風鳴翼、ガンプラを作る   作:いぶりがっこ

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第二話「SAKIMORI、ガンダムWを語る」

 聖リディアン音楽院は、小中高一貫教育を謳う音楽校である。

 高等科は先のルナアタックの折の損壊で移転を余儀なくされ、生徒数は最盛期の六割程度へと落ち込んではいるものの、それでも依然、トップアーティスト風鳴翼を輩出したタレントコースを中心に、広い層に支持を受ける音楽校の名門である。

 

 そんなミュージシャンの卵が集う女子寮の敷地を今、一人の乙女が歩いていた。

 

 170近い長身が映える、均整のとれたスレンダーな肉体。

 見る者をはっ、と振り返らせる、青みがかった艶やかな長髪。

 その毅然とした立ち居振る舞いから、一部には「もののふ」などと称される、トレードマークのサイドテール。

 そして申し訳程度に視線からのオーラを遮る、大物芸能人めいた大門風のサングラス。

 

 風鳴翼だ。

 風鳴翼である。

 誰がどう見てもリディアンが生んだ現代の歌女、風鳴翼その人である。

 

 国際的にも評価の高いトップアーティスト、風鳴翼しては、あまりにも迂闊なその姿。

 しかし学院のレジェンドが、人目を忍んで後輩に会いに来たともなれば、見て見ぬ振りをするだけの優しさが在校生一同にはあった。

 

「さて……、勢い勇んで来たは良いけど、まずはどこから切り出すべきかしら」

 

 懐かしい風景を目で追いながら、翼が一人思案に耽る。

 リディアンに通う後輩たちから絶大な支持を受ける翼ではあるが、今日のようなプライベートな事情について相談できる候補となれば限られてくる。

 当然、まず向かうべきは、幾つもの戦場でその背を預けて来た「彼女」たちの部屋、と言う流れになる。

 

「立花響」

「小日向未来」

 

 翼の足は必然、可愛らしいフォントが二つ並んだ表札の前へと辿り着く。

 扉の前で翼は一つ深呼吸して、意を決して呼び鈴に指を伸ばし――

 

 

「し ィ し ょ お オ ォ お お オ ぉ ォ ォ ォ ――――――ッッッ!!!!」 

 

「!?」

 

 不意に室内より絶叫が轟いた。

 自然、防人の肉体がたちまち臨戦態勢に移行する。

 

「立花ッ!」

 

 躊躇いもせずに室内に飛び込み、戦友の名を呼ぶ。

 そして、はっと息を呑む。

 常ならぬ、異様な室内の雰囲気に。

 

「えっ!? つ、翼さん、どうしてここに!」

 

 呆然と立ち尽くす来客の存在に気付き、もう一人の同居人、小日向未来がぱたぱたと翼の下へ駆け寄ってくる。

 

「すいません、いらっしゃってるのに気が付かなくって」

 

「いいえ、それは良いのだけれど……」

 

 そうかろうじて呟いて、しなやかな防人の指先が、そっと部屋の中央に向けられる。

 それを見た未来の瞳に、「ええ」と、一抹の哀しげな色が混じる。

 

 視線の先、居間の片隅で、明るい色のヒヨコ頭が、TVに齧りついて打ち震えていた。

 すでに昼にも近いと言うのに、寝起き同然のパジャマ姿。

 時折、堪え切れない嗚咽と鼻を啜る音が室内に零れる。

 

「分かって……、分かっていたのにッ!

 師匠の胸の中にある悲しみの色、分かっていたと言うのに……ッ!」

 

 立花響であった。

 風鳴翼の後輩にして気の置けない同僚、そして時には、誰よりも頼りになる戦友。

 そんな少女が今、モニターの向こうに広がるランタオ島の海岸に心を飛ばし、ボロボロと大粒の涙をこぼしていた。

 

「……立花は、一体どうしてしまったと言うの?」

 

「先週、ガンプラバトル選手権の試合の映像を見てから、ずっとあの調子なんです。

 響ったら突然『今、時代は次元覇王流だよ未来!』とかはしゃいじゃって、

 それでまずは最高のMSを決めるんだって、近所のTATSUYAからDVDを借りて来たんですけど……」

 

「途中からガンプラそっちのけで、思い切り物語に引っ張られてしまったと言う訳か。

 しかし、あれが『ガンダム』とは」

 

 まじまじと、翼が再びモニターを見やる。

 広大な宇宙に浮かぶスペースコロニー。

 重なり合うビームサーベルの煌めき。

 トリコロールカラーの機影。

 そして激しく舌蜂を交えるパイロット達。

 

 ド素人、風鳴翼の想像していた、何とは無しのガンダム世界のイメージである。

 しかし今、眼前で繰り広げられているアニメーションとは、あまりにもかけ離れ過ぎている。

 朝焼けの海岸、飛び散る波飛沫、そして抱き合う二人の漢。

 

「ふふ、百聞は一見に如かず、とは良く言ったものね。

 危うく勝手な先入観で、ガンダムと言う作品そのものを見誤る所だったわ」

 

「もう響! せっかく翼さんが来てくれたんだから。

 早く着替えてごはんを食べちゃいなさい」

 

 こちらを見向きもしない同居人を相手に、ぷりぷりと未来がお母さんのような小言を並べる。

 しかし、完全に物語の住人となってしまった少女を現実に引き戻すには、憧れの風鳴翼の名を並べても、ごはん&ごはんを以てしても、ちと遠い。

 

『――ならば、流派・東方不敗は』

『王者の風よ!』

『全新』

 

「けいれェェ―――――っ!!」

 

『天破侠乱』

 

『『見よ! 東方は――』』

 

 

『『「 紅 く 燃 え て い る ――っ! 」』』

 

 

 

 

「……スイマセン、まだ、駄目みたいです

だから板場さんのおすすめはやめておけって言ったのに」

 

「いや、いいんだ。

 私の方こそ連絡も取らずに、勝手に上がり込んでしまって」

 

 がっくりと肩を落とした未来を慰めるように、風鳴翼が力無く笑う。

 

「今日の所は出直すとするわ。

 この有様を目の当たりにされていたとなれば、さすがに立花もショックだろうから」

 

「本当に、重ね重ねごめんなさい」

 

 玄関先で小日向未来は何度も申し訳な下げに頭を下げ、それに対して翼を笑って扉を閉めた。

 ほどなく、室内より再び、身を切るような響の咆哮が轟いた。

 

 

「それにしても、立花がガンプラとは……、いや。

 彼女らしいと言えばらしい話ね」

 

 再び寮内を散策しながら、一人納得したように翼が呟く。

 ガンプラなどという男の子の趣味をいかに切り出したものかと思案に暮れていた彼女であったが、思えば前向きで行動力のある響には、ガンプラバトルと言う世界は似合いの舞台にすら思えた。

 もっとも緒川慎次の受け売りによれば、ガンプラバトルは今や万国共通の競技であり、老若男女を問わず人気のあるコンテンツと言う。

 プラモデルなど男の子の趣味、などと言う翼の固定観念自体が、既に前時代的な思考なのかもしれない。

 いずれにせよあの様子なら、響は協力者として期待する事が出来るであろう。

 本番のフェスまでに、傍らの未来がしっかり立て直してくれさえすれば、の話ではあるが。

 

 とにかく最初の訪問を終え、翼の足は更なる後輩の下へと向かう。

 やはり真っ先に頭に浮かぶのは、仕事の同僚である雪音クリスに、月読調、暁切歌のきりしらのコンビ。

 だがクリスの住むマンションは、学院からではやや距離がある。

 無駄足になる事も考えれば、必然、先に向かうのは同じ敷地内の一年生の部屋、と言う段取りになる。

 

「ううむ……、とは言え、あらためて一人で訪問すると言うのも緊張するわね。

 やはり雪音か立花がいてくれれば心強かったのだけど」

 

 ふう、と一つ、らしからぬ溜息を吐く。

 彼女たちの仕事上の間柄を知らぬ学生たちにとって、卒業生である翼が新入生の部屋を訪ねると言うのは、さぞ不自然な姿に映るに違いあるまい。

 しかも、要件はガンプラである。

 

 とは言え、二人の部屋は既に目の前。

 こんな所で尻込みしているワケにも行かない。

 意を決し、玄関の呼び鈴を押す。

 一回、二回。

 反応が無い。

 留守かと思い、何と無くドアノブに手を掛けると、扉は普通に開いた。

 

(鍵のかけ忘れ……、いや)

 

 防人の戦場経験の長さが、室内から伝わる何者かの気配を告げる。

 セキュリティ厳重な学院の寮に限って空き巣が入るとも思えないが、万が一と言う事もある。

 風鳴翼は気配を殺し、物音を立てぬよう、そろりと室内に侵入した。

 

 

 

 

 

「じ~~~~~~~」

 

「ええっと、Dがさっきのこれだから……、こ、小文字が紛らわしいデス!」

 

「じ~~~~~~~」

 

「んしょ、うまくハマら、ああ! ポリキャップが違うんデスか!?」

 

「じ~~~~~~~」

 

「ん、ハズレない、デス、気合い入れて押し込み過ぎた、デス……ッ」

 

 

 

(…………)

 

 

 

 

 息を殺し、そっ、と引き戸の隙間から室内を覗く。

 月読調、暁切歌。

 翼の探す後輩たちは部屋の中にいた。

 呼び鈴の音にも気付かぬほどの真剣な様子が、彼女たちの姿勢から伝わってくる。

 

(暁が組み立てているのは、あれも、がんだむ、なのか?)

 

 じっ、と翼が目を細める。

 切歌が一生懸命組み立てようとしているのは、蝙蝠のような漆黒の翼に、彼女のギアをそのままミニチュア化したかのような死神の鎌。

 頭部の特徴的なV字アンテナに気が付かなければ、それがガンプラであるとは理解出来なかったであろう。

 

「じ~~~~~~~」

 

(そして、一方の月読は……)

 

 ちらり、と横目でもう一人の後輩を見やる。

 こちらは初めから様子がおかしかった。

 件のツインテールの少女は部屋の中央で微動だにもせず、両手に包んだ猫目のロボットを恭しく見つめている。

 

「じ~~~~~~~」

 

(アレは一体、何の呪いなんだ?

 あんな遮光器土偶に、一心不乱に祈りを捧げて……)

 

「じ~~~~~~~」

 

「しらべ~、調ってば~っ

 いつまでも遮光器土偶を見つめてないで、デスサイズのロールアウトを手伝ってほしいデス」

 

「……遮光器土偶、じゃないよ」

 

 機体を下ろし、ちらり、と寂しげな瞳が切歌を捉える。

 

「ZMT-S12G『シャッコー』

 機動戦士Vガンダムにおいて、第四話まで主人公、ウッソ・エヴィンの乗機を務め、

 SDガンダム外伝では主役にまで抜擢された、ザンスカール帝国きっての花形モビルスーツだよ、切ちゃん」

 

「そんなの、そんなの私には分からないデス。

 私にはゾロアットもコンティオもジャバコもドムットリアも、全部同じに見えるデス」

 

「ビームローター、ビームストリングス、アインラッド、それにバイク戦艦。

 宇宙戦国時代の兵器はみんな斬新で、画期的な発明ばかりなのに……」

 

「騙されちゃ駄目デス、調!

 あんな世界の歪みが形になったようなゲテモノを、画期的の一言でごまかしちゃ駄目デス」

 

「ひどいよ、切ちゃん。

 どうしてそんな事を言うの?

 私はただ、切ちゃんと一緒に【Vガンマラソン】をしたいだけなのに……。

 大好きな切ちゃんの隣でVガンダムの素晴らしさを語りあえたら、どんなに幸せだろうって」

 

「私だって、私だって調が大好きデス!

 調のしたい事は何だって叶えてあげたい……、けれど、アレだけはどうしても無理なんデス!

 素晴らしい作品がそれだけで人を傷つける事があるって、調にも分かってほしいんデス」

 

 

「……すたんだっぷ とぅー ざ びくとりー」

 

 

「――ッ!?

 ポ、ポジティヴソングで子供を釣るのはやめるデス!

 それこそがまさに調の嫌っていた、偽善そのものじゃないデスかッ!?」

 

「すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんっだっぷ」

 

「う、うわあああああああああああ!!??

 耳元で囁くのはやめるデス、調。

 そんな事より一刻も早く、このデスサイズを……」

 

「すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんだっぷ、すたんっだっぷ――」

 

「あ…… ああ…… あ……!」

 

 

 

(…………)

 

 ――終わりのないディフェンスが、続いていた。

 

 防人は、ふっ、と苦笑をこぼすと、そのまま来た時と同じように、無言で部屋の扉を閉めた。

 

 

「……ううむ、結局、室内の雰囲気に耐えられず、逃げるように出てきてしまった」

 

 防人、二度目の空振り。

 リディアンの敷地を後にし、とぼとぼと一人郊外を歩く。

 

 事、ここに至っては、もはや頼れるのは雪音クリスただ一人。

 だが防人の足取りはやや重い。

 

 元々、後輩の中でも特に親しいクリスを後回しにしたのは、翼なりの配慮があっての事である。

 多感な思春期に紛争地帯での生活を余儀なくされたクリスは、箱入り娘の翼とはまた違った意味で世間知らずな所があった。

 今ではようやく普通の女の子の暮らしに馴染んだとはいえ、ガンプラに興味がある筈も無い。

 そこで先輩である自分が無理に薦めては、余計な気を使わせてしまうと考えたのだ。

 それが証座に、あの生真面目なクリスが嬉々としてガンプラバトルに打ち込む姿など、翼にはどうしても容易には想像できなかった。

 

 

 

『ちょっせ――いッ! ガンダムイチイバル!!

 十億連発ッ 全部全部全部ッ狙い撃ってやらァ!!』

 

 

 

「……おかしいな、容易く想像できてしまった」

 

 防人が首を傾げる。

 とにかく、既にクリスちゃんのマンションは目の前である。

 ここまで来た以上は当たって砕けるしかない。

 先輩が後輩の家に遊びに来ただけ、おかしな事など何一つも――

 

 

「畜生ッ! フッザけんなよテメェ――ッ!!」

 

 

「――! またこのパターンかッ」

 

 短く吠え、一足跳びに階段を駆け上がる。

 階上より響いたクリスの声は、ただの口論と言うには剣呑な色が混じっていた。

 迷いなく鞄より合鍵を取り出し、一息に室内へと飛び込む。

 

「雪音! 大事無いかッ!?」

 

「うぇ!? せッ せせせセンパイ!? な、なんで――」

 

「――落涙!」

 

 鬼気迫る防人の眼光と、ボロボロと大粒の涙をこぼすクリスちゃんのつぶらな瞳が交錯する。

 頭を一つ振るい、慌てふためく後輩の肩をぐっ、と力強く抱く。

 

「どうした雪音! 一体何があった?」

 

「んな、何でもねえよ! いいから離せってばッ」

 

「何でもない筈があるか! そんな有様で」

 

「何でもねえったら何でもねえんだよッ」

 

 勢い余って、クリスの両腕が翼を突き飛ばす。

 思わず倒れこんだ防人の指先がリモコンに触れ、瞬間、パッとモニターが点灯する。

 

「これは……」

 

「あわ、わわわっ!?」

 

 わたわたと両手を振るうクリスの頭上から、まじまじとモニターを覗き込む。

 画面には夥しい血を流しながら、茫漠とした瞳で天を仰ぐスパッツの少年。

 そして軋みを上げ、どっかと大地に崩れ落ちる巨大なロボット。

 頭部こそ失われているものの、この色合いは、ガンダム、か。

 

(ガンダム……、ここでもやはり、ガンダムか)

 

 状況の確認を終え、翼が一つ安堵の吐息を吐く。

 

「なんだ、何かと思えば、単にアニメに感動していたのか」

 

「ち、違う! そんなんじゃねえッ!!

 コイツは単に、あのバカに無理矢理預けられただけで……」

 

「恥ずかしがる事は無いわ、雪音。

 名作に触れると言うのは、それだけの価値のある事だから。

 私も幼少のみぎりには、お父様の膝の上で、よく泣かされたものだったわ」

 

「違う! だからコイツはそんな代物じゃあないんだよッ!

 わ、私がこんなアホみたいなアニメに揺さぶられるハズがねえッ

 こんなの! こんなのは絶対、何かの間違いだッ!!」

 

「雪音……?」

 

 ぐしぐしと、まるで子供のように涙を拭う少女の姿に、流石に翼も疑念を覚える。

 このアニメは、ここまで強く否定されるほどに、少女の中の何かを壊してしまったのであろうか?

 こんなにも情緒不安定な雪音クリスを見るのは久方ぶりの事であった。

 

 ぐっ、と翼の心臓が締め付けられる。

 立花響には、小日向未来がいる。

 月読調と暁切歌の二人ならば、共に支えあってどこまでも飛べよう。

 

 今、クリスの前には自分しかいない。

 一振りの剣としてではなく、彼女の慕う先輩として、少女の背を支えなければならない。

 

「雪音」

 

 意を決し、翼が短く口を開いた。

 

「このアニメ、私も一緒に見ても良いだろうか?」

 

「はァ!? なっ、なんで?」

 

「なに、ちょっとした気まぐれよ。

 雪音の心を乱すふとどきなアニメが、どう言った代物か確かめたくなっただけよ」

 

「なんだよ、それ……?

 やめとけってこんなモン、見るだけ時間の無駄だ」

 

「その言葉が正しいかどうかは、私自身の目で判断しよう。

 雪音がこれ以上は十分と言うのならば、別に付き合ってもらわなくても構わないが?」

 

「……たっく、聞き分けのない。

 そんなんだからそんなんなんだよ……」

 

 今や不動のお山と化し、梃子でもテレビの前から動かんと言った先輩の姿に、雪音はごにょごにょと憎まれ口をたたき続けていたが、その内、翼の隣にちょこんと体育座りをして、リモコンのボタンを押した。

 一時停止が解かれ、モニターの中で悲劇が再生を始める。

 

【新機動戦記ガンダムWマラソン】の始まりであった。

 

 

 

 

 

 

「はあっ!?

 な、なんでお前生きてんだよ? あたしの涙を返せッ!

 『死ぬほど痛い』だァ、どこの若手芸人だよお前はッ!!」

 

「…………」

 

「つーかお前も笑ってんじゃねえ!

 弾切れを気にする必要は無い?

 それは一度でも弾切れを気にした事のある人間のセリフだァ!!」

 

「…………」

 

「ってオイ!?

 使ってやれよウィング!? 可哀想だろ!

 何でこのアニメは主人公機に厳しいんだよ、プラモ売る気あんのか?

 さも当然のようにヘビーアームズ借りようとしてんじゃねえッ

 トロワもイヤならイヤって言えよッ どんだけ甘ちゃんなんだよ、お前はッ」

 

「…………」

 

「レッ レれレ、レディ・アンッッ!!??

 なんだよコレ……、なんだよコレ! 完全に別人じゃねえか!?

 テコ入れなんてレベルじゃねえぞ!

 伏線どうなってんだよ脚本家出てこいッ!!」

 

「…………」

 

「っく、あぁあああぁ~~~~~~!?

 ま、また捨ててきたのか、ウィング。

 あんまりだろコレ、出番の大半が海の底じゃねえか……。

 何考えてやがるんだ。

 デュオやカトルがどんな気持ちでガンダムと別れて来たと思ってんだ、コイツ。

 て言うかさも当然のようにしれっと鉄格子を曲げるんじゃねえ!」

 

「…………」

 

「うわあああああ、マ、マッドかよ!

 なんで主役サイドの博士が揃いも揃って変人なんだよ?

 敵に捕まってんのに嬉々として兵器開発してんじゃねえ!

 五飛テメエ! お前も余裕綽々で捕まってんじゃねえ」

 

「…………」

 

「……で、お、お前はそれかよ、カトル。

 気持ちは分かる、気持ちは分かるがイメチェンし過ぎだろ脚本!

 優等生がキレたら怖えよ、ぶっとび過ぎだろ!?

 つーかなんだこのバスターライフル。

 コロニーを一発でぶっ壊すとかどこのカ・ディンギルだッ!?」

 

「…………」

 

「おい! お前、お前だ!

 お前が一番おかしいんだよトロワ・バートン。

 長々と語ってないでとっと脱出しろォ!!

 何でこんな時に限って饒舌だよお前は!

 浸ってないで脱出しろって、おい……、おいッ! おいいいいいいッッ!!!」

 

「…………」

 

「……ッ くしょう、畜生!

 なんで、なんでだ!?

 しみったれた事ばかり言いやがって!

 いらなくなった兵士だと? みみっちい遺言を残してんじゃねえ!

 お前がいなくなっちまったら、キャスリンはどう思う!

 カトルは何を考えて生きりゃあいいんだよッ!?

 残された人間は、泣いて……、泣いて暮らすしかないじゃないかッッ」

 

「…………」

 

「……く、うっ。

 チクショウ、うぅ、うああああああああああああ!!

 バッキャロオォ―――――ッ」

 

「…………」

 

 

 

 ――そうして、一昼夜が経過した。

 

 雪音クリスはツッコミ不在のアニメに対し、画面外から延々とツッコミ続け。

 その間、風鳴翼はひたすらに無言で、じっ、とモニターをにらみ続けていた。

 

 

 朝焼けの空が、ようやく白み始める頃。

 思春期を殺した少年たちの戦いもまた、終焉を迎えようとしている。

 

 閃光を放ち崩れ落ちながら、真っ赤に燃え尽きていくリーブラ。

 

 歓声の中、ガンダムを駆る少年たちは、一様にじっ、と光の中心を臨み続ける。

 やがて光の中に一点の影が差す。

 

『き、来たァ!』

 

 そして、戦場に歌が流れ出す。

 TWO-MIXが名曲『 JUST COMMUNICATION 』が。

 

『やったな、ヒィロ!』

 

 チームのムードメーカー、デュオ・マクスウェルが、率直に賛辞を贈る。

 

『ふっ、当然だ』

 

 鼻持ちならない張五飛が、満足げな笑みを向ける。

 

『大した男だ』

 

 トロワ・バートンの瞳に、ようやく柔らかな色が混ざる。

 

「……そうか、今、分かった。

 宇宙の心とは、ヒィロ・ユイだったのだな」

 

 すべてを理解した風鳴翼が、ポツリとこぼす。

 

 

「んなワケあるかァ―――――――ッ!?」

 

 

 ようやくクリスちゃんが突っ込んだ。

 ハァハァと呼吸を荒げて立ち上がる後輩の横顔に、じっ、と翼が怪訝な瞳を向ける。

 

「……不服か、雪音?」

 

「ああ! 不満も不満だね!

 なんだこのハチャメチャなアニメはッ!

 あたしは絶対、こんなのは認めねえ!!」

 

「そんなに破天荒なアニメだっただろうか?」

 

「おかしくない所を探す方が難しいだろ、コレ!

 なんなんだよコレは!?

 登場する奴は、どいつもコイツもキャラが濃すぎるし」

 

「確かに、登場したその回で『早く戦争になあれ』は、流石に私も引いたな」

 

「情勢はグダグダでちっともエンタメしてねえ!

 状況を把握する前にジェットコースターみたいに話が進みやがる」

 

「そうね、話が宇宙に移ってからは、正直私もノリだけで追いかけていたわ」

 

「そのクセ肝心のキャラクターたちもブレッブレで、視聴者の横っ面を叩く事しか考えてねえ」

 

「そうだな。

 ミリアルド兄さんの宣戦布告に至っては、色んな意味でブチ壊しだった」

 

「それなのに、最後だけこんな、まるでこれしかなかったように大団円なんて……。

 そんな、そんな偽善が許されるかよ」

 

「……確かに、すべて雪音の言うとおりだ」

 

 ふっ、と風鳴翼が自嘲をこぼす。

 クリスの苛立ちを知る事によって、翼はようやく、このアニメを放っておけなかった理由に、ようやく思い至ったのだ。

 

「雪音の言う通り、これは本当にけしからんアニメだ。

 右も左も分からない状況の中、ヒィロたちはただ、自分の信じた道を進み、もがき、ぶつかりあって。

 まるで雪音と初めて出会った頃のような、古傷を抉られる思いだよ」

 

「――ッ!?」

 

 その言葉に、今度こそクリスは愕然と両目を開いた。

 酸欠の金魚のようにパクパクと口を開き、やがてぶんぶんと頭を振るって叫んだ。

 

「う、嘘だッ そんなハズがあるかッ!

 私は違う! こんなバカどもと一緒なハズが無いッ

 私は、あの頃の私は、もっと真剣に――」

 

「――武力を行使する連中を片っ端から制圧して、戦争を根絶しようとしていたな、雪音は」

 

「~~~~~~ッ」

 

 ぼっ、と少女の顔面が、たちまち真紅に燃え上がる。

 それを見た翼の頬も、やや恥ずかし気に上気する。

 

「もっとも私の方も、あまり人の事を言えた義理ではないがな。

 あの頃の私は立花を敵視し、防人の覚悟を知らしめようと躍起になった挙句――」

 

「……ああ、そうだった、ようやく思い出したよ。

 あの時の先輩はまるで……、まるで、ダメな時のヒィロみたいだったっけ」

 

「面目ない」

 

 あっさりと頭を垂れた翼に対し、ようやくクリスは観念して、力なく腰を落とした。

 

「一つだけ、付け加えるならば。

 あの頃の私は、軸はブレてはいたが、それでも信じたもの対して懸命だった。

 それが良かったのか悪かったのかは分からないけれど、

 今、雪音とこのような時間を持てるのは、あの時の必死さがあったからだと、少なくとも私はそう思っている」

 

「先輩……」

 

「だから雪音、伏線だとかシナリオだとか……。

 そんな下らない体裁にこだわる必要は無いんじゃないかしら?

 雪音は素直に心を開いて、もっともっと、このアニメを好きになっていいんだ」

 

「……うっ」

 

 風鳴翼の薄い胸に、そっ、とクリスが額を寄せる。

 早朝の静寂の中、高山みなみの甘い声が、翼の耳に郷愁を届ける。

 

「それにしても、好きなアニメの最終話を見届けるというのは寂しいものね……」

 

 

 

「その言葉を待っていたわ、風鳴翼!」

 

「「 ――! 」」

 

 

 

 不意にバン、と扉が開け放たれ、逆光の中、一人の乙女が影をなす。

 陽光に煌くピンクブロンドのロングヘア。

 170はあろうかと言う長身に、スーパーモデル顔負けの肉体。

 そして自信に満ち溢れた、もう一人の歌女の瞳。

 

「お前はマリア、マリア・カデンツァヴナ・イヴじゃないか!?

 なんだってこんな所に?」

 

「さて……、どこかのお節介なマネージャーのせいで、私の予定もガンプラ・フェスに組み込まれてしまってね。

 陣中見舞いに来てみたのだけれど、どうやらこの手土産は正解だったようね」

 

「手土産?」

 

 翼の疑念に対し、マリアはにっ、と口元を歪め、手にしたトートバッグを高々と掲げる。

 

「1997年劇場公開『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz‐特別編‐』よ!

 本編終了後の世界を舞台に、少年たちの過去と現代、そして一つの時代を描き切った傑作よ」

 

「げ、劇場版だとッ!?」

 

「あ、会えるのか、あのバカどもに、もう一度」

 

「ええ、勿論よ。

 セルアニメ末期の驚異的クオリティによって新たに命を吹き込まれる物語。

 そして、カトキハジメの新たな解釈によって描き出される新生ガンダムチーム。

 もっとも私としては、トレーズ閣下の出番がなかった事だけが残念なのだけれど……」

 

「…………」

「…………」

 

「……って、え、えっ?

 ど、どうしたのよ二人とも、急に黙り込んじゃって」

 

 不意に室内の空気が急転する。

 居丈高なマリア・カデンツァヴナ・イヴが、たちまちただの優しいマリア姉さんに戻る。

 

「マリアはその、好きなのか、ガンダムW?」

 

「ん? え、ええ、そうね。

 アメリカでのガンダムWは、言わばファーストとでも呼ぶべき人気作だし。

 それに、そう、セレナも切歌も調も大好きだった、から……」

 

「ふーん」

 

「な、なによ……?」

 

 戸惑うマリアの言葉に対し、翼とクリスは頷きあって口を開いた。

 

「いや、何、少し昔の事を思い出しただけだ。

 初めて出会った頃のお前は――」

 

 

「「 すっごいエレガントだったな 」」

 

 

「……ッ!?

 この剣ッ 相っ変わらず可愛くない……!」

 

 マリアが重ねて反論しようとしたその時、不意に再び入口より、威勢の良い挨拶が響いた。

 

 

 

「デデデデ~~~ッス! Wと聞いて飛んできたデス!」

 

「ビームローターで来ました」

 

 

「いっえーい、クーリスちゃ~ん!

 Gガン見よっ、Gガン……って、ええええええっ!?

 な、なんで皆ここにいるの?」

 

「翼さんは兎に角として、マリアさんまで……」

 

 

「あらら、なんかきねクリ先輩の部屋の辺りが騒がしいなって思ったら」

 

「休日の朝から、うら若き乙女たちがガンダム談義……、ナイスです」

 

「まったく、これだけのメンバーが偶然集まるなんて、アニメじゃないんだからさあ」

 

 

 

「……っておい!? おかしいだろこんなの!

 なんで皆して当然のようにあたしの部屋に集まってやがるんだ!?」

 

 きねクリ先輩が叫ぶ!

 そしてもちろん誰も聞いていない。

 誠に遺憾ながら雪音クリス先輩の部屋は、お好み焼き『ふらわー』と双肩を成す癒しスポット。

 自然に足が帰ってしまう、リディアン女子にとっての魂のホームなのだ。

 

「さて、とにかく図らずも舞台が整ったようね。

 風鳴翼のガンプラ製作プロジェクト、早速はじめていきましょうか?」

 

「えっ、なになに?

 翼さん、もしかしてガンプラを作るんですか?」

 

「立花……、ああ、そのつもりなのだ、が!」

 

 不意に翼がにっ、と笑い、マリアの手にしたトートバッグをひったくった。

 

「その前に、まずは見せてもらうとしようか。

 Endless Waltzの実力とやらを!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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