ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編⑥ 死神の論理(lonely)

「うぷぷぷぷ……結論が出たみたいですね!」

 

 静まり返った裁判場に、そんな気味の悪い声が響き渡った。

 

 結論。

 ――古池河彦が、新家柱を殺した。

 議論の果てに導き出されたのは、そんな結論だった。

 

「はい! それでは投票タイムに移ります! お手元のウィンドウから、新家クンを殺したと思う生徒に投票してください! 最も得票数の多かった生徒をオマエラが導き出したクロとします! あ、もちろんだけど、投票放棄は許さないからね! 誰にも投票しなかったら、その時点でオシオキだよ!」

 

 愉快そうにつらつらと言葉を並べていくモノクマ。その口から、投票放棄は禁止という後だしのルールが告げられたというのに、【超高校級のクレーマー】の火ノ宮は、

 

「……」

 

 呆然と古池を見つめていた。けど、それは火ノ宮だけじゃない。俺も含めて、ほとんどは口を閉じて古池へと視線を向けていた。

 そんな針のむしろに立たされている古池はというと、ひたすら俯いて無言を貫いていた。

 

「分かっていたことだけど、やっぱり投票は強制なのね。その方がデスゲームの質が上がるもの」

「……東雲さん、少々静かにしていただけますか?」

「ちょっと蒼神、そんな睨まないでよ。アタシはクロじゃないんだからさ」

 

 こんな状況下でも、どこか人ごとのように東雲は軽口を叩いている。……それに文句をつけるような気力は、無い。

 

「さあ、それでは皆さん! 投票をどうぞ!」

 

 そのモノクマの声とともに、俺達がそれぞれ立っている証言台の手すりの上にウィンドウが浮かび上がる。『システム』やダストルームで何度も目にしたから、もはやなんの驚きもない、

 そのウィンドウには、名前が縦4列横4列で16個並んでいた。当然、俺達の物だ。もうすでにここにはいない彼の名前も、ちゃんと『新家 柱』と記されている。……新家の名前の部分だけは、くすんだ色になっているが。

 とにかく、投票したい人物の名前に触れれば投票したことになるのだろう。

 

 ゆっくりと、右腕を持ち上げる。人差し指を伸ばし、ある名前へと近づけていく。もちろん、『古池 河彦』の文字へと。

 そのままそれに触れようとして――ピタリと指を止めた。

 

「…………」

 

 新家を殺したのは、古池だ。それが正しい事は、俺の推理や古池の靴底、そして古池自身の態度が証明している。

 しかし、このまま古池に投票することは果たして正しい事なのだろうか? 古池は、まず間違いなく最多票を獲得するはずだ。そうなれば、古池はオシオキ、という事になる。

 

 この投票の結果が、古池を殺すのだ。

 

 確かに、古池は新家を殺した。そして、それを隠蔽し、俺達を欺こうとした。

 それはつまり、古池は俺達全員を殺すつもりだったことを意味する。

 それに、ここで俺が投票を放棄すれば、俺が殺されてしまう。

 けれど。

 だからって。

 

「ハイハイ! ほら皆早く投票してよ! こんなところでも時間がかかるのか、オマエラは! もう答えなんか見えてるんだから、さっさと投票しろよ! 10! 9! 8――」

 

 指を中空に止めたまま逡巡する俺の頭を、モノクマのだみ声が通り抜ける。

 突如始まったカウントダウンが進んでいく。

 その声を聞きながら、悩みながら、迷いながら、俺は――震える指でその文字に触れた。

 実際には、指はウィンドウに触れることなくすり抜けていったが、ウィンドウには赤く『投票完了』の文字が浮かび上がった。

 俺は、古池河彦に、投票したのだ。

 

「…………」

 

 悩んだ挙句古池に投票したのは、古池を強く恨んでいたからじゃない。この事件は俺が終わらせないといけない、と思ったからでもない。そんなこと、さっきまでの俺の頭には微塵も浮かんでいなかった。

 指を動かした時に俺の頭にあったのは、『死にたくない』というシンプルな答えだった。

 

「うぷぷ……無事に全員投票出来たようですね! いやあ、投票放棄なんかでオシオキしたくなかったから良かったよ! 死にたいならコロシアイで死んでもらわないとね!」

「…………」

「あれ? 無反応? つまらないなあ、まったく……まあいいよ。ハイ! それでは、結果発表と参りましょう! 投票の結果クロとなるのは誰なのか! そして、それは正解なのか不正解なのか~っ!」

 

 モノクマが不愉快な声を裁判場に響かせると、直後、けたたましいサイレンとともにモノクマの頭上に巨大なウィンドウが出現し、ムービーが流れ出した。

 

 

 

 

 派手な三列のスロットがやかましいドラムロールとともに回っている。そこに描かれた無数の顔のドット絵は宿泊棟の個室のドアにかかっていたものであり、紛れもなく俺達の顔だった。

 やがて、スロットは少しづつ動きを止めていき、ある一人の顔が並んで停止した。

 古池河彦のドット絵が三つ並んだそれは、大きな音を立ててジャラジャラと大量のコインを吐き出した。

 それが『当たり』の合図であることは、瞬時に理解できた。

 

 

 

 

「大正解ーーーーーッッ!! 【超高校級の宮大工】である新家柱クンを殺害したクロは、【超高校級の帰宅部】である古池河彦クンでしたーーッ!」

「……」

 

 モノクマにそう宣言されて、古池は大きく顔をしかめた。

 

「いやあ、最初の事件からちょっと複雑になっちゃったけど、まあ真実にたどり着いたからオールオッケーだよね! 大したトリックが使われたわけでもないし、こんなところでつまずいてもらっちゃこっちとしてもつまんないしさ! ぶっひゃっひゃっひゃ!」

「オイ、待ちやがれ!」

 

 モノクマの笑い声を止めたのは、火ノ宮だった。

 

「ん? どうしたの?」

「どうしたもこうしたもねェ! 古池が新家を殺しただなんて、そんなことあるワケねェだろ!」

「いやいや、そう言われてもねえ……ボクはちゃんとこの目で監視カメラ越しに見てたわけだし、キミもあの靴底を見たでしょ?」

「そうだけどよ……!」

「大体、火ノ宮クンだって古池クンに投票してるじゃん! それって、キミもその事実を認めたってことだよね?」

「そ、それは……」

 

 憤然とモノクマに食ってかかった火ノ宮だったが、モノクマにそう反論されて黙り込んでしまった。

 かなり癪だが、モノクマの言う通りだ。古池に投票したのならば……それは、古池をクロと認めてしまったことになる。

 

「クレーマ-」

 

 そんな火ノ宮に、岩国が声をかける。

 

「あァ?」

「ぬいぐるみに()()()()()を付けるなら、本人に訊いたらどうだ。この期に及んで言い訳をするかどうか、気になるところでもあるしな」

「……古池。本当にてめーが新家を殺したのか」

 

 岩国に言われて、火ノ宮はか細い声でそう尋ねた。

 問われた古池は言いよどむことなく、

 

「ああ、そうだ。俺が、新家を殺した」

 

 そう答えた。

 

「………………」

「……どうして、こんなことを? やはり、例の【動機】ですか?」

 

 絶句する火ノ宮の横で、杉野が俺をちらりと見ながら古池に尋ねた。俺が【動機】の動画を見て殺人計画を立てたからだろう。

 とは言え、俺も古池はあの動画が原因で凶行に走ったのだと思っていた。【動機】を見て気が動転している時に、明日川達の口論を見て殺人を決意したのだと。

 しかし、古池の言葉は予想に反したものだった。

 

「【動機】? あんなの、関係ねえよ」

「……はい?」

「いや、厳密に言えば関係ねえってこともねえか。アレのおかげで焦ったのは事実だし。けどな、アレを見る前から殺人の方法については考えてた」

「……どうしてですか」

「決まってんだろ。帰りたかったからだよ」

「帰りたかった?」

「ああ」

 

 自白してタガが外れたのか、流れるように古池は話していく。新家を殺すに至った、その動機を。

 

「『帰りたかった』、か。なるほど、【超高校級の帰宅部】であるキミらしい動機だね」

「今日で4日……いや、もう5日か。ここに閉じ込められて、それだけ経ってんだぞ? いい加減帰りたくなったんだよ。だから殺したんだ」

「帰りたくなったって……そんなの、皆一緒だよ! 私だってそうだし……新家君だって、そうだったはずだよ!」

「んなもん言われんでもわかってるっつーの。そんで?」

 

 七原の反論にも、古池は大した反応を見せずに切り返す。凍てつくような視線を、七原に向ける。そんな古池の話を聞いていて、何か違和感を覚えたが、その正体に気づく前に古池は話を進めた。

 

「お前らが帰りたいかどうかなんて、俺が帰るのを諦める理由になんのか? なんねえだろ?」

「ここにいる皆さんで脱出する方法があったかもしれませんわ。家に帰りたいという気持ちは分かりますが、殺人という凶行に至る前に、全員で脱出する方法を探すべきだったのではありませんか?」

「あ、そうか。お前ら、全員で脱出する方法があると思ってんのか。そんなもん、あるわけねえのに」

 

 あるわけない……?

 

「なんだよ、その言い方。古池、お前はこのコロシアイの何かを知ってるのか?」

「知るわけねえだろ。俺は明日川と違ってコロシアイについて心当たりなんかないっての。けどな、全員で脱出することが不可能だってことは、最初から分かってたんだよ」

『河彦、どういう意味だ?』

「どういう意味も何も、そのまんまだ。どうあがいたって全員死ぬ運命なんだよ。俺以外の全員がな」

「……は?」

 

 古池以外の全員が死ぬ運命。言い返せば、古池は自分だけが生き残ると確信しているという事である。

 

「なぜ、そう言い切れるのですか?」

「それが俺の才能だからだ、蒼神」

「才能……【超高校級の帰宅部】、というのが古池君の才能でしたわね?」

「ああ」

「……そもそも、結局お前の才能ってなんなんだ?」

 

 前から気になっていた疑問が口をついてでた。前にその話題になった時も、古池は嘘でごまかして結局答えてくれなかった。

 俺の質問を聞いた古池は、これまで流れるように紡いでいた言葉を止めて、一瞬考え込むように黙り込んだ。

 

「古池?」

 

 名前を呼び掛けて、ようやく古池は口を開く。

 

「…………お前達は、【ASA154号墜落事故】って知ってるか?」

「【ASA154号――って、知ってるも何も前に話しただろ」

 

 【ASA154号墜落事故】。

 いつだったか、古池と話した時に話題に上がった事故だ。確か、七原がたまたま巻き込まれずに済んだという話だったはずだが、どうしてその話を?

 

「ああ、平並。お前は知ってるよな。他の奴は?」

「……まあ、大体の事は知っていますよ。メディアで嫌というほど特集されましたし。日本人も多く乗っていたという大型旅客機の墜落事故ですよね?」

「添乗員やパイロットも含めて【ASA154号】に乗っていた768人中、死亡者531名、行方不明者236名で、生存者はたったの1人……凄惨な事故だったよ。今もなお航空事故の歴史の1ページに刻まれているね」

「その通りだ」

 

 杉野と明日川の説明にうなずいてそう呟いた古池は、そのまま言葉を続けた。

 

「俺は、そのたった1人の生存者なんだよ」

「……え?」

「あの日、俺は家族で【ASA154号】に乗っていたんだ。家族旅行で海外に行く予定でな。久々に家族と旅行に行けるってんで楽しかったさ。……飛行機が墜落するまではな」

 

 呆気にとられる俺達をよそに、古池の語りはどんどん熱を帯びていく。

 

「飛行機が大きく揺れて、阿鼻叫喚の渦だった! 操縦が効かなくなったのかは知らねえが、とにかく立っていられる状態ですらなかった! そして、そんな中俺は後頭部を打ち付けて気絶したんだ。

 気がついたら、何もかもが終わっていた。救助隊の隊員に抱えられて、海に沈む旅客機の中から救出される時だった。ああ、助かったって思ったよ。経緯はともかく、救助隊が来てるってことは皆も助かってるんだって。

 けど、違った! 生き残ったのは俺だけだった! 別にシートベルトをつけていたわけでもない俺がだ! 他に700人以上も死んだのに、俺だけは生き残ってしまったんだ! 両親も兄貴も姉貴もみんな死んだのにだ!」

 

 握りしめた拳を震わせて、古池が叫ぶ。胸の内に秘めていた、悲惨な過去を。

 

「じゃあ、お前の才能は『凄惨な事故からも生きて帰って来れた』っていうものなのか? そうだとして、さっきの言葉とどういう関係が……」

「早合点するなよ、平並。俺の才能はそれだけじゃねえ。俺の才能は【死神】なんだよ」

「【死神】……?」

「修学旅行の時はバスが崖下に落ちた。銀行に行ったら自爆テロが起きた。デパートでは火災が起きた。電車はビルに突っ込んだ。

 それに巻き込まれた奴らは全員死んだ! テロリストも、クラスメイトも、友達も、親戚も、赤の他人も! みんなみんな死んでいった! 俺を残して、一人残らず!」

 

 それは、初めて見る古池の感情の爆発だった。

 いつも嘘をついて飄々としていた古池が、涙ぐませながら感情を吐露していた。

 

「そうやって、俺は一人ぼっちになった。そのまま過ごして何年たった頃か、希望ヶ空からスカウトの通知が来たんだよ。その時に書いてあった肩書が、【超高校級の帰宅部】だった」

「……なるほど。古池君の【帰宅部】という才能は、『周囲の人間を全員死亡させる事件や事故を引き起こし、なおかつ自分自身は無事に生きて()()』、というものだったわけですわね?」

「ああ、そういうことだ」

 

 蒼神の要約を肯定する古池。

 もし、古池の言っていることがいつものような嘘でなく本当の事だとしたら……それは、どれほどの地獄なのだろう。近くにいる人間を例外なく死なせてしまい、それでいて自分は死ぬことは無いという『才能』は、どれほどの苦しみを生み出していたのだろうか。

 

「希望ヶ空からスカウトが来て、俺は嬉しかった。希望ヶ空なら……希望ヶ空に集う、『才能』あふれる誰かなら、この俺の『才能』をなんとかしてくれるって、思ったから!

 ……それなのにだ!」

「……こうして、さらわれて閉じ込められた」

 

 古池の言葉の続きを、俺が紡ぐ。

 

「ああ、そうだ。せっかく救われると思ったのに、またこうなったんだ。

 あの日、気を失って気づいたらドームにいて、また俺は事件に巻き込まれたのかと思った。今度は施設が爆発するか崩落でもするか……まあ、そんなところじゃねえかなと思ってた」

「…………」

「けど、モノクマに殺し合いをしろって言われて気づいたんだよ。もう一つ、この監禁生活を終わらせる方法があるってことに」

「それが()()()()()()()ですか」

「ああ。だから俺は、ずっとどうやって殺すかを考えていた。ここから出て、家に帰るためにな」

「ず、ずっとって……い、いつからだよ」

「いつからって、この学級裁判の存在が発覚してからだよ。俺はそれを知って、『こいつらは学級裁判で全滅すんのか』って思ったんだからな」

 

 淡々と、恐ろしいほどスムーズに古池は自身が殺意を抱いていたことを告白した。俺達と楽しそうに話していたあの時も、古池は心の底に殺意を隠していたのだ。

 と、そのことに思い至った瞬間に、先ほどから感じていた古池の違和感の正体に気づいた。昨日までの古池は、嘘をつかないときもこんなぶっきらぼうな喋り方ではなかった。もう少し丁寧な喋り方だったように思う。

 

 

 

――《「あー……嘘つくとき以外は大体こんな感じなんだ」》

――《「皮むきにうまいも何もないだろ……まあ、手伝いで皮むきをしていたのは本当だからな」》

――《「……確証はないけど、多分いないはずだ。個室も防音だから、個室の中にいた人には聞こえていないだろうしな」》

 

 

 

 結局、すべてが嘘だったのだ。この数日間、古池が俺達に見せていた姿のすべてが、偽物だったのだ。

 

 

「どうしてだァ……?」

「なんだ、火ノ宮?」

「どうして、モノクマの戯言なんかに耳を貸したんだァ! どこからか助けが来るかもしれねェじゃねェか! それを待つのが最善だろォが!」

「助けを待つ? いつになるのかもわかんねえのにか? さらわれてから2年も経ってるとか言われてんだぞ」

「それでも待つべきだろ! ここにいる皆で生き残るためによォ!」

「だから何度も言ってんだろ! 俺以外全員! 死ぬんだよ! だったら、手っ取り早く出られる方が良いに決まってんだろ!」

「誰かを殺すなんて、どんな理由があったってダメだろォが!」

「もう黙れよ! なんにも知らねえクセに正論言ってんじゃねえ!」

 

 火ノ宮の叫びにも、古池は一切動じなかった。

 

「俺と一緒に事件や事故に巻き込まれた奴はみんな死んでんだ。みんな、俺が巻き込んで殺したようなもんなんだ。だったら、一人くらい俺自身の手で殺したところで今更関係ねえだろ」

「…………てめー……」

「俺の手はな、とっくの昔に血まみれなんだよ」

 

 古池は、自分の手に視線を落としながらそう呟いた。

 

「……とにかくだ。俺はどうにかうまく殺人を行えないかをずっと考えてた。そしたら、明日川と口論する新家が目に入ったんだよ。その内容から明日川が包丁を持ち出したこともわかったし、最終的に明日川が強制的に話を打ち切るようにドアを閉めてたから、()()()使()()()と思ったんだ。元々ガラスの破片を使う殺し方は考えていたし、そのまま凶器を包丁に思わせることができると確信したしな」

「たったそれだけの理由で、新家君を殺したのですか?」

「何睨んでるんだよ、蒼神。どうせ皆死ぬんだ。誰を殺したって同じなんだから、殺すのに都合がいいヤツを殺すに決まってるだろ」

 

 その古池の言葉を聞いて、ドキリとした。その言葉は、俺が考えていたことにとても似通っていたから。

 

「殺すのなんて、誰でも良かったんだよ。生き残るのは、俺だけなんだからな」

「……でもさ」

 

 今まで沈黙を保っていた露草が、口を開いた。

 

「現実は、違うよ。河彦ちゃんは生き残れないんじゃないの?」

「……なに?」

『だって、河彦は柱を殺したことがばれたんだから、オシオキされるんだぞ』

 

 ……そうだ。

 この後の古池を待っているのはオシオキ……つまり、処刑だ。だというのに、古池は、

 

「ああ、そのことか。オシオキなんて怖くねえよ。俺は【超高校級の帰宅部】だぞ? 死ぬ訳ねえだろ」

 

 と答えた。

 

「あ、何? ボクのオシオキをナメてるの? 死ぬに決まってるじゃん」

「お前こそ俺の才能をバカにすんじゃねえ! 俺は絶対に家に帰るんだ! こんなわけわかんねえところで死んでたまるかよ!」

「あっそ。それじゃ、そろそろ話も出尽くしたようだし、行きますか」

 

 モノクマは、そう言い捨ててよっこいしょと座っていた椅子の上で立ち上がる。

 

「行きますかって……まさか」

「そう! アドレナリン全開の、みんなお待ちかねのオシオキタイムだよー!」

「ちょっと待ってください! 殺すだなんて、そんなことをする必要はないはずですわ! しかるべき罰を与えればそれで……」

「だから、これがそのしかるべき罰なの! 【強化合宿のルール】にも書いてるんだから今更ごちゃごちゃ抜かさないでよね、蒼神サン!」

「ですが!」

「ですがもヘチマもないんだよ! やっちゃうよ? やっちゃうからね?」

 

 それを聞いた古池は、モノクマにこう言い放った。

 

「やるならやれ。絶対に死なないからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 古池のその言葉を聞いて、モノクマはどこからともなく木槌を取り出した。

 

「さあ、それではまいりましょう! ワックワクでドッキドキのオシオキターイム!」

 

 モノクマは、いつの間にか前に出現していた赤いスイッチを木槌で叩きつけた。ピロピロピロと不快な電子音が鳴り響いたかと思うと、ジャラリと妙な音が耳に入った。

 音のした方に目をやれば、古池の背後にあったはずの壁は消え失せ、その暗闇の中から鎖のついた首輪が飛んできていた。その首輪はがっちりと古池の首を捕らえて、古池の体ごと暗闇の中へと引きずり込んでいった。

 

 

 ――オシオキが始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【超高校級の帰宅部 古池河彦 処刑執行】

 

《バス・ゴー・ホーム

 

 

 

 バスがあった。

 スクールバスだった。

 

 『希望発 絶望行』と書かれたバスの最後列。

 そのど真ん中に、何重にもシートベルトを付けられて身動きの取れなくなった古池が座らされていた。その他の座席は、学生服やセーラー服、様々な制服に身を包んだ人形で埋め尽くされていた。

 

 やがて、バスは動き出し、猛スピードで走りだした。

 どこへ向かっているのかもわからないまま、どこかの街を、住宅地を、林道を、ひたすらに走り続ける。

 

 その時だった。

 

 

 ――ドン

 

 

 どこかから、爆発音が聞こえた。

 

 直後、爆風がバスの中に流れ込む。

 間髪入れずに、無数のミサイルがバスの中へと襲い掛かった。たくさんいた人形達が、一体、また一体とその犠牲となっていく。前に座る人形から、一体ずつ、はじけ飛び、壊れ、燃えさっていく。ガラスが割れ、シートが破れ、天井がはがれ。

 そんな蹂躙の限りが尽くされる中、古池はかすり傷を追いながらも前の一点を見つめていた。

 

 

 

 やがて、爆撃が止まるも、暴走するバスは止まらない。

 あれだけあった人形は、ただの一つも残っていなかった。

 無数の人形の残骸に囲まれた古池を乗せたバスは、さらにスピードを上げていく。

 

 

 

 ボロボロのバスは、民家の塀に突撃した。

 その衝撃で、シートごと古池の体は宙を舞い、穴の開いた天井からバスの外へと飛び出す。

 その勢いのまま古池は塀を飛び越え。

 

 そして。

 

 古池は、民家の壁に叩きつけられ。

 ぼさぼさ髪の黒い頭は、熟れたトマトのように弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嘘、だろ」

 

 絶対に死なないとまで豪語した彼は、あっけなく、俺達の目の前で死んだ。

 彼の最期の言葉まで、全部が嘘だったかのように。

 

「ひゃっほーーーう!!! エックストリィィィィィィイイイイイイイーーーーーーームゥゥゥウ!!!!!!」

 

 モノクマの叫び声が響き渡る。

 不愉快だ。

 けれど、そんなことはどうだってよかった。

 俺達の目の前で起こった出来事は、それ以上に不愉快で、残酷で、非現実的で。

 

 それなのに、どうしようもなく現実だった。

 

「いやあああああああ!!!」

「あ、ああ……! ゆ、夢じゃないのか……!?」

「……反吐が出るね。最悪の終章だ」

「チッ」

 

 それぞれの悲鳴や嘆きが聞こえてくる。

 意味が分からない。

 訳が分からない。

 

 これまでだって、十分に非日常だった。

 謎の施設に監禁されて。

 コロシアイを宣言されて。

 殺人を決意して。

 新家が死んでいて。

 それでも、あれほど残酷な処刑は、常識をはるかに超える非日常だった。

 

 そんな中。

 

「……なるほど。【超高校級の帰宅部】だから、《帰宅》にかけて処刑したのね。面白いじゃない」

 

 場の空気にそぐわない明るい声が聞こえてきた。バッとその方を振り向けば、その声の主は予想通り東雲だった。

 

「何言ってるんだよ、お前……古池があんな方法で殺されたんだぞ!? お前はあれを見て何も思わないのか!?」

「そんなわけないじゃない、平並。あんな、尊厳を土足で踏みにじるような処刑は残酷で不愉快に思うし、ついでに言えば新家が殺されたのだって心は痛めてるわよ」

「だったら……!」

()()()()()、よ。だからこそ、面白いんじゃない。今のオシオキで、アタシ達の記憶に死への恐怖が強烈に刻まれたはずよ。そうよね?」

「…………」

 

 周りを見渡しながら俺達に質問する東雲。

 沈黙が、答えだ。

 

「だからこそ、生きることへの執着がより強いものになる。皆、アタシは何があっても生き延びて見せるわ。皆も頑張って生き延びましょうね!」

「……静かにしてよ、東雲さん」

 

 狂った理論を語り続ける東雲に、静かに声が上がった。七原だ。

 

「ん? 何よ、七原?」

「東雲さんがどう思ってるかは分かったけど、それでも、これはゲームなんかじゃない。君は、人が死ぬことの苦しみをなんにもわかってないよ」

「……ふうん。まあ何でもいいわ。どのみちここから出ない限りは嫌でもコロシアイに巻き込まれるんだから、どう思おうが関係ないわ。それに、そんな風に怖がっていてもモノクマの思う壺よ。私達の恐怖を煽るためにモノクマはこんなオシオキをしたんだから」

「だからって、おかしいよこんなの!」

 

 ついにこらえきれなくなったのか、七原が叫んだ。

 

「確かに古池君は新家君を殺したかもしれないけどさ! だからって、あんな方法で殺す必要があるの!?」

「必要? 必要ならあるよ」

 

 その叫びに、モノクマが答える。

 

「え……?」

「ただ処刑するんじゃダメなんだよ、七原サン」

「…………」

「……あの胸糞わりィ処刑に、意味があるってのか?」

「まあね。それをボクが教えることはないけど」

 

 火ノ宮の質問にも、モノクマはさもなげに答えた。

 

「……いい加減にしろよ」

 

 そのやり取りを見て、意図せずして俺の口から言葉が漏れる。

 

「お前の目的は何なんだよ! 俺達をこんなところに閉じ込めて、殺し合わせて、挙句の果てにあんな残虐な処刑をして! お前は、何がしたいんだ!」

「ああもう、質問ばっかで嫌になるね。これだから未熟な連中は……」

「おい、答えろよ!」

「答えろって言われてもなあ……最初から言ってるよね? これは『強化合宿』ってさ」

 

 

 

――《「というわけで、急遽オマエラをこの【少年少女ゼツボウの家】に招待し、強化合宿を開催することに致しました!」》

――《「きょ、強化合宿……?」》

――《「そう! ここで共同生活を送ることによってオマエラのたるんだ精神を叩きなおし、世界の希望として活躍できるよう成長してもらうのです!」》

 

 

 

 確かに、言っていた。

 言ってはいたが。

 

「ボクはね、オマエラに一人前になってほしいんだ。だから、オマエラにコロシアイをさせてるんだよ」

 

 そこに至る思考が全く理解できない。

 

 モノクマは、モノクマを操る黒幕は、俺達とは全く違う人種……いや、おそらくはもっと根本的なレベルで違う生物なのだろう。

 そう思わせるだけの異質さを、感じ取った。

 

「さて! それじゃあ学級裁判もオシオキも終わったことだし、もう解散! そこのエレベータから上に戻れるから、とっとと帰れ! そんじゃ、アディオス!」

 

 俺達に混乱と恐怖を植え付けて、絶望の象徴はどこかへと消えていった。

 

「………………」

 

 これまで俺達の間で流れていたものとは全く種類の違う、重い沈黙が場を支配していた。

 

「……とにかく、ひとまず戻りましょう。こんなところ、一秒でも早く立ち去るべきですわ」

「……そうですね」

 

 蒼神の一言で、俺達14人は裁判場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 《エレベーター》

 

 地上へと上っていく白い箱の中で、俺は古池の言葉を思い返していた。

 

 古池は、最初から殺人を考えていた、と言っていた。

 ガラスの破片を凶器にするという発想はとっさに出るものではないような気がするし、古池のあの言葉に嘘はない……と思う。古池のことだから、断言はできないが。

 

 けれど、そうだとしても、今夜殺人を結構すると決意していたかどうかは、分からない。【動機】のビデオを見て焦っていたと言っていたけれど、自分が生き残ると決意していたのなら、それほど慌てていたわけでもないのかもしれない。

 だったら、今夜の殺人を決意したのは新家と明日川の口論を見たその時のはずだ。新家を容易に殺せると思ったから、新家の殺人に踏み切ったのだ。

 

 その口論の原因は、明日川が包丁を持ち出したことだった。持ち出した包丁を新家に見られて、言い合いになってしまったと明日川は言っていた。だから、明日川が包丁を持ち出していなければ、その口論自体が無かったのだ。

 そして、明日川が包丁を持ち出した理由は――。

 

「…………」

 

 思考がたどり着いた結論に、身震いする。

 

 自分に悪い方に考えすぎているという事は分かっている。

 明日川が包丁を持ち出しても新家がそれを咎めなかったかもしれないし、第一、古池の殺意に気づくことなんて不可能だった。今夜殺人が起きなくとも、いずれは古池は殺人に踏み切っていたことはまず間違いないと思う。

 

 けれど。

 

 

 今回の事件が起こった原因は、俺にあるんじゃないのか。

 俺が犯行を決意して、包丁を持ち出したことが、すべての発端だったんじゃないのか。

 他でもないこの俺が、このコロシアイのドミノを倒したんじゃないのか。

 

 

 エレベーターが地上に到着しても、その考えが頭から離れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER1:【あゝ絶望は凡人に微笑む】 非日常編 END

 

 

 

【生き残りメンバー】 16人→14人

【普通】平並 凡一 

     【手芸部】スコット・ブラウニング 

【化学者】根岸 章   

【発明家】遠城 冬真  

【声優】杉野 悠輔 

【クレーマー】火ノ宮 範太   

 【幸運】七原 菜々香 

【図書委員】明日川 棗   

【ダイバー】東雲 瑞希   

【生徒会長】蒼神 紫苑   

【弁論部】岩国 琴刃  

【メイド】城咲 かなた 

【運び屋】大天 翔   

【腹話術師】露草 翡翠   

 

 

《DEAD》

【帰宅部】古池 河彦  

【宮大工】新家 柱   

 

 

 

 

     GET!!  【歪んだ鍵】

 

 『絶望に押しつぶされた証。原型をとどめておらず、もうどの錠前も開けられない』

 

 

 

 

 




以上で一章完結です。
絶望は、これからです。

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