禁書if ~あの日携帯を無くさなければ~   作:イシトモ

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6.フラグ建築士見習い

「人…殺し……」

 

人殺し。

日常生活を送っていればまず関わることはないであろう存在。

目の前の少女がそうであると言われても、正直青ピには信じられなかった。

 

しかし、今のフレンダが、そう信じさせるに足る雰囲気を纏っているのも確かだった。

 

「そう。フレメアが私のことをどう思ってんのか大体わかってるけど、別に私はあの子が嫌いってわけじゃない。結局、暗部に身を堕として、人を殺して、汚れちゃった私をあの子に見せたく無くなったって訳よ」

 

だからって今関わってる人がどうでも良い訳じゃないけどねー、と彼女は笑う。

 

フレンダが本気でそんな事を言っているのか、そしてその笑顔の裏側に何があるのか、そもそも暗部とは何のことか、青ピには何もわからない。

しかし、その裏に何かがあることは、その笑顔が、何かを押し殺した末の物であることは彼にもわかった。

 

そして、その哀しい笑顔をどうにかしたいと思った。

 

「別に、フレンダは、汚れてなんかないと思うで?」

 

「青ピにはわかんないよ」

 

「確かにわからん。僕は人を殺したことも無ければ、人が死ぬ所を見たこともない」

 

「そんな青ピが私のことわかるって訳?」

 

「いや、何もわからん。そもそも君が人殺しやと信じられへんし、もし人殺しだったとしても、話が飛躍しすぎてもはや何の考えも持てん。だからこれは僕の率直な感想や」

 

フレンダの方を向いて立ち止まる。

そして彼は口を開く。

何も知らないなりに。

彼なりに。

 

「君は綺麗や。汚れてなんかない」

 

ぽかん、と。

そう形容するのが適切な顔をして、フレンダは暫く歩みを止めた。

それに伴って青ピも立ち止まる。

 

「ぷっ………あははははは!」

 

突然、フレンダが吹き出した。

 

「何それ。訳わかんないって訳よ」

 

「同感や。僕も自分で何言ってるのかよくわからん」

 

結局数分に渡ってフレンダは笑い続け、その後また歩き出すまで、ずっと青ピは待っていた。

 

青ピには、歩き出したフレンダの笑顔が、数分前とは幾分か違った物に見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

八月九日から変わり始めた二人の運命は、この日を境に本来とはかけ離れた物になった。

 

しかし、そんな事を知る由もない青ピの胸中には、ただフレンダの言葉が渦巻いていた。

 

(……人殺し、か……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あーあ、終わっちまったにゃー、夏休み」

 

「終わってしもたなー、夏休み」

 

九月一日。

学生たちの憩いの時、夏休みが終焉を迎えた。

 

黒髪ロングの転校生(かわいい)が登場したり異端審問会(被告人:上条)が開かれたりとイベント盛りだくさんな一日を過ごして帰路に就いた土御門と青ピは、休み明けにも関わらず疲労困憊である。

因みにツンツン頭は刑の執行直前に窓から逃げ出し、現在は追撃隊に追われている。

 

「そういやーあの話、どうなったよ」

 

「あの話?」

 

「またまたー、とぼけちゃって。凄い話して腰抜かしてくれるんじゃなかったのかにゃー?」

 

「ああ、フレンダの……せやなぁ、あれから……携帯の番号交換した」

 

「ほうほう、それから?」

 

「後は……妹と知り合いになったなぁ」

 

「うわ出た、ロリコン」

 

「シスコンは黙っとれい。それから……あ、僕ん家で手料理振る舞ってもろた」

 

「はい嘘乙。流石に幻想抱きすぎだにゃー」

 

「別に信じんでもええよ。ああ……でも美味しかった、女の子の手料理」

 

「参考までに、メニューを教えて欲しいぜよ」

 

「鯖の味噌煮」

 

「急に現実味を帯びた……だと……?」

 

あの夕暮れの帰り道以後、心なしか今まで以上にフレンドリーになったフレンダは、サンジェルマンに訪れて鯖パンを頬張りつつ青ピと駄弁って帰っていくのに加え、ちょくちょく電話をかけてくるようになった。

妹と仲直りした、と嬉しそうに語ってきた日には、お礼をしたいと青ピ宅に押しかけて渾身の鯖の味噌煮を振る舞ってくれた。

 

(正直凄く幸せなんやけど……)

 

しかし悠々自適な生活を送る青ピの頭の片隅には、常にフレンダのあの発言が引っ掛かっていた。

 

「なあつっちー」

 

「何だにゃー?」

 

 

 

 

「アンブって知ってる?」

 

 

 

 

瞬間。

空気が張り詰めた。

数秒後、何事もなかったかのように土御門は会話を再開する。

 

「……何だそれ?ゲームか何かの話かにゃー?」

 

「ああいや……その女の子との会話中に出てきたんやけどな?なんか……過激な治安維持の仕事、みたいなんやけど、漢字どう書くかもわからんくてな」

 

土御門の表情が険しくなる。

 

「……おい青ピ、その子の名前、もっかい教えろ」

 

「ど、どしたんつっちー、顔怖いで」

 

「いいから」

 

「えと、フレンダっていうんやけど……」

 

「……ふむ、青ピ、悪い、急用ができた。先帰る……また明日、だにゃー」

 

声のトーンを最後だけいつも通りに戻し、土御門は去っていった。

 

「な、何やったんやろ……」

 

いつものチャラチャラした姿とはかけ離れた、真剣な様子の土御門。

その姿に、どこかあの日のフレンダの姿が重なるような気がして、青ピは首をかしげた。

 

少しの間呆けていたが、気を取り直してサンジェルマンへの帰り道を歩き出した。

今日は新作、サバ味噌パンの初陣である。

 

「また今日も会えるとええなー」

 

友人と別れ一人になった帰り道でも、その足取りは軽やかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青ピが制服に着替え、せっせとパンを並べている頃、近くの公園でヤシの実サイダーを飲みながら時間を潰していたフレンダは、ふいに顔を上げた。

 

暗部で培った第六感の様な物が反応する。

同業者が近くにいる。

それも自分と同格か、それ以上の。

 

それとなく周囲を見渡し、そして初めて隣のベンチに男が座っているのに気づいた。

サングラスを掛けてこちらに顔を向ける、学ランの下にアロハシャツを着た怪しげな金髪の男は、飄々とした笑みを浮かべながらも強烈な威圧感を放っている。

 

「フレンダ・セイヴェルンだな?」

 

男が唐突に語りかけてきた。

 

「そうだけど?何、仕事の依頼?生憎今オフだし、勘弁してほしいんだけど」

 

「単刀直入に聞く。お前は最近青髪の男と交流を持っているようだが、目的はなんだ?」

 

「……はい?」

 

どう考えても暗部側の人間の口から出てきた、およそ暗部と関係の無さそうな名前に拍子抜けする。

 

なぜ今その名前が?

 

「え、いや、目的、ってか……ただの友達だけど」

 

「友達、ねぇ」

 

若干含みのある言い様にフレンダの警戒心が募る。

 

「何か、問題でもあるって訳?」

 

「いやまあ、それならそれでいいんだ。ただ余計な火種は早々に潰したいと思っただけで」

 

「『あいつは日向の人間だ、日陰者は近づくな』とでも言いたいのかな」

 

「別にそこまで言っちゃいないが……なんでそこまであいつに絡むのか、疑問に思っただけだ。お前との話はあいつから何度か聞いていたが、嘘八百だとばかり思っていた。実在していて驚くばかりだ」

 

フレンダは内心ほっとした。

そこまでの敵意は無いらしい。

 

「なんで……か、別に友達と仲良くするのに理由とかないし、青ピ的には嬉しいだろうしいいんじゃない?なんか青ピ曰く私綺麗らしいし」

 

「くく、あいつも言うねぇ。まぁ何だかんだで人の本質は見抜けるあいつが言うなら、そう問題も無いかもな」

 

そう言って男が立ち上がり、名刺のような物をフレンダに投げつける。

 

「あいつになんかあったら連絡しろ。俺は友人は大切にする主義なんでな」

 

そう言って男は去っていった。

 

「……結局、何だった訳?」

 

ただものでないオーラを放つあの男は、恐らくかなりの手練れだろう。

本気で戦ったら苦戦どころか負けるかもしれない。

となると逆に、そんな男のお気に入りである所の青ピは、実は要人であったりするのだろうか。

 

「まあ、深く考えるだけ無駄か」

 

炭酸の抜けたヤシの実サイダーを一息に飲み干し、空き缶をゴミ箱に放り込みつつ立ち上がる。

電話番号の書かれた小さな紙と数秒睨み合った後、懐にしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー!!」

 

元気よくサンジェルマン店内に入っていくフレンダの後ろ姿を遠目に見ながら、土御門は腕組みする。

 

「学園都市暗部組織『アイテム』所属のレベル4、ねぇ……」

 




なんか不穏になってきたけど作者はバッドエンド書けないから安心

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