サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第13章 ダームストラングからの招待

ハリーもロンもネビルもパーバティも、顎が外れそうなぐらいあんぐりと口を開けて、蓮とマルフォイのやり取りを見ていた。最近は顔を見合わせると気まずげに視線を逸らしてばかりのハリーとロンだが、それすら忘れている。

 

マルフォイの頬を撫でていた蓮の杖が、今度は尖った顎をくいと上げた。

 

「わかるでしょう? わたくしをダームストラングからの招待にパートナーもなく1人で行かせるつもり?」

「・・・君にはボーイフレンドはいくらでもいるじゃないか」

「ねえ、ドラコ。ダームストラングのクラムのパートナーにされそうなの。あなたが一緒にダームストラングの船を訪ねてくれればその心配はなくなるでしょう?」

 

マルフォイの青白い顔が次第に紅潮していくのは敵ながら哀れでならない。完全にヴィーラの魔法に絡め取られつつある。

 

「お、おい、ハーマイオニー、あ、あれは、いったい」

 

ハーマイオニーは動揺するハウスメイトに向かい、唇に指を当て寮の方を顎で示した。

 

「つまり、レンはダームストラングが情報収集をするための会食に招かれてしまったの」

 

談話室に入るなり、ハーマイオニーは腰に手を当てて明言した。

 

「だからってマルフォイを連れてくことないだろ?」

「マルフォイが一番便利なのよ。会食を早く切り上げるには」

「なんで!」

「知ってるでしょう? カルカロフは元死喰い人よ。元死喰い人は、元死喰い人の息子を長時間歓待したくはないはず。形式的な会話しかしなくて済む。マルフォイはダームストラングに入学する予定だったからブルガリア語が出来る」

「でも、あのマルフォイの反応はおかしいわ。レンは確かに顔は良いけど、今までの態度と温度差があり過ぎてすごく不自然なのに」

 

特殊能力よ、とハーマイオニーは絞り出すように言った。

 

「特殊能力?」

「少しだけヴィーラの魔法が使えるの」

 

まったくマルフォイが気の毒だ。ハーマイオニーはあの特殊能力が自分に向けられなくて本当に心の底から安堵している。

 

 

 

 

 

クローゼットの前で、濃紺のドレスローブに着替え、珍しく髪をふわりと柔らかくセットした蓮が「これで良かろう」と呟いた。

 

「・・・ちゃんと女性用のドレスローブ持ってるんじゃない」

「ジョージには説明したの?」

「したわよ。なぜかその代わりに今度の外出日にはジョージとホグズミードに行くことになったけれど」

 

ハーマイオニーとパーバティは互いに顔を見合わせ溜息をついた。

 

「ね、レン。今夜のマルフォイはともかくとして。あなたのそのヴィーラの魔法を使いたい相手はいないの?」

 

蓮は顔をしかめた。

 

「魔法で寄ってくる男よりマートルのほうがいいわ」

「・・・あなたのモテる基準ってマートルなの?」

 

ハーマイオニーはがくりと肩を落としてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「ハーマイオニー、レンのアレは・・・」

 

玄関ホールが見える階段に潜んで蓮の様子を見守っていると、ハリーが言いにくそうに呟いた。

 

「もしかして僕のせいなのかな? ダームストラングを宥めに行くなら、ブルガリアの大臣と繋がりのあるレンがいいってことかい?」

 

あなたのせいじゃないわ、とハーマイオニーは小声で言った。「この三大魔法学校対抗試合がある時点で予想できたことよ」

 

ハーマイオニーの知る限りでも、蓮にはヨーロッパ中の名家の血が流れている。本人の意思に関わらず「普通」ではいられない立場だ。ヨーロッパの魔法界にいる限り。蓮がマグルの大学に進学することや、日本に帰ることにこだわるのは、きっとそのせいだとハーマイオニーは思う。

 

「わたしたちにとってレンはただの大事な友達だけどね」

「だからって、マルフォイとあんな」

 

マルフォイが蓮のショールを直し、左腕を出してエスコートする姿を見てハリーはオロオロしている。

 

「ハリー、落ち着いて。単なる社交だから。デートじゃないから、ね?」

「僕、ジョージに何て言ったらいいか」

 

ハーマイオニーは溜息をついた。事はそういう次元ではないのだ。

 

「ジョージとはちゃんとレンが話しているわ。代わりにホグズミードでデートすることで話はついてる」

 

でも、と言いかけるハリーにハーマイオニーはきっぱり言った。

 

「これはもう外交なのよ、ハリー。鍋底報告書より高度な外交問題だし、レンはそういう家柄の人なの。あなたが代表選手になっていてもいなくても想定されたことだわ。なんでもかんでも自分のせいだと考えるのはやめて、あなたは自分のするべきことをしなさい」

 

 

 

 

 

ダームストラングの船から伸びたタラップをマルフォイの腕に手を添えて上がりながら、蓮は小さな溜息をついた。ジョージならふざけて蓮をかついで上るだろうと思った。

 

「足元は大丈夫か?」

 

マルフォイが右手に持った杖明かりを低く差し出す。

 

「ありがとう」

「大したことはしていない」

 

確かにパーティ慣れしているマルフォイのエスコートは自然なものだ。

 

船の玄関扉を叩くこともマルフォイがこなした。

 

「やあ、ミス・ウィンストン。ディミトロフ家のレディをホグワーツでお招きできるとは光栄だ。さあ、外は寒い。どうぞ中へ」

 

 

 

 

 

『ええ、ハリー・ポッターは友人ですわ。だからこそ、彼がダンブルドアの年齢線や炎のゴブレットを誤魔化すだけのスキルを持っていないことがわかっています。そうでしょう、ドラコ?』

 

さっきからブルガリア語で会話を繋いでいるが、マルフォイが一言も喋らない。まさかこの時点でクラムに見惚れているのだろうか。

 

「ドラコ、あなたも会話に参加しなきゃ、お招きくださったカルカロフ校長に失礼よ」

「いったい何語だ?」

「ブルガリア語よ・・・あなた、ブルガリア語が出来ないの? まさかね。ダームストラングに入学するはずじゃなかったの?」

 

カルカロフは苦笑した。「少し誤解があるようだが、ミス・ウィンストン。ダームストラング校では全ての授業をブルガリア語で行なうのでね。まあ、せめてロシア語ぐらいは出来る生徒しか受け入れてはいないのだよ。ミスタ・マルフォイがブルガリア語に通じていないのならば、入学の意思があっても本校から入学許可を出すことはない。ここは英語で話そう。ビクトール、君は英語が上達したはずだ」

 

「はい」

 

蓮はにこりと微笑んだ。「でしたら、ドラコはミスタ・クラムとお話ししてきたら? ミスタ・クラム、ドラコはホグワーツのクィディッチチームのシーカーですの。シーカーならではのお話が弾むことでしょう」

 

語学が出来ないなら用はないとばかりに、蓮はマルフォイをクラムに押しつけた。口先だけでまったく役に立たない男だ。

 

『良いのかね?』

 

カルカロフがブルガリア語に切り替えたのに、蓮は微笑んで見せた。

 

『マルフォイ家の子息がいては話し辛いお話もあるでしょうから、むしろ好都合なのでは?』

 

カルカロフが微かに緊張を見せた。

 

『マルフォイに理解出来ないなら、わたくしにとっても好都合です。はっきり申し上げます。ホグワーツは、三大魔法学校対抗試合復活時の開催校という名誉だけで満足しています』

『それにしては、不思議なこともあるものだ』

『ハリーの出場の件でしょうか?』

 

カルカロフは歯を剥き出すような獰猛な笑顔を見せた。

 

『ダンブルドアがハリー・ポッターを特別扱いするのは有名な話でね。ハリー・ポッターの活躍は、その後ろ盾であるダンブルドアの名声を高める』

 

蓮は優雅な笑みを浮かべた。

 

『ビクトール・クラムの活躍があなたの名声を高めるように?』

 

皿にナイフとフォークを揃えて置き、さらに笑みを深めた。

 

『ダンブルドアに、優勝校の校長であるという果実は必要ありません。むしろそれはダンブルドアの名誉に傷をつけます。三大魔法学校対抗試合を復活させた開催校の校長。それ以上の果実は必要ないと思われませんか?』

 

メインの皿が下げられ、デザートのアーモンドケーキの大皿が運ばれてきた。

 

『ああ、祖父が若い頃に好んでいたケーキですわ。わたくしも幼い頃によくいただきました』

『甘味を切り分けて分かち合うことは平和の象徴だ』

 

カルカロフがナイフでケーキを切り分けた。

 

『ホグワーツはホールケーキを狙っているのではありませんかな?』

 

まさか、とケーキの皿を受け取りながら、蓮は苦笑した。

 

『炎のゴブレットが設置され、年齢線が引かれていたハロウィンの日の、ホグワーツ生の幼稚な態度をご覧になりませんでした?』

『いささか礼儀に反する、無邪気な挑戦でしたな』

『あれがホグワーツの本質です。ダンブルドアが優勝を狙うならば、もっと早くから特別な教育を施したでしょう。例えばミスタ・クラムがワールドカップの時点で英語を使えたように』

 

カルカロフが蓮を軽く睨んだ。

 

『我々が早くから準備をしていたとお考えですかな? ビクトールはナショナルチームの選手ですから、語学に長けていなくては、国際試合で失礼にあたります』

『そのようなマナーを理解する学生に優勝の果実は切り分けられるべきですわね』

 

蓮は澄まして甘ったるいケーキを口にした。あとでハーマイオニーの歯磨きペーストを分けてもらおう。

 

『わたくし、優勝などより不安なことがありますの』

『ほう。それは何かな?』

『闇の魔術に対する防衛術の教授が、アラスター・ムーディ先生だということですわ』

 

カルカロフが微かに頬を強張らせた。

 

『非常に苛烈な経験を積んでおいでの元闇祓いを配置する必要を、ダンブルドアは感じたのでしょうね』

『・・・ムーディ先生のご高名は私も知っているが、隠遁生活に入られてからは、いくらか鈍っておいでだと聞く』

『では、安心ですわね、カルカロフ校長。ああ、そうそう。そろそろお暇する時間ですけれど、最後にお願いがございますの』

『さて、何だろう』

『ボリス・オブランスク大臣に、先日のワールドカップのご歓待のお礼を申し上げていたとお伝え願えますか? イギリスでは三大魔法学校対抗試合の開催が伏せられていましたので、それに配慮の上でしたが、たいへん興味深いお話を聞かせていただきました。ダームストラングでは、在学中にナショナルチームに入団するような才能ある生徒を選抜して訓練していらっしゃるとか。とても優勝の果実をホグワーツが齧る余地は無さそうです』

 

カルカロフは今度こそ表情を明らかに強張らせた。

 

『オブランスク大臣とずいぶん親しいようですな』

『祖父のダームストラング時代の親友でしたし、共に闇祓いの職務に従事していらっしゃいましたから。真剣にヨーロッパ魔法界におけるブルガリアの地位向上を目指しておいでですわね。グリンデルバルドの残した悪影響をどんなに時間をかけてでも払拭するとおっしゃいました。政治指導者として尊敬すべき方ですわ』

 

 

 

 

 

マルフォイがクラムと一緒に玄関に戻ってきた。

 

『あなたの友人に会うにはどこに行けばいいですか?』

 

マルフォイが肩を竦めた。「グレンジャーのことだ。頭でっかちで役に立たないとは言ったんだが」

 

『ミスタ・クラム、わたくしの友人に会ってどうなさるおつもりですか? 試合に関しての協力ならば、彼女は受け入れないと思います。規則を遵守する人間ですから』

 

クラムは慌てて首を振った。

 

『戦うことに関して女性の手を借りたりはしません。ただ、彼女とゆっくり話す機会が欲しいのです』

『わかりました。彼女は放課後には図書館で勉強していることが多いので、そちらに行かれてはどうでしょう? ですが、あなたは非常に女子生徒に注目されていますから、あまり大勢で話しかけるのは図書館利用のルールにそぐわないと思われます』

『気を付けます』

 

タラップを降りるまで、クラムが杖明かりで照らしてくれた。

 

「なかなか気さくな奴だったよ」

「そう。それは良かったわ」

「君はクリスマス・パーティのパートナーは決めたのかい?」

「まだよ」

「僕と行かないか?」

 

溜息をついて蓮は「フィニート・インカンターテム」と呟いた。隣のマルフォイが体をギクリと強張らせた。

 

「正気に戻ったかしら、マルフォイ?」

「んなっ! 僕に何をしたんだ!」

「別に。ダームストラングの船で、クラムとお近づきになる機会を提供しただけよ。クリスマスはパンジー・パーキンソンと過ごしなさい」

 

蓮はさっさと歩き出した。早くシャワーを浴びて、歯医者推奨の歯磨きペーストで歯磨きして寝たい。


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