風鳴翼、ガンプラを作る   作:いぶりがっこ

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第八話「SAKIMORI、またバイクを壊す」

 第十四回ガンプラバトル世界選手権、初日――

 

 静岡の会場では、盛夏の陽炎をも吹き飛ばすような熱気に滾っていた。

 華やかな開幕セレモニーを終え、名だたる選手たちの入場に、各国からの応援団が一斉に沸く。

 初日は所詮、第一ピリオド。

 決勝トーナメント本戦に向けてのポイント稼ぎに過ぎず、試合自体も、何ら波乱らしい波乱も見受けられなかったのであるが、この日を一年待った生粋のガノタたちには関係ない。

 夢のような時間は熱狂の内に過ぎ去り、日が傾き、初日の種目が終わりを迎える。

 けれど、戦いはこれで終わりではない。

 むしろ一部のファンにとって、本当の宴はこれからと言っても良いだろう。

 

『ガンプラフェス・スーパーライヴ -1st Night-』

 

 大会に合わせ近隣の特設会場で開かている、毎年恒例のステージであるが、今年のゲストはいつにも増して振るっていた。

 

 ――日本が誇る現代の歌女、風鳴翼。

 ――世界一の歌姫にして、文字通りの救世主、マリア・カデンツァヴナ・イヴ。

 

 推しも推されぬ現在のトップアーティスト二名であるが、今宵の彼女たちの仕事は歌では無い。

 あの三代目メイジン・カワグチプロデュースの許、ガンプラバトルに挑むと言うのである。

 何と言う豪壮な金の使い方である事か。

 

 無論、初日の観戦で目の肥えたガンプラファンたちの事。

 別段、彼女たちの『ガチ』を望んでいる訳では無い。

 緊張感漲る本戦の合間の、一夜限りのオアシス。

 華やかなる乙女たちが、慣れぬ舞台に戸惑い、おどけ、そう言った和気あいあいとした交流の一時を観に来ているのだ。

 とみに近年、バラエティーに進出した風鳴翼は、普段のクールビューティーな姿からは想像も着かぬ、浮世離れした古風な天然キャラでお茶の間を沸かせている。

 今日もまた各社の中継カメラは、彼女のあられも無い姿を収めんと、意地悪くもその瞬間を狙っていた。

 

 一方、微妙な緊張感を露わとしていたのは、彼女たちの本来の追っかけグループである。

 一般に、ツヴァイウィングの解散以来、風鳴翼の歌は変わったと言われる。

 紡ぎだされる言魂の一つ一つに身を切るような切実さが溢れ、クールなメロディラインの節々に、命を燃やす歌女の炎が見え隠れする。

 今では幾分角が落ち、その旋律に柔らかさが戻って来たものの、表現力は却って深みを増し、かつての国民的演歌歌手・織田光子の鬼気迫る演技に匹敵する、とまで評する識者もいる。

 

 加え、今日のイベントには、あのマリアが来ている。

 各国のステージで幾度と無く顔を合わせている二人であるが、その実態は「共演」では無く「競演」である。

 マイク・スタンドを剣に見立て、二人は互いの歌で干戈を交えているのだ。

 その緊張感が、世界最高峰とも謳われるライヴ・シーンを形作っているのである。

 

 好敵手たる歌女二人が、轡を並べ、ガンプラバトルと言う未知の戦場にやって来た。

 単なる交流会、と、そんな阿諛で済むのであろうか?

 今宵のステージには、何かとんでもない魔物が潜んでいる。

 ガンプラバトルが素人では為す術も無い泰山の世界と知りつつも、詰めかけたファンたちは、奇妙な予感を隠しきれずにいた……。

 

 

 特設ステージ前に観衆の長蛇の列が出来始めたその頃。

 今宵の出演者たちが集う楽屋裏でもまた、もう一つの戦いが始まろうとしていた。

 

「ガンプラバトルの世界にようこそ、風鳴翼。

 今日の舞台に貴方たちのような素晴らしいアーティストを迎えられた事、誠に幸運に思う」

 

「こちらこそ、このようなステージにお招きいただき、心より感謝いたします。

 メイジン・カワグチと客席の皆さまの期待に応えられるよう、全力を尽くします」

 

 タキシード姿のシャープなグラサンと、スタイリッシュなブルーのドレスの乙女がにこやかに握手を交わし合う。

 三代目メイジン・カワグチと風鳴翼。

 本来ならばガンプラと音楽の歴史的邂逅として、記者たちのフラッシュの下でこそ披露されるべき光景であろう。

 が、この時ばかりは、常よりもいささか勝手が違った。

 

「…………」

「…………」

 

 長い、握手が。

 十秒か、三十秒か、あるいはそれ以上か。

 サングラスの下の研ぎ澄まされたファイターの瞳と、刃紋のように澄明な防人の瞳が真っ直ぐに交錯する。

 触れれば切れんばかりの研ぎ澄まされた緊張感が、室内に溢れ始めた。

 その時――、

 

「……ふっ」「ふふ」

 

 にやり、と、どちらからともなく手が離れ、潮が引いたように室内の空気が緩んだ。

 ニュータイプである。

 ガンプラと歌。

 共に生きる戦場は違えど、苛烈な闘争の最前線を生きる戦友同士のシンパシーであった。

 

(この距離でも全身を刺し貫くように溢れるプレッシャー。

 三代目メイジン・カワグチ、噂以上の男のようね)

 

 背後の壁に体を預け、両腕を組んだマリアがじっ、と二人の姿を見つめる。

 

(日中、過酷なガンプラバトル本戦の緊張感に曝されてきた筈なのに、

 あのふてぶてしいまでに逞しい姿はどうだ?

 これがバトル人口六十億の頂点の貫録と言うものなのか……?)

 

 壁際のマリアから放たれる、男の器を推し量るかのような熱視線。

 そんな中、重苦しい空気にふうっと頬杖をついて、傍らの艶やかな髪の女が顔を上げた。

 

「張り切るのも結構だけれども、気合い入れ過ぎて大コケしないでよ。

 こっちはブランク明けなんだから、大したフォローはしてあげらんないわよ」

 

「ご忠告、痛み入ります、ミホシさん。

 現役ハリウッド女優の舞台廻し、後学のために参考にさせていただきます」

 

「……ったく、ホントに古風ねえ翼ちゃんは。

 テレビで見たイメージまんまだわ」

 

(そして、こっちは現役ハリウッド女優のミホシ、か……。

 一切の気負いの感じられない、飄々と人を喰ったような姿はまさしく、芸能界の酸いも甘いも知り尽くした女の余裕ね。

 もっとも、その鞘当を無難にやり過ごす翼の落ち着きも流石だな)

 

 共演者たちの仕草を見つめるマリアの瞳が、なお一層の険しさを増す。

 そんな乙女の胸中を知ってか知らずか、ふわり、と甘い空気が仄かに広がる。

 

「今回のイベントの進行役を務めます、カミキ・ミライです。

 本日は宜しくお願いいたします」

 

(そして、この娘ッ、この娘よッ!?

 これだけの錚々たる顔ぶれを前にして、この自然体はどう言う事なの!

 現役女子高生モデルだとッ!?

 先の天羽奏と言い、この翼と言い、日本の女子高生はどうなっているんだ!?)

 

 レースクィーン風の衣装に身を包んだ花のような乙女が、たおやかに一礼する。

 無言で見つめるマリアの胸中に、いよいよ本格的な嵐が吹き荒れ始める。

 

「さて、それでは本番を前に、もう一度イベントの流れを確認しておこう」

 

 そんな、内心ビビリ出したマリア姉さんを置き去りにして、メイジンがテーブルに会場の見取り図を広げる。

 

「今回のイベント、メインは言うまでも無く、マリアさん、翼さんの両名だ。

 厳正な抽選で選ばれたファンたちとの交流戦の前に、

 まず二人には、二十四機のドムを相手に模擬戦を演じてもらう」

 

「二十四機のドム!?

 何だか、えらく数が多い上に妙に限定的なような……」

 

「ふふ、一人頭、十二機と言うワケだ。

 ドムのAIは、初め強く当たって後は流れでこちらが調整しよう。

 お二人は何も気を遣わずに、のびのびとプレイして頂きたい」

 

「成程。

 で、その後はファンの皆さまとのバトル・ロイヤルと……」

 

 ちらりと、翼が上目遣いにミホシを見上げる。

 ベテラン女優がひらひらと右手を振って、にこやかな笑みを後輩に向ける。

 

「私はまあ、サプライズゲスト兼ヘルプって所ね。

 状況を見ておいおい混ざらせてもらうから、

 こっちの事は気にせず、好き勝手にやっててちょうだいな」

 

「そうですか。

 ならばお言葉に甘えさせていただきます」

 

「……ええっと、その、マリアさんは何かありますか?」

 

 壁際でむっつりと押し黙ったままのマリアに対し、やや躊躇いがちにミライが問いかける。

 とくん、と一つ胸が震え、たちまち乙女の顔立ちに『偽りの英雄』マリア・カデンツァヴナ・イヴの仮面が顕れる。

 

「……そうね、八百長に付き合うのもやぶさかでは無いのだけれど、

 別に全部倒してしまっても構わないのでしょう?」

 

 ざわり、と室温が僅かに上昇する。

 たちまち見つめるミホシのジト目に、不機嫌の三文字が宿る。

 

「あら、言うわねアイドル大統領。

 ガンプラバトルの戦場は、普段のステージと同じようにはいかないわよ」

 

「そんなのは他人に言われるまでも無い事よ。

 世界最大規模の競技の祭典に集まった、当代一流の観衆たち、容易い戦で済む筈も無い。

 その上で最高のパフォーマンスが出来るよう、万全の準備を積んできたと言っているのよ。

 風鳴翼、貴方だってそうでしょう?」

 

「マリア、ああ、確かにそれはそうなのだが……」

 

 防人の言葉が、珍しくも歯切れ悪く途切れる。

 風鳴翼はフォワード、マリア・カデンツァヴナ・イヴもフォワード。

 こう言った事態において、かつてのツヴァイウィングのような活達さが足りない。

 

「……このような闘志は楽屋ではなく、オーディエンスに向けて放たれるべきだな」

 

 見取り図を畳み、おもむろにメイジンが立ち上がる。

 

「少し早いが、舞台裏の方に移るとしようか?

 観客達もお待ちかねだ」

 

 メイジンの鶴の一声に、互いに頷きあって立ち上がる。

 思惑はそれぞれに違えども、目指す場所は皆一つであった。

 

 

(いつもながら、マリアは凄いな。

 自らを極限まで追い込む事で、最高のパフォーマンスを引き出そうとするその姿勢。

 同じプロとして私も見習わねばな)

 

(普段は矢面に立って戦うのが信条の私だが……。

 ふふ、なるほど、プロデュースと言うのも存外に面白い!

 強烈なカラーばかりを集めた今宵のステージが、果たして吉と出るか? 凶とでるか?)

 

(……ったく、とんだ厄介事を引き受けちゃったもんね。

 世間知らずの剣ちゃんに、出たトコ勝負の大統領か。

 メイジンが今さら私を招集したワケが、よーっやく、分かったわ。

 長い夜になりそうね、こりゃ)

 

(ううん、流石にこれだけの顔ぶれが集まると、控え室の緊張感も凄いわ。

 ステージの進行役として、私も気合いを入れていかないと)

 

 

(か、帰りたい……! 

 セレナ、マム、どうか私に、もっと強い心を頂戴……)

 

 

 ――思惑はそれぞれに違えども、目指す場所は皆一つであった。 

 

 

 

『会場にお越しの皆様、長らくお待たせいたしました』

 

 ふっ、と会場の照明が、一段暗くなる。

 正面のオーロラビジョンに映し出された乙女のシルエットに、たちまち観衆の声援が飛ぶ。

 環境音のフラメンコが通常の三倍くらいの情熱を放ち、真夏の夜の一夜を焦がす。

 

『ガンプラフェス・スーパーライヴ、第一夜の幕開けです。

 激闘を彩ったファイター達にも劣らぬ歌女たちの競演、どうぞ最後までご堪能下さい』

 

 ミライの口上に合わせ、最高潮に達した男のカンテがピタリと途絶える。

 一瞬の静寂。

 クラシック・ギターがたちまち鮮やかに転調し、再び歓声が巻き起こる。

 レーザーが飛び交い、スモークが噴き上がり、オーロラビジョンに乙女の横顔が重なり合う。

 

 火の鳥の歌であった。

 傷ついた翼を燃やし、限界を超え空の彼方まで羽ばたかんとする、乙女たちの歌であった。

 不死鳥のフランメ。

 今日の舞台にオアシスを求めてやって来た戦士達に捧げるには、やや熱い。

 

 Aサビが終わると同時に、ボン、と大きく火柱が噴き上がった。

 たちまち作られた炎のロードを、両岸から二人の乙女が駆けてくる。

 

『改めて紹介いたします。

 日本の誇るトップアーティスト、風鳴翼!

 そして世界の歌姫、マリア・カデンツァヴナ・イヴ!

 マイクをガンプラに持ち替えた戦姫たちの戦いをご覧下さい』

 

 ステージ中央、巨大なバトルフィールドを挟んで歌女が向かい合う。

 淀みなく、手にした機体がGPベースを滑る。

 

「風鳴翼、ガンダムフェニーチェ『ツヴァイ』推して参る!」

 

「トールギス小夜曲(セレナーデ)! ついて来れる奴だけついて来いッ!」

 

 相討つ二つの機体の瞳に、力強い戦士の輝きが灯る。

 フィールドにプラフスキーの輝きが溢れ、たちまちステージ上に武骨な岩肌の切り立つ荒野が広がって行く。

 

 蒼天に爆音が響き渡る。

 砂塵を蹴散らし、鮮やかなブルーのシルエットが断崖を飛ぶ。

 

 バイクで来た!

 翼がバイクでやって来たッ!!

 

「うっひょぉ~!? スッゲェーッ!

 さすが姉ちゃんの憧れのアイドル、やる事がいちいちド派手だぜ」

 

 キラキラと両目を煌めかせ、客席のセカイ少年が絶賛する。

 その横で、むうっ、と一つラルさんが唸る。

 

「ツヴァイとは、なるほど、そう言う事であったか」

 

「知ってるんですかラルさん!?」

 

 傍らのユウマの問いかけに、静かに一つ大尉が頷く。

 

「見たまえ、あのフェニーチェのサポートマシン。

 何か気付かんかね?」

 

「……!

 あれは、メテオホッパーではないのか!?

 本来フェニーチェのサポートマシンは一輪のハズ。

 あれではただの……、ただのバイクじゃないかッ!?」

 

「そうだ。

 ツヴァイとは、ドイツ語で『2』を意味する言葉。

 あの女人、わざわざ機体名に合わせフル・スクラッチで二輪車を作ってきたと見た」

 

「ツヴァイウィング、ならぬツヴァイホイールか!

 何と言う無駄な作り込みなんだ。

 本職のガンプラアイドルだって、到底あそこまではやらないぞ!」 

 

「あの、ええっと……、それに一体、何の意味が?」

 

 男の子の世界について行けないフミナ先輩が、ためらいがちに疑問を呈する。

 うむ、と一層力強く大尉が頷く。

 

「わからん! 私にもてんで意味がわからん!

 あのサイズでは、メテオホッパー本来の持ち味である空中機動が殺されてしまう!

 あの娘は一体何を考えているんだ!?」

 

 

「そのために私がいるんだァッ!!」

 

 

 突如ニュータイプ的な感性が働いて、壇上のマリアが雄々しく吠えた。

 OZ謹製の黒の総帥マントをたなびかせ、たちまち殺人的な加速でトールギスが風となる。

 そして、貫き放つ。

 降下作戦を開始したドムの大軍目掛け、背に負った大槍を片手で振り被る。

 かざした穂先がジャキリと二股に別たれ、その中心より荷電粒子の光がバチバチと溢れだす。

 

「ガングニール! 道を切り開けッ!」

 

 

 カッ

 

【 ―DOVER✝GUN― 】

 

 

 刹那、槍先より強烈な閃光が解き放たれた。

 破壊の光は一直線にドムの群れへと襲いかかり、防人が続くべき道を指し示す。

 

「あの拵え……、中身はトールギスⅢのメガキャノンか!

 マリアも随分と粋な真似をする」

 

 小さく笑い、躊躇いなくアクセルを振り絞る。

 極太のビーム砲に継いで、大太刀を担いだバイク乗りが敵陣に吶喊する。

 

「おおおおお!!」

 

 裂帛の気合いを込め、手近のドムに襲いかかる。

 振り被った刀身に、たちまち蒼い炎が燃え上がる。

 

 ブッピガンッ!

 

 すれ違いざまの斬撃が、哀れな重装甲MSを襲った。

 加速するバイクの衝撃に、太い胴がくの字に折れ、捩じ切れた上半身が三回転してドシャリと大地に落ちる。

 慌ててバズーカを構えるドムの群れ目掛け、代わり、抜刀したトールギスが上空から迫る。

 

 一撃離脱。

 暴風と共に敵陣を裂いてトールギスが飛び去り、たちまち横合いから再びフェニーチェが突っ込んでくる。

 奔放な二人のライヴシーンがそのままに、縦横無尽に天地を機体が巡り、敵機の群れを容赦なく斬り飛ばす。

 

 興奮と戦慄がたちまち観客席を襲う。

 風鳴翼16歳。

 特技:剣道、趣味:ツーリング。

 ツヴァイウィング結成時に音楽誌に掲載された、奥手なカワイコちゃんの意外なプロフィールと言う奴だが、今日のフェニーチェの勇姿で分かってしまう。

 アレは、ガチだ。

 ガンプラは時に正直過ぎるほどに乗り手の姿を映す。

 

(そうだ、駆けるのだ、翼。

 その自由な翼で、どこまでも戦友と)

 

 会場の片隅でサングラスにマスクと言う和服の男が、そっ、と柱の影から熱い視線を送る。

 

「ええっと、八紘さま。

 折角、翼さんに送ったバイクも活躍している事ですし、

 もう少し前の方で観戦してはいかがでしょうか?」

 

「良いのだ慎二、ここで」

 

 混じり合う観客の熱情を、知ってか知らずか。

 今宵の翼は火の鳥のように滾っていた。

 ヒートサーベルをかざす最期の一機に、真正面からアクセルを吹かす。

 

 交錯、一閃。

 

 逆袈裟に斜めに跳ね上がったドムの上体がくるくると宙に舞い、崩れ落ちる下半身が引火、ドウッと天空へ炎を舞い上げる。

 

『お見事!

 鮮やかな歌女の演武に、今一度盛大な拍手を』

 

 わっ、と一段歓声が巻き起こる。

 開幕と同時に流れ始めたフランメは、未だ最後のサビを残していた。

 

「三分、いかに機体の性能差があるとは言え、二十四機ものドムに何一つ仕事をさせなかったか」

 

 ごくり、とラル大尉が生唾を飲み込む。

 会場の熱狂とは裏腹に、一部の見巧者たちは肝が冷えるような鋭い刃を感じていた。

 

『さあ、いよいよここからはセカンド・ステージ。

 厳正な抽選によって選ばれた幸運なファイターたちとの、

 夢のエキシビジョン・バトルロイヤルの幕開けです』 

 

 ミライの宣言と同時に、間奏のフラメンコが6倍くらいに燃え上がり、仮想空間の荒野の上に、色とりどりのMSたちが次々と現れる。

 祭りもいよいよ本番、トップアーティストたちの修羅場が見れる!

 

 ……ハズだった。

 

「ぐっ……」

 

 不意にそれは起こった。

 壇上の翼にしか気取れぬような小さな声で、対面のマリアが呻きを漏らした。

 

(ど……、どうしたと言うのだ、マリア!?

 まさか殺人的な加速の影響が……)

 

(……酔った)

 

(な、何だとッ!?

 バカ! オーディエンスはもう目の前だぞ!)

 

(くぅっ、こ、これしきの事で……。

 私はやはり、トレーズ様のようにはなれないのか?)

 

(マ、マリアアァ―――――ッ!!)

 

 会場の興奮が最高潮を迎えんとする中、壇上の乙女が必死でアイ・コンタクトを飛ばし合う。

 しかし、どうやら本格的にダメらしい。

 エレガントな雄姿が見る影もなく、中空のトールギスがよろよろと失速し始める。

 

「くっ、とにかく、ここでライヴを止めるワケにはいかん!

 私が……、ここは私が何とかごまかしきらねばッ!」

 

 意を決し、防人がアクセルを全開に吹かす。

 同時に7番スロットを開放、リアウィングがジャキリを前方でドッキングし、たちまちバイクが一本の刃と為す。

 

『えっ! 翼さんが前に……?

 まさか、これだけのファンの群れを一人で相手にしようと言うのでしょうか!?』

 

「風鳴翼、推参!!

 マリアに槍を突けたくば、まずは私の屍を踏み越えて行くがいい!」

 

 風鳴翼が吠える。

 今や一本の巨大な剣と化した戦乙女が、疾風を巻いて歴戦のファイターたちに吶喊する。

 

「ふっふ、いかに腕に覚えがあるとは言え

 我々ベテラン相手に単騎とは舐められたモンだヴァアアアアアア!?」

「カキザキィ―――ッ!?」

 

 先頭の迂闊なジムを挨拶代わりとばかりにふっ飛ばした。

 大事なファンを一瞬でスクラップに変え、それでも剣は止まらない!

 

 

「ウオオオオオオオオオ―――――ッ!!!!」

 

 

「ア、アメリアァ―――ッ」

 ふっ飛ばした!

 

「なぜだ! ジ・O、なぜ動かん!?」

 ふっ飛ばした!

 

「アリガトゴザイマ――――ス」

 ふっ飛ばした!

 

「ツバササーン!」

 ふっ飛ばした!

 

「アンタって人はァ―――ッ!?」

 ふっ飛ばした!

 

「ア、アニメじゃないのよォ!?」

「それを言いたいがためだけのZZ、ナイスです!」

「いいかげんにしなさいッ!」

 ふっ飛ばした! ふっ飛ばした! ふっ飛ばした!

 

「これが若さか……」

 ふっ飛ばした!

 

「やらせはせん! やらせはせんぞォ――!!」

 ふっ飛ばした!

 

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 ふっ飛ばした!

 

 

 

「これはひどい」

 

 阿鼻叫喚の光景に会場が爆ぜる中、ポツリとラルさんがこぼした。

 そう、これが普通の感性だ。

 風鳴翼のファンではない、普通の人間が抱く当然の感想だ。

 

「て言うかバカか!? 何やってんのッ!!」

 

 ユウマがいきなりキレた!

 それもむべなるかな。

 このような稚拙なバトル、アーティスティックガンプラコンテスト王者である少年の眼鏡に叶おうはずもない。

 

「お前ら! 何の為のバトルロイヤルだよ!?

 頭数を使え! 弾幕を張れ! 機動力を生かせ! 機体特性を、地形を生かせ!

 なんで真正面からバカ正直にふっ飛ばされに行ってるんだ!?

 そこのエアマスター! お前だッ お前に言ってるんだよッ!

 わざわざ地上に降りて戦うんじゃないッ」

 

「ど、どうどう! 落ち着いてユウ君」

 

「ユウマ君、そう彼らを責めるな」

 

 ちらりと横目を向け、ラル大尉が深い諦観の吐息をこぼす。

 

「あの風鳴翼のバイオセンサーでも取り付けたかのような魂の突撃。

 残念ながら、私の腕を持ってしても躱すのは至難の業だ」

 

「ラルさん、そんな、なぜなんですか!?」

 

「喰らってみたいからだ!」

 

「喰ら……?」

 

 思わず絶句した少年少女に対し、ラルさんがなおも言葉を重ねる。

 

「世間を見たまえ、ユウマくん。

 確かにガンプラアイドル全盛の昨今とは言え、ここまでしてくれる乙女が他にいるかね?

 ガチガチに作り上げた愛機で感謝祭に乗り込み、自らのファンを一刀の下に斬り伏せるようなアイドルがいるか!?」

 

「そ、そんな、おかしいですよラルさん!

 そんな始球式で160kmの剛速球で先頭打者を打ち取りに来るような暴挙。

 出来る出来ない以前に、アイドルとして成立しないじゃないですか!」

 

「いるのだ、ここに!

 おそらくはこれこそがトップアーティストのステージなのだ。

 あの風鳴翼が、全身全霊を込めて真正面から突っ込んで来る。

 こんな巡り合わせは、今日を逃せばもう二度とあるまい。

 躱してよいのか?

 破滅を承知で受け止めてみたいと思うのが、男のサガではないのかね?」

 

「はっ!?」

 

 ユウマがようやく開眼した。

 宙に舞うハイザックのあの笑顔はどうだ?

 弾丸の一発も撃たずに爆裂四散するレオパルドの満足げな顔はどうだ?

 わざわざデモカラーのイナクトに乗ってきた彼などは、完全にオチ要員ではないのか?

 

 そうだ、これはただのガンプラバトルではない。

 アイドルのステージなのだ。

 たとえ共感は出来ずとも、彼らにしか分からない呼吸があり、絆があるのだ。

 

 そんなアイドルの煌くステージに、今、不埒な光弾の群れが降り注いだ!

 

「……拡散メガ粒子砲!」

 

 香車のような防人の動きが、初めて蛇行した。

 爆音を刻む光弾をテールを振って躱しながら、眩しげに上空を見上げる。

 突き刺さる逆光を遮って、サイコロのような漆黒のMAが影を為す。

 

「あの巨体……、サイコガンダムかッ!?」

「いかにレギュレーション違反の無いエキシビジョンとは言え」

「反則だろうそれは! 空気読めよお前ら!?」

 

「はっはっはっは」

 

 会場のブーイングを意にも介さず、悪漢たちの高笑いが響く。

 

「残念だったな風鳴翼、我々はカミキ・ミライさんのファンクラブの者だ!」

「彼女の前で良い所を見せるため、ここで路傍の露と消えて貰う!」

 

『えぇ……』

 

 生放送も忘れ、思わずミライさんの呟きが会場に響く。

 

「いやいやいや、姉ちゃんには逆効果だろ、それ」

 

「ミライさんじゃなくたって引くわよ、それは」

 

 会場に白けた空気が溢れ、女子たちが一斉にドン引きする。

 ただ一人、新たな獲物を見出した防人系女子を除けば、だが。

 

「面白い、私の首級を取れるかどうか、身を以て試してみるが良い!」

 

 言うが早いか、防人が再び一直線の風になる。

 降下を始めた巨体の下を間一髪ですり抜け、直後、ズン、と大地が揺れる。

 

「兄者! 後ろだ」

「応ともよ!」

 

 虎口を逃れたフェニーチェを追って、サイコがふわり、巨体を返す。

 獲物が消えた断崖の間隙に、ごりごりと巨体を潜り込ませていく。

 

「射線を逃れたつもりか?

 バカめ、袋のネズミだ!」

 

「あ、兄者ァ!?」

 

 自信満々な兄者の台詞を、弟者の絶望が覆い隠す。

 爆音が渓谷を反響し、徐々に兄弟の下へと迫る。

 嫌な予感しかしない!

 

「「う、うわあああああああああ!!??」」

 

 

 バイクで来た!

 風鳴翼が絶壁を走り、一直線に突っ込んで来たッ!!

 

 

「メ、メガ粒子ほ……」

「遅いッ!」

 

 一声吠え、棹立ちとなった翼が思い切りシートを蹴り上げる。

 狙いは寸分違わず、一本の剣と化したバイクがドテッ腹の砲門へと吸い込まれていく。

 そして突き刺さる。

 分厚い装甲がグシャリと哭いて、白色の閃光が溢れだす。

 

「これがッ 私とお父様の絆の力だッ!!」

 

 ダメ押しとばかりに、空中のフェニーチェが大上段に構え、そして力の限りに振り下ろす。

 

 

【 蒼 の 一 閃 】

 

 

 斬撃が蒼い烈風と化して、一直線に渓谷を走る。

 狙いは無論バイク!

 砲門の傷口を抉りながら、防人の魂がバイクに引火! 誘爆!

 痛烈な爆風が機体内部を焼き尽くし、とうとう核融合炉に火が入る。

 

 

 ―― ドワォ!!

 

 

 一際巨大な爆発が、たちまち天空を焦がした。

 

 

 

「つ、翼……」

 

「……さすがは翼さん。

 一瞬の状況判断の確かさと、まさしく人馬一体の動き。

 そして乱入者の跳梁を許さぬ厳しい姿勢は、まさに――」

 

「良いのだ、慎二、フォローなど無用だ」

 

 ごくり、と固唾を呑む音が、静寂の会場に響き渡る。

 

 フェニーチェはどこに消えた? あとついでにトールギスは?

 感謝祭はこのような形で終わりを迎えてしまうのか?

 

「いや、違う! あれを見ろ」

 

 マンダラガンダムが数珠繋ぎの腕を振り上げる。

 そそり立つ断崖の頂点に防人はいた。

 

 赤々と燃える炎を映し、青の胸甲が紅に染まる。

 高みに佇立する乙女の姿の、なんと美しき事か?

 渓谷が燃ゆる。

 宴はまだまだ終わらない。

 

「不死鳥はまだこの通り健在。

 続けましょうか、私たちの戦場を」

 

「オオ!」

 

 再び会場が震え、生き残りのMSたちが一斉に抜剣する。

 空気が動く、刹那――!

 

 

【 Caution!! Caution!! 】

 

 

「――!?」

 

 会場全体に、不意にけたたましいアラームが鳴り響いた。

 赤いライトが点滅し、同時にフィールドのそこかしこで絶叫が溢れ始めた。

 

「何だこれは……、新手?」

 

「くっ、皆、とにかく今は翼さんを守るんだ」

「オウッ」

「この戦いが終わったら、俺、結婚するんだ……」

「私とて、椅子を尻で磨くだけの男で終わるものかよ!」

 

「って、みんな、ちょっと待って!?」

 

 戸惑う翼を制止を振り切って、男たちが一斉に散開する。

 銃声と爆音が響き渡り、荒野が揺れ、戦場がフィールド全体へと拡大する。

 

「くっ、どいてくれ、一体何が起こっていると言うの?」

 

 今や友軍となったファンたちの悲鳴が、いくつも混戦して地獄を生み出す。

 爆風を避け、混沌の戦場の最前線へとフェニーチェが到着する。

 

「な……」

 

 ぞわり、と翼の背筋が総毛だった。

 新たな乱入者たちの生み出した地獄絵図に。

 

 

「トランザム」

 

 デスアーミーの体が真紅に染まる。

 頭部の一つ目が怪しく煌き、相対するエクシアを目にも止まらぬ速さで膾に刻む。

 

「ナントォ」

 

 デスアーミーのマスクがガギョンと開く。

 金色に輝く機体が幾重にも分身し、上空よりヴェスバーを釣瓶撃ちにする。

 

「オレノミギテガヒカッテウナル」

 

 デスアーミーの右手が光って唸る。

 ガンダムファイト第一条に則り、頭部を破壊されたマンダラが失格となる。

 

「ワガヨノハルガキター」

 

 デスアーミーの背に胡蝶の羽が生える。

 立ちはだかる者みな埋葬しながら、悪鬼が優雅に空を往く。

 

 

 

「一体、何だと、何だと言うのだ……!」

 

 凄惨なる戦場の光景に、翼の肩が小刻みに震える。

 フィールドに新たに乱入してきた単眼の悪魔、その数、およそ百。

 しかもその何れもが、デビルガンダム子飼いの量産機としてのスペックを凌駕している。

 作品の壁を超えた一騎当千の必殺技で、相対したファイターたちを葬り去って行くではないか。

 

 どくり、と心音が高鳴る。

 この光景が何を意味するのか、一体誰の差し金なのか?

 そんな事はもうどうだっていい。

 乙女の中で、人々を守る剣の性が爆熱する。

 

「おのれ下郎どもッ! これ以上はやらせはせん!」

 

「いけません翼さん! 前に出ないで」

 

「な――!」

 

 突如、横合いから強烈な体を浴びせられた。

 驚く間もなく深緑の機体がブースターを全開に吹かし、防人の戦場がみるみる遠くなる。

 

「翼さん! 下がってくださいッ」

 

「その声、その機体、エルフナインかッ!?

 一体何を……」

 

 そう言いかけた所で、翼もようやく状況に気が付いた。

 遥か上空に飛んだデスアーミーの右肩に、巨大な砲塔が載っているのを。

 

「核……、バズーカ、だと?」

 

 

 

 ――閃光、轟音、衝撃波。

 

 

 暴風が去り、舞い上がる砂塵の中で、フェニーチェの視界にようやく光が戻った。

 

「……一体、くっ、おのれ、何が」

 

 すっかりくたびれた外装に活を入れ、痙攣する機体を無理矢理に起こす。

 瞬間、ズシャリ、と何かが胸元から滑り落ちた。

 

「あ、ああ……」

 

 わなわなと、翼の唇が震える。

 MS-06FZ『ザクⅡ改』

 下半身が溶解し、宇宙世紀一優しいMSであった残骸が、無常の瞳を大地に向けていた。

 

「つ、翼さん……」

 

「――! エルフナイン、大事無いのか?」

 

「逃げてください、翼さん、このバトルは、普通じゃ……」

 

 エルフナインからの通信が、乱れ、途絶える。

 ザクの最後の命とも言うべき単眼が、くすみ、そして徐々に消え失せる。

 

「……エ、エルフナイ、エルフナイイィィィ――――ンッ!!」

 

「いえ、生きてます。

 失格になっただけです」

 

「む、そ、そうか……」

 

 ちょこちょこと傍らに寄って来たエルフナインを前に、翼が恥ずかし気に一つ頭を振るう。

 

「しかし、この分だと他のファイターたちも全滅だろうな。

 アイツらは一体、何者だと言うのだ?」

 

「翼さん」

 

 ごくり、と一つ生唾を飲み込み、エルフナインが意を決し、顔を上げる。

 

「あれほどの強烈な個性をもったデスアーミー軍団の連携。

 単なるAIではありません。

 かと言って、百人もの実力者が同時にログインしていると言うのも、現実的ではないでしょう」

 

「だとしたら、あれらの機体は誰がどうやって動かしていると言うのだ?」

 

「おそらくはフラッシュシステム。

 あるいはモビル・ドール・システムを応用したセミオート操縦。

 機体に一定の戦闘パターンを組み込んだ上で、一人の指揮者が、戦場全体を俯瞰、統括しているものと思われます」

 

「一人の指揮者だと!?

 アレほどのアクの強い機体の群れを、淀み無く制御できるファイターなど……」

 

「います。

 ここはガンプラバトル選手権世界大会の会場。

 ましてや今日のステージのプロデューサーは……!」

 

「――!」

 

 風鳴翼もようやくその可能性に気が付いた。

 同時にステージ中央に突如マンホールが開き、奈落の底より一人の男が競り上がってくる。

 

『……え? そ、そんな』

 

 カミキ・ミライの戸惑いが会場にこぼれる。

 静寂のステージに、カンタオールの深い嘆きがこだまする。

 

 激しい闘志にそそり立つ前髪。

 真一文字に結ばれた口元。

 そして燃える瞳をその内に隠す、トッププロのサングラス。

 

 メイジンであった。

 ガンプラバトルの頂点、三代目メイジン・カワグチ、その人であった。

 

「やはりあの戦法、三代目の」

 

「メイジン・カワグチ! 貴方は一体何を――!」

 

 咎め立てる防人の語調が、瞬間、はっ、と止まった。

 群衆の前に現れたメイジンは、その衣装も、体に纏う空気さえも別人のように一変していた。

 

 漆黒のロングコートを彩る刹那的なロングマフラー。

 サングラスの縁が邪悪に煌き、グラスの色が、血のように赤く染まっていく。

 

 ぞくり。

 会場が寒さに震える。

 八年前の黒歴史が紐解かれ、そして、戦慄が溢れだす。

 

 

「メイジンが、闇落ちしている……、だと?」

 

 

 

 

 


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