禁書if ~あの日携帯を無くさなければ~   作:イシトモ

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7.少年の悩み

九月十日。

 

「んふー、美味しい」

 

サンジェルマン店内のカウンター席に座り、鯖パンを齧り、コーヒーを啜る。

カウンターを挟んだ反対側には青ピが座り、頬杖をつきながら店の前の道路を眺めている。

 

この時間が、最近のフレンダのお気に入りだった。

 

「それにしても上手くなったね、コーヒー淹れるの」

 

「それはおおきに」

 

パンを売るのに加えてコーヒーでも振舞ったらどうか、とフレンダが発案したのが一週間前。

店主の誘波が使い古しのコーヒーセットを持っていることが発覚し、そのアイデアは瞬く間に実現した。

実はサンジェルマンの経営にあたってパンの仕込み等々の仕事はほぼ誘波が司っており、青ピの仕事は鯖パン含むごく少数のパンの作成とレジ打ちだけだったりする。

そんな訳で仕事中も地味に手持無沙汰になってしまう青ピがコーヒー作りに手を出すと、経験が無いにも関わらず謎の才覚を発揮し、今では彼のコーヒーが店の隠れた人気メニューになっている。

 

褐色の液体を全て飲み干してカップを置き、その横に硬貨を添える。

 

「ご馳走様でした」

 

「お粗末様。もうちょいで仕事終わるから少し待っとってな」

 

「りょーかい」

 

時刻は九時前。

誘波は後片付けすらも自分でやるため、閉店時刻の九時を過ぎると青ピはフリーになる。

 

「んっふふ」

 

一足先に店外に出たフレンダは、ポケットから二枚のチケットを取り出した。

 

「面白いといいけど」

 

これから、二人で映画を見に行くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

サンジェルマンから二十分ほどかけてやってきたのは、第七学区の路地裏の、奥の奥の奥にある、寂れた映画館。

世間から忘れ去られたようなレトロな作品を日替わりで再上映している、マニアの間で密かに有名なスポットである。

 

上映時間十分前に入った上映室は、ほとんどが空席だった。

二人はど真ん中に堂々と座り、ポップコーンを頬張る。

 

「んー、これこれ、この味。結局このチープな味わいが癖になるって訳よ」

 

「なんでかたまに食べたくなるんよなー。フレンダ何味?」

 

「私塩味。青ピキャラメルでしょ?シェアしよシェア」

 

「よしきた」

 

映画の開始も待たずに二人もきゅもきゅと口を動かす。

 

「にしてもごめんね急に。知り合いが熱で寝込んじゃってさ、今日一緒にこれ見るはずだったのにチケット余って困ってた訳よ」

 

「いやいや、タダ映画見れるなんて逆に感謝したいくらいやわ。にしてもその子、可哀そうやなぁ、今日の楽しみにしとったんやろ?」

 

「そだね。『近代稀に見る問題作がまさか劇場で見られるなんて超感激です!!』なんて張り切ってたんだけど、結局風邪には勝てなかったって訳よ」

 

「そういや聞き忘れとったけど、今日これから見るのってどんなやつなん?えっと、バーニング・デッド、やったっけ。正直聞いたこともないんやけど」

 

「私も知らないんだよね。ま、見てからのお楽しみってことでいいんじゃない?」

 

フレンダはポップコーンと反対側に手を伸ばし、あ、と口を開けた。

 

「やべ、飲み物忘れた」

 

「僕も忘れとった。買って来よか?」

 

「悪いね青ピ、お代は後で払うって訳よ」

 

「了解。コーラでええな」

 

いってらっしゃーい、と手を振るフレンダに見送られ、青ピは席を立つ。

観客が増えず一向に空いたままの客席の間をするすると抜けて、上映室から出た。

 

やる気のない店員にコーラを二つ注いでもらい、コップを両手で持って歩きながら、青ピは少し物思いにふける。

 

あの日のフレンダの発言の真意は、未だによくわからない。

 

 

 

最近の彼女は、少しずつ仕事に関する話をするようになった。

「先輩のお仕置きがひどい」とか「同僚が電波入ってるけど可愛い」といった断片的な情報を聞けば聞くほど、青ピにはフレンダが語る『仕事』の内容が普通のジャッジメントの活動と似たようなものに思えてくる。

 

一方で、青ピがフレンダを一般人だと思おうとすればするほど、あの哀しげな笑みが脳裏にちらつくのである。

 

彼女はどういう人物なのか。

彼女と交流することで自分が危険な目に会うことはあるのか。

そもそも自分に危険があるかもしれないといって、友好的に接してくれている相手から距離を置くなど人としてどうなのか。

 

そういった答えの見えない問いが、今青ピの頭の中で無数に渦巻いている。

 

物事を深く(真面目に)考える経験の少ない青ピには、今の状況は少々ハードだったりする。

 

 

 

頭がパンクしそうになる予兆を感じて思考を止めると、いつの間にか自分の席まで戻って来ていた。

 

おかえりー、と言うフレンダにコーラを渡して座る。

足をプラプラさせる様子がフレメアそっくりだなぁなどと考えながらその姿を眺めていると、やや調子外れなブザー音とともに辺りが暗くなり始めた。

 

「お、そろそろかな」

 

「楽しみやな」

 

二人の期待を受けながら、『絹旗最愛オススメ映画』が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

映画が終わり、大通りに向かって路地裏を歩く二人を街灯が照らす。

 

「……何だろう、なんて表現すればいいんだろう、この気持ち」

 

「……中々に見る人を選ぶ内容やったな……」

 

「なんかこー、もちょっとCGとかラストの脚本とか頑張れなかったかなー」

 

「いや、でも火口から飛び出すゾンビは少し面白かったかもしれん」

 

「でもマグマから出てきた割には触っても重めの火傷で済むくらいっていうね」

 

「これはあれや、いわゆるC級映画ってやつやな」

 

「同感って訳よ」

 

日が落ちた時間帯であるにも関わらず、男女二人組で歩く彼らにちょっかいをかける不良はいない。

行きの道中でフレンダが2グループほど蹴散らしたため、その類の輩が全員逃げ出してしまっていた。

 

「にしてもここで喧嘩しとる時のフレンダ格好良かったなあ。僕後ろで見てることしかできんかったわ」

 

「まあね。あれくらいできないとやってけないし、結局ちょこっと武装した所で身のこなしが一般人って訳よ」

 

「なんかもう男としてのプライド的なもんが無くなってしまうな。元からそんなに有らへんけど」

 

「正直青ピが参戦しても足手纏いだし、後ろで見てる選択は適切だったと思うよ?」

 

「それフォローなっとらんからね?……そういや不良の手元からナイフ消えたりしとったけど、あれは?」

 

「ああ、あれは私の能力」

 

そう言ってフレンダが拳を一度握って開くと、そこには小石が握られていた。

 

「アポートって言うんだけどね、位置を正しく認識してるものを手元に瞬間移動できるの。テレポートの逆みたいなもんね」

 

「はえー、そりゃ凄い。確か空間移動系って、レベル4相当やろ」

 

「当たり。まあ手元の物遠くに飛ばせないから攻撃に使えないし、ぎりぎり自分は飛ばせるけど、その場合移動先がランダムになるしで、限りなく3に近い4って感じだけど」

 

小石を手の中で弄びながら、フレンダは会話を続ける。

 

「因みに青ピは何ができるの?」

 

「無能力です……」

 

「あー……なんかゴメン」

 

「いやいや、別に気にせんでええよ。もう慣れたし」

 

申し訳ない顔をしたフレンダに反射的に返したが、あくまでこれは青ピの本心である。

超能力を扱うことに憧れが無い訳ではないが、誰だって何年もする内に自然と諦めがつくものだ。

 

「まあ、『もしも能力が使えたら』って考えることが無いとは言えんけど」

 

「発現したらいいね。何か能力」

 

「あんがとさん。まあひょっとしたら僕が自分の力に気付いてないだけかもしれんしな」

 

「……どうする?なんか凄く微妙な能力発現したら」

 

「僕のことやから3センチだけテレポートとかありそうやなあ」

 

「それはそれで壁抜けとかできて楽しそうかも」

 

「めっちゃポジティブやな」

 

青ピは歩きながら、何の気なしに隣の少女を見る。

我ながら信じられないことに、出会ってから一か月で、自分と彼女の仲は軽口をたたいて笑いあえる関係にまで発展した。

この未だに底が見えない大能力者と自分の関係がどこまで続くのかはわからないが、できる限り長く、近くでこの笑顔を見続けたい。

 

そんな青ピの気持ちを知ってか知らずか、自分が見られていることに気付いたフレンダは、青ピの目を見て柔らかにほほ笑むのだった。

 

「そういえばそろそろ大覇星祭だけど、青ピは何か種目出るの?」

 

「ああ、棒倒しとか出るで」

 

「お、面白そうだし応援行こっかな」

 

「なんと。頑張らんといかんな」

 

 

路地裏から大通りに出た後も、時間帯ゆえか他に人は歩いていない。

並んで歩く二人を、ただ街灯が照らしていた。

 

 




※作中の映画は実在します。

時系列的にまだアイテムに加入していない浜面が、作中に出てしまっているという目撃証言が出ています。
もし見かけたらご報告下さい。

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