ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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(非)日常編⑥ 殺人計画進行中

 《個室(ヒラナミ)》

 

 ――――――殺人。

 

 それは、最大の禁忌にして、人間が人間であるために絶対にしてはいけない行為だ。その一線だけは、決して超えてはいけない。

 けれど、その先に希望があるのなら――――。

 

 頭では、わかっている。どんな理由があっても、殺人はしてはいけないのだと。殺人が正当化される理由なんて、本来は存在しない。

 しかし、これは仕方のないことなんだ。

 

 例えば、『殺人鬼が襲い掛かってきた』という状況ならどうだろうか? これなら、殺人鬼の凶器を奪って殺害しても、『正当防衛』が成立する。殺人の、正当化がなされるのだ。

 それと、同じことだ。

 他の何にも代えられない大事な家族のためなら、15人ぽっちの犠牲は仕方ない。どうせ、たった数日しか顔を合わせていない、赤の他人の連中なんだ。そんな連中、死んだってかまわない。

 だから、これは、仕方が、ない――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶望的な決意をした俺は、個室で【卒業】のための計画を練っていた。

 最終的に全員を殺すことになるとはいえ、誰か一人は俺自身がこの手で殺さなければならない。それが、【卒業】の絶対条件だ。さらに、その後には【学級裁判】も待ち構えている。

 ただ殺すだけじゃだめだ。俺が()ったとばれないように、綿密な計画を立てる必要がある。どんな殺し方なら、俺は【卒業】できるだろうか。

 

「なるべく確実に殺すためには……やるなら不意打ちでないとだめだな」

 

 まず、大前提がこれだ。

 俺は【超高校級の凡人】だ。運動的な才能を持つ生徒はいないとは言え、真っ向から挑んで殺せる自信はない。

 それを踏まえて次に考えるのは、殺害方法だ。

 

「すぐに思いつくのは、刺殺、撲殺、絞殺……こんなもんか」

 

 ナイフで後ろから一突きしたり、ハンマーで後頭部を殴れば、リスクは最小限に殺人をなせるだろう。ついた返り血は、犯行後にシャワーで洗い流してしまえば……あ。

 

「……このための断水か」

 

 初日に個室に置いてあった紙を思い出す。

 

 

――《また、夜時間の間は、宿泊棟は完全に断水となります。お手洗いやシャワーなどは夜時間になる前に済ましておくことをお勧めいたしますです。》

 

 

 きっと、簡単に証拠を消滅させないための措置だったのだ。モノクマは俺達にコロシアイをさせたがっているが、その先の【学級裁判】で何の証拠も出なければクロはやすやすと逃げおおせてしまう。それはモノクマの意図するところではないのかもしれない。

 

「なら、絞殺は?」

 

 悪くないかもしれない。絞殺なら、返り血は出ないから、証拠も残りにくい。……ただ、殺せるか? 油断しているところを狙えば可能かもしれないが、暴れられたりすると力に自信があるわけではない俺では反撃にあうかもしれない。殺せないことは無いかもしれないが、もっと確実な方法があるはずだ。

 

「…………」

 

 方法は一旦おいておくとして、殺害場所はどうしようか?

 この宿泊棟の個室は完全防音と例の紙には書いてあったので、個室が良いかもしれない。しかし、まさか自分の個室で殺すわけにもいかないだろう、これではクロがまるわかりだ。

 なら、殺す相手の個室ならどうだろうか? これなら、殺してすぐに立ち去れば問題は……いや、だめだ。どうやって個室に入る? 仮に入ったとして、それでは不意打ちはまず不可能だ。俺達は、不意打ちが可能なほど仲良くなってなんかいない。

 

 殺人計画は一つ候補が浮かぶたびに消えていき、一向に完成のめどは立たない。やはり、俺は凡人だ。殺人のための才能も、殺人に使える才能も持ち合わせていない。

 それでも、やるしかない。凡人の俺にだって、どうしても譲れないものがあるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い長い時間をかけて脳内でシミュレーションを繰り返し、どうにか殺人計画を作り上げた。

 

 

 ターゲットは根岸章。

 殺害場所は倉庫。

 方法は刺殺。

 凶器は厨房の包丁だ。

 

 

 他の皆が寝静まった真夜中、根岸を倉庫に呼び出して、倉庫に入ったところを背後からグサリと刺してしまうのだ。返り血は、倉庫にあったジャージの中でサイズが大きめのものを着て防ぐ。犯行後、使用したジャージは元の場所に戻しておけばいい。

 凶器は、凶器セットの物を使うことも考えたが、俺の凶器セットはまだ未開封のまま。もしも俺以外の全員も同じように未開封なら、凶器の出どころから犯行がばれる可能性がある。ついでに、倉庫にあった小型ナイフでは一撃で殺せないかもしれないと、いろいろと考慮した結果、厨房の包丁を使うことにした。夜時間になる前にこっそり持ち出しておくつもりだ。

 手や頭に防ぎきれなかった返り血がつくかもしれないが、夜時間の間に倉庫に人が来ることもないだろう。なら、死体が発見されるのは夜時間が終わってからのはずだ。7時になったらすぐにシャワーを浴びて、何食わぬ顔で朝食会へ向かえばいい。そして、誰かが倉庫で死体を発見したら、俺も皆と一緒に倉庫に向かうのだ。

 これなら、誰も俺が犯人(クロ)だとはわからないはずだ。残す証拠も多くはない。大丈夫だ。問題ない。

 

 肝心の殺す相手だが……これは、計画を立てる段階で決まった。倉庫に呼び出せる可能性が高いのが、根岸だったのだ。

 倉庫に呼び出す方法は、こういうメモをその相手の個室に入れることにした。

 

『倉庫にて、面白いものを発見した。モノクマへの対抗策となるため、気付かれないように深夜一時に倉庫に集合』

 

 この疑心暗鬼の状況下で、呼び出されたからと言ってそう簡単に真夜中に倉庫に来る人間はまずいない。それでも、このメモで呼び出せると思ったのは、根岸はそうせざるを得ないと思ったからだ。

 根岸は、誰よりも臆病者のクセに、好奇心を抑えることができない人間だ。だから、こういう風にあいまいな表現で脱出をにおわせれば、必ず倉庫にやってくるのだと考えた……多分、来るだろう。

 

 これが、俺の立てた殺人計画の全容だ。凡人なりに、無い知恵を絞って作り上げた。皆に、根岸に恨みなんかない。けれど、殺さなければならない。だって、仕方がないんだから。

 

「……」

 

 自分自身に問う。

 これで本当にいいのか?

 これが正しい選択肢なのか?

 これ以外に何か方法はないのか?

 

「…………うるさい」

 

 家族を見捨てろと言うのか。

 家族に会えない方が間違っている。

 あったらもうとっくの昔に脱出しているだろ。

 

「………………やってやる」

 

 覚悟は決まった。

 

 気づけば、時計は午後8時を差していた。窓から差し込む光はとうに消え、ドームは夜の暗さに包まれている。

 ……もう時間もない。すぐに行動に移ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《宿泊棟(ロビー)》

 

 できるだけ平静を装って個室を出る。何気ない顔で、ドアに鍵をかける。

 表情から気取られるのはダメだ。平常心平常心……。

 

「……凡人か」

「うおっ……よう、岩国」

 

 すると、突然ロビーにいた岩国に声をかけられた。

 ……大丈夫か? 怪しまれなかったか?

 

「何やってるんだ、こんなところで」

「別に……」

 

 適当に尋ねてみたが、返ってきたのはそっけない返事。……特に追及は無いようだ。

 なら、とっとと準備をしてしまおうと、宿泊棟を出ようとすると、

 

「待て、凡人」

 

 と声をかけられた。

 

「なんだ、岩国」

「お前は、あの【動機】を見てどう思った?」

「…………」

 

 なぜ岩国はこんなことを訊いてくるのだろう。岩国は、他人と関わろうとなんかしなかったじゃないか。

 

「どうって……そりゃ、怖いさ……」

 

 そして、俺はその質問に、

 

「まあ、俺の【動機】は家族だったんだが……どうせ偽物だろ」

 

 嘘で、

 

「あんな映像に踊らされて、殺人なんかしたら……だめだ」

 

 自分の心とは裏腹に、

 

「そんなこと、人間として、していいわけがない」

 

 そんなきれいごとで答えた。

 これから俺は、皆を殺すというのに。

 それを聞いた岩国は、俺を強く睨み、

 

「嘘だな」

 

 と呟いた。

 ビクリと俺の体が震えた……ような気がした。まさか、俺の計画がバレたというのか。この短時間で?

 ……ありえない。そんなはずはない。

 平静を装いながら言葉を返す。

 

「何言ってるんだ。嘘なんかじゃない」

「お前は、誰かを殺すつもりでいる。そうだろ?」

「……そんなわけないだろ。何の根拠があってそんなことを言うんだ」

 

 すると、岩国はにらみつけていた目線をふっと外し、黙り込んだ。なんなんだ、一体。

 根拠がないのなら……まだ俺が本当に人を殺そうと思っているとは気づいていない、という事なのか。

 

「…………」

 

 岩国は黙ったまま個室へ向かおうとした。それを今度は俺が引き止めた。

 

「ちょっと待て。そう言うお前はどうなんだ?」

「……別に、答える義務はないだろ」

「そりゃそうだが……お前、俺に答えさせたくせに、自分は黙るつもりか」

 

 自分は嘘をついているくせに、我ながら白々しい……。

 

「…………」

 

 そんな俺の言葉を聞いた岩国は、すこしバツの悪そうな顔になった。そして、そっぽを向いたまま語りだした。

 

「…………あの動画の正体なんて、俺にもわからない。本物かもしれないし、偽物かもしれないな。けど、どんな理由があろうと、殺人は悪だ。糾弾されるべき罪だ。正当化される理由などない」

「それはそうだな」

「ただ、他の連中はどう考えているだろうな。今こうしている間にも、【卒業】のための計画を案じているヤツがいるかもしれない」

 

 …………。

 

「特に、だ。俺は、お前を全く信用していない」

 

 なんだ、どうして岩国はこんなに俺に敵意を向けるんだ。岩国の気に障るようなことを何かしただろうか。

 

「信じたって、どうせ裏切られるだけだろ。……それでも、信じてくれとお前は言うのか?」

 

 岩国は、こちらを向いて俺の目を射抜くように見る。

 

「当たり前だろ。俺はお前を……皆を裏切らない」

 

 そして俺はまた、嘘をついた。

 

「……ふん、どうだかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《倉庫》

 

 岩国から逃げるように宿泊棟を後にして、倉庫にやってきた。目的は言うまでもなく、殺人の下見だ。

 どこに隠れるか、返り血を防ぐためのジャージはきちんとあるか、他に殺人に使えそうなものはないか、そういうことを確認しに来たのだが、倉庫の中には先客がいた。火ノ宮が、倉庫の中央に仁王立ちで立っていたのだ。

 

「何やってるんだ? こんなところで」

「あァ?」

 

 純粋な疑問を口にすると、火ノ宮は不機嫌そうにそんな声を返してきた。いや、火ノ宮はいつもこんな声だが……。

 

「何って、見張りにきまってんだろォが」

「見張り?」

「あァ。この倉庫、危険物も含めていろんなモンがあんだろ? だから、変な事を考えるヤツがいたらここに来るんじゃねェかって思ってな」

「ああ、なるほど……」

 

 火ノ宮の説明に納得していると、火ノ宮は俺をにらみつけた。どうしたんだ、と聞こうとしたが、その説明からすると……。

 

「で、てめーはなんで倉庫に来たんだァ?」

 

 やはり、疑われたみたいだ。

 

「別に変なことは考えてないさ。腹は減ったが夕食を作る元気がなくてな。缶詰を取りに来たんだ」

 

 そう言って、棚に手を伸ばしフルーツの缶詰を一つとってごまかす。

 

「ならいいけどよォ……」

 

 すると、火ノ宮はあっさりと俺を信用した。

 

「くれぐれも【卒業】しようだなんて考えるんじゃねェぞ」

「当たり前だろ。それとも、俺がそんな風に見えるのか?」

「…………そんな訳ねェだろ。悪かったな、疑ってよォ」

 

 どちらかと言うと俺を疑ったというよりは念を押した、といったような火ノ宮のさっきの発言だったが、それでも仲間に疑いの目を向けることの罪悪感を火ノ宮は感じているらしい。こんな状況下だというのに、つくづく真面目な奴だ。

 それにしても、そんなことを言われると、こっちまで罪悪感を感じてしまう。

 

「……いや、いいさ」

 

 だって、俺は本当に【卒業】を企んでいるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース/野外炊さん場》

 

 倉庫の見張りを続けるという火ノ宮と別れ、食事スペースにやってきた。中央のテーブルでは、城咲、古池、露草が夕食をとっている。

 

「よう、平島。お前も夕飯か」

「……」

『凡一、古池のそのボケにはもう触れない方が良いぜ。面倒だ』

「あ、ああ……」

「ボケとは失礼な」

「河彦ちゃん、翡翠は名前を間違える方が失礼だと思うな」

 

 露草の正論を無視するように、古池はご飯を口に運ぶ。三人ともおかずはハンバーグでメニューは皆同じだ。

 

「それ、三人で作ったのか?」

『いや。全部かなたが作ってくれたぜ』

「もしよろしければ、平並さんもいかがですか? まだ調理場の方に残っておりますので。……みなさん、今日は個室にこもりっきりだったようで、たくさん余ってるんです」

「悪いが、遠慮しておく。あまり食欲がないんだ」

「そうですか……」

 

 そう言って、城咲はしょぼんとしたそぶりを見せる。正直城咲の善意を無下にするのは心が痛いが、悠長に夕食を食べる元気と時間があるわけじゃない。

 

「ここには缶切りを取りに来たんだ。倉庫になかったからこっちにあると思ったんだが」

 

 そう言いながら、俺はさっき倉庫からとってきた缶詰を三人に見せる。

 

「ええ、流し台の近くの引き出しにありましたが……」

「ありがとう、城咲」

 

 適当なでまかせで調理場に向かう口実を作った俺は、そのまま調理場へと向かった。

 

 

 

 

 調理場や冷蔵庫には誰もいなかった。城咲は前に、調理場にさえいれば調理場の中のことは把握できるというようなことを言っていたが、その城咲は今食事スペースにいる。さすがにこの距離なら【超高校級のメイド】と言えど俺の動きには気づけないだろう。

 

 疑われないように実際に引き出しから缶切りを持ち出した後は、城咲たちの方をうかがいながらシンクの下の扉を開ける。そこにはきちんと五本の包丁が並んでいた。

 そのうちの一本をこっそりと取り出し、服の下に隠す。下手に会話してボロを出しても怖るので、城咲達に話しかけられる前にそのまま調理場を、そして食事スペースを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 その後は、誰とも会わずに個室に戻ってくることができた。城咲の言っていた通り、個室にこもっている人が大半なのだろう。

 

 ベッドに腰かけ、自分の手元を見る。

 今、俺の右手には包丁が握られている。……持ってきてしまった。引き返すなら今のうちだが……今更やめる気なんてさらさらない。

 

 だって、俺はここから出ないといけないんだから。

 

 

 一旦、包丁は机の引き出しにしまい、部屋に備え付けてあった机上のメモ帳を手に取る。未使用のそれの、一番上に、出来るだけ筆跡が出ないように角ばった文字で呼び出しの手紙を書き始めた。

 

 

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倉庫にて、面白いものを発見した。

モノクマへの対抗策となるため、気付かれないように深夜一時に倉庫に集合。

 

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「……よし、できた」

 

 これなら筆跡からの特定は難しいだろうし、問題ないだろう。

 呼び出し状をメモ帳から破り取って、個室を出た。

 

 

 

 

 

 『システム』の地図とネームプレートを目印に、根岸の個室を探す。

 

「ここか……」

 

 根岸が個室の中にいればベストだが、いなかったとしても個室に戻ってきたときに呼び出し状に気づけばそれで十分だ。

 周りに誰もいないことを確認して、ドアポストから呼び出し状を部屋の中に差し入れる。念のために一応ドアチャイムを鳴らしてから、俺はピンポンダッシュのように自分の個室へと逃げ込んだ。

 

 根岸が百パーセント倉庫に来る保証はない。けれど、もしも根岸が倉庫に来たなら、その時は……。

 

「…………」

 

 ……後は、夜時間を待つだけだ。

 

 

 

 

 

 もう、止まれない。

 殺人計画は始まった。

 ……仕方のない事なんだ。どうせ、人生でかかわるかどうかもわからなかった人たちだ。

 家族に会うためだったら、殺したってかまわないじゃないか。

 

「……大丈夫だ」

 

 自分に強く言い聞かせるように、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 個室の時計は、既に日付を変え0時30分を示そうとしている。

 夜10時を告げるモノクマのアナウンスが流れてから、俺はずっとベッドに腰かけて包丁を握りしめていた。

 俺はこれから、人を殺すんだ……。

 

「……」

 

 ……そろそろ倉庫に行って根岸が来るのを待っていた方が良いかもな。

 包丁を服の下に隠し、腰を上げた。

 

 音を立てないようにしてこっそりと個室のドアを開ける。どのみち個室は防音なのだから聞こえやしないだろうが、念のためだ。

 首だけ廊下に出して辺りを見渡すが、誰もいない。当然だ。そのためにこんな時間を選んだんだから。

 誰かに見つかる前に早く倉庫に行ってしまおう。そう思って、ドアにカギをかけてロビーの方へと歩みを進める。そして、今まさに玄関の扉に手をかけようかとした瞬間。

 

 

 

 カツン、カツン……。

 

 

 

 背後から、足音が聞こえた。

 反射的に振り返ると、

 

「どこに行くの? 平並君」

 

 廊下に七原が立っていた。

 ……まずい、見つかった。

 

「ちょっとリフレッシュにな。怖くて不安で、眠れなかったからな」

 

 ごまかせるだろうか?

 

「……ずっと個室にいたら息も詰まっちゃうからね。でも、こんな時間に?」

 

 七原は壁に掛けられた時計に目線を飛ばした。時計はちょうど0時半を差している。

 

「……眠れなかったんだよ。そっちこそどうしたんだ?」

「私は飲み物を取りに来たんだけど……ねえ、そのリフレッシュ、私もついて行っていい?」

「……ああ、別にいいが」

 

 本音を言えばついてこられるのは嫌だったが、まだ約束の時刻までは30分もある。適当に切り上げて宿泊棟に戻れば大丈夫だろう。その後でまた倉庫へ向かえばいいのだ。

 

「ねえ、どこに行くつもりだったの?」

「別に。ちょっと宿泊棟を出るだけのつもりだった」

「ふうん……ならさ、自然エリアの展望台に行ってみない?」

「展望台?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 《【自然エリア】展望台》

 

 七原に言われるまま、俺と七原は自然エリアへとやってきた。 自然エリアには中央広場に街灯が一本立っているため、展望台は真っ暗闇というわけではない。

 彼女曰く、宿泊エリアよりも自然エリアの方が星がよく見えるのだという。実際の夜空ではなくドームの天井がそういう設定になっているだけらしいのだが、自然エリアの方が人工物が少ないためそうしているのだろう。

 実際、森を抜けて展望台まで来ると、きれいな星空とその淡い光で埋め尽くされた空間を見ることができた。

 

「きれいだね」

「……ああ」

 

 ほんの少しだけ、気分が晴れたような、そんな気がする。

 ……しかし、俺の胸中にはまだ明らかな殺意があることもまた事実だ。殺さなきゃいけないんだ、俺は。

 そうじゃないと、俺は、家族に会うことができない。

 

「……ねえ、平並君」

 

 そんなことを考えていると、隣に立つ七原が話しかけてきた。

 

「どうした?」

「すごく、言いづらいんだけどさ……平並君、誰かを殺そうって考えてるよね?」

 

 ……っ!

 どうして、そんなことを訊いてくるんだ! ばれたのか? どこから? なぜ?

 落ち着け、まだごまかせるはずだ。

 

「……そんなわけないだろ。そんな……人を殺すなんて考えてないぞ」

「それ、嘘でしょ?」

「嘘じゃない!」

 

 

 

「それは違うよ! きっと!」

 

 

 

「っ!」

 

 七原は、俺の台詞を強い口調で否定する。

 

「だって、本当に怖くて不安なんだったら、リフレッシュのためでも()()は個室から出てこないよね。誰かが殺人を企んでて、自分が狙われるかもしれないんだから」

 

 ……確かに、七原の言う通りだ。恐怖におびえるなら、気分転換なんてやろうと思ってもできないはずだ。

 

「それに、誰かを殺そうとしてないなら、そんな顔してないよ」

 

 その七原の言葉にハッとなり、咄嗟に手を顔に当てる。……俺は今、そんな顔をしているのか。俺は、そんなに顔に出やすいのか。

 

「お前、それが分かってて俺をここに連れてきたのか?」

「……そうだよ。だって、そんな平並君を放ってなんて置けないから」

 

 七原は、少し表情を曇らせてそう答えた。

 

「怖いのは分かるよ。誰だって、あんな映像見せられたら、不安になるに決まってるし……」

「…………」

「でもさ、だからって、誰かを殺すなんてダメだよ。そんな方法で外に出たって、意味なんか――」

 

 

 

「うるさい!」

 

 

 

 七原の話を遮って叫んだ声が、展望台に、自然エリア中にこだまする。

 

「偉そうなことを言うなよ! そんなこと、言われなくてもわかってるんだよ!」

「……」

「人を殺しちゃダメなんて、分からない訳ないだろ!」

「だったら、どうして!」

「仕方ないじゃないか! 家族が危険にさらされているかもしれないんだぞ! それを黙って見逃せって言うのかよ!」

「……家族」

「ああそうだ! 俺の【動機】は家族だった! だから、外に出て、会いに行って無事かどうか確かめないと……!」

「……ねえ、平並君の家族はさ、平並君が人を殺してまで会いに来て喜ぶと思う?」

「知るかよ、そんなこと! 俺が会いたいって思ってるんだ!」

「……でも」

「うるさいうるさいうるさい! なんなんだよ、さっきから! 散々悩んださ! これで本当にいいのかって! ……でも、こうするしかないんだよ!」

 

 そう言って、俺は服の下に隠していた包丁を取り出した。

 

「それ……!」

「予定とは違うが……お前を殺したっていいんだぞ! こんな時間に自然エリアにいる人なんかいない。お前を呼び出したわけでもない! だったら、ここでお前を殺したって、犯人(クロ)が俺だってばれるはずもない!」

「お、落ち着いてよ、平並君!」

「包丁を見せた以上、もう、お前を殺すしかない……!」

 

 包丁を強く握り直し、七原に刃先を向ける。怯えた表情になり一歩後ろに下がった七原だったが、それでも、俺に語り続ける。

 

「平並君、本気なの?」

「もちろん本気だ。冗談で、こんな事できるわけないだろ」

「やめようよ、こんな事。苦しいのは、不安なのは皆一緒だよ。でも、皆頑張ってそれに立ち向かってるんだよ!」

「黙れよ!」

「っ!」

 

 そりゃそうだろ! 皆は、俺なんかとは違うんだから!

 

「俺は、お前達みたいに才能のある人間じゃないんだよ! 何をやっても人並みで、胸を張って誇れることなんかなんにもなくて! それでも! たった一つの支えだったのが家族なんだ! 家族は、俺の日常そのものだったんだ!」

 

 包丁を強く握りながらそう叫んだが、それでも七原は言い返す。

 

「じゃあ、平並君は今の、この日常が壊れたっていいって言うの!?」

「はっ?」

 

 七原の叫びに驚き、間抜けな声を出してしまった。七原は、その隙を見逃さずに、言葉をつづける。

 

「たった数日だったかもしれないけど、狂ったルールがあったかもしれないけど、不安でいっぱいだったかもしれないけど! このドームで過ごした時間だって、大事な日常なんじゃないの!?」

「……それは……」

「それでも、自分の手でその日常を壊すって言うの? クラスメイトになるはずだった、私達を全員殺して!」

 

 

 

 

――《「おう。さっきも言った通り、全員希望ヶ空に20期生としてスカウトされた【超高校級】の奴らだった。ここに来る経緯もおんなじだ」》

――《「もし僕達16人でここで暮らすことになっても、一週間程度は過ごせると思いますよ」》

――《「……岩国琴刃(イワクニコトハ)。【超高校級の弁論部】だ」》

――《「む、また一つアイデアを思い付いたぞ。メモを取らねば!」》

――《「分かってるわよ。死んじゃったらそこでおしまいだもの」》

 

 

 

 

 七原の言葉で、脳内にここ数日の思い出がよみがえる。この施設に閉じ込められた俺達16人は、本来なら同級生になるはずだった。

 

「ぐ……だからって、家族を諦めろって言うのかよ……!」

「そうじゃなくて……! まだ浅い絆かもしれないけど……カレーだって一緒に作ったよね!」

 

 

 

 

――《「わたくしは結構得意ですわよ? 料理が上手ければ学校内での人望にもつながりますから」》

――《「じゃあ、俺様の【超高校級のカレー職人】としての才能を発揮してやるぜ!」》

――《「出たごみはこの袋に入れるから翡翠に頂戴ね!」》

――《『これなら片手でできるからオレもしゃべれるな!』》

――《「美味しいね!」》

 

 

 

 

 杉野の発案で始まったカレー作りは、皆、楽しそうにしていた。それは俺だって例外じゃない。この狂った世界でも新しい日常を築けていた。あの瞬間は、間違いなく楽しかった。

 

「で……でも……!」

「それでも本当に殺せるの!? このドームで一緒に過ごした【仲間】たちを!」

 

 

 

 

――《「そ、それにしても……ど、どうしてこうなっちゃったんだろう!」》

――《「皆さん全員が朝食をよういするのは大変でしょうから、わたしが皆さんの朝食をおつくりすることにしたのです」》

――《「失礼な。私はれっきとした【運び屋】だよ!」》

――《「それに、オレは完璧主義者なんだ。こんな負けっぱなしで終われるわけないだろ」》

――《「で、結局、キミの想い人(パートナー)は誰なんだ?」》

――《「だって、ボク達は……仲間なんだろ?」》

 

 

 

 

 ……俺は、とても大切なことを忘れていたのかもしれない。俺達は共に絶望に抗う仲間なのだという事を。

 

「あ……ああ……」

 

 全身の力が抜けていく。

 

「平並君にとって家族がかけがえのない物なのは分かるよ。きっと、モノクマもだからこそそれを平並君の【動機】にしたんだと思う。……でも、人の命なんて、比べちゃいけないんだよ」

「……俺は……俺は……!」

 

 そして。

 

 

 カラン……。

 

 

 俺の手から包丁が滑り落ちた。

 

「うぅ……あぁ……!」

 

 ――俺は、間違っていた!

 自分の決断を悔やみうなだれる俺の頬を、何かの液体が伝っていく。それが何かなんて、考えるまでもない。涙だ。

 

「……良かった」

「ごめん……ごめん……!」

 

 うわごとのように口から言葉が漏れる。

 

「大丈夫だよ。……誰だって、間違えることはあるんだから」

「……うぅ……ぁぁ……!」

 

 もはや言葉にならない。

 展望台には、ただひたすらに俺の嗚咽が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから、十分ほどが経過した頃だろうか。自責の念に駆られて、夢中で涙を流し泣きわめいた俺は、ようやく心が落ち着き始めていた。

 

「平並君、もう大丈夫?」

「ああ……ごめん、ありがとう。本当に」

 

 これっぽっちの言葉では表しきれないほど、七原には助けられた。危うく、とんでもないことをしでかしてしまうところだった。

 

「いいよ、そんな。私たちは仲間なんだから。助け合うのが当然でしょ?」

「……【仲間】か」

 

 

――《「だって、ボク達は……仲間なんだろ?」》

 

 

 ……新家にも謝らないといけないな。俺は、あの時、新家の呼びかけに応えることができなかった。

 新家だけじゃない。直接殺そうとしてしまった根岸にも、学級裁判で出し抜いて殺そうとした皆にも、謝らなくちゃいけない。謝って済む問題じゃないが、それでも、だ。

 

「いつまでもここにいてもしょうがないからさ、もう宿泊棟に戻ろうよ。さすがに眠くなってきたし」

「……ああ」

 

 今日は、宿泊棟に戻ってもう寝よう。朝になったら、皆の前で、土下座でも何でもして、謝るんだ。それしか、俺にできることは無いんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《宿泊-自然ゲート》

 

 俺と七原は、自然エリアを後にして、宿泊エリアへとつながる廊下を歩いていた。途中で、自然エリアの中央広場にある時計が、1時少し前を示しているのが見えた。

 

「それにしても……七原、お前があの時ロビーに来てくれて、本当に助かったよ」

 

 あそこで七原に声をかけてもらわなかったら、おそらく俺は今頃……。

 

「そうだね。私が幸運でよかったよ」

「幸運……そうか、これが、お前の幸運か」

 

 確かに、あそこで七原が現れたのは、幸運以外の何物でもない。

 

「うん。隠すことでもないから言うけど、私、何かの決断はコイントスで決めることがあるんだよね」

「コイントス?」

 

 七原は、ポケットから一枚のコインを取り出す。カレー作りの時に見た、あのコインだ。

 

「小さいころからやってるんだ。前に、なんとなく決めた行動がいい結果になる、ってことは言ったよね?」

「……ああ、そういえば」

「でも、それだけじゃなくて、なんとなくで決められなかったときはこのコインで決めてるの」

「コインで、ねえ……」

「今日、あんな映像を見せられて、全然眠れなくて……喉が渇いたから、飲み物を取りに行こうと思ったの。でも、殺人を企んでる人と鉢合わせして、襲い掛かられたらどうしようって思っちゃって……そこで、コイントスをしたんだよ。飲み物を、取りに行くかどうかを決めるためにね」

 

 七原は、そう言いながらコインを手でもてあそんでいる。

 

「じゃあ、そのコイントスの結果が、飲み物を取りに行くってことだったのか」

「うん。ロビーで様子のおかしな平並君を見かけたときは驚いたけど……なんとなく、説得できそうな気がしたんだ。それで、説得したら平並君は思い直してくれたでしょ? だから、結果的にコインはいい方を選んだんだよ」

「そんなことが、あるのか……」

「あるよ。だって、私は幸運だから、ね?」

 

 七原は、そう言ってニコリとほほ笑んだ。

 

「……そうか」

 

 七原は、疑いようもなく【超高校級の幸運】だった。

 

「それより、平並君。訊きたいことがあるんだけど」

 

 そんな七原が、話題を変える。

 

「なんだ?」

「平並君は、本当は誰を殺すつもりだったの? 元々は別の誰かを殺そうとしてたんだよね?」

「あー……根岸だよ。手紙で1時に倉庫に呼び出したんだ」

 

 少し言いよどみながら、それでも本当のことを七原に伝える。

 

「そう、根岸君……」

「ああ。あの時の俺はどうかしていたよ……本気で、殺すつもりだったんだ」

 

 自分でも数え切れないほど自分の行動の是非を考えたというのに、結局七原に説得されるまでは、その愚かさに気づくことができなかった。【超高校級の凡人】だから、なんて言い訳は許されない。

 

「それに気付けたんだから、大丈夫だよ。凶器は、やっぱりその包丁?」

「ああ……色々考えたんだが、一突きで殺せるものって言ったら、これしか思いつかなかった」

「確かにそうかもね……じゃあ、包丁を持ち出したのは平並君だったんだね」

 

 ……ん?

 

「包丁が持ち出されたこと、知ってたのか?」

「知ってたっていうか……私、9時くらいに調理場に行ったんだ。その時に、包丁が無くなってることに気づいて……その時食事スペースにいた城咲さんたちにも聞いたから、間違いないよ」

「……そうだったのか」

 

 廊下を歩き切り、宿泊エリアへの扉が開く。

 すると、ちょうど倉庫の扉を開ける根岸の後ろ姿が見えた。どうやら、根岸は俺の呼び出し状を読んでちゃんと倉庫に来てくれたようだ。

 ……自分のしようとしていたことを思い出して、身震いする。きちんと、根岸に事情を全部説明して謝らないと。

 そう思って倉庫へ向かい始めた足は、次の七原の言葉で止まった。

 

 

 

「でもさ、どうして平並君は2本も包丁を持ち出したの?」

「………………は?」

 

 2本?

 

「ちょっと待て七原。それってどういう――」

 

 

 

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 悲鳴が、宿泊エリアに響き渡る。今の声は……!

 

「根岸の声だ!」

 

 急いで、倉庫へと向かう。入口の前につくと倉庫の中は明かりがついていて、中から腰を抜かした根岸が後ずさりではい出てくる。

 

「根岸! どうした!」

「っ! お、おまえたちも呼ばれたのか……!」

 

 呼ばれた、というのはきっと俺の出した呼び出し状の事だろう。あれを受け取ったのは根岸だけだが、とにかくそれはいい。

 

「そんなことより、今の叫び声はなんだ! 何があったんだ!」

「待って……ねえ、根岸君。その手に持ってるのは何なの……?」

「こ、これは……」

 

 七原に訊かれて、根岸はとっさに右手を背中に回して隠す。しかし、その手に持っていたものは、俺の目にはっきりと映っていた。

 

「お前それ……拳銃か……?」

 

 それは、あの凶器セットの中の一つである、拳銃だった。

 

「ち、違う……! ぼ、ぼくじゃない!」

「あっ、おい!」

 

 足をもつれさせながら、宿泊棟へと走り去る根岸。

 

「待ってくれ根岸!」

 

 とっさに根岸を追いかけようとしたが、瞬間、

 

「きゃあっ!」

 

 背後から、七原の叫び声が聞こえた。

 

「七原?」

「あ……あれ……!」

 

 七原は震えながら倉庫の中を指差していた。彼女の視線の先を追うように、倉庫の中を覗き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 倉庫の中は、鼻をつんざくような鉄の臭いが充満していた。床に散らばるのは無数のガラス片。それを覆いつくすように、真っ赤な液体が広がっている。

 

 いや、まさか、そんな。

 

 その液体の海に沈むように、何かが、違う、()()が倉庫の真ん中でうつぶせに横たわっていた。

 

 ああ、数時間前の俺は何を考えていたか。

 

 

 

――《他の何にも代えられない大事な家族のためなら、15人ぽっちの犠牲は仕方ない。どうせ、たった数日しか顔を合わせていない、赤の他人の連中なんだ。そんな連中、死んだってかまわない。》

 

 

 

 あの時の俺は、なんて愚かだったのか。人は死んだら、もうそれまでなのだ。死んでいい人間なんて、いやしないんだ。

 それがようやく分かったのに、どうして、ほら、俺の目の前で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずたずたに裂かれて深紅に染まったつなぎを着て、赤黒い液体の滴る安全ヘルメットが転がる傍で。

 

 

 

――――【超高校級の宮大工】新家柱が死んでいるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 

 

『死体が発見されました! 一定時間の捜査の後、学級裁判を行います!』

 

 

 

 

 

 この時になって、俺はようやく知ったのだった。

 

 どうにかつなぎとめたと思っていた俺達の新たな【日常】は、俺の知らないところで、とっくに崩れ去っていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

CHAPTER1:【あゝ絶望は凡人に微笑む】 (非)日常編 END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 最初の脱落者は【超高校級の宮大工】である新家君でした。
 さて、これからが本当の絶望です。

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