禁書if ~あの日携帯を無くさなければ~   作:イシトモ

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香り付け程度に新約13巻ネタが有ります。


11.心理定規

電子音が鳴り響く中、青ピは自室の勉強机で目を覚ました。

 

目の前には書きかけのノートと筆記用具類が転がっている。

宿題の消化中に寝てしまっていたようだ。

 

未だ覚醒しきらない頭で、自分を起こした音の出所を探すと、懐の携帯が着信を示している。

画面に表示される『フレンダ』の文字に少し眠気が飛ぶのを感じながら、通話ボタンを押した。

 

「もしもし?  ……もしもーし」

 

返事が無い。

 

「ふあぁ…… なんやろ。操作ミスでもしたんかな」

 

電波状況のせいで音が聞こえにくくなっている可能性を考え、切らずに耳に当てたままにする。

片手で携帯を持ちながら宿題を再開した青ピだったが、その手はすぐに止まった。

 

電話口から、爆発音が聞こえた。

 

一瞬、思考が止まる。

背中がぞわりと冷たくなる。

 

何が起きた?

なぜフレンダは何も喋らない?

そもそもフレンダはどこにいる?

 

頭の中に次々と浮かんでくる疑問に青ピは数秒固まり、そして立ち上がる。

提出期限が明日の宿題を放って、外へ出た。

自分に何ができるかも分からないまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ていた。

 

広い草原の中にポツンと立つ大きな樹の下で、自分と青ピとフレメアが、三人でサンドイッチを食べている。

日差しが温かく、時折心地よい風が吹く。

食事を終えて眠くなった自分は豪快に地面に寝転がり、その姿を二人が可笑しそうに眺めている。

 

横になった自分は着々と眠くなり、最後には完全に睡魔に囚われ、

 

急に地面に空いた穴に飲み込まれた。

 

 

 

「!!」

 

夢から覚めたフレンダが目を開けると、そこは蛍光灯で照らされたコンクリートで打ちっぱなしのビルの一室だった。

左手の壁には穴が開いており、夜空が覗いている。

自分は椅子に座らされており、複数のベルトで拘束されているようだった。

もがいてみても、指先しか動かせない。

 

自力脱出を諦めたフレンダは、状況を整理することにした。

 

(えっと、確か、壁ぶっ壊して現れた第二位に吹っ飛ばされて、気絶して……)

 

気を失う直前に青ピに電話をかけた所までは覚えているが、その後の記憶はない。

倒れている間に研究所から運び出されたのだろう。

 

(あれ? じゃあ結局、今の状況まずくない?)

 

アイテム側の勢力に助け出されたなら、拘束を受ける理由はない。

今の自分は敵対組織の捕虜になっていると考えていいだろう。

となると次に自分を待つのは、尋問だろうか。

 

(ううん…… 当たり障りのない情報だけ渡して逃げよっかな。青ピとお別れはしたくないし、みんなへのプレゼントまだ沢山残ってるし、第一麦野たちならちょっとぐらい情報漏れても大丈夫そうだし)

 

黙ってフレンダが思考を続けていると、部屋の隅の扉が開き、人が入ってきた。

フレンダの目の前に置いてあった椅子に腰かける、派手なドレスを着た少女。

研究所内で絹旗と戦っていたはずだが、彼女は無事だろうか。

 

「目が覚めたみたいね。調子はどう?」

「拘束のせいで身体の節々が痛むのとさっさと帰りたいのを除けば上々って訳よ」

 

フレンダの精一杯の悪態にも、少女が気分を害す様子は無い。

 

「それは良かった。ああ、あなたの仲間のちっちゃい子ならとどめは刺してないから安心してね」

 

それを聞いてフレンダの額に冷や汗が流れる。

今の少女の言葉が正しければ、この少女は絹旗にタイマンで勝てる程の実力者ということになる。

 

「そんな怖い顔しないで。ちゃんと質問に答えてくれれば、別にあなたに危害は加えないから」

「あなたが欲しい情報、私が知ってるといいんだけど」

「大丈夫よ、簡単なことしか聞かないから」

「まあそれならいいんだけどさ……  あれ?」

 

そこでフレンダは自身の異変に気付いた。

敵意が消えている。

少女の入室時からずっと抱いていた少女への敵意がいつの間にか消え失せ、それどころか今のフレンダには目の前の少女が見知った人のように感じられた。

 

「あら、気付いた? 私の『心理定規』は、人の心の距離を自由に調節できるの。 今の私とあなたの心の距離は、職場の同僚ってとこかな」

「なっ……!?」

「仲のいい友達には、秘密のこともポロっと喋っちゃうでしょ? 心の距離を近づけて質問すると、みんな答えてくれるのよね」

 

そう言って少女は穏やかな笑みを浮かべ、手のひらをフレンダの額にかざした。

 

「反撃されないように、今からあなたと心が最も近い人との距離を分析して、同レベルまで距離を縮めるから、ちょっと待っててね」

「ちょ、話すから、やめ……」

 

フレンダとしては少しくらいなら情報を漏らしてもいいのだが、その意思が少女に伝わらない。

能力の効果が強まってきているようで、現状に対しての危機感すら失われていく。

 

「距離単位10か。 心を許しあう恋人って所かしら」

 

目の前の少女が、最近できた友人に見え、長い付き合いの友人に見え、親友に見え、好きな人に見えた。

 

「えっと、それじゃあ質問をはじめよっか」

 

少女の声を耳にした途端に心が落ち着く。

まるで本当に青ピを前にしているかのような安心感を感じる。

 

「最初に、あなたたちは私たちのこと、どれくらい知ってる?」

「私たちと同じ暗部組織で、名前はスクール。目的は不明だけど、今日の午前中の時点で素粒子研究所への襲撃を画策してたって訳よ」

 

内心フレンダは焦っていた。

誤った情報を掴ませつつ煙に巻く予定だったが、嘘を吐く気になれない。

 

「まあ書庫で調べたならそんなとこか。 私たちはアイテムについて、第四位とレベル4三人、下っ端一人の五人組って考えてるけど、それは合ってる?」

「合ってるね。下っ端は使えなくなったら下部組織から補給してて、今は元スキルアウトの浜面仕上ってヤツがやってる。これが使えなくてさあ」

「なるほど。じゃあ次、今あなた以外のアイテムの人がいる場所に心当たりは?」

 

しかし相手の能力に意識を支配される一方で、心の片隅で少女に対する反抗心が生まれたのにフレンダは気付いた。

なんでも教えてあげたいという思いと、反抗心が拮抗し、ほとんどフレンダの意識を無視して動いていた口が止まる。

 

「黙ってないで教えてよ。()()()()()()()()()()?」

 

暖炉の隅で燻る火種のような反抗心は、瞬く間に燃え上がり、怒りとなる。

 

誰が、ここまで踏み込んでいいと言っただろうか。

 

少女の表現を借りるならば、軽く四桁を超えるフレンダの交友関係の中でも、青ピほど心が接近している相手はいない。

そして、これまでもこれからも、この距離にいる存在は青ピだけでいい。

しかし今、目の前の少女がそこを土足で踏み荒らしている。

 

 

 

 

こ こ は 、 彼 の 場 所 だ 。 

 

 

 

 

一瞬目の前が真っ赤になり、自分の能力が軽く暴走するのを感じた。

何か重い物を引き寄せる感覚とともに、ゴトリ、という鈍い音が部屋に響いた。

音のした方を見ると、床の上にコンクリート片が出現していた。

部屋の隅に転がっていた、目の前の少女の膝丈くらいのコンクリート片。

無意識の内に引き寄せた物が、不完全な演算により手元まで来る前に出現してしまったのだろう。

 

それが引き寄せられたこと自体には問題は無い。

問題があるとすれば、それが出現した所に、数秒前まで少女の右足があったことだろうか。

 

通常、瞬間移動により移動した物と移動先にある物が重なった場合、後者は、重なられた部分を『失う』。

 

つまりこの現状は、

 

「っああああぁぁぁぁぁぁ!?」

 

ドレスの少女の右足の、膝より先が消し飛んだことを意味していた。

 

唐突に復活した危機感が、フレンダが受けていた能力の解除を伝えてくる。

予想外の痛みに演算ができなくなっているのだろう。

 

「な、なんかよくわかんないけどラッキー!! ああでも結局逃げれなきゃ意味ないって訳よ!!」

 

少女の悲鳴を聞きつけたか、部屋の外から足音が聞こえてくる。

全力で身体を揺するも、拘束が外れる兆しは無い。

 

「あ、やべ」

 

遂には勢い余って椅子ごと床に倒れてしまった。

 

(どうする!? 今更素直に情報リークした所で処刑は避けられないだろうし、そもそも拘束から抜け出した所でこの建物から逃げ出す算段が無い!!)

 

使えるものがないか、全力で視線を巡らせる。

 

天井に蛍光灯、床には椅子、コンクリート片、右足を押さえて倒れる少女。

コンクリート片を手元にチマチマ飛ばして手の拘束を消している暇はない。

いつもの倉庫から爆発物を取り寄せた所で、拘束されたままでは戦うこともできない。

 

(かくなる上は……っ!!)

 

視線を向けた先には、壁に空いた穴。

ここが何階かは分からないが、少なくともこの壁の先は外だ。

 

「はぁ……  よし!!」

 

自分の体を跳ばしたことは、フレンダの今までの人生で三回ある。

一回目は、自分がアポートを使えると判明した時の研究所で。

二回目と三回目は、敵に追い詰められた廃工場や廃ビルで。

 

結論から言って三回とも失敗だった。

それぞれ、右腕、左足、右腕が壁に埋まり、引き抜く際に体表の皮膚がごっそり持って行かれた。

跳ぶ方向こそアバウトに指定できるが、移動先は上下左右前後に大きくずれてしまうのである。

 

目を閉じて演算に集中する。

この壁の向こうに、五体満足で出現するイメージ。

喉元からせり上がる恐怖心を、精神力で噛み潰す。

 

「南無三って訳よ!!」

 

フレンダの姿だけが消え、支えを失った拘束具がバラバラと落ちる。

タッチの差で扉が開き、垣根提督が姿を現した。

 

「チッ…… 逃がしたか」

 

視線を下ろし、足元の少女に声をかける。

 

「えーっと、生きてる?」

「……勝手に殺さないでね? にしても心の距離詰めるとキレるタイプだったとはね。外れ引いちゃった」

「そいつは処理の手間が減って結構。まあ適当に応急処置しとけ。俺は逃げたネズミを捕まえてくる」

 

そう言って手にした救急箱を少女に投げつけ、垣根は踵を返した。

 

「あら優しい。残虐非道な第二位サマらしくないわね」

「安心しろ。自覚はある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いったあ……」

 

奇跡的に、フレンダが壁に埋まることは無かった。

しかし万事上手くは進まないもので、フレンダが姿を現したのは、穴のあいた壁の丁度向こう側、ビルの二階と同じ高さの空中だった。

 

突然の落下で受け身を取れず、着地時の衝撃で右腕を痛めてしまった。

この感覚は、折れているかもしれない。

痛みに慣れているため平静を保ててはいるが、利き腕がこれではまともな戦闘はできないだろう。

 

右腕をかばいながら夜の路地裏を歩く。

麦野に連絡を取って現状を確かめようとするも、そもそも携帯がない。

 

「やっぱり携帯取り上げられてるし…… 新調したばっかだったのになあ」

 

道端の電話ボックスが目に入るが、残念なことに番号の暗記は携帯便りだったため思い出せない。

 

「こんなことになるなら麦野に怒られた時に覚えとくんだったって訳よ……」

 

懐には、うっかりポケットに入れたまま何度か洗濯してしまったいけ好かない金髪野郎の連絡先のメモが残っていたが、ここに連絡したところで救援は望めないだろう。

あの男は、あくまで青ピに危険が迫った時のためにこの番号を渡したのだ。

地味に八方塞がりな現状に溜息をつきながら歩く。

 

そして、自分の歩調に重なるように後ろをついて来る存在に気付き、立ち止まった。

 

急に歩を止めたフレンダの姿を見て、気付かれたのを察したのか背後にいた男が口を開いた。

 

「ありゃ、気付かれちまったか。アジトまでついてって一網打尽、とか考えたんだが、やっぱ慣れないことはするもんじゃねえな」

「……今私が、色々と情報提供したらどうする?」

「まあ、潰すだろうな。生憎お前にはウチの正規要員を二人ほど潰されてるし、個人的にムカついてんだわ」

「うん。まあそうなるよ、ね!!」

 

フレンダが、どこからともなく取り出したボールを地面に叩きつける。

高い音を立てて割れたボールからは勢い良く白色の煙が噴き出し、路地を埋め尽くす。

 

「どうせなら最期まで意地汚く延命してやるって訳よ!」

「……面白え」

 

冷ややかな風吹き抜ける十月の路地裏で、命がけの鬼ごっこが幕を開けた。

 






困ったら能力暴走させてる気がする(自己分析)

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