ダンガンロンパ ~超高校級の凡人とコロシアイ強化合宿~   作:相川葵

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(非)日常編⑤ 全ての道は絶望に通ず

 【4日目】

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 カレー作りから一夜明け、俺は今日もモノクマのアナウンスで目を覚ました。この監禁生活が終わったわけではないが、昨日で多少は気分が晴れた。

 しかし、もやもやとした気分が渦巻いているのも事実だ。原因は分かっている……昨日のモノクマの言葉だ。

 

 

 

――《「結局のところ、誰かが殺人を起こすかもしれないって考えてるのは、ボクじゃなくてオマエラの方じゃん」》

――《「ま、別にいいけどね。今日事件が起こらなかったのはボクの後押しが足りなかったってだけだし。まあ反省はしてるよ」》

――《「オマエラ、明日を楽しみにしてろよ!」》

 

 

 

 モノクマは、俺達に殺し合いをさせたがっている。直接手を出してくる可能性は低いだろうが、俺達が仲良くなるのを何もせずに指をくわえてみて眺めているわけでもあるまい。今日、間違いなくモノクマは何かを仕掛けてくるはずだ。

 とは言え。

 

「……考えても仕方ないか」

 

 今の俺にできることは、せいぜい警戒心を高めることだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《食事スペース》

 

 ここでの共同生活も4日目を迎え、朝食会では自然とグループが出来てきている。遅刻する人こそいないが、大概の女子と古池や遠城は8時の直前にやってくる。

 そんな中、比較的早めに食事スペースに来る明日川や俺、根岸は自然と同じテーブルに着くため、一緒に朝食をとるようになっていた。

 

「……な、なあ、明日川……」

「なんだい、根岸君?」

「つ、辛いことを訊くけど……ご、50年前のコロシアイの事って、ま、まだ思い出せないのか……?」

 

 明日川の顔色をうかがいながら、根岸はそんな質問を口にした。

 

「……ああ。全く思い出せない。どんな人物か参加していたかも、どんな顛末だったのかも、一切をだ」

「そ、そうか……」

「どうしたんだ? 急に。あんな前置きをしたってことは、どうしても気になったんだろ?」

「……も、もうここでの生活も4日目で……た、助けが来る気配なんかない……あ、蒼神は数か月かかるかもとか、い、言ってたけど……も、モノクマの言葉を覚えてるだろ……?」

「モノクマの言葉?」

「ほ、ほら……も、もう2年間も経ってるって話……」

「ああ……」

 

 あの言葉の真意は、依然として不明のままだ。

 

「だ、だったらさ、最悪、ここに拉致されてからもう2年経ってる可能性だってあるよな……?」

「それは……」

 

 否定できない。

 いや、正直かなり可能性の低い話だとは思うが……断言は避けるべきだ。

 

「だ、だったら……た、助けなんて待つだけ無駄なんじゃないかって……」

「なら、キミは【卒業】を目指す、と言うつもりかい?」

「そ、そんなわけないだろ!」

 

 明日川の言葉に、顔を真っ赤にして根岸は答えた。

 

「分かってるさ。これでも皆は信用しているつもりだよ」

「……と、とにかく、じ、自分たちで脱出するとか……も、モノクマを倒すとか、そ、そういうことをしなきゃいけないってことだろ…………だ、だから、50年前のコロシアイ生活のことが分かれば、な、何かヒントが見つかるかもって思ったんだ……」

 

 なるほど。

 50年前のコロシアイ生活……モノクマがそれを模倣しているのだとしたら、そこから見えてくるモノクマへの対抗策もあるかもしれない。

 

「それは間違いないはずだ。しかし、それを恐れてモノクマはボクの記憶を消したんだろう。だから、思い出すことはないと考えるべきだな」

「そ、そうか……ご、ごめん明日川」

「いや、いいさ。ボクだって、こんなコロシアイ生活(絶望的な物語)は早く終わりにしたいからね」

 

 そうだ。

 こんな生活は、早く終わらせなければならない。

 

 そうこうしているうちに、食事スペースに全員が揃った。皆、少なからず元気になったようで、和気藹々とした空気で朝食を終えた。岩国だけは露草に絡まれて鬱陶しそうにしていたが……。

 ともあれ、やはりあのカレー作りは開催して正解だった。モノクマの思惑は知らないが、これなら殺人なんて誰も――

 

 

 

 ぴんぽんぱんぽーん!

 

 

 

 ――え?

 

 俺の甘い思考を遮るかのように、ドームにあのチャイムが鳴り響いた。

 

「な、なんだ……!?」

「どうしたんでしょうか?」

 

 突然のチャイムに、根岸や城咲が声を漏らしたのをきっかけに場は騒然となる。こんな時間にチャイムが鳴る事なんてなかったはずだ。だとすれば……。

 

「うるせェ! 静かにしろォ!」

 

 火ノ宮の怒号でドームには静寂が訪れ、モニターにモノクマの姿が映る。

 

『ハイ! と言うわけで和気藹々(あいあい)の青春物語はここまで! 全員メインプラザに集合! 来なきゃその場でおしおきだから絶対来いよ! 絶対だからな!』

 

 言うだけ言って、映像は切れてしまった。

 

「……なるほど、そういうことですか」

「え?」

 

 杉野のつぶやきに、七原が反応する。

 

「モノクマが仕掛けてきたんですよ」

「いつまでたっても殺人を犯さない(ストーリーを進めない)ボク達に、業を煮やした、と言うわけだね?」

「ええ、おそらくは」

 

 明日川の言う通りだ。このタイミングで、全員を集める理由……それは、昨日モノクマの言っていた『後押し』に他ならない。

 

「とにかく、行くしかねェな」

「……行かなきゃ『おしおき』、だもんね」

 

 俯きながら、大天が小さな声を漏らす。……初日のあの無数の槍を、目の前に迫った死を思い出しているのだろう。

 

「……急ごう。ケチをつけられても面倒だ」

 

 そして、俺達はメインプラザへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《メインプラザ》

 

 メインプラザに集まって俺達16人を待ち構えていたのは、壇上で仁王立ちする白と黒の絶望の象徴――モノクマだった。

 

「うん、今回はまあまあのタイムだね。ま、全員揃ってるところで招集をかけたんだから当然なんだけどさ!」

「御託はどうだっていい! オレ達を呼び出した理由はなんだァ!」

 

 当然の如く、モノクマの戯言に火ノ宮が食ってかかる。

 

「まあ待ちなよ。本題の前にお説教があるからさ」

「お、お説教……?」

「そう、お説教だよ、根岸クン! もう何人かには話しちゃったんですけどね」

 

 そして、モノクマは昨日俺や城咲達に話したことと同じような事を言い出した。すなわち、なぜ殺人を犯さないのか、という事を。

 その結果、皆は口々に叫び出す。

 

「何を言われたって、殺人なんかするわけねェだろうがァ!」

『大体、人を殺すなんて現実味がなさすぎるっつうの!』

「みんなを……友達を殺すわけないよ!」

 

 火ノ宮が、黒峰が、七原が反論する。昨日のカレー作りのおかげもあるのか、モノクマへの反抗心を露わにする。

 

「はいはい、そういうありきたりの上っ面の台詞はもういいんだよ。充分やったでしょ? こっちはもう飽き飽きしてるんだよ!」

 

 それを、モノクマはいとも軽くあしらった。

 

「それより、これでようやく本題に入れるね」

 

 本題……それは間違いなく、昨日言っていた『後押し』の事だろう。

 

「さて、僕はね、正直オマエラのことを買いかぶっていました。オマエラも、ここまでお膳立てしてやれば、あとは自分で『成長』してくれると思っていたのです。しかし! オマエラは、ぬっるい友情を育みくっだらない話で無駄に時間をつぶし、挙句の果てには偽りの笑顔でカレー作りなんかに勤しむ始末! 一向に殺人を犯す気配なんてないではありませんか!」

 

 くるくると回りボディーランゲージを多用しながらモノクマは怒る。

 

「……それは、ボクの知っている『買いかぶる』と言う言葉とは真逆の意味のように取れるのだけど」

「うるさいな、これであってるの!」

「明日川、何言っても無駄だぞ」

 

 仰々しく咳払いをする真似をしてから、モノクマはさらに言葉をつづける。

 

「ボクは、あまりにもオマエラが腑抜けていることに失望したのです! そして、思いました……これは、施設長たるボクがどうにかしなければならないと!」

 

 その言葉の意味するところは、すなわち、

 

「ボクがオマエラの背中を後押ししてあげようと決意したのです!」

「よ、余計なお世話だ……」

 

 根岸の声に、全面的に賛成だ。他の皆もそうに違いないはずだ。

 

「ところでさ……ねえ、ミステリーに必要な物って、なんだと思う?」

 

 敵意を丸出しにする俺達に対し、モノクマは急に話を変えた。

 

「オイ! 話を逸らすんじゃねェ! とっとと本題を話しやがれ!」

「逸らしてなんかないよ! 人の話はきちんと最後まで聞け!」

「ぐっ!」

 

 ……モノクマなんかのいう事をまともにとらえる必要もないのだが、火ノ宮は何も反論できず黙り込んでしまった。おそらく、根が真面目な火ノ宮にとっては、どんな状況下であってでも、今のような正論は堪えるのだろう。……難儀な性格だな。

 

「ミステリーに必要な物……トリックでしょうか」

「他に定番な物を挙げるとすれば、閉鎖空間(クローズドサークル)や、ボク達のような遭難者(登場人物)だろうか。場合によっては見立て殺人のためのわらべ歌や伝承なども必要かもしれないが」

 

 話を進めるために杉野が答え、それを明日川が補足する。

 

「まあ、そんなところだね。そして、その多くを【少年少女ゼツボウの家】は満たしてるんだよ!」

 

 言われて思い返してみれば、確かにその通りだ。

 トリックを実行に移すための小道具は倉庫にたんまりと用意してあるし、16人の参加者に各人の個室まで用意してある。犯行に及ぼうと思えば、俺達がかつて過ごした日常よりもよっぽど簡単に事を起こせるのかもしれない。

 想定していた回答を得られて満足したのか、モノクマは尚も続ける。

 

「けれど、なぜか殺人は起こらない……その理由が何なのか、ボクは気づいてしまったのです。 ズバリ、あるものが足りていなかったからなのです!」

「あるもの?」

 

 誰かの声が聞こえる。

 

「そう!」

 

 

 

 

 

「それこそが、動機なのです!」

 

 

 

 

 

 動機……。

 

「オマエラみたいな未熟者は、単純に閉じ込めてるだけじゃ、『ここから出たい』って動機にはならなかったんだね。うんうん、ま、仕方ないよね。という事で! オマエラに【動機】を配ってあげます!」

「い、いらない!」

 

 大天が悲痛な声を上げるが、それでモノクマがやめるはずもない。

 

「そう言わずにさ、せっかくのボクからのプレゼントなんだから! 【動機】はオマエラの『システム』に転送しておいたから、各自目を通しておくように! ……どうしても見たくなきゃ見なくてもいいけど、その【動機】はボクのサービスでもあるんだよ」

「……どういうことだ」

「【動機】の中身はね、オマエラが今一番知りたい情報なんだ。あー、ボクってばこんな情報をプレゼントしちゃうなんてクマができてるなあ!」

 

 ふいに口をついて出た疑問に、モノクマはそう答えた。『今一番知りたい情報』……何のことだ? 心当たりが多すぎて、見当が付かない。

 

「とにかく、渡すものは渡したから後は頑張ってね! それじゃ、良いコロシアイ生活を!」

 

 そして、モノクマはいつものようにどこかへと消えてしまった。俺達のもとに、【動機】と困惑と不安を残して。

 左手の人差し指に鎮座している『システム』を見つめる。この中にある【動機】とは、果たして何なのだろうか。今、俺が一番知りたい情報って、なんだ?

 

「ね、ねえ……こ、これどうするんだ……?」

 

 戸惑いの中、根岸が誰に向けるでもなくそう尋ねた。

 

「どうするって言ったって……見ない方が良いに決まってるのである」

 

 俺も遠城の意見と同じだ。コロシアイを企むモノクマからのプレゼントだ。下手をすれば、これによって殺人が起こる可能性だって否定できない。

 けれど、

 

「それはどうでしょうか?」

 

 その意見は杉野によって否定された。

 

「ど、どういう意味だよ……」

「確かに、この【動機】と言うのは危険な代物でしょう。かなりの確率で……いや、間違いなく、【動機】にはモノクマの悪意が入ってるはずです。ですが、僕はこの【動機】を、今この場で確認すべきだと考えます」

「なんでだ!? 危ないんだろ!?」

「危ないからですよ、新家君。もしここで【動機】を見ないことを約束して解散したとしましょう。……では、どうやってその約束が守られているか確認するのですか?」

「それは……」

「誰かとすれ違うたびに『【動機】を見ましたか?』『いいえ、見てません』と会話をする気ですか? それが本当だと証明する術は? ありませんよね?」

「……」

「断言してもいいでしょう。この場で【動機】を見ないことを選択しても、誰かが【動機】を見たのではないか、見ていないのは自分だけではないのか、もうすでに誰かが殺人を計画しているんじゃないかと疑心暗鬼に陥るのは間違いないと思います。そして、結果的に自らも【動機】を見てしまう……」

 

 皆、神妙な顔で杉野の言葉を聞いている。

 

「だったら、初めからここで全員で【動機】を見るべきです。下手に疑心暗鬼に駆られたり一人で見てしまったりするよりも、よっぽど安全だと思いますよ」

 

 どうにか言い返せないかと反論を考えていた新家も、理路整然とした杉野の言葉に黙り込んでしまう。俺も、杉野への反論は思いつかない。

 そして、

 

「……アタシは賛成」

 

 まず、東雲が、

 

「私も賛成。……モノクマの言う事を信じるなら、【動機】の中に私たちが知りたい情報が入ってるんだよね?」

 

 次いで大天が同意する。

 

「モノクマの言葉なんて、信じていいかは分かりませんがね」

「そんなのわかってるよ! 私だってあんなやつの事なんか信用してない! ……でも……でもさ!」

 

 蒼神の指摘も、意味はない。モノクマの悪意の裏に隠された真意なんか、誰にも分かるはずはないんだから。

 

「……皆、見よう。今、皆がそろってるときに確認するのが一番いいはずだ」

 

 この俺の言葉に反論する声は、上がらなかった。

 

 『システム』を操作すると、メインメニューの一番下に【モノクマからのプレゼント】という欄が表示されていた。その項目を選択すると、さらに【動機】という欄が現れた。

 ……これか。

 

「では、皆さん一斉に確認する、という事でよろしいですね?」

「ああ……」

 

 杉野の声にスコットが返答する。見渡せば、あの岩国を含めた全員が【動機】を確認しようとしていた。

 ……覚悟を決めて、【動機】を選択した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【あなたの一番知りたいことはなんですか?】

 

 真っ黒の画面に、そんな文章が白い文字で表示された。そのまま待っていると、映像が流れだした。画面には、どこかの家の玄関が映っている。いや、この家、見覚えがある。……これは、俺の家だ。

 カメラが、玄関から家の中に入っていく。その向かう先には確かリビングがあったはずだ。ドアを開けてその中にいたのは……。

 

「……これは!」

 

 そこにいたのは、笑みを浮かべた壮年の男女だった。顔は見覚えがない……けれど、自分の家にいる二人の心当たりなんて、一つしかない。

 俺の、両親だ。

 それに、この二人が俺の家族だという妙な確信もある。きっと、モノクマの記憶消去も万全じゃなかったんだろう。

 

 映像は尚も進む。二人が、こちらに向かって語り掛けてきている。音は流れないが、下の方に字幕が出た。

 

――「希望ヶ空学園での生活はどうだ?」

――「元気にやってる?」

 

 曰く、そんなことを言っていた。

 ……やっと、やっと思い出せた。ここ数日間忘れていた家族の顔をようやく思い出せたんだ。父さんも、母さんも、笑っている。

 ――そう安堵したのも、一瞬だった。

 

 突如、画面は暗転し、映し出されたのは【二年後】の文字。

 そして、光の戻った画面に映っていたのは、ズタボロになった我が家のリビングだった。壁紙は破れ、窓ガラスは割れ、ソファーは傷だらけ、机は二つに折られ……およそ形のある物全てが破壊されつくしていた。

 画面の中に、さっきまで笑顔で俺にメッセージを送っていたあの二人の姿は、俺の大切な家族の姿はない。

 三度暗転し、またしても文章が表示される。

 

 【あなたの家族の安否は、卒業の後にお教えいたします!】

 

 そこで、映像は途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 な、なんだよこれ……。

 突然目に入ってきた衝撃的な映像に、思考は完全に停止する。俺の家族は……父さんは、母さんは……どうなった?

 それに、あの映像に移っていたのは二人だけ……そもそも、俺の弟はどこに行ったのだろう?

 

 気が付けば、皆も【動機】を見終わったらしい。

 

「いや……なんで、こんなこと……」

 

 七原が小声でつぶやき、

 

「やだ、やめて……またなの……!」

 

 大天がしゃがみ込み頭を抱え、

 

「ふざけんじゃねェぞ!」

 

 火ノ宮が怒号を上げ、

 

「……」

 

 岩国が憎々しい顔でにらみつけ、

 

「なるほど……これは……」

 

 杉野は思いつめた表情をしていた。他の皆も、それぞれの感情を露わにしており、場は混乱の極みにあった。

 

「……クソッ!」

 

 【動機】なんか、見るんじゃなかった。完全に、モノクマの罠だったんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 それから、時間がただ無為に経過していった。時間というのは偉大なもので、皆も興奮だけは押さえられたようだ。

 しかし、誰もが沈黙しながら俯いており、不安の色は顔に色濃く残っている。きっと、俺もそうなんだろう。

 皆が【動機】の映像を反芻し、それに仕組まれた不安と恐怖にさいなまれる中、一人の生徒が声を上げた。

 

「なあ……皆が見た【動機】って、どんなやつだった?」

 

 新家だ。

 

「……それは……」

 

 答えようとするが、どうしても口ごもってしまう。口に出したら、それが本物であると認めてしまうような気がして。

 

「……詳しくどんなものかは聞かないけど、多分、それぞれの大切な物の映像……そして、それが壊されたかもしれない……そういう映像だよな?」

 

 その新家の言葉に、俺は無言でうなずく。他の皆も同じような反応を見せている。もっとも、俺の場合は物ではなく人だったが、それはおそらくモノクマが生徒によって映像を変えているのだろう。それぞれが、一番大切にしているものの映像に。

 皆の反応を見て、俯きながら新家は語りだした。

 

「……ボクの【動機】は、ボクが建築に関わった、ボクの誇りである希望ツリーだった。はじめは空から撮影した希望ツリーの映像だったけど、すぐに、街が火ノ海になっている映像に切り替わった」

 

 その映像の意味するところは。【動機】の映像を見た俺達なら、それを容易に想像することができる。

 

「……映像はうまく希望ツリーが映らないようにされていたから、希望ツリーが燃えたかどうかはわからない。けど、あれを見て燃えていないなんて思う事なんて到底出来ない。……でも、それだけだ。希望ツリーが燃えていることも100%じゃない! 映像が合成やCG……偽物の可能性だってあるだろ?」

 

 そう言って、新家は顔を上げる。その表情は、明らかに怯えていた。

 

「そりゃあ、ボクにとって、希望ツリーはボクの命よりも大切な物だ。ボクの【宮大工】としての人生の結集でもある! でも、だからって殺人を犯していい理由になんかならない! そうだろ!?」

 

 新家の声が大きくなっていく。

 

「だって、ボク達は……仲間なんだろ?」

 

 ……『仲間』。

 

「だから……だから、こんな映像を見せられたからって、そんな顔すんなよ……! そんな、まるで【卒業】を考えてるような……そんな顔を!」

 

 新家の叫びが、メインプラザの中に、ドーム中に広がっていく。

 ……言われなくても、そんなことわかってる。俺の家族の映像があんな形で打ち切られたとはいえ、俺の家族がひどい目に遭っているとか……まして、死んでしまっているなんて、そんな確証はどこにもない。こんな【動機】に踊らされて殺人を犯すなんて、それこそモノクマの思う壺だ。

 しかし。

 誰もが新家のように割り切れるわけじゃない。

 

「で、でも……あ、あの映像が合成だなんて証拠もないよな……?」

 

 根岸が、弱々しい声を出す。

 

「も、もしも……あ、あの映像が本物だったら……!」

 

 それは、俺の考えていたこと……俺の恐怖そのものだった。

 

「そうだけど……だからって、殺人なんか!」

「も、もちろん……! だ、誰かを殺そうだなんて思ってない……! で、でも……!」

「でもじゃない!」

「……とりあえず、今はもう解散にしましょう」

 

 怯えた表情で口論する二人の間に、杉野が割って入った。

 

「……個室に戻って、各自頭を冷やしましょう。くれぐれも、めったなことは考えないように。いいですね?」

 

 その言葉を合図に、次々とメインプラザから人が消えていく。俺も、その流れに逆らうことなくメインプラザの出口へと歩きだす。

 

「あっ、おい!」

 

 背中越しに新家の声が聞こえる。……けれど、俺は、その声に返事をすることができなかった。

 いつしか歩くスピードは加速していき、俺は不安をかき消すように個室へと走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 《個室(ヒラナミ)》

 

 個室へと戻ってきた俺は、ベッドに寝転んで息を整える。そしてそのまま、脳内で【動機】の映像を反芻し始めた。

 

「…………」

 

 あの映像は本物なのか……もしかしたら、新家の言う通りこの映像は偽物なのだろうか。偽物だとしたら、これ以上頭を悩ませる必要はない。もう、あんな映像のことは忘れてしまえばいい。

 けれど、そうじゃなかったとしたら……。

 

「…………」

 

 左手を宙にかざし、『システム』を見つめる。

 映像が本物かどうかを確かめるには再び映像を見て吟味するのが良いのだろうが、あんな衝撃的な映像、二度と見たくない。俺の家が……あんな無残な状態になっているだなんて。 

 

 父さんは、母さんは、果たして無事なのだろうか。もしかして、あのリビングと一緒に……。

 ()()()()()が、俺の頭をよぎった。

 平次だって、どこに行ったか分からない。どうして初めの映像にすら姿が映っていなかったんだろうか。もしかすると、その時点ですでに……。

 

「なんなんだよ、クソッ……」

 

 握りこぶしでドスンとベッドを叩く。

 なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだ。俺は【超高校級の凡人】で、ずっと平凡な人生を歩んできて……それが、どうして、こんなことに……。

 

「俺が何したって言うんだよ……」

 

 ……その問いに答える声は、当然、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………もし。

 ……もしも。

 あくまでも、もしもの話だ。

 もしも、【卒業】を目指すとなると、まずは誰か1人を殺さなければならない。その上で、その後に開かれる【学級裁判】を勝ち抜き、皆を欺く必要がある。そして、最終的にはここにいる俺以外の15人全員を殺すことになるのだ。

 ……できるかどうかはひとまず置いておく。【やる】か【やらない】か、その二択が問題なのだ。

 身近な15人の命か、どこかにいる家族3人の安否か。

 

「…………」

 

 もしも仮に皆を殺してここから出たとして、それで家族の死を自分で確認してしまったら、俺はどうなってしまうのだろうか。

 そんな結末、あまりに絶望的すぎる。

 ……だからって、このまま家族に会いに行くのを、ここから脱出するのを諦めてしまうのか。

 

 ……この絶望的な二択には、答えがない。

 …………深い深い、暗い闇へと、意識が堕ちていく。

 

 …………。

 ……………………。

 ………………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………。

 ……………………。

 …………。

 

 一人っきりの個室で、何時間も時が流れていった。

 終わらない絶望的な思考の果てに、俺は一つの結論にたどり着いた。

 【やる】か【やらない】か……この二択は、身近にいる15人とどこかにいる家族3人――そんな選択肢じゃあなかった。

 たった4日間しか共に過ごしていない15人と、十数年の人生を共に歩んだ3人だ。

 

 ――そんな選択肢だったら、どっちを選ぶかなんて決まっているじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――殺さなきゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無意識に口から出ていたその声は、自分のものとは思えないほど、絶望的なまでに冷酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




動機の内容は一章の定番、【大切なもの】です。
今回のラストが書きたくてこの小説を書き始めたみたいなところがあります。

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