禁書if ~あの日携帯を無くさなければ~   作:イシトモ

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3.芽生え

逃走劇が終局を迎える。

ビルを屋上から屋上へ何度も飛び移ったが、

食蜂の運動神経の悪さが及ぼす影響は大きく、

ついに全周を囲まれてしまった。

 

デッドロックの一員が、上条に語りかける。

「まだやるのか」

それは手を引けばお前は助けてやるという譲歩。

だが、

「まだやるとも」

即答する上条。

 

その背に守られながら、食蜂は考える。

なぜこの少年は自分を助けてくれるのか。

別に血縁関係がある訳ではないし、

恋人だったりもしない所詮ゆきずりの相手だ。

なぜそこで即答できるのか、食蜂にもわからない。

 

その疑問を持ったのは襲撃者も同じようだった。

「そこまで言うからには、余程の能力でもあるのか?」

「そんなもんねぇよ。でも俺はお前らが許せねぇ。拳を握る理由なんてそれで十分だ」

「なるほど、同類か」

襲撃者は嘲らない。むしろ無能力者と戦うことに、重い意味を見出しているようだった。

声色から一切の余裕を消し上条に語りかける。

 

「なぁ、おかしいと思わないのか?」

「何を」

「全てさ」

 

そして襲撃者は真摯に告げる。

「俺たちと戦うと決めたこと自体、彼女に操られた結果だとなぜ疑わない?」

 

食蜂の呼吸が止まる。

 

 

 

 

 

AIM拡散力場というものがある。

学園都市の能力者は、その能力の強弱に問わず周囲に微弱な超能力を無意識の内に発するのだ。

発火能力者の周囲の気温は少し高く、

発電能力者は常に微かに電磁波を帯びるといった具合である。

 

では考えてみよう。

心を操る能力。それも学園都市最高位の強度。

 

…それは周囲にどんな影響を及ぼす?

 

 

 

 

 

「あ、ああ」

食蜂が膝から崩れ落ちた。

私は、目の前の少年を操っていた?

暖かい思い出も、全部自作自演だった?

仮に自分が今目の前の少年を操っているとしたら、

彼の命を自分が今潰そうとしている事になるのではないか?

「あああああああ」

話はそこに収まらない。

今までにも無意識で操った人がいたんじゃないか?

自分のせいで散った命があったんじゃないか?

「違う、まさか、だって、そんな、」

座り込みぶつぶつと呟く食蜂を見つめる上条。

そして言い放つ。

 

 

「茶番だな」

 

 

「かもしれないな。だが断言できるか?お前の精神がそいつから一切の干渉を受けていないことを」

「そんなもんどうでもいい、いいかチンピラ」

一息つき、半ば隣で震える少女に言い聞かせるように告げた。

 

「今にも泣き出しそうな女の子の側に立てりゃあ、こっちはそれで本望なんだよ」

それを聞いて、食蜂は自分の中で何かが音を立てて動き出したのを感じた。

それは今まで何度となく他人の頭を覗いてきた彼女をして、初めて知る感情だった。

 

「そうか。ならばしょうがない。君とも戦わなければならないようだ」

「元よりその気だよ」

上条が動く。

 

 

 

 

 

 

その瞬間、

 

「ちょおっと盛り上がってるとこ悪いんだけどお…助け、呼ばせてもらったわよぉ?」

チョコレート色の髪の少女に率いられる形で、大量のアンチスキルが出現した。

 

 

 

「お久しぶりい、上条クン?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠距離から麻酔銃で狙撃され、確保されていくデッドロック。

「た、助かったよ蜜蟻…正直勝てる気がしなかった」

「あはは、向こう見ずなのは相変わらずねえ」

 

蜜蟻愛愉。以前上条が人造湖で救った少女である。

「びっくりしたわあ。物騒な痕跡を辿って路地裏を進んだら、上条さんが襲われてるんだもの。私じゃ太刀打ちできそうになかったし、通報しちゃった」

「それで十分だよ。お前が来てくれなきゃ多分死んでた。しかし悪いな、待ち合わせすっぽかして」

「いいのいいの、こんなの不可抗力だわあ」

 

そこで蜜蟻は上条の足下に目をむけ、

「時に上条さん」

「何だ?」

「足下で固まってる女の子はどこの誰かしらあ?」

 

食蜂の頭は半ばパンクしていた。

未だに残る恐怖。

助かった安堵。

急に胸に去来した謎の感情。

様々な感情が脳内で渦巻き、遂に彼女のキャパを越えてしまったのである。

 

「……きゅう」

「食蜂ぉぉぉぉぉぉ!!」

 

食蜂の記憶はそこで一度途絶えた。

 

 

 

 

 

 

意識が覚醒して最初に感じたのは心地よい風だった。

「ここは…」

「お、目が覚めたか」

「!?」

真横から聞こえた声に反射的に跳ね起きると、軽い目眩に襲われた。

「まだ安静にしてろよ。ずっと気を失ってたんだから」

「えぇっと…」

また横になった食蜂を団扇で扇ぎながら、

「ここはアンチスキルの詰所だよ。時間が遅かったし蜜蟻には一回寮に帰ってもらったけど、倒れたお前を寮に送り届ける訳にもいかなかったからさ、ここまで運んできた」

 

「上条!彼女さんは起きたじゃん!?」

戸口から女の人が入ってきた。風格から察するに、アンチスキルの一員だろうか。

「だから彼女じゃありませんって、黄泉川先生。あ、ソファー借りてますよ」

「構わないじゃんよ。しかし上条が女を連れ込むとは…」

 

何気ないやり取りを横で聞いている内に、生きているという実感が湧いてきた。

生き延びたのだ。あの状況から。

安心すると、今度は涙が込み上げてきた。

「うっ、ぐす…」

「あぁ上条!女の子泣かせたな!いけない子じゃん!」

「え、お、俺!? ちょ、大丈夫か食蜂!?俺の彼女扱いがそんなに嫌だったか!?」

 

狼狽する上条にすがり付く。

空気を読んだ黄泉川が席を外した。

「怖かった、怖かったぁ!!」

そんな彼女を見て上条は微笑んで、頭を軽く撫でながら、

「大丈夫。もう心配ない」

「上条さんが、死んじゃうんじゃないかってぇ!!」

「大丈夫。俺は死なないよ」

「今までの思い出も、私が上条さんを操った結果なんじゃないかってぇ!!」

「大丈夫。俺にはお前の超能力は効かない」

 

 

 

食蜂の恐れを上条が癒していく。

いつしか彼女は眠りについていた。

「お休み、食蜂」

 

とても幸せそうな寝顔だった。

 

 


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