ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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遂に起こってしまった殺人事件。
殺されたのは、恐怖におびえながらも皆を支えようとしていた新家柱だった。
果たして、新家を殺したクロは誰なのか?
疑惑と裏切り、絶望の渦巻く学級裁判が、今始まる。


非日常編③ はじめての学級裁判

 《裁判場》

 

 それは突然訪れた。

 

 ガコンッ!

 ガラガラガラ……。

 

 エレベーターが急停止したのと同時に、入り口とは反対側の壁が左右に開く。

 

 その先に広がっていたのは、円形の薄暗いホールだった。

 

「ぶ、不気味だな……」

 

 壁に沿って点々と松明が設置され、炎が揺らめいている。

 ホールの真ん中には、裁判所にあるような証言台が円形に16個並べられており、その中央では小型だがメラメラと炎が燃えている。

 

「ほら、オマエラ! いつまでもそんなところに突っ立ってないでとっとと席に着け! まったく、これだからオマエラは……」

『ギャーギャーうるせえよ。心の準備くらいさせろっての』

「何言ってんだ! 社会はオマエラの都合なんかで動いちゃいないんだよ!」

「……とにかく、せきに着いた方が良さそうですね」

「そうだな」

 

 城咲に賛同しつつ、証言台の方へ向かう。

 よく見てみると、その一つ一つには小さく名前が彫ってあった。皆、その名前を確認しながら自分の証言台を探して、その前に立つ。

 中央の炎を取り囲むように15人が立っているため、さながらキャンプファイアーのようにも思える。と言っても、よく想像するようなキャンプファイアーのように巨大な炎ではないのだが。

 

「全員席に着いたみたいだね。いやあ、ここまで来るのに長かったよ、まったく。どれだけ待たされたと思ってるの!」

「知るか。こんなところ、来ない方が絶対いいだろ」

「まったくもってその通りだね。こんな状況(シーン)、ボクの物語には不必要なのに」

 

 スコットと明日川が文句を言っている。

 

「いちいちボクの言葉にケチをつけないでよ。せっかく盛り上がってるのに」

「……オイ、モノクマ。んなことより、あれはなんなんだァ?」

 

 いつも以上に不機嫌そうに火ノ宮が口を開いた。その原因は、火ノ宮の指差す先にある。

 

「アレって言われても……見たままだよ」

 

 ある証言台の前に設置されている立て看板のようなもの。灰色の新家の写真の上から、真っ赤なペンキでバッテンがつけられている。

 あれはおそらく――遺影だ。

 

「仲間外れは良くないから、ここに来られない人の分はボクの方でこうして用意させてもらいました! 全員揃わないなんて、ボクとしても残念残念……」

 

 相変わらず、モノクマの悪趣味さには反吐が出るような思いだ。

 

「なにが残念なの……全員でここに立つことなんかあり得ないクセに……」

 

 大天の言う通りだ。ここに来るのは【学級裁判】を行うためであって、それはつまり誰かが殺されているという事だ。16人でこの裁判場にやってくることなんか、あり得ない。

 

「ねえ! そろそろ始めましょうよ! もう待ちきれないわ!」

「……」

 

 目を爛々と輝かせている東雲をみて、他の皆はあきれたような表情になっている。

 

「オッケー! じゃあ、もう始めちゃいますか!」

 

 その一言で、裁判場の空気が引き締まったのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 かくして、絶望の幕は上がる。

 新家柱という大切な仲間を惨殺した人間が、本当に俺達の中に潜んでいるのだろうか。そんなこと、信じられない。信じたくない。

 けれど、俺自身だって、一度は絶望に堕ちて根岸を殺そうとしてしまった。この中に、俺と同じように絶望に堕ちた人間がいないなんて、断言することはできない。

 この学級裁判の中で、もしかしたら絶望的な真実を叩きつけられてしまうかもしれない。

 

 それでも、俺達は全員で真実を明らかにする。

 

 

 それが、唯一の希望だと信じているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

   【第一回学級裁判】

 

      開 廷 !

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました! それでは、ここに第一回学級裁判の開廷を宣言いたします!」

「だ、誰も待ってないって……」

 

 根岸のツッコミも気に留めず、モノクマは一人で話を進める。

 

「えー、オマエラにはこれから学級裁判を行ってもらいますが、その前に改めてルールを説明いたします。

 学級裁判は、オマエラの中に潜んだクロをオマエラ自身の手で見つけ出してもらうためのものです。議論の後、オマエラの投票による多数決の結果をオマエラの導き出したクロとします。

 正しいクロを導き出せたなら、クロだけがおしおき。逆に、その結論が間違っていたなら、皆を欺いたクロ以外の全員がおしおきとなり、クロは【成長完了】とみなされ、晴れて【卒業】となります!」

 

 モノクマは『おしおき』という軽い言葉を使っているが、その本質は、処刑だ。ここにいる15人のうち、一人は確実に死ぬことになる。

 

「……モノクマ。本当にこの中に犯人はいるのであるか?」

「前も言った通り、それはこのボクが保障いたします! バッチャンの名に懸けて!」

「ほら、前置きはそれくらいにして、さっそく始めるわよ!」

「まあ……東雲君の言う通りだな」

 

 明日川はそう言ったが、決して東雲と同じ気持ちではないだろう。

 ともかく、学級裁判を始めようとしたところで、

 

「でも……議論なんて必要あるの?」

 

 口を開いてそう告げたのは、大天だった。

 

「どういう意味ですか?」

「だって、クロなんてもうわかりきってるじゃん。……血まみれだった平並君以外に、考えられないよ」

 

 杉野に言葉の真意を訊かれた大天は、うつむきがちに俺の方を向きながら、そう言った。

 

「い、いや、俺じゃない!」

「でも、他に怪しい人なんて……」

「捜査が始まる前に七原が説明してくれただろ? 血が付いたのは、新家の死体に抱き着いたからだって」

「そうだけど……じゃあ、七原さんも共犯だったんだよ! それなら筋が通るよね!」

 

 納得しかけた大天だったが、一転してそんなことを言い出した。

 

「共犯って……私、そんなことしてないよ!」

 

 七原が反論するが、大天は聞く耳を持たない。

 

「二人で新家君を襲ったんでしょ!? どっちかが新家君を羽交い絞めにして、もう一人が刺し殺したんだ! そうに決まってるよ!」

「ち、ちがっ……! そんなことしていない!」

 

 しどろもどろになりながら否定するが、大天は俺と七原の方を指差してにらんだままだ。

 

「大天さん! 私の事、信じてくれないの!?」

「信じるって……こんな状況で何を信じろって言うの!? 信じられるものなんて、なにもないじゃん!」

「そんな……!」

 

 どうすれば信じてもらえるんだ、と思ったその時、

 

 

「異議あり」

 

 

 と、声が聞こえてきた。

 

「論外だ。死にたいなら黙っていろ、迷惑だ」

 

 その声の主――岩国は、大天の方を向きながらきっぱりと言い切った。

 

「どういう意味……?」

「運び屋、お前は【モノクマファイル】に目は通したのか? ああ、言わなくていい。見ていないのは分かっている」

「な、な、な……」

 

 【モノクマファイル】……岩国にそう言われて、その文面を思い出す。

 

 

――《【モノクマファイル1】

    被害者は新家柱。

    死亡時刻は深夜12時過ぎ。

    死体発見現場は【宿泊エリア】の倉庫。

    死因は失血死。背面に無数の刺し傷がある。》

 

 

 大天も慌てて『システム』を起動して【モノクマファイル】を確認している。

 

「『背面に無数の刺し傷がある』……つまり、宮大工が刺されたのは背中側だという事だ。羽交い絞めにされて刺されたのなら、こうはならない」

 

 な、なるほど……。

 

「でも、モノクマファイルなんて信用できるの!? 偽の情報が書いてあるかもしれないじゃん!」

「それなら検死をしたオレが証明するぜ。死亡時刻や死因は知らねェが、傷の位置に関してはモノクマファイルの通り背面だけだ」

「そうなの……?」

「それに、モノクマはわたくし達にこうして推理ゲームを行わせています。そのことを考えれば、ゲームマスターであるモノクマが提示する情報は信用に値すると思いますわ」

 

 確かに、そうでなければフェアでない。ゲームとして成立しないのだ。

 そうやって蒼神の意見に納得していると、冷たい目をした岩国が話しかけてきた。

 

「……凡人、自分の潔白を証明したいなら、こうして証拠を示して否定しろ。死にたいのなら止めないが、俺を巻き込むな」

「あ、ああ……ありがとな」

「礼なんかいらん、俺は自分の為にやっただけだ」

 

 そう言って、岩国は正面を向いた。

 なるほどな……感情論じゃダメなんだ。何かを証明したいなら、ちゃんと根拠を示さないと……。

 

「オイ、モノクマ。ついでに聞いておきたいんだけどよォ、共犯者がいた場合はそいつも【卒業】できんのかァ?」

「それはダメだよ。規則にもちゃんと書いてあるでしょ? クロは誰かを殺した犯人だけだから、もしクロが逃げ切ったとしても共犯者はおしおきってことになるね」

「……ということは、共犯の可能性は潰えたというわけですね。もしも共犯がいたとすれば、今のモノクマの話を聞いて出てこない訳はありませんから」

 

 杉野がまとめてくれた通りで、この学級裁判と卒業というシステムがある限りは共犯はありえない。

 

「うう……」

「……」

 

 七原と大天の間には微妙な空気が流れている。その二人をフォローできるような言葉を、俺は持っていない。

 

「とにかく、これで俺の無実は証明できたな?」

「違う。あくまでも、お前の服についていた血が事件とは無関係だったことを示しただけだ。早とちりするな」

「……あ、ああ……わかったよ」

 

 辛辣だが、岩国の言葉は間違っていない。

 反論も出来ず、素直に納得する。

 

「現時点で無実が証明できているのは、アリバイが成立している連中だけだ」

「ありばい……?」

「城咲君は知らないのかい? アリバイ……つまり、現場不在証明とは、その名の通り犯行時刻に事件現場にいなかったという証明の事だ。ミステリではトリックの一種として頻繁に用いられているな」

 

 疑問符を呈した城咲に、明日川が得意げに説明する。

 

「今回の場合、モノクマファイルによって死亡時刻が深夜12時過ぎと確定されている。新家君が即死かどうかは分からないが、犯行から時間があったとも思えない。つまり、確認すべきなのは12時前後のアリバイだな」

 

 12時前後……その時間のアリバイを証明できる人たちがいたはずだ。

 それって確か……。

 

「なあ岩国、アリバイが成立している人って、蒼神たちの事か?」

「ああ。だったよな? 生徒会長」

 

 視線が蒼神に集まる。

 

「そうですわね。昨日の夜時間になる前から例の趣味の悪いアナウンスがなるまでの間、わたくしは東雲さん、城咲さんとの三人で一緒に過ごしておりました」

 

 例のアナウンス、というのは死体発見を告げるアナウンスの事で間違いないだろう。

 

「ですから、それこそ城咲さんも含めてアリバイが成立していることになりますわね」

「本当か? シロサキ」

「はい。間違いありません」

 

 スコットに訊かれ、城咲はそう肯定した。これで三人は容疑者から外れた。

 

「こんな簡単に無実の証明が出来ちゃって残念ね、まったく。もっと自分の無実の証明は楽しみたかったのに」

「……では、アリバイのあるわたくしが進行役という事でよろしいですか?」

「いいんじゃないか? 蒼神以上の適任もいないだろ」

「あれ? アタシ無視された?」

 

 ただでさえ【超高校級の生徒会長】という肩書を持っている蒼神は、そのうえクロでないことが証明されている。ここは蒼神にお願いしたいところだ。

 

「それでは議論を始めますが、まずは何から話しましょうか」

「……最初は、基本情報の共有及び確認からだ。モノクマファイルすら目を通していない人間もいたからな」

「うう……」

 

 岩国は、そう言いながらちらりと横目で大天を見る。

 それにしても、岩国は捜査や学級裁判には非常に協力的だ。理由は……自分自身の命がかかっているからだろうか。とにかく、岩国は頭もよさそうだし、議論のセオリーもわかっている。仲間としてはかなり心強い。

 ……岩国がクロでなければの話だが。

 

「では、死体の状況から……といっても、モノクマファイルの反芻になりますが。

 被害者は、【超高校級の宮大工】新家柱。死因は失血死で、その原因となったのは、背面の複数の刺し傷……事件は12時前後に発生……こんなところですかね」

「あの時間、倉庫で何が起きたのかしら?」

「何って……だから、クロが新家を刺したに決まってんだろォ? 検死をしたオレだからこそ言えるけどよォ、傷は無数についてたわけだから、クロは何度も何度も新家を刺したってことだ。恨みがあったのかどうかは知らねェがな」

「ひどい……」

 

 ……何度も新家を刺した……という事は!

 

「だったら、クロは大量の返り血を浴びたんじゃないか?」

 

 とは言ってみたものの、そんな血を浴びていた人なんていないわけだが……。

 そんなことを考えていると、根岸が口を開いた。

 

「そ、それをおまえが言うのかよ……ひ、平並……」

「……それって、俺の服に血がついてたからか? それは事件とは無関係だってさっき示しただろ」

「そ、そうだけど……」

「根岸君、なんでも疑っていては話が進みませんよ」

「べ、べつに疑ったわけじゃ……」

「まあ、それはともかくとして、平並君、それは違いますよ」

「……え?」

 

 俺の放った意見は、杉野に否定された。

 

「どうしてだ? 何度も新家を刺したってことは、血が大量に噴き出たはずだろ?」

「ええ、それは間違いないと思いますよ。ですが、クロはある物を用いて返り血を防いだのです――ビニールシートですよ」

「…………あっ」

「ビニールシート?」

 

 倉庫の情報を知らない大天が、杉野に説明を求める。

 

「ええ。倉庫の棚の裏に、大量に血の付いたビニールシートが隠されていたのです。これが偶然ついたものとは考えられないため、まず間違いなく事件に関係していると見ていいでしょう。

 では、犯人はどのようにこのシートを用いたのか……それはおそらく、返り血を防ぐためではないでしょうか」

「具体的にはどのようにびにーるしーとを使ったのですか?」

「あくまで推測にしかすぎませんが……凶器となった刃物をビニールシート越しに握ってしまえば、あとは新家君にビニールシートをかぶせるだけで返り血は防げますよね?」

『確かに……それで防げるな』

「というわけで、犯人は返り血は完全に防いだ……少なくとも、派手に返り血を浴びたという事は有り得ないと思います」

 

 ……完全にビニールシートの存在を失念していた。もっとよく情報と照らし合わせて考えなきゃいけないな。

 

「返り血の防ぎ方は分かった……なら、次は肝心の凶器の話をするか」

 

 スコットが新たな議題を提案する。

 今のビニールシートの一連の話にも出てきたが、傷跡からしても凶器は何らかの刃物のはずだ。

 

「肝心の凶器って……そんなの包丁しかありえないだろ? 俺はちゃんと見てないけど、床に転がってたんだよな?」

「確かに、そう見て間違いないでしょうね。倉庫の床に血まみれの状態で落ちていたことですし」

 

 古池の意見に蒼神も同意する。

 

「ってことは、その包丁の出どころを考えればクロを見つけられるんじゃねェか? 城咲、なんか知らねェか?」

「それでしたら、心当たりが――」

「皆、ちょっと待ってくれ」

 

 議論をすることもなく、凶器が倉庫に落ちていた包丁で確定しようとしている。確かに包丁は十分凶器となり得るものだし、新家の血の海に沈んで蒼神の言う通りに血まみれになってしまっている。

 けれど、俺は、あの包丁が事件とは無関係なことを知っている。だって、あの包丁は……。

 

「なんだァ? 平並」

「あの包丁は……凶器じゃないんだ」

「凶器じゃないって……なんでそんなことがわかるの?」

 

 俺の言葉を聞いた大天が怪訝そうな表情で訊く。他の皆も、同様の疑問を抱いているはずだ。

 

「あれは、新家の死体を発見した時に俺が落としたものなんだ。だから、あの包丁自体は事件とは関係がないんだ」

「……ん?」

「ちょっと待ってください、平並君。死体を発見した時に落としたという事は……あなたは、包丁を持って倉庫に向かったという事ですか?」

「ああ、そうだ……そこで、七原と一緒に倒れている新家を見つけたんだ」

「……色々と気になる点は多いのであるが、一番気になる事は……お主、何のために包丁を持っていたのであるか?」

「それは……」

 

 遠城の指摘に、思わず口ごもってしまう。

 けれど……。

 その理由を、俺は言わなくてはいけない。その義務が……責任が、ある。

 

「それに、アタシずっと気になってたんだけど、そもそもなんでアンタと七原はこんな真夜中に倉庫に行ったの?」

「まさかでえと……なのでしょうか?」

「包丁を持って逢引(デート)をする物語(ストーリー)もなかなか興味深いものではあるね」

「デ、デートじゃないよ!」

 

 ……そうだな。あれは、デートじゃない。

 覚悟を決めて、俺は口を開いた。

 

「……俺は……人を殺そうとしたんだ」

「……っ」

 

 皆の、息を飲む音が聞こえた。

 

「……凡人、事情を全部話せ」

「ああ……」

 

 そう岩国に催促され、俺はすべてを告白した。

 

「俺の【動機】は……家族だった。両親と弟の安否が確かめたければ、【卒業】しろ……まあ、大体そんな感じの内容だ。

 分かってたさ。どんな理由があったって、殺人は絶対にしてはいけないなんてことは。だが……決意してしまったんだ」

 

 皆、固唾を飲んで俺の話を聞いている。

 

「簡潔に言う。俺は、根岸を殺そうとした。夜時間になる前に調理場から包丁を持ち出して、部屋にあったメモ帳で根岸に呼び出し状を書いたんだ」

「……お、おまえっ! ぼ、ぼくを殺そうとしてたのか!」

 

 真っ先に反応したのは、当然根岸だ。根岸は、キッと俺をにらみながらポケットから一枚の紙を取り出した。

 

「こ、この手紙……! お、おまえが書いたんだな……!」

 

 

――《倉庫にて、面白いものを発見した。

    モノクマへの対抗策となるため、気付かれないように深夜一時に倉庫に集合。》

 

 

 それは、間違いなく俺が根岸に出した呼び出し状だった。

 

「ああ、そうだ。確かに、俺が書いたものだ。これが、俺が殺意を持っていたことの何よりの証拠になるはずだ。

 ……だが、殺す直前になって、踏みとどまったんだ! 七原に説得されて!」

 

 その言葉で視線を集められた七原は、ゆっくりとうなずいた。

 

「宿泊棟から倉庫に向かう途中で七原に声をかけられたんだ。その後自然エリアに移動して、そこで説得されたんだ。その時になってやっと、人を殺すことの……仲間を殺すことの罪の重さに気付いたんだ。

 その後、宿泊棟に戻ったんだが、倉庫に入る根岸を見た直後に根岸の悲鳴が聞こえて、慌てて駆け寄ったら……」

「新家君の死体を発見した、というわけですか……」

「ああ。これが、俺が包丁を持って倉庫に向かった理由だ」

「ついでに、私も証言しておくよ。……まあ、平並君と会ってからは平並君が言ってくれた通りなんだけど。倉庫に行く前に平並君が持っていた包丁を見たけど、血なんかついてなかったからこの事件にあの包丁は無関係だよ」

 

 七原も、援護の証言をしてくれた。

 

「オイ平並……本当なのかァ? 本気で、根岸を殺そうとしたのかよ!」

 

 黙って俺の話を聞いていた火ノ宮が叫ぶ。今までに見たことのないくらい、鬼の形相をしている。

 

「ああ……俺は、根岸を殺そうとした……」

「それがどういうことかわかってんのかァ!? 根岸を殺すってことは、【学級裁判】でオレ達の事もぶっ殺そうとしたってことだぞ!」

「ああ、分かってたよ、そんなことくらい! ()()()()()()()! その意味だって、十分考えたに決まってるだろ!」

 

 急に叫んだ俺に、火ノ宮は一瞬だけひるんだ様子を見せた。

 

「その上で、俺は殺人を決意したんだよ!

 本当に、ごめん! 皆を殺そうとして……皆を裏切って! ごめん!」

 

 謝って済む問題じゃないことなんて、百も承知だ。けれど、それでも、謝らなければならない。

 

「けど!」

 

 皆の困惑と敵意の目を受けながら、俺は叫ぶ。

 

「新家を殺したのは俺じゃないんだ! 信じてくれ!」

 

 静寂が俺達を包み込む。

 

『なあ凡一。その言葉を、オレ達が信じると思うか?』

 

 黒峰のそんな声が聞こえてくる。

 ……思わない。

 こんなことをしでかしておいて、信じてくれなんて虫が良いなんてもんじゃない。あまりにも都合がよすぎる。

 

「けど、俺にはそう言うことしかできないんだよ……」

 

 と、ぽつりとつぶやいたその直後、

 

「それは違うよ、きっと」

 

 そんな、七原の声が聞こえた。

 

「え……?」

「もしも、平並君が新家君を殺したんだったら、私と会ったときはもう犯行の後だったはずだよね? ……でも、私にはそうは見えなかった。

 本当に、平並君が無実なら、きっと、それを証明する証拠があるはずだよ」

 

 ……そうだ。

 この【学級裁判】で必要なのは、感情論じゃない。ゆるぎない証拠だけだ。

 

「……わかった」

 

 そう呟いて、俺は皆の顔を見る。

 ……言葉なんかなくてもわかる。これは俺を疑っている目だ。

 

「……とにかく、今の平並君の話をまとめると、平並君は厨房から包丁を持ち出した……その後、根岸君を倉庫に呼び出し殺害しようとしたが、その前に七原さんに説得された……そして、倉庫に呼び出されてやってきた根岸君の直後に、七原さんと二人そろって新家君の死体を発見した……という事ですわね?」

「ああ……間違いない」

「根岸にも聞いとくが、死体を見つけたときの状況はこれで間違いねェな?」

「う、うん……て、手紙の通りに倉庫に向かったら新家が倒れてて……ひ、悲鳴を上げたら平並たちが来たけど、び、びっくりしてすぐにげたんだ……」

 

 厳密に言うと些細なやり取りがあったが、そこは今話しても意味は無いだろう。

 

「おい、幸運。アナウンスが流れたタイミングを教えろ」

 

 すると、岩国がそんなことを言い出した。

 七原が聞き返す。

 

「アナウンス?」

「ああ。死体の発見を知らせるアナウンスだ。聞いたやつもいるだろ?」

「確か、平並君が発見した直後に流れたはずだけど……どうして?」

「誰が死体を発見した時に流れたかで、確実にクロでない人間が分かるかもしれないからな。発見した順番と合わせて考えれば、容疑者を減らすことができる」

 

 岩国はそう詰まることなくすらすらと説明したが、

 

「岩国さん、それは不可能ですわ」

「……なに?」

 

 蒼神がそれを否定した。

 

「わたくしも同じように考えてモノクマに確認しましたが、あのアナウンスは三人が死体を発見した段階で流すらしいのです。ですが、クロが再度死体を発見した際も一人にカウントするとおっしゃっていました。なんでも、アナウンスを推理の材料にされるのを防ぐため、らしいのですが」

 

 それを聞いた岩国は、驚いたように声を返す。

 

「……ぬいぐるみがそう言ったのか?」

「ええ。平並君や杉野君も確認していましたわ」

「…………」

 

 そして、岩国はしばらく考え込んでから、

 

「分かった。話を戻してくれ」

 

 と、告げた。

 

「話を戻す、と言うと……話すべきは平並君の証言の真偽でしょうか」

「それなんだけどよ。七原や根岸の証言もあるし、平並の言葉はひとまず信用していいんじゃねェか? 七原と一緒に死体を発見したんだろォ? もちろん、殺人を犯そうとしたことは許せねェし、徹底的に糾弾してやりてェが……それはそれだ」

 

 議題を提示した杉野に続けて、火ノ宮はそう口にした。火ノ宮は俺の言葉を信じてくれたようだ。しかし、もちろんそんな人ばかりじゃない。

 

「ちょ、ちょっと待てよ……」

 

 根岸が口を開く。

 

「こ、こいつは実際に包丁を持ち出してるんだぞ! そ、そんな簡単に、し、信用してもいいのかよ!」

「確かにそうですが……七原さんと一緒に新家君の死体を発見していますし、新家君の殺害には関与していないでしょう」

 

 火ノ宮の代わりに杉野が説明する。

 

「ど、どうしてそう言い切れるんだよ……は、犯行時刻は12時前後なんだろ……な、七原、お、おまえが平並と会ったのはいつだ……?」

「んーと……確か、ちょうど12時半だったかな?」

「じゃ、じゃあ、ひ、平並は新家を殺してから、い、一度宿泊棟に戻ったんだ……! そ、その後にもう一度宿泊棟から出てきたんだ……!」

「ちょっと待て、根岸」

 

 たまらず口を挟む。

 

「なんでわざわざそんなことをする必要があるんだよ。一回宿泊棟に戻ったんだったら、また倉庫に向かう必要なんかないだろ」

「そ、そんなの、い、今みたいに証人を作りたかったからだろ! お、おまえの思惑通りに、七原がおまえをクロじゃないって信じ込んでるじゃないか!」

「私が平並君を見つけたのは偶然だよ。私が、たまたま飲み物を取りに来なかったら証人なんて生まれなかったんだから、それはおかしいよ。それとも、誰かが自分を見つけてくれる可能性に賭けて、平並君は個室をでたの?」

「……っ! ……い、いや! な、七原がいなくてもぼくがいる! ひ、平並は、ぼ、ぼくを味方にするためにぼくを倉庫に呼び出したんだ!」

「……は?」

「ぼ、ぼくだって包丁を持った人を見たら説得くらいするし……た、たまたま七原と会ったから、な、七原に説得されたフリをしたけど、ほ、本当はぼくがその役目のはずだったんだ!」

「だとしたら、時間が早すぎるだろ。お前を1時に呼び出したんだから、宿泊棟を出るのは12時50分あたりで十分だったはずだ」

「そ、そんなの……ぼ、ぼくが先に倉庫に着いたらその作戦が使えなかったから、は、早めに準備しただけだろ……!」

「平並君は、そんな打算的な感情で包丁を持ってなかった! あの瞬間、平並君は本気の殺意を持っていたよ! ……きっと!」

「そ、そんなの、し、信じるやつがいるか! て、ていうかそれはそれで、も、問題があるんじゃないのか……」

 

 俺達三人の口論は激しさを増していく。

 根岸の意見は俺からしたら荒唐無稽だが、一応は筋が通っているように聞こえる。……けど、それは真実じゃない。

 七原は俺のことを信じてくれているんだ。どうにかして、その仮説が間違っていることを示さないと!

 ……何か……何か否定できる証拠は……そうだ!

 

「根岸、その話が本当なら、俺が持っていた包丁は血で汚れてなきゃいけないよな? 返り血はビニールシートで防いでも、包丁に着いた血は布やタオルで拭いたくらいじゃ取れないだろ? けど、さっき七原が言ってた通り、七原と会った時には包丁はきれいなままだった!」

「……ああっ……!」

 

 この事実は、根岸の考えを否定する証拠となりうるはずだ。……と思ったのだが。

 

「……ま、まだだ……あ、洗ったんだろ、包丁を!」

「洗ったって、どうやってだ? 夜時間の宿泊棟は断水になるんだぞ。野外炊さん場だって使えないからな」

「……そ、それは…………そ、そうだ、ド、ドリンクだ! ドリンク!」

「ドリンク?」

 

 七原が反芻する。

 

「ジュースとかってこと? でも、べたついては無かったけど……」

「ジュ、ジュースじゃない……つ、使ったのは、ミ、ミネラルウォーターだ! あ、あれをシャワールームで使えば、ほ、包丁の血も洗い流せたはずだ!」

 

 ……確かに、ミネラルウォーターなら、べたつくこともなく包丁をきれいにできただろう。

 けれど。

 

 

「それは違うぞ!」 

 

 

 それはありえない。

 

「な、なにが違うんだよ……」

「ミネラルウォーターなんだが……実は、この【コロシアイ強化合宿】が始まってから、まだ誰も使ってないらしいんだ」

「え?」

「そうだったよな? モノクマ?」

「はい、その通りです! 種類豊富なドリンクを用意したのはいいんだけどねえ……皆ジュースやお茶ばっかりで、だーれもミネラルウォーター飲まないんだよね! だから在庫があまりっぱなしでどうしようかと……」

「……だから、俺はミネラルウォーターで包丁を洗ってなんかいないんだ」

「……」

 

 根岸は、黙って俺を睨んでいる。

 

「他に洗う方法なんかない……なあ、根岸。許してくれなんて甘いことを言うつもりはない。けど、真犯人を見つけるために、俺のことを信じてくれないか」

「……………………わ、わかったよ」

 

 長考の末に、根岸はそう呟いた。

 

「い、言っとくけど、かなり可能性が低いだけで、お、おまえが新家を殺してから七原に会ったってことはまだ考えられるんだからな……い、今は、議論を進めるために、し、信じてやる……」

「……ありがとう」

 

 根岸は、実際にターゲットにされたという立場だ。その点で、火ノ宮や杉野達とは全く違う。それでも、仮の形ではあるが、根岸は俺のことを信じてくれた。おそらく、他の皆も同じような信用の仕方なのだろう。

 

 しかし、学級裁判はまだ始まったばかりだ。

 自分がクロと断定されるという流れは脱したものの、未だ真犯人の姿も、この事件の真相も見えてこない。

 

 

 依然として、俺達は先の見えない絶望の中にいた。

 

 




ついに学級裁判が始まりました。
本格的な議論は、次回。

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