なぜ、よりにもよってこのタイミングで。
「その子から離れてくれへんかな」
死の間際でフレンダが抱いた願いは、まるで奇跡のように叶った。
いや、叶ってしまった。
コンテナに身を預けて座り込む自分と、それを見下ろす形で翼を振りかぶる垣根。
その二人から十メートルほどの距離を開けて立つ青ピ。
多少喧嘩慣れしているとはいえ、青ピはただの一般人で、おまけに丸腰。
文字通り化物のような力を持つ垣根の手にかかれば、その命は一瞬で吹き飛ぶだろう。
突然の乱入者にまたも振り下ろす直前の翼を止める垣根の姿を見て、咄嗟にリモコンのスイッチを押しそうになるが、踏みとどまる。
今の青ピの位置では、雪崩に巻き込みかねない。
激しく葛藤するフレンダをよそに、垣根が少々驚いた様子で口を開く。
「……誰かと思えば、ファミレスの時のやつじゃねえか」
「ああ、その件はどうもなあ。君のアドバイスのお陰で、悩み振り切って好きな子に告白して彼氏になれたわ」
「そりゃおめでとさん」
何やら和やかに会話を始めた目の前の男たちの姿にフレンダの目が点になるが、次の瞬間、垣根が全身からプレッシャーを放つ。
「悪いことは言わねえから、さっさとどっか行け。このままだと目撃者のお前も消さなきゃいけなくなる。彼女もいるんだから自分の身は大事にしとけ」
並のスキルアウトなら尻尾を巻いて逃げ出すほどの殺気。
顔中に冷や汗を浮かべながらも青ピが逃げ出さないのは、勇気ゆえか、無知ゆえか。
「そうしたいのはやまやまなんやけど、そうできん事情があってな」
そう言って、青ピはフレンダを指し示す。
「その子なんよ、僕の彼女。このまま帰ったらきっと君はフレンダを殺すんやろ?君らの世界のことはよく知らんけど、そんくらいは分かるわ」
「…あーー、なるほど」
垣根はフレンダをちらりと見て、また青ピに視線を戻す。
「世間は狭いな。つまりお前は命の危機に瀕するヒロインを助けに来たヒーローで、俺は倒すべきラスボスって訳か」
「その例えが正しいのかは分からんけど、大体そんなとこやな」
「くくく…… なるほど。こいつは今まで以上に後味悪い結果になりそうだな」
「それがどうなるかは、最後まで分からんやろ?」
「まさか、俺を倒す気か?レベル5のこの俺を?」
「……話し合いで解決できる感じではないやろうしなあ」
「よく分かってんじゃねえか」
青ピと垣根、二人の視線が交錯する。
幻想殺しすら持たない、正真正銘のレベル0と、学園都市最強の座まであと一歩の位置にいる男。
どこまでも一方的な戦いが始まった。
「っ‼」
先に動いたのは青ピだった。
実は高位能力者でした、などと言う話はもちろん無い。
青ピは、電気も炎も操れない。
能力を打ち消すことだってできない。
だから、できることをする。
彼にできることは、拳を握り、殴ること。
姿勢を低くし、全身全霊で地を駆ける。
拳を強く握りしめ、まっすぐに垣根を見る。
瞬く間に二人の距離は縮まり、あと数歩で拳が届くという間合いまで辿り着く。
対する垣根は一歩も動かない。
右手を頭上に掲げ、振り下ろす。
たったそれだけの動作で、背中の翼が青ピの眼の前の地面に叩きつけられ、爆発でも起きたかのように地面が弾ける。
「ぐぅっ……」
咄嗟の防御が間に合わず無防備な青ピの腹に、大量の砂利が凄まじい速度で突き刺さる。
痛みを感じたと思ったその瞬間には、体が宙を舞っていた。
そのまま数メートル後ろに吹っ飛び、ろくに受け身も取れずに地面を転がっていく。
やっと勢いが弱まる頃には、青ピの服はボロ雑巾のような有様に成り果てていた。
圧倒的な力の差。
ちょっとやそっとの幸運では逃げ延びることすら怪しいという事実が突きつけられる。
しかしその意志はまだ折れていない。
「ぁぁぁああああ‼」
歯を食いしばって立ち上がり、すぐに走り出す。
その足取りに迷いは無く、むしろ地を踏みしめる力はより強くなっている。
「しつけぇな」
再び愚直に突っ込んで来る青ピに、垣根は先程と同じように対処する。
今度こそ青ピの防御が間に合ったが、それでも勢いは殺しきれず、またもその体が宙を舞う。
「どんな能力を使ってくるかと思えば、まさか正面突破とはな。まさかお前無能力者か?」
「……だから、どうした?」
再び立ち上がり、口元から垂れる血を拭う青ピ。
その姿を見て、垣根はため息をつき、翼をしまった。
「一方的過ぎてつまらん。能力使わないで肉弾戦やってやるよ」
「……上等」
明らかな挑発だが、青ピには乗る以外の選択肢は無い。
拳を握り、突進する。
能力を使われないなら、多少は勝機があるかもしれない。
その僅かな希望は、いとも容易く打ち砕かれる。
青ピが全力で振り抜いた拳を、垣根は少し首をひねるだけで容易に避ける。
返しの膝蹴りを鳩尾に受け、思わず体を折った青ピを待っていたのは、顔面に迫る回し蹴り。
モロに受けて地面に転がると、そのままサッカーボールのように蹴飛ばされた。
地面に転がった青ピは、遂に立ち上がれなくなる。
垣根はその頭を踏みつけ、体重をかける。
「これで分かっただろ?圧倒的な力の差ってやつが。能力の有る無しじゃねえんだよ。お前じゃ、俺に、勝てねえの。もう諦めろよ」
「……それは、ごめんやな」
「はぁ…… 俺は一般人に手を出さない主義だが、まだ抵抗すんならお前を仕事の邪魔と見なして潰すぞ?」
「そう、なるんなら、まあ、しゃあないやろ。むしろ、ここで逃げた方が、ずっと、後悔するしな」
頑として意志を曲げない青ピに、垣根は足をそのままに頭を掻く。
何度目か分からないため息をつきながらふと横を向き、固まった。
フレンダの姿が消えていた。
「おい。彼女、お前置いて逃げたぞ」
その言葉を聞いた青ピは何を思ったか、垣根の足の下で笑った。
「そうかそうか、それは良かった。僕はフレンダを助けられたんか」
「最期まで前向きだな、お前」
フレンダが逃げたなら、さっさと追って始末しなくてはならない。
青ピの相手をする理由を失った垣根が、その場を立ち去ることを決めた時だった。
足元から、青ピの姿が消えた。
一瞬置いて、垣根の思考が現実に追いつく。
(わざわざこいつを回収した。つまりすぐに大規模な攻撃が来る)
予想は的中し、傍らのコンテナが内側から爆発する。
一番下段が粉々になり、支えを失った山が盛大に雪崩を起こした。
「チッ」
この時点で垣根には、翼で羽ばたいてこの場を離脱するか、降りかかるコンテナを翼で切り裂き粉々にするか、その二択が与えられていた。
そして実際に垣根が選んだのは後者。
逃げるのに比べれば確実な選択ではあったが、今この瞬間においては悪手だった。
翼が閃き、コンテナが分割されていく。
本来のフレンダの計画では、それで終わりだっただろう。
しかし、フレンダも、垣根と青ピの会話中何もしていなかった訳ではない。
切り裂かれたコンテナの隙間から内容物が覗く。
溢れ出したのは、大量の爆弾だった。
「なっ……」
中身一杯に爆発物を詰め込まれたコンテナ。
そんな危険物に、何も考えず衝撃を与えるとどうなるか。
操車場に閃光が走った。
盛大な爆発音を耳にし、青ピが死を覚悟して閉じていた目を開くと、眼の前にはフレンダがいた。
後頭部に加わる感触から察するに、膝枕をされているらしい。
視線を周囲に巡らすと、先程まで自分がいた場所が黒煙に包まれている。
フレンダに引き寄せられて移動したのだろうか。
「どうして、来たの?」
震える声でそう尋ねるフレンダの目は、涙で滲んでいるように見える。
「君が危ないって思ったんや。動かない訳にはいかへんやろ」
「結局青ピは馬鹿って訳よ。私が倒せない相手、青ピが倒せる訳ないじゃん」
「はは、手厳しいなあ。少なくとも一回は君を守れたみたいやし、褒めてくれてもいいのに」
「命を粗末にする馬鹿に褒め言葉なんていりません」
青ピが生きていることを確認したフレンダは、膝枕をやめて立ち上がった。
再び硬い地面の上に頭を移した青ピは、張りのない声で問いかける。
「フレンダ、これからどうする?個人的には救急車呼んでもらえるとありがたいんやけど」
「残念だけどその暇はないかな。学園都市第二位があんな爆発で死ぬとは思えない。間違いなく立ち上がってまた襲って来る」
それを聞いて、青ピは状況を理解した。
なんとなくあの爆発で勝負がついたと思っていたが、違うのだ。
まだ勝負は終わっていない。
フレンダの、そして今では青ピの物でもある危機は、まだ続いている。
そして、この状況でフレンダが立ち上がったということは。
「まさか、行くんか、あいつ倒しに」
「まあね。ほっといたら二人とも殺されちゃうだろうし、結局生きて帰るには弱ってる今叩くしかないって訳よ」
「弱ってるったってあの化物やろ?逃げられへんの?」
「流石に無理だよ。私一人で逃げるのがやっとだもん。本格的にキレたあいつから二人で逃げるなんて絶対無理」
後ろを振り向かず、歩き出す。
青ピはなんとか引き止めようとするが、血まみれの体はピクリとも動かない。
「もし死んじゃったらゴメンね。……結局、青ピといられて幸せだったって訳よ」
フレンダは、そう言い残して歩き去った。
「フレ……ンダ……」
後を追って、その手を掴み引き止めたい。
そんな青ピの思いとは裏腹に、意識は遠くなり、やがて闇に落ちた。
青ピを置いて爆心地まで向かったフレンダを待っていたのは、全身ボロボロになり、地面に膝をつく垣根の姿だった。
足音を殺していたつもりだったが、こちらの接近に気づいたようで、振り返る。
咄嗟に投げつけた人形爆弾が、軽々と翼に弾かれる。
「褒めてやるよ。俺にここまでダメージ与えたのはお前が初めてだ。よく分からん介入があったといえ、な」
左手で拳銃を乱射する。翼に弾かれ本体まで届かない。
「謝る。正直侮ってた。トドメを刺さずに遊んでも楽勝だと思ってた」
次の武器を構えようとした瞬間、翼が閃き手元から武器だけが飛んでいった。
「ここからは本気出してやるよ。覚悟しろ?死ぬほど痛えから」
雰囲気が変わった。
嫌な予感がして後ろに飛び退いたフレンダの目の前に翼が突き刺さる。
飛び散る砂利を転がって避ける。
「次行くぞ」
体勢が崩れた所に、地面すれすれを薙ぐ横殴りの一撃が迫る。
飛び上がって回避したフレンダに、垣根自らが回し蹴りを叩き込む。
肺の空気が全て吐き出されるのを感じながらフレンダは吹き飛び、近くのコンテナに叩きつけられて止まる。
先程の爆発は免れたようだが、確かこの中にも爆弾を仕込んだ覚えがある。
痛む体に鞭打ってその場を離れようとしたが、それより一瞬早く垣根が翼をコンテナに突き刺す。
自分の爆弾の爆発に巻き込まれ、フレンダの体が宙を舞う。
思い切り地面に叩きつけられ、勢いそのままに転がる。
爆発音でクラクラする頭を振って立ち上がろうとするが、足に激痛が走る。
右腕に次いで左足も折れたようだ。
「……」
そのまま立ち上がるのを諦め、仰向けになる。
足が折れたとあっては、もはや回避行動も取れない。
(もういっか)
垣根には、割と深刻なダメージが入っている。
この状態であれば、麦野あたりならば楽勝で倒せるだろう。
スクールのリーダーに痛手を与え、正規メンバーを二人潰した。
意味のある最期だったと言えるだろう。
元より死ぬつもりだったのだ。
更に青ピにも会えたのだから、これ以上望むのはむしろ贅沢というものだ。
ゆっくりと、垣根の足音が近づく。
今のフレンダには、死へのカウントダウンに聞こえた。
足音が近づき、そして止まる。
視界には入らないが、すぐ近くに垣根がいるのが分かる。
この先の運命を受け入れ、目を閉じた。
(ばいばい、青ピ)
攻撃が、来ない。
不思議に思ったフレンダは、ゆっくりと体を起こし、垣根の方を見る。
確かに垣根は、フレンダのすぐ近くに立っていた。
しかし、その目線はフレンダと反対の方向へと向いている。
フレンダは、垣根の目線を追い、そして見た。
全身血まみれで立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩いてくる青ピの姿を。
「その、子から、離れろや」
「っっとに面倒臭えなお前。根性あんのは結構だが現実見ろっつの」
「青ピ!もうやめて!」
震える足で大地を踏みしめ、一歩ずつ歩く。
その速度はじれったく感じる程に遅いが、決して止まらない。
いつもの柔らかな笑みではない、真剣な表情で、着実に近づいて来る。
諦めさせようと再度声を張ろうとしたフレンダだったが、青ピと目が合い、止まる。
なぜだかは分からないが、なんとなく、青ピのやりたいことが分かったような気がした。
目を合わせたまま頷くと、真剣な顔にほんの少し笑みが浮かんだ。
青ピが足を止める。
最期の力をかき集めるかのように身を屈め、そして全力で走り出した。
あれだけ痛めつけられた後だとは思えない、力強い走り。
真っ直ぐに垣根を見据える目に迷いは無い。
「ぉぉぉぉぉおおおおおオオオオオオオオ!!」
垣根に拳が届くまで、あと三歩。
「上等だコラ」
あと二歩。
「その頭」
あと一歩。
「ふっ飛ばしてやる!!」
青ピが地を駆ける。
垣根が翼を振るう。
青ピが拳を固く握るが、それを振るうよりはるかに早く垣根の翼が迫る。
音速に迫る速度の垣根の翼が青ピの頭を消し飛ばす、その瞬間。
青ピの姿がかき消えた。
垣根が咄嗟に振り返ると、そこには両手をまっすぐ前に掲げるフレンダと『取り寄せられた』青ピ。
突進の勢いそのままに垣根の真後ろに出現した青ピが、全力で拳を振るう。
「くっそがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
垣根は直前の攻撃の勢いが殺しきれないと悟り、翼を消して振り向きざまに拳を振るう。
それだけ後手に回っても、鍛え抜かれたその拳は青ピの拳より早く目的に到達する。
しかし青ピは、一瞬早く首を捻ってそれを避けると、そのまま垣根の顔面に拳を叩き込んだ。
カウンター気味に突き刺さった拳を受け、ついに垣根の足が地面を離れる。
仰向けに倒れ込んだ垣根は、爆発によるダメージもあったのだろう、そのまま動かなくなった。
決着がついた戦場で、ただ青ピは立ち尽くしていた。
再び静寂を取り戻した操車場で、青ピは仰向けに倒れていた。
傍らには、同じく仰向けになるフレンダ。
動かなくなった垣根に、念の為フレンダが取り出したスタンガンを必要以上に押し当てて安全を確認し、青ピの携帯で救急車を呼んで今に至る。
「どうしよう、結局、レベル5に勝っちゃった」
「二人がかりでボロボロになって向こうの油断もあってギリギリやったけどな」
あの絶望的な状況下で、生き延びた。
その実感が少しづつ湧いてきていた。
「にしても最期、私が気づけなかったらどうしてたの?」
「フレンダなら分かるやろうと思ってな」
「ふふ、なにそれ。やっぱり青ピは馬鹿って訳よ」
「今に始まった話やないけどな」
軽口にも一段落つき、沈黙が訪れる。
二人とも、会話するのが辛い程度にはダメージを受けているのである。
「そういや明らかに掌に収まらない大きさのモン飛ばした訳やけど、これについてはどうお考えで?」
「さあね。結局、愛の力とかそのへんじゃない?」
そう言って、フレンダが体を起こした。
「あのさ、青ピ。私そういえば大事なこと聞き忘れてた」
「何や?」
「名前だよ名前」
「名前って……ああ、そういえば」
「うん。よく考えたら、青ピの本名知らないんだよ私」
フレンダに自分の渾名しか教えていなかったことに今更気づき、青ピは少し笑ってしまった。
「僕の名前な」
フレンダの顔に視線を移し、口を開く。
「ーーーーーっていうんよ」
「へぇ」
それを聞いて、フレンダもにこやかに笑う。
「いい名前じゃん」
目が覚めると、そこは真っ白な病室だった。
操車場での戦いの後、フレンダと会話していたところまでは覚えている。
会話する間に気絶して、そのまま病院に運ばれたのだろう。
そんなことを分析しながら青ピが周囲を見回すと、ベットの横に人影があった。
人影は青ピが目覚めたのに気づいた様子で、その金髪を窓から差し込む日光に輝かせながら語りかけた。
「いやー災難だったにゃー青ピぃ。なんでもレベル5と戦ったんだとか」
「チェンジで」
「ひどくない!?」
なぜか点滴のチューブを腕からぶら下げながら病室にいた病院着姿の土御門に軽口を投げつけながら体を起こす。
自分の腕からも点滴のチューブが三本ほど生え、右腕の肘から先にはギプスがはまっていた。
「全身打撲と右拳の骨折だとよ。二三日検査入院したら帰っていいらしいぜい」
「なあつっちー、僕の他に操車場にいた子知らん?」
「ああ、仕事上の都合でちょいと特殊な病院に行ったらしい。お前に渡せって手紙もらった」
土御門が差し出した小さな封筒を受け取り、左手で苦労しつつ開ける。
中には、一枚の便箋が入っていた。
『青ピへ
昨日は本当にありがとう。多分青ピが来なかったら、間違いなく私は死んでたって訳よ。
本当なら面と向かってお礼を言いたいんだけど、ごめん、もう少し待ってほしい。
私は青ピと付き合うようになってから、ずっと迷ってた。
私と付き合うことで、青ピが危険な目に合う日が来るんじゃないかって。
そして実際今回、私のせいで青ピは死にかけた。
これからも、今回のようなことは起こってしまうと思う。
だから、決めた。私、暗部を抜けようと思う。
絶対簡単じゃない。できるかどうかも分からない。
だけどやろうと思うんだ。
結局青ピがレベル5を倒せるんだから、私が暗部を抜けられない筈は無いって訳よ。
問題を全部清算して、青ピに迷惑かけないって確信できたら、絶対青ピのとこに戻るから。
だから、凄く勝手だけど、待っててほしい。
青ピがこんなワガママを受け入れてくれて、私の方もうまくいって、面と向かってお礼を言える日が来たら、私はすっごく嬉しいです。
今までありがとう。
「……」
無言で便箋を封筒の中に戻した青ピの様子を見て、土御門が口を開く。
「俺には正直、昨日の夜何があったのかなんて皆目検討もつかない。結果だけお前の彼女から聞いたがな」
「……」
「ただまぁ、一つだけ言うとするなら」
サングラスの奥で目を細め、土御門は笑う。
「お前は昨日の夜、主人公になって、救いたい人を救った。それは、誇っていいことだと思うぞ」
「……土御門」
「ん?」
「語尾忘れとるで」
「ははっ、何か落ち込んでるみたいだったけど、杞憂だったかにゃー?」
「大丈夫やで。大丈夫。僕はいつも通りや」
「……そうか」
突然廊下が騒がしくなる。
女性の悲鳴と、「不幸だー!」との声。
いつものツンツン頭が見舞いに来たようだ。
「彼女できてもラッキースケベは終わらないんやな、カミやん」
「もうあれは一種の病気だぜよ……」
病室の扉が開く。
青ピは、いつもの日常に帰還した。
一ヶ月後。
十一月になり、第三次世界大戦が終了し、吹く風が日に日に冷たくなっていく中で、青ピはサンジェルマンの開店準備をしていた。
あれから、フレンダには会っていない。
電話も繋がらないまま、元気にしているのかも分からないまま、ただ時だけが流れていく。
正直言って青ピの心は荒んでいた。
カウンターに立ち、ボーッとコーヒー豆を挽く青ピに、厨房から顔を出した誘波が声をかける。
「おい青ピぃ。そんな辛気臭い顔すんなよ。客が逃げるだろ?彼女に逃げられたのか何なのか知らないけど、もっとしゃんとしろよ」
「誘波さんには関係あらへんやないですか」
「まったく生意気な。てかそれを言いに来た訳じゃないんだった。本題入るぞ」
「何です?」
「言ってなかったが、今日は新人のバイトの子が来る。見た目は、いつだかお前が言ってたフレッシュな女子高生ってとこだな」
「わー楽しみだあ」
「棒読みにも程があるだろ…… お、噂をすれば」
店のドアが開き、ベルが鳴る。
反射的に音の方向に目を向け、青ピは固まった。
ドアから入ってきたのは、肩まで届く金髪をなびかせた可憐な少女。
外国の血を感じさせる容姿にそぐわぬ流暢な日本語で、少女は青ピに話しかけた。
「ただいま、青ピ」
吹き出しそうになる涙を堪えながら、青ピは笑って返す。
「おかえり、フレンダ」
というわけで、青ピ編完結です。
短編の筈なのに上条さんの話と同じくらい長くなる不思議。
さて。
上条ペアの話を一旦ストップして、という名目で青ピペアの話を始めましたが、この『禁書if』、ここで完結にしたいと思います。
食蜂さんの活躍を楽しみにしていた人には申し訳ありませんが、あれ以上続けるとどう足掻いても蛇足になる上、全体的な話の落ちが思いつかずエタるのが見えたので、ここで締めくくろうと決断しました。
作者の次の作品にご期待ください、という感じで終わらせて頂こうと思います。
半エタり期間も含めて一年と八ヶ月、お付き合い下さり本当にありがとうございました!