ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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CHAPTER2 あるいは絶望でいっぱいの川
(非)日常編① それでも朝日は昇る


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      ||   る   ||

      ||   い   ||

      ||   は   ||

      ||   絶   ||

      ||   望   ||

      ||   で   ||

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     \_________/

         CHAPTER2

       【(非)日常編】

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      ||   い   ||

      ||   っ   ||

      ||   ぱ   ||

      ||   い   ||

      ||   の   ||

      ||   川   ||

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 【6日目】

 

 《食事スペース/野外炊さん場》

 

 あの絶望から丸1日が経過した、朝。

 ぐちゃぐちゃになってしまった心を無理矢理落ち着かせた()は、初日に決めた約束の通り、朝食会のために食事スペースへとやってきた。

 

「おはようございます、七原さん」

 

 足を踏み入れてすぐに、蒼神さんからそう声を掛けられる。

 

「おはよう、蒼神さん」

 

 挨拶を返して食事スペースを見渡すと、既に多くの生徒が集合していた。その人数を数えてふと気づく。

 

「あれ? もしかして、私が最後だった?」

「ええ。皆さん、お揃いですわ。色々と思うところはあるでしょうが、こうして集まっていただけるのはありがたいことですわね」

「ごめんね、蒼神さん。支度してたら時間がかかっちゃって」

「まあ、特に遅刻もしていませんし問題はありませんわ。……もし仮に遅刻していたとしても、今日ばかりは責める気にはなりませんし」

「……」

 

 今、食事スペースには私を含めて13人の生徒がいる。でもそこに会話は無く、重苦しい雰囲気が場を支配していた。……無理もないけど。

 この場にいないのは、皆の支えになろうとして、その結果倉庫で殺されてしまった新家君。その新家君を殺し、最終的には残酷な処刑で死んでしまった古池君。

 

 そして、もう一人──

 

 

 

 

 

 

 

 

 【5日目(回想)】

 

 《裁判場ゲート前》

 

 永遠のようにも感じた学級裁判を終えた私たちは、エレベーターで地上へと戻った。エレベーターを降りると、既に東の空は……左手に見える宿泊エリアの天井は、明るくなり始めていた。

 

「皆さん、お疲れさまでした」

 

 私たちの沈黙に声を投げかけたのは、【超高校級の生徒会長】の肩書を持つ蒼神さんだった。

 

「新家君が殺されて、信じるべき仲間を疑いあい、そして、残酷な処刑を目の当たりにして……本当に、お疲れさまでした。精神的にもかなり限界が近い方は多いと思います」

 

 私たちの反応を見ながら、一言一句丁寧に言葉を選ぶ蒼神さん。

 どんどん明るくなっていく天井を一瞥して、蒼神さんはさらに話を続ける。

 

「もうこんな時間ですわ。今夜は殆ど眠れていない人ばかりでしょうから、本日の朝食会は中止致します。皆さん、どうぞゆっくりお休みください」

 

 言われて思い出せば、この夜は結局一睡もしていない。夜時間になっても色々不安なままだったし、飲み物でも取ってこようと思って廊下に出て平並君に出会って、そのまま学級裁判へと流れ込んだんだ。蒼神さんたちも女子会をしていたみたいだし、眠ってないんじゃないかな。

 

「今日一日体と心をゆっくり休ませて、明日の朝食会でお会いしましょう。精神的につらい方がいれば、ぜひわたくしの個室を訪ねてください。カウンセリングなどができるわけではありませんが、多少の気晴らしにはなると思いますわ」

「……わかりました」

 

 蒼神さんが確認を取るように皆を見渡すと、代表するように杉野君が返事をした。

 これで解散かな、と思ったら、そのまま蒼神さんが話を続けた。

 

「あと、解散の前に話しておかなければならないことがもう一つありますわね」

「もう一つ?」

 

 なんの話だろう、と思ってそんな声を上げると、

 

「……平並の処遇のことに決まってんだろォが」

 

 と、火ノ宮君が答えてくれた。

 

「その通りですわ、火ノ宮君。……平並君は、直前で踏みとどまったとはいえ、殺人を計画し、その一部を実行にまで移しています。なんのお咎めもなし、というわけにはいきませんわ」

 

 その言葉を受けて、みんなの視線が平並君のもとへと集まる。

 

「………………」

「待ってください、蒼神さん」

 

 沈黙を保つ平並君に対し、声を上げたのは杉野君だった。

 

「確かに平並君は僕たちを裏切りました……ですが、彼はそのことを反省し、学級裁判に率先して取り組んでくれました。それに、真相究明に彼がどれほど貢献したのかは、言うまでもありませんよね?」

「もちろん、そのことについては感謝していますし、彼が反省していることも十分承知しています」

「でしたら、もうお咎めなど必要ないのではありませんか? あの学級裁判という場で、仲間からクロを特定し糾弾することを進んで行ったこと自体が、彼に与えられた罰だと思いますが」

「確かに、その苦悩はわかります。その最も苦しい役割を押し付けてしまったことには謝罪申し上げたいところですし、多分に感謝致しますわ。……しかし、その苦しさとほぼ同等の哀しみと恐怖を皆味わったのです」

「……」

 

 蒼神さんに反論され、杉野君は黙り込んでしまった。

 

「集団生活において、仲間を裏切った人間を放置しておくことは、いずれ秩序の乱れへとつながります。ですから、適切な形で、何らかの処罰を与えるべきなのですわ」

「処罰って……」

 

 その言葉の重みに、ドキリとする。平並君は、新家君の死体を見た時からずっと、自分のしたことを反省し、後悔している。その後悔そのものが十分な罰になっているはずなのに、その上さらに処罰を与えようって言うの?

 

「それで、具体的にどのような処罰を与えるか、ですが……」

「……か、監禁しろよ」

 

 蒼神さんより先にその処罰の内容を告げたのは、平並君に命を狙われた、根岸君だった。

 

「監禁、ですか……」

「そ、そうだよ……し、縛り上げて、そ、倉庫にでも放り込んでおくんだよ!」

「ちょっと、根岸君!」

 

 その言葉に、私はたまらず口をはさんだ。

 

「縛り上げてなんて、そんなのダメだよ。私はそもそも処罰自体反対だけど……でも、監禁は絶対にやりすぎだよ!」

「や、やりすぎなもんか……! こ、こいつはぼく達全員を殺そうとしたんだぞ……!」

「そうだけど、でも、平並君はもう反省して……」

「ほ、本当に反省したかどうかなんて、わ、わからないだろ……! も、もう一度誰かを殺すチャンスを、う、窺ってるかもしれないんだぞ……!」

「でも!」

 

 どうして、根岸君は信じてくれないんだろう。

 

「……私も、平並君の監禁には賛成するよ」

 

 そんなことを考えていると、大天さんまでもが賛同しだした。

 

「大天さん!」

「……平並君には最初の日に声かけてもらったりしたけどさ、やっぱり怖いんだよ」

「そんな……」

「……私は、こんなところじゃ死ねないから」

 

 ぽつりと小さな声で、それでもはっきりと、大天さんはそう言った。

 

「…………」

「でもさ、一人だけ拘束して監禁するなんて、アンフェアじゃないかしら? やっぱり、正々堂々と勝負すべきだとアタシは思うんだけど」

「し、東雲は黙ってろ!」

「その反応はあんまりじゃない?」

「……個人的には、東雲にもなんかしらの処罰を与えるべきだとおもうのである」

「ちょっと、アタシが何をしたっていうのよ。実際のところ、焼却炉のキーを放置しただけで、結局ほとんど関係なかったじゃない。それどころか、平並の無実の証明に一役買ったわけだし」

『それは結果論じゃねえのか?』

「しかし、東雲君の思想(モノローグ)制限(検閲)をかけることはできない。それに、東雲君が処罰を受けるほどのことをしていないのは事実だ」

「そうそう。流石明日川はわかってるわね」

「どっちでもいい。早く決めろ、生徒会長」

「ですが、かんきんというのはさすがに……」

 

 夜通し学級裁判をやっていたせいか、皆ストレスが溜まっているみたい。全員好きにしゃべりだして収拾がつかなくなりだした、その時だった。

 

「……皆、落ち着いてくれ」

 

 話題の中心人物の、平並君が口を開いたのだ。その声を聞いて、私たちは水を打ったように静まった。

 続けて平並君が話す。

 

「根岸達の言う通りだ。俺を監禁してほしい」

「でも……!」

「俺は、もう誰も殺す気はない。誰も死んでほしくない。……けど、それを信じてもらえるなんて思ってないし、皆を裏切った罰は受けるべきだ。他でもない、根岸が言うんなら余計にな」

 

 それを聞いて、一瞬沈黙が流れたのちに、

 

「当人が言うのであれば、その方法で参りましょう」

 

 と、蒼神さんが告げた。

 ……あまり納得はできないけど、平並君本人が言うのなら、仕方ないのかな。

 

「具体的には……そうですわね。個室に閉じ込める、というのはいかがでしょうか?」

「こ、個室に……?」

「ええ。あの個室は、外側からはもちろん内側からも『システム』が無ければカギを開けることはできません。であれば、平並君から『システム』を預かり、個室にカギをかけてしまえば平並君を完全に閉じ込めることができます」

「な、なるほど……」

「それに、根岸君のおっしゃった倉庫への監禁という方法では、規則に抵触するという大きな問題がありますわ」

「規則……何かあったか?」

 

 スコット君が疑問の声を上げる。

 

「あァ? 個室以外で寝るなっつーのがあっただろォが!」

「ああ、あったな、そういえば」

「火ノ宮君の言う通りですわ」

 

 確かに、強化合宿のルールの中にそんなものがあった。 

 

 

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【強化合宿のルール】

 

規則4、就寝は宿泊棟に設けられた個室でのみ可能とする。その他の場所での故意の就寝は居眠りとみなし、禁じる。

 

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 平並君を倉庫に閉じ込めてしまったら、平並君は倉庫で就寝するしかなくなってしまう。

 

「もっとも、監禁されて倉庫に閉じ込められた状態を『故意の就寝』とみなすかどうかは疑問の余地がありますけれど」

「まあ、モノクマとしてもそんなことで人数を減らしたくないだろうし、案外平気なんじゃない?」

「その可能性はあります。しかし、万全を期して倉庫での監禁は避けた方がよろしいでしょう」

 

 確かに、蒼神さんの言う通りだ。リスクはできるだけ避けるに越したことは無いから。

 

「そういった理由で、わたくしは平並君の個室での監禁を提案いたします。ただし、拘束は致しませんわ。拘束してしまうと、食事等の世話のために人手が必要になりますから。平並君の反省の意を汲みたいとも思いますしね。根岸君と大天さん、それでも構いませんか?」

「そ、それなら……」

 

 そんな根岸君の言葉に次いで、大天さんもうなずいていた。

 

「となると、その場合は『監禁』ではなく『軟禁』と修正(校正)するべきだね。監禁には、拘束するという意味も含まれているから」

「ありがとうございます、明日川さん。では、平並君に対する処罰は個室への軟禁ということにしますわ。平並君、あなたの『システム』を預かってもよろしいでしょうか?」

「ああ。頼む、蒼神──」

 

 と、平並君が『システム』を左手から外し、蒼神さんに渡そうとしたその時。

 

 

 

「それは許しません!」

 

 

 

 そんな、絶望の声が聞こえた。

 

「モノクマァ! 何しにきやがったァ!」

 

 火ノ宮君が叫ぶ。

 

「何しにも何もないよ! 全く、何をしようとしてるんだ!」

 

 理由はわからないけど、モノクマはかなり怒っている様子だ。

 

「何って、『システム』を預けようと……」

「なんてことを!」

 

 素直に答えた平並君にぷんすかと怒るモノクマ。

 

「いい? システムってのは君たちの個人個人に合わせた特注品なの。そんな大事なものをホイホイ勝手に貸し出されちゃこっちとしても困るわけ。主に【動機】の件でね!」

「んなもん知るかァ!」

「うるさいうるさい! とにかく、この件は規則に追加しておくから、確認するように! アジュー!」

 

 好き放題に、言いたいだけ言ってモノクマは去っていった。

 

「……アジューって、なんか違うんじゃないかしら?」

「東雲さん、そのあたりのことにいちいち絡むのはもうよしましょう。時間の無駄です。とりあえず、規則を確認しましょう」

 

 杉野君のその言葉を合図に、私たちはいっせいに『システム』を操作した。

 

 

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【強化合宿のルール】

 

~前略~

 

規則13、自身の電子指輪『システム』の貸与を禁じる。

 

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 『システム』のやり取りの禁止か……あまり『システム』をやりとりする必要があるとは思わないし、あまり関係ない規則かな。……でも、一応気を付けておかないと。

 

「……この規則、禁止してるのは貸与だけだよなァ?」

 

 皆が規則を読み終えたころ、火ノ宮君が口を開いた。杉野君が問いかける。

 

「どういう意味ですか?」

「言い換えれば、『システム』を誰かから借りることは禁じてねェってことだ」

『確かにそう読み取れるな!』

「規則で禁止されたのは自身の『システム』の貸与だけだから、誰かから無断で借りることや、強奪することは何の問題もねェ」

「い、いや、も、問題はあるだろ……」

「あァ!? 規則上の話に決まってんだろォが!」

「ど、怒鳴るなって……」

「てめーがなんか言ってくるから……チッ。ついでに言えば、この規則で言及されてんのは自分のもんだけだから、自分以外の『システム』に関してはこれまで通りなんも関係ねえってことだな」

 

 やっぱり、ルールを読むことに関しては火ノ宮君が一番長けてると思う。

 

「じゃあ……どうすればいいんだ? 俺の『システム』を預けられなくなったが、どうやって俺を軟禁する?」

「それなら、もう一つの『システム』を使えばいいのですよ」

 

 平並君の質問に、杉野君が答えた。

 

「悲しいことですが、持ち主のいない『システム』と個室が存在します。そのうちの一つを平並君は現在所持していますし……それを使わせていただくことにしましょう」

「……これか」

 

 そう言って平並君がポケットから取り出したのは、学級裁判でも目にした新家君の『システム』だった。

 それを目にして、否が応でも新家君の横たわった姿と、古池君の最期の姿を思い出してしまう。きっと皆も思い出したかもしれない。

 

「規則には、就寝できる個室が自分のものに限るとは言及してねェ。他人の個室でも問題はねェだろ」

「では、平並君は新家君の個室に軟禁するということで、よろしいですか?」

「……ああ。『システム』も渡しておくよ」

 

 蒼神さんの確認に平並君がそう答えて、新家君の『システム』を渡していた。

 

「それでは、これで解散といたしましょう。皆さん、お疲れさまでした」

 

 その声を皮切りに、ぞろぞろと皆が宿泊棟へと歩き出した。

 平並君と蒼神さん、杉野君は、その場に残って何やら話していた。きっと、軟禁に関して色々決めているんだと思う。

 ……平並君に話しかけようかと思ったけど、やめておいた。立て込んでそうなのと、きっと、今はまだそっとしておいた方がいいと思ったから。

 

 色々な思いを胸に抱えながら、私もみんなの後を追って宿泊棟へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【6日目】

 

 《食事スペース/野外吹さん場》

 

 ──と、学級裁判の直後にこんなことがあったのだ。というわけで、この場には平並君もいない。今は新家君の個室にいるはずだ。

 

 一昨日までの朝食会には、16人が揃っていた。たった3人が欠けただけで、こんなにもこの空間を広く感じるとは思わなかった。この人数の差が意味するものが、この沈黙を作り出しているのだと思う。

 13人が揃い、いつも通り城咲さんが作ってくれた朝食をみんなで食べる。カチャカチャと、朝食を口に運ぶ音ばかりがこの空間を満たしていた。

 

「皆さん、改めて、おはようございます」

 

 殆どの人の朝食が終わったころに、蒼神さんが立ち上がり挨拶をした。思い思いに皆は挨拶を返したけど、どこか元気がない。

 

「わたくしたちは、昨日、二人の仲間を失ってしまいました」

 

 蒼神さんが、語り始める。皆、無言でそれを聞いている。

 

「その経緯も、理由も、何もかもが私たちに強い衝撃を残していきました。ほとんどの方の胸に、深い傷跡が残されていることでしょう」

 

 それはきっと、間違いない。昨日の夜に起きたすべてが、衝撃的過ぎた。

 

「ですが、それでもこの生活は続きます。人数が少し減った程度では、残念ながらこの非日常の理不尽は終わりません。わたくしたちは、この苦しみを耐え忍ばなければなりません」

「……いつまで?」

 

 大天さんの声だ。

 

「いつまで、こんなことを続けるの? 一体、私たちはいつまで、モノクマや誰かの殺意におびえながら過ごさなきゃいけないの?」

「……この施設にやってきたその日に申し上げました通り、助けが来るまでですわ。いつか助けが来る、その日まで」

 

 冷静に声を返す蒼神さんに対して、大天さんは勢いよく席を立った。

 

「ここにきてからもうすぐ一週間がたつのに、誰かが助けに来る気配なんてないじゃん。もうとっくに2年間経ってるっていうモノクマの話が嘘だったとしても、モノクマがあれだけ自信満々なのは、助けなんて来ないからじゃないの? それでも、助けが来るのをただ待ってろって言うの?」

 

 蒼神さんをにらみつける大天さん。その視線を受けてなお、蒼神さんは動じなかった。

 

「ええ、もちろん。()()()()、ですわ。現状モノクマへの有効な対抗策がない以上、わたくしたちにできる最善の策は、依然耐えることなのです」

「……」

「不安な気持ちはわかります。わたくしだって、憂鬱に押しつぶされてしまいそうになったことは一度や二度ではありませんし、昨日の出来事は、夢であったらいいのにと幾度となく願いました。自らの甘さを悔いたことに至っては、到底数え切れませんわ」

 

 ……神妙な顔で、蒼神さんが心情を吐き出す。

 

「それでも、わたくしたちは二人の死を胸に刻み、くじけずに、めげずに、前を向いていかなければなりません。わたくしたちはまだ、この現実で生きているのですから」

 

 そうだ。私たちは、生きている。

 モノクマの言葉の真偽が分からなくても、絶望に押しつぶされそうになっても、私たちが今ここで生きていることだけは、間違いないことなんだ。

 

「……二人の死、ねえ」

 

 そんな蒼神さんの説得に対しても、大天さんは蒼神さんをにらみながら言葉を続けた。

 

「一つ聞くけど、蒼神さんにとって古池君は『仲間』なの?」

 

 ピリッと、空気が震えた気がした。

 

「さっきも、『二人の仲間を失った』とかなんとか言ってたけど。私たちを裏切って、全滅させようとした古池君まで、蒼神さんは仲間だって言うの?」

「もちろんですわ」

 

 大天さんの問いかけに、蒼神さんは間を置かずにそう答えた。

 

「確かに古池君はわたくしたちを裏切りましたわ。そもそも、彼からしたらわたくしたちを共に脱出するべき仲間とは思っていなかったように思います」

「だったら」

「ですが、そうだとしても、古池君もやはりモノクマによって閉じ込められた被害者なのです」

 

 強く、そう断言する蒼神さん。

 

「確かに同じ被害者かもしれないけど、あんな、血も涙もないような人は仲間なんかじゃないよ」

「血も涙もない、ですか……大天さん。彼はなぜ倉庫に行かなかったのでしょう?」

「……え?」

 

 大天さんの反論に対して、蒼神さんは問いかけを投げた。

 

「倉庫って……」

「事件が露呈してからの話ですわ。新家君の死体が根岸君達により発見され、15人が倉庫前に集合して捜査を開始した……その後の話です」

 

 蒼神さんは、私たちにも語り掛けるように、周囲を見渡した。

 

「学級裁判で数々の証拠が彼を追い詰めましたが、どれも決定的な証拠にはなりえませんでした。最終的に彼が新家君を殺した犯人であると決定づけたのは、靴底に残ったガラスの破片でした。しかし、それもまた、彼が捜査時間に倉庫に入っていれば、証拠にはなりえなかったのです」

「……何が言いたいの?」

「いいですか、大天さん。古池君は、学級裁判の後でこうおっしゃっていました」

 

 

──《「みんな、俺が巻き込んで殺したようなもんなんだ。だったら、一人くらい俺自身の手で殺したところで今更関係ねえだろ」》

 

 

「彼はその才能に苦しみながらも、直接手を下したことは今までなかった……そんな口ぶりでしたわ」

「…………」

「彼が初めて手を下した新家君の死体を、死体は見慣れていたはずの彼が視界に入れることすら拒否したこと……これが、古池君が血も涙もある、一人の人間である証拠だと言うことはできませんか?」

「……どうだろうね?」

 

 大天さんは、そう呟いて、席に着いた。

 蒼神さんの言葉に納得したのかはわからないけれど、とりあえず大天さんは反論をやめたようだ。

 

「とにかく、皆さん。めったなことは考えてはいけません。何も、ここで一生を過ごすことを選択しろなどとは言いません。助けが来ることを信じてこの非日常を耐え忍んでいれば、いずれモノクマに対して隙が生まれる可能性も出てきます。だからこそ、今はただ耐えるべきなのです。

 昨日の今日で精神的にかなり不安定になっているとは思いますが、わたくしたちは一人ではありませんことを胸に刻んでください。共に絶望と戦う仲間が、こんなにもいるのですから」

 

 蒼神さんは、そう話を締めくくった。

 

「それでは、わたくしの話はこれで……」

「わりぃ、蒼神。ちょっといいか」

 

 話を切り上げようとした蒼神さんの言葉を、火ノ宮君が遮った。

 

「どうしました? 火ノ宮君」

「皆に聞きたいことがある」

 

 蒼神さんにそう告げて、皆の方を向いた。

 

「……オレたちの選択は、正しかったのかァ?」

「選択、とは?」

 

 杉野君が続きを促す。

 

「オレたちは、昨日の学級裁判で、古池がクロだってことを突き止めただろォ? ……それで、皆、古池に投票した。そうだよなァ?」

「……ええ」

 

 苦々しい顔になる杉野君。私も、あの時のことを思い出して顔を曇らせた。

 

「その結果、古池はオシオキされ、オレたちは生き残った。自分たちの命のために、古池の命を犠牲にした……」

「それは違うよ、きっと!」

 

 火ノ宮君の言いたいことを察して、それを言い切る前に否定した。

 

「自分たちが生き残るために誰かを犠牲にする選択が、正しかったのか……そう言いたいんだよね?」

「……あァ」

「そんなこと、考えちゃだめだよ。そんな選択を迫られること自体が、間違ってるんだから」

「…………」

「誰かを生き残らせるために自分が犠牲になることも、自分が生き残るために誰かを犠牲にすることも、どっちも正しくなんかない。……でも、あの状況下では、そのどっちかを選択しないといけなかった。だから、私たちの選択は、そもそも正しいとか間違いとかそういう話をしちゃいけないんだよ」

「七原……」

「間違ってるのは、そんな選択を強要したモノクマだよ。私たちは、間違ってなんかない」

 

 そうだよ。私は、間違ってない。

 だって、私は──

 

「フン。笑わせるな。幸運」

「……何? 岩国さん」

 

 食事スペースの隅のテーブルを一人で使っていた岩国さんが、口を開いた。

 

「『私たちは間違ってなんかいない』? そんな訳があるか。あの投票で、帰宅部は死んだんだ。そんな選択、間違ってるに決まっているだろう」

「……だから、それはモノクマが」

「『ぬいぐるみが強要したから、仕方がない』。これから先もそうやって言い訳していくつもりか? 自分が間違っていると認めずに」

「だったら、あそこで自分にでも投票していればよかったって言うの? それで自分が死ぬことが、正解だったって言うの!?」

「違う」

 

 岩国さんは、ハアと大きくため息をつく。

 

「俺たちは、自分たちと帰宅部の命を天秤にかけて、自分たちの命を選択したんだ。その選択から、逃げるな」

「……っ」

「さっきお前は言ったよな。どっちの選択も間違いだって。ああそうだ。誰かの命を奪うことは、どんな理由があろうと正当化なんてなされない」

 

 岩国さんの、刃のように鋭い言葉が私に突き刺さる。

 

「俺たちは、全員殺人犯だ。その事実を、認めろ」

「…………」

 

 私たちの視線がぶつかり合う。

 

「そこまでに致しましょう」

 

 そのにらみ合いが解けたのは、蒼神さんの声のおかげだった。

 

「これ以上話しても、信念の押し付けに他なりません。不毛ですわ」

「……チッ」

 

 耳に残る、岩国さんの舌打ち。

 

「……すまねェ。変なこと言いだして悪かった」

「そう気にすることは無いさ。多かれ少なかれ、皆考えていた(独白していた)だろう話題だ。一度も触れないまま過ごす(物語を進める)より、ずっとマシだろう」

 

 議論の発端である火ノ宮君が謝ると、明日川さんがフォローした。

 

 ……『俺たちは全員殺人犯だ』、か……。

 私の、あの選択は……。

 

「あれ? やけにしんみりしてるね。お通夜じゃないんだからもっと明るくしてろよ! 若者のクセに!」

 

 急に、そんなダミ声が聞こえた。

 その声のした方を向けば、案の定、モノクマがそこにいた。

 

「何の用でしょうか? 用件だけ伝えて速やかにお帰りくださいませんか?」

「うう、蒼神サンったら酷いなあ……せっかく耳寄りな情報を持ってきたのにさ」

「耳寄りな情報?」

 

 モノクマの言葉に、露草さんが反応した。

 

「そう! 実は、お前らにプレゼントがあるのです!」

「ぷ、プレゼントって……ま、まさか、ど、【動機】……!?」

 

 モノクマからのプレゼント。それを聞いて思い出すのは、あの無残な映像だった。

 事件が起きて間もないのに、また……?

 

「違う違う。オマエラの早とちりと言ったら一を聞いてマイナス五億を知るってな具合だね。あのねえ、確かに学級裁判は楽しいけど、そんなハイペースで事件起こされても困るって。5分おきにスイーツ食べてたら糖尿病になっちゃうよ!」

 

 やれやれ、とでも言いたげなポーズのモノクマ。

 

「……では、プレゼントとは?」

「ズバリ、施設の開放だよ!」

「施設の開放……」

「そう! 学級裁判を勝ち抜いたオマエラへのご褒美として、【自然エリア】の先のエリアである【体験エリア】を開放いたしました!」

 

 確かに、自然エリアには先へとつながるゲートがあった。言葉の節々にある嫌味は無視するとして、その先に行けるようになったってことか。

 

「【体験エリア】か……」

「他にも開放した場所はあるけど、それは面倒だからお前らで探してね」

「それぐらい教えてくれたって大した労力にはならないと思うが」

「あのねえ、スコットクン。ボクはオマエラが探索する楽しみを残してあげてるの。あ、スコットクンは、何でもかんでも教えてもらわないと何にもできない赤ん坊だったか! ごめんね、気づかなくて!」

「…………」

 

 スコット君が静かにモノクマをにらんだけど、それに構うようなモノクマじゃない。

 

「っていうか、そもそも昨日オマエラが宿泊エリアに戻ってきたときから施設は開放されてるの! それをオマエラは気づかずにいるから親切に教えてきてやったんだよ!」

「何が親切だァ! 情報の開示は管理者のてめーの仕事だろォが!」

「グッ、それを言われると……でもねえ、今の今までろくすっぽ集まらなかったオマエラにも責任はあると思うよ? 学級裁判直後に教えたって耳に入ってかなかっただろうしさ」

「グッ……」

 

 真っ当に反論されて悔しそうな火ノ宮君。

 

「ま、そんなわけでだから、新しいドームでリフレッシュして、元気にコロシアイを楽しんでね! グッバイ!」

 

 そんな言葉を残して、モノクマはどこかへと消えていった。

 

『ってことらしいけど、どうするよ?』

 

 真っ先に声を出したのは、黒峰君だった。

 

「どうするって言っても……あのモノクマの言うことだよ? もしかしたら罠かも……」

『翡翠、確かにその可能性が無いわけじゃないけどよ、そんなこと言ってたら何もできないぜ?』

「うーん……」

『今の皆を見てみろよ。皆落ち込んでるじゃねえか。モノクマの言葉に乗るのは癪だけど、リフレッシュするのは悪いことじゃないと思うぜ?』

「……確かにそうだね、琥珀ちゃん!」

『それに、いい加減この二つのドームにも飽きてたしな! 暇をつぶせるモンがあれば、多少は楽しくできるかもしれねえぞ!』

「そうだね! でも、翡翠は皆とおしゃべりしてるだけでも楽しいよ!」

『そいつはオレも楽しいぜ!』

「じゃあ皆、行こうよ!」

「……ちょ、ちょっと待てよ……ひ、一人で話し始めて、ひ、一人で完結するなよ……」

 

 露草さんの一人漫才に、ようやく根岸君がツッコミを入れた。

 

「あれ? (アキラ)ちゃんは行かないの?」

「い、行くけど……」

『じゃあ問題ねえな!』

「……まあ確かに、【体験エリア】に何があるにせよ、一度は行っておいた方が賢明ですわね。皆さんもそれでよろしいですか?」

 

 露草さんのテンションに少しあきれながらも、蒼神さんは皆に問いかける。反対の声は特に上がらなかった。それどころか、全体的に少し空気が穏やかになった気がする。露草さんのおかげかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《体験エリア》

 

 朝食会を終えた私たちは、新しいエリアの探索を始めた。

 自然エリアのゲートからつながる廊下を歩いてその先のゲートを抜けると、そこにはもう一つのドームが広がっていた。ここが【体験エリア】なのかな。

 そのドームに入った私たちを、さわやかな空気が出迎えた。それはきっと、目の前に広がる大きな川のおかげだ。

 

「大きな川ねー。こんな立派な川、ドームの中で見れるとは思わなかったわ!」

 

 心なしか東雲さんが嬉しそう。ダイバーだから水辺に来るとテンションが上がるのかな。

 

「確かに……手の込んだ作りですね。僕たちを閉じ込めるのに、なぜこんな立派な施設を……?」

 

 ぶつぶつとつぶやきながら考え込む杉野君の声を聞きながら、ゲートからつながる道を歩くと、川の中央にかかっている橋のふもとにたどり着いた。

 そこには、これまでのドームと同じように、地図の書かれた木の看板が立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 このドームには、目の前の川を挟むようにして4つの建物が立っているようだ。図書館、製作場、実験棟、アトリエ……【体験エリア】っていうのは、その名の通り色々な体験ができるエリアってことなのかな? 知識体験とかって言葉もあるし。

 

「ふむ。このエリア(舞台)には図書館(神域)が存在するのか。ボクのいた学校ほどの蔵書数は望めないけれど、もしかすれば未だボクが読んだことのない本(出会っていない物語)を秘めているかもしれないな」

「じ、実験棟か……も、もしかしたら実験器具が色々揃ってるかも……な、なにか面白いものとか、み、見つからないかな……?」

「製作場、であるか……何をする場所かははっきりとしないであるが、吾輩のあふれ出るアイデアを形にすることができるかもしれぬな」

 

 看板の内容にいち早く反応したのは、明日川さんと根岸君、遠城君だ。それぞれがそれぞれの気になる施設を見つけると、足早に三方に分かれてしまった。それを合図にするように、岩国さんも橋を渡っていった。

 

「オイてめーら! 団体行動しやがれ!」

「まあ、よろしいのではありませんか? どのみちこの人数で一つ一つ施設を巡るわけにもいきませんし、ここからは自由行動ということで参りましょう」

「チッ……蒼神が言うならいいけどよォ」

 

 不服そうに見える火ノ宮君……でも、多分本人としてはそんなに不服でもないんだろう。ちょっとしたことでもこんな感じだし。

 

「というわけで、ここからはみなさん自由に【体験エリア】を探索してください。12時になったらまた食事スペースに集合し、報告会といたしましょう。先に行かれた4人にも、そうお伝えください」

 

 その声をきっかけに、皆は移動を始めた。

 私も探索しよう。最初は……図書館からにしようかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《図書館》

 

「おしゃれだなあ……」

 

 川沿いに歩いて図書館の前までやってきた。

 図書館とは名がついているものの、その外観はまるで西洋のお城の一片のようだ。バロック様式、って言うんだっけ? よく覚えてないけど、昔の戦争で朽ち果てたナントカ美術館がこんな感じだった気がする。教科書で見ただけだけど。

 中へ入ると、まさに本の山という感想が頭に浮かんだ。流石に入口のあたりはスペースがあるけれど、少し先はもう本棚だ。人一人通れるかどうかというぐらいの間隔で並んだ本棚に、所狭しと本がびっしりと詰まっている。図書館というよりも書庫という方が適切な気がする。

 小説、漫画、雑誌、新聞……その種類は多岐にわたり、ジャンルも豊富。惜しむらくは、その整理が全くなされていないことだ。『新・現代版世界の歩き方』と『経済新聞10年間の歴史』の間に『3割当たるあなたの未来!』が挟まれている。雑多すぎる。

 

「なんでこんなに無理やり詰め込んでるんだろう……うっすら埃も被ってるし……」

 

 棚板を指でなぞると、埃が手に着いた。特段手入れがされているわけではないみたいだ。そんなことをぼんやり考えると、

 

「……ん?」

 

 一瞬、違和感にとらわれた。その正体を探ろうとしたけど、

 

「それにしても、モノクマは一体何を企んでいるのでしょうか」

 

 そんな声が私の思考を止めた。杉野君の声だ。

 

「杉野君、どうしたの?」

「いえ、たいしたことではないのですが」

 

 と、前置きして杉野君は話し始めた。

 

「この【体験エリア】、まだ軽く地図を見ただけですが、これまでの二つのエリアと比べてかなり充実しています。今僕たちがいるこの図書館に限っても、数多くの書籍が存在します。暇をつぶすにはこれ以上にないでしょう」

「そうだね」

 

 【自然エリア】は言わずもがな、【宿泊エリア】の倉庫であっても遊び道具は殆どなかった。体を動かせるような場所だってなかったし、褒められるのは自然豊かな場所ってだけだ。

 それがどうだろう。この【体験エリア】には、数多くの娯楽が揃っていそうだ。いや、遊び道具は無いのかもしれないけど、時間をつぶすようなものは大量にあるはずだ。

 

「僕たちを監禁……いえ、軟禁でしたかね。僕たちを軟禁する場所としてはあまりに不適切でしょう。なぜここまで施設を良いものにする必要があったのでしょうか?」

「ううん……例えば、私たちを元気にするためじゃないかな? 私たちが意気消沈してるのは、モノクマだって嫌なんだと思うんだよね。……癪な話だけどさ」

「確かに、『ご褒美』と称していましたからね」

 

 自分勝手に私たちを絶望に叩き落としておきながら、その一方でこうして元気づけようとする。ひどいマッチポンプだ。

 

「だとしても、モノクマがただ僕たちを元気づけるために施設を用意するとは思えません。きっとモノクマは悪意を仕込んでいるはずです」

「うん、きっとそうだよね」

 

 あの【動機】ほど露骨ではないかもしれないけど、私たちにコロシアイを起こさせるような何かがある可能性は十分にある。気を付けないと。

 

「それに、こちらはあまり大きな声では言いたくありませんが……蒼神さんは古池君のことを仲間と言いましたし、僕も彼のことは仲間だと思っています。しかし、彼のように殺意をひた隠しにしている人物が他にいないとも限りません」

「…………そう、だよね」

 

 そんなこと、思いたくない。考えたくない。けれど、一人存在した以上、二人目がいないとも限らない。それに、そうでなくても平並君のように暴走してしまう可能性だってある。平並君はもう大丈夫だと思うけど……他の皆は大丈夫かな。

 

「七原さんも、警戒は怠らないようにしてください。もう、誰かが死ぬのを見るのは嫌ですから」

 

 悲しげな目をして、そう告げた杉野君。

 

「……うん、わかったよ。杉野君も気を付けてね」

「お気遣いありがとうございます。あ、七原さんは二階には行かれましたか?」

「ここ、二階があるんだ。 階段は……あっち側かな?」

 

 そう呟きながら本棚の影から顔を出すと、まさしく上へと続く階段があった。

 

「ええ。一応確認しておくといいと思います」

「分かったよ。ありがとう、杉野君」

「いえ、礼には及びません。それでは、他の方にも忠告をお伝えしたいので、僕はこれで」

 

 そう言って、杉野君は図書館を後にした。

 

「……」

 

 あんなことがあってまだ時間がたってないというのに、もう杉野君は事件が起きないように動き出してるんだ。……私も、私の幸運を活かしてできることをやっていかないとな。

 そんなことを考えながら二階へ進んでいると、声が聞こえた。

 

「オイ、明日川ァ!」

 

 この怒鳴り声は、火ノ宮君だ。

 

「火ノ宮君?」

「あァ?」

「どうして叫んでるの? すごい大きな声だったよ」

「どうしてもクソもねェ。コイツがオレのことを無視するからだ」

 

 そう言って火ノ宮君が指さす先にあったのは、明日川さんが黙々と本を読む姿だった。

 二階は、全体の三分の一ほどが開けた空間になっている。多分ここが読書のスペースなんだろう。明日川さんも、いくつか置かれたソファに腰を下ろして本を読んでいた。

 

「『何の本読んでんだ?』って軽く聞いただけなのに一言も返さねェんだ! 何回聞いたってうんともすんとも言やしねえ!」

「ま、まあ、落ち着いて……」

 

 そんな風に火ノ宮君をなだめていると、当の明日川さんが本から目線を上げて私たちの方を向いた。

 そして、

 

「50文字以内にボクの物語で描写されないようにしろ。さもなくば、物語の終わりを告げる1行まで一つとして文字を消費するんじゃない」

 

 と、冷たい声で告げた。

 

「え、えーと……」

「あァ!? 言うに事欠いて一生黙ってろだァ!?」

「火ノ宮君、明日川さんもそこまでは言ってないんじゃ」

 

 そんな火ノ宮君の声にハッと我を取り戻したのか、明日川さんは改めて口を開いた。

 

「……確かに今のは言い過ぎたね」

「あ、言ってたんだ……」

 

 火ノ宮君、よくわかったなあ。怒ってるなってのは私もわかったけど、もしかして結構な暴言だったのかな。

 

「先ほどから火ノ宮君の声は聞こえていた(台詞は届いていた)んだが、読書中は(物語の世界にいる時は)本から目を離したくないんだ。だから、悪いけど無視させてもらったよ。すまなかった」

「そうだったんだ」

 

 そんな話を聞いてバツが悪くなったのか、火ノ宮君も、

 

「チッ……オレも読書の邪魔して悪かったな」

 

 と、謝った。

 ……自分が悪いと思ったらすぐに謝るのは火ノ宮君のいいところだけど、だったら最初からしなければいいのにと思う。口にしたらまた怒鳴りそうだから言わないけど。

 というか、明日川さんは結構温厚な人だと思ってたけど、読書中に邪魔すると人が変わったようになるんだね……気を付けよう。

 

「でェ? 結局何の本を読んでたんだァ?」

「ああ、ただの小説(文字の物語)さ。この図書館(神域)には、ボクの知らない本(初めて出会う物語)もたくさんあったからね」

「あァ? てめーでも知らない本があんのかァ?」

 

 不思議そうに声を出す火ノ宮君。私も不思議だ。【超高校級の図書委員】である明日川さんが知らない本なんて……。

 ……それって。

 

「それって、もしかして」

「七原君は気づいたようだね。モノクマに奪われた(検閲された)、2年間に出版された(物語)だ」

 

 そういいながら明日川さんが持っていた本の奥付を見せる。確かに、そこには未来の日付が載っていた。

 

「ほんとだ……」

「……だったら、モノクマの話はマジだってのかァ?」

「まだ断言はできない。これだけの施設(舞台)を準備する黒幕だ。奥付を未来にした書籍を用意してボクたちをだます(ミスリードする)ことだって容易だろう。……ただ、いくつか目を通したが、内容(その物語)は適当に書かれたものじゃない。作者が、全身全霊を掛けて書いた本物の物語ばかりだった」

 

 真剣な表情で、そう告げる明日川さん。

 明日川さんがそういうのなら、きっと、少なくともその中身は本物なんだと思う。だとしたら、やっぱり、私たちは2年間の記憶が奪われてるのかな。

 

「じゃあ、オレはもう少しこの図書館を調べるわ。2年間の書籍があるって言うんなら、なにかヒントになるものが紛れてるかもしれねェからな」

「なら、ボクは再び読書する(本の世界に飛び込む)とするよ」

「手伝うわけじゃないんだ」

「あァ? んなもん個人の勝手だろ。てめーも他のとこ見て来いよ」

「うん、そうするね」

 

 申し訳ないけど、ここの調査は火ノ宮君に任せることにしよう。

 二人に別れを告げて一階へと降りて、外へと向かう。

 その途中。

 

「……あれ?」

 

 不意に、視界に入った一冊の本に目が留まる。何気なくその本を開いた。

 

「これって……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ボート乗り場(製作場前)》

 

 図書館を後にした私が次に目指したのは製作場。だけど、その前に目に入ったのは、その入り口の前にある二艘の木でできたボートだった。岸とボートの間には桟橋が岸と平行につけられている。さっきの地図で見た、それぞれの施設の前にあった茶色い四角はこの桟橋を表していたんだろう。

 

「ですから、下手に乗り込むと危ないと……」

「大丈夫よ」

 

 ボートの一つに乗り込もうとする東雲さんに、桟橋に立つ蒼神さんが話しかけている。

 

「蒼神さん、どうしたの?」

「あ、七原さん。東雲さんがボートに乗り込もうとしてるので、止めようとしてるのですが……」

「いいじゃない、別にこれくらい。逆に、なんで乗っちゃいけないの?」

 

 と、言いながら東雲さんはすでにボートに乗り込んでいる。素早い。

 

「見たところ、あまりに簡易的なボートです。オールはついているようですが、少々安全面に不安がありますわ」

 

 言われてボートをよく観察してみれば、確かに質素な作りだ。一応二人乗りみたいだけど、ヘリと底があるだけで他は特にない。意匠なのかはわからないけれど、ボートの先端が少し上に突き出た出っ張りになってるくらいだ。そのでっぱりが桟橋とつながる紐でぐるぐる巻きにされている。これで桟橋から離れないようにしているらしい。

 大きさも、一人寝っ転がればそれで埋まってしまうくらいしかない。これ、乗って大丈夫なのかな……?

 

「まあ確かに板は薄い感じはするけど、別に水漏れしてるわけでもないわ」

「……そうですか。あと気になるのは川の深さですかね。流れは緩やかですし」

 

 蒼神さんの言う通り、川の流れは緩やかだ。流れていく水を目で追っていくと、ドームの端で金網にぶつかった。これまでのエリアにはなかった外へつながるルートではあるけれど、見るからに頑丈で破れそうもないし、ここからの脱出は無理だ。ちなみに川幅は40mくらいかな。深さは……どうなんだろう。

 

「んー、岸の近くも中央も大体1.5mくらいかしらね」

 

 東雲さんがボートから少し身を乗り出してそう答えた。

 

「そうですか。多少深いですが、まあ、溺れるほどではないでしょうか」

「いや、それがそうでもないのよ、蒼神。確かにプールとかならそうそう溺れないけど、川の場合流れがあるから足がもつれたりする可能性があるわ。緩やかに見えても、水の塊ってそうそう跳ね返せるもんじゃないのよ」

「……そうでしたか」

「ええ。突き落とされただけでも、パニックになっちゃったら溺れ死んじゃう可能性があるわね。まあ、すぐに落ち着けば大丈夫だと思うけど」

 

 水辺の危険性に関しては、東雲さんほど詳しい人は他にいない。流石【超高校級のダイバー】だ。

 ……なのに。

 

「モノクマもさすがね。新しいエリアを開放する! なんて言っておきながら、こうやって危険性のある場所があるんだもの。建物の中にも危ないものを仕込んでるに違いないわ!」

 

 どうして、東雲さんはこんなに楽しそうにコロシアイの話をするんだろう。

 

「……はあ。あのですね、東雲さん」

 

 と、蒼神さんは声をかけたけど、

 

「じゃあ、アタシは色々見て回ってくるから!」

 

 東雲さんは意に介さず行ってしまった。

 

「……東雲さんには困ったものです。岩国さんとは違った形で、ですけれど。もう少し協調性を持っていただきたいものですわ」

「そうだね……」

 

 そして、蒼神さんはまた一つため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《制作場》

 

 蒼神さんは製作場を見た後だったそうなので、私一人で製作場の中に入った。製作場の外見は製鉄所のような感じだったけど、中は普通のビルと大差ないみたいだ。

 製作場は大きい二つの部屋に分かれている。入口から見て左側の部屋の入口には、『工作室』と書かれた札がかかっていた。

 工作室の中は、中央に作業台らしき大きな二つの机がほとんどを占めていて、壁際の棚に工具がたくさん押し込まれている。……けど、この部屋で一番目を引くのはそこじゃない。

 

「む、七原であるか」

 

 工作室の中にいたのは、遠城君だ。看板を見て真っ先に製作場に向かっていたけど、収穫はあったのかな。

 

「遠城君、何かあった?」

「何かあったどころではないのである!」

 

 私の質問に、遠城君は大きな声で返事をした。まさか、この部屋にもモノクマが何か仕掛けたのかな……と、思っていると。

 

「この部屋は、まさに宝の山である!」

 

 心底嬉しそうにそう叫ぶ遠城君。どうやら私の思惑とは逆だったみたい。

 

「宝の山って?」

「この素材たちを見れば分かるであろう?」

 

 この素材、という言葉とともに指し示されたのは、この部屋で一番目を引く部屋の片隅だった。そこには、テレビ、文房具、タイヤ、時計、ロープ、釣り竿、水着、ハンガー、提灯、冷蔵庫……私の目にはどう見てもガラクタにしか見えない沢山のモノたちが、うずたかく積まれていた。倉庫にあった日用品とは違って、壊れているものも多いし、箱も何もなく乱雑にただ積まれている。

 その隣には、なにかを解体したもののような鉄板やネジにナットも散らばっている。

 

「素材っていうか、ゴミかガラクタにしか見えないよ」

「なんてことを言うであるか! これらは無限の可能性を秘めた財宝であるぞ!」

 

 財宝、と遠城君は言うけれど、いまいちぴんと来ない。

 

「いいであるか? 新技術や新商品というのは無から生まれるものではないのである。どれもこれも、既に存在しているものから誰かがアイデアを膨らませ、そして形にしたものなのである。もっとも、このことは形あるものに限らないであるがな。『こうだったらいいのに』、『ああなればいいのに』、と考えたことが、すべて新たな発明などにつながっているのである」

「へえ、そうなんだ」

「それに、今あるものを組み合わせることでも新商品になること数えきれないほど存在するのである。おしりに消しゴムのついた鉛筆や、通話やカメラにゲーム機を一つにまとめたスマートフォンは立派に一時代を築いたではないか」

「あ、確かに」

「だからこそ、今ある様々なモノたちは宝物に等しいのである。そこにあるだけで、アイデアの源なのであるぞ。……まあ、吾輩が機械いじりが好きでかなり楽しめそう、というのも間違いないであるがな」

 

 なるほど……となると確かに、アイデアを大切にする遠城君にとっては、この日用品や家電の山は宝の山なのかもしれない。

 

「そうだったんだね。ガラクタなんて言ってごめん」

「謝るほどではないであるぞ。吾輩みたいにこれを使って色々試そうとする人はいないであろうし、実際ゴミではあるからな」

 

 うーん、でもやっぱり申し訳ないなあ……。

 

「それで、なにかアイデアはひらめいた?」

「……目下考え中である」

 

 残念。聞かせてもらおうと思ったのに。

 

「ううむ、必ずお主らを驚かせるアイデアを聞かせてみせるのである!」

「楽しみに待ってるから、あまり根を詰めすぎないでね」

 

 日用品の山を見ながら唸る遠城君を製作場に残し、私はもう一つの部屋へと向かった。

 

 その部屋の扉には、『手芸室』という札がかかっていた。その文字を見て思い浮かべた通り、部屋の中にはスコット君がいた。

 手芸室は、畳のいい香りのする和室だった。廊下と比べて段差一つ分だけ高くなった床に畳が敷き詰められていて、ちゃんと床の間も用意してある。

 

「スコット君、何かあった?」

「……ナナハラか」

 

 棚の引き出しを調べていたスコット君に声をかけると、スコット君は一瞬手を止めてこっちを見たけど、そのまま引き出しの調査を続けながらしゃべりだした。

 

「いわゆる手芸の道具や素材は一通りそろっている。裁縫、刺繍、編み物……それだけじゃない。折り紙やビーズにレースに関しても同様だ」

 

 スコット君の近くに行って私も棚を覗き込むと、確かに様々な手芸の材料がきっちりと並べられていた。同じ『素材』でも、さっきの工作室とは大違いだ。

 

「それに、糸も布も針も鋏もどれも一級品だ」

「そうなの?」

「ああ。モノクマのことだから粗悪な量産品でも置いているのかと思ったが、案外そうでもないらしい。結構快適みたいだな。悪いのは、あの掛け軸と壺の趣味だけだ」

「あー……」

 

 確かに、それは私も気になっていた。

 床の間にかけられた掛け軸には、標語よろしく『一日一殺』という四字熟語が書かれている。達筆で。その下に置かれた壺はモノクマを模しているようで、正直気持ち悪い。

 

「まあ、アレは後で押し入れにでも入れておくさ。……それよりも気になることがある」

「気になること?」

「あの掛け軸と壺は除くが、さっき、オレは結構快適って言ったよな」

「うん」

「……快適すぎるんだ」

 

 快適すぎる?

 疑問符を浮かべる私を見て、スコット君は話を続ける。

 

「オマエも確認してたが、手芸の道具や材料がキッチリ並べられてるだろ?」

「うん」

「キッチリ過ぎるんだよ。道具の並びも、色の並びも、嫌というほどオレの好みに合ってるんだ」

「スコット君の、好み……」

「ああ。左端を赤で始めて、色が少しずつ変わるようにして並べていく。……個室の私物の時も思ったが、モノクマのヤツはオレたちのことを調べ上げてるに違いない。その上で、ここまで快適な空間を用意するんだ」

「…………」

「モノクマ……一体何を考えてる?」

 

 この部屋からモノクマの悪意はほとんど感じられなかった。けれど、確実にモノクマの思惑はこの部屋にも潜んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 《実験棟》

 

 製作場を後にして、今度は橋を渡って反対側の岸にやってきた。上流側の建物である実験棟の前には、製作場の前で見たようなボートが二艘川に浮かんでいた。図書館とアトリエの前にボートは無いみたいだし、この川に浮かぶボートはこの4つかな。さっき通ってきた橋と川の水面の間にはそれなりに高さがあるから、このボートで橋の下を通って上流と下流を行き来したりできるみたいだ。

 川の水は、金網を通ってこの【体験エリア】に流れてきている。下流と同じ感じだ。

 

「それにしても高いなあ」

 

 川から実験棟に視線を移す。きっと、この施設の中で一番高い建物がこの実験棟だ。窓を見る限り三階建てのようだけど、その分広さはない。

 中に入ると、入口にフロア表示が掲示してあった。1階は物理室、2階は化学室、3階は生物室、となっているらしい。

 まずは1階から、ということで物理室に足を踏み入れると、そこには城咲さんがいた。

 

「七原さん」

「城咲さん、もう朝食の片づけ終わったの?」

「はい」

「さすが城咲さん……」

 

 朝食会が始まってからずっとそうだけど、今日も朝食の片づけは城咲さんにやってもらった。朝食を作ってもらってるからせめて片付けくらいは、と何人か申し出たけど、城咲さんは「これもめいどの仕事ですから」と断ってしまった。火ノ宮君は平等じゃない、ってことで食い下がったけど「しょうじきに申しますと、わたしが一人で片づけた方がはやくきれいになるんです」との言葉に黙り込んでいた。そんなわけで、朝食会は準備から片付けまですべて城咲さんの担当なのだ。

 とはいえ、申し訳なさがあるのは間違いない。

 

「ごめんね、毎日やってもらっちゃって」

「いえ。構いません。この程度たいしたことではありませんし、わたしといたしましても、毎日朝食を作ることは気晴らしになりますから」

「そうなの?」

「はい。こんだてを考えたり、料理に集中したり、やることが多いですから。……ただ、けさはすこし落ち込みましたけど」

 

 声のボリュームも下がり、うつむきがちになる城咲さん。

 

「おとといよりも、けさは作る量を減らさなくてはならなくなってしまったのです。作業中も、そのことを考えると手が止まることもありまして……」

「……」

「わたしたちに、できることはなかったのでしょうか」

 

 城咲さんに、そう尋ねられる。

 

「わたしは、あの夜、とてもふあんでした。そのふあんを抑えるために蒼神さんたちとじょしかいを開きました。……もし、偶然見かけたあのお二方だけでなくみなさん全員に声をかけていれば、あの事件は防げていたのではないでしょうか」

 

 伏し目がちになりながら、城咲さんは言葉を紡いだ。そんな城咲さんに語り掛ける。

 

「……それは、事件が起こっちゃったあとだから言えることなんじゃないかな」

「……」

「私たちは、何もしなかったわけじゃない。カレー作りだってしたし、皆、モノクマに負けないために精一杯頑張ったことは間違いないと思う。だから、そうやって自分を責めないで。責めるとすれば……きっと、これは皆の責任だよ。皆で、背負わなきゃいけない罪だって私は思う」

 

 そうだ。きっと、これは全員の罪なんだ。

 

「大丈夫だよ、城咲さん。きっと、私たちはここから脱出できる。きっと、明るい未来が待ってるはずだよ」

「…………ありがとうございます、七原さん」

 

 城咲さんは、ぺこりと頭を下げた。

 

「そんな、頭なんて下げなくていいよ。それで、この部屋には何かあった?」

 

 それが照れくさくて、ちょっと無理やり話題を変えて部屋を見渡した。

 物理室と名はついていたけれど、学校にあったような物理実験室とは少し趣が違う。どちらかと言えば、研究室って言った方がイメージは近いのかな。よくわからないメーターのついたコンピュータ機器が所狭しと並んでいる。

 

「そうですね……一番はこのたくさんのこんぴゅーたですけど、電源はつくみたいですがねっとわーくにはつながっていないそうで脱出には役立ちそうにありません」

「まあ、そうだよね」

「というかそもそも、ろぐいんにはぱすわーどが必要のようでした。中身の確認はできなかったのです」

「そっか……」

「もしこのこんぴゅーたの中身を知ることができたら、ものくまの正体、つまり、黒幕が誰かということがわかるかと思ったのですが……」

 

 城咲さんは、そう言っておぼつかない動作でマウスを操作する。ログイン画面が表示され、パスワードの入力を求められた。当然、何を入力すればいいかはわからない。適当に入力すれば、もしかしたら私なら当たる可能性はある。……けど。

 

「このコンピュータに、あまり深入りするのは良くないと思う」

 

 私の言葉に、不思議そうに城咲さんが振り向いた。

 

「だって、あの用意周到なモノクマだよ? 下手にログインしようとして、パスワードを間違えたらどんな目に合うか……」

「これはものくまの罠ということですか?」

「だと思う」

 

 相手はあのモノクマだ。警戒するに越したことは無い。

 

「それにね」

 

 さらに私は付け加える。

 

「なんか嫌な予感がするの。決して見ちゃいけないような、そんな気がするんだ」

 

 理由は説明できない。ただ、私の直感がそう告げていた。

 

「……七原さんがそうおっしゃるのであれば、このこんぴゅーたを調べるのはひかえておきましょうか。どちらにしても、わたしではろぐいんはできませんし、それができそうな方もいらっしゃいませんから」

 

 そう告げて、城咲さんはコンピュータの電源を落とした。

 

「他に気になるものは、とくにはありません。参考書の類や力学や電気系の実験器具はそろっていますが、だっしゅつなどには役に立ちそうにないですね」

「そっか……」

 

 参考書も気にならないといえばうそになるけど、さっと読んだだけじゃほとんどわからないだろう。

 

「では、わたしはこの部屋の掃除を行いたいとおもいますので、七原さんは他の場所を見ていらしたらいかがでしょう?」

「うん、そうするよ。じゃあ、また後でね」

「はい」

 

 城咲さんに別れを告げて、階段を上って2階へと進んだ。2階の部屋は、確か化学室だったかな。

 ひょいと化学室の中を覗き込むと、にぎやかな声が聞こえてきた。

 

「いやあ、それにしてもすごいね。まさに(アキラ)ちゃんのための部屋って感じだよ」

『まったくだな! 流石化学室だぜ!』

「ほらみて、こんな、名前も分からないような実験器具があるよ!」

「そ、それは、で、デシケーター……み、右手のは、り、リービッヒ冷却器……」

 

 中にいたのは、根岸君と露草さん(と黒峰君)だ。根岸君は多分ここにいるかもと思ったけど、露草さんまでいたのはちょっと意外だった。

 

「章ちゃんならやっぱり知ってるんだね」

「ま、まあ……つ、使ったことあるし……」

『使ったことあっても名前は憶えてねえこともあんだろ』

「翡翠も、理科は苦手だったからなあ……」

『翡翠は理科だけじゃなくて勉強全般苦手だろ?』

「もう! 琥珀ちゃん、章ちゃんの前で言わないでよ!」

 

 いつも通り、にぎやかに一人芝居を繰り広げる露草さん。そろそろ足を踏み入れようかな、と思ったとき、

 

「……な、なあ」

 

 根岸君が口を開いた。

 

『章、なんだ?』

「ど、どうしておまえはそこまでいつも通りにふるまえるんだよ……お、おまえだって、あ、あれを見たよな……?」

 

 あれ、というのは、きっと、おしおきのことで間違いないはずだ。

 

「ふ、二人も目の前で死んで、さ、殺人を企んでたやつがまだいるのに、ど、どうしてそんなにのんきにいられるんだよ……」

『だってよ、翡翠』

「うう~ん……」

 

 少し唸ってから、露草さんは答えた。

 

「あのね、章ちゃん。翡翠は別に、のんきになったつもりはないよ?」

「……え?」

「死んじゃった二人のことは悲しいし、章ちゃんを殺そうとしちゃった凡一ちゃんやこの生活を楽しんでる瑞樹ちゃん、一人でいようとする琴刃ちゃんのことも気になるよ。だから、一刻も早くこんなところを出なきゃいけないと思ってる。もちろん、モノクマの言った方法とは違う方法でね?」

『モノクマなんかの言いなりになるのも癪だしな!』

「けど、だからってふさぎ込んだって、おびえてったってどうしようもないよ。そんなことしてたら、ますます追い詰められちゃうだけだもん。だから、少しでもいつも通りに、ね?」

『章がそういう性格なのは知ってっけど、せっかくこんな部屋があるんだから、好きな研究に打ち込んだらいいんじゃねえか?』

「章ちゃん、こういう部屋にいるの、好きでしょ?」

「…………」

 

 一人と一体の言葉を聞いて、根岸君は、

 

「……そ、そっか。……あ、ありがと、ふ、二人とも」

 

 と、答えた。

 

「ありがとだって。翡翠、なんかお礼言われるようなこと言ったかな?」

『すっとぼけるなって! お前、それっぽく決め顔してたじゃねえか』

「えー、そんな顔してないよ!」

「……ふ、ふふ」

 

 顔をほころばせる根岸君。

 ……なんか、お邪魔だったかな?

 そう思って、一旦この部屋は後回しにしようと部屋を離れようとしたその時、

 

「あ、菜々香ちゃん!」

 

 露草さんに見つかった。

 

『そんなところで何やってんだ? 入って来いよ?』

「あー、うん」

 

 黒峰君に促されて、化学室に足を踏み入れた。

 化学室の中には、ビーカーにフラスコ、試験管といった様々な実験器具や、さっき物理室で見たような参考書がたくさん並んでいた。さっき名前が挙がってたデシケーターってどれなんだろう。この箱みたいなやつかな?

 

「確かにこれは化学室だね」

 

 と言いながら、部屋を見渡して、《それ》に気づいた。

 

「や、やっぱり、気になるよな……」

 

 根岸君が、私の視線を追ってそう告げた。

 私の視線の先にあったのは、いくつかの棚だった。その中に、様々な大きさのビンに入れられた粉末や液体が並んでいる。その正体はきっと、

 

「薬品、だよね?」

「う、うん……」

 

 恐る恐る、といった風に根岸君が答えた。

 

「か、かなり扱い方が難しい薬品……そ、相当化学実験に慣れてないと、い、命にかかわるような薬品が、いくつかあって……」

『それこそ、【超高校級の化学者】の章じゃねえと扱えねえようなやつだな!』

「こ、高校の授業でも使うような、わ、わりと扱いやすいものもあるけど……そ、それだって、て、手順ひとつ間違えれば、だ、大事故につながるし……」

「そんなに危険なものが……」

「た、単純に、ど、毒薬や劇薬のものも、あ、あるから……」

 

 根岸君から、薬品棚に目を戻す。薬品の入った瓶には習字のフォントで薬品名が書かれている。エタノール、濃硫酸、黄リン、ニトロベンゼン、塩酸、ナトリウム……確かに、授業でよく聞いたものや実験で使ったものが並んでいた。薬品の分類やその危険性はわからないけれど、根岸君がそういうんなら下手に手を出すのはやめておこう。

 そんな風に薬品を確認していると、黒峰君の声が聞こえた。

 

『けど、この薬品棚がやべえのは、そこじゃねえんだ。菜々香』

 

 え? と思いながら振り返る。

 

「モノクマは、私たちにコロシアイをさせようとしてる。この薬品棚には、その道具が揃ってるんだよ」

 

 露草さんがその言葉を補足する。

 

「うん。それはそうだよね。こんな危険な薬品、何をしたって殺人につながるから」

『ああ、そうだけどそうじゃねえんだ』

「ん?」

 

 倉庫と同じで凶器がたくさんそろってるってことだと思ったけど、何か勘違いしてるみたい。

 

「睡眠薬や毒薬が、素人でも扱いやすいように改造された状態で置かれていたんだ」

「改造って……」

 

 露草さんが説明してくれたけど、まだぴんと来ていない。そんな私に、根岸君が追加で説明してくれる。

 

「さ、さっきも説明したけど、そ、そこに並んでる薬品のほとんどはかなり危険だから、へ、下手に殺人に使おうとすれば犯人の方が、し、死ぬ可能性があるんだよ……。ふ、フタを開けた瞬間に気化して吸い込んだり、て、手にかかって肌が変色したり……」

「そうなんだ」

「あ、あと、く、クロロホルムって知ってるか……?」

「うん。聞いたことある。ハンカチに染み込ませて臭いを嗅がせると、気絶しちゃうんだよね」

 

 二時間ドラマとかの誘拐のシーンで、そんな薬品が出てきた気がする。

 ふと気になって薬品棚を見れば、まさしくそのクロロホルムもそこに並んでいた。

 

「そ、そういう認識が一般的だと思うけど、じ、実はそんな都合のいい薬品じゃないんだ……は、ハンカチに染み込ませたくらいの量じゃ気絶なんかしないし、き、気絶するほどの量を嗅がせたら、そ、そのまま死んじゃうし……そ、そのあたりの注意事項は、び、ビンのラベルの説明欄に、ちゃ、ちゃんと書いてあったけど」

「あ、そうだったんだ」

「で、でも、そんな都合のいい薬品が、や、薬品棚に用意されてたんだ……ほら」

 

 と言って、根岸君が薬品棚から一つのビンを取って私に手渡した。そのビンのラベルには、『モノモノスイミンヤク』と書かれていた。白い錠剤のようだ。

 

「ふ、ふざけた名前だけど、せ、説明欄は、も、もっとふざけてた……」

 

 ビンを回して説明欄を確認する。

 『一粒飲めば一晩ぐっすり。二粒飲めば一日ぐっすり。三粒飲めば三日ぐっすり。水に溶かして臭いを嗅げばどんな場所でもおやすみなさい。眠れない夜と眠らせたい夜にどうぞ』と、書いてあった。その横に用法容量の詳細や、何粒飲んでも致死性は無いという説明も並んでいる。

 

「ぶ、分量と効果もふざけてるけど、す、水溶性で気化するのはいいとしてもすぐに効果が出るなんて、そ、そんなのどう考えてもおかしい……ど、どんな成分でできてるのかと思ったけど、成分表示は無いし……」

「確かに、これは……」

 

 明らかに、コロシアイに使ってくださいと言わんばかりの睡眠薬だ。

 

「そ、その癖、ち、致死性は無いって……ど、毒にならない薬なんて、あ、あり得ないのに……」

「誰かを眠らせるためだけに用意された、って感じだよね」

『あと、これもだ』

「ん?」

 

 続けて黒峰君が今度は小さなビンを渡してくる。そこに書かれていたのは、『モノモノサツガイヤク』という文字列だった。

 

「『モノモノサツガイヤク』……『モノモノ殺害薬』!?」

 

 一瞬何を意味するか分からなかったけれど、分かってみればあまりに直球過ぎるネーミングだった。慌てて効果を確認する。

 『一滴じゃまだまだ、五滴でムラムラ、十滴分ならドクドクと血が溢れます。口から噴き出す血のシャワー。鉄分豊富なあなたに』という説明欄の文章。

 

「何これ……」

 

 薬品名に反して直接的な言葉は無かったけど、それが死を意味していることは間違いない。

 

『……とんでもねえだろ?』

 

 黒峰君の言葉通り、とんでもない毒薬だった。

 個室に置いてあった凶器セットも恐ろしいものだったけど、目の前に現れた毒薬はそれ以上に強烈だった。

 ビンのラベルを確かめながら、その恐怖を噛みしめていると、

 

「ぼ、ぼくは、こ、この二つの薬のことは、ひ、秘密にしておこうと思ったんだけど……」

 

 根岸君がぽつりと呟いた。

 

「え? そういえば、私にも普通に教えてくれたね」

 

 本当は教えないつもりだったのかな? 確かに、こんなものがあると知れたらパニックになると思うけど……。

 

「あのね、さっき悠輔ちゃんとそんな話になったんだ」

「悠輔ちゃん……杉野君と?」

『ああ。悠輔も苦渋の決断ではあったみたいだけど、皆に知らせようってよ』

「そ、そんなことしたら、さ、殺人に使われるかもしれないって、い、言ったんだけど……」

「施設の開放から一日以上経ってる以上、今から隠したところで誰が毒薬のことを知ってるか把握しきれないって、悠輔ちゃんに言い返されたんだよね?」

 

 ……そういえば、昨日の時点でもう【体験エリア】は開放されてたんだっけ。

 

『だったらいっそのこと全員に知らせて警戒させた方が事件抑制のためになる、ってことでな。皆に知らせることにしたんだぜ!』

「そうだったんだ……」

「な、七原は、ど、どう思う……?」

 

 根岸君に話を振られて、少し考えた。そして、答える。

 

「……うん。悪くないんじゃないかな?」

「そ、そっか……」

「皆が知っている、ってなったら誰かが犯行を考えても毒薬は使いづらくなっちゃうだろうしさ。……それに、考えたくないことだけど、もし事件が起こっちゃった時に、隠してた根岸君達がきっと責められちゃうよ。杉野君の言う通り、誰が毒薬のことを知っていたかわからない以上、容疑者が減らせるわけじゃないしね」

 

 私の勘が、そう告げている。事件を防げるかどうかまでは断言できないけど、毒薬の存在が知れ渡ったことは、きっと悪いことじゃない。

 

「それに、もういろんな人に教えてるんでしょ? だったら、私が今更どうこう言えることでもないよ」

『それもそうだな!』

 

 とにかく、この二つの薬のことは重要だ。忘れないようにしないと。

 その後、化学室に残って実験器具の状態を調べると言った根岸君達に別れを告げて、三階へと上った。

 

 

 三階の部屋の名前は、生物室だったっけ。ここにも誰かいないかな、と思いながら生物室に足を踏み入れたけど、部屋の中には誰もいなかった。

 その静けさに身をゆだねながら、部屋の中を探索してみる。

 

「まあ、ここも大体同じ感じか」

 

 物理室や化学室と同じように、生物室の中には参考書や実験器具が並んでいた。顕微鏡とか、ずいぶん昔に使ったきりだなあ。

 棚を順々に眺めていくと、今度は薄気味悪いビンが並んでいた。ヘビ、カエル、ヤモリ、そういった類の動物たちが、ホルマリン漬けにされていたのだ。

 無意識に少しだけ後ずさってなおそのビンを追っていった私は、()()と目が合った。

 

「ひっ……」

 

 誰かの、生首が、ビンの中に浮かんでいた。

 

「なに、これ……」

 

 傷だらけの見覚えは無いその顔は、何かを恨むようにその目を見開いている。まるで、ビンの中で時が止まってしまったみたいだ。

 それに恐怖してつい目線を横へそらせば、今度は指、耳、目玉と、人間のパーツがビンに浮かんでいた。

 

「…………」

 

 とても見ていられず、棚から離れて別の場所に視点を移す。その視線の先には人体模型と人骨模型があったけど、さっきの生首のおかげで少しも怖くなかった。

 

「……これは?」

 

 その横にあった大きな直方体。どうやら、冷凍庫みたいだ。

 ガチャリとその扉を開けると、その中には小さな箱がこれでもかと詰め込まれていた。箱は透明じゃない上にぎちぎちにテープで巻かれていたから中は確認できないけど、何やらラベルが貼られていた。バッタ、モンシロチョウ、リレルバ、ゴキブリ、サンノル、グンタイアリ、タンポポ、カーネーション、レインゴーテ、ガーベラ、コスモス……その文字から察するに、様々な虫や植物の卵や種が冷凍保存されているのかもしれない。

 

「ああ……そういえばこんなのも生物の授業でやったっけ」

 

 いつだったかの生物の時間に、クラスの皆で校庭に出て色んな植物をスケッチしたことがある。良く晴れた日のことで、私が珍しい虫を見つけたとかで先生がとても盛り上がっていた気がする。

 ……いつかまた、あの青空の下へ。

 

「……ここはもうこれ以上見るものはなさそうかな」

 

 感傷に浸ってもいられない。そう区切りをつけて、冷凍庫の扉を閉める。

 

「なら、そろそろ次に行こうかな」

 

 そう思って部屋の入口を向いたら、そこには大天さんがいた。大天さんはこの部屋にやってきたところみたいで、ちょうど生物室に足を踏み入れるところだった。

 すると。

 

「……っ」

 

 大天さんはダッとひるがえし、部屋から逃げ出してしまった。

 

「ちょっと、大天さん!」

 

 大天さんを追いかけて、私も部屋を飛び出す。

 大天さんとは、この前学級裁判が終わってから、一度も話せていない。私は話したいことがあるのに、ずっと大天さんに避けられている。

 急いで実験棟を駆け下りたのに、大天さんの姿はもう見えなくなっていた。

 

「足早いなあ……」

 

 仕方ない。大天さんにはまた後で話しかけよう。

 せっかく外に出たんだ。このまま最後の施設、アトリエに向かおうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《アトリエ》

 

 アトリエは製作場のような平屋の建物だったけど、その中はひとつの巨大な部屋になっていた。体育館か、まさしく工場のような広さだ。

 中には数々の彫像や絵画が置かれている。そのほとんどが作りかけだったけど。ちゃんと新品のキャンバスや石材も置かれているから、美術活動はきちんとできるようになっているみたいだ。

 そんなアトリエで、部屋の壁際に立って棚の何かを眺めている岩国さんを見つけた。

 

「岩国さん、何見てるの?」

「……!」

 

 私が後ろから声をかけると、びくりと体を震わせた岩国さんは、バタンと眺めていたスケッチブックを閉じた。

 

「なんだ、幸運か」

 

 その言い方は無いと思うんだけど。

 

「それで、何見てたの?」

「何を見ていようが俺の勝手だろ」

「そうだけど……」

 

 ぶっきらぼうな岩国さんの返事を聞きながら、私もそのスケッチブックを開いてみた。

 中身は誰かが書いたスケッチのようで、人物画と風景画が半々くらいの割合で描かれている。枚数はそれなりにあるけれど、特別上手なわけじゃない。

 人物画はどれも知らない人で、風景画もほとんどは知らない景色……と思ったけど、いくつかはこの【体験エリア】や前の二つのドームの景色のように見えた。ここのスケッチブックがあるということは、この施設で描かれたということだから当然かもしれないけど。

 

「これ、どういうことなのかな?」

「……」

 

 岩国さんから返事は返ってこないけど、そのまま話し続けた。

 

「きっとこれ、前にこの施設にいた人のものだよね?」

「……さあな。その可能性もあるし、そうじゃない可能性もある。そもそも、あのぬいぐるみが言うことが本当だという保証もない以上、こうして解放された施設に置かれたものがぬいぐるみによって作られたものである可能性だってある。現時点では何の判断も下せない」

「……そっか」

 

 でも、このスケッチブックはこのコロシアイ生活にとって、とても大事な証拠になる。確証はないけれど、そんな気がした。

 

「……」

 

 スケッチブックをぺらぺらとめくっていく私を置いて、岩国さんがこっそりとアトリエを後にしようとしていた。そんな岩国さんに声をかける。

 

「あ、岩国さん。12時に食事スペースで報告会って話は聞いた?」

「……ハア。他の連中から何度も聞いた。お前で6人目だ」

「あはは、そっか。ごめんね」

 

 そして、そのまま岩国さんは外へ出ていった。

 

「……もう少し、仲良くなりたいんだけどなあ」

 

 やっぱり、岩国さんは私たちに心を開こうとはしないみたい。こんなとんでもないところに閉じ込められた仲間同士なんだから、せっかくなら仲良くなりたいのに。

 ……けど。

 

 

──《「俺たちは、全員殺人犯だ。その事実を、認めろ」》

 

 

 今朝、岩国さんはそんなことを言っていた。その時にぶつかった視線の先に、彼女は何かを秘めているような気がした。

 きっと、岩国さんも、苦しいんだ。岩国さんは、感情のない冷徹なロボットじゃない。彼女も、このコロシアイ生活の中で必死に戦っているんだ。

 なら、きっと、仲良くなれるはずだ。

 

「…………」

 

 その後も残って色々とアトリエを調べてみたけど、特にこれと言って気になるものは見つからなかった。乱雑に引き出しに押し込まれた色とりどりの画材に感心していると、気づけば12時間近になっていた。

 そろそろ食事スペースに向かわないと、と思ってアトリエを後にした。




14人の想いを乗せて、絶望は続いていく。

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