風鳴翼、ガンプラを作る   作:いぶりがっこ

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最終話「SAKIMORI、ガンプラバトルをする」

 

「いっやぁ~、まさかガンプラバトルで翼さんが倒れちゃうなんて、

 一時はどうなる事かと思いましたよ」

 

「あ、ああ、すまないな立花、余計な気苦労を掛けてしまった」

 

 清楚な病室に、明るい少女たちの笑い声が響き渡る。

 病衣服姿の風鳴翼が、気恥ずかしげに視線を外すと、窓の外ではいかにも夏本番と言った風に、立ち上る入道雲が蒼穹の空一杯に広がっていた。

 

 この眩しい日差しの向こう。

 スタジアムでは世界中から集まったガンプラビルダーたちが栄光を求め、今日も激しい火花を散らしている事であろう。

 

「その……、折角の静岡なのだから、

 皆、私の事は気にせず観光にでも繰り出してきたらどうだ?

 単なる検査入院なのだし、体の方はこの通り回復しているんだ。

 そうしてくれた方が、却って私としても気が休まるの、だが……」

 

 戸惑い気味に室内に視線を戻す。

 前夜の戦いから病院に直行したS.O.N.G.所属の少女たち。

 たかだか検査入院と言う名目とは裏腹に、手狭な個室は寿司詰め状態と化していた。

 

「なーに言ってやがんだ?

 ガンプラバトルで入れ込み過ぎてブッ倒れるような先輩をほっぽって街に繰り出して、

 それでどうしてこっちの気が休まるってんだ?」

 

 翼の言葉に対し、呆れたように雪音クリスが軽口を叩く。

 

「ま、世界大会もまだまだ先は長い事だしね。

 今から慌てなくったって名勝負は逃げやしないわ」

 

「翼さんも明日からは仕事なんですから。

 今日ぐらいはボクたちに任せて、ゆっくりしていて下さい」

 

「エルフナインまで……。

 そ、そう言ってくれるのは有難いのだが」

 

 いかにも居心地悪そうに、翼が気持ち紅潮した頬をかく。

 息災そうな姪っ子の姿を前にして、東京から駆けつけて来た弦十郎はネクタイを緩め、ふうっ、と大きく息を吐き出した。

 

「ったく、ガンプラバトルで絶唱とはな。

 確かに楽しんで来いとは言ったが、あそこまではしゃぐこたァ無いだろう」

 

「司令」

 

 すっ、と翼が居を正し、神妙な面持ちを弦十郎に向ける。

 

「申し訳ありません、司令。

 チームの支える柱たるべき私が、誰よりも真っ先に熱くなり、己を見失ってしまうなどと」

 

「まあ、かたっ苦しい話はいいさ。

 それで、どうだった?」

 

「……? どう、とは?」

 

「ガンプラバトルは、風鳴翼が我を忘れるほどに熱くさせてくれる遊戯だったのか?」

 

 意味深な指令の言葉に、風鳴翼はやや俯き、真剣に次の言葉を模索する。

 

「ええ、確かに、凄まじい世界でした。

 たかだか遊戯……、いえ、遊戯なればこそ、なんでしょうか?

 熱かった、舞台も、観衆も、ファイターたちも。

 何もかもが、いつもの戦場とも、ステージとも違っていました」

 

「なるほど。

 遊びだからこそ本気になれる……、誰の言葉だったっけな?

 しっかし、全身が本身の風鳴翼がそこまで言うか」

 

「けれど、翼の感性、確かに私にも分かるわ」

 

 そう呟いて、窓際のマリア・カデンツァヴナ・イヴが、世界大会に揺れる会場に視線を向ける。

 

「三大理論をGPベース上で完全再現するデビルガンダム。

 今思い返しても肌が泡立つ、単なる遊びで用意できるような代物では無かったわ。

 既存のレギュレーションを遥かにオーバーする大型MSを、よもや一夜のエキシビジョンのために作り上げるなど」

 

「それだけじゃないよ、マリア。

 わざわざ同じ素体に対し、まったく異なるギミックを仕立てたデスアーミー軍団を百体も……。

 メイジン一人の仕業じゃない。

 彼をサポートするワークス・チームをフル稼働しなければ、とうてい出来ない仕事」

 

「よりによって、世界大会の真っ只中にぶつける形で、デスか?」 

 

 少女たちの会話に対し、思わず翼の眉間にも皺が寄る。

 

「言われてみれば、確かに。

 何故にメイジンは、自らの首を絞めるような真似を……?」

 

「――流石にメイジン・カワグチの名は伊達じゃない、と言った所かしらね」

 

 ふっ、と微笑を浮かべ、マリアが視線を室内に戻す。

 

「あの男はファイターとして、他の選手たちよりも一つ上のステージを見ているのよ。

 一個人の勝ち負けと言った次元を超越した舞台で、メイジンは戦っている」

 

「上のステージ?

 どう言う意味です、マリアさん?」

 

「世界大会制覇の栄冠と天秤に掛けて、それでも彼にとってはやる価値があったんでしょうね。

 私たちの、いえ、風鳴翼のステージを彩る事で広がる、新たな未来の可能性が」

 

「それが、メイジンの見ていた世界か……。

 ふふ、何だか恐縮してしまうな」

 

 ふっ、と翼の口元にも微笑が浮かぶ。

 そんな違いの分かる乙女たちの笑顔を尻目に、傍らの小日向未来がちょっと小首を傾げる。

 

「う~ん?

 けど、あの三代目メイジンって、そんな殊勝な事を考える人かなぁ」

 

「ああ、うん、そうだね未来。

 なんって言うか、メイジンって……、大人げないよね?」

 

「て言うかそれ、二人の買いかぶり過ぎなんじゃねえの?

 あの人は絶対、面白そうだからやったとか、そう言うノリだったと思うぜ」

 

「きっと世界大会の方も、優勝する気マンマンだと思う」

 

「今ごろ会場は大荒れデース」

 

「え? うん、まあ。

 勿論そう言う可能性も、否定は出来ないん、だけど……」

 

「ああ、確かに。

 そう考えさせてもらった方が、私としても幾分、気が楽だ」

 

 そう言って、翼が笑った。

 たちまち狭い個室に少女たちの笑顔が咲く。

 

「けれど、翼さん。

 昨夜の皆さんは、天下のメイジンに胸を張って良いだけの仕事をしたと思いますよ」

 

 ひとしきり笑い終えたのち、入口に控えていた緒川慎次が鞄を片手に歩み出た。

 

「緒川さん、それは?」

 

「昨夜の皆さんの戦いは、世界大会真っ只中のイベントと言う相乗効果もあって、

 既に各所で評判になっているようですよ。

 ついては、鉄は熱い内に打て、と言う事で、先方からこんな企画書を預かって来ました」

 

「企画書、ですか」

 

 緒川から渡されたバインダーへと目を移す。

 一枚目の表紙に記されていたのは【緊急立体化企画! ガンプラアーティスト風鳴翼】

 と言う堂々たるキャッチコピーであった。

 はっ、と思わず目を丸くして、翼が顔を上げる。

 

「ガンプラアーティスト……?

 緒川さん! これって……」

 

「そう、翼さんのガンプラの商品化企画の第一報です」

 

「私の、フェニーチェツヴァイが?」

 

「えぇーっ!? 翼さんのガンプラがお店に並ぶんですか!」

 

「信じられない。

 アイドルとは言え素人の作ったガンプラを……?

 そんな企画が実現したなら、まさしくガンプラの未来を繋ぐ第一歩ね」

 

「とんだサプライズデス! 私もッ、私も見たいデース!」

 

 少女たちの興奮が、たちまち病室に反響する。

 戸惑う翼の両肩から、身を乗り出した少女たちの視線が資料に収束する。

 

「これが、先輩の……」

 

 ペラリ。

 2ページ目のラフスケッチは、身の丈ほどの大太刀を八双に構える風鳴翼の姿であった。

 

「えと、その、翼さん、の?」

 

 ペラリ。

 3ページ目のラフスケッチは、際どいアングルで逆羅刹を繰り出す風鳴翼の姿であった。

 

「じ~~~~~~っ」

「デース?」 

 

 ペラリ。

 4ページ目のラフスケッチは、血涙を流しながら刃を振るう修羅の如き風鳴翼であった。

 

 パタン、とバインダーを閉じ、死んだ魚のような目をした防人が顔を上げる。

 

「……ええっと、緒川、さん?」

 

「はい」

 

「その……、私の(作った)ガンプラ、ですよね?」

 

「ええ、翼さん(そのもの)のガンプラです」

 

 にこり、と綺麗な笑みを浮かべ、緒川慎次が高らかと謳う。

 

「テーマはずばり、アイドルとガンプラの融合!

 商品名は【HG(ハイパーガール)シリーズ・つばさウィング】だ、そうです」

 

「つ、つばさウィング……!」

 

「思い切り被ってんじゃねえかッ!?」

 

「凄い。

 響と同じレベルの人が、企画室のお偉いさんの中にも居たなんて……」

 

 興奮が去った。

 ポカン、と間の抜けたような空気が八月の午後を支配する。

 

「ほ、本当にこれが、商品化するんですか?」

 

「ええ、僕もこの企画を聞いた時には思わず耳を疑いましたが。

 何でも、()()ガンプラ心形流が商品開発に乗り気だそうでして。

 量産化の暁には、全世界のバトルフィールドを駆け巡る翼さんの勇姿が拝めますよ」

 

「えっ!? こ、この翼さんで、バトルできるんデスかッ!」

 

「そりゃあ凄い、確かに面白そうな企画だな」

 

「私、翼さんのために特注のアインラッドを用意します」

 

 心形流驚異のメカニズム!

 病室が再び驚愕に包まれる中、翼の顔がみるみる真っ赤に染まって行く。

 

「あの、緒川さん。

 何だかそれは、凄く、おもはがゆい、ような……」

 

「ここが正念場ですよ、翼さん!

 この企画が軌道に乗りさえすれば【HGかなでウィング】の商品化だって夢では無いんです」

 

「――まさか!

 仮想空間の話とは言え、もう一度、奏と同じ舞台に立てると!?」

 

「もちろんですとも。

 このHG第二弾・つばさウィングと、第一弾の【怪傑!ヘビーアームズずきん】が売れさえすれば……」

 

 

 

「な……! な ん じ ゃ あ こ り ゃ あ ァ ぁ ア ァ ――――ッ!?」

 

 

 

 雪音クリスの悲痛な叫びが、八月の午後を切り裂いた。

 真っ白に硬直した細い指先から、ばさばさと資料の束がリノリウムの床に落ちる。

 

 両手のガトリング砲を十字に広げ、鮮やかなムーンサルトを決める雪音クリスの姿があった。

 口元にニヒルな笑みを浮かべ、腰を落としてミサイルを打ち込む雪音クリスの姿があった。

 ノイズ似のリーオーに砲塔をぶっ刺し、大地に叩き付けブッ放す雪音クリスの姿があった。

 寄せて上げた両胸の前で「ばぁん!」と指鉄砲を構える雪音クリスの姿があった。

 

「か、怪傑、ヘビーアームズずきん……?」

「じ~~~~~~~っ」

「まんまイチイバルだよね、これ」

「しかも総天然色……、全然ラフじゃない!

 明らかに翼のラフより気合いが入っているわね!」

 

「やいやいやいやいやいやいやいやい!!!!

 な、なななんで私のラフスケッチがこんなに並んでやがるンだ!?

 しかも商品化決定って……、HG第一弾ってどう言うこったッッッ!!??」

 

「……と、言うかこの企画。

 タネを明かせば、こっちのヘビーアームズずきんの方がメインなんですよ。

 翼さんのウィングは、これ幸いと後から乗っからせてもらっただけと言うか……」

 

 思わず気が動転したクリスちゃんに対し、緒川が困ったような表情を見せつつ、淡々とノートパソコンを立ち上げていく。

 

「――実は昨夜のイベントの折、

 乱入したクリスさんの姿が一部のファンの方々にスマッシュヒットしたようでして。

 ネットでは今、あのヘビーアームズの娘は何者だ、と、大層な話題になっているんですよ」

 

 緒川の握るマウスが『登場、ヘビーアームズ頭巾の巻』なるサムネをクリックする。

 モニター上に、たちまち昨夜の興奮のステージが甦る。

 

 

「キ、(゜∀゜)キタ―――ッ」「いったい何バートンなんだ……?」「ぶひいいいいいいいい」

「ちょwせぇwwwwwwいwww」「マジで誰だよ?」「デケェ!」「でけぇ!?」

「デカアァァイ説明不要ッ」「やっさいもっさい!やっさいもっさい!」「うーむ、デカイ」

「飛んだ!?」「なぜ飛ぶ」「リアルトロワの降臨である」「ありがたやありがたや」

「ちょっとは説明してくれ!」「クリス先輩マジカッケーデス!」「急に歌うよ~」

「弾切れを気にする必要は無い(キリッ」「急に歌うよ~」「急に歌が来たので」「急に歌うよ~」

「この娘もリディアンなの?」「うたずきんやん!」「急に歌うよ~」「戦場に歌が?」

「たかたん!た~たた~たた~」「やっさいもっさいやっさいもっさい」「うん、デカイ」

「わっふるわっふる」「これがヘビーアームズの申し子である」「ちょっせーい!」

 

 

 敵陣を蹂躙する弾幕の上を、閲覧者たちのコメントが弾幕となって蹂躙する。

 お前らの愛でクリスちゃんが見えない。

 これにはブライトさんもニッコリご満悦であった。

 

「と、まあ、この会場の熱狂が開発部にまで伝播した結果、今回の企画が立ち上がったワケです」

 

「成程、この人気では仕方ないわね。

 どうやら私のトールギスは、第三弾以降の発表に期待するしか無いようね」

 

「だ、だからってそんな……、本人の断わりも無しに」

 

「ン?

 ちょ、ちょっとタンマデース!」

 

 戸惑うきねクリ先輩を置き去りにして、傍らの切ちゃんが素っ頓狂な叫びを上げる。

 

「クリス先輩の機体が商品化と言う事は、もしも、もしもこのシリーズが継続したら……!」

 

「そうですね。

 デスサイズは元から人気機体ですし、実現の可能性は高いと思いますよ」

 

「デェ~~~~~~~スッ!!」

 

「じ~~~~~~~~~~~~」

 

「みなまで言わなくても分かります。

 その時には金型は是非、ゾロアットの新作に流用できる商品にしてもらいましょう」

 

「え、ええっと、その……。

 流石に女の子にタイタスは、イメージ的にマズイって言うか」

 

「ひびきタイタス、良いじゃないですか。

 男の子は意外とそう言うギャップが好きなものですよ」

 

「――!?

 お願いクリス! YESと言ってッ!

 私買うから、十個でも二十個でもガンプラ買うからッ!?」

 

「やかましいッ 却下だ却下ッ!!

 こんなトチ狂った企画を通して堪るかァ―――――ッッ」

 

 縋り付く小日向未来を振り払い、クリスが大きく肩で息を吐く。

 そんな後輩の後ろ姿に、じっ、と翼が寂しげな視線を送る。

 

「……雪音はそんなに嫌か?

 私と同じガンプラになるのは?」

 

「え……?」

 

「私は、もしも雪音のヘビーアームズが発売されたなら、

 その時は私の機体の隣に並べてみたいのだが……?」

 

「なッ な!? な……」

 

(ヤダ、こ、この剣、かわいい……!)

 

 上目遣いにクリスちゃんを見上げる防人の姿に、思わずマリア姉さんの胸がキュン、と高鳴る。

 かつて、天羽奏の甘やかしの下で育まれた翼のもう一つの姿、妹属性。

 未知なる剣をハートに突き立てられ、ガクリ、とクリスの両膝が床に付く。

 

「ち……、畜生ォ……、チクショオォ―――――――ッッ!!」

 

 雪音クリスが叫んだ。

 其処が病院である事も忘れ、男泣きに泣いた。

 

 後年、ガンプラ史に新たな楔を打ち込んだとまで評される事となる伝説的ヒット商品。

 

【HG 怪傑!ヘビーアームズずきん】誕生の瞬間であった。

 

 

 翌日、風鳴翼は仕事へと復帰した。

 

 ガンプラバトル選手権もいよいよ盛り上がりを見せ始め、まさしく夏本番を迎えていた。

 

 世界大会本戦のパーソナリティは、復活したベテランのキララちゃんに、売り出し中の高校生モデル、カミキ・ミライ。

 新旧ガンプラアイドルの夢のタッグがガッチリと抑えている。

 翼たちの戦場は、専らサブ。

 イベント会場の実況にトークにバトルにミニコンサートと言った、連日の交流会にあった。

 

 その段になって、ようやく翼も気が付いた。

 新しく触れ合った観客たちの暖かな声援。

 歌女が初日に見せた戦いを、その場に居合わせたビルダーたちは忘れてはいなかったのだ。

 

 あの一夜が無ければ、おそらくはこのイベント、風鳴翼は最後までゲストであっただろう。

 緒川慎二のスケジューリングと、メイジン・カワグチの競演が、翼たちにガンプラファイターとしての居場所を与えてくれたのだ。

 

 翼やマリアだけでは無い。 

 スタッフとして二人のフォローをしてくれるリディアンの後輩たちも、皆、笑顔であった。

 うたずきんなどは連日の猛暑にも関わらず、最後まで頭巾で頑張り通す意地をみせてくれた。

 大人の厚意と、仲間たちの信頼と、ファンの情熱に支えられながら、今日も風鳴翼は最高の仕事をする。

 

 熱狂と、興奮と、感動と。

 いくつもの名シーンを観衆の目に焼き付けて……。

 ガンプラバトル選手権は、今年もまたつつがなくグランドフィナーレ迎えるのであった。

 

 

 

 ――そして、九月。

 

 季節外れの霧雨が、街を幻想的なヴェールに包んでいた。

 ヘッドライトを霧に包んで、黒塗りの乗用車が路肩に停車する。

 後部座席が開き、そこに清楚な白い傘が咲いた。

 

「では翼さん、一時間後に」

 

「すみません緒川さん、わざわざ車まで回してもらって」

 

「構いませんよ、この天気の中、バイクを使われても困りますから」

 

 そう軽く笑って、ゆっくりと車が発進する。

 テールランプを見送った後、霧雨に煙る住宅街を見渡し、通りの先に見える看板を目指す。

 イオリ模型店。

 風景に溶け込む馴染みの看板と、雨露に濡れるショーウィンドウを横目に入口のドアをくぐる。

 

「あら、いらっしゃい翼さん」

「どうも、ごぶさたしています」

 

 にこやかに顔を上げた女店長に対し、濡れた長髪を押さえながら翼が応える。

 

「今日はお一人? なんだか珍しいじゃない」

 

「収録の時間が空いたので、少しだけ寄らせてもらいました。

 流石に平日の昼間まで友人を連れ回すワケにもいきませんから」

 

「そう、それじゃあどうぞ、ごゆっくり」

 

 愛想のよいリン子の言葉に頷いて、静かに店内を散策する。

 来客がトップアーティストであっても飾らない店だ。

 エルフナインが「きっと気に入る」と太鼓判を押した意味を、今更ながらに噛み締める。

 

 ゆっくりとした足取りで、陳列棚を巡回する。

 平日の午後、窓の外は生憎の空模様。

 学校帰りの子供たちが上がってくるにもまだ早い時刻である。

 

 閑散とした店内を巡り、型遅れの旧キットなぞを吟味するフリをして、店の奥に目を向ける。

 小さなドアとガラス張りの仕切りで区切られたバトルルーム。

 だが、当たり前だが、こんな時刻からバトルに興じている酔狂な人間など居る筈も無く、照明の落とされた室内は、窓からの僅かばかりの光で薄ぼんやりとしていた。

 

 ふっ、と小さく、翼の口から自嘲がこぼれる。

 

「まあ、これが当然よね。

 そんな都合の良い偶然が、そうそうあって堪るものか」

 

「なに一人で呟いてんの?」

 

「え、う、うわっ!?」

 

 思わず声がうらっ返り、振り向きざまに翼が後ずさった。

 視線の先に居たのは、カーキー色のくすんだジャンパーに身を包んだ、件の少年。

 相も変わらず思考の読めない澄んだ瞳で、風鳴翼を真っ直ぐに見上げていた。

 

「い、いたのか、少年……!

 私の背後をとるとは、できるな」

 

「いや、普通に隙だらけだったけど?」

 

「そ、そうか、私もまだまだ精進が足りないようね」

 

 ゆっくりと一つ深呼吸して、翼が改めて少年を見下ろす。

 この少年に対しては、なぜだからしからぬ姿ばかり晒しているような気がした。

 

「――正直、今日、会えるとは思っていなかったわ。

 平日の、それも外はこんな天気だと言うのに」

 

「お互い様だけど、まあ、こんな天気だからこそ、だよ。

 おかげで現場は朝から動いてなくてさ」

 

「そうか、どうも私は、そう言う世情に疎くてな」

 

「けど……」

 

 ぬっ、と翼の肩越しに、少年が奥の部屋を覗く。

 つれて翼も後方に視線を向ける。

 

「こんな雨の日に、わざわざバトルをやりに?」

 

「……ああ、そうだ。

 あわよくば、少年にこの間の雪辱を果たしたくてね」

 

「あんなのは、単なる社交辞令だと思ってたよ」

 

「ふふ、私もだ。

 私自身、自分がこんなにも執念深い性質だとは思ってもいなかったわ」

 

「ふーん……」

 

 そしてしばし、二人は無言になった。

 静かな店内に、いよいよ強くなり出した雨音がよく通る。

 

「やろうか?」

「やろう」

 

 そういうことになった。

 

 

 

『――Please set your Gunpla』

 

 

 蟲惑的な光溢れるテーブルを挟み、薄暗い室内に二人が向かい合う。

 アナウンスに促されるままに、手にした愛機をベースへと据える。

 

「……剣じゃあ、無かったんだな」

「えっ」

 

 ポツリと対面から漏れた言葉に、思わず翼が顔を上げる。

 

「この間のステージ、驚いたよ。

 結構な人気者だったんだ」

 

「ああ……」

 

 向かい合った少年の言葉に、困ったように頭が下がる。

 

「すまない少年、折を見て話すつもりではいたのだが」

 

「気にして無いよ、別に」

 

 そこで少年は言葉を区切り、ややあって「それに」と付け加えた。

 翼の瞳が、はっ、と丸くなる。

 

 笑っていた。

 表情に乏しい少年の口元に、微かな笑みが確かに浮かんでいた。

 

「……それに今、この場ではもう、どっちでもいいさ。

 翼だろうと、剣だろうと」

 

「ええ、そうね。

 今だけは私も、ただ一振りの剣で構わないわ」

 

 にやり、と、つられて翼も笑った。

 笑いとは本来、獲物を前にした獣が牙を剥く行為に由来し、攻撃的な性質を孕む。

 翼自身の魂のテンションが、歪で、不器用で、酷く攻撃的だった片翼の頃に戻ってしまったようであった。

 

(こんな情けない姿は、他の誰にも見せられないわね)

 

 心の片隅に残っていた現在の風鳴翼が、己の未熟な姿を前に自嘲する。

 けれど存外、肺腑に満ちる荒んだ空気は嫌いでは無かった。

 こんなにもギラついた自分の姿は、父にも、仲間にも、たとえ奏であっても見せられまい。

 只の行きずりの遊び友達相手だからこそ、恥を掻き捨てられるのだ。

 

 ――遊びだからこそ、本気になれる。

 

 ふっ、と脳裏に、いつかの言葉が浮かび上がる。

 ああ、あれは果して、誰の言葉だったか?

 

 

『――Battle start』

 

 

「風鳴翼、ガンダムフェニーチェ・ツヴァイ、推して参る」

「……バルバトスルプス、やってやるさ」

 

 口上が重なり、たちまちカタパルトが走った。

 機体が、翼が、世界が加速する。

 

 ザッ、と開いたゲートの先に一面の蒼穹が広がった。

 燃ゆるように咲き誇る爛漫の花園が、ディープブルーの機体を鮮やかに彩る。

 吹き抜けるようなアーティジブラルタルの空に、薄桃色の花弁が優雅に舞っていた。

 

「いざ、尋常に勝負ッ!」

 

 花吹雪を豪快に蹴散らして、一直線にフェニーチェが疾る。

 蒼く燃える太刀を脇に構え、バーニアを吹かしてぐんぐん加速する。

 

 花吹雪の彼方から、蜻蛉を切って突っ込んでくる悪魔の姿が見えた。

 一瞬の内に距離が潰れ、白刃が、両者の意地が交錯する。

 

 

 ――ギン、と言う煌めく音。

 

 

 刹那、風が鳴いた。

 薄桃色の花びらが、一斉に、遥かな蒼穹へ向けて舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 


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