いつから彼女のことを四六時中想うようになったのか、時折考えることがある。
人が人を愛するには、それ相応の理由がある筈だと、疑問に感じたからだ。
果たしてそれは、劇的な出会いなのだろうか。
または情熱的な愛の告白か。
それとも破滅的な自身の状況がそうさせたのか。
だがいずれのそれも全て否だと彼女は結論づけていた。
出会いは平凡だった。いつのまにか、彼女は自分の認識の中にいた。
情熱的な告白などなかった。いつだって、不倶戴天のライバルとして立ちはだかられ、立ちはだかった。
破滅的な自身の状況なんて、あまりにも毎日のことで感覚が麻痺している。そんなことで、誰かに想いを寄せるなどありえない。
結局の所、世間一般の多分に漏れず、いつの間にかその人のことが好きになっていた、という実に詰まらない現実がそこにはあった。
でも彼女は失望しなかった。
むしろまだこんな真っ当な感覚が自身に残されているのか、と安心すらした。普通の少女のように誰かに秘めた思いを持つなど、それまでは想像すら出来なかったから。
だが、夢想を持てたのはそこまで。
そこから先、感情の発露という意味では、彼女は多大な遠回りを繰り返していくことになる。
圧倒的権力に塗れた立場故に。
些か回転が良すぎる頭脳故に。
よりによって、自身が一番打倒しなければならない陣営にその相手が所属していた故に。
端的に言って彼女は疲れてしまった。
疲れて、感情に対する希望を失った。
こんなにも苦しいのなら、こんなにも辛いのなら、もうこの感情すら利用してやろうと考えた。
自分と相手の破滅をもって、グロリアーナに最大の栄光をもたらしてやろうと考えた。
権力が役に立った。一見私怨に満ちているような作戦でも、部隊全体に押し通すことの出来る強権が役に立った。
頭脳が役に立った。敵の釣り方、挑発の仕方、包囲の仕方、殲滅の仕方、その全てがすらすらと思いついた。
相手が一番憎い陣営にいたからこそ、ここまで自分を追いつめることが出来た。愛情を裏返し、憎しみとした。自身に憎しみの深さを懇々と伝え、冷徹な作戦を築きあげる礎とした。
チェスの駒は全て整った。
あとは思い描いたとおりに盤面にそれらを踊らせ、相手のクイーン諸共全て殲滅してやるだけだった。
実際、あと一歩の所まで来ていた。
クイーンの足を封じ、キングを取るところまで来ていた。
そんな有利なチェス運びが覆されるなど、理由は立った一つしかない。盤面そのものが砕かれたときだ。
しかしそれは来てしまった。落雷という幸運によってクイーンとキングは生き延びた。
いや、幸運は幸運だが、彼女が勝つ方法はあった。クイーンなどほったらかしにして、キングに速攻を仕掛ければよかったのだ。
そうすれば落雷が発生する前に、キングを仕留めることが出来ていた。車両の一部をクイーンの牽制に当てていたから、運命の時に間に合わなかった。
自身の想いに決別するために、相手に完膚なまでに憎まれるように、敢えてクイーンに止めを指そうとしたのがいけなかった。
いや、もう回りくどい言葉はやめよう。
カリエに最後の最後で執着したことが、ダージリンの失態だった。
執着の演技を演技で終わらせられなかった。カリエを無視して、エリカを仕留めることが出来なかった。
その僅かの時間の差が、グロリアーナの手から勝利がこぼれ落ちる一因になってしまっていた。最後の最後で、ダージリンは勝ちきれなかった。
愛情も、憎しみも、どちらも突き詰められなかったから。
彼女は全てを失ってしまっていた。
01/
グロリアーナの天幕の雰囲気は決して明るくない。いや、寧ろ先ほどまでの状況を考えればこれ以上ないくらい消沈していた。その理由は、黙して語らない指揮官にある。
「…………」
いつものように紅茶を傾けることもなく、指揮官は静かに瞳を閉じていた。閉じて、身動き一つ零すことなくただ沈黙を保つ。
眼前に立つ隊員たちはさすがに困惑を隠せていなかった。
「――だめね、勝ち筋が消えてしまったわ」
やがて、沈黙が針のような痛みを持ち始めたとき、ようやっとダージリンが口を開いた。彼女の思わぬ言葉を受けて隊員たちがざわめく。
「装甲火力でこちらが劣っている以上、奇策を以て相対するしかなかった。けれども彼女たちとて王者黒森峰。二度の失策に嵌まるような愚者ではない」
ダージリンの告げる事実は限りなく正しいものだった。正面からぶつかっても勝ち目がない以上、彼女たちは相手の裏をかき続ける必要があったのだ。
けれどもその為に用意されていた策は天候という不運に打ち破られ、黒森峰に状況を立て直す余裕を与えてしまっている。
「ダージリン……」
脇に控えていたアッサムが思わず声を漏らす。彼女のすがりつくような瞳が、二の句を言い澱む唇が、グロリアーナの隊員たちの心境を代弁していた。
それはすなわち――、
ここで我々は終わりなのですか、と。
雨の降りしきる音が五月蠅いと感じるほど、天幕内は静寂に包まれていた。
誰もが自分たちの陥っている状況を理解し、悔しさを滲ませて、唇を噛んでいた。あと少し中断が遅ければ、彼女たちには王者を打ち砕いたという栄光があったのだ。
ほんの少しの差ですり抜けて行ってしまった未来がたまらなく憎らしい。
誰からともなく、嗚咽を漏らした。
ダージリンやアッサムの手前、露骨に泣く者はいなかったが、皆がそれぞれ、行き場のない感情を持て余していた。
王者は天まで味方に付けてしまうのか、と新たな絶望を覚えていた。
「……試合が再開された直後、全部隊で浸透戦術を仕掛けるわ。あちらの防御網の強固さは今更語るまでもないでしょうけれど、機動性を活かしてなんとかフラッグ車を目指すのよ。それが我々グロリアーナに残された最後の手段」
ダージリンが立ち上がった。立ち上がり、泣き腫らしている隊員たちを見回した。
彼女はもう一度瞳を閉じた。おそらく思い描いているのは、自身が隊長として引っ張ってきたこれまでの一年間だ。汚濁を精一杯飲み込み続けて来た、地獄の一年。
「皆さんには礼を言うわ。私のような未熟者を隊長として仰いで下さったことには感謝をしてもしきれない。そして此度の結果は全て私の責任よ。最後の最後に策を弄しきれなかった私の責任。だからこそあなたたちにけじめとして、宣言するわ」
すっとダージリンは息を吸った。そしてこれまでの一年に、いや、自身の戦車道人生に幕を下ろすべく口を開いた。
後悔ばかりの毎日だった。辛いこと、苦しいこと、悲しいことに塗れていた日々だった。けれどもその全てに蓋をするように、彼女は告げる。
「今日この試合をもって、私は戦車道の一切から手を引きます。ノーブルシスターズからも辞するわ。それが私に出来る最後の――」
カーン、と無線機が割れた。運営からの連絡が途切れないように、と一台だけ天幕に持ち込んでいた無線機が音を鳴らしていた。
作戦会議が漏洩しないようにと、マイクはオフにしてある。だが、スピーカーだけはそのままだった。
全体に聞こえるよう、大音量に設定していたスピーカーが吠えた。
『ダージリンさんに告ぐ! 試合再開直後に私は私の部隊を率いてあなたを貰い受けに行く! 絶対に逃がしはしない! 地の果てでも、地獄の向こう側でも、何処にいようとあなたの姿を見つけて、その青く気高い全てを奪いにいく! 全てを欲しているのがあなただけなんて、馬鹿な考えは捨てて下さい! あなたは私の全てを受け入れるとおっしゃってたんですよね!? なら、あなたが欲しいという私の欲望も受け入れて下さい! 私はあなたを信じています!』
誰もが呆気に取られた。何を馬鹿なことを言っているのだ、と言葉を失っていた。そもそも誰がオープンチャンネルを使っているのかも理解していなかった。
だが、ダージリンがその声を見失う筈がなかった。
あれだけ追い求め続けた愛しく憎らしい存在を、見失うわけがない。
「……カリエさん?」
ダージリンの困惑の声に答えるかのように、無線は続けた。
『こちらが引き連れていくのは私のパンター1! 遊撃部隊のパンター3、Ⅳ号2、Ⅲ号3! 計9両! それ以上でもそれ以下でもありません!』
誰もが硬直する中、アッサムとオレンジペコが弾かれたように動き出した。すぐにテーブルの上に紙を広げてカリエの告げた編成を書き込んでいく。そして、黒森峰に残された車両と見比べた。
「……機動性に優れた車両が全て逸見カリエの部隊に取り込まれています。フラッグ車の護衛にはティーガーⅠが1、パンター3、エレファントが1です。パンターを除けば重戦車クラスしか残されていません。しかもそのパンターも決して足まわりが優れているわけでもない」
アッサムの即興の分析に対して、誰かがいける、と呟いた。
たとえ装甲火力で劣っているとしても、機動力ではグロリアーナに分があった。
カリエが宣言したとおりに部隊を編成するのだとしたら、グロリアーナの機動性を持って、黒森峰のフラッグ車を含む主力に対して有利に立ち回ることも可能だったのだ。
しかも豪雨でぬかるんだ地面だ。足まわりに優れた中戦車を減らし、より鈍重になってしまった黒森峰主力にとって、それは最悪のフィールドコンディション。何処までもグロリアーナに追い風の状況だ。
「ですが黒森峰の罠だという可能性もあります。大会規約に反していない範囲でこちらに陽動を掛けているのかも……」
オレンジペコの冷静な呟きに、にわかに活気づきかけた隊員たちが意気消沈する。
自分たちへの追い風の大きさに対して盲目していたことに気がついたのだ。もしこれが黒森峰側のフェイクだった場合、グロリアーナの戦力が伏兵によって撃滅されることになる。
やはり王者には手が届かないのか、と誰もが思い始めたとき、流れを変えたのは他ならぬダージリンだった。
「――そう、決闘のつもりなのね、カリエさん」
決して周囲に響きわたるような声量ではなかったが、彼女の呟きは全員に届いていた。
「皆さん、安心しなさい。黒森峰は王者を自負する学校よ。フェイクで誘導するほど落ちぶれていないわ」
「な、なら本当にこの通りに編成を組み直すんですか?」
信じられない、とオレンジペコが動揺する。だとしたらそれはこちらに対する慢心を通り越した侮辱だと、怒りを露わにしていた。
だがダージリンはそんな疑問を一笑のもとに伏す。
「それでも勝つつもりなのよ。彼女たちは。――いえ、彼女は、かしらね。本当、あなたは何処までも私の心を掻き乱していくのね。不愉快で気持ちが良いわ」
火が、灯っていた。
隊員たちの動揺など、さも存在しないかのような野心を再び灯したダージリンがそこにいた。
彼女はアッサムとオレンジペコが囲んでいた地図に近づき、ペンを走らせていく。
「向こうがそのつもりなら、それを最大限に利用させてもらうわ。あちらのフラッグ車周りは鈍重な重戦車ばかり。それらに機動力で遙かに勝る車両で、黒森峰討伐隊を編成します」
隊長としてのダージリンが蘇っていた。一度は己の失脚を覚悟し、懺悔していた彼女が、再びグロリアーナの女王に返り咲いていた。
誰もそのことに異論を挟まない。むしろそれを願っていたと全員が目を輝かせる。彼女たちは、自分たちの気高く聡い女王を愛していた。
「ローズヒップ、あなたがクルセイダー6両を率いてティーガーⅡを討ちに行きなさい。あちらの装甲火力は恐るべきものがあるけれど、機動性では遙かにこちらが勝っている。なら、戦い方はご存じね」
「はい、ダージリン様、お任せ下さいませ! 必ずやグロリアーナに勝利をもたらして見せますわ!」
「結構。期待しているわ」
ここにきて初めてダージリンが微笑みを見せた。それまで堅く結ばれていた唇が緩んでいた。
「ルクリリはこちらのフラッグ車の護衛につきなさい。あなたの率いているマチルダの半数も同様よ。そして残された4両をクルセイダーの後詰めとして討伐隊に加えなさい。ただし同時に進軍しては駄目よ。黒森峰本隊が疲れを見せたタイミングで逐一投入し、あちらの足並みを乱すの」
女王の采配が生きていた。グロリアーナを栄光に導くための、彼女の頭脳がフル回転していた。
「フラッグ車の護衛車両の布陣はこうよ。カリエさんは知謀に優れた方だけれど、突破力では姉のエリカさんに一歩譲るわ。だからこそ、向こうの遊軍部隊の機動力に頼らざるを得ないところがある。そのため、単調な防衛網は放棄。少し複雑でもこのように待機して。車両間の連携が問われる場面だけれども、あなたたちだからこそ可能な陣形よ」
ダージリンの指示を受けて、隊員たちはそれぞれの車両ごとに集い、作戦の確認を始めた。
取り敢えず、今出来ることはやりきった、とダージリンはテーブルに備え付けられていた椅子に腰掛けた。そしてオレンジペコの姿を探すが――、
「はいどうぞ」
声を掛けるまでもなく、眼前に湯気の立ったカップが用意されていた。見ればにこにこと、喜びが隠しきれないといわんばかりにオレンジペコが微笑んでいる。
何がそんなに嬉しいのか、と問えばオレンジペコはこう答えた。
「だって、ダージリン様ったら本当に嬉しそうなんですもの」
まさか、と彼女は首を降って否定した。だがアッサムがその否定を上書きする。
「いえ、決闘を受けると決断したときから、見違えるほど生き生きとしていますよ。あなたは。やはり、黒森峰の副隊長に求められたのがそんなにも嬉しいですか?」
少しばかりからかうような声色。けれどもダージリンはよくわからない、と眉を潜めながら答えた。
「決闘を求められたことが嬉しい? 私ってそんなに好戦的に見えるのかしら? 確かに、こちらの手の中に、再び栄光を得るチャンスが転がり込んできたのは喜ばしいことなのでしょうけど……」
絶句したのはアッサムとオレンジペコの二人だった。互いに顔を見合わせて、「嘘でしょう」と声を漏らした。
意を決してダージリンの肩を掴んだのは、彼女の最古参の腹心であるアッサムだった。
「もしかして気づいていないのですか? あなた、自分が何に喜んでいるのか」
「いえ、何を怒っているの? アッサム……」
普段は見せない、腹心の呆れたような表情に、ダージリンが初めて狼狽える。さっきまでなら間違いなく鉄面皮を貫いて、無視すら決め込んでいただろうに、ダージリンのガードはかなり緩んでいた。
「確かに我々に勝利の可能性が見えたことは大変喜ばしいことです。ですが、あなたのその心は、重石を、楔をいつの間にか捨て去ったあなたの心は、逸見カリエの告白を無自覚に喜んでいるからでしょう!」
世界が沈黙した。
いつの間にか、作戦会議に熱中していたグロリアーナの隊員全ての視線がダージリンに注がれていた。彼女は真顔のまま、視線を二、三度、左右に泳がせた。
そして、一気に赤面した。
「な、何を言っているの! ここは冗談を言って良い場面ではない筈よ!」
耳まで真っ赤にしてダージリンは叫んだ。だが、それに負けず劣らずの声量でアッサムが返す。
「どう考えてもあれは告白じゃないですか!」
「嘘よ! 大体カリエさんが私のことを好いてる筈がないわ! あれだけ裏切り続けていたのよ! 彼女を利用し続けていたのよ! それを全部なかったことにするなんて、大馬鹿にもほどがあるわ!」
愛情があったことは否定しない。けれどもそれと同程度の憎しみも持っていたし、それをぶつけもした。此度の奇策など、まさしくそれの集大成だった。
そんなどろどろとした企みが黒森峰に露見した今、カリエが自身に好意を持つはずがない、とダージリンは主張する。
けれどもアッサムは悩まなかった。むしろなんで自分がこんな簡単なことを教えなければならないのだ、と盛大にため息を吐いて、ダージリンにこう告げた。
「そんな大馬鹿者だから、好きになったんでしょう」
言葉は返せなかった。
言い訳や、煙に巻く格言を模索したが、何も思い浮かばなかった。
真っ白な頭のまま、ダージリンが取った行動はたった一つ。
赤い顔をそのままに、小さく頷いてみせるだけだった。
02/
試合再開はそれから一時間後のことだった。
雨は小降りになり、雷は鳴りを潜めていた。
それぞれ指定されたポイントをスタート地点として、ほぼ新規の状態で試合が開始された。
いくら大会規約で定められていても、圧倒的にグロリアーナ有利の試合展開がリセットされたことに、観戦していた観客たちは不満を漏らした。
黒森峰に何かしらのハンデをつけるべきだ、という声も出ていた。
だがそんな不満の声も試合開始までのもの。
いざ試合が始まったその時、観客たちが目にしたのは、王者黒森峰と古強者グロリアーナのそれぞれの威信を懸けた決闘まがいの試合だった。
黒森峰は圧倒的不利になるとわかっていて、グロリアーナに遊軍部隊を差し向けた。
グロリアーナもそれを正々堂々受け止め、優雅な機動戦術を披露した。
誰もが試合中断の遺恨を忘れた。
優勝というたった一つの栄光に直向きな彼女たちに魅せられていた。
「高校戦車道史上最高の激闘」と後に呼ばれることになる、伝説の試合が幕を開けた。
03/
「6号車と10号車は左側面から出てくるマチルダを押さえて。7号車と19号車は右側面を警戒。私から離れないで」
泥濘をかき分けながら、パンターが疾走する。エンブレムは土に汚れ、履帯は茶色く染まっていた。けれどもその進みは軽快そのもので、グロリアーナの防衛網に食い込んでいく。
「タイムリミットは30分。これより、落伍する車両は残念ながらカバーできない。死ぬ気でついてきて欲しい」
カリエが下す命令は、自身に随伴する車両の援護を切り捨てるというもの。つまりグロリアーナの網に引っかかった車両はそこで脱落を意味している。
だがそのことに不平を漏らす者はいない。むしろ当然だ、と言わんばかりに静かな闘志を燃やしていた。
「グロリアーナも別ルートで、私たちのフラッグ車に別軍を差し向けている筈。このフィールドコンディションで護衛車両が戦える時間は限られている。厚い皮膚より速い脚。ただただ速度のみを重視」
カリエの告げたとおり、機動力で劣る黒森峰主力が、ぬかるんだ地面で快速のグロリアーナ車両を相手取ることのできる時間は有限だった。
履帯の不安、車重の不安、乗員の負担の不安、あらゆる面で、不利な戦いを強いられている。
「けれども、向こうも条件は似たようなもの。私たちがフラッグ車に一度取り付いてしまえば、あとは装甲火力の差で押しつぶすことが出来る。これは黒森峰とグロリアーナのそれぞれの長所をぶつけ合う、いわば決闘」
ふと、カリエの視線が、随伴するⅣ号戦車の車長とぶつかった。カリエよりも一つ学年が上の彼女は、口元を指さして、何かしらのジェスチャーを送ってきている。
カリエはそのジェスチャーの意味を一瞬で理解した。
もったいぶるのも、取り繕うのも、今はいい。
ふふっ、と笑みがこぼれた。張りつめていた緊張感が、適度なそれに変化していく。
カリエは再び咽頭マイクを握りしめた。
「目標、グロリアーナフラッグ、チャーチル。我々なら必ず討ち取ることの出来る敵。御託はいらない。大義もいらない。ただ、私が彼女のフラッグを求めているだけ。皆さんにはその我が儘につき合って貰うだけ。拒否権はありません」
返答は、思わずヘッドホンを耳から切り離してしまうくらいの歓声だった。
敬愛する副隊長がそれを欲するのなら、必ず奪い取って見せるという、覚悟の現れだった。
『Jawooooooohl!!(ヤボール!!)』
パンターがマチルダの砲弾を弾く。すさまじい衝撃が車体を襲うが、カリエは表情一つ変えなかった。
いや、それどころか瞬き一つしなかった。
そんな彼女の視線が見つめるのは只一つだけ。
グロリアーナの幾重にも重なった防衛網のその先。
誇りと、名誉によって彩られた王座に佇む、女王だけだった。
04/
『みほさん、クルセイダーです! 数は6! 2両ずつ、3つのチームで、それぞれ三方向からこちらに向かってきてきます!』
小梅の報告を受け、みほが地図を指でなぞる。
「こちらの防衛網はグロリアーナのそれとは違い、多重陣地ではありません。フラッグ車を後衛に隠すことは出来ませんが、乱戦を防ぐことが出来ます。斥候のパンター以外の全ての車両は、エリカさんのティーガーⅡを包囲。単純な鉄の盾となり、グロリアーナの突撃を阻止します」
命令を受けた全ての車両が、エリカのティーガーⅡを取り囲む。みほのティーガーⅠだけが、ドイツ戦車で形作られたサークルの周りをぐるぐると回った。
「これより本車両単独でクルセイダーの猛攻を防ぎます。斥候にでているパンターはいかなる状況でも戻ってきてはいけません。あなたたちは、これより後に進行してくるであろう、マチルダを警戒し、押しとどめて下さい」
みほの下した作戦は黒森峰にとって、これ以上ないとも言い切れるほどの背水の陣だった。
彼女たちはただ、グロリアーナの猛攻を堪え忍ぶだけ。
勝利条件はただ一つ、カリエがチャーチルを討ち取ることのみ。
そんな状況の黒森峰に比べて、グロリアーナの取ることの出来る作戦の幅は広い。
黒森峰の防衛網に猛攻を仕掛けることも出来れば、それを突破できないと判断し、即座に転進して、単独で突出しているカリエの部隊を包囲殲滅することもできる。速力で劣る黒森峰本隊は、目標を変更したクルセイダーを止めることが出来ないからだ。
クルセイダーが最初からカリエに殺到しないという状況も、黒森峰を結果的には追い込んでいる。最初からそちらに食いついてくれれば、いくら足の遅い黒森峰でも、クルセイダーたちに追いつき、殲滅することが可能だった。カリエを餌として、今度はグロリアーナを釣ることが出来たのだ。
けれどもダージリンはその決断をしなかった。敢えてカリエの突撃を受け止め、クルセイダーに黒森峰の息の根を止めさせる道を選んだ。
もしそれら全てが計算ずくだとしたら、どれだけ恐ろしい知能を有しているのだろうか、とみほは身震いする。
自分たちでこの道を選んだとは言え、何処までもグロリアーナ有利な状況だ。
「悪いわね、みほ。カリエの我が儘につき合わせて」
それぞれの車両の距離が近すぎるが故に、無線なしでも車長同士の会話が可能だった。
エリカも黒森峰の不利を悟っているのか、嘆息しながら謝罪の言葉を貰す。しかしながら後悔の色は微塵もない。
それはみほも同じだった。
「いいえ、これを打ち破れないチームなら、決勝に上がってくるであろうプラウダに勝つことなんか出来ません。それに、あの状況から試合がリセットされた以上、私たちの失態を振り払うにはこれがむしろ好都合なんです」
みほの台詞は黒森峰の栄誉に関するものだった。
敗北寸前だった戦況を落雷という、天候の幸運によって救われたという事実。
そこからグロリアーナを装甲火力で押しつぶして勝利しても、王者の名は汚れ、人々は黒森峰を侮蔑する。
黒森峰の隊員たちは言われなき誹謗中傷を受け、マスコミは面白可笑しく王者の無様な姿をあざ笑うだろう。
ならば、そんな失態を払拭するだけの劇的な勝利を手に入れれば良い。
自分たちの一度の負けを認め、その分のハンデを背負った勝負を自らグロリアーナに申しつけるのだ。
そしてグロリアーナはそれを受けるしかない。
何故なら彼女たちが勝利する道もそれしかないのだから。
エリカは此度の負け戦の必要性を懇々と説くみほに、「無理しなくていいのよ」と微笑んだ。
「あんたがそんな難しいことを、あの一瞬で思いつくわけないでしょう」
「ふえっ」
思わぬエリカの言葉に、みほは何とも言えない顔をする。エリカはそんなみほの様子に構うことなく続けた。
「ありがとう。カリエが正気を保ったまま立ち直れたのも、あんたがこの無謀な決闘劇を認めてくれたからよ。あんたはそんなことをあの子に悟らせないように、色々と言い訳を考えているみたいだけれど、私たちにそれはいらないわ」
真意を見抜かれていたことに、みほは狼狽する。だが、クルセイダーのエンジン音が聞こえたことで、すぐさま隊長としての表情を取り戻す。
「エリカさん、心苦しいでしょうが、あなたは援護に徹して下さい。必ず私たちが守ります」
「大丈夫よ。最悪あんたたちを置いて逃げる覚悟ぐらい固めているわ。カリエのため、一分、一秒でも稼ぎ抜いてやる」
稜線の向こう側から、砲弾が飛来する。
みほはエリカの前に立って、それらの砲弾を敢えて受け止めた。
誰も、そんな被弾如きで焦ることはない。
黒森峰女学園にとって、この夏、一番長い三十分間が始まろうとしていた。
05/
いつの間にか雨が止んでいた。
日が雲の合間から差し込み、大地を照らしている。
水が貯まった大地を疾走するのは、蛇のエンブレムを身につけたパンター。
彼の戦車は装甲の所どころを焦げ付かせながらも、前進を止めなかった。
すでに随伴車両は2両を残して落伍している。
車長たるカリエの耳には、本陣強襲の旨が届き、エリカを守っていたエレファントが撃破されたことを伝えていた。
時間はもうない。
一度綻びを生じた黒森峰の防御網はそう長くは持たない。
それでもカリエの思考は冷静だった。
不気味すぎるほど冴え渡っていた。
やや遠くに見えるチャーチルの陰をしっかりと見定め、左右から突撃してくるマチルダの気配を感じ取っていた。
「行かすかぁぁぁぁぁぁぁあぁあああ!!」
怒声を上げるマチルダの車長。
右側面を防備していたⅣ号戦車が、そんなマチルダの進行を身を挺して止めた。
マチルダの車長――ルクリリは「邪魔だ!」とⅣ号戦車の装甲を打ち抜き、もう1両のマチルダに突撃を指示する。
だがそれも、パンターの左側にいたⅢ号戦車がブロックしていた。カリエの前に、道が開ける。
その道にパンターが踏み込んだ。
太陽が映り込む水たまりを踏みしめ、ただ王座の頂を目指す。
だが、そんなパンターの眼前に、最後の車両が出現した。
ダージリンがグロリアーナにおける政治闘争の中でもぎ取って見せた、クロムウェル巡航戦車だ。
車長は本来ならばダージリンの元で砲手を勤めているアッサム。
カリエの前に立ちはだかる最後の壁は、ダージリンがグロリアーナで得たものの集大成だった。
しかも、動かなくなったⅣ号戦車を押しのけて、ルクリリのマチルダがパンターに追い縋る。
クロムウェルの砲身がパンターに狙いを定める。
カリエは挟まれた。
戦況を見守っていた観客は、試合の終わりが近いことを悟った。
二両の砲弾が、一斉に空を切り裂いた。
06/
逸見カリエに対する高校戦車道界の評価は高い。
綿密な情報戦を得意とする諜報員として、
黒森峰の重火力に命を吹き込む深淵鬼謀の策士として、
戦況を手玉に取り、相手を徹底的に追いつめるゲームメイカーとして。
けれども。
その個人の指揮力は、西住みほに及ばず、
単体での戦闘能力は逸見エリカに一歩譲る。
つまり、逸見カリエ自身の戦車乗りとしての資質は評価されていなかった。
もちろんある程度の技量は認められている。
高練度揃いの黒森峰において、レギュラーを張る程度の実力は認められている。
だがそれだけ。
その知謀とチームにおける重要性に比肩するほどの戦闘力はないとされていた。
だからこそ、プラウダに、グロリアーナに、黒森峰を打倒せんとする強かな強豪校たちにたびたび弱点として認識され、執拗に狙われた。
実際彼女が弱点だったことは否定できない。
カリエが狙われれば、エリカは本来の戦闘力を発揮することが出来ず、みほはそんな二人をカバーする指揮しか出来なくなっていた。
もちろん、カリエが足を引っ張っているというわけではない。平常時では彼女の分析力と情報収集力が猛威を振るい、黒森峰に公式戦無敗の栄光を一年間もたらしていた。
だが、弱点であることには変わりない。
ただ一つだけ、一つだけ訂正を加えるのだとしたら。
カリエの戦闘力というものは、戦況を常時把握し、みほに上奏し、エリカに伝達し、遊軍の指揮をし、小梅に護衛の可否を伝えるというオーバーワークの上に成り立っていたものだった。
全てのしがらみを捨て、一人の戦車乗りとして戦う場面など、その戦車道人生において数えるほどしかない。
ではその数えるほどの機会とはいつだったのか。
少なくとも、その一つに加えられる日はある。
いつか。
今日だ。
07/
ダージリンの目には、パンターが遂に動きを停止したように見えた。実際、パンターは歩みを止めていた。
当たり前だ。
前進ではなく、後退を始めたのだから。
そのまま進めば、クロムウェルとマチルダの射線の真っ直中にいた。そのまま進めば、どちらかの砲弾がパンターの装甲を穿っていた。
けれどもカリエのパンターはその射線を僅かに外していた。そして、被弾の是非も確かめないままに進軍を開始していた。
神業だった。
クロムウェルとマチルダの発砲タイミングを完璧に把握し、その砲弾の弾速を計算。その何れの軌道からもパンターを消したのだ。
わかっていて出来ることではない。
努力で出来ることではない。
運で出来ることではない。
圧倒的な戦車乗りとしての才能がなければ成し得ない、絶技。
クロムウェルの脇を、パンターが通り過ぎる。
装填のタイミングが僅かに間に合わない。
カリエはクロムウェルの装填時間から、横を通り抜けても安全なセイフティタイムを割り出していた。
チャーチルの砲手が発砲する。
一発目。
右に進路を取られ空振り。
二発目。
急停車により、パンターの僅か前方に着弾。
三発目。
次は急加速に対応できず、後ろを穿った。
オレンジペコが滝のような汗を流し、神速の装填技を見せる。次々に放たれる砲弾の成果を確認することなく、黙々とそれを叩き込む。
四発目。
遂に履帯を吹き飛ばした。だがダージリンに不運が訪れる。
砲弾によって吹き飛ばしたのは彼女たちから見て左の履帯。
なのに、ペリスコープの向こう側のパンターは両方の履帯を失い、慣性だけでこちらに突っ込んできていた。
ダージリンは思い出す。
パンターの左の履帯は一回破損していた。いくら修繕したとはいえ、戦場での応急処置。何か強い衝撃があれば、再び切れることもあり得る。
それが今になってきた。
片側の履帯が吹き飛んだとき、示し合わせたようにもう片側も切れた。
そのどちらかが残されていれば、パンターはスピンし、王座にたどり着かなかったのに。
もしも、とダージリンは紅茶を口付ける。
これからの未来、カリエに討たれるようなことがあれば、自分はどうなってしまうのだろうかと。
グロリアーナの女王の立場から失脚するのだろうか。
オレンジペコやアッサムに愛想を尽かされるのだろうか。
敗北の隊長として、屈辱を味わうのだろうか。
いや、と首を降る。
既に眼前までパンターが迫っていた。キューポラから身を乗り出したカリエと目が合ったような気がした。
たぶん、きっと。
この光景を目にしたままに訪れる敗北は彼女にとって、余りにも甘美な終わりであり、絶望の一切ない安楽死のようなものだった。
チャーチルとパンターが衝突する。互いの砲身が、それぞれの装甲に接触する。
激しく揺れる車内であっても、オレンジペコはしっかりと車床を踏みしめ、砲弾を叩き込み、砲尾を閉じた。
チャーチルの発砲準備が、本来ならばあり得ない速度で完了していた。
砲手が引き金を引いた。
結末が、訪れた。
ダージリンは思う。
この先にある未来は、グロリアーナの女王としての自分の死であり。
この先にある未来は、そんな死をくれた、誰かさんの為に捧げるべきものであるということを。
微笑みがこぼれる。でも紅茶は零さない。
「……おやりになるわね」
黒森峰女学園 対 聖グロリアーナ女学院。
試合最後の砲声が世界に響きわたった。
08/
ローズヒップはこの瞬間を一生忘れないだろうな、と思った。
クルセイダーの砲身がティーガーⅡを捉えている。落伍したエレファントの隙をついて最接近し、その剣を王虎の喉元に突き付けていた。
他のクルセイダーを駆逐していたみほがこちらに振り返っているが、援護に間に合うことはない。
ローズヒップがひとたび発砲を命じていれば、栄光が聖グロリアーナの手の中に転がり込んでいた。
けれども、
「……駄目です。引き金が引けません」
ボロボロと大粒の涙を零しながら、砲手が報告する。
彼女の言葉の意味するところはたった一つだけ。
「ダージリン様……」
自分を信じて送り出してくれた女王に、彼女は振り返る。
幾つもの稜線を超えた遙か向こうの先、きっとその青く気高い全ては誰かに奪い取られているのだろう。
不意に滲んだ視界をどうすることも出来ずに、ローズヒップは天を仰いだ。
「ご期待に、添えませんでしたわ」
呟きは、『黒森峰女学園の勝利!!』というアナウンスに掻き消されていった。
09/
視界も定まらぬ豪雨だったことが嘘のように、綺麗な夕焼けが世界を包み込んでいた。
戦車回収車がせわしなくフィールドを行き来し、自走不可に陥っている車両を拾い上げている。
その中の一つに、カリエのパンターがあった。
彼女の車両は、グロリアーナの陣地のど真ん中で夕日を受けて輝いている。
「……まずはおめでとう。よくあの状況からここに届いたわね。あなた本来の実力を見誤った私の負けよ」
そんなパンターの天蓋に腰掛ける人影が二つ。
紅茶のカップを携えたカリエとダージリンだった。
静かに肩を並べながら、パンターの回収車が来るのを待っている。
「いいえ、あの時は火事場の馬鹿力みたいなものですから。私の実力なんて、ダージリンさんの足下にも及びませんよ」
首を横に振るカリエに対して、ダージリンはこんな言葉をご存じかしら、と微笑んだ。
「才能を信じなければ、本当の努力はできない。でも、過信してしまったら努力はできない」
「えと、それは」
「あなたはあなたの才能を信じていたからここまで、いえ、ここに辿り着いたのよ。そしてその才能の大きさを常に見極め、努力してきたからこそ、届いた」
それはダージリンなりの最大級の賛辞。そして、カリエの全てを過小評価し続けてきた自分に対する戒め。
もうあなたを侮ることはないわ、と彼女はカリエの方へ体重を預けた。
カリエは照れ顔を見せながらも、それを逃げることなく受け止めた。
「だってこれから私はあなたと手を取り合っていくのだもの。そんな今生の人を侮る訳なんてないでしょう。もしもあなたが自分の才能を信じられなければ、それを信じ支えようとしている私を信じて下さらないかしら」
カリエの返答はなかった。
けれども、ウロウロと行き場を無くしていた腕でダージリンの肩を抱き寄せていた。
ダージリンはそれだけで満足だった。
『ダージリン、そろそろ黒森峰の回収車がそちらに到着します。何かしら理由を付けて延長させましょうか?』
二人の背後に置かれていた無線機から、アッサムの何処か楽しげな声が響く。
びくりと肩を振るわせた二人で、それに振り返った。
若干顔を顰めながら、ダージリンが無線機を手に取る。
「それには及ばないわ。いらない気遣いは結構。速やかに黒森峰の皆さんをこちらに案内して」
そして、こほん、と咳払いを一つ。
カリエはそんな顔もするんですね、と笑った。
意地悪な人、とダージリンは頬を膨らませた。
「ねえ、カリエさん」
黒森峰側の車両のエンジン音が聞こえる中、二人の別れ際にダージリンが口を開いた。
カリエは「何でしょう?」と首を傾げている。
「……本当に私で良かったのかしら。私があなたの全てを受け入れるという言葉は嘘偽りのない真実よ。でもその真実を上塗りして、あなたを突き放そうとしたのもまた私。きっと、あなたは苦労すると思うわ」
いいえ、とカリエは否定した。
「苦労するのはあなたですよ。ダージリン。未だに男なのか、女なのか決めきれない気持ちの悪い存在、とっとと見捨てた方が良いと思います」
それこそあり得ないわ、とダージリン。
「そんなあなたが真っ直ぐ前を向いて進み続ける姿に魅せられたからこそ、あなたが欲しいと思ったのよ。隣に立ち、いつも同じ月を見ていたいと感じたから、あなたを求めた」
夕日の逢瀬の終わりが近づく。
日が暮れ始めて、紅い世界に藍が射し始めた。
ようやく回収車が到着した。
エリカやみほが乗った黒森峰の回収車両がパンターに横付けをした。
「……ありがとうございます。本当に、あなたで良かった」
カリエがパンターの天蓋から足を進める。黒森峰の仲間達が待つ場所へと歩みを進める。
そんな姿を見送るダージリンは、ふと何かを思いついたかのようにこう言った。
「あら、同じ月を見たいと言ったのにここで終わりなのかしら?」
太陽はまだ地平線の上。
天上の月は昇っていない。
その光景を確認したカリエは困ったように笑った。
「ダージリンさんて結構意地わる――」
ですよね、とは告げなかった。
何故ならカリエの唇は、ダージリンのそれにしっかり塞がれていたから。
回収車のエリカが何かを叫んだ。みほは自分の視界を手のひらで隠そうとしているが、指の間からバッチリと二人の姿を目に焼き付けていた。
数秒たって、ぷはっ、と息が出来るようになる。
夕日の数倍顔を紅くしたカリエが、「なななな、なにを」と狼狽えていた。
ダージリンはエリカの耳にも届くよう、こう宣言する。
「あら、私の全てを貰ってくれるのでしょう? なら、あなたが欲しいという私も貰ってくれなければ契約違反だわ」
そして再び唇を重ねた。
二回目は、僅か一秒ばかりの短いキス。
けれども次に二人の顔が離れたときには、ダージリンの表情は憑きものが落ちたかのような、晴れやかなものに変わっていた。
カリエは「敵わないな」と笑顔を見せていた。
副隊長の重圧も、黒森峰のプレッシャーも忘れた、彼女本来の笑みだった。
次回、大洗VSプラウダです。
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