ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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非日常編② 割れたガラスは直せない

 〈《【捜査開始】》〉

 

 《倉庫前》

 

 捜査のための会議を終えて捜査が始まった。倉庫の中へと入っていったのは、現場保全や検死を担当する城咲達以外は数人しかいない。そうでない人々は、倉庫の中に入ることなく倉庫から離れていった。

 

 まあ、倉庫の中には新家の死体がある。直視することはおろか、その存在自体を認めたくない人も多いのだろう。

 ……俺だってそうだ。できることなら、ここから悲鳴を上げて逃げ出したい。こんな現実を、現実とは認めたくない。

 

 それでも、逃げちゃいけないんだ。

 

「……さて、捜査とは言っても何をすればいいんだ」

 

 とりあえず、モノクマの検死の結果を見ておこう。

 『システム』を操作して、【動機】のデータが入っていた【モノクマからのプレゼント】の項目を選択する。

 この、【モノクマファイル1】がそうだろうか?

 

「なにが『1』だ」

 

 こんなこと、もう二度と起こしてはいけないのに。

 とにかく見てみよう。

 

 

=============================

 

 【モノクマファイル1】

 

 被害者は新家柱。

 死亡推定時刻は深夜0時過ぎ。

 死体発見現場は【宿泊エリア】の倉庫。

 死因は失血死。背面に無数の刺し傷がある。

 

=============================

 

 

 

「……これだけか」

 

 書いてあることはあまりにシンプルだ。新家の死体を確認すれば分かることも書いてある。とはいえ、素人では判断することができない情報もある。死亡推定時刻だ。

 死亡推定時刻は深夜0時過ぎ。という事は、俺が個室で包丁を握りしめている間に事件が起きたのだ。

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 《倉庫》

 

 モノクマファイルを確認したのち、俺は倉庫の中に入った。

 倉庫の中には、現場を見張る城咲とスコット、検死を行っている火ノ宮に加えて、杉野、岩国、根岸の三人がいた。

 

 中央には、無残な姿になった新家も横たわっているし、これだけの人数が揃うとさすがに倉庫も狭く感じる。

 

「……根岸」

「う、うわっ!」

 

 入り口の近くでしゃがみこんでいた根岸に話しかける。

 

「な、なんだ……ひ、平並か……」

「何かあったか?」

「……べ、別に何もないよ……き、気になっただけだから」

「気になったってのは、このガラスの事か」

「う、うん……」

 

 新家の死体を見つけたときから気になっていた。

 倉庫の床全体に、ガラスの破片が散乱している。倉庫の中に入ると、嫌が応にもこのガラスを踏まなければならないほどだ。

 粉々に砕けているものも多いのは捜査の為に俺達が踏み込んだからか、とも思ったがどうもそうでもないように見える。

 

 棚の傍に目を向けてみれば、その正体が分かった。

 ビーカーや空き瓶、すりガラスなどといったものが割れていた。厚いガラスの大きな水槽も割られている。

 

「何かの拍子で落ちて割れたのか?」

 

 確か、この水槽は棚の上に置いてあったはずだ。もしかしたら犯行時にぶつかったのかもしれない。

 

「か、かもしれないけど……ぜ、全部……? そ、それにそうだったらこんなに、ゆ、床全体に散らばってないよな……?」

「……それもそうか」

「だ、だから気になってるんだよな……」

 

 一体どうして、こんなにガラスが散乱しているのだろうか?

 

「な、なあ……」

 

 根岸が話しかけてきた。

 

「なんだ?」

「ひ、平並……お、お前は本当にぼく達の中に犯人がいると思うか……?」

 

 ……モノクマは、確かにそう言っていた。

 犯人、か……。

 

「……いてほしくは、ない。だけど、いてもおかしくない、とは思っている」

「そ、そう……」

 

 ……だって、俺も、この根岸を……。

 もやを晴らすように頭を振る。今は、それを考える時間じゃない。

 

「お前は?」

「……ぼ、ぼくは……」

 

 根岸は、少し言葉をつぐんだ後、

 

「わ、わからない……。も、モノクマが仕組んだかもしれないし、だ、誰かが、そ、外に出ようとして新家を殺したのかもしれないし……ど、どんなことだって、か、考えられる……」

 

 ………………。

 

「……き、気になるんだよ。あ、新家がどうして殺されたのか……こ、この夜に、な、なにがあったのか……ぼ、ぼくは知りたいんだ」

 

 いつものようにどもりながらも、強い意志を持った目でそう答えた。

 

「……だ、だから、こ、怖くても捜査しないと……」

「そうか……」

 

 根岸も根岸で、俺とは違った想いを抱えて捜査に挑んでいる。

 

 

 

 

 

 

 棚の方へ移動する。

 そこでは、岩国と杉野が何やら話していた。

 

「……何かあったのか?」

「平並さん。ええ、これを見てもらえますか?」

「ビニールシートか? ……これは」

 

 杉野が見せてきたそのビニールシートには、赤い液体が、べっとりと付着していた。

 

「ええ、疑いようもありません。血液です」

 

 ……大量の血液。

 倉庫に広がる血を先に見ていなければ、これだけでも吐き出しそうになっていただろう。

 

「これだけの量だ。大きなケガをしているヤツもいなかったし、輸血パックも倉庫にはない。まず間違いなく、宮大工の血だろうな」

「どこにあったんだ?」

「折りたたんだ状態で、棚の奥に押し込まれていました。少なくとも、自然についたものではないでしょう」

 

 となると、このビニールシートは犯人が使用したもの……多分、新家を殺した後に棚に入れたのだろう。

 

「……ん?」

 

 ビニールシートの、中央部。しわが寄っている部分に、いくつか穴が開いている。何かでひっかいたような……なんだこれ?

 

「それと、こっちも見てくれますか?」

「ん?」

 

 続いて杉野が見せたのは、ジャージだ。俺が犯行に使おうと思っていたものでもある。

 そのジャージには、ぬぐったように血がついている。

 

「これも、ビニールシートと同様に棚に押し込まれていたものです」

「……そうか。なるほどな」

 

 おそらく、自分自身や凶器についた血をこれでぬぐったのだろう。

 良く見ると、このジャージもごく小さな物であるが穴が開いている。……どういうことだ?

 

「……他に、何かなかったか?」

 

 悩むのは、後にしておこう。とりあえず今は情報を集めるのが先だ。

 

「何かなかったと言うか……『何もなかった』、と言うのが適切ですかね」

 

 すると、杉野は何やら意味深なことを言い出した。

 

「見てもらえればわかりますが……無いんですよ。火ノ宮君と確認したはずの『危険物』が」

「え?」

 

 それを聞いて、棚の中を漁りだす。

 

「……無い」

 

 小型ナイフやノコギリ、ダンベルといった、以前確かにこの倉庫にあったはずの『危険物』が、どこにもないのだ。

 

「どうして……?」

「それは分かりませんが……おそらく、これも犯人の意図が関わっているのではないでしょうか」

 

 そう考えるのが自然ではある……けれど、倉庫にあった危険物はそうやすやすと運べるようなものじゃない。殺人を犯した後に、そんな面倒なことをする余裕があったのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 棚から離れて、次に目指すのは倉庫の中央部。

 

 ……そう、新家の死体だ。

 

「…………」

 

 初めて見た時とは違って、もう新家が死んでいることは分かっている。

 見たくない。

 本音を言うなら逃げ出したい。

 

 だけど。

 

「……よし」

 

 覚悟を決めて、歩き出す。

 

「…………」

 

 新家の死体のそばに立って、それを見下ろす。

 うつぶせになった新家の着る作業着はずたずたに切り裂かれている。ズボンの方は傷ついていないが、血で赤く染まっている。靴底にも、無数のガラス片が刺さっている。

 

「うっ……」

 

 とても直視できない。後ずさってあわてて目をそらすと、検死をしていた火ノ宮が気分を悪そうに顔をしかめていた。

 

「火ノ宮……大丈夫か?」

「あァ? ……平並か。まァ大丈夫だ」

 

 とは言うものの、その顔色は優れない。

 それはそうだろう。検死という事は、あの新家の死体を間近で見たという事になる。まさか死体を見慣れているというわけでもあるまい。

 

「…………検死で何か分かったか?」

「いや、やっぱ素人には無理だな。モノクマファイル以上の事はわかんねェ」

「……そうか」

 

 わかっていたことだ。仕方がない。と思ったが、

 

「ただ、気になる事は見つかったぜ」

 

 火ノ宮はそう言葉をつづけた。

 

「気になる事?」

「あァ。傷を見せても大丈夫か? オレが言葉だけで伝えるより、実際に見た方がわかりやすいとは思うが……」

 

 ……傷というのは、モノクマファイルにもあった背面の傷のことだろう。

 大丈夫じゃなくても、見るべきだ。見たくないからと言って目を背けてはいけない。

 

「……ああ。問題ない、見せてくれ」

「なら……ほら」

 

 火ノ宮が新家の服をめくると、その下から無数の傷跡が現れた。

 

「うっ……!」

 

 事前にモノクマファイルで知っていたし、服自体がボロボロになっていた。けれど、実際にその目で見ると、その生々しさに吐き気が沸いてくる。

 傷だらけの生気のない新家の背中は、新家が死んだのだという現実を改めて俺に突き付けた。

 

「……まァ、一目見たからもういいな」

 

 火ノ宮がさっと服を戻す。

 

「ごめん、火ノ宮」

「いや、構わねェ。それより、今の傷だけどよ、かなり、傷口が荒いんだ」

「傷口が荒い?」

 

 言われて、今見たばかりの傷を思い出す。

 ……確かに、そうかもしれない。

 

「凶器はまず間違いなくあの包丁だろ?」

 

 そう言って火ノ宮が指さしたのは、血の海に転がる包丁。

 

「あれは……っ!」

 

 それは、俺自身が倉庫に持ってきたものだった。たしか、新家の死体を発見した時に落としたはずだ。

 

「ん? どうしたんだァ?」

 

 火ノ宮が怪訝そうに俺を見る。

 どうする。包丁の事を言うか? 包丁を持ち出したけど、新家の死体を発見した時に落としたと?

 正直に言ったところで、どこまで信用されるのだろうか。

 

「まァいいけどよォ、アレが凶器だと……あまりに傷口が荒らすぎんだよ」

 

 悩んでいるうちに、火ノ宮は話を先に進めた。

 

「……死体なんか見たことねェから断言はできねェが、相当な恨みを持って刺しまくったかもしれねェ。それか、あの包丁は犯人の罠で、よほど刃こぼれした刃物が凶器ってことも考えられなくもねェな」

 

 火ノ宮にしては珍しく、明言を避けた言い方だ。

 ……皆の命がかかってるんだ。当然か。

 

「凶器と言えば……なあ火ノ宮。この倉庫の『危険物』のこと、何か知らないか? かなりの量があったはずなのに、全部なくなってるんだが……」

「あァ、それならオレの個室にあるぜ」

 

 …………は?

 

「どういうことだ?」

「全部持ってったんだよ。夜時間になった直後にな」

「持ってったって……どうして!」

「昨日、オレは倉庫の見張りをしてただろ? で、そもそもあぶねェモンはオレが預かっちまえば心配することはねェと思ったんだ。そしたら夜時間になる10分くらい前に遠城が倉庫に来たから、一緒にオレの個室に運んでもらったんだ」

「そうだったのか……」

「だから、凶器は倉庫内にあるもんじゃねェ。そのほかの何かだ」

 

 なるほどな……。

 

「あと、死体以外で気になる事が二つある」

「二つ?」

「まずは、これだ」

 

 そう言って火ノ宮が見せてきたのは、血に染まった一枚の紙だった。

 

「これは?」

「新家の作業服のポケットに入ってたんだ」

「ああ……だから血がついてるのか」

「血で(にじ)んじゃいるが、まァ読めねェもんでもねェ。これは多分、呼び出し状だ」

 

 

 

=============================

 

 新家君へ

   さっきはすまなかった。

   謝罪したいので、12時に倉庫に来てほしい。

 

=============================

 

 

 

 確かに火ノ宮が言う通り、新家を倉庫に呼び出す手紙のようだ。

 俺が根岸に書いたものとはまた違った内容だ。

 しかし、それが書かれた紙は、俺と同じくメモ帳を使用しているようだ。切り取り方がずいぶん雑ではあるが。

 

「呼び出された時間から考えても、間違いないだろ」

「……そうだな」

 

 『さっきはすまなかった』、か……。

 

「で、もう一つの方だが、アレが見当たらなかった」

「アレ?」

「新家の『システム』だ。ポケットを色々探してみたが、どこにもなかった」

「『システム』が?」

「あァ。個室のカギにもなってんだ。手放すはずがねェ。指にはめてなかったからポケットに入れてるかと思ったんだがな」

「という事は、刺されたときに落としたとか?」

「そんなところだろうな。ま、これは特に気にしなくていいだろ。逆に、犯人ともみ合った証拠とも考えられる」

 

 確かに。火ノ宮のいう事ももっともだ。

 

「とりあえず、オレが分かったのはこんなもんだ」

「……そうか。悪かったな、こんなことやってもらって」

 

 検死なんか、誰もやりたがる人なんかいない。

 まして、火ノ宮はそういった【才能】を持っているわけじゃない。火ノ宮がやらなきゃいけない理由は無かったはずだ。

 

「仕方ねェだろ。本当に、新家が殺されちまったんだからな。モノクマファイルがあってるかどうかだけでも、確かめる必要があっただろ」

「それにしたって……」

「どのみち誰かがやらなきゃいけなかったんだ。モノクマの嘘を暴くためにはな」

 

 もう動かない新家を見つめながら火ノ宮は言葉を紡ぐ。

 

「モノクマの嘘?」

「犯人はオレ達の中にいるってヤツだ。そんなワケがあるか。こんな残虐な殺人が行えるような、仲間を裏切るようなヤツがいるはずがねェ」

「…………」

「新家を殺したのは、モノクマに決まってんだ。この後の学級裁判でそれを暴いてやる」

 

 火ノ宮は監視カメラをにらみつけた。きっと、彼の目にはその先にいるであろうモノクマが映っているはずだ。

 

「…………」

 

 そんな彼は、俺が根岸を殺そうとしたことを知ったらどう思うのだろうか。

 それを考えると、俺は何も言う事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 火ノ宮のもとを離れ、今度は現場の見張りを担当したスコットと城咲に話を聞きに行った。

 

「……オレは特に何も見なかったな。夜は個室でとっとと寝たからな」

 

 何か怪しいものは見なかったかと尋ねたが、スコットは何も知らないそうだ。

 しかし、対する城咲はそうではなかった。

 

「一つ、気になる事はあります」

「……それは?」

「実は、調理場の包丁が持ち去られていたのです」

「包丁、だと?」

 

 スコットが反応する。

 おそらく城咲が言っているのは、俺がやったことだろう。その包丁は新家の傍に転がっている。

 と、思ったのだが。

 

「ええ。それも2本もです」

「2本?」

 

 今度の声は俺だ。

 

「1本だけじゃなくてか?」

「はい。間違いなく包丁は2本なくなっていました」

 

 城咲が何かを勘違いしているのか? と考えて思い出した。

 そういえば、新家の死体を見つける直前に七原がこんなことを言っていた。

 

 

――《「でもさ、どうして平並君は2本も包丁を持ち出したの?」》

 

 

 もしかして、城咲の言っていることは事実なのか。

 

「……ちょっと、詳しく教えてくれないか」

「はい。わたしは、夕方に夕飯を作った後はずっと食事すぺえすにいたのですが、最後に調理場を離れた8時頃には、包丁はすべて揃っていました。そして、9時半ごろに七原さんが調理場を訪れたときに、包丁が2本無くなっていたことに気づいたのです」

 

 ……だから、七原は包丁の事を知っていたのか。

 

「そういえばオレも一回調理場には行ったが、その時にいたフルイケやツユクサもずっと一緒にいたのか?」

「はい。ですから、お二方も包丁の事は存じていると思います」

 

 俺が包丁を取りに調理場に行ったときも、確かにその二人もいた。

 

「そうか……という事は、包丁は8時から9時半の間に持ち去られた、という事になるのか」

「ええ……何人か、調理場に出入りしていましたので、おそらく、その時に」

「シロサキ、誰が出入りしていたかは覚えてるか?」

「……はい、覚えてます。順に、平並さん、杉野さん、明日川さん、すこっとさん、大天さんが、全員ばらばらにやってきました。その後に七原さんがやってきたのです」

 

 ……という事は、2本目の包丁を持ち出したのは、その中で俺を除いだ4人の中の誰かか。

 それはつまり、その中に犯人がいるかもしれないという事でもある。

 

「オレは、包丁を持ち出してない」

 

 スコットはそう言った後に俺の方を見る。暗に、『お前はどうだ』と聞いていることはすぐにわかった。

 

 正直に言ってしまおうか……と、一瞬思ったが、

 

「……俺だって違う」

 

 と、嘘をついた。

 ここでバカ正直に包丁を持ち出したことを告白しても、疑われてしまうだけだ。捜査自体が出来なくなってしまうかもしれない。

 ……だから、今は、嘘をつく。

 

「……そうですよね」

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、城咲はそう返した。

 俺が今嘘をついているのと同じように、スコットが嘘をついている可能性がある。誰を信じていいのか、分からない。

 

「シロサキも、その後はずっと個室にいたのか?」

 

 重くなった空気を変えようとしてか、スコットが口を開く。

 

「いたことにはいましたが……」

「……ん? 何かあったのか?」

「いえ。夜時間の間は、ずっと蒼神さんと東雲さんと一緒にいたのです」

「一緒にいたって、どういうことだ?」

「夜時間になってすぐでしょうか……一人だと不安になったので、たまたま見かけたお二方と一緒に夜を過ごそう、という事になったのです。いわゆる"じょしかい"というやつでしょうか」

「……ああ、だから、死体発見のアナウンスが流れてから、すぐに倉庫にやってきたのか」

 

 城咲達は、他の人たちに比べて倉庫に来るのが明らかに早かった。その瞬間まで起きていたのなら、納得だ。

 そして、このことから明らかになる事実がもう一つ。

 

「はい。だから、わたしと蒼神さん、そして東雲さんは、絶対に犯人ではないとだんげんできます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ひとまずはこんなところか」

 

 城咲達に話を聞いた後、念のために倉庫内を軽く探してみたが特に何も見つからなかった。新家の『システム』も、だ。

 倉庫で調べられることはこのくらいだろう。

 犯行場所は倉庫で間違いないと思うが、他の場所に何か証拠が隠れているかもしれない。

 

「平並さん、どこに行かれるんですか?」

 

 そう考えて倉庫を後にしようとすると、杉野が話しかけてきた。

 

「どこって……そうだな、城咲から話は聞いたか?」

「ええ、包丁の件ですよね?」

「ああ。それを確かめに調理場に行こうかと」

「そうですか……せっかくなら、一緒に行きませんか? 人数は多い方が何かと便利でしょうし」

 

 確かに、一人より二人の方が証拠を見落とすという事が無いかもしれない。

 

「ああ、そうしようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース/野外炊さん場》

 

 俺と杉野が食事スペースにやってくると、そこにいたのは古池と露草の二人だけだった。倉庫にあまり人がいなかったから、もう少しいるかと思ったんだが……。

 

「……平並と杉野か」

 

 いつになく青ざめた顔で、古池が何とか言葉を絞り出す。

 

「大丈夫か?」

「……大丈夫な訳ないだろ。あんなものを見せられて、いつも通りに過ごせる奴の方がおかしいだろ」

 

 古池は、いつものように茶化すような返答をすることもなく、小さな声でそう答えた。

 その姿は、とても違和感を覚える。これまで見せていた、明るくひょうきんな姿とは全く異なったものだ。

 とはいえ、その気持ちは分かる。俺だって、今すぐ逃げ出したい。捜査なんか放り出してしまいたい。それが()()の反応だと自分でも思う。

 けれど……俺は、逃げちゃいけないんだ。

 

「……ところで、お二方は夕方ごろこの食事スペースにいらっしゃったんですよね?」

「そうだよ?」

『それがどうしたんだ?』

「いえ、城咲さんから話を伺ったので……なんでも、包丁が2本持ち去られたとか」

「……それなんだけどよ。ちょっとおかしいんだよな」

 

 杉野が包丁の話題を出すと、古池が何かを言いかける。

 

「何かあったのか?」

「……凡一ちゃんと悠輔ちゃん。自分で見た方が多分早いよ」

 

 露草はそう言って調理場へと向かう。慌てて俺と杉野もその後を追った。

 

 

 

 

 

 

「ほら、見てよ」

 

 調理場に着いた露草が、流し台の下を開ける。すると、その中には、

 

「……おや?」

 

 包丁が5本中4本揃っていたのだ。

 

「ですが、城咲さんの話だと、2本持ち去られたはずでは……」

『それは間違いねえぜ! このオレもバッチリ見たからな!』

「向こうにいる河彦ちゃんも見てるし、それは間違いないはずだよ」

「……じゃあ、持ち出された包丁はまたここに戻されたという事か」

「そうなると思う」

 

 俺のつぶやきに、露草がうなずきながらそう返す。

 

「2本の包丁の持ち出しを確認したのは9時半頃でしたよね?」

 

 城咲は確かそう言っていた。

 

『ああ、大体そんくらいの時間だったな』

 

 これは……どういうことだ?

 

 

 

 

 

 

 調理場から食事スペースに戻る。

 

「な、おかしいだろ?」

「ええ……これは一体……」

 

 杉野が、何か考え始めた。

 四人も証人がいるんだ。俺以外に誰かが包丁を持ち出したことは間違いないはず。

 だとしたら、どうして調理場に戻したんだ……? 包丁を持ち出したが、俺と同じように思いとどまって、という事なのだろうか。

 

「そういえば」

 

 そんな中、古池が口を開く。

 

「どうした?」

「いや、事件と関係がないかもしれないけどな……もしかしたらってこともあるからな……」

 

 どうにも歯切れが悪い。

 

「とりあえず、教えていただけませんか? 情報は多いにこしたことありませんから」

「……実はな、見たんだよ。夜時間になる直前だったな」

「見たって、何を」

「新家だよ」

 

 新家を?

 

「宿泊棟の中に入ったら、明日川の個室の前で、新家と明日川が言い争ってたんだ。って言っても、明日川は個室の中にいたから姿は見てないんだけどな。けど、あそこは確実に明日川の部屋だったし、声もバッチリ聞こえてたから間違いない」

 

 言い争い……か。

 

「その内容は聞こえましたか?」

「……いや、『もう関わらないでくれ!』みたいな感じで、結局何についての口論かはわからなかった」

「そうですか……」

「他に見ている人は?」

「……確証はないけど、多分いないはずだ。個室も防音だから、個室の中にいた人には聞こえていないだろうしな」

 

 確かに、夜時間前と言えば俺はちょうど個室にいた。けれど、そんな口論なんか全く聞こえなかった。

 

「貴重な情報、ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちの方だ。捜査をしてくれて放蕩にありがとう。俺は、どうしても捜査する気になれないからな……命がかかってるのは分かるけど……それでも……」

 

 俯きながら、古池がそう言葉を漏らす。

 

「翡翠も、一応調べられそうなところは調べるつもりだけど……でも、頭は良くないし、それに倉庫はちょっと……」

『オレも所詮人形だしな。力にはなれそうにねえ』

「いえ、それで構わないと思いますよ。あれほどのショッキングな光景を見たのですから仕方ありません。……自分のできることを、自分のできる範囲ですればいいと思います」

「……そう言ってくれて、助かる」

 

 落ち込む二人(と一体)を、杉野が励ます。

 ……そして、その言葉は俺にも届いていた。

 

「さて、では他のところも探してみましょうか」

「他のところって……他に事件に関係がありそうなところがあるか?」

「それは分かりませんが、どちらにしても皆さんに一度はお話を伺っておきたいので……そうですね、皆さんのいそうな宿泊棟に行ってみましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《宿泊棟(ロビー)》

 

 露草たちを食事スペースに残して、俺達は宿泊棟にやってきた。

 玄関の扉を開けてロビーに進むと、そこにあるテーブルでは蒼神がペットボトルのミルクティーを飲んでいた。

 

「……捜査は順調ですか?」

 

 その蒼神が、話しかけてきた。

 杉野が答える。

 

「どうでしょうかね……情報は集まってますが、真相は、まだ……」

「そうですか……」

「蒼神の方はどうなんだ?」

「……わたくしも、同じような状況ですわ」

 

 神妙な顔で、蒼神が告げる。

 その顔からはいつものような凛々しさや覇気は感じられない。

 

「先ほど、事件現場である倉庫の捜査をしてきましたが……あまりにも、凄惨でした」

 

 蒼神が語りだす。

 

「……わたくしは、【超高校級の生徒会長】として、皆さんを率いなければならなかったのに……こうして、事件が起きてしまいました」

「蒼神さんが気を病むことはありませんよ。……蒼神さんが悪いわけではありませんから」

「………………」

 

 杉野の言っている通りなのだが、蒼神はそれを認めた様子はない。杉野も、これ以上言うのは酷だと感じたのか、話題を変えた。

 

「蒼神さんは、夜時間は城咲さん、東雲さんと一緒に過ごしていたのですよね?」

「ええ、まあ」

「そうですか……」

「……城咲さんに聞いたのですか?」

「はい」

 

 城咲の証言の裏が取れた。アナウンスの直後に三人は倉庫にやってきたから、もともとそのアリバイは事実だとは思っていたが。

 

「では、倉庫は僕達も調べましたので、それ以外で何かご存知ですか?」

「……いえ、残念ながら、何も。昨日は、新家君とは一度お会いしただけですし」

「会ったのか?」

「ええ。昼頃にこのロビーで。ああ、そういえば、その時に一つ彼にお願いをしましたわね」

「お願い……ですか?」

「はい。個室に置いてある小物が乱雑になったので、【超高校級の宮大工】である新家君に棚を制作してもらおうと思ったのです。派手な装飾が入るようにこちらから細かく注文を付けさせていただいたのですが、新家君は快く引き受けてくれました」

 

 ……そうだろうな。

 新家は、誰かの役に立つということに生きがいを感じていたようだったから。

 けれど、結局、その約束は……。

 

「今となっては……その棚を見ることは叶わなくなってしまいましたわ……」

「…………」

 

 ここでも、改めて新家が死んでしまったのだと再認識させられる。

 これが、この喪失感が、人が死ぬという事なのか。

 

「……そうだ。モノクマに聞いておきたいことがありましたわ」

 

 重い空気を変えるためか、蒼神がそう口を開いた。

 

「モノクマに?」

「ええ。そういうわけです、モノクマ。でてきてくれますか?」

「はいはーい!」

 

 蒼神の呼び出しに、モノクマがすぐさま現れる。

 

「で? 聞いておきたいことってなんなの? ボクのスリーサイズと年齢と体重以外なら大体答えてあげるよ」

 

 誰も知りたくないトップシークレットだ。

 

「……死体の発見を知らせるアナウンスの事ですわ」

 

 モノクマの軽口を気にも留めず、蒼神は質問を口にする。

 

「あのアナウンスについて、あなたは『死体を三人以上が発見したら流す』と説明いたしましたよね?」

「ん? そうそう」

「では、一つ尋ねますが……その『死体を発見した三人』の中に、クロは含まれるのですか?」

 

 意味深そうな蒼神の言葉。それに対するモノクマの答えは、

 

「そんなの言うわけないじゃーん!」

 

 というものだった。

 

「あのね、あのアナウンスはあくまで捜査や裁判を公平に行うための物なの! だから、ボクはもうアナウンスからクロは特定できないようにしたんだよ!」

「……そうでしたか」

「ま、厳密に言うとこうなるかな。『クロであっても、改めて死体を発見したら一人にカウントする』ってね」

「……」

 

 モノクマの返答を聞いて、蒼神は考え込んでいる。

 しかし、俺には今の質問の意図すらピンとこない。

 

「なあ、蒼神。今の質問ってどういう事なんだ?」

「……あわよくば、クロ特定のヒントになればいいと思ったのです。収穫はありませんでしたけれど」

 

 クロ特定のヒント?

 

「平並さん、こういう事ですよ」

 

 いまだに理解できていない俺に、杉野が説明をしてくれる。

 

「皆さんの話を総合すれば、誰がどの順番で死体を発見したかというのは発覚すると思います。その時、先ほどのモノクマの返答如何では、確実に犯人ではない人物が分かり、学級裁判は一歩前進する、というわけです」

 

 ……そうか。

 

 あのアナウンスは、俺が新家の死体を発見した直後に鳴った。

 根岸が第一発見者とすると、死体を発見した最初の三人は、順に根岸、七原、俺という事になる。もしも、アナウンスが流れるための最初の三人にクロが含まれないとなれば、この三人の無実が証明される形になる。

 実際は、根岸の前に死体の発見者がいた場合、など色々なパターンが考えられる。けれど、クロが誰なのかを特定するのに一役買う事は間違いないだろう。

 

 モノクマは、そうすることを避けたのか。確かに、そうなってしまうとアナウンスは『裁判を公平にするもの』ではなくなってしまう。

 

「……ねえ、もしかしてボクを呼んだのってそれだけ?」

「ええ。どうもありがとうございました」

 

 起伏の無い声で蒼神が礼を言う。

 

「失礼なヤツだなあもう……誰のおかげでここで暮らせてると思ってるの! 食料だって倉庫の備品だって、お前が今飲んでいるお茶だって、ボクがわざわざ補充してるんだからね!」

「それが面倒でしたら、わたくしたちを解放してくれませんか?」

「そういう問題じゃないでしょ! もう!」

 

 モノクマはプンスカと怒りを露わにしているが、その内容は相変わらず理不尽極まりない。

 

「まったく、ドリンクの予備はたくさんあるってのに、案外オマエラの好みって偏ってんだよね。ジュースが一番飲まれてて、ミネラルウォーターに誰一人手をつけないとか、子供か! あ、子供みたいなもんでしたね!」

「もう用は済んだので帰ってください」

「ムキー!」

 

 この程度のあしらいで騒ぐなんて、そっちの方が子供なんじゃないのか。と思ったが、言ったところでどうにかなるわけでもないので黙っていた。

 結局モノクマはまともに相手にしてもらえないことが分かると、諦めてどこかへと消えていった。

 

「さて、時間を無駄にしてしまいましたわね」

「……そうですね。捜査を再開しましょう」

「と言っても、どこを調べるんだ?」

「現状特に思いつきませんし、とりあえずは色々と話を伺ってみましょうか」

 

 話を伺うって、誰に? と俺が訊く前に杉野は廊下の先を指で示した。

 その先を追っていくと、そこでは七原が壁にもたれかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《宿泊棟(廊下)》

 

 蒼神も一緒に、七原のもとへと向かう。

 

「よう、七原」

「……あ」

 

 俺達に気づいた七原は、顔を上げて小さな声を出した。俺を説得した時のような、あの元気はない。

 

「何やってるんだ? こんなところで」

 

 捜査をしているようには見えない。蒼神のように気を休めているのだろうか?

 

「それが……大天さんが個室にこもっちゃったんだ」

 

 そう言って七原はすぐ傍の扉を指差す。

 確かに、そこには『オオゾラ』と書かれたプレートがかけられていた。

 

「さっき倉庫を離れた後、すぐに個室に走って行って……カギもかけちゃったけど、心配になってずっとここにいるんだ」

「……捜査が始まってから、ずっとか?」

「うん……だから私たちは捜査をしてないんだ。 私は【モノクマファイル】は一応見たけど……それだけだよ」

「そうか……」

 

 ……まあ、無理もないだろう。

 

「七原さん、何か怪しい人や物はみませんでしたか?」

 

 杉野がそう問いかけたが、七原はちらりと俺の方を見た後に、

 

「……ううん。何も見てないよ」

 

 と答えた。

 俺を説得したことは、話しても仕方がないと判断したのだろう。

 

「…………」

 

 そして、七原は黙り込んでしまった。

 彼女は一体何を考えているのだろうか。

 どう声をかけようかと悩んでいると、

 

 

 

『なんてことをしたのであるか!!!!』

 

 

 

 と、怒鳴り声が聞こえてきた。

 

「今の……遠城か?」

「ダストルームの方から聞こえてきましたわ……行ってみましょう。七原さんは、大天さんを待っていてください」

「……うん。わかった」

 

 俺達は、七原をその場に残してダストルームへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《ダストルーム》

 

「ちょっと、急に大きな声出さないでよ。耳が痛いじゃない」

「どうして、そんなふざけた態度を取れるのであるか……!」

 

 歩みを進めるにつれて声は大きくなっていった。

 開きっぱなしのドアから中に入ると、そこでは遠城と東雲が言い争っていた。

 

「二人とも、落ち着いてください!」

 

 蒼神が間に入って仲裁する。

 

「アタシは別に落ち着いてるけど」

「この……っ!」

「遠城さん!」

「……」

 

 遠城は完全に頭に血が上っている。

 

「何があったのですか?」

「……初日に、焼却炉のカードキーを東雲にあずけたであろう?」

「ああ、そうだったが」

「もしも事件が起きたときに簡単に証拠隠滅させないためだったであるが……東雲は、そのカードキーを焼却炉の前に放置していたのである!」

 

 放置……って!

 

「本当なのか、東雲!」

「ええ。ほら」

 

 そう言って東雲は床を指し示す。その先を追っていくと、確かにあの日東雲に預けたはずのカードキーが床に落ちていた。

 

「どうして!」

「だって、その方が面白いじゃない」

 

 ためらうことなく、東雲はそう告げた。

 

「事件の証拠隠滅を防ぐためにアタシはカードキーを預かってたわけだけど、もしも決定的な証拠を処分できずにクロがまるわかりだったら嫌じゃない。【動機】の事もあるし、誰かが事件を起こすなら今夜でしょ? だから、アタシは担当として焼却炉を稼働させた後にカードキーを放置したのよ」

「……な……」

 

 言葉にならない。

 自分たちの生死がかかっているのに、実際に新家が死んでいるというのに、どうしてここまで『面白さ』を追求できるのだろうか。

 

「まあ、とは言ってもクロだってアタシがカードキーを預かってることは知ってるわけだから、ダストルーム自体に来ない可能性もあったけどね。結果的にクロはこの焼却炉を使ったみたいだから、放置しておいて正解だったわね」

 

 ……ん? 今変な事言わなかったか?

 

「『正解』、ではないであろう!」

「お待ちください」

 

 遠城の叫びの直後、蒼神が待ったをかけた。

 

「東雲さん、どうしてクロが焼却炉に来たことが分かったのですか?」

 

 そう、それだ。東雲はずっと城咲の個室にいたはずだから、見張ることもできなかったはずなのに。

 

「カードキーの場所が変わっていたから、とかか?」

「いや、カードキーはほとんど変わってなかったわよ、平並。クロがごまかすためにわざわざそうしたんでしょうけどね」

 

 東雲は壁際のカードリーダーへと近づく。

 

「多分、頻繁に使ってたアタシくらいしか知らないでしょうけど、この焼却炉って履歴が残るのよ」

「履歴が?」

 

 そう言いながら、東雲はカードリーダーの側面にある小さなボタンを押した。

 すると、『システム』と同じように空中に画面が表示される。

 

 

 

=============================

 

 『Day1 18:07 18:09 18:15 18:19 21:41』

 『Day2 21:42』

 『Day3 21:41』

 『Day4 21:39』

 『Day5 00:37』

 

=============================

 

 

 

 

「この、『Day1』の18時台の四回は、ちゃんと稼働するか実験したやつね」

「ああ、確か、食事スペースの報告会が終わった後にそんなことしたな」

「でしょ? あの後も何回か他の人の前でやったのよ」

 

 そうだったのか。

 

「で、四日目までの21時40分くらいの履歴は、アタシが一日一回稼働したものね。そういう約束だったでしょ?」

「ええ、そうですが……」

「カードキーを預かっている、というのも約束だったはずである」

「それはそれよ」

 

 とはいえ、一応自分に託された仕事はしていたという事か。

 

「それで、問題なのは最後の一回よ」

 

 最後の一回……『Day5 00:37』か。

 

「これはアタシじゃないわ。となると、犯人が証拠隠滅に使ったと考えるのが自然よね。多分、焼却炉の中にでも隠して、アタシが焼却炉を稼働させたときにまとめて燃やさせようと考えてダストルームに来たんじゃないかしら。で、カードキーを見つけてそれを使って自分で処分したのよ」

 

 なるほど……その時間帯にわざわざ焼却炉を稼働する理由がある人物なんて、犯人しかいない。

 

「そうなると、何を処分したかが謎なのよね……もともと夜の間に燃やさなくてもよかったってことは、そこまで重要な物じゃないはずだけど」

「そもそもお主がカードキーを持っていれば悩む必要もなかったはずであるが」

 

 怒りを抑えつつ、それでもとげとげしく遠城は言う。

 

「……とにかく、このカードキーはわたくしが預かっておきますわね」

「それがいいでしょう。……すくなくとも、東雲さんには任せられません」

 

 杉野が、あきれた表情で告げる。

 

 

 

 

 

 

「……さて、これからどうしようか」

「そうですね……捜査時間ももう残りは多くないはずですし」

 

 杉野と二人でダストルームを出て、どこを調べようかと考えていると、

 

「…………」

 

 岩国が、新家の個室の中から出てきた。

 

「岩国じゃないか……どうしてそんなところから?」

「……それくらい自分で考えろ、凡人」

「そんな言い方……!」

 

 俺は言い返そうとしたが、岩国はそれを無視して廊下を歩いて行った。

 

「……ああ、なるほど」

 

 すると、俺の横で杉野が何かに気づいたようにつぶやいた。

 

「どうした?」

「いえ……岩国さんが新家君の個室にいたのは、間違いなく捜査のためでしょう」

「まあ、それはそうか。じゃあ、捜査のためだからって手あたり次第に調べてるってことか?」

「いや、何の根拠もなく新家君の個室に入ったという事は無いと思います」

「……どうして?」

「あなたも火ノ宮君と話していたようですし、新家君の『システム』がなくなっていたことはご存知ですよね?」

「ああ、まあ。犯人に刺された拍子に取れて転がったんだろ?」

「その可能性もありますが……もう一つの可能性があります。すなわち、犯人が犯行後に持ち去った可能性、です」

 

 犯行後に持ち去ったって……そうか。

 

「新家の個室に入るために、カギの『システム』を持ち去ったのか?」

「その可能性がある、というだけですが……とにかく、僕達も行ってみましょう」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《個室(アラヤ)》

 

 新家の個室のドアは簡単に開いた。

 さっき岩国が出てくるのを目撃しているから、当然ではあるが……。

 

「カギはかかっていないのか」

「現在は夜時間ですが捜査の為にと食事スペースは解放されていましたので、おそらくここのカギもモノクマが開錠したのではないでしょうか?」

「ああ、なるほど」

 

 そう反応した杉野の発言に俺が納得しかけると、

 

 

「それは違うよ!」

 

 

 という、薄気味悪い声が聞こえてきた。振り返ると、モノクマがそこに立っていた。

 

「捜査に必要だとボクを説得できない限りは、ボクは勝手にカギを開けたりしないよ。食事スペースは別だけどね」

「だったら、ここもか?」

「そう! カギは最初から開いてたんだよ」

「そうか」

 

 カギは開いていた?

 新家がカギをかけずに倉庫に向かうなんて考えにくい。じゃあ、本当に犯行後に犯人がこの部屋にやってきたのだろうか。

 

「わざわざ、ありがとうございます」

 

 杉野が話を適当に切り上げて部屋の中へと進んでいき、オレもその後についていく。

 

「ちぇっ、もっと施設長のボクの事を大事にしてくれてもいいんじゃないの!」

 

 背後でモノクマが何やら文句を言っているが、無視だ。

 

 

 

 

 

 

「さて、と……」

 

 申し訳ないと思いつつ、新家の個室を見渡す。個室の構造自体は俺のものと大して変わりがないが、置かれているものがかなり違う。

 

「これ、ほとんど大工関係か……」

「そのようですね」

 

 俺の個室で言う、マンガなどの私物が置いてあったスペースに、ノコギリやトンカチなどの大工道具が置いてある。

 そのほかにも、ここに来てから数日で作ったのであろう木組みの置物がいくつも並んでいる。見事な彫刻だ。

 

「才能のおかげもあるんだろうが、新家は手先が器用だったからな……」

「ええ……宮大工なら意匠を彫ることもあったでしょうし……」

 

 ここで、確かに新家は生きていたのだ。

 

 …………。

 

「……杉野、捜査をしよう」

「……そうですね」

 

 感傷に浸るのは、後だ。

 犯人が犯行後にここに来た可能性は高い。その痕跡を、見つけないと。

 

 そう思って、部屋を見渡すと、

 

「杉野、あれ」

「……これは」

 

 机の上に、誰かの『システム』が乗っている。けど、誰かのなんてわかりきっている。

 その『システム』を手に取り起動させると、予想通り【新家柱】の前が表示される。

 

「やっぱり、ここにあったんですね」

「ああ」

 

 犯人がここに来たのはこれで間違いない。となると、気になるのはその目的だ。

 何かおかしなものは無いだろうかと思い机の上に目をやる。

 

「……ん?」

「平並君、これ……」

 

 杉野も気づいたようだ。

 机の上に乗っているメモ帳……上の方から何枚かが使われているようで比較的きれいに破られているが、最後に使われた一枚だけ、乱暴に破られて少し紙が残っているのだ。かすかにペンの線もそれに残っている。

 

「何でまた……」

「新家君はどちらかというと几帳面だったはずですが」

 

 のっぴきならない事情があったのだろうか。

 続けて、机の引き出しを開けていく。文房具やクギなどの小さな大工道具類が入ってる中、一枚の紙が入っていた。

 

「設計図でしょうか?」

「……みたいだな」

 

 作ろうとしているのは……本棚か? 側面に薔薇の意匠を彫るように指示されている。

 

「……これ」

「ん?」

 

 設計図を見ていると、杉野が引き出しの中の何かを手に取った。

 ……俺の個室にもあった、凶器セットだ。

 

「未開封ですね」

「そうだな……まあ、誰かを殺そうとしなければ、開ける必要もないか」

 

 きっちりと封はなされている。

 

「他には……これはアメか」

 

 おそらく倉庫から持ってきたのだろう。アメの袋が4袋入っていた。

 

「新家君、甘いものが好きだったんでしょうね」

「……かもな」

 

 新家がアメを好んでるなんて知らなかった。

 言われてみれば、この数日でもまだ数えるほどしか新家と話していない。

 ……まだまだ、俺は新家のことを何も知らなかった。

 

「…………」

 

 言葉にならないこの感情を飲み込みながら引き出しを閉める。

 

「机の他にも、何かないか?」

「手分けして探してみましょう」

「ああ」

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「平並君、ちょっと来てください」

「何か見つけたのか?」

「ええ……」

 

 杉野が見下ろすのは、隅にあった黒いゴミ箱だ。

 

「これがどうしたんだ?」

「中身なんですが……アメの(から)やティッシュくらいしか入ってません」

「そんなもんじゃないか? 他に物があふれてるわけではないし」

「……では、使用済みのメモはどこに消えたのですか?」

「…………あ」

「もちろん、昨日までの間に焼却炉に捨てに行った可能性もあります。しかし、ごみ箱の周りだけ明らかに塵が多い……おそらく、一度ゴミ箱をひっくり返したのでしょう。塵の処理を忘れたのは、犯行後で慌てていたからではないでしょうか」

 

 ……な、なるほど。

 

「杉野、お前よくそんなことまで分かるな……」

「……たまたま、ですよ。犯人の行動や思考を想像するのです。もしもゴミ箱を漁ったのであれば、ひっくり返すのが普通ですよね」

「まあ、確かにな」

「……さて、そうだとすると、犯人はこのごみ箱からメモを持って行ったという事になりますが……」

 

 なぜメモを持って行ったんだ? 何の目的で?

 

 その後、新家の個室を捜査してみたが、

 

「……もう、特におかしなものはありませんね」

「そうだな……」

 

 結局のところ、犯人がここで行ったことはゴミ箱のメモを持っていくことだけしかわからなかった。

 ……何のために?

 

「さて、これからどうしましょうか」

「欲を言えばそれぞれの個室も見てみたいが……」

 

 と、その時。

 

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 

 

 もう何度目になるかもわからない、例のチャイムだ。

 どこからともなく、あの不愉快な声が鳴り響く。

 

『えー、捜査時間もだいぶ与えましたよね? もういいっすか? いいっすね? いいっすよ!』

 

 モノクマはそんな謎の三段活用を言い出した。

 

「時間のようですね」

「ああ」

 

『というわけで、始めちゃうよっ! お待ちかねの……【学級裁判】をっ!!』

 

 …………。

 

『それでは、オマエラ! 【宿泊エリア】の赤いシャッターの前にお集まりください! こんな時くらいシャキッと集まれよ!』

 

 ブツッ

 

 赤いシャッター……あそこか。

 どこにつながるかわからない二つのゲートのうち、まがまがしい雰囲気を持っている方だ。

 

「……杉野、行くぞ」

「ええ」

 

 そして、俺達は歩き出した。

 

 

 

 

 

 結局のところ、いくつも情報は集まったものの何も真相は分かっていない。

 新家を殺した犯人が誰かなんて、見当もつかない。

 【学級裁判】で俺達を待ち受ける絶望なんて、想像すらできない。

 

 けれど、行かなければ何も始まらない。

 

 覚悟を決めろ、俺。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《???ゲート前(赤)》

 

 俺と杉野がシャッター前に到着したとき、既に多くの人が到着していた。

 いないのは……大天と七原か。

 

「…………」

 

 その空気は重い。

 捜査をする前とは違って、殆どの人が新家の死体をしっかりと確認しているはずだ。改めて、実感したのだ。新家が死んだのだという事を。

 そして、話はそれにとどまらない。

 新家を殺した犯人は、俺達の中にいるのかもしれないのだ。それが何を意味するのか、分からない人はいないだろう。

 

 そんなことを考えていると。

 

「ほら、これがお前のと……杉野のだ」

 

 火ノ宮がそう言いながらメモ帳を渡してきた。

 これ……俺の物か?

 

「それ、お前ので間違いないよな?」

「ああ……しかし、なんでこんなものを?」

「必要だと思ったからだ。新家が持っていた呼び出し状はメモ帳の物だったから、新品のメモ帳を持っているヤツは犯人じゃねェってことになる。検死の後も時間がありそうだったからな。それぞれの部屋のカギをモノクマに開けてもらって、集めてきたんだ」

「勝手に俺達の部屋に入ったのか!?」

「仕方ねェだろ! ……もちろん良くねェことだってのは分かってる。だから、今謝っとく。すまなかった」

「いや、構わないが……」

「けど、誰がメモを使ったかが分かれば、それはモノクマが犯人だという事を示す大きな情報になる。現物があれば、その説得もしやすい」

 

 ……確かに、火ノ宮の言う通りだ。

 すると、杉野は何か言いたげに顔をしかめたが、すぐに顔を戻し、

 

「メモ帳を使っていなかった人は誰ですか?」

「ってより、使ってたヤツを言った方が早いな。オレ、平並、古池、遠城、東雲、城咲がメモを一枚でも使ってたヤツだ」

 

 それに加えて、新家も、一応メモ帳を使っていた。新家は被害者だから、考えなくてもいいが。

 すると、

 

「「……」」

 

 七原と大天がやってきた。

 

「じゃあ、アイツらにも渡してくるから」

「ああ」

 

 そう言い残して、火ノ宮は二人のもとへ駆け寄っていった。

 二人が来たことで、ここに15人が揃ったことになるが……見渡して、あることに気づいた。そういえば、捜査中に見なかった人物がいる。

 

「なあ」

「……どうしたんだい?」

 

 その人物、明日川に声をかけた。

 

「明日川は捜査時間中どこにいたんだ? たまたま入れ違いになって見てないだけかもしれないが」

「……殆どは、【自然エリア】にいたよ」

「【自然エリア】に?」

「ああ。ポイ捨ては規則で禁止されているとはいえ、禁止されない範囲でどこかに隠した可能性も否定できないからね。……とはいえ、成果はゼロだったけれど」

「じゃあ、倉庫にも行ってないのか?」

「……いや、行ったさ。捜査時間が終わる直前にだけどね」

 

 そう答えた明日川は、悲しそうな顔になる。

 

「新家君の物語が、あんな形で終わっていた。……どう見たって、本人の意図した形でのエンディングではないだろう」

「……」

「ボクはね、バッドエンドが大嫌いなんだ。もちろん、物語の結末は様々なものがあってしかるべきだとは思うけれどね。それでも、すべての物語はハッピーエンドで終わってほしいと願わずにはいられないんだ」

「そんなの、誰だってそうだろ」

「……そうだな」

 

 バッドエンドが好きな人間がいるのは知っている。それでも、人生という物語くらいはハッピーエンドでもいいんじゃないのか。

 あのモノクマでさえ、自分の信じたハッピーエンドを目指してるに違いない。それがどんなに狂った結末だとしても。

 

「だからせめて、今夜倉庫で繰り広げられた事件(物語)を……新家君の物語の結末を絶対に読み解いてみせる。この後の学級裁判で、それを彼のエピローグとして紡いでみせる。【超高校級の図書委員】の名に懸けて、ね」

「……そうか」

 

 俺がそう返事をしたのと同時に。

 

「いやー! やっと全員そろったね!」

 

 赤いシャッターの前に、どこからかモノクマが現れる。

 モノクマの言う全員の中に、新家は、いない。

 

「ま、大天サン達以外は優秀優秀! 二人も皆を見習ってよね!」

「「……」」

 

 二人は、じっと何の言葉も返さず、モノクマをじっと見つめている。

 

「何、シカト? まあいいよ。それじゃあ気を取り直して、オマエラ、【裁判場】に行くよ!」

 

 そんなモノクマの言葉の直後。

 ガラガラガラ……と音を立てて赤いシャッターが上がり、その奥に真っ白な四角い部屋が現れた。

 

「これが【裁判場】か?」

 

 スコットの声が聞こえる。

 

「違うよ! それはただのエレベータ-! ほらオマエラ、早くエレベーターに乗り込め!」

 

 ……エレベーターには、とても見えない。けれど、モノクマが言うんならそうなんだろう。これに乗って、【裁判場】とやらに向かうのだろうか。

 

 モノクマに乗り込めと言われても、誰も動こうとしない……と思っていたのだが、岩国が躊躇なくその真っ白な部屋へと入っていった。それにつられるように、俺達も、バラバラの歩みで次々と入っていく。

 そして、15人が乗り込むと、

 

「それじゃ! 15名様ごあんなーい!」

 

 ガラガラガラ……という音が再び聞こえて入り口がしまったかと思うと、直後エレベーターは下降を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 ゴウンゴウンという大仰な機械音が響き渡る。

 俺の胸中には、様々なものが渦巻いている。

 

 不安。

 疑心。

 悔恨。

 決意。

 絶望。

 

 きっとそれは、その種類こそ違えど他の14人だって同じはずだ。けれど、それを口にするものは誰一人としていない。

 15人の想いと沈黙を乗せたエレベーターは、地下へとどこまでも沈んでいく。

 

 

 

 

 まるで、底なし沼にでも捕らわれたかのように、深く、深く、深く…………。

 

 

 

 

 




捜査編ですが、それぞれの心情に触れる回でもあります。
それでは、Let's 学級裁判!

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