ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編⑤ 突き刺さる真実

「見過ごせない矛盾って、なんなんだよ」

 

 ――明日川棗が犯人である。

 その推理を認めざるを得なくなった俺は、これまでの議論から今夜起こった出来事を振り返り、改めて明日川を犯人として告発しようとしていた。

 

「包丁を持ち出した犯人は、新家と口論をしてしまったが、その謝罪を口実に真夜中に倉庫へと呼びだした。そして、ビニールシートで返り血を防ぎながら、背後から新家を襲った……。

 そして、新家の個室で手紙に使った自分のメモ帳と新家の新品のメモ帳を交換して、自分の個室へと戻り朝を待った。

 その後、犯行に用いた凶器は捜査時間のうちに調理場で血を洗い流して元の場所に戻した」

 

 これが、犯人が行ったすべてのはずだ。しかし、杉野はそこに矛盾が潜んでいるという。

 

「これのどこがおかしいんだ」

「……ありがとうございます。今のまとめで、改めて確信しました。やはり、明日川さんは犯人ではありません」

 

 ……どういうことだ?

 

「先ほど平並君は、新家君のメモ帳は新品であると言いました。確かに、明日川さんが犯人であれば、そうでなくてはおかしいでしょう。明日川さんは新品のメモ帳を持っていますからね……ですが、その事が、ある証拠品と矛盾するのです」

 

 そう言いながら杉野が取り出したのは……設計図?

 

「それって確か……」

「これは、新家君の個室の引き出しに入っていた棚の設計図です」

 

 …………ああっ!

 

「平並君も気付いたみたいですね」

 

 そうだ、これがあるという事は!

 

「この設計図は、新家君がメモ帳を使ったという何よりの証拠――」

 

 

 

「そっちの推理()は行き止まりだ!」

 

 

 

 俺が杉野の反論に納得したその時、今度は古池から反論の声が上がる。

 

「甘いぞ、杉野。 それはクロの罠だ!」

「罠……どういうことでしょうか?」

 

 杉野が古池に問いかける。

 古池のテンションは高いが、いつもの茶化すようなものではなく、名前だって間違えずに呼んでいる。その目はいたって真剣だ。

 

「新家の個室の引き出しにそのメモがあった。だから新家はメモを使っている……お前はそう言ったな?」

「ええ、そうですが」

「違うんだよ……それは、新家のメモが使用済みだったと思わせるために、犯人が書いたものだ!」

「このメモの筆跡と呼び出し状の筆跡は一致していませんが?」

「筆跡なんていくらでもごまかせるだろ? むしろ、バカ正直に自分の筆跡のメモを残す方がありえない」

 

 古池の言う事にも一理あるが、それは決して古池の仮説を裏付ける証拠になるわけじゃない。

 

「では、書いてある内容はどうでしょう?」

 

 さらに杉野が反論を試みる。

 

「内容?」

「ええ。このメモは、どうみても設計図ですよね。こんな設計図を描けるのは、【超高校級の宮大工】である新家君しかいないと思いませんか?」

 

 しかし、それに対しても古池は尚も反論する。

 

「そうとは限らないだろ。確かに設計図だとは思うけど、単純な作図なら誰にだってできるはずだ。もしかしたら、新家を狙うって決めてから時間をかけて用意したのかもしれないぜ? 明日川が新家と口論してたのは夜時間の直前……10時前なんだ。犯行まで2時間もある。

 だから、その設計図は新家にしか描けない訳じゃない……いや、むしろ、明日川が描いたに違いない!」

 

 ……確かに、古池の説でも筋は通る。けれど、それは有り得ない。その説が間違っていることを、俺は知っているはずだ。

 

 

 

「いえ、それは有り得ませんわね」

 

 古池の反論に、蒼神がトドメを刺した。

 

 

 

 

「わたくしは昨日、新家さんに棚の制作をお願いしましたわ。きっと、その設計図はその棚の物でしょう」

「棚なんて、いかにも設計図を描きそうなものじゃないか。明日川が描いたものと、蒼神の注文が被っただけじゃないのか?」

「確かに、単に棚というだけならその可能性もあったかもしれませんわ。ですが、わたくしがお願いしたのは、側面と上面に派手な薔薇の装飾が入った棚です」

 

 そして、実際に設計図には薔薇の模様を彫るように指示が書いてある。

 

「……これは新家にしか描けないな」

「くっ……」

「えーと……結局、どうなったの?」

 

 微妙に話についていけていない様子の大天が、誰ともなしに問いかける。

 

「状況を整理すると……犯人は自分のメモ帳と新家君のメモ帳を入れ替えたため、自分が新品のメモ帳を持っていても無実の証明にはならない、という推理が浮上しました。しかし、新家君が自分自身でメモ帳を使っていたため、やはり、犯人は使用済みのメモ帳を持っているのです」

 

 これまでの議論で分かったことを、蒼神がまとめてくれた。

 

「つまり、ボクの無実がようやく証明されたというわけだ」

「明日川さんだけではありませんわ。新品のメモ帳を持っている人全員が、今度こそ本当に容疑者から外れることになります」

 

 ……という事は。

 俺は、本当に無実だった明日川を犯人だと決めつけてしまったことになる。

 

「……明日川、その」

「平並君、何も言わないでくれ」

 

 謝ろうとしたが、明日川に止められてしまった。

 

「……ボクの方も、色々と思うところがある(長いモノローグをした)。けれど、今はそんな状況(シーン)じゃないだろう」

「…………わかった」

 

 本当だったらいくら謝ったって足りないくらいだが、今は学級裁判中だ。……それより先に、すべきことがある。

 杉野が進行を促す。

 

「では、議論の続きと行きましょうか」

「つ、続きって言っても……ど、どうするんだよ……」

「今の容疑者をメモ帳やアリバイから考えると……平並、火ノ宮、古池、遠城の四人かしら。最初に比べるとだいぶ減ったわね」

 

 東雲の言うことに間違いはない。メモ帳を使った人の中で、殺された新家とアリバイのある東雲と城咲は容疑者からとっくに外れている。

 

「ねえ、平並君は容疑者から外してもいいんじゃない? ほら、包丁は洗えなかったって話があったよね?」

 

 七原が俺をかばってくれる。確かに、さっきの議論で俺が新家を殺していないことは皆に信用されたはずだ。

 しかし。

 

「その話なんですが」

 

 と、杉野が口を挟んだ。

 

「先ほどは議論を進めるためにあえて黙っていましたが、ミネラルウォーターを用いなくても、前もって水を溜めておけば包丁を洗うための水は確保できるのです。夜時間になる前に包丁を持ち出したのであれば、当然水を溜める時間もありましたから」

 

 ……なるほど。確かにそう言われてしまうと、これ以上の反論はできない。

 

「でも!」

「七原、大丈夫だ」

 

 なおも食い下がろうとする七原を止める。

 

「俺が犯人じゃないことは、俺がよく知っている。この後でも、俺が新家を殺していないことは証明できるはずだ」

「……分かった」

「では、七原さんも納得したようですし、平並君に火ノ宮君、古池君、遠城君の四人を容疑者として話を続けましょう」

 

 杉野がそう話をまとめた。

 俺を除けば、容疑者は後三人だ。この三人の中に、クロが潜んでいるという事になる。それと同時に、俺の潔白を示す方法も考えなければならない。

 東雲が話を切り出した。

 

「で、何から話す? 結局判明してない凶器かしら? 平並が犯人なら凶器は包丁だと思うけど」

「いや……凶器の前に、一つ気になる事がある。呼び出し状だ」

 

 そう提案したスコット。蒼神が説明を促す。

 

「気になる、というのは?」

「この文面だ」

 

 文面……。

 

 

――《新家君へ

    さっきは叫んでしまってすまなかった。

    謝罪したいので、12時に倉庫に来てほしい。》

 

 

 呼び出し状の文章は、こうだった。

 

「この『謝罪』とは、何に対してなんだ? アスガワが犯人なら口論の事になるが……」

「……メインプラザのことじゃない? ほら、皆、新家に対して冷たく当たってたよね? ……私もそうだけどさ」

 

 その謎に、大天は一つの答えを出した。

 それは確かに謝罪すべきことだし、それが正解と納得しかけたが、

 

「そりゃァねェんじゃねェか?」

 

 火ノ宮が否定した。

 

「『12時に来てほしい』って書いてあるだろォ? 文面だけじゃこれが昼の12時か夜の12時かわからねェだろ。けどよォ、新家はしっかりと夜の12時に倉庫に行ったんだ。てことは、この呼び出し状は夜か、早くても午後に出されたものだってことだ」

「……なるほどね。ボク達がメインプラザに集められたのは今朝の事だ。その出来事について謝罪したいなら、『さっき』ではなく『今朝』と書く方が自然である……そう言いたいわけだね?」

「あァ」

 

 火ノ宮の説明の後半を、明日川が代わりにしていた。

 

「……とすれば、この文章は何についての謝罪なのでしょうか」

「あ、明日川みたいに、あ、新家と口論した人がいるんじゃないのか……? つ、つまり、す、推理は殆どあってたんだよ……こ、口論をダシにして新家を呼び出したっていう推理はさ……」

『それはちげえな!』

「な、なんだよ……! ぼ、ぼくの意見なんて無価値だって、い、言いたいのか……!」

「琥珀ちゃんはそんな事言わないよ!」

『ああ。落ち着けよ章。推理が殆ど合ってたってところには同意するしな』

「どういうことですか?」

 

 何やら考えがある様子の露草に向かって、蒼神が尋ねる。

 

『紫苑。この呼び出し状って、なんでこんな書き方をしたんだろうな?』

「なんでと言われましても……長い文章を書くと、逆に怪しまれて倉庫に来てくれないと思ったのではないですか?」

「そうじゃなくて、今琥珀ちゃんが言ったのは、宛名のところだよ」

 

 宛名?

 

『これは皆と話してるオレだから分かるけどな、今疑われてる四人の中に、柱のことを『新家君』って呼ぶヤツはいねえんだぜ』

「あ……ほんとだ」

『だったら、もしもこの四人の中に口論や喧嘩をした人がいたとしても、こうやって書くはずねえよな?』

 

 言われてみて確かに思ったが、俺も火ノ宮も遠城も古池も、誰かを君付けで呼んだりしない。もしも呼び出し状を書くなら、俺が根岸に書いたように宛名を伏せるか、『新家へ』と書くはずだ。

 

「そこで翡翠は思ったんだけど、この手紙を書いた人は棗ちゃんの振りをしたんじゃないかな?

 多分、犯人は棗ちゃんと柱ちゃんの口論を見てたんだよ。そして、それを口実に柱ちゃんを呼び出そうとしたんだ」

「そうやって呼ぶのはアスガワだけじゃなかったはずだが?」

 

 スコットがそう指摘するが、

 

『じゃあ、他に『新家君』って呼ぶ悠輔や紫苑達は柱と口論したのか? 謝罪が必要なほどのな』

「いえ……特には」

「わたくしも、昨日は棚の依頼の後には顔も合わせていませんわね」

 

 黒峰に名前に出された杉野や蒼神たちは特にこれといった反応を見せなかった。

 

「じゃあ、やっぱりこれは棗ちゃんの振りをして書かれたんだよ」

 

 なるほど、確かにこれなら説明がつく。ついてしまう。

 今の露草の推理が正しいとするならば……。

 

「……確か、その二人の口論を見ていた人物って――」

 

 そう口走るのと同時に、俺は()()()()へと視線を移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――古池、お前だったよな」

「……」

 

 容疑者候補の一人である、古池へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいや、待てよ。確かに俺は明日川達の口論を目撃した。けど、それで犯人扱いかよ」

「だけど、その口論の事……教えてくれたのは古池、お前だったじゃないか」

「犯人を見つけるためにやったことだろ? それを理由に犯人扱いされたらたまったもんじゃないな」

 

 あくまでも冷静に受け答えをする古池。

 

「ですが、あなたならこの呼び出し状を書けたんですよ。明日川さん達の口論を目撃していたあなたなら」

「それは、俺なら書けたってだけで、俺にしか書けなかったわけじゃない。他に見ていた奴がいるかもしれない」

「けど、捜査時間の時に言ってたじゃないか、口論を見てたのは自分だけだって」

 

 

――《「他に人は見えなかったし、多分これを知ってるのは俺だけだ」》

 

 

 古池の証言を思い返しながら口を挟むと、古池は周りを見渡して反論した。

 

「俺が見逃してたんだろうな。どこからかは知らないけど、どこかでこっそり見てたんだ」

「吾輩は見てないのである! 口論なんて、裁判に来るまでは知らなかったであるぞ!」

「どうだかな。そんな言葉、信用できるか!」

「……いや、遠城とオレはちげェよ。明日川達の口論なんか、ぜってェ知りようがねェからな」

 

 そんな中、口を開いたのは火ノ宮だ。

 

「どうしてそんなことが言えるんだよ!」

「その口論って、確か夜時間になる5分前とか言ってたよなァ?」

「……ん? それはボクへの台詞かい? ああ、確かにそうさ。ボクの記憶に誓って断言するよ」

「オレは言うまでもなくずっと倉庫にいたし、遠城が倉庫に来たのは夜時間になる10分前だ」

「そうである! 吾輩たちは、その口論があった時間は倉庫にいたのである!」

「ぐっ……」

 

 なるほど、確かに二人は口論の事を知りようがない。となれば、この二人は容疑者から外れる。

 ……じゃあ、やっぱり犯人は……。

 

「まだだ! まだ平並が残ってるだろ!」

「俺だって、口論の事は知らなかった!」

「それを証明できるのか? 出来なきゃ、状況は俺と代わりねえ」

「それは……!」

 

 証明できない。

 明日川の口論があったという時間、俺は個室にいた。もちろんそれは誰にも目撃されていない。

 

「いや、包丁を持ち出すという行動を取っている分、お前の方がよりクロに近いとも言えるんじゃないのか?」

「ぐ……」

「確かに……」

 

 ここぞとばかりに古池が俺を疑い、それに同調する声も聞こえる。

 この反応、やっぱり古池が新家を……いや、古池が無実なら俺をクロだと疑っていたっておかしくない。俺が今、古池を疑っているように。

 

「……それでも、俺じゃない」

「だから、それを証明しろって言ってるんだよ!」

 

 とにかく、疑惑を晴らさなくてはいけないが、口論を見てないことは証明できない。それ以外で、決定的に俺がクロでないと証明できる何かを示さなければ。

 犯人の行動を振り返って、俺にできないことは何かないのか?

 今までに分かっている犯人の行動……明日川の口論を見て、新家に呼び出し状を書く。そして、12時に倉庫で新家を刺し殺して、『システム』を奪って新家の部屋に向かったはずだ。そして、新家の部屋で、自分のメモ帳と新家のメモ帳の交換をして部屋に戻った……。

 些細な違いはあるかもしれないが、これでおおよそ間違いないはずだ。

 ……ダメだ。どれも、俺が個室に一人でいたときに起きた出来事だ。俺にアリバイは無い。

 

「平並君は犯人じゃないよ!」

「どうしてそう言えるんだよ、七原!」

「だって、あの時の平並君の顔は、人を殺した後の顔じゃなかったから! きっと!」

「そんなのお前の主観じゃないか! いいか、平並は新家を殺してからお前を味方につけるためにそんな演技をしたんだ。元々は根岸を味方に付けるつもりだっただろうけどな」

「そんなはずない!」

「そうとしか考えられないんだよ! お前と会った時、平並は犯行をすべて終えていたんだ!」

 

 そう。俺にアリバイがないのは、古池の言う通り、俺が七原と会った時間には犯人の行動は全部終わっていたからだ。

 犯人が新家を殺したのが12時頃。七原と会った12時半まで30分もある。その後は新家の個室に行くだけなんだから、30分もかかる訳がない。きっと、メモ帳を入れ替えて早々に部屋に戻って――

 

 

「違う! そうじゃない!」

 

 

 そこに考えが至った時、俺はそう叫んだ。

 あるじゃないか、もう一つ犯人の行動が!

 

「平並君?」

「なんだ、急に叫んで」

 

 言い争っていた七原と古池がこちらに視線を飛ばす。もちろん他の皆もだ。

 

「あったんだよ、アリバイがな!」

「……言ってみろ」

「いいか古池。犯人は新家の個室を出た後、どこへ行ったか分かるか?」

「さあな。自分の個室に戻ったんじゃないか?」

「違うんだ。犯人は自分の個室に戻る前に、ある場所に寄っている。ダストルームだ」

「ダストルーム?」

 

 事情を知らないであろう大天が俺の言葉を反芻する。

 

「ああ、そうだ」

「そんなわけないだろ。大体、何しに行くんだよ?」

「古池の言う通りだ。ダストルームに行ったところで、焼却炉のカードキーは東雲が持ってんだから、証拠の処分なんかできねェだろ」

「犯人もそれは承知だったはずだ。多分、最悪見つかってもいいが、出来るなら隠しておきたい……そんなものを隠すために、ダストルームへ向かったんだ」

「そんなの、お前の妄想だろ」

「違うぞ古池。証拠もある。そうだよな、東雲?」

「ええ」

 

 名前を呼ばれた東雲は、楽しそうにうなずいた。

 

「あの焼却炉って、使った時には履歴が残るのよ。もちろん、ほとんどはアタシが使ったものだけど、今晩、そうじゃない履歴が残っていたわ。きっと、犯人が証拠隠滅に使ったのね」

「オイ、何言ってやがんだァ! カードキーはてめーに持たせたんだから、焼却炉を使ったのはてめーしかいねェだろォがァ!」

「そうなるとシノノメにアリバイがある、という話もおかしくなってくるが……」

「いや、おかしくないわよ? だって、アタシはカードキーを焼却炉に放置してたんだもの」

「……はァ?」

 

 火ノ宮の口からそんな間抜けな声が漏れる。

 

「カードキーはずっと焼却炉の前にあったってことよ。これならアタシ以外も使えるわよね?」

「何のためにそんなことをしやがったんだァ!」

 

 鼓膜をつんざくほどの怒号。

 

「証拠隠滅のためよ。ほら、ここって証拠を隠滅できる場所がないでしょ? もしかしたら何か決定的な証拠が残って犯人がすぐにわかるかもしれないわよね? そうなったら、面白くないじゃない」

「面白くないって……命がかかってんだぞ!」

「だからこそよ! せっかく命がかかったゲームなのよ!? 楽しまない方がどうかしてるわ!」

 

 火ノ宮はらちが明かないと言わんばかりにわなわなと震えている。

 

「火ノ宮君。言いたいことはあるでしょうけれど、今はこらえてください。時間の無駄ですわ」

 

 そう言った蒼神は俺に目で続きを促す。

 

「……とにかく、東雲以外の誰かが焼却炉を使ったんだ。一応聞くが、この中に今夜焼却炉を使った人はいるか?」

「容疑者の二人がそうであれば、使った理由と今の今まで黙っていた理由も含めてお願いいたします」

 

 杉野が釘を刺す。当然、誰も手を挙げない。

 

「だろうな。じゃあ、焼却炉を使ったのは犯人なんだ。それも、間違いなく証拠隠滅のためだ。それ以外の目的がないからな。東雲、焼却炉が使われた時間は?」

「確か……0時37分だったわね」

「ああ、そうだ。じゃあ七原。俺と宿泊棟のロビーで会った時間は覚えてるか?」

「…………0時半! たまたま時計を見たから覚えてるよ!」

「ありがとう、二人とも」

 

 俺の期待通りの答えを、東雲と七原は返してくれた。

 さて、ここから導きされる真実がある。

 

「という事はだ。俺は、焼却炉が使われた時間は七原と一緒だった。これが、アリバイだ」

「く…………」

 

 これで、俺も容疑者から外れる。残った容疑者は、ただ一人だ。

 

「という事は、新家君を殺した犯人は古池君……あなたという事になりますね」

 

 杉野がまっすぐ古池を見つめて告げる。

 

「違う! 俺も犯人じゃない!」

「しょ、証拠はあるのかよ……」

「証拠か? あるに決まってるだろ!」

『あんのか?』

「ああ! 俺が犯人じゃない決定的な根拠を教えてやるよ!」

 

 そして、大きく息を吸い込んだ古池が叫んだ。

 

 

 

「俺にはな、凶器が無いんだよ、凶器が!」

 

 

 

「凶器……あ」

 

 大天の声。

 

「俺は、明日川や平並みたいに包丁を持ち出してないし、倉庫の刃物は全部火ノ宮が持って行ったんだろ! 俺が犯人だって言うんなら、俺が使った凶器を言ってみろよ!」

 

 ……確かにそうだ。

 古池には、凶器がない……。

 

「平並や火ノ宮は言うまでもない……、遠城だって、火ノ宮を手伝った時にこっそり持ち出せたかもしれないな。

 けどな、俺は違う! 新家を殺せる凶器を俺は持っていない!」

「きょ、凶器セットがあったじゃないか……そ、それを使ったんだろ……!」

「残念だったな! 俺の凶器セットは未開封だ!」

 

 根岸の反論も古池は一蹴に帰す。

 

「それは証明できますか?」

「あ、それは翡翠と琥珀ちゃんが証明するよ」

 

 慎重派らしい杉野が証拠を尋ねると、すぐに露草が名乗り出た。

 

『捜査時間が終わる少し前にな、少しでも捜査しておこうって話になって、とりあえずお互いの凶器セットを見せ合ったんだ』

「翡翠と河彦ちゃんの凶器セットは未開封だったよ!」

 

 古池の凶器セットは未開封、か……。

 

「だから言っただろ! 俺は犯人じゃないんだって!」

「……すいません、古池君」

 

 古池も、無実が示された。

 ……ということは。

 

「つまり、古池も容疑者から外れるってことに……あら? 容疑者がいなくなっちゃったわね?」

 

 そうだ。

 事件の謎が解けていくにつれて減っていった容疑者が、今古池が外れたことでゼロになったのだ。

 

「どうして……どういうことなの?」

 

 大天がそう呟いたのをきっかけに、皆がざわつき始める。

 ここまで議論を重ねて、たどり着いたのがこの結論なのだ。

 

「簡単な事だろォが! 最初からこの中に犯人なんていねェんだよ!」

 

 そんな中、俺達を一喝するように火ノ宮が叫ぶ。

 

「何言ってんの。オマエラの中にクロがいるって最初から言ってるでしょ!」

「うるせェな! どうせてめーが新家を殺したんだろ!」

「お、おい……」

「え? この期に及んでまだボクがクロとか言ってるの?」

()()()()()()()()()そう言ってんだ! てめーだって今のオレ達の議論を見てただろォが!」

「ま、まてよ……」

「じゃあわかったよ! 本当にボクがクロだったら、投票の結果に関係なく15人全員をすぐに開放してやるよ!」

「あァ!? 言ったな、もう訂正できねェからな! よし皆、とっとと投票だ! これでもうこんなところとはおさらば――」

「ちょ、ちょっと待てって言ってるだろ!!」

 

 火ノ宮が皆に投票を煽った瞬間、根岸の叫び声が裁判場に響いた。

 

「あァん? なんだ?」

「お、おまえ……ほ、本当にモノクマが新家を殺したと思ってるのか……? そ、その証拠はあるのかよ……!」

「当たり前だァ! これまでそういう話をずっとしてきたんだろォが!」

「そ、それは消去法だろ……? か、懸かってるのはぼく達の命なんだぞ……! ど、どうして議論のどこかが間違ってるとか、か、考えられないんだ……!」

「何言ってんだ! 大体、この中にあんな殺人を犯したやつがいるなんて思えねェ……モノクマがやったって考える方がずっと自然だろ! それともてめーはモノクマなんかのいう事を信じるのかよ!」

「お、おまえはそうやって、じ、自分の都合のいいことしか考えてないだけじゃないか……! ま、まだ解けてない謎もあるのに、そ、それをほっといて裁判を終わらせる気かよ!」

「妄想に囚われて仲間を信じられないヤツよりよっぽどマシだろォが!」

「な、仲間を信じていない訳じゃない!」

「二人とも! そこまでにしてください!」

 

 熱くなって我を忘れる二人を、その二人に挟まれている杉野が待ったをかけた。

 

「落ち着いてください、二人とも……双方の言い分はよくわかりました。……火ノ宮君、ここは議論を続けましょう」

「……てめーもこの中に犯人がいると思ってんのかよ」

「そうではない、と言えば嘘になってしまいますが……投票は議論の後だってできますよね? 議論を続けても、損はないと思いますよ」

「損はあるだろ。誰も犯人がいねェのに互いを疑い合うなんて、不毛すぎるからな」

 

 しかし、そう言いつつも火ノ宮は、

 

「……けど、ま、投票は待ってやるよ。たっぷり話し合った後にモノクマがクロだって結論をもう一度出せばいいだけだ」

 

 と、折れてくれた。

 それを聞いて、蒼神が語りだす。

 

「では、改めて状況を整理いたしましょうか。

 

 わたくしと城咲さん、東雲さんは、犯行時刻にアリバイがある。

 明日川さんをはじめ、新品のメモ帳を持っている方々は、新家君とのメモ帳の交換をしていない。

 火ノ宮君と遠城君は新家君と明日川さんの口論を目撃していない。

 平並君は、焼却炉を使っていない。

 そして、古池君には凶器がない。

 

 ……他にも理由はあると思いますが、それぞれが容疑者候補から外れた主な理由はこちらのはずです」

 

 もしも、モノクマの言う通り俺達の中に犯人がいるとすれば、この理由のどれかが間違っている、という事になる。

 逆に、そのどれもを打ち崩せないのであれば、犯人はモノクマ、という火ノ宮の言葉が真実だったという事だ。

 果たして真相は、どっちなのか。

 

 

 

 

 

「では、何から話しましょうか……」

「……一番怪しいのは、火ノ宮だろ」

「あァ?」

 

 蒼神の切り出しに対して答えたのは古池だった。

 

「だって、そうだろ? 明らかに議論を終わらせようとしたじゃないか」

「こん中に犯人がいねェのにつづけたって仕方ねェだろうがァ!」

「どうだかな。お前が容疑者から外れたのは、明日川の口論を見ていなかったからだ。なら、そもそもその前提が間違っていたらどうだ?」

「はァ?」

「間違っていた推理は、あの呼び出し状の謝罪についてだったんだ。火ノ宮は凶器の問題もメモ帳の問題もクリアしている。ほら、最大の容疑者じゃないか」

「あの推理のどこにミスがあったてんだァ!」

「それを今から考えるんだろ。大方、危険物を個室に運んだ後にでも新家に見つかって口論したんじゃないのか?」

 

 古池の推理を聞いて、確かに、と思った。

 火ノ宮が犯人だったら、議論を終わらせようとしたことにも理由がつけられる。

 ……けど。

 

「火ノ宮は誰かを呼ぶときに君づけはしないだろ。もし火ノ宮が出した呼び出し状なら、『新家へ』と書くんじゃないか? それに、手紙の本文だってもっとぶっきらぼうになるはずだ。『謝りてェから、倉庫に来てくれ』とかな」

 

 あれが、明日川の口論の事じゃなかった……そうとは思えない。

 

「新家の機嫌を損ねないように丁寧に書いただけだろ」

「怪しまれるかもしれないのにか? これは、明日川の口論の事を書いたと考えるべきだ」

「いや、そうやって決めつける方が危険だ。理由なんか犯人と新家にしかわからないんだから、この呼び出し状については話し合うだけ無駄だ」

 

 この違和感を、矛盾として突きつけることができない。

 そのもどかしさを感じていると、

 

「平並君、僕はあなたの意見に賛成です」

 

 杉野の声が聞こえた。

 

「皆さん、この呼び出し状をおかしいとは思いませんか?」

「お、おかしいってずっと言ってるだろ……しゃ、謝罪したいことなんて、い、意味深すぎる……」

「そうではありません。この呼び出し状自体ですよ」

「よ、呼び出し状自体……?」

「あ、そういう事か」

 

 露草のその声と同時に、左手の黒峰が納得したように手を打つ真似をした。

 

『火ノ宮が犯人なら、そんなもんを現場に残していくわけがねえもんな!』

「……なるほどね。ボクの記憶(物語)によると、新家君は『システム』をポケットに入れていたはず。その『システム』を凶行に及んだ後に持ち出しているのに、同じくポケットに入っていた呼び出し状の存在を読み飛ばすのはいささか不自然だ」

「ええ、その通りです」

「気づかなかっただけかもしれないだろ」

 

 露草たちの言葉を聞いて、古池は尚も反論した。

 

「いえ、犯人は加えてメモ帳を交換しています。これは、呼び出し状との照合を避けるためでしたが、そんなことをするくらいなら呼び出し状を粉々に破くなり処分するなりすればいいのです。ましてや、犯人は焼却炉を使っていますからね」

「じゃあ、クロはわざと倉庫に呼び出し状を残したってことね!」

「その通りです、東雲さん。そして、その目的は『明日川さんが口論を理由に新家君を呼び出した』、と誤認させることしか考えられません。

 加えて言うなら、おそらく焼却炉は新家君の個室にあった使用済みのメモを燃やすために使用したのでしょう。明日川さんの持っているメモ帳が使用済みでなければ、この入れ替えは破綻しますから」

 

 すなわち、新家の個室に使用済みのメモがあれば、入れ替えをした明日川は使用済みのメモ帳を持っていなければならないというわけだ。

 そして、実際に犯人のこの目論見は破綻した。設計図が見つかったし、明日川は新品のメモ帳を持っていたからだ。

 

「だから、明日川さんの口論を見てない火ノ宮君に犯行は不可能なんだね」

 

 七原のまとめに、杉野が満足そうにうなずいた。

 とにかく、これで火ノ宮と遠城の容疑は完全に晴れた。ついでに、犯人が焼却炉を使っていることも間違いないから、俺の無実もほぼ示されていると言っていい。つまり、残る容疑者はやはり古池だけとなる。

 しかし。

 

「……と、ここまで推理を披露してみましたが、古池さんが犯人だと断言するつもりもありません。凶器が無いこともまた事実ですからね」

 

 杉野の言葉通り、古池も無実だと俺も思う。

 古池には凶器の入手ができないのだ。犯行現場となった倉庫にある刃物はすべて火ノ宮の部屋に運ばれ、包丁も凶器セットのナイフも使えない。

 裁判場が静まり返る。

 

「……これでもう満足かァ? 分かっただろ、新家を殺したのはモノクマしか考えらんねェんだよ」

 

 呆れたように火ノ宮が投票を促す。きっと、火ノ宮は心の底からそう思っているのだろう。

 ……しかし、投票するには、まだ早い。

 

「まだだ、火ノ宮。議論を続けるべきだ」

「あァ? まだ何か話すことがあるってのかァ?」

「ああ。根岸に聞きたいことがある」

「ぼ、ぼくに……?」

「さっきお前、『まだ解けてない謎』、って言ってたよな?」

 

 火ノ宮と口論した時の事だ。

 

「それって何のことだ?」

「え……? あ、ああ……ど、どうしても気になる事があるんだよ……」

「なんだ?」

「じ、事件現場の倉庫でさ……お、おかしなところがあったじゃないか……」

 

 おかしなところ?

 

「大量に散らばっていたガラスの事か?」

「う、うん……」

 

 スコットがその答えを出した。

 

「あれって、犯人が新家を殺した時にどっちかが棚にぶつかって、ガラス製品が落ちて割れたんじゃないのか?」

 

 と、推理を述べてみたものの、

 

「そ、それだけであんな粉々になるのか……?」

 

 根岸に否定されてしまった。

 

「……これは、話し合う必要がありそうですわね」

 

 なぜガラスは散乱していたのか……それを明らかにすることで、真相が分かるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「み、皆見たから知ってるだろうけど……が、ガラスの破片はかなり広範囲に散らばってたんだ……し、しかも、か、かなり粉々になってた……」

 

 根岸が説明した通り、現場の状況はかなり不可解と言える。

 

「たまたま落ちてそうなったんじゃないのか?」

「普通に落ちただけじゃあんなに散らばらないはずだ」

「というか、そもそも落っこちて割れたんだったら、あんな粉々にならなくない?」

 

 古池が一つの答えを出すが、スコットと東雲に否定される。

 

「新家の靴の裏にもガラスの破片が刺さってたから、新家が倉庫に来る前にガラスが割られてたのは間違いねェ」

「吾輩達が倉庫を離れたときにはまだ割られてなかったであるから、ガラスが割られたのは夜時間であるな」

 

 倉庫にいた火ノ宮と遠城の証言も加わる。

 

「夜時間に、偶然の事故でもなくガラスが割られたんだったら、誰かに意図的に割られたんだな」

「平並君の言う通りです。誰か、というのはまず間違いなく犯人でしょう」

「東雲がまた撹乱のために行ったのではないであるか?」

「ちょっと、何でもかんでもアタシのせいにするのは勘弁してよ、遠城。アタシにはアリバイがあるんだって。夜時間前に割ってたら、火ノ宮が片付けてるでしょ」

「……そうであったな」

 

 東雲はそう反論しているが、ここまでにやってきたことを考えればそれくらいはしてもおかしくない。

 それはそれとして、

 

「……犯人は何のためにそんなことをしたんだ? 目的もないのにこんなことはしないよな?」

 

 そんな疑問が俺の口をついて出る。

 

「新家君をおびき寄せるために音を出した、というのはどうだろう?」

「そ、それでおびき寄せられるなら、そ、そんなことしなくても倉庫に来るだろ……す、すぐ近くまで来てるってことだからな……」

「……それもそうだな」

「ふかかいな状況を作り、裁判をかき乱したかっただけ……だったのでしょうか?」

「ありえなくもないけど……ピンとこないよね。ガラスの割れる音で他の人が来たら計画が台無しになっちゃうんだし」

 

 明日川の意見は根岸に、城咲の意見は七原にそれぞれ否定される。

 それだけのリスクがあっても、犯人にはガラスを割らなければいけない理由があった、という事か。

 一体どんな理由が、と考えていると、

 

「凶器に使うため……というのは、さすがに荒唐無稽であるな……」

 

 と、遠城。

 確かにそれは、と思いながら、凶器の事を考えて――

 

「そうかもしれない!」

「む? どうしたのであるか、平並?」

「犯人は、凶器に使うためにガラスを割ったんだ!」

「そ、そんなわけ……」

「新家についていた傷、傷口が相当荒かったらしいんだ……だったよな、火ノ宮」

「ああ、かなりの勢いで何度も刺した、ってことは分かるが、包丁やナイフでつけたとしたら、もっときれいな切り傷になるはずだ。例えばノコギリや刃こぼれした包丁みたいなものじゃねェとああはならねェ。

 ……ずっと不思議に思っていたけどよォ、ようやく納得がいった。ガラスの破片を刃物のように持って突き刺したんだったら、ああいう傷になるな」

 

 検死を担当した火ノ宮の弁に、皆も納得している。

 

「犯人は、このガラスの破片という凶器を手にれるために、ガラス製品をたくさん割ったんだ。多分、厚いガラスの水槽あたりが凶器になったんだろうな。しかも、床にはガラスが散乱しているわけだから……」

「なるほど、そういう事か。犯行後は床にたたきつけて処分してしまえるから、なおさら都合が良い、というわけだな」

「その通りだ」

 

 俺の言いたいことを明日川が継いでくれた。

 

「これなら、誰にだって凶器を手に入れることができた。……という事は」

「待てよ!」

 

 その名を挙げる前に、その人物は叫んだ。

 

「言いたいことは分かるぞ、誰にだって凶器が入手できたんだから、俺が犯人だって言いたいんだろ!」

 

 ――もちろん、古池だ。

 

「でもな、そのガラスの破片が凶器なんてただの妄想だろ! 確実に、それが凶器だったって、断言できるのかよ!?」

 

 妄想。そう言い切られてしまってはそれまでだが、この仮説が真実なら、何か証拠が残っているはずだ。

 思い出せ。捜査時間中に見たことを、違和感を、仮説を示す証拠を。

 ……あった。

 

「断言できる」

「なっ……」

「犯人が返り血を防いだビニールシート……犯人は、このビニールシート越しに凶器を握ったんだったよな?」

「まあ、その方が確実に返り血を防げますから」

「ありがとう、杉野。つまり、犯人は握ったんだよ。ガラスの破片を、ビニールシート越しに。その証拠がビニールシートに残っていた」

「……」

「ほら、ビニールシートに穴が開いてるだろ? 既製品の刃物じゃ、こうはならない」

「……わかった。百歩譲って凶器がガラスの破片だったことが認めてやる。でも、だったら余計に犯人は俺じゃない! ほら!」

 

 そう言いながら、古池は両手を俺達に見せる。何の傷もついていない、きれいな両手を。

 

「ガラスの破片を握ったんだったら、手に傷がついてるはずだ! それが無い俺は、犯人じゃない!」

「……いえ。やっぱりあなたが犯人です」

 

 自信満々に叫ぶ古池を一蹴したのは、杉野だった。

 

「倉庫にあったジャージ……血の付いたものでしたが、これも穴が開いていました。犯人は、手にこのジャージを巻いて凶器を握ることで、手に傷がつくことを避けたのでしょう」

「…………それは……その……」

 

 古池の語気が一気に弱まる。

 

「……そうだ、その凶器を使ったのが俺だって証拠はあるのか!」

「古池君。確かにここまでに出た証拠はすべて状況証拠だ。しかし、状況証拠も証拠なんだ。では逆に聞くが、この状況をひっくり返すどんでん返しをキミは用意できるのか?」

「…………」

 

 もう、古池がクロにしか思えない。

 けれど、それはさっきの明日川の時もそうだった。もしも古池が無実なら、俺はまた仲間を裏切ることになるんじゃないのか……。

 

 悩む。

 

 けれども。

 

 俺が出した結論は。

 

「古池。お前が、犯人なんだろ」

「…………違う」

 

 それでも、俺がこの事件を終わらせないといけない。俺が凡人だろうと、仲間を裏切ってしまうかもしれなくても、関係ない。

 

 

 足を止めるな、前へ進め。

 そうじゃないと、誰も救われない。

 

 

「これから、事件のすべてを明らかにする。……ここまでの推理が間違ってるかもしれない。いや、その可能性の方がずっと高いかもしれない」

「……」

「だから、もしもお前が犯人じゃないなら、おかしなところを指摘してくれて構わない。ただ、そうじゃなかったら……認めてくれ」

 

 黙り込んでしまった古池に向けてそう告げる。

 もう、こんなことは終わらせなくちゃいけない。絶望だけが支配する、こんな狂った裁判なんて。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この事件は、夜時間前から始まっていたんだ。

 夕方ごろ調理場に訪れた人の中で、二人の人物が包丁を持ち出した。それが、俺――平並と明日川だったんだ」

 

 これが、すべての発端だ。

 

「そんな明日川は、ふとしたきっかけで新家と口論をしてしまった。偶然にも、その口論を目撃していた人物がいた……それが、新家を殺した犯人だったんだ。その人物は、その口論を見て殺人計画を思いついてしまったんじゃないか?。

 その後犯人は、新家に呼び出し状を書いた。内容は、明日川に成りすまし、口論を謝罪するというもの……そう、犯人は偽りの手紙で新家を倉庫に呼び出したんだ」

 

 この、偽りの手紙こそが、間違った推理のための罠だった。

 

「犯人の思惑通り倉庫にやってきた新家は、そのまま犯人に背後から襲われ殺されてしまう。その時使われた凶器は、あらかじめ犯人が用意しておいたナイフ状のガラスの破片だった。

 返り血をビニールシートで防いだ犯人は、凶器を床にたたきつけ、粉々にした。倉庫にガラスが散らばっていたのは、凶器を手に入れるためだけじゃない……凶器を隠す為でもあったんだ。

 その最大の目的は、俺達に凶器を包丁と誤認させ、明日川の犯行に見せかけるためだ」

 

 もちろん、凶器がないと主張することで容疑者から外れることも考えていただろう。

 

「その後犯人は新家から『システム』を奪い、新家の個室へと向かった。自分のメモ帳と新家のメモ帳を入れ替えるためだ。そして、新家がメモ帳を使ったかどうかわからなくするために新家のメモのゴミを回収して焼却炉で処分した」

 

 きっと、この時廊下で俺や七原の姿を目撃して身をひそめていたんだろう。下手に音を立てて、新家の個室に出入りしていることがバレないように。

 

「こうして、明日川に濡れ衣を着せるための偽装工作を終えた犯人は、『システム』を個室に残して悠々と自分の個室へと戻っていった。

 その後、俺に倉庫へ呼び出された根岸が、新家の死体を発見し事件が発覚した……」

 

 これが、事件の真相だ。

 

「この一連の犯行を行ったクロは――使用済みのメモ帳を持ち、明日川と新家の口論を見ていた人物は――」

 

 信じたくない。信じられない。

 それでも、俺は、指先を彼に突き付ける。

 

 

 

 

 

「――古池河彦……お前しか、いないんだ」

「…………」

 

 嘘が好きな、大切な仲間の一人へと。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

「おかしな点は……ありませんわね」

「………………だ」

「犯人は、キミだったんだな」

「…………嘘だ」

「本当に……てめーが新家を殺したってのかよ」

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! そんなの全部、大嘘だ!」

 

 古池は、ぼさぼさの髪の毛をかき乱しながら叫ぶ。

 

「俺はクロなんかじゃない! お前の推理は、絶対にどこかが間違ってんだよ!」

 

 ……必死になって叫ぶ古池を見て、確信が揺らぐ。

 俺の推理は本当に完璧だったのだろうか? どこかにミスが潜んでいたりはしないだろうか? 俺の頓珍漢な推理を見て、真犯人がほくそえんでいたりするのだろうか?

 

 けれど、何度思い返しても、矛盾があるようには思えない。

 

「俺は新家を殺していない!」

 

 思い込みによる断定があるわけじゃない。

 

「俺は、明日川達の口論を見た後はすぐに個室に戻って寝たんだよ!」

 

 古池がクロであるという真相が、どうやっても疑いようのないものにしか思えない。

 

「俺は倉庫にすら行ってねえ! ガラスとかメモ帳とか、そんなもん知らねえよ!」

 

 それでも、俺は仲間を信じたい。今度も、明日川の時のように推理ミスであってほしい。

 そう、思ったから。

 

「……なあ、古池」

「なんだよ!」

 

 俺は古池に語り掛けた。

 本当に古池がクロでないのならば。

 

「お前の、靴底を見せてくれないか」

「………………は?」

 

 俺の推理は、それによって打ち崩されるはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

「倉庫にはガラスの破片が散乱してたよな?」

 

 そう言いながら、俺は靴を脱ぎ靴底を皆に見せる。

 

「それは犯人が凶器の為にガラスを割ったからだが……だから、ほら俺の靴底には細かいガラスの破片が刺さってるんだ」

「まあ、そうですよね」

 

 杉野が相槌を打つ。

 

「殺された新家もそうだったし、多分、検死した火ノ宮や現場の保全をしていた城咲達も同じなんじゃないか?」

「あ、確かにがらすがささっていますね」

「……何当たり前の事言ってんだてめー。あんだけガラスが散らばってたんだから、刺さってないヤツの方が少ねェだろ」

 

 怪訝な表情をしながら火ノ宮はそう言う。

 

「ああ、火ノ宮の言う通りだ。事件後に倉庫の中を捜査した人は皆同じはずだ。もちろん、それは犯人だって同じだ。大きな破片がずっと刺さっている、なんてことは無いと思うが、細かい破片までは取り除ききれないはずだ」

「そ、それが、ど、どうしたんだよ……」

「逆に言えば、倉庫の中を捜査していない人なら、靴底はきれいなままだってことだよな?」

「……うん、私の靴底は何も刺さってないよ」

 

 大天が靴底を確認しながらそう返した。

 それと同時に、

 

「…………あ」

 

 古池が、何かに気づいたように声を漏らす。

 

「なあ、古池。モノクマから学級裁判の説明を受けた後すぐに倉庫から離れたお前は、新家の死体を倉庫の外からしか見ていない。そして、お前は倉庫の中を捜査していなかったはずだ」

 

 俺は、古池の目をじっと見つめる。

 

「だったら、お前の靴底はきれいなままのはずだよな? ……お前の言葉が、嘘じゃなかったらな」

 

 すると。

 

 

 

 

「……………………」

 

 

 

 

 長い沈黙の果てに。

 

 

 

 

「……ちくしょう」

 

 古池はそう呟き、靴を脱いで俺達に見せる。その靴底は、無数のガラス片が松明の光をキラキラと反射させていた。

 

 そのきらめきが、古池がクロであることの何よりの証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   【第一回学級裁判】

 

 

      閉 廷 !

 

 

 

 

 

 

 




ようやく学級裁判を終わらせられました。
学級裁判がこんなに長くなったのは前から考えていた事件で、複雑になったからです。多分これから先これほど長いのは出てこないと思います。おそらく。

挿絵は一部トレスです。

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