのテーブルが4つほどおいてある。

 

「座り心地はそこそこでしたね」

「はあ……」

 

 どうでもいい情報だな。

 

「それと、そこにほら、監視カメラとモニターがありますね」

「……やっぱりここにもあるのか」

「ここにも、というのは?」

「ん、ああ。中央広場にもあったからわかると思うが、宿泊棟や玄関ホールにもこんなものが置いてあったんだ」

「……そうですか」

 

 もう気にするのはやめにしたいが……どうしても意識はしてしまうよな。

 

「まあいいや、それで、向こうの方は?」

 

 そういいながら、『野外炊さん場』の方に目をやる。屋根のついた調理場と加熱用の炊さん場があった。

 

「調理場はあまり広くありませんでしたわ。せいぜい6人が限界でしょう」

「それに、調理場の傍に2,3人が入れるような大きな冷蔵庫があったけど、その中には新鮮な食料が山ほどあったぞ」

「食料が?」

「ええ。もし僕達16人でここで暮らすことになっても、一週間程度は過ごせると思いますよ」

「……」

 

 そんな展開にはなりたくないとは思っているが、しかし、その可能性が少なからず存在している。16人で一週間だから、えーと、100日分以上の食材が用意されていることになる。これは、どう見繕っても犯人が用意したものに他ならない。

 ……犯人は、俺達をこのドームで生活させようとしている?

 

「それにしても、加熱はあそこでたき火をしなきゃいけないんだな」

 

 確かに野外炊さんではあるが、少々面倒である。

 

「それですが、どうやらあれにはガスが通っているようですので、普通に調理できるみたいですわ」

「……」

「案外便利なんだな」

 

 無言の俺に代わり相槌を打つ火ノ宮。あの見た目はただの演出か。

 

「調理器具とかは?」

「調理場のシンクの下に、包丁やボウル等おおよそ調理に使われるであろう道具のほとんどは置いてありました」

「まあ、食材があるんだから当然か」

「普通に調理できるだけの設備は整ってるみてえだな」

「そういうことだな」

「……じゃあ、他の人にも挨拶してくるから」

「分かりました。では、僕たちはもう少しここにいることにします」

 

 そして、食事スペースを後にして、次の目的地を目指して歩く。

 

 すべての場所を見て回ったわけでもないから何を言えるわけでもないが……このドームの正体、そして、俺達を誘拐した犯人、その目的に至るまで、まだ、何もわからない。

 




キャラおよび舞台紹介は次回へ続きます。
PROLOGUEだけで結構かかる予定です。

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