禁書if ~あの日携帯を無くさなければ~   作:イシトモ

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12.鬼ごっこの終わり

「おいどうした? もう終わりか?」

「…………っ」

 

人気の無い路地裏で、追いかけっこは続く。

いや、この場合は一方的な蹂躙と言った方が正しいだろう。

今まで幾度も修羅場を切り抜けて来たフレンダだが、相手は学園都市第二位の垣根帝督。

その力量差が覆される事は無い。

逃げるフレンダを追いながら垣根が一方的に攻撃するという状況が、開始から今までずっと続いている。

 

(どうするどうするどうするどうする? 結局爆弾投げつけたくらいじゃ全然意味ないし、肉弾戦じゃ普通に負ける。このまま逃げ続けるのにも限度があるし)

 

背後から迫る純白の翼を、地面を転がるようにして何度も避ける。

その度に腕に激痛が走るが、ひたすら耐えて走り続ける。

 

辺りに雪のように羽を散らしながら、縦横無尽に振るわれる翼。

その威力は研究所で経験したように、一発でも喰らったら昏倒は免れないほどのものだ。

そんな武器を手足のように扱う相手に対し、こちらの得物は自宅近くの貸倉庫に預けている一般レベルの使い捨て兵器のみ。

扱う利き手は骨が折れ、兵器の数にも限りがある。

更にあと少しでも痛手を受ければ、痛みで演算の余裕が無くなりアポートすら使えなくなるかもしれない。

 

(結局どう考えても詰んでるって訳よ)

 

幸いにも後ろの男は手を抜いているようで、今すぐにフレンダにとどめを刺そうという意思は無いようである。

 

(獲物が苦しむ様子を楽しんでるって感じでもない。多分困った私が麦野たちに頼るのを待ってる)

 

つまるところ、後ろの男にとってフレンダは、麦野の居場所を掴み確実に潰すための足掛かりでしかないのだろう。

私怨に任せてすぐ処刑、とならないだけマシだが、なんとも癪に障る話である。

 

(解決策は一切思いつかないけど、結局今は生き残るのが最優先!!)

 

ダメージを与えることを諦め、大量の小型の爆弾を背後に放る。

叩き落された爆弾が地面で小規模な爆発を起こし、土煙が舞い上がる。

垣根が翼で突風を起こし視界を晴らす間に、フレンダは次の曲がり角へと滑り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレンダが路地裏を駆け回っている頃、青ピもまた新調した自転車にまたがり、夜の学園都市を駆け回っていた。

勢い良くサンジェルマンを飛び出し、フレンダの居場所として心当たりがある地点を手当たり次第巡った青ピだったが、手掛かりは何も掴めなかった。

 

「フレンダぁぁぁぁぁぁぁ!! どこやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

目撃者がいないのをいい事に、全力で叫びながら夜の道を走る。

 

部屋で受けた電話以降、フレンダとの連絡はとれない。

間違いなく何かトラブルに巻き込まれている。

きっとそれは、フレンダの仕事絡みの、青ピには手も足も出ないような代物なのだろう。

それでも、青ピは自分の足を止める気になれなかった。

 

「フレン、うわっ!?」

 

危うく人を轢きそうになり、思い切りブレーキを握る。

タイヤが焼ける臭いとともに車体が急停止した。

 

「す、すみません!! ってあれ、雲川先輩やないですか」

 

ぶつかりそうになったのは、青ピの高校の先輩、雲川芹亜だった。

上条の彼女の存在が発覚してから毎日死んだ魚のような目をしているこの先輩は、青ピの秘密のビジネスの上客であり、『何でも』知ってる不思議な人だったりする。

 

「……ああ、青ピ君じゃないか。なんだい、こんな時間に。生きがいを失った私に引導を渡しに来たなら受け入れなくもないのだけど」

「えっと、人を探しとりまして…… あっ!! 先輩なら分かりませんか? ベレー帽かぶった金髪の、フレンダって子が今どこにいるか」

「え、流石に個人情報は勝手に渡せないんだけど」

 

思い切り訝し気な顔をする先輩は、しかし情報が入手できないとは言わない。

青ピは満を持して切り札を切った。

 

「……今後ウチで販売する予定のカミやんの生写真、先輩優先で取引しまっせ?」

「二分よこせ」

 

目に生気を取り戻した雲川がどこかに電話をかける。

口元を隠して会話し、丁度二分で通話を切った。

 

「第十七学区、列車の操車場付近。これ以上詳しいことは分からないけど」

「十七…… 遠っ!? あ、ほんまにありがとうございます先輩! お礼は今度必ず!」

「何、青髪商会には普段から世話になってるから気にするな。お礼はきっちりもらうけど」

 

礼を言い残して再度自転車にまたがり、青ピは凄い勢いで走り出した。

目指すは第十七学区。

何が待ち受けるのか、青ピに何ができるのか。

今の彼はまだ知る由もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っはぁ、はぁ……」

 

体感で数時間にも及ぶ鬼ごっこの末辿り着いたのは、大量に積み上げられたコンテナに囲まれた、学校の校庭くらいの大きさの空間。

砂利が敷き詰められた地面には、十本程のレールが平行に並んでいる。

 

フレンダは、座ってコンテナの山に身を預け、空を見上げていた。

月明かりの下、耳が痛くなるほどの静寂の中で、フレンダの呼吸音だけが響く。

 

その静寂を、砂利を踏みしめる音が破る。

 

「あれ、せっかく大きく距離開けたのに、諦めちまったのか」

「ふふ、あんだけ力の差を見せつけられたら、そりゃね。結局もう逃げる気力が無くなったって訳よ」

「なんだよつまんねぇな。まあ俺もそろそろ飽きてきてたし、ちょうどいいか」

 

フレンダの目の前で、垣根が翼を大きく広げる。

あと少しでその先端がフレンダを向く、という瞬間だった。

 

「あのさ」

 

翼の動きが止まる。

 

「あん?」

「アンタたちは、何がしたくて研究所を襲撃したの?」

「それを聞いてどうすんだ」

「別にいいじゃん。どうせもうすぐ死ぬんだし、冥土の土産って訳よ。教えてくれたら、麦野たちの場所も教えてあげるよ?」

 

それを聞いた垣根は、顎に指先を当て押し黙る。

うますぎる話を警戒しているのだろう、とフレンダは思う。

フレンダは、情報を語った所で、どちらにせよ殺される。

一方で、垣根が語った情報は、聞いた者が死ぬのだからそのまま闇に葬られる。

 

罠を存在を疑う垣根に気取られないように、フレンダは手の中の小型リモコンを握りしめる。

スイッチを入れると、後ろのコンテナに仕込んだ爆弾が爆発し、基礎が破壊されたコンテナの山が雪崩を起こす。

フレンダ自身への被害は回避できないだろうが、垣根にも相応のダメージが見込めるだろう。

一方的にやられるくらいなら、せめて窮鼠になって猫を噛もうという策略である。

 

(ぎりぎりまで話を長引かせて、奇跡を待つ。何も無かったら、油断したこいつが満を持して私にとどめを刺す瞬間の隙を突いて、相討ちにする)

 

心の中で決意を固めるフレンダに対して、垣根はどこか真剣みに欠ける表情で返した。

 

「わかった。いいぞ、教えてやる」

「はは、やったね」

 

垣根は一度翼をしまい、大仰に両手を広げた。

 

「俺はな、今の学園都市に我慢ならなくなったんだ」

「今の学園都市に?」

「ああ。学園都市は、はっきり言えば巨大な研究施設だ。雑に言えば、この街には研究者とモルモットしかいねえ」

「……」

 

フレンダの沈黙を肯定と捉えたか、垣根の口調が僅かに熱を帯びる。

 

「分かるだろ?『能力者』なんて持て囃されてはいるが、レベルが4になろうが5になろうが、所詮モルモットの域を出られないんだよ、俺らは」

「それが我慢できなくなった訳?」

「ああ、考えてみろ。レベル5の序列の基準ですら、『能力研究から得られる利益の高さ』なんだ。最高峰のレベル5でさえ、『研究者から見て便利かどうか』でランク付けされてる。評価されるのは能力だけで、その入れ物はモノ扱い。モルモットどころか、俺らは生き物としてすら見られてないのかもしれねえ。研究者の方針によっては、俺らの意思なんて簡単に踏みにじられる。俺はそういう奴を何度も見てきた」

 

そこで垣根は言葉を切り、軽薄な笑みを浮かべる。

 

「俺は、この関係性を変えたいんだ。具体的には……そうだな、手始めに暗部でも潰すか。よく考えたらお偉いさんの尻拭いを俺らがやらされてること自体間違ってる」

「……言いたいことは分かったけど、それが襲撃にどう繋がるの?」

「簡単な話だ。俺は今の状況を変えたい。ならまず何をすべきか?手段を手に入れなきゃならん。話が長くなるから細かい部分は省くが、あの研究所には学園都市の『上』と直接やり合うための道具があった。だから手に入れようとした訳だ」

「『上』と直接、ねぇ……」

 

フレンダは確かな言葉を返すことなく、また空を見上げた。

現状への不満。

そんな事は、考えたことも無かった。

 

今の話を聞いて、思い浮かぶのは青ピの顔。

レベル5の化け物ですら不満を抱くというのなら、レベル0の彼は、どれだけの不満を抱いていたのだろうか。

もし自分がそれに気づかず知らない内に傷つけていたなら、謝りたいとぼんやり思った。

 

「さて、こっちの話は終わりだ。交換条件を果たして貰おうか」

 

その声に、視線を目の前の男へ戻す。

 

「うん、わかった」

 

リモコンを握る手に力を込める。

小さな金属の塊には体温が移り、手との境目が曖昧になっている。

 

結局、助けなど来なかった。

元々来る可能性など一ミリもないのだから、期待はしていない。

この真っ黒な世界では、奇跡など起きないのだ。

 

「アイテムのアジトって学園都市各地に凄く沢山あって、麦野の気紛れで毎回場所を変えるんだけどね」

 

恐怖に引き攣りそうな顔の筋肉を無理に操り、精一杯の笑顔を作る。

 

「携帯無くして連絡取りそびれたから、結局今皆がどこにいるか分かんないって訳よ」

 

舌を出して、あざとい表情を浮かべる。

それを見た垣根は薄く笑い、翼を広げた。

 

「そうかそうか。最初っから時間稼ぎが目的か。助けが来なくて残念だったな」

「まあ最初っから信じてなかったけどね。結局私みたいな小悪党にはこんな最期がお似合いって訳よ」

「精々綺麗な最期にしてやるよ。感謝しろ」

 

ぎちぎちと音を立てて、翼がその大きさを増す。

 

(ああ、私死ぬんだ)

 

操車場に差し込んだ月明かりが辺りに舞う羽に反射し、残酷なまでに幻想的な風景を作り上げる。

 

(みんなにプレゼント、渡せなかった。フレメアにお別れ言えなかった。あー、今度夕飯の約束した子もいたっけか)

 

スイッチに、指をかける。

 

(青ピに、会いたいな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、操車場に一つの音が響いた。

 

 

それは、白く輝く翼が肉の塊をズタズタにする音でも、コンテナが爆発する音でも無い。

 

 

「お取込み中のとこ悪いんやけど」

 

 

いつの間にかそこにいたとある平凡な高校生が、目の前の光景をまっすぐ見据えて放った一声。

 

 

「その子から離れてくれへんかな」

 

 

 

 

 

 

役者は揃った。

脇役を自認していた少年を、舞台の隅どころか中心に据えて、物語は最終局面を迎える。

 

 




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