ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

15 / 45
非日常編④ 信じよわが友、と彼女は言った

 《裁判場》

 

「平並君がクロかどうか、それを現時点で判断することはできませんわ。殺人を計画した平並君の処遇についてはひとまず保留にするとして、議論を再開させましょう」

 

 俺の罪の告白を受けて静まり返った裁判場内で、蒼神がそう口を開いた。

 

「再開……あれ、何の話してたんだっけ」

 

 大天が首をかしげている。

 えーと、確か……。

 

「凶器の話だな。倉庫に落ちた包丁が凶器じゃないか、と話していたところで平並君が待ったをかけたんだ」

 

 自力で思い出す前に、明日川がスラスラと答えてくれた。明日川の記憶力の良さを改めて感じる。

 

「そうでしたわね……あの包丁は凶器でないと判明したわけですが……そうなると、凶器はなんだったのでしょうか?」

「倉庫にあった刃物じゃないかしら? 確か、棚に色々あったはずだから、もしかしたらクロはそこから凶器を調達したのかもしれないわね」

 

 と、意見を出す東雲だったが、それを火ノ宮が、

 

「ねェな」

 

 ときっぱりと否定した。

 

「これが撲殺や絞殺だったらまだしも、新家を殺した凶器は刃物だっただろォ? そんなもん、この夜に倉庫にはなかったぜ」

 

 火ノ宮の言葉で、倉庫の棚の事を思い出す。確かに、棚から危険物はすべてなくなっていた。

 

「確かに捜査の時には棚に危険物はなかったが、犯人が持ち去ったんじゃないのか?」

『仮にスコットの言う通りだとしてもよ、なんでそんなことをする必要があるんだ?』

「…………それは知らないな」

 

 バツが悪そうにそっぽを向くスコット。

 

「だから、危険物なんかそもそも倉庫になかったっつってんだろォがァ!」

「な、なんでそう言い切れるんだよ……」

 

 火ノ宮がここまで断言する理由。それは、

 

「危険物は、火ノ宮が持って行ったんだよな?」

「……え?」

「あァ、危険物……少なくとも、凶器になるような刃物の類は全部オレの部屋にある」

「どういうことですか?」

 

 たまらず、といった様子で杉野が尋ねる。

 

「どういうこともなにも、平並が言ったまんまだっつーの。何人か会ったヤツもいるから分かると思うけどよォ、昨日の夕方以降はずっと倉庫にいたんだ。危険物の見張りってことでなァ。

 で、モノクマに訊いたら倉庫の備品の補充は朝の6時ごろにやるんだとよ。てことはだ、危険物は夜時間中は誰かが預かっちまえば良い訳だ。そう考えて、たまたまやってきた遠城にも頼んで、危険物は全部オレの部屋に運んだんだ」

「遠城君、本当ですか?」

「うむ。火ノ宮の言葉は本当であるぞ」

「そうですか……倉庫の危険物の個数は以前火ノ宮君と数えましたし、おそらくすべて運び出せたでしょうね」

 

 とにかく、これで倉庫の危険物が凶器でないことは分かった。となると、凶器はどこに……? と悩み始めたとき、

 

「だ、だったら……ひ、火ノ宮がクロなんじゃないか……?」

 

 根岸がぽつりとつぶやいた。

 

「あァん?」

「だ、だって、じ、自分の部屋に大量に凶器があったんだろ……」

「あァ!? オレが殺人なんかするわけねェだろ!」

「わ、分からないじゃないか、そ、そんなの! お、おまえが部屋に持ち帰った危険物のどれかが、きょ、凶器だ!」

「んなことしてねェっつーの!」

 

 火ノ宮が、クロ……? 火ノ宮が新家を惨殺したというのか?

 この可能性を、俺は肯定も否定もできない。

 ……心情的には、火ノ宮はそんなことはしないだろうと思っているが、それを言い出したらそもそも新家を殺すような人がこの中にいるとは思えない。

 それに、火ノ宮がクロなら凶器の問題が解決するというのも事実だ。

 

「待ってください、根岸君」

「な、なんだよ蒼神……」

「火ノ宮君がクロなら、危険物をわざわざ自分の部屋に持ってくるでしょうか? そんなことをすれば、自分がクロだと宣言するようなものだと思いますわ」

「し、知らないよそんなこと……へ、部屋の中で凶器を見て、こ、殺そうと思ったのかもしれないし……」

「だから、そんなことしてねェって言ってんだろォが!」

 

 埒が明かない。根岸の仮説の真偽を確かめるすべがなく、これでは水掛け論だ。どうしようか、と思っていると、

 

「あの、一つよろしいですか?」

 

 と、城咲が声を上げた。

 

「どうしましたか、城咲さん」

「いえ、さっきも言いかけたのですが、きょうきの議論をするならしておかないといけない話がありまして……火ノ宮さんがくろかどうかは分かりませんが、この話をむししてはいけないと思うのです」

 

 しておかないといけない話?

 

「それって……包丁の事か?」

「はい。先ほど平並さんが包丁を持ち出した、とおっしゃっていたのですが、昨晩調理場から持ち出された包丁は1本ではなかったのです」

「……どういうことだァ?」

「昨日は夕方ごろからずっと食事すぺえすにいたのですが、9時半ごろに厨房を確認すると、包丁が3本しかありませんでした。つまり、包丁は2本持ち出されていた、ということです」

「1本は平並とすると……もう一人、包丁を持ち出した人物がいるってこと?」

 

 東雲が尋ねる。

 

「そういうことになるとおもいます。平並さんが2本持ち出した、という可能性もありますが……とにかく、8時ごろに夕飯の調理を終えたときには包丁はすべてそろっていましたので、持ち出されたのはその後、わたしが食事すぺえすにいる間です」

「しょ、証人はいるのか……?」

「ああ、いるぜ」

 

 根岸の問いに答えたのは、いつになく真面目な古池だ。

 

「俺と露草は夕飯づくりを手伝ってたんだ。その後もずっと城咲と一緒だった」

『おい、手伝ったのは盛り付けだけだぞ! さらっと嘘つくんじゃねえ!』

「……別にそれはどうだっていいだろ」

「それと、私も証人かな。包丁が無くなってるのに城咲さんが気づいたとき、私も一緒にいたから」

 

 七原も声を上げる。

 

「なるほど……城咲さん、その間の食事スペースの出入りは覚えていますか?」

 

 七原の言葉を聞いて、蒼神が質問した。

 

「はい。順に、平並さん、杉野さん、明日川さん、すこっとさん、大天さんが、一人ずつやってきました。その後に七原さんがやってきて、その時に包丁が持ち出されたことに気づいたのです」

「翡翠もその順であってると思うよ」

「つまり、持ち出せたのはその5人というわけですわね?」

「そうみてェだな」

 

 蒼神のまとめに火ノ宮が同意した。

 皆の視線が、今名前の挙がった5人に集中する。

 

「俺は確かに包丁を持ち出したが……それだけだ。二本目が持ち去られたなんて、知らなかった」

「僕は昼に持っていった皿を戻しに来ただけです。流しの下は開けもしませんでした」

「ボクも、包丁の持ち出しなんて知らないね。冷蔵庫から果物を取っただけさ」

「オレだってそうだ。何か食べるかと思って野外炊さん場には行ったが、結局何も取らずに帰ってきた。包丁の件なんて知る由もない」

「私も違う! 明日川さんと同じで果物を取っていっただけだよ。包丁の事なんて、知らなかった!」

 

 これが、5人の言い訳だ。全員、二本目の包丁は持ち出していないと言っている。

 しかし、城咲達の証言がある以上、誰かが持ち出したのは確実で、それが俺でないことは俺が一番知っている。

 一体誰が嘘をついているのかを考えていると、

 

「ちょ、ちょっと待てよ……!」

 

 根岸が叫んだ。

 

「だ、だったら、さ、さっきの話が全部意味なくなるじゃないか……!」

「さっきの話、というのは」

「ひ、平並の包丁の話だ……!」

 

 明日川が言いきる前に、根岸が答えを出した。

 

「ほ、包丁を洗えないから、ひ、平並はクロじゃないって話だったけど……に、二本目があるなら別だ……! あ、新家を殺した時に使った包丁は、へ、部屋にでも隠してるんだろ……!」

「それはないと思うよ?」

 

 ヒステリックに俺に向かって叫ぶ根岸だったが、それを露草が止めた。

 

「……な、なんでだよ……」

『実は、その二本目の場所はもうわかってんだ』

「な!? ど、どこにあったんだ……!?」

「調理場の流し台の下だよ」

「…………そ、それって……」

『ああそうだ。オレ達が調べた時……捜査の時には、包丁は4本ちゃんと揃ってたぜ』

 

 黒峰は、そう告げた。

 

「ちょっと、どういうこと? 2本消えてたんじゃなかったの?」

 

 大天が慌てて口を挟む。

 

「それは間違いありません! わたしがはっきりとこの目で見ています! それに、さっきも言いましたが、露草さん本人も確認しています」

 

 城咲が驚愕を露わにしている。このことを知らない七原達もそうだ。

 

「けど、包丁が4本あったのも事実だ。俺も見てる」

『凡一もこう言ってるし、間違いないだろ?』

「もともと翡翠は2本消えたことを確認しに調理場に向かったんだよ」

『そうしたら、なんと1本は元に戻ってるからな。まったく、驚いたぜ』

「じゃあ、その2本目の包丁を持ち出した人はまた元の場所に戻した……ってこと?」

「おそらくそうだろうね」

 

 大天の推測を聞いて話し出したのは、明日川だ。

 

「殺人の意図があったかどうかはボク達には知る由もないが、包丁を持ち出した後で後悔したのではないか?」

「それは……そうかもしれないな」

 

 殺人の罪に気付いた人間がどれだけ後悔するかはよくわかっている。

 明日川はそのまましゃべり続ける。

 

「捜査時間に包丁が4本揃っていたことはボクも確認している。だとすれば、おそらく持ち出した人物は夜時間になる前に調理場に戻したのだろう。だから、ボクは2本目の包丁は事件とは無関係だと推理している」

 

 なるほど。まあ、その推理は分からなくもない、と思ったのだが、

 

「いや、それはねェな」

 

 火ノ宮がそれを否定した。

 

「……どうしてだい?」

「見てたからだ」

「見てた?」

 

 あっさりと答えた火ノ宮に対して、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「あァ。夜時間まで倉庫にいたのはさっきいっただろォ? 倉庫にいると、中央広場を通して宿泊棟が見えんだよ。食事スペースの入り口も視界には入る。つってもま、ずっと見張ってたわけじゃねェからいつ誰が通ったかってのは覚えてねェけどな。

 けど、これは断言できるぜェ。城咲達が食事スペースを出てからは、夜時間になってあそこが出入り禁止になるまでは誰も食事スペースに入っちゃいねェよ」

「だが、君が気付かなかった可能性をどうして無視できるんだい? 今君自身が言った通り、ずっと見張ってたわけではないのだろう?」

「あァ? んなもん、"誰も入らなかったから"に決まってんだろォ? 誰かが通れば、気にしてなくても気づくっつーの。ま、宿泊棟の出入りは気にしなかったから、中央広場を誰が通ったか、とかはあんまおぼえてねェけどな」

「……」

「どうやら、明日川さんの推理ははずれのようですわね」

 

 明日川の反論は、火ノ宮の根拠を覆すだけの物にはならなかった。

 火ノ宮は包丁を持ち出していないし、ここで嘘をつく必要はないはずだ。仮に火ノ宮がクロで嘘をついているとしたら、包丁を持ち出してすぐに戻した人が黙っている理由がわからない。

 

「つまり、二本目の包丁を持ち出した人物は、捜査時間中に包丁を戻した、という事になりますわ」

 

 蒼神がここまでの推理をまとめる。

 

 ……ん?

 まて、まて、何か引っかかるような……。

 

 落ち着いて考えろ。

 まず、二本目の包丁を持ち出せたのは、昨日俺の後に食事スペースに入った四人だけ。

 そして、その包丁は捜査時間中に戻された。

 

「……ああ、そうか」

 

 無意識に、俺の口から言葉が漏れた。

 

「二本目の包丁を持ち出したのは――」

 

 そして、()()()()をまっすぐに見つめる。

 

 

 

 

 

「――明日川。お前しかいないじゃないか」

「……急に何を言い出すんだい?」

 

 俺の視線の先にいる明日川は、眉間にしわを寄せてそう答えた。

 

 

 

 

 

「火ノ宮や城咲、そしてお前の話を総合すると、二本目の包丁を持ち出した人は、捜査時間の間にその包丁を調理場に戻したんだ。そして、この行動がとれる人物は……お前しかいない」

「…………」

 

 明日川は、黙って俺の話を聞いている。

 

「まず、二本目の包丁を持ち出せたのは俺、杉野、明日川、スコット、大天……この5人だけだ。

 その中で、スコットは現場保全の為に城咲とずっと倉庫にいた。

 大天は、捜査時間が始まるとすぐに自分の個室に向かった。これは、七原が証言してくれている。

 そして、俺と杉野は倉庫から捜査を始めたから調理場に着いた時にはもう露草が包丁が4本揃っていることを確認していた」

「そ、そうか……ほ、包丁を戻せるのは明日川だけなんだ……」

「ああ。どうだ、明日川? 反論があるか?」

 

 すると、俺の言葉を聞いた明日川は、

 

「……反論か。もしも君の推理(描いた物語)虚構(間違い)であるなら、反論があったのかもしれないね」

 

 と呟いた。

 

「それは、認めるという事でよろしいのですか?」

「ああ、認めるよ、認める。確かに、二本目の包丁を持ち出したのはこのボクだ」

 

 蒼神に訊かれ、両手を挙げて降参のポーズをとる明日川。

 

「な、なんでなんだよ……」

「……………………怖くなったんだ」

 

 そして、明日川はぽつぽつと語りだした。

 

「本当は、包丁を持ち出すつもりなんて無かった。

 夜の9時くらいか。さっきも言ったけれど、果物を食べようと思って調理場に行ったんだ。リンゴの皮を剥くための包丁を取ろうとして……1本足りないことに気づいたんだ。

 食事スペースには城咲君達がいたけれど、誰も包丁を使ってる様子はなかった。……そこで気が付いたんだ。『誰かが包丁を持って行ったかもしれない』という可能性(シナリオ)にね。それに気づいた瞬間、無性に恐怖の気持ちが沸いてきた。

 ……そして、どうしようもなくなって、気が付いたら包丁を隠し持って調理場を飛び出していたんだ」

 

 ……明日川の独白が終わった。

 それを聞いて、気付いたことがある。……明日川が包丁を持ち出したのは、俺のせいじゃないか。

 俺が、最初に包丁を持ち出したから、明日川は……。

 そんな俺の思いをよそに、議論が始まる。

 

「……ただ、ボクも包丁を持ち出しただけだ。新家君の殺人については、ボクのあずかり知らぬ話だ」

「お、お前もかよ……」

「ああ。ボクは誰も殺してなんかいないし、誰かを殺すつもりもなかった。包丁を持ち出したのは、自衛の意味が強いな」

「正直、信じられませんわ。もしもそうなら、早々にでてきてほしかったですわね」

「……出てきたところで、今みたいに疑われるだけじゃないか」

 

 明日川は、無実を主張している。

 

「とてもじゃありませんが、信じられませんね」

「平並君みたいに名乗り出たならともかく、指摘されてから自白したもんね」

「……こうなるから、名乗り出たくなかったし、わざわざ包丁を戻してごまかしたんだ。それが裏目に出たようだけどね」

 

 しかし、杉野や大天はそれを疑う。口に出さないだけで、他の皆だってそうだろう。俺も、その一人だ。

 

「……そうだ」

 

 そんな疑惑の目にさらされた明日川は、何かを思いついたように目を開く。

 

「キミ達の推理(描いた物語)は、ボクがあの包丁で新家君を殺した後、捜査時間になって包丁を調理場に戻した……そういう物語(ストーリー)で間違いないかい?」

「……まあ、その通りだ」

 

 明日川がクロであるならば、そういった行動を取ったはずだ。

 

「ありがとう、平並君。君からその言葉(セリフ)を聞けて良かったよ」

 

 意味深な言葉を述べる明日川。

 

「……どういうことだ?」

「平並君、先ほど行われた平並君の持ち出した包丁が事件とは無関係だった、という議論は覚えているかい?」

「ああ。俺があの包丁で新家を刺したとすれば、あの包丁は七原と会った時に血がついてないとおかしい……そんな話だったよな」

「その通りさ。夜時間の間に血を洗い流すことができない、ということが根拠にあったはずだ。……では訊くけれど、調理場にあった4本の包丁は、血で汚れていたかい?」

 

 調理場の4本の包丁。それは……。

 

「……汚れて、なかった」

「そう! ボクが犯人(クロ)なら、犯行に用いた包丁は血で汚れているはずだろう? だから、ボクは犯人(クロ)ではない」

 

 明日川は必死に、それでいて得意げに、無実の証明を述べる。

 なるほど、と納得しかけたが、

 

「そ、それは違うだろ……!」

 

 根岸から待ったがかかった。

 

「そ、捜査時間だったら、血を洗い流せたはずだ……! ちょ、調理場は宿泊棟とは違うから、水が出たんじゃないのか……?」

 

 ……確かにそうだ。

 けれど、水が出たかどうかなんて、確認していない。

 

「そんなのはただの可能性だ。ボクは調理場なんて使っていない」

「……どうなんだァ? モノクマ」

 

 火ノ宮がモノクマに確認する。

 

「訊かれたから答えると、捜査時間中は夜時間だったけど、普通に調理場の水は出るようになってるよ」

「ほ、ほらやっぱり……だ、だったら、あ、明日川は凶器に使った包丁を洗って調理場に戻したんだよ……!」

「待ってくれ、根岸君。ボクは捜査時間に水が使えたことなんて知らなかった。そもそも、そんな行動を取ろうとは思えないんだ!」

「も、モノクマにでも聞いて知ったんじゃないのか……? そ、それとも、し、知らなかったことを証明できるのかよ……!」

「そんなこと、出来るわけがないだろう! 悪魔の証明をしろと言うつもりかい?」

 

 明日川への疑惑が、強くなっていく。

 明日川は、本当に殺人を犯したのか……?

 

「吾輩は調理場に行っていないからわからないのであるが……明日川が包丁を洗った痕跡は残ってなかったのであるか?」

 

 遠城が誰にでもなく尋ねる。

 

「残っているわけがない! そんなことしていないんだから!」

「落ち着いてください、明日川さん。わたくしは確認できていませんが、包丁が4本あったことを確認したのは露草さんと平並君でしたよね。どうですか?」

「どうって言われても……翡翠は特に気づかなかったかな」

「……俺もだ」

 

 洗った痕跡……どうだろうか。

 

「捜査時間中に洗ったのなら、流し台や包丁が濡れてたんじゃないのか?」

「……それだ! ボクは包丁を洗ってないんだから、包丁は乾いていたはずだ! そうだろう、二人とも!」

 

 スコットのアイデアに明日川が便乗して、俺達に必死な形相を向ける。

 それを見た俺の答えは。

 

「包丁は渇いていた……ような気がする」

「! ほら、これがボクの無実を――」

「……『気がする』?」

 

 明日川のほころびかけた表情を、杉野が止める。

 

「平並君。その『包丁は乾いていた』という言葉……断言することができますか? この、全員の命がかかった【学級裁判】という場で」

「それは…………断言できない」

 

 そもそも、そんな4本の包丁を注意深く見ていたわけじゃない。そんな状況で断言できるのは、【完全記憶能力】をもつ明日川だけだが、今疑われているのがその明日川なのだ。

 

「ちなみに、僕自身も包丁は確認していますが……断言することは出来ません」

 

 俺に続いて杉野が、そして、

 

「翡翠も、かな……洗ったあとじゃない、なんて、証言はできないよ」

『はっきり言って覚えてねえな』

「そん、な……」

 

 露草も証言を避けた。

 いくら明日川が必死に無罪を主張しているからと言って、あいまいな記憶で堪えることなんかできない。

 

「違う! ボクじゃない! 信じてくれ!」

 

 皆の変わらない疑いの目を受けて、明日川は信じてくれと叫び続ける。俺は、この言葉を、明日川の台詞(セリフ)を信じてもいいのだろうか?

 何か、証拠はないのか。明日川が、無実なのかクロなのか。そのどちらかを示す証拠が。

 思い出せ。捜査中に見つけた数々の情報の中から、明日川の無実を示す何かか、明日川の犯行を裏付ける何かを。

 

「……もう認めろよ、明日川」

 

 そんな中口を開いたのは、古池だった。

 

「してもいないことを認めろと、キミはそう言うのか?」

「見てるんだよ、俺は……お前が新家と揉めてるのを!」

「なっ……」

 

 そういえば、捜査の時に古池からそんな話を聞いた。

 杉野が問いかける。

 

「揉めてるとは、事件当時の事ですか?」

「いや、そうじゃない。夜時間になるちょっと前だな。宿泊棟に入ったときに、明日川の部屋の入口のところで、明日川と新家が言い争ってたんだ。内容はよくわからなかったが、明日川が会話を打ち切って扉を閉めたんだ」

「夜時間になる前……明日川さん、それは本当ですか?」

「……確かに、ボクは新家君と口論をしたさ。それ自体は真実の物語さ。夜時間になる5分ほど前に、新家君と出会って……その時に包丁を見られて、それで少し口論になったんだ」

 

 明日川は、それをあっさりと認めた。

 

「けれど、古池君はそれだけでボクが犯人であると指摘するつもりかい?」

「疑うには十分すぎる根拠だろ」

「ボクがクロだと断定するにはあまりに不十分すぎる(落丁が多すぎる)。推敲の余地ありだ」

 

 にらみ合う古池と明日川。

 口論、か……確かに疑う理由にはなるが、犯人とするには弱すぎる。少なくとも、普通の日常ではそんなもの動機としては考えづらい。

 ただ、元々【卒業】するつもりがあったなら、それを理由に殺そうとすることはあるかもしれない。殺す相手は誰でもよくて、口論になってしまったから新家を殺すことにした、とか。

 俺だって、根岸を殺そうとしたのは、別に恨みがあったわけじゃない。たまたま呼び出すのに都合が良かったからだ。根岸なら倉庫に必ず来てくれるだろうと思って……。

 

「……ん?」

 

 そこまで考えて、思考が止まる。

 ちょっと待てよ、あれは確か……。

 

「……なあ、火ノ宮」

「あァ? どうした、平並」

「新家のポケットに、呼び出し状が入ってたよな。それを見せてくれないか?」

「別にかまわねェが……」

「呼び出し状?」

 

 古池が火ノ宮に問いかける。

 

「あァ。そもそも疑問に思ってたヤツもいるだろうが、新家が真夜中に倉庫なんかに行ったのはコイツが原因だったんだ」

 

 火ノ宮がそう言いながら取り出した一枚の紙に、皆の視線が集まる。

 

 

 

――《新家君へ

    さっきはすまなかった。

    謝罪したいので、12時に倉庫に来てほしい。》

 

 

 

 その紙は血に染まってこそいたが、確かにそう読むことができた。

 

「ぼ、ぼくと一緒ってことか……」

 

 根岸が落とした視線の先にあるのは、俺が出した根岸宛の呼び出し状だ。

 確かに、殺そうとした相手を呼び出した方法は全く同じだ。

 

「で、これがどうしたってんだァ?」

「そう怖い顔をするなよ、火ノ宮。俺が気になったのは、その文面だ。『さっきはすまなかった』、『謝罪したい』……これって、単に倉庫に呼び出したにしては何か不自然だと思わないか? 明らかに、何かあったことを前提にしている文章だ」

「……まさか」

「杉野は気づいたみたいだな。……この謝罪したいことって、古池が見たと言う、明日川の口論についてじゃないのか?」

「ッ!」

 

 明日川の息を飲む声。

 

「この呼び出し状を明日川が出したとすれば、この文章が自然なものになるんだ」

「なるほど! 明日川が、口論を利用して新家を倉庫に呼び出したのであるな!」

「違う!」

 

 遠城が膝を叩いた直後に、明日川が否定する。

 

「ボクはそんな呼び出し状なんか知らない!」

「俺だって、認めたくない。お前が、犯人だなんて、信じられない……けど、お前がクロだったとしたら、すべてがしっくりくるんだよ。凶器も、呼び出し方も、全部な」

「偶然、そう読めてしまうだけだ。ボクの物語は、そんなものじゃない!」

 

 必死に叫びながら俺を見つめる明日川。

 その目を見て、思う。

 

「……そうだよな。お前が、誰かを殺すなんて、そんなはずないか」

「信じてくれるのか!」

「ああ。ごめん、明日川」

 

 パッと明るくなる明日川。

 とても、明日川が犯人だなんて信じられない。

 

「けど、だとしたら俺の推理が間違ってるってことになる……お前が犯人だったら、すべてのつじつまが合うんだが、これは一体……」

 

 誰に向けるでもなく、そう口にしたその瞬間、

 

 

 

 

 

「欠陥だらけの推理だなァ!」

 

 

 

 

 

 そんな火ノ宮の声が裁判場に響いた。

 

「なんだよ、火ノ宮」

「黙って聞いてりゃあ、てめー本気でそう言ってんのか?」

「……ああ。明日川が犯人じゃないなんて分かってる。けど、そう説明すればしっくりくるのも事実だ」

「しっくりなんか来ねェな! その推理でつじつまなんかあってねェっつーの! 明日川はぜってェクロじゃねェ!」

 

 いつになく荒い口調の火ノ宮。その怒号を向けられて、委縮してしまう。

 どうして、そこまで断言できるんだ。

 

「しっくりこない?」

「あァ……いや、納得できねェっつった方が良いか……とにかく、元からオレは明日川をクロだとは思ってねェんだよ」

「どういうことですか?」

 

 火ノ宮の言葉の真意を蒼神が尋ねる。

 

「クロは新家を手紙を使って倉庫に呼び出したんだろォ? てことは、クロは自分のメモ帳を少なくとも一枚は使ってるってことだ」

「まあ……それはそうですわね」

「っ! そうか!」

 

 火ノ宮の言葉(セリフ)を聞いて、明日川が何かに気づく。

 

「皆、見てくれ!」

 

 そう言いながら明日川が掲げたのは、裁判の前にモノクマから渡されたメモ帳だった。

 

「ボクはまだメモ帳を一枚も使っていない! ボクが新家君の物語を終わらせたのだとしたら、こんなことは有り得ないだろう?」

 

 そのメモ帳は、明日川の言葉(セリフ)通りに新品だった。

 

「た、確かに……」

「だから、明日川はクロじゃねェ。本当に包丁を持ち出しただけだろォな」

「ていうか、そもそもこのメモ帳があれば容疑者は半分以下に絞れるじゃない。なんで黙ってたのよ? 呼び出し状の話が出たときに言えばよかったじゃない」

「言うタイミングを計ってただけだ。もともと呼び出し状の話になった時に言いだすつもりだったしな」

 

 東雲に対する火ノ宮の答えを聞いて、ここまでの流れを思い出す。現場の情報を共有した後は、ずっと凶器の話……というより、包丁の話をしていた。確かに、わざわざ話を打ち切ってメモ帳の話をするタイミングは無かったように思える。

 

「……まあ、包丁を持ち出した人物をそのままにしておくこともできませんし、これから先に必要な議論だったと思いますよ」

「別に、火ノ宮を責めてるわけじゃないわ」

 

 杉野が火ノ宮をフォローした。

 

「とにかく、これでボクの無実が証明されたわけだ。……さて、それじゃあ、本当の犯人(悪役)を探そうじゃないか」

「そうね。新品のメモ帳を持ってるのは誰だったかしら?」

 

 周囲を見渡す東雲。

 

「新品のメモ帳を持っているのは、スコット、根岸、杉野、七原、明日川、蒼神、岩国、大天、露草の9人だ。呼び出し状を出したのがクロで間違いねェんだから、コイツらは無実だ」

「そうですわね。なら、クロは、メモ帳を使った人の中で、殺された新家君とアリバイのある城咲さんと東雲さんを除いた4人の中にいるという事になりますわ」

 

 蒼神の言った4人とは、俺、火ノ宮、古池、遠城の事だ。そして、俺が犯人でないことは俺自身が知っているため、クロは残りの3人の中にいるという事になる。なるのだが……。

 引っかかるのはあの呼び出し状だ。火ノ宮たちの誰かが新家とトラブルがあった可能性もあるのだが、明日川と新家の口論を無視してもいいのだろうか。あの呼び出し状の文章を思い返す度に、明日川の事を指しているように思える。

 別に、明日川なら殺人しそうだ、と考えてるわけじゃない。むしろ、明日川はこの数日で親しくしていた方だ。それを通じて、明日川は人殺しとは無縁な方だとも考えている。

 ……だとするならば、やはり気にしすぎなのか。

 

「……」

「容疑者が半分どころじゃなくなったわね」

「……では、これからどういたしましょうか」

「ボクの無実が証明されたのはうれしいけれど、これから議論できそうなことは……」

「ねえ、ちょっと思ったんだけどさ」

 

 議論が停滞しかけたその時、露草が口を開いた。

 

「どうしましたか?」

「呼び出し状が誰のメモ帳の物かって、どうにかしてわからないのかな? それが分かれば柱ちゃんを殺したクロも分かるよね?」

「それはそうですが……破れ目を合わせるという事ですか?」

『ああそうだ、かなた。やってみる価値は十分あると思うぜ』

「……そうですわね。火ノ宮さん、呼び出し状を渡してくれますか?」

「あァ。ほらよ」

 

 そして、メモ帳との照合が始まった。

 しかし、4人のメモ帳を合わせてみてもイマイチ要領を得ず、結局得られるものは何もなかった。

 

「まあ……合ってなさそうには思えますが、確証はありませんね。【超高校級の鑑定士】がいればよかったのですが……無いものねだりしていてもしょうがありませんね」

「私も合ってないように見えるけど……でも、この中にクロがいるはずだもんね」

 

 

 蒼神に大天も賛同する。

 

「……仮に、全員のメモ帳が違うとなった場合、どうなるのであるか?」

 

 すると、遠城がそんなことを言い出した。

 

「なら、簡単な事だろ。この呼び出し状を出したのがモノクマしかいねェってことだ」

「何をー! ボクはそんなことしないって言ってるでしょ!」

 

 そうモノクマは言う。けれど、俺の目にもこの4人のメモ帳から呼び出し状が切り取られたとは見えない。

 落ち着いて、この呼び出し状のことについてひとつずつ考えよう。

 まず、新品のメモ帳を持っている人たちは、絶対に違う。メモ帳は一人一つだったから、それは絶対にありえない。次に、アリバイを持つ東雲と城咲も除外し、さらに、殺された新家も――。

 

「……ん?」

 

 ――そこまで考えて、思い出す。あの、新家のメモ帳に残った乱暴な破れ目を。

 

「誰か! 誰か、新家のメモ帳を持ってきている人はいないか!?」

 

 そう言いながら、俺は皆を見渡すが、

 

「新家君のメモ帳……ですか?」

『持ってきてるわけねえだろ』

 

 誰も手を挙げるものはいない。それはそうだ。

 

「な、なんで急に、あ、新家のメモ帳がいるんだよ……」

「……まさか、アラヤのメモ帳と一致するか確かめたいとでも言うつもりか?」

「ああ、そうだ。スコット。お前は見てないはずだが、新家のメモ帳の破り取り方がかなり乱暴だったんだ。この呼び出し状と同じようにな」

「だから、一致するかもしれねェってことか?」

「ああ……モノクマ。裁判を中断してくれないか? 新家の部屋からメモ帳を取ってきたい」

 

 そうモノクマに頼んでみたが、良い答えは期待できない。

 

「中断? 中断なんかするわけないじゃん!」

「……だよな」

 

 この可能性を検証することができないか……。

 そう思って俯いたのだが、

 

「だって、新家クンのメモ帳はここにあるからね!」

「……は?」

 

 聞こえてきたモノクマの声に、とっさに顔をあげると、モノクマは一つのメモ帳を掲げていた。

 

「こういう展開になるかと思って、持って来ちゃいましたー! まあ普通は捜査時間中に全部調べろってことでこんな真似はしないんだけど、オマエラは未熟だから調べきれないだろうし、初回サービスも兼ねてね! ほらよっ!」

 

 そして、呼び出し状を持っていた蒼神に向けてモノクマはメモ帳を投げた。

 蒼神は、それと呼び出し状の端を合わせる。すると……。

 

「……一致、しましたわね」

 

 新家のメモ帳に残された破れ目。それと、呼び出し状の破れ目が、完全に一致した。

 

「え……? なんで新家君のメモ帳と……?」

 

 七原が困惑の声を出す。

 

「ぐ、偶然じゃないのか……?」

「いや……偶然じゃない」

 

 根岸がそんな疑惑を呈するが、俺はそれを否定した。

 

「ほら、メモ帳に残った切れ端に、ペンの線が残っている」

「気のせいじゃ……無いみたいね」

「ええ。それも完全に一致しますわ。平並君の推測通りのようですわね」

「ああ……。考えもしなかった。呼び出し状を書いたメモが、新家の物だったなんて……」

 

 は?

 

 今、俺、なんて言った?

 呼び出し状を書いたメモが、新家の物だった?

 

「ちょ、ちょっと待てよ……! ど、どういうことなんだそれ……!」

 

 根岸が叫ぶ。

 

「どういうことって、俺が知るかよ!」

 

 俺だって混乱しているんだ。

 この事実は、何を示している?

 

「やっぱり何かの間違いなんじゃない?」

「違うよ、大天さん。私もそう思いたいけど……でも、どう見ても破れ目は一致してるから」

『呼び出し状を書いたのは柱ってことか?』

「んなワケねェだろ! 新家は殺されたんだからなァ!」

「で、でも、も、もしかしたら新家が誰かを殺そうと倉庫に呼び出して、ぎゃ、逆にそいつにころされたんじゃ……」

「……いや、その物語は有り得ない。もし反撃されたのなら、体の前面に傷がつくはずだ」

「そ、そっか……」

 

 いくつもの仮説が挙がり、その度に論破されていく。

 なんだ。真相は、なんだ。

 

「じゃあ、モノクマが持ってくるときに入れ替えたんじゃない?」

「何を言うのさ、東雲さん! ボクはそんなことしてないよ!」

「少なくとも、新家の部屋にあったのはこれで間違いありませんよ。僕だけでなく、平並君も確認していますから」

「じゃあ……クロが、自分のメモ帳と入れ替えた、とか?」

 

 ……クロが、入れ替えた?

 

「それだ!」

 

 古池が挙げた仮説に、俺は瞬時に同意した。

 

「入れ替えたって……そんな」

 

 いぶかしげな七原。

 

「いや、間違いない。まず、呼び出し状を書いたのは新家じゃない。『新家君』という宛名と本文の筆跡が同じだからな。じゃあ、やっぱりこれを書いたのは……このメモ帳を使ったのは、クロってことだ。クロのメモ帳が、新家の個室にあった……これが意味することは、一つだろ」

「筋は通るようであるが……何か証拠はあるのであるか?」

「……これが証拠になると思う」

 

 そう言って、俺はポケットから『システム』を取り出す。

 

「これは、新家の『システム』なんだが、新家の個室にあったんだ。個室のカギにもなるこんな大事なものを新家が個室に置いていくわけがない。じゃあどうしてこれが新家の個室にあったのか……クロが使ったんだ。新家のメモ帳と自分のメモ帳を入れ替えるために」

「どうして、わざわざそんなことを」

「呼び出し状とメモ帳を調べられて、そこからクロを突き止められるのを恐れたんじゃないか? 実際、オレ達はそういう作業をしたじゃないか」

 

 スコットがその理由を答えてくれた。

 

「……それに、もう一つ理由があるんじゃないか? 新家のメモ帳が新品だったら、どうだ? 『自分が持ってるメモ帳は新品だから自分はクロじゃない』……そういう主張ができるようになるよな」

 

 そして、古池が補足する。

 

「だ、だったら……く、クロは……!」

 

 それを受けて、根岸は視線をゆっくりとある人物へと向けていく。

 根岸だけじゃない。他の皆も、彼女へと疑惑を集めていく。

 

「……! 違う! ボクじゃない!」

 

 そう、明日川に。

 明日川の疑惑が晴れたのはどうしてだったか?

 ……『新品のメモ帳を持っていたから』だ。

 

「明日川がクロなわけねェだろ! 新家を殺したのはモノクマに決まってんだ!」

「気持ちは分かるけどな、火ノ宮……そう言うんだったら、証拠を見せてくれよ。モノクマが新家を殺した、その証拠を」

「ッ……」

 

 火ノ宮は、何かを言おうとして口を動かしているが、その口から言葉が出ることは無かった。

 ……俺だって、モノクマがクロであってほしかったさ。

 

「ボクは新家君を殺して(新家君の物語を終わらせて)なんかいない! 信じてくれ!」

 

 明日川の叫びが響き渡る。

 

 

 

 信じたい。

 明日川が誰かを殺せるような人間だなんて、とても思えない。

 けれど、これまでの議論のすべてが、明日川がクロであることを指し示している。信じたい気持ちを、たくさんのコトダマが打ち砕いていた。

 そんな状況で明日川を信じていられるほど、俺は強い人間じゃなかった。

 

 

 

「……明日川、認めてくれないか。もう、そんなお前を見たくないんだ」

「ッ…………!」

 

 俺の言葉を聞いた明日川はすっと顔を青ざめた。

 その絶望的な表情は、俺が想像している通りの意味を持っているのだろうか。

 

「今夜、何が起こったのかをはじめから振り返る。それで、終わりにしよう」

 

 俺に明日川を責める権利はない。けれど、クロを明らかにする義務がある。

 それが、俺の贖罪だからだ。

 

 

 

 

 

 14人の視線を受けて、俺は語り始める。

 

「事件の発端は、昨日の夜時間になる前に包丁が二本持ち出されたことだった。一本目を持ち出したのは、俺だ。……俺は、根岸を殺そうと思ってたんだ。けれど、最終的に事件を起こした人物は俺じゃない……二本目の包丁を持ち出した人物こそが、犯人だったんだ。

 その犯人は、夜時間になる直前に新家と口論をしてしまった。その原因は何かは分からないが、犯人は、この口論を逆に利用しようと考えた。その口論の謝罪を口実に、手紙を使って新家を倉庫に呼び出したんだ」

 

 包丁を持ち出した時点で殺意があったかどうかまでは分からない。けど、新家との口論で、新家を殺すことに決めたはずだ。

 

「しかし、その呼び出しは犯人の罠だったんだ。そうとも知らず、新家は手紙を信じて倉庫へと向かってしまった。そして、そこで潜んでいた犯人に背後から包丁で襲い掛かられ、殺されてしまったんだ。この時、犯人はビニールシートで返り血を防いでいたんだ」

 

 これが、惨殺の瞬間。

 

「犯行後、犯人は凶器である包丁をジャージでふき取った。そして、新家の『システム』と一緒に持ち去ったんだ。

 その後、宿泊棟へと戻った犯人は、持ち去った『システム』を使って新家の部屋へと入り、自分のメモ帳と新家のメモ帳を入れ替えたんだ。そう、新品である新家のメモ帳と!」

 

 メモ帳を使って自分の無実を示すためにだ。

 

「そして、用済みになった新家の『システム』を残して自分の個室に戻り、朝が来るのを待ったんだ。朝になったら、包丁に残った血はシャワーか何かで洗い流すつもりだったんじゃないか? 

 しかし、実際は、俺に呼び出された根岸と、俺と七原が夜時間に新家の死体を発見することになった。そこで、犯人は捜査時間中に調理場で血を洗い流して、包丁を元の場所に戻したんだ」

 

 これが、今夜起きた事件のすべてだ。

 

「この一連の犯行が可能だった、たった一人の人物。それは――」

 

 そのまま、絶望に染まった顔の彼女に向けてその名を告げようとした瞬間、

 

 

 

「その推理、リテイクお願いします!」

 

 

 

 杉野の、そんな声が裁判場に響き渡った。

 

「……なんだ、杉野」

「確かに僕も明日川さんは疑っていましたが……やはり、彼女は犯人ではありませんよ」

「どうしてだ? 今説明したことの中に、おかしなところなんかなかっただろ?」

「いえ、ただ一点、どうしても見過ごせない矛盾がありました」

 

 

 杉野は、俺の目をじっと見てそう告げた。

 俺の積み上げたロジックが、明日川を信じることをやめてまで組み上げた推理が、間違っていると告げたのだ。

 

 

 




学級裁判は次回に続きます。
平並君は主人公ですが、推理力が高いわけじゃありません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。